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あさがおを手にとって

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夏休みのある日
ちょっとばかし暇を持てあまして街をぶらついていた私、日下部みさおは
たまたま通りかかったバス停のベンチに見覚えのある顔が座っているのを発見した。
小学生ぐらいに見えるその女の子が、最初は誰だかわからなかったんだけど、
少し考えて、隣のクラスのちびっ子の妹であり実は高校一年生でもあるってことを思い出して、
退屈に後押しされる形で声をかけた。
そしてお互いの名前を交換して、ついでに妹じゃなく従妹だと訂正されて、
そのあとだ。
その子、小早川ゆたかは不意に時計に目を落としたかと思うと、
弾かれたように立ち上がり、慌てた感じで勢いよく頭を下げたのだ。

「へ?」
「あの、ごめんなさい。わたしもう行かな、きゃ……」

言いながら、その小さな身体から力が抜けたように見えた。
ぐらり、と揺れて――倒れる?

「お、おいっ!?」

突然のことに一瞬反応が遅れた、と思ったときにはとっさに手が伸びていて、
寸でのところで抱きとめることに成功していた。

「っとー、あっぶねぇ……」

――って、ちっさ! ほそっ!
なんだコレ? ホントに人間か? じゃなくて高校生か?
ちっちぇーちっちぇーと思ってたちびっ子よりもさらに小さい。細い。
いやアッチを抱きかかえたことなんてないけどさ。
そーいや、いつだったか親戚の赤ちゃんをダッコさせてもらったことならあるっけ。
あんときは、腕の中にすっぽり納まる生き物の怖いぐらいの頼りなさに、軽くパニくりかけた。
その上いきなり泣き出されちまったせいで危うく落っことしそうになって、
あとでめちゃくちゃ怒られたんだよなー……

「ぅあっ! あのっ! ご、ごめんなさっ!」

うわっと!? こっちも暴れだした!

「ちょっ、暴れんなって!」

折れる折れるっ! 私じゃなくておまえの骨とかがたぶん折れる! 怖いって!
反射的に、さらに強く抱え込む。
放り出さなかっただけマシだと思いたい、けど……なんか硬直してる。
……折れた? 首、折れた?

「あ、あのっ、わ、わたっ、わたしっ、そのっ!」

おお、よかった。生きてる。
なんかロレツが回ってない気もするけど、とりあえず、今のうちだ。

「い、いいから、落ち着けって。ほら、ちょっと座れ。な?」

えっと……わきの下に手を回して、倒れないように支えながら軽く持ち上げて、
脚を引っ掛けておいてから、胸元を押す――っと、よし。なんとかベンチに置きなおせた。
ふう、意外と役に立つモンだな、体育で習った「救護者の姿勢の変え方」。
なんかかなーり我流っぽい気もするけど細かいことはどーでもいーんだ。成功したんだから。
それにしても、貧血か何かか? それか熱中症か。
前髪をかき分けて、その小さな額に手を当てる。
熱は……普通だな。高くも低くもない。んじゃ、脈は……

「んっ」
「おう、ちょっとガマンな」

手を首筋に移すと、くすぐったかったのか、鼻にかかった声が漏れた。
ちょい速め? でも不規則じゃない、か。
呼吸も正常。震えもなし。汗はかいてるけど、まあ普通。目の焦点も狂ってないし、瞳孔も開いてない。

「んー……だいじょぶっぽいかな」

軽い立ちくらみだろ。
とりあえずそう結論付けた。
この手の見立てにはわりと自信がある。部活の関係でヘバってる人間には慣れてんだよね。

「あ、ありがとうございます……」
「うん。いや、いいけど。てかどーしたんだよ。バスまだ来てないぜ?」

来てないよな?
一応、バスの来る方角を眺める。うむ、いない。

「い、いえ、あのっ。わたし、バスは、別に、待ってなくてっ。みなみちゃんの家はあっちだからっ。
 休憩をちょっと、そのっ」
「は? え、なに?」

いや、何言ってんのかぜんぜんわかんねーって。なんでまた急にパニくり出すかな。
マズいことでも言ったか私?

