Trickster ーゲームの達人ー 前

――― <早朝> D-4 湿地帯前 ―――

「ハァ…ハァ…ハァ………ッ!」


―――走った。


「ハァ…ハァ…ハァ………ッ!」


―――走って、走って、走り続けた。


「ハァ…ハァ…ハァ………ッ!」


―――小さな体で、飛ぶ事も忘れ、彼女は走り続ける。


「ハァ…ハァ…ハァ………ッ!!―――あ、たい…ッ!さい…きょ……っ!……ハァ…ハァ…ッ!」


―――『最強の氷精』チルノは今日、初めて人を殺してしまった。


「ハァ…ハァ……あたいっ……!ハァ……さいきょう……っ!ハァ…ハァ……ッ!」


―――脳裏から離れないのは引き金を引いた指の感触。閃光と共に鳴り響いた炸裂音。眼を大きく見開き、血を吐く『彼女』の最期の表情。


そして、彼女を撃ち抜いた時に確かに感じた、チルノの心の奥に芽生えた『気持ち』。


「あたいは……ハァ…ハァ…ッ!さいきょう!!あたいは…っ!あたいは…っ!!……さい、きょう、なんだッ………きゃんっ!!」

疲労が溜まっていたのか、足をもつれさせそのまま草原のシーツの上に倒れ込んでしまうチルノ。
前も見ずに、ただひたすら何かから逃げる様にここまで必死に走ってきた。
息を切らしながら、体を仰向けに反転させる。額に照らされる汗は果たして疲労によるものだけなのだろうか。
空を見上げれば、満月は既にその気配を隠し、東の空が明るみを帯びてきた時刻まで迫っていた。
いつもならば野鳥の囀りが幻想郷に朝を伝えてくるはずの時間帯だが、今日は鳥の気配すら全く無い。

「ハァ…………………」

チルノはそのまま草の上に大の字に寝転がり、空ろな目で黙りつめる。
今いる幻想郷が、昨日までの幻想郷とは『別物』になっている事はチルノにも何となく察する事が出来た。
幻想郷には存在しないはずの建物、武器、人間。そのどれもこれもがチルノの心を惑わせる。
そして幻想郷に存在したはずの虫や小動物。その姿がさっきから全く見えない。
本当にこの場所は彼女の愛した幻想郷なのだろうか。

「……帰りたい………帰りたいよぉ…………」

大好きな『遊び場』を丸ごと失ってしまった彼女は悲痛な声を絞り出すように呟く。平和な『日常』は理不尽にも奪われ、後に残る物はあまりにも残酷な現実。
…いや、これは本当に現実なのだろうか。実はこれまでの全てがタチの悪い『夢』で、ちょっとしたきっかけさえあれば何事も無くいつもの様に温かい布団で目が覚めるのではないか。
そして近くの川で顔を洗って爽やかにし、ほんの少しの朝食を摂って、またいつもの様に遊びに出かける。
適当にその辺りをブラブラと漂いながら今日は何をして遊ぶのかを考える時間が、チルノは好きだった。
日常の中の何気無い時間を過ごしている事がチルノにとってささやかな幸せだったのだ。


目を閉じれば『あの時』の光景が瞼の裏に張り付いて蘇る。
最強の妖精が初めて体験した『死』の実感。自分を守り、助けてくれた『彼女』の命を奪ったのは、間違いなく自分。

―――そんなつもりじゃあなかった。あの人を『殺そう』だなんて…。あたいはただ…………―――ただ、何だ…?

殺した彼女の手が『この』支給品にゆっくり伸びてきた時は、ただ夢中だっただけ。
武器を奪られるかと思った。奪られたくなかった。その一心で引き金を引いた。引いてしまった。それから先の事はあまり覚えていない。


―――バサッ!


頭上の木々の間から響いてきたのは、翼がはためく様な音。
ビクリ!と身を怯ませた彼女の目に映ったのはただの鳥だ。
先程までは一匹の姿も見せなかったはずの小鳥の影が蠢いた事に安堵すると共に、少しの疑問が生じる。
動物が全く居ない訳ではないのだろうか…?小鳥というには少し大きな翼をしていたようにも見えた。まるでいつも尻尾を千切って遊んでいたトカゲの様な姿をした影はそのままどこかへ飛び去っていく。
その様子を何気無く見ながら、しかしそのような些細な疑問は今のチルノにとってはどうでもいい事だ。

「………ハァー…」

溜息というよりは恐怖と動揺からつい漏れ出した空気が、肺から震えながら飛び出た。
このゲームが始まってから自分は怯えてばかりだ。




最初の大きな会場では、秋の神様が死んだ。

―――『今のを見れば分かるように、僕たちは君たちの脳を爆発させる能力がある。彼女は人間ではなく所謂『八百万の神』の一柱だが、僕たちにかかればこうなる』


次に出会ったのはあのホウキ頭の男。『スタンド』と呼ばれたおかしな人形を操って、チルノの攻撃を一蹴してみせた。

―――『……ジャン=ピエール=ポルナレフ。そして俺の『スタンド』は戦車のカードをもつ……』

―――『銀の戦車』


そしてついさっき。あの九尾の狐にはまるで手も足も出ず、殺される直前で今度は狸の妖怪に命を救われる。

―――『所詮は有象無象の妖精、この程度だろうな』

―――『やれやれ……そこの妖精! ちょっと面倒なことになるかもしれんから少し離れておれ! 体力が戻り次第ここから逃げるんじゃ!』

―――『よし、とりあえず落ち着けるところを探すか…… お、そうだ、その前にチルノ、その鉄砲は危ないから儂が預かろう。
何、悪いようにはせん、お主が危なくなっても儂が守ってやろう』


―――タタタッ!


『ぁ……ああ……あたい、こんなはずじゃ……違う、違うの!』




そこまでの記憶をフラッシュバックさせ、同時にチルノは頭痛に襲われた頭を抑える。こんな恐ろしい記憶はすぐにでも排除してしまいたい。
これが本当にタチの悪い悪夢なら、今ここで眠ればいつもの布団で目を覚ませるだろうか。
眠るのが怖い。目を閉じるのが怖い。さっきから何度も何度も頭の中を反復している『あの時』の記憶が、またしても蘇る。


―――あの狸の妖怪から逃がしてもらった直後。
チルノの心には屈辱と、恐怖と、安堵が混じるドロっとした感情が渦巻き続けていた。
凄く、嫌な気分だ。何が最強の妖精だ。ここに来て自分は負け続きの散々たる有様じゃないか。
唇を強く噛み締めながら、チルノは自らの『弱さ』を痛感しながら狐と狸の激闘を背に逃げ出した。
逃げながら彼女は、ふと思い出したこともあった。そういえば、自分のデイパック内には霊撃札の他に『もうひとつの』支給品が配られていた事に。
誰にも見付からないように木陰に腰を下ろし、エニグマの紙から取り出したその『黒光りする物体』をチルノは見た事が無かった。
しかし同時に付属していた妙に分かりやすく簡潔に記された、ある意味人を馬鹿にしているとも取れる説明書をじっくりと眺め、『使い方』は大体にだが理解出来た。

死闘の現場まで戻ってきたチルノが最初に目撃した光景は、狐の妖怪が右腕を振りかざし、今にも狸の妖怪をその薙刀で串刺しにせんとする瞬間。
チルノは無我夢中で外界の道具『銃』を乱射した。小気味の良い炸裂音と共に血飛沫を上げる九尾。
道具の仕組みはよく分からなかったが、あの強大な力を持つ九尾の妖怪をいともあっさりと退かせた。


