兎の少女は竹林を駆け抜ける。
彼女の脳裏にかつての記憶が蘇る。
『戦い』の噂を耳に入れて、心から恐怖したことを。
人から敵意を向けられる恐怖に負けて、月の軍隊から脱走したことを。
月から『堕ちる』ように、行き先も無く必死で逃げてきたことを。
こうやって、走馬灯のように過去を思い出しながら竹林の中を走っていたことを。
「―――――はぁっ…はぁ…」
鈴仙・優曇華院・イナバは、あの時と同じように必死に逃げていた。
どれほどの時間が経過したかも全く認識出来ない程に、彼女は走っていた。
怖い。怖くて仕方がない。
あんな人間とまともに闘える訳が無い。妖怪をも瀕死にするあんな人間に、勝てる訳が無い。
逃げなきゃ。とにかく、逃げなきゃ!
安息と平穏を求めて、彼女は必死で走る。
自分を助けてくれたお師匠様が住まう永遠亭を目指して。
てゐ。姫様。お師匠様。貴女達は、どこにいるの?
名簿さえ確認していない私には、この会場にみんながいるのかどうかも解らない。
―――でも、彼女達と会いたい。とにかく会いたい。
取り乱す心で彼女はそう思う。その思考に冷静さなど微塵も無い。
そこにあるのは恐怖から逃れたいという思い、安心を得たいという思いだけだ。
彼女らとも殺し合うことになるかもしれない等、考えられなかった。考えたくなかった。
疲労感も何もかも忘れて、ただ安息だけを求めて竹林を駆け抜け続ける。
その時だった。
「きゃっ…!?」
突然鈴仙は何かに足を取られ、その場で正面に転ぶ。
転倒により顔から地面に叩き付けられたことによる鈍痛に見舞われる。
石ころや竹林の地形にでも躓いた…?そう考えつつ、彼女は立ち上がろうとするが。
「すまんな、少々荒っぽくなってしまった」
起き上がろうとした鈴仙の背後から突如他者の声が聞こえてくる。
え、と鈴仙は声を漏らす。周囲に気配なんて感じなかったはずだ。
驚きつつ、咄嗟に振り返った鈴仙の目に入ったのは―――
「しかし、御主のような妖怪が儂に気付かずに通り抜けようとするとはの」
鈴仙の背後に立っていたのは、大きな縞模様の狸の尻尾が特徴的な少女だった。
眼鏡をかけ、葉の笠のような帽子を被っており、煙管をくわえる姿には余裕すら感じられる。
鈴仙は混乱する思考を必死で纏めようと頭を回転させる。
どうゆうことだ?この妖怪の気配なんて感じなかったはずだ。
この装いを見る限り、彼女は化け狸であるのは確実だろう。まさか化けていたのか?
いや、私の能力さえ使えば見抜くことなんて容易な―――
「ふむ…その眼を見る限り、さしずめ恐怖で逃げ回っていたというワケか」
「…え、」
「儂に気づかなかったのも納得じゃな。恐怖に飲まれている最中で周囲に気が回る訳が無い」
ぽかんとしたように、鈴仙は化け狸の少女を見上げる。
図星だった。恐怖に飲まれて、ただ只管に逃げ回っていた。
波長を操り、他者からの認識を誤摩化して姿を消すことであの『悪魔』からも逃げ仰せると思っていた。
だが、実際の所は長時間の能力使用によってその効果はとっくに解けていたのだ。
冷静さを失った彼女はそのことに気付かず、周りの警戒をも怠って必死に走っていた。
故に本来ならば見破れるはずの『化け狸』の気配に気付くことが無かったのだ。
「…にしても、この場で冷静さを欠くとは。気持ちは解るがのう」
――殺し合いに巻き込まれた化け狸『
二ッ岩マミゾウ』は、先程まで迷いの竹林と言う慣れぬ土地を歩き回っていた。
視界が悪く、予想以上に道の入り組んだこの地の探索に少々手間取っていたのだ。
暫しの間動き続けていたのだが、そんな中で彼女は「誰かが近付いてくる気配」を感じ取ったのだ。
すぐさまその場で竹林に似合うような筍に自分を『化けさせて』、様子を伺ってみようと思ったのだが…。
訪れた妖怪はどうにも全く自分の気配に気付くこともなく、必死で走っていたのだ。
一目見た限りでは兎の妖獣の類い。彼女の表情は恐怖に染まっていた。
少し気になった。殺し合いに恐怖し、逃げ回っているような参加者かもしれない。そう思った。