「いや、まぁいいや。いーよ。まずは落ち着け。ほら深呼吸」
「あ――う……。すうっ、ふぅ……すぅっ――ふぅー…………」

うむ、素直だ。
そーいやさっき、声かける前に水筒で何か飲んでたな。水分も取らせとくか、一応。
うーん、と……お、あったあった。おし、まだ残ってる。
できればお茶じゃなくてポカリとかの方がいいんだけど……ってこれポカリだし。
なんだよむちゃくちゃ準備じゃんコイツ。

「だいじょぶか? ほら、これ。飲め。おまえのだけど」
「あ……はい。ありがとうございます」

フタを兼ねているコップに半分ほど注いで手渡すと、これまた素直に受け取り口をつけた。
んくんく、と、どこか一生懸命な感じに喉を鳴らす仕草が、見た目と実にマッチしてる。
空になったコップをもじもじといじくったり、
帽子の陰から恥ずかしそうにこっちをチラ見してきたり、
そんな仕草の一つ一つが小動物っぽくて、可愛らしい。
なんかもー全身全霊で「女の子!」って感じだ。いーなー。
私とは全然違うわ。

「……あの、ごめんなさい――申しわけありませんでした」

だからなのかな?
ここでいきなり謝る理由が、イマイチわかんないのは。

「や、いーっていーって。つーか、なに? バスには乗らないん?」

さておき、気になってたことを訊いてみた。
もうだいぶ落ち着いたようで、小早川は淡々とした声で答える。

「はい。あの、わたし、身体があんまり丈夫じゃなくて。
 今日みたいに暑いと、その、さっきみたいに倒れちゃうことがあって。
 だから、そうなる前に休憩してたんです」

へえ。
ちょっと、いやかなり感心した。
危なっかしく見えて意外としっかりしてんだな。ずっとうつむいて喋るもんだから落ち着いてんじゃなくて
落ち込んでんじゃないのかってちょっと気になったけど、別にそんなことはなかったみたいだぜ。

「そっか、エライな」

え、と顔が上がる。
なにその意外そうな顔。

「なんで……?」
「ん? 休憩ってのは大事だぜ?
 自分の限界を見極めて、それが来る前にちゃんと身体を休める。スポーツの基本だよ。
 こんなのもちゃんと持ち歩いてんだから、すげーよな」

持ちっぱなしだった水筒を、たぽん、と鳴らす。
おっと、返さなきゃ。

「部活の後輩にもたまに無茶やるのがいてさー。
 ……なんつってー、私も昔はよくやっちゃってたんだけどな、へへっ。
 あ、陸上部なんだー、私。もうすぐ引退だけど。
 こう見えても――じゃなくて、見てわかるかもしんないけど、速いんだぜー?」
「……」

無反応ですか。
そんなにリアクションに困ること言ってないと思うんだけどなぁ。
自分の発言を振り返ってみても、特にコレといって思い当たる部分はない。
「見ての通り」ってのぐらいか。やっぱちょっとウヌボレっぽい?

ってぇか。
どうにも会話のテンポ? 距離感? が、つかめないってゆーか。
いや別にイライラとかそーゆーのはないし、こうしてるのがイヤだって気もしないんだけど。
むしろ逆にもっと話してたい気分。
ここで別れるのはもったいない、みたいな。
……そんなに退屈してたのかな、私。
まーいーや。とりあえずいろいろ喋ってみよう。そのうち感覚もつかめるだろ。
うん、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないんだ。

「んで、だったらどこ行くんだ?」
「――あ、はい。この先に住んでる、友だちの家に」
「ふーん。勉強会?」
「はい。……え? なんでわかったんですか?」

あ゙。
しまったー……考えなさすぎた。
そーいやカバン勝手に開けちまったんだよな。ヤバいかな? ヤバいよな?
いや、ごまかすつもりはなかったなだぜ? 何しろ見てる前でやったわけだし。
ただ一言ことわるとか、せめて先に謝ってから言うべきだったよな。

「あ~~、それがさ。さっき水筒取ったとき――あ、ソレもゴメンな?
 そんときにカバンの中が見えちまって、さ……わりぃ。ゴメン」

前にも一度、柊のカバンに触っちまったことがある。
あんときゃすっげえ怒られた。
借りてたノート返そうと思ったら本読んでたから自分で戻そうとしたんだよ。
そしたら物凄い勢いでひったくられて怒鳴られた。
あんときの柊、死ぬほど怖かったんだよなぁ。てか殺されるかと思った。
この中を見られるぐらいならあんたを殺して私も死ぬ、って目が言ってた。
一緒にいたあやのが間に入ってくれたからなんとか命だけは助かったんだけど、
そのあやのにも叱られた。「ダメよ、女の子のバッグに勝手に触っちゃ」って。私も女なのに……