あたいが、やったんだ。ドキドキ鳴り響く自分の心臓を感じ、半ば放心しながら少しの『愉悦』が芽生える。
近づいてきた狸があたいの事を何か色々聞いてきた気がしたけど、その時の事はよく覚えてない。
その代わりに、彼女の最期の表情だけがどうしても頭から消えてくれない。



「違う!違う違うちがうっ!これは『夢』なんだ!眠ろう……っ!グッスリ眠って、朝起きれば全部忘れてるんだ…!きっと……!」

ブンブンと頭を振り、チルノは体をくの字に曲げて強引に眠る事に決めた。
小さな妖精である彼女にとってはこの短い間に衝撃が多過ぎた。時間帯は既に朝方が迫っているが、現実から目を逸らし、無理にでも意識を夢の世界に飛ばそうと必死に眠る努力をする。

しかし、彼女が夢の世界へと潜る事は出来無かった。
その原因はチルノの心を蝕み続ける恐怖のせい…ではない。







「……心地良い空気だ。これほどまで澄んだ風の匂いは、永く生きてきた私ですら初めて肌に感じるよ」

「………っ!?」


いつの間にか…そう、本当にいつの間にだったのか。
突然聞こえた声に驚いて瞼を開けたチルノの視線の先には、金色の髪をした妖艶なる空気を纏った男が、空に薄く輝く朝星を見上げながら呟いていた。




「だ…誰だッ!!」

あたいはすぐに飛び起きてすかさずこの『機関銃』というらしい武器をその男に向けて構えた。
『ソイツ』はあたいの存在に気が付いているのかいないのか、声なんて聞こえてないといった風に石の上に腰掛けて空を見上げている。
デッカい身体と黄金色の髪の毛、男の人とは思えないような白く透き通った肌をしたその妖しい雰囲気にあたいは思わず怖くなった。
何故だかよく分からないけどコイツはとても危険な奴な気がする。身の毛もよだつというのはこんな感覚なのかもしれない。

でも、大丈夫だ。あたいにはこの『最強の武器』がある。あんなに強かった九尾ですらこれの前には逃げ出した。
『最強』のあたいと『最強』の武器。今のあたいは向かうところ敵無しの『超最強』!絶対負けっこないんだ!



ズタタタタタタタッ!!!


だからあたいは撃った。
こいつがどこの誰なのかは知らないけど、返事も待たずにとにかく撃った。
悪いのはこいつだ。寝てるあたいに不用意に近づいてくるのが悪いんだ。あたいは悪くない。ざまあみろってのッ!!



「君も…見たところ、この『幻想郷』に住まう者だね?その小柄な体躯と羽…恐らく『妖精』といった類の種族かな?興味深いよ」

「え……っ!?」


突然背後から聞こえた声にあたいは驚き、銃身を向けながら振り返る。
そこにはたった今、石の上に腰掛けていた筈の男が腕を組んであたいをその穏やかな、でもどこか凍り付く様な視線で見下ろしていた。

「『妖怪』…の次は『妖精』か。…フフ。ならばお次は『吸血鬼』でもお出ましといった所かな?プッチや古明地こいしの話した事は真実らしい。何にせよ実に面白い」

「な…なによアンタッ!あたいの後ろに立つなッ!!」

すかさずあたいはもう一度銃の引き金を引く。タタタタと早朝の草原に響く炸裂音。
でもまたしても目の前に居た筈の男の姿が、次の瞬間には消えている。さっきから一体何なんだ…!


「そうゲロを吐くぐらい怖がらなくても良いじゃあないか…『友達』になろう。私の名前はDIO。…君の名を教えてくれないか?私は敵じゃない」


DIOと名乗ったその男は今度はあたいの右隣に立ち、銃を構えるあたいの右腕を妖しい笑みを浮かべながらそっと握ってきた。
気が付けばあたいの手は汗でベットリ湿り、カタカタと震えている。そんなあたいの恐怖を和らげるかの様にこいつはじっとあたいの腕を柔らかく抑えつけている。
腰を下ろしてこっちを見つめるそのDIOの顔を近くで見た途端、急に寒気が襲ってきた。氷の妖精であるあたいですら今まで感じた事の無いような寒気が全身に纏わり付いて離れない。
あの九尾の妖狐とは全く別次元の『プレッシャー』がヒシヒシと肌に染み付く。その気味の悪さに、思わずあたいはDIOの質問に答えてしまった。

「…ち、チルノ、だよ。あたいは…チルノ…。あ、アンタは…何だ…!」

「チルノ…。ん~~~~、気に入ったよ、美しい名じゃないか。おっと、まずはその物騒な武器を下ろしてもらえないか?
言ったように私は君に危害を加えるつもりは無いんだ。ただ、『お話』がしたくてね。まずは落ち着いて深呼吸してごらん?」

DIOは両掌を顔の位置まで上げて「戦う気は無い」と言わんばかりのジェスチャーをとった。
何故だろう…DIOの言った事に逆らえる気がしない。強制してる訳でもないのにあたいはコイツの言う通りにしなければいけない感覚に落ちる。
そのことに言い様のない不安と恐怖も感じたけど、同時にDIOの放つ言葉の節々にはどこかあたいを安堵させるような、矛盾した気持ちが込み上げてくる。

あたいは取りあえず銃を持ったまま言われた通り深呼吸を何度も行ってみる。
すると不思議な事に、さっきまで怯えていたあたいの心がスッと落ち着きを取り戻してきた。いつの間にか腕の震えも止まっている。DIOに触れられたから…かな?

「落ち着いてきたようだね。…さて、少しだけ話そうか。そこの石に腰掛けると良い。どうやら君は心身ともに疲れているようだからね…」

そう言ってあたいはDIOが指差した先の石の上に座り、DIOも向かいの少し大きめの石に腰掛けて互いに向かい合う。
こいつの言葉には何だか凄く『安心』を感じる…。それが途方も無く気持ち良くて、そして途方も無く、怖い。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

「…なるほど。その『九尾の妖狐』に成す術なく追い込まれ、窮地の所を別の『化け狸の妖怪』に救われ、結果キミは命からがらここまで逃げて来たというわけか」

「…うん。あの化け狸がどうなったかは…知らないよ」


あたいは腰を下ろして今まで起こった事をDIOに話した。DIOはあたいの話を遮る事無く最後まで真剣な目つきで聞いてくれた。
時には頷きつつ、時にはどこか嬉しげに興味を持った目でじっと聞き入ってくれた。
それどころかDIOは自分のデイパックから水の入った容器(ペットボトルっていうみたい)をあたいに渡し、「さぁ、これでも飲みながらゆっくりでいい。リラックスして話してくれ」と、気を配ってくれたんだ。
渡された水は何の変哲もないただの水。あたいの持ってる奴とどこも変わらないものだったけど、その水は何と言うか、気品に満ちているというか、ハープを弾くお姫様が飲むような味というか、とにかく凄く爽やかに感じた。
そしてまた一口、ゴクリと水を飲むあたいを見ながらDIOは神妙な面持ちで小さく呟いた。


「……それで?」

「そ、それで…って、それで終わりだよ。あたいはその、狸の妖怪に助けてもらってそのまま逃げてきたんだ」

嘘だった。あたいは命の恩人でもあるその狸の妖怪を…確かに撃ってしまった。
最初に出会ったホウキ頭の男や九尾の妖怪にボロボロにされた事まで全部話しちゃったけど、肝心の『最後の部分』で嘘を言った…と、いうよりもホントの事を話せずにいた。
あの時の事を思い出すと未だに震えが出る。あたいが人を撃った事を話せばDIOはあたいを『敵』だと思って攻撃してくるかもしれない…だからその事は話していない。
それなのにDIOはまるであたいの心の隅々まで視えているかのように、あたいの言葉を疑った。

「『それで終わり』…果たして本当にそうだろうか?ならばどうして君はその『銃』を使って反撃しなかったんだね?それさえあればいくら強大な妖怪でも、少しぐらいの手傷を与える事は出来そうなものだがね」

「こ…この銃は…っ!逃げ出した後でデイパックに入ってることに気が付いたんだ…!だから、その…」

「まだあるとも。チルノ…君はさっきから…そう、私に出会う前から『何かに』怯えているように私には感じた。
生命の危機から紙一重で逃れてきた事に未だ恐怖を感じていたのか?いや、違う。どちらかといえば、『自分がもう後戻りできない所まで追い込まれた』事からの恐怖に見える」


―――やめて…。それ以上、言わないで…!