故に彼女は、筍の変化を一瞬だけ解いて妖怪に足を引っかけて転ばせて自身の存在に気付かせたのだ。
意地が悪いと思うかもしれないが、マミゾウは人間を化かすことが好きな『化け狸』。
種族を考えればこのくらいの悪戯は別にさほど珍しくもない。
「で、御主。名は何という?」
「…れ、鈴仙…優曇華院、イナバ…」
「では鈴仙殿と呼ぼう。儂は二ッ岩マミゾウと申す者じゃ」
そうして、そのままマミゾウは続けて口を開く。
「御主、『殺し合い』に乗っているか?」
殺し合い。
―――殺し合い。
その言葉を聞いた途端、再び鈴仙の恐怖が蘇る。
フラッシュバックするかの如く、脳裏に記憶が過る。
あの『悪魔』を。妖怪をも蹂躙する、圧倒的な力を持つ『人間』を。
鈴仙は顔を青ざめさせ、取り乱した様子で立ち上がったのだ。
「逃げ、なきゃ」
「…鈴仙殿?」
「―――逃げなきゃっ!あいつから、逃げないと……殺されるっ!みんな、殺されるっ…!!」
――その言葉と共に、突然鈴仙は再び走り出した。
錯乱したように、恐怖に負けたかのように、とにかく必死の行動だった。
「おい、鈴仙殿っ!鈴仙殿っ!!」
マミゾウの呼びかけも気にかけず、彼女は錯乱し逃げるように走っている。
突然の出来事にマミゾウも驚かざるを得ない。余程恐怖に飲まれているのか――
「…全く、面倒なことになったのう だが、放っておく訳にもいかんな…!」
やれやれ、と言わんばかりにマミゾウは呟く。
同時に鈴仙の姿を見失う前に彼女は走り出したのだ。無論、鈴仙を追う為にだ。
マミゾウは殺し合いに乗るつもりなど無かった。
鈴仙と接触したのも、恐怖していた彼女を介抱して仲間に引き入れられるかもしれないと考えたからだ。
どうにか対話に応じてくれれば、説得出来るかもしれないとは思っていたが…
どうやら予想以上に彼女の恐怖は大きかったらしい。
触れてはならぬ部分に触れてしまったのかもしれない、と考えればやはり自分の過失だ。
それに、無防備に走り回る彼女は放っておけば格好の的に成り得る。
それだけは避けなければならない。『乗った参加者』に見つかれば非常に危険だ。
故に彼女を追いかけることにしたのだ。とにかく、今の危険な状態の鈴仙殿を無視するわけにはいかない…!
◆◆◆◆◆◆
何となく、理解していた。
もうすぐだ。もうすぐ、私にとっての安息の地へ辿り着ける。
直感や日常の記憶が蘇る。
こちらへ向かえばいい。この先を抜ければいい。
そうすれば、私はそこまで辿り着ける。
とにかく走ろう。私の目指す場所は―――もうすぐだ。
恐ろしい惨劇を見ることなんて嫌だ。
敵意を向けられることなんて嫌だ。
死ぬことなんて、絶対に嫌だ。
◆◆◆◆◆◆
「さて…」
包帯や衣服など、使えそうなものは可能な限りデイパックに詰め込む。
あの天才の診療所なだけあってか、応急処置に使えそうな道具は十分に揃っている。
得体の知れない医療器具や金属製の設備も数多く存在しているが、自分にとっては構造も原理さえも理解し難いものばかりだ。
机に置かれたマニュアルを見る限り、人体の骨格を撮影出来る撮影機まであるようだ。
幾つもの道具を眺め、改めて
八意永琳…というより、月の連中の技術のレベルを理解する。
とはいえ、私の分野は魔法であってこうゆうハイテクな技術の数々は自分の知識の知る範疇ではない。
故に驚きはしたが、さほど興味はなかった。それよりも、今はもう一つ少々気になることがあった。
目を向けたのは、この診療所の主人が使っていたであろう机の方だ。
机の上に置かれている鈍い輝きを見せる容器には、幾つかの見慣れぬ医療器具が置かれている。
見た限りでは、恐らく外科手術に用いる道具だろうか。
それらの器具のうち、何故か数本のメスだけが不自然な形で机の上に直に放置されていたのだ。
その他の医療器具はきっちりと容器に納められているのに、メスだけが纏まりのない状態で机の上に置かれていた。
それ以外にも多少医療機器や物資などを調べてみたのだが、多少だが「既に物色されたような痕跡」も見受けられた。
(もしかして、先に他の参加者が此処に?)