「そ、そんなっ、謝らないでください! 怒ってませんから。逆に感謝してるぐらいで。
 ですから、その、本当にありがとうございました」

へ?
小早川が頭を下げている。
あ、また貧血……ならないか。ならないな。しっかりしてるもんな。
いやいやそうじゃなくて。

「えと、そうなの……?」
「はい」
「怒ってない?」
「はい。ぜんぜんです」
「なら、いいんだけどさ……」

小早川はニコニコと笑顔を向けてくれている。
柊とは正反対の反応だ。あやのともかなり違う。
なんなんだ?
……あー、もーいーや。どーせ私にはわからないことなんだ。きっとそーだ。
いいって言ってんだから、いいってことにしよう。
またこんど機会があれば恩返しすればいい。いや、罪滅ぼし?

「で」

というわけで話を戻す。

「勉強会だっけ。友だちの家で」
「あ、はい」
「それってこっから歩き?」
「はい、そうです」
「……ふぅむ」

だったら、あんまり引き止めるわけにもいかねぇよな。さっきもう行こうとしてたぐらいだし。
でもここでサヨナラってのもなー……
まあガッコが始まったらまたいつでも話せるけど、それじゃ意味ないっつーか。
私が退屈してるってだけの身勝手かも知んないけど、だけど…………

あ、そっか。

そーだ。うん、それがいい。それならすぐに恩返しができるし。じゃなくて罪滅ぼし。できるし。
よし決定。

「一人で大丈夫か? なんなら送ってくけど」
「――いえ、大丈夫です。ここからならもう歩いて三十分もかかりませんから」

ちょ、ま。
えぇ~~?
笑顔で一蹴されちゃったよオイ。
しかも微妙に作り笑いっぽい気がするし。もしかして迷惑がられてる?
そうも思ってはみたものの、ヘンな勢いがついちまったみたいで止まらない。

「なんでさ~? 送らせてくれよぉ。邪魔とかしないからさぁ」
「えっ? いえ、でも、そこまでしていただかなくても、大丈夫ですから。本当に」

胸の前でパタパタと両手を振る小早川。
それとも遠慮してんのか? 送ってやる、とか言ったのがマズかったかな。

「む~~」
「だって、その、先輩にも用事があるでしょうし……どこか行くとか……
 あ、それに受験生ですし、やっぱりお忙しいんじゃ……」

ゔっ。
痛いところをつきやがる……しかしそんなふうに言われたら余計に引っ込みがつかない。
なんでだかわかんないけど、私はそーゆーヤツなんだ。

「……い、ぃや、いやいや。いーのいーの。そんなの気にしないでいーんだってば、な?
 てぇか三十分だけだろ? ちょっとじゃん。おねがいっ!」

パンっ! と顔の前で両手を合わせて拝みこむ。
なんでそこまで……とかアタマの片隅から声が聞こえた気がするけど無視。
文句があるなら真ん中まで出てきてハッキリ言えってんだ!

「えっと……迷惑じゃ、ないんですか?」

ガードが下がった! 今だ!

「全然! てゆーか今むっちゃヒマなんだよ、正直なハナシ。
 あとで映画行く予定もあるこたあるんだけど、約束の時間まで三時間もあってさー。
 どーやって時間潰したらいいんだか困ってんだよ」
「……さんじかん……」

呆れられても負けないっ!
てゆーかなんか一周してちょっと楽しくなってきたし!

「だから、そんなさ、難しく考えないでいいって。あとちょっとだけ、歩きながらおしゃべり!
 そんだけのことじゃん、な!」
「……」

沈黙。
セミの声だけがやかましく降ってくる。
チラ、とうかがうと、小早川は困ったような顔で私を見上げていた。
それが困ったような「笑顔」になり、さらにそこから「困ったような」が抜ける。

「……わかりました。それじゃあ、お願いします」
「おっしゃっ、やった! じゃ、いこっぜー♪」
「きゃっ」

気が変わらないうちにとその手をとって、私は張り切って歩き出す。
さあて、何を話そうか――





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――っと? なんか引っ張り返されてる。

「あの、そっちじゃないですっ。こっちです」

……あうち。













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