「先程、躊躇無く私を撃ったな?ちょっぴりだが銃の扱いを知っているようだ。その銃で…誰かを撃ったか?」


―――やめてよ…あたいは…誰も殺してなんか…っ!


「九尾の妖怪を撃った…?いや、それだけではない。それならばその化け狸とやらと行動を共にしていてもおかしくはないからな。
ここからは私の勘なのだが君はその銃がデイパックに入っている事に気付いて道を引き返して九尾を撃ち、狸の彼女を助けたのではないかな?
そう、そしてここから『悲劇』は起こった。図らずも銃の力で九尾を撃退したキミと狸の彼女…この時、『ちょっとしたアクシデント』が起こったのだ…」


―――やめてったら…ッ!聞きたくないッ!


「そこで何があったか…?真実はその場にいた君にしか分からないのだろう。だがある程度の予測はつく。はっきり言おう。
チルノ。君はその銃で彼女を…」


「やめてよッ!!!」



ズタタタタタタタッ!!


それ以上DIOの言葉を聞くことは耐えられなかった。『それ』を聞いたらあたいはもう、本当に戻れなくなる…そんな気がして、怖くなった。
『あの時』と同じように、何も考えられずに頭の中が真っ白になって、気が付いたらまた引き金を引いていた。

でも、目の前で腰を下ろしていた筈だったDIOに弾が当たる事は無かった。そこに居ると思ったら、次の瞬間にはもう居ない。
まただ。さっきからコイツは突然消えたり現われたりして凄く不気味なまやかしを使ってくる。

「ど、どこだ…!?いきなり消えたりして…ズルイぞ!!出てこい!!」

首をキョロキョロと回し、アイツの姿を探すけど一向に見当たらない。
その時あたいの耳元から背筋が凍るぐらい低く、でも凄く甘いような綺麗な声が…吐息がかかるぐらい近くからボソリと聞こえてきた。



「―――君はその銃で、彼女を…撃ち殺したんだ。…違うかね?」


「―――ッ!!!!」


絶対に聞きたくなかった台詞がとうとう耳に入ってしまった。
それを認識した途端に、頭の中がワケ分かんなくなっちゃって…治まったはずの身体の震えがまた襲い掛かってきた。

―――『撃ち殺した』。あたいが、恩人であるあの人を、撃って殺したんだ。
涙が溢れてくる。やりようのない哀しい気持ちが心の中からどんどん溢れてきて止まらない。
またしても背後に回りこんでいたDIOに向けて、今度こそ完璧に命中させてやろうと銃を向け直して、滲んだ視界の中で引き金を引く。

…が。


カチ…ッ!カチ…カチ…ッ!

「あ、あれ…!?なんで!?弾が出ない!壊れちゃったの…ッ!?」

「弾切れを起こしただけさ。どうやらその銃は命中精度が少し心許ないようだ。適当に撃ってばかりではあっという間に撃ち尽くしてしまう」

た、弾切れ…!?く…くそぅ…!弾なら…まだある!はやく…っ!!はやく撃たないと…っ!
あたいは素早くデイパックの中の弾と説明書を取り出して、悪戦苦闘しながら弾を補充する。…けど、こんな外の世界の武器なんてよく分からないし、説明を見ながらでも凄く手間取った。
あぁもう!!早くコイツを撃たないと駄目なのに!何でいちいち弾を取り替えないと駄目なのさ!?弾幕ならバババーッと撃ち続けられるのに!!

「これで…こうやって…!………出来たっ!!く、喰らえDIO!!」

「チルノ。勘違いしないでおくれ、私は別に君を苛めたくてこんな事を言っているのではないよ。私が言いたい事はそうじゃあないんだ。
君は少し混乱している。落ち着いて話を聞いてくれ。さぁ、銃を下ろして…」

「嘘だッ!嘘だ嘘だ嘘だッ!!DIOはあたいを殺す気なんだ!そうなる前に…あたいがDIOを殺してやるッ!!
あたいは…最強なんだ!!誰にも負けない…最強の妖精だ!!あの九尾の女だって追っ払えた!アンタなんかに…っ!アンタなんかに…負けるかッ!」


それでもDIOはあたいを宥める様に、優しく言葉を掛けて諌めようとする。それがまたどこか気に入らなくて…恐ろしかった。
でも、そんなあたいをDIOは…柔らかく、ゆっくりと落ち着かせようと声を掛け続ける。口には妖しい微笑みを浮かべながら…


「チルノ…君は悪くない。誰も悪くない。狸の彼女を撃ってしまったのは偶然の事故なのだろう。それをどんなに嘆いた所で既に終わった事だ。
でもねチルノ…私はむしろ『褒めている』のだよ…。君の『小さな勇気』をね…。これは素晴らしい事だ」

「褒める…?なに言ってんのよ…っ!あたいは…あたいは……あたいはあたいはっ!あの人を、殺し…ちゃって…!」

「違う違う。私が褒めているのは殺人を犯した事じゃあない。『狸の彼女を救ったこと』を言っているのだ。
一度は逃げ出した戦場へと君は再び戻り、そしてその武器で九尾を撃退した事について私は話しているんだよ。勇気というのはその事さ」

「……えっ?」

「『敗北』から…『恐怖』から逃げるというのは簡単だ。どんな奴だって『死』は怖い。敵が自分よりも遥かに格上の存在ならなおさらさ。
しかし君はそんな状況の中、勇気を振り絞って強大な敵に立ち向かっていったわけだ。君はその勝利を『武器のおかげ』かと思うかもしれないが実はそうではない。
チルノ。君は『勇気』を我が物としたのさ。まごう事なき君自身の力で、君は勝利を手にした。そこに私は敬意を表する。
化け狸の彼女には悪いが、彼女は君の運命という道に転がる『小石』のようなものだったのさ。君の命を救った彼女には感謝しなければな…」


DIOがあたいに掛ける言葉のひとつひとつが不思議なぐらいにあたいの心に染み込んで来る。
昂ぶった感情もいつの間にか治まり、凍り付いたような心も溶け出してきたように感じる。DIOの話を聞いていると安心してくる。
何だろう…この気持ちは…?


「あたい…そんな風に人から言われたの…褒められたのは…初めてだ…」

「ほう…?だとすれば幻想郷の住民とは些か人を見る目が無いのだな。私は一目君を見た時から興味が溢れんばかりだというのに!
…おや、しかし今の君の顔はひどいな。涙や鼻水でグシャグシャじゃあないか。どれ、このハンカチで顔を拭くと良い」


そう言ってDIOはポケットからハンカチを取り出し、あたいに差し出してくれた。
自分で顔を擦ってみれば、確かに今のあたいの顔はグシャグシャに濡れていた。そんな姿を他人に見せていたことが恥ずかしくなって、あたいは遠慮なくハンカチで顔を拭く。
…ふと見ると、そのハンカチには何か刺繍がしてあったみたいだ。え~~~~っと……『えーご』は読めない!