永遠亭に辿り着くまで幾許かの時間を有したのは事実だ。私が来る前に、此処に他の参加者が来ていた可能性は十分に有り得る。
メスだけが取り出されている様子といい、物色の痕跡といい、恐らくこの予想は的中していると思われる。
しかし引っ掛かる点が無い訳でもない。何故、包帯や薬品などの応急処置が可能な医療器具は殆ど回収されていないのか。
棚を漁ってみた限りでは物色された形跡も殆ど無く、数多くの医療器具がほぼ手つかずの状態で保管されていた。
もし此処に本当に参加者が来ていたとすれば、応急処置を必要としない―――例えば吸血鬼のような。
自力で傷を治癒出来る参加者が此処を訪れたが故に、器具を回収しなかったのか。
もしくは、回収する暇も無く永遠亭からの移動を余儀なくされる事態が起こったのか。
私が此処に辿り着くまでには少々苦労したが、ゲーム開始時からはさほど時間を有さなかったのも事実だ。
本当に此処に別の参加者が来ていたとすれば、私が永遠亭に着くまでのごく短時間の滞在で移動を開始したということになるだろう。
(この竹林を真っ直ぐ抜け出すのは、妖怪兎でも無い限りは容易じゃない)
故に、その参加者は今もこの竹林を彷徨っている可能性はある。
他者との接触が一先ずの目的であり、永遠亭からも早いこと離脱しようと考えていた自分にとっては好都合だ。
とりあえず、此処の見張りはサーフィスに任せ―――
直後に、入口の方面から静かに物音が聞こえてくる。
「……。」
私はすぐに理解した。音を立てたのはサーフィスだと。
恐らく誰かが近づいてきた合図として音を鳴らしてこちらに知らせたのだろう。
同時に、必死で走ってくるような足音も聞こえてくる。まるで何かから逃げて来ているかのようだ。
僅かにしか聞こえてこないが、恐らく相当取り乱しているのか…
「―――はぁっ―――はぁっ―――!」
少しばかり耳を立ててみると、外から聞こえてきたのは荒い吐息の混ざった声。
息の乱れ具合から察するに、余程疲労しているのか―――ともかく、予想以上に来訪者が早かった。
接触出来るのは好都合だが、自身に変身させたサーフィスをどう説明したものか。
出来れば、もう少し時間が欲しかったのだけれどね。仕方がない。
さて、どうするか。
【D-6 永遠亭/黎明】
【アリス・マーガトロイド@東方妖々夢】
[状態]:健康、精神疲労(小)、不安
[装備]:スタンドDISC「サーフィス」、サーフィス人形(アリスに変身中)
[道具]:永遠亭の医療器具や薬品など複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:遭遇、または発見した参加者を複数人観察した上でスタンスを決める。
それまでは生存優先。
1:永遠亭に辿り着いた参加者と接触する?
2:サーフィスをこのまま自分に変身させておくかどうか、考え中。
3:単独でいる時は道具や情報の収集に努める。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降です。
※支給品は確認していますが、自分に掛けられた制限にはまだ気づいておりません。
※掛けられた制限は不明です。
【D-6 迷いの竹林(永遠亭前)/黎明】
【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:人間から敵意を向けられることに対する恐怖、疲労(中)、体力消耗(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:未定。とにかく恐怖から逃れたい。
1:永遠亭に、戻って来れた…
2:あの人間(
ディアボロ)に対する恐怖。絶対に死にたくない。
※支給品と
参加者名簿をまだ確認していません。
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限により波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
【D-6 迷いの竹林(永遠亭付近)/黎明】
【二ッ岩マミゾウ@東方神霊廟】
[状態]:健康、体力消耗(小)
[装備]:煙管@初期装備
[道具]:不明支給品1~2(確認済)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを出し抜き、主催者に一泡吹かせる。
1:鈴仙を追いかける。どうにかして落ち着かせたい。
2:殺し合いには乗らない。自衛の際も殺生は極力避ける。
※参戦時期は心綺楼終了後です。服装も心綺楼verです。
※制限により、能力の使用による消耗が普段より増大しています。
※具体的な現在位置及び鈴仙に追い付けたかどうかは後の書き手さんにお任せします。
◆◆◆◆◆◆
「とぅるるるるるる」
何処とも解らぬ竹林の内部で、一人の少年が足下に転がっていた石ころを耳に当てて奇妙な声を発している。
まるで電話をかけているかのように、無心で声を発し続けていた。
「もしもし…ボスですか…? …も、申し訳ございません。先程の『二人組』を、見失ってしまいました…」
恐る恐る言葉を選ぶように少年は『通話相手』にそう伝える。
彼は先程まで二人のスタンド使いを追跡していたが、追跡は途中で撒かれてしまった。
当然のことだ。迷いの竹林は非常に入り組んだ構造をしており、鬱蒼としている為視界も悪い。
その上、現在の時刻は夜中で竹林の内部は薄暗い闇に包まれている。
他の人物の追跡を振り切り、隠れる為にはうってつけの環境と言えるだろう。
「通話相手」は、暫しの沈黙の後に言葉を紡ぐ。
『…ドッピオ、此処は地図で言う「迷いの竹林」であることは理解出来るな?』
ドッピオと呼ばれた少年は「はい」と短く頷く。
『ならば一先ずは「永遠亭」という施設を目指せ。竹林の構造故に発見は困難かもしれないが…』
「永遠亭…ですか?」
『そうだ。取り逃がしたとはいえ、あの小娘には少なからず手傷を負わせた。恐らくは、そう長くはないだろう』
「…だから、小娘の療養の為に『新手のスタンド使い』が地図にも記載されている施設へと向かっている可能性がある…ということですね?」
『その通りだ、ドッピオ…例えそうでないにせよ、地図に記載されている以上人間が集まる可能性は大いにある』
通話相手―――ドッピオのもう一つの人格『ディアボロ』は冷静にそう伝える。
制限下とはいえ、あの小娘に叩き込んだ一撃は確かな手応えがあった。
肋どころでは済むはずの無い傷を負っているのは確実だろう。
新手のスタンド使いも小娘の容態を見てそのことに気付くはず。
そうなれば、小娘を休息させる為に施設へと向かう可能性があるのではないか。彼はそう考えたのだ。
例えその場にあの小娘がいなかったにしても、他の参加者がいる可能性も高い。
『――ドッピオ、目指すは『永遠亭』だ。お前ならやれる…出会った参加者は一人残らず始末しろ』
「了解です、ボスッ!必ず、ボスのお役に立ってみせます!」
ペコペコと頭を下げながら、彼は「ガチャリ」の一声と共に石ころをその場に捨てる。
目的地は生まれた。目指すはこの竹林の先にあると言う「永遠亭」だ。
基本支給品の方位磁石を用いれば方角は解る。地図にも記載されているような施設だ、恐らく目立った位置に存在するはずだ。
どちらにせよ、ドッピオは必ずその施設を見つけ出すつもりだった。
ボスからの命令なのだから、それに従うのは当然のことだ。
彼は急ぎその場から離れるように駆け出す。
『帝王』の進撃が、開始した。
【D-6 迷いの竹林/黎明】
【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:首に小さな切り傷、体力消費(微小)、ドッピオの人格で行動中
[装備]:なし(原作でローマに到着した際のドッピオの服装)
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×1~2(ディアボロに支給されたもの。確認済)、
不明支給品×0~1(
古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:永遠亭へ向かい、他の参加者を発見次第始末する。
2:新手と共に逃げたスタンド使いの小娘を探し出し、この手で殺す。
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※支給品と参加者名簿をまだ確認していません。
※能力制限の程度については、後の書き手さんにお任せします。
最終更新:2013年12月29日 20:40