「『1847年9月20日』…元の持ち主の思い出の日付か何かかな…?このハンカチは私の『支給品』なのだが…フフ。『大ハズレ』といったところだな」

DIOは軽く笑い流しながらハンカチを自分のポケットに戻した。あたいは少し気になって尋ねる。


「じゃあ、DIOは武器が手に入らなかったの?そんなんじゃあ敵に襲われた時はどうすんのさ?」

「良い質問だ、チルノ。このハンカチの他にも私には『銃』が支給されていたんだがね、故あって今は無い。だがそんな事は些細なものさ。
人には色々な『武器』がある。例えば君に支給された『機関銃』は中々の『アタリ武器』といって良いだろう。だが私はそんなものに頼る必要は無い。
私は『吸血鬼』でね、人間などを超越した肉体を既に持っているからだ。そしてそれだけではない。『コイツ』が見えるか?チルノ」

直後にDIOの傍に現れたのはでっかくて屈強な肉体の鋭い眼をした像。
これは…最初のあの『ホウキ頭』が操っていた…そう、確か『スタンプ』!……ん?違う!『スタンド』!…とか言ってたっけ。
そのホウキ頭が言っていた『しるばーなんちゃら』と似た、大きなエネルギーを発する『人型の像』が圧倒的存在感を放ちながらDIOの横に立つ。

「コイツが私の持つスタンド…名を『ザ・ワールド』と付けている。『世界最強』のスタンドだ。『スタンド使い』とはこの『スタンド』と呼ばれる精神エネルギーを操り、様々な能力を発現させる事の出来る者達を言う」

「お、おぉ~…カッコいいなぁ…。ねぇねぇDIO、その『スタンド』でさっきのような瞬間移動みたいなことが出来るの?」

「フフ…私のザ・ワールドはそんなチャチな能力ではないさ。流石に能力の秘密までは言えんがね。
…さて、話を戻そうか。人には色々な武器があると言ったね。では私にとっての『武器』とは、この『超人的な吸血鬼の肉体』を指すのか?はたまたこの『ザ・ワールド』の事を指すのか?どう思う?チルノ」

「え~~?あたい難しい話は苦手なんだけど……んー…。やっぱそのスタンドが一番強い武器なんじゃないかな、凄く強そうだし!」

「フム…。それも『正解』だ。だが…『50点』ってところだな。スタンドというものはそもそもそれを扱う本人の精神の具現であり心の力…。
その者の精神性の強さこそがそのままスタンドの強さに比例する。このザ・ワールドが私の武器と成り得るのはコイツが『私自身』でもあるからだ。
チルノ、君はさっき自分の事を『最強』だと豪語した。幻想郷で最強の妖精だとね。どうしてそう思うかね?」

「え……どうしてって…そんな事言われてもなぁ。確かに誰にも負けた事は無い…わけじゃないし、ついさっきもこっぴどく…その、やられちゃったけど…。う~~~ん…」


さっきからDIOの言ってる事は難しくって理解しにくいなぁ…。正直、この『銃』を手に入れてあの九尾の妖怪を追っ払った事であたいはますます最強になったんじゃないかって思えてきてたけど…。
でもこのDIOって奴には、あたいが勝てる気が全くしない。この人はあたいとは『全然違う次元』に居るんじゃないかという気すらしてくる。


―――それでも…それでもあたいは…


「よく分からないよ…。でも、あたい…あたいは…それでも『最強』なんだもん…。それが…『当たり前』だと、今までずっと信じてきたんだもん…」


「そう!それが『正解』だよ、チルノ。『100点』の答えだ!」



―――え?正解…?どういうこと…?


「君は自分の事が『最強』だと、当たり前のように思っている。この自分が幻想郷で最も強い存在だと…疑う事無く信じ込んでいる。
それで良いのだよ。最強であることに何の理由も要らないんだ。HBの鉛筆をベキッとへし折る事が『出来て当然』だと思う事と同じ様に、『自分が最強なのだ』と信じる事に理由は要らない。
君にとっての最大の武器とは『信じ抜く事』だと私は思う。『自分は最強なんだ』ってね…」

「で、でも……でもDIOッ!あたい…負けちゃったんだよ…?あのホウキ頭にも敵わないって思っちゃったし、誰かが助けてくれなきゃ狐女にもホントは殺されちゃってたし…」

「『負け』だって…?結構な事だろう。情けない事を白状するようだが、私は今までの人生の中で大きな『敗北』を三度味わっている。それも全て同じ人間相手にだ。
皮肉な事だろう?今でこそ最強のスタンドを持つ私だが、実に三度もの苦い過去を経験したのだ。その時の事を思い出すだけで…今でも腹ワタが煮え繰り返しそうさ。
だがね、その三度の敗北が無ければ今の私は存在しなかったろう。奇妙な関係になるが…『敵』であった彼がこのDIOを結果的に上の次元まで押し上げてくれたのだ。
人というのは成功や勝利よりも『失敗』から学ぶ事が多い…。チルノ…君は生きている限り、まだまだ『成長』することが出来る。
その『道』を歩きながら最強とは何かを考えていくが良い…。偉そうな事を言ってきたが、私もまだまだ『道』の途中でね…『強さ』というのは人によって変わってくるものだ」

「…DIOにとっての『最強』と、あたいにとっての『最強』は違うって事…?」

「『道』は違えど、最終的な『ゴール』は同じだと言う事だ。チルノ、君は今の自分のままで良い。自分が最強だと思い続けることが大切なんだ。
『思いの力』は『精神の力』。それがたとえ『スタンド』だろうが『銃』だろうが関係無い。信じる事がそのまま君の『強さ』へと変わる。
君は君自身の『勇気』で九尾の妖怪に勝った。それを武器の力だと思い込まずに、『誇り』として心に刻んでおけ。敗北を糧にしろ」

「…DIOの目指す『ゴール』って…?」

「『天国へと至る事』…。そして私は今、その『同志』を探している。『帝王』で、『最強』たる私も未だその『ゴール』へは辿り着けては居ない。
私の言う『最強』も…そこへ至れば真に理解できる事だろう。君にとっても…私にとっても、な」


何だか…DIOの言っている事の半分も理解出来ないし、とても途方も無い話なのに…でも、どうしてだろう。あたいはDIOの言葉から耳が離せなくなっている。
もっと…DIOの言葉を聞きたがっている。DIOに褒められたがっている。
もっと…DIOの事が知りたい。


「DIO…『天国』って、何なの…?死んだら行ける様になるとか言う、アレの事…?」

「天国へ辿り着ければ、全ての人類が『幸福』となれる。『覚悟』する事が、人を幸せにするんだよ。…チルノにはまだ早かったかな?」

「むー!!あたいを馬鹿にすんなーー!!『天国』くらいなんだー!そんなのあたいがすぐに見つけてやるよ!」







「………ほぅ?つまり、チルノが私の『手伝い』をしてくれると言う事だね?」




それはゾクリと空気を凍り付かせるような、冷徹にも聞こえるDIOの穏やかな―――しかし酷く歪み捻れた様な笑みから聞こえる言葉だった。
もしあたいが氷の妖精でなかったら、この場でカチンと凍っていたかも知れないほどの冷たい微笑。
空気は冷たいのにDIOの表情は落ち着き、柔和な雰囲気を振りまいている。あたいは恐ろしかったけど、その表情に…少しずつ、少しずつ―――惹きこまれる…


「それじゃあ…少し『試してみようか』…。君が天国に至れるほどの『素質』を持っている人物かどうかを…。
君には早いと言ったが…私は君の事を中々どうして気に入ってるんだよ、実は。フフフフ……」

「た…試す…?DIO…な、何すんの…?」

DIOがあたいの目の前まで草を踏みしめながらゆっくりと近づいてくる。
あたいは直感的に「何かされるんだ」と思った。そして、この場から逃げ出したいとも思った。
優しく手を広げながらこっちへ近づくDIOの妖しい眼を見ていると吸い込まれそうになる。怖くて、逃げたいのに、足は一向に動かない。
それどころか、何故かあたいの足は勝手に自分からDIOに動き寄っていく。なんだか何も考えられない…

頭の中が真っ白になっていくあたいの耳に、DIOの低い声がまるで草原に吹く風のようにスッと通り抜けていく…




―――チルノ…既に『小さな勇気』を持つ君には、ちょっとした『おまじない』を掛けてあげよう…
     今の君に不要な物は『迷い』だ…。これからその『芽』を刈り取ってやろう。そして『新たな芽』を…受け取って欲しい―――




――――――あたいの意識は、そこで完全に『真っ白』になった――――――


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽







「どうだい…?気分が悪いとか…身体が重いとか…無いかい?」


――――――。


「それは良かった。では早速だが君にお願いがあるんだ。先程言った通り、私は吸血鬼なのでね。日中の間は外を歩けないんだ。
チルノにはその間、私の手足となって動いて貰いたい。私は『信頼出来る部下』を探している」


――――――。


「そうだよ。具体的には私の『敵』と成り得る者達の『始末』を頼みたい。『ジョースターの血統』を持つ人間の事だ。
ここから東へ行った所に私の『友達』が二人、敵と戦ってくれていると思う。まずは彼らを加勢してやってくれ。
その内の一人はまだ君と同じぐらいの年齢をした少女さ。尤も、妖怪の本当の年齢は知らないがね。その妖怪…『古明地こいし』はまだまだ未熟な精神をした女の子だ。人を真の意味で殺したことは無いだろう。
そういう意味ではチルノの方がこいしよりも『先輩』というわけだ。どうか彼女を支えてやって欲しい」


――――――。


「…ん?君とこいしは知り合いだったのかい?……ほぅ、たまに外で一緒に遊ぶ間柄だったのか。…そういえばこいしが言っていたな。
『自分は大人には存在を認識されにくい。子供にだけ見え、よく話をしたり遊んだりする』…と。フム…精神医学の現象でこんな話がある。
本人の空想の中でしか存在しない人物…『空想の友人』。空想の中で本人と会話したり、時には視界に擬似的に映し出して遊戯などを行ったりもする…。
心理・医学分野の用語で『イマジナリーフレンド』と呼ばれるらしく、特に幼い子供に現われやすい現象と聞くが…古明地こいしはまさしくそのイマジナリーフレンドでの空想上の友達そのものといった妖怪だな」




――――――!


「ははっ、悪い悪い。別にチルノがそのイマジナリーフレンドの病気にかかっていると言いたいのではないさ。
病気と言ったが、正確にはそうじゃあない。この現象は幼少時代、誰しもが経験する可能性がある至って普通の体験なのだよ。
それにこの現象が現われる子供は『創造性』が高いしるしだ。つまり私が言いたい事は、君とこいしは『気の合う友達』だって事さ。
どうか『先輩』である君が彼女を引っ張っていって欲しい。彼女には『プッチ』という私の友がついているが、恐らく彼ではこいしの『本当の気持ち』は引き出せないだろう。
こいしの本当の気持ちを引き出せるのは彼女の家族や友…君のような『心が通じやすい子供』だけだろうからね」


――――――。


「子供扱いしないで欲しい…?それは失礼した、チルノ。だが、『子供にしか出来ない事。視えない物』だってあるのだよ。
それは流石のこのDIOにも分からない。だが、君なら分かるかもしれない。私が君に期待しているのはそこさ…。
…おっと、あまり喋り過ぎると夜が明けてしまうな。それではここで一旦さよならだ。くれぐれも気を付けて、敵を減らしてきてくれ…」






「また、会おう」



「はい…DIO様…」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

(行ったか…)

DIOは東へと向かうチルノの後ろ姿を腕を組んで眺めながら心中で呟き、思案する。
彼女の向かう先は『星のアザ』の共鳴地点と一致している。その場に居るジョースターの血統が何者なのか。
DIOが知るジョースターの血縁者は『ジョナサン・ジョースター』『ジョセフ・ジョースター』『空条承太郎』。そしてプッチから伝え聞いた話では承太郎の娘、『空条徐倫』の計4名。
名簿には『ジョニィ・ジョースター』なる存在も確認できる。その全てがDIOの運命という道に転がる『小石』のようなちっぽけな存在…

だが、そんな小さな小石でも『運命の歯車』にもし引っ掛かればDIOの人生全てを狂い壊しかねない大きな脅威となる。世界最悪の男と呼ばれるDIOにとっても、それだけは『恐れている事態』だった。
このバトルロワイヤル…見方を変えれば奴らを一網打尽に消す事の出来る『最大のチャンス』かもしれない。
『自らの運命を克服』しなければ、天国になど行けやしないのだ。


(このDIOは…運命から逃げるような生き方だけはしない…。どんな手段を用いてでもジョースターだけは滅しなければならないッ!!)


例えどんなに険しい道のりだろうが、例えそれがどんなに遠い『廻り道』だろうが、たまには足を止めて後ろを振り返ろうが…結局DIOのやるべき事は最初から変わったりはしない。
絶対的な信念という名の『指針』を持つ限り、進むべき道を失ったりはしないのだ。そしてそれは決して『ひとり』では成し得ない事。
『友』であるプッチは当然として、こいしやチルノといった『同志』と成り得る者の協力も必要なこと。

こいしに対しては敢えて肉の芽を植え付けなかったDIOも、チルノに対しては彼の支配下に置く事を選んだ。
チルノもあれで相当の精神を削られている。ここでDIOと出会わなければ遅かれ早かれ、彼女の心は壊れていただろう。
DIOと話していた事で幾分の不安は取り除けただろうが、不安の芽は根元から刈り取ってやらなければいずれは成長して彼女の精神の髄まで巻き付き、最後には喰い殺されていたかもしれない。

DIOがチルノに施したのは、ほんの小さなきっかけとなる肉の芽。彼女の心の奥底に燻る『恐怖』を丸ごと取り除いてやったに過ぎない。
人を撃った事で芽生えた『小さき覚悟と自信』を持つチルノと、未だ『覚悟』を持てないこいし…。その二人を出会わせる事で新しい化学反応も起こり得るかもしれない。
あわよくばチルノがこいしの『見本』となって先へ立ち、彼女を『覚醒』させる結果をもたらすよう願おう…



つまるところ、DIOがチルノに肉の芽を植え付けた意図とはそれである。



「さて…私も早いところ日光を凌げる拠点を探さねばな。このD-4地点から近い施設では…やはりC-3『紅魔館』か。
何故か存在する『ジョースター邸』や『私の館』を根城とするのも良いが…こいしから聞いた話では紅魔館とは『吸血鬼』が住まう悪魔の館…
この『DIO』と『幻想郷の吸血鬼』では何が違うのか…?そこも非常にそそられる要素ではあるな」

チルノの姿が見えなくなったところでDIOは地図を取り出し、次なる目的地へと意識を向ける。
目指すは『紅魔館』。幻想郷において大層なパワーバランスの一角を担うという『レミリア・スカーレット』の話をこいしから聞いたDIOは、すぐにその吸血鬼に興味を持った。
直接会うことは出来ないかもしれないが、その紅魔館へと赴けば少なくとも彼女についての情報ぐらいは手に入るだろう。この『幻想郷』そのものについても大きな情報を得ることが出来るかもしれない。


DIOはこの幻想郷という、世界から隔離された空間に大きな興味を抱いていた。
100年の眠りから復活し世界を旅したDIOも、こんな妖怪妖精が跋扈する場所には足を踏み入れた事が無かった。
ましてやここは人々から忘れられた『幻想の世界』。流石のDIOもこんな世界は今まで生きてきて見たことも聞いた事も無い。
チルノ曰く、ここは『元の幻想郷とは何かが違う場所』らしいが、元々好奇心が高いDIOにとっては、とにかく面白そうな世界であった。
故に、この摩訶不思議な世界をもっと調べる為に紅魔館へ赴き、何かしらの情報を得ようと決めたのである。


「この世界は…『良い場所』だ。肌に纏わり付くこの風も匂いも、全てが心地良く感じる…。こんな場所がこの地球に存在していたとは、100年を生きたこのDIOですら全く知らなんだ。
この地を『支配』してみるのもまた一興…ま、それは今やるべき事ではないがな。フフフ…」


まさしく悪魔のような笑みを口に浮かべながら地図をしまい、北西に向かって歩き出す。
手をポケットに突っ込んだまま鼻歌でも歌いだしそうなご機嫌な気分で、DIOは悠然と目的地へと歩を進める。


―――その時である。




―――寅丸様……正気に戻ってーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!



朝靄の草原に信じられないほどの大音量で響いたのは、少女の叫びのような爆音。
距離はおそらく、かなり近い。数百メートル内の距離から発せられたものだろう。それの叫びを聞いてなお、DIOは満面喜色な表情を崩さない。
一瞬足を止め、声の発信源の方向を見向いただけでまたすぐに歩行を再開しただけである。


(ンッン~~~♪中々良い『叫び』だ…。肝と覚悟は据わっているが心の内では怖くて仕方が無い、『恐怖と動揺』に満ち満ちた叫び…
実に美しい『戦いの音』だ。先程の香霖堂とやらからも聴こえた砲撃音…2キロ北の猫の隠れ里から何度か聞こえた爆発音…
どこもかしこでも、既に様々な『狂気』が戦いの音色を奏でている…。意味も無く楽しくなってきたよ…クックック……)


帝王は感情を昂ぶらせ、狂喜を孕んだ風の匂いを感じながらただただ歩む。

次の目的地、紅魔館で彼を待つ者は誰か。果たしてどんな出会いが待っているのか…

『引力』に引かれるが如く、かの悪魔の館…今では『恐竜の王国』と化した砦へと吸い込まれてゆく。

そのDIOの遥か上空では1匹の『翼竜』が、じっと彼を見据えていた。その視線に帝王が気付いていたかどうかは、誰にも分からない…


【D-4 湿地帯前/早朝】

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、軽く『ハイ』
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ@第7部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
1:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。手段は選ばない。空条承太郎は必ず仕留める。
2:紅魔館で日中を凌ぐ。日中の間引きの為に部下に使える参加者を捜す。
3:幻想郷及びその住民に強い興味。紅魔館で情報を探す。
4:古明地こいしとチルノを『天国』に加担させてみたい。素質が無いと判断すれば切り捨てる。
5:優秀なスタンド使いであるあの青年(ブチャラティ)に興味。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5秒前後です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷について大まかに知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。

<大統領のハンカチ@ジョジョ第7部>
ディオ・ブランドーに支給。
ファニー・ヴァレンタインの生まれた日である『20SEP.1847』と刺繍が施してある、至って普通のハンカチ。
元々はヴァレンタインの父親の持ち物だったが、彼は戦争で敵国の捕虜になって拷問を受ける。
その際、自分で左目をくり抜いてその空洞にハンカチを隠し通し、そのまま死亡。
後に、当時7歳だったヴァレンタインの元までハンカチは戻ってきた。
ヴァレンタインはこの形見のハンカチから『父の愛』と『愛国心』を学び、何よりも大切に持ち歩いている。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
――― <早朝> E-4 人間の里 東方仗助の家 ―――

立ち並ぶ古風な家々から成り立つ集落『人間の里』。ついぞ昨日には人々の賑わいを見せていた逞しい里も、すっかり生き物の気配が消失したこの風景は、フィルムの中で見るような『ゴーストタウン』とでも形容するべきだろうか。
いつもならば一日を生きる為の人々の活気が徐々に現われ出す早朝の時間帯に、しかし今日ばかりはシンとした薄ら寒い空気に包まれていた。
朝を告げるはずの鳥の囀りや飼い犬の遠吠えも空気を震わす事無く、静寂から始まる一日が『二人の登場人物』を迎える。


この物語の主人公の名は『ジョセフ・ジョースター』。殆どの参加者にとってそうであるように、この男にとっても『最悪の一日』が始まろうとしていた…


……………
………

「カァーーーーッ!ゥンめええぇぇ~~~~~~ッ!!スパゲッティ・ネーロ程ではねーけどナポリタンも最高だぜ~~!どうだ、橙?うめーだろ!食ったことあるか?『スパゲッティ・ナポリタン』!」

「お、おいしい!こんなの食べた事無いよ!ジョセフお兄さんって魔法も使えて美味しい料理も作れて、何でも出来るんだね!」

「フッフッフーーン♪子猫ちゃんにそこまで褒められちゃあ、俺も鼻が高くなっちまうぜ」


古風な人間の里に一際目立った現代の民家―『東方の家』にて、ジョセフと橙の両2名は卓を囲んでいた。彼らがこの場に至る経緯はこうだ。
橙の『探し人』の情報を求めるため、ジョセフ達はひとまず近隣にある人間の里へと足を踏み込むことに決めたのだが、そこは東洋の文化集落。
ジョセフにとって本や映画の中の世界でしかない日本の、しかも時代の変化から完全に取り残された様な古臭い村の景観は、とても新鮮なものであった。
見る物全てが珍しい景色ばかりで、ジョセフの内心は少々子供の頃に行ったきりの『社会見学』の気分に浸っていたが、ここは観光名所どころか殺戮の会場。
彼の手には当然、ペットボトルの水で作った即席の『波紋探知機』が握られている。用心深いジョセフがこの程度の警戒を怠るはずも無かった。

周囲に自分達二人以外の人間は居ない事を確認しながら里の大通りを歩き続けるジョセフは、後ろを付いてくる小さなお供の橙に話し掛け続ける。
出会った当初から何かに怯えるような慄きの表情を崩さない橙に対しての、ジョセフの精一杯の気遣いが『会話』であった。
お互いの簡単な自己紹介。そこからはジョセフが自分の好きな映画やマンガ、自分の友についてなどのくだらない事やおちゃらけた会話を延々展開しながら道を進んでいくのみの時間。
その間、橙はジョセフの話す内容に多少の興味や驚きの色を含んだ表情を見せたが、やはり彼女の心に巣食う『恐怖心』を根本から拭う事は出来なかった。



―――無理もない…。ジョセフは橙の縮こまった態度からそう感じる。

この娘はまだ子供。これほど年端もいかぬ少女がこのような暴虐なる世界に突然放り込まれれば怖いに決まっている(実際の年齢は実はジョセフよりも橙の方が上なのだが)。
本音を言えばジョセフ自身、全く恐怖を感じてないとは言い切れない。しかし恐怖よりも自分をこんな目に合わせている主催者の二人に対しての『怒り』の気持ちの方が勝っている。

いや、自分だけならまだ良い。だが橙はかよわい子供だ。こんな女の子にまで殺人を強要させるこのゲームに腹が煮え滾るほどの更なる怒りの気持ちがジョセフにはある。
ジョセフがここまで心底、心から憎いと思った相手はかつて滅ぼしたはずのカーズ以外では奴らが初めてである。
必ず…必ず倒すべき相手だッ!ジョセフは人知れず決心する。


―――しかし、橙の本心がまさかその自分を討たんとしている事には気付く事は出来なかった…


いずれ見つけた少し大きめの民家で二人はひとまず休息を取る事にした。
ジョセフにはまだまだ気力が残っていたが、幼い橙の事も考えての配慮。ついでに少し早めの朝食でも摂って今後の方針でも決めようという、けっこう呑気したジョセフの考えである。


「いやぁーゴッソさん!日本のご家庭でもナポリタンが普通に食える時代になるたあ、良い時代になったもんだぜ」

「ご馳走様でした。『なぽりたん』なんて幻想郷でもあまり見ない料理だと思うけどとっても美味しかったよ、お兄さん♪」


橙の心の底から嬉しそうな笑顔を見てジョセフはホッとする。自分は別段料理が得意だというわけではなかったが、そんな料理でも彼女は美味しいと言ってくれた。それがたまらなく嬉しいのだ。
パイロットの夢を諦めて料理人にでもなろうかという場違いな思考が横切ったが、このまま皿洗いまで済ましてしまおうというほどジョセフも能天気な人間ではない。
ここからは思考を切り替えて行動しなければならない。ジョセフは食べ済ませた後の食器をテーブルの端に寄せ、なるべく刺激を与えないような緩さで橙に話し掛ける。

「で…だぜ、子猫ちゃん。お腹も膨れた事だし、君の探し人である『八雲紫』様とやらをこれから探しにいくわけだけど…その前に色々と旅支度整えなきゃあな。
お互いについての話とか…まぁ俺についての話はさっき殆ど話しちまったから次はお嬢ちゃんについて色々聞きたいんだが、ま!まずは『支給品』の確認だな!」

いそいそとデイパックの中を漁り始めるジョセフをよそに橙の心中はさっきとは一転、焦っていた。
密かにジョセフの首を何とかして狙いたい橙は、先ほど『自分は人を探している』とジョセフに対して嘘をついてしまった。
そこで返ってくる当然の質問は『誰を探しているのか』となるのだが、最初は口篭るしかなかった橙も流石に不自然に思われてはマズイと察し、つい口から出た者の名が『八雲紫』だったのだ。
普段は絶対の信頼と母に贈る様な愛情を主の八雲藍に対して感じていたのだが、信じたくない事に今最も会いたくない人物は主であるはずの八雲藍。となれば今の橙が助けを求める相手は必然的に八雲藍のそのまた主、八雲紫その人となる。


―――『藍様がああなってしまっても紫様なら今度こそ…きっと私を助けてくれるはずだ』


藁にも縋る気持ちの橙が心に思い描いていた人物の名が、思わずジョセフの質問に答える形で口から出てしまった。
これで一行の当面の目的は図らずも『八雲紫の捜索』となってしまう。

…とはいえ、この状況で紫様と合流するのは悪くない選択肢なんじゃないのか…?
ジョセフお兄さんに嘘をつく事になってしまったのは悪いとは思ったが、もし紫様に会う事が出来ればきっと自分を救うために動いてくれるはずだ。
おかしくなってしまった藍様をいつもの優しい藍様に戻してくれるはずなんだ。そう信じるしかなかった。

もし紫様が自分に『藍様と同じ事』をしてしまったら…その可能性は考えたくはない。


(とにかく、今はこのジョセフお兄さんと行動しよう。この人は私の怪我を治してくれて、美味しいご飯まで作ってくれたんだ。きっと悪い人じゃない…)

自分の中で方針を密かに立てる橙だが、しかし恩を感じているほどのジョセフをこれから危険な場所に誘導し、漁夫の利のような形でその首を狙わんとする行為に橙は心が押し潰されそうになる。
だが、最悪『ひとりの首』だけでも持ち帰らなければきっと自分は藍様に殺されてしまう。死ぬのはもっと嫌だ。

そんな橙の苦悩を知る由も無いジョセフは、相変わらず呑気に冗談を交えた会話を進めている。

「俺に配られた支給品はまずはコレ。何の変哲も無い普通の『金属バット』。あと7人友達を集めれば俺様のチームが作れるが、残念な事にボールもグローブも敵チームすら居ねえ。つまりただの『打撃武器』なワケね。
全く、あの荒木と太田のヤロー…もうちょっとまともなモン寄越せよって感じだぜー…。まぁ、『もうひとつの支給品』は中々スゲェ品だったから俺もそこそこゴキゲンだけどねん♪」

ニヤニヤ笑みのジョセフがそう言い終わるやいなや、狙って来たかのように居間の奥から現われた『三体の飛行する人形』が彼の元へ到着した。
小さい人形の身体に洋装を纏いブロンドのロングヘアーと頭のリボンが特徴の、西洋の侍女を想起させる全長20センチほどの西洋人形。
魔法使いアリス・マーガトロイドが使い魔としても使役していたこの魔力が込められた人形は、攻撃能力こそ無いものの小回りの効く使い勝手の良い、ちょっとした召使いの様に主君であるジョセフの命令を聞いてくれる。

簡単な命令の処理能力程度の機能は備わっているらしく、ヒョイヒョイと優雅に空中を飛び回るその仕組みは謎である。
どうやら『五体セット』での支給らしく、とりあえずジョセフはその内の三体を取り回して自分の周りに浮かせた。
この東方家に入った時点でジョセフは『あるモノ』の捜索をこの人形達に頼んでいた。それは普通の家庭にならどこにでも置いてあるような『必需品』であり、人形に探し出させるのにもそう時間は掛からない物である。

「お!帰って来たか『シャルル』に『ピエール』にそしてえ~っと…お前は、誰だっけ?……そう!『フランソワ』だ!
よしよし、三人とも無事『お目当てのモノ』を見つけて来てくれたようね。ヘヘヘ、エライエライ!」

「…なに?その名前」

「人形と言えどきちんと『名前』を与えて然るべきだと俺は思うのよ。乙女じゃねーけど。
そこでこいつらには俺の好きな俳優の昔の役名からとって名付ける事にした(誰が誰か全く見分けつかねーけど、適当だ適当)
名前もあれば自然と愛着も湧くようになるもんだぜ。どうだい?橙も一体」

「んーー……いらないよ」


橙はジョセフの提案をやんわりと一蹴し、彼の周りをくるくると浮遊する魔法人形を目で追う。化け猫の性なのか、二叉の尻尾がその回転する動きに微妙に反応している姿を見てジョセフは笑いを堪えつつ、人形達の持ってきた『モノ』を受け取る。
その幾つかの日用品は一見すればただの家庭用品に過ぎないが、詐欺師同然のイカサマ戦法で戦う波紋戦士ジョセフが扱えば一転して意外性ある武器となるのだ。

ルンルン気分で口笛を吹きながら品物の手入れをするジョセフに、橙は何に使うのかを聞いても返ってくる言葉は「ビックリ手品だよん」の嬉々たる一言。
その楽しそうな様子はまるでプレゼントを受け取った『子供』のよう。見ているだけで橙自身も少しだけワクワクしてくるというものだが、この場は彼の後に倣って橙も自身の『支給品』を取り出した。
不思議な紙を拡げて飛び出してきた物は二つ。橙よりも二回りほど大きな、注連縄付きの岩。どういった力が働いているのか、宙に浮いている。

「おお!?何だそのデッカイ妙チクリンな岩は?えぇ~となになに…
『要石(かなめいし)。この岩に飛び乗ると会場内のエリアにランダムで飛び向かいます。使用回数は3回まで。禁止エリアに向かう事もあるので注意!なお、この岩で地震を起こす事は出来ません』…だとよ。
へぇ~え中々面白そうだな。コイツで空のお散歩を楽しむ事も可能ってワケね」

ジョセフは説明書を読みながらこれまた愉快な笑みを零している。もしや彼は自分よりも子供なんじゃないかと橙は少し不安になるが、よく考えれば完全に自分よりは年下のはずなのでおかしくはない、のだろうか。
そんなジョセフの様子を可笑しく感じたのだろう。橙までもクスクスと笑いながら口を開く。

「ねぇジョセフお兄さん、その空飛ぶ石…お兄さんにあげるよ。『なぽりたん』のお礼!」

「え!くれんの!?俺に?タダで?」

「タダで」

「マジで?」

「マジマジ!」

「おっしゃああ!俺は貰えるモンなら病気以外は何だって貰っちまうぜーーーッ!!一度で良いから空を自由に飛行してみたかったんだもんねーー!(カーズに追われてる時に一回乗り回したけど)
まさか飛行機じゃなくて石っころのパイロットになれるなんて夢にも思わなかったけどよォー!」

想像以上に喜んでくれたジョセフを見て、橙は子供にプレゼントを贈る親の気持ちを予期せぬ形で体験してしまった事にまたもつられて笑う。
と、何か閃いたのかジョセフは筆記用具からペンを取り出し、エニグマの紙にスラスラと何か書き綴っている。
何を書いているの?と橙が聞いても「くだらない事だがこんな遊び心が俺流の戦法なのさ」とわけのわからない答えが返ってくるだけであった。


仕方ないので橙は紙から出てきたもうひとつの支給品を手に取ってみる。
『それ』は赤色に塗られた小型のスプレー缶のようであり、紙には『焼夷手榴弾』と書かれていた。
こんな現代兵器など勿論見た事も無い橙は、これが如何なる用途なのか分からずに首を傾げながら手榴弾をまじまじ見やる。

「あまり無用心に触らない方が良いぜ。そいつは焼夷手榴弾っつって、そこのピンを抜いた後に相手に投げ付けると激しい燃焼を起こす。衝撃を与えねーように紙の中に携帯しときな」

ジョセフの説明が横から飛び出た瞬間、思わずきゃわわと驚いた橙はすぐにそれを紙の中に戻す。火ダルマの猫妖怪などはどこぞの火車だけで充分である。
そこで文字を書き終えたジョセフは「さてと」と前置きし、橙に向き直って聞く。

「これで『旅支度』は終わりだ。…じゃあ、そろそろ子猫ちゃんの事を聞こうかな。どうやら君は『化け猫の妖怪』らしいが、それってマジなの?(尻尾と耳が生えている辺り、マジっぽいけど)」

「う…うん。私、『幻想郷』の住人なの…」


この場を借りて橙はようやっと自分の出身、『幻想郷』について語る。
曰く、そこでは現代から忘れ去られた者達…魑魅魍魎が普通に蔓延る世界。
曰く、自分は九尾の大妖怪、八雲藍の式神である存在。
当然、その八雲藍がゲームに乗っており、自分に殺人を強要している事は伏せて話したが、彼女の事を話す橙の心中はやはり悲壮感に纏われる。

ジョセフはそんな橙の語る御伽噺の様な話を、夢でも見ているかのように聞きに徹する。
が、橙の耳や尻尾はどうもツギハギで作ったようには見えないし、吸血鬼や柱の男みたいな連中が居るのなら妖怪や神も存在するのだろう…と思い、案外あっさり信じ込んだ。
今話に出た者達の名も参加者名簿に載っていた事から、橙は嘘を吐いていないものとしてジョセフは彼女を一時のパートナーとして迎え入れる。

とはいえ、ジョセフにはどうも気にかかる事項があった。
何がどうおかしいとはハッキリ分からないが、心の奥で引っ掛かる僅かな『濁り』。
橙は自分に嘘を吐いている…とまではいかなくとも、何か『隠している事』があるのではないか。
八雲藍の事を話す橙の表情に、どこか『影』のようなものが堕ちている事に何となく気付いたジョセフだが、その僅かな濁りは芽吹く事無くジョセフの記憶の底に今は沈みゆくだけであった。


ジョセフと幼い橙。お互いに出せる情報は全て吐き出し、テーブルの地図を眺めながら次なる方針を決める。
まずはこの『人間の里』をもう少しだけ探索してから、次は少し東に行った所にある『コロッセオ』にでも行ってみようかという結論を出す。
迷える子猫を親の元に送り届けようという、ジョセフの少ない親切心がここで発動したわけだ。

そうと決まれば早速行動するべく立ち上がったジョセフ。しかしこの瞬間、ジョセフは兼ねてより気になっていた『もうひとつの事項』が頭をよぎる。いや、よぎったのは頭にではない。


―――自分の後ろの首筋に奇妙な感覚が滾り始める。


(どうも…ここへ来た時から『妙な感覚』がするんだよなぁ。なんつーか…ホラー映画で主人公を襲うパニックシーンを観ている時の『ドキドキ感』つーか、興奮とかじゃねーんだが…何か落ち着かないぜ)

今のジョセフには知らぬ事ではあるが…ジョースター家の『しるし』である首筋の『星型のアザ』はジョセフにも例外無く存在している。
そのアザが放つ共鳴のシグナルは、同じアザを持つ者との魂と魂の共有信号を発信させ、この会場内のどこかに居る『同じ血統を持つ者』を引き会わせる。
そのシグナルがここ数十分の間で強烈に高まってきた事を感じ、ジョセフは嫌な予感を受け取った。彼はこういった事は信じる性質ではないが、『虫の知らせ』というものは存在するものだ。

ジョセフはテーブルに汲んであった水のグラスに手を触れ、静かに呼吸を整える。今更気を張るほどでもない、今までに何度もやってきた『波紋の呼吸』を腕から指先に、指先からコップの水へと伝導させる。
水の表面には小さく『波紋』が拡がっていた。その波紋探知機の意味する所は、この家の近くに『ひとり』。何者かが近づいてくる。
首筋から伝わる正体不明のシグナルなんかよりも余程信頼のある気配の感覚。ジョセフの眼は鋭く―『戦士』の眼へと変化していく。



「…誰か来るぜ」


「……え?」


突然の呟きに目を丸くする橙を差し置き、ジョセフはすぐに自分の荷物をまとめ上げて玄関へ向かおうとする。

「橙。俺が様子を見てくる。お前は家の中で大人しくしててくれ」

そう言い残し、三体の魔法人形をお供にジョセフは廊下へと消える。
その姿を見送る橙は言い様の無い不安に襲われながら、同時にこれからこの場でひとつの『戦い』が起こるのだと、どこからか来る確信を何となく感じていた。
それは何としても『ノルマ』を達成しなければならない状況の橙にとって、果たして喜ばしい事態なのだろうか。やっと巡って来たと言える『チャンス』なのだろうか。


今の橙にはまだ分からない。分からないから、不安になる。恐ろしくなる。

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最終更新:2014年03月14日 23:38