私の名前は、岩崎みなみ。
埼玉県の私立陵桜学園に通う高校一年生。
埼玉県の私立陵桜学園に通う高校一年生。
……面白味のない自己紹介でごめんなさい。
けど私には、こういう話し方しかできない。昔から口下手で、無愛想で、また身長が必要以上に
伸びてしまったこともあり、よく人から怖がられていた。
お向かいに住んでる、二つ年上の高良みゆきさんは優しくしてくれたし、家で飼っている犬の
チェリーと遊ぶのも楽しかったけど、中学校以前までは、対等な友だちと言える人はいなかった。
でも今は、いる。
親友と呼べる人たちが、いる。
けど私には、こういう話し方しかできない。昔から口下手で、無愛想で、また身長が必要以上に
伸びてしまったこともあり、よく人から怖がられていた。
お向かいに住んでる、二つ年上の高良みゆきさんは優しくしてくれたし、家で飼っている犬の
チェリーと遊ぶのも楽しかったけど、中学校以前までは、対等な友だちと言える人はいなかった。
でも今は、いる。
親友と呼べる人たちが、いる。
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二等辺三角形
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二等辺三角形
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「――ミナミ? ドゥかしマシタか?」
不意の声に、時計に向けていた目を、その人物に移す。
パトリシア=マーティンさん。クラスメイトの、名前から分かるとおり、アメリカからの留学生。庭の
緑を背景に、プラチナブロンドの髪と、マリンブルーの瞳がよく映える。
「ううん……別に……」
「そうデスか? ココロココニアラズ、に見えマシタ」
とても勉強熱心なパトリシアさんは、難しい日本語もよく知っている。今日、これから開かれること
になっている勉強会も、彼女の発案によるものだ。参加者は、私とパトリシアさんと、あと二人。
そのうちの一人――
「よーしよしよしよしよし、怖くない怖くない。怖くないよぉー? 怖くないからねぇー?」
「バウッ!」
「ひぃっ!!」
私たちがいる部屋の目の前の庭で、我が家の愛犬、チェリーと対峙しているのが、田村ひよりさん。
額の真ん中で分けた長い黒髪と、眼鏡が特徴的な女の子。
チェリーは、普段はあまり吼えもしない大人しい子なのだけど、なぜか彼女にだけは懐かない。
田村さんとパトリシアさんが、約束の時間よりかなり早くに来た理由が、そこにある。
「ウゥゥ~~……」
「ま、マンボっ」
「バウバウッ! バウッ!」
「ひゃああああ! ごめんなさいごめんなさいぃ~!」
まんぼ……?
ともかく、二人が到着してから既に三十分近く、ああして仲良くなろうと頑張っているのだけど、
上手く行く気配すらない。チェリーがこんなにも人に懐かないのを見るのは初めてで、私にもどう
すればいいのかわからない。
それに……田村さんには悪いけど、今は別のことの方が気になってしまっている。
「ユタカのコトが、心配デスか?」
「!」
考えていたことをそのまま言われて、驚く。
慌てて顔を向けると、パトリシアさんは時計の方を見ていた。つられる形で、私も再度、目を戻す。
約束の時間を一分ほど過ぎている。
不意の声に、時計に向けていた目を、その人物に移す。
パトリシア=マーティンさん。クラスメイトの、名前から分かるとおり、アメリカからの留学生。庭の
緑を背景に、プラチナブロンドの髪と、マリンブルーの瞳がよく映える。
「ううん……別に……」
「そうデスか? ココロココニアラズ、に見えマシタ」
とても勉強熱心なパトリシアさんは、難しい日本語もよく知っている。今日、これから開かれること
になっている勉強会も、彼女の発案によるものだ。参加者は、私とパトリシアさんと、あと二人。
そのうちの一人――
「よーしよしよしよしよし、怖くない怖くない。怖くないよぉー? 怖くないからねぇー?」
「バウッ!」
「ひぃっ!!」
私たちがいる部屋の目の前の庭で、我が家の愛犬、チェリーと対峙しているのが、田村ひよりさん。
額の真ん中で分けた長い黒髪と、眼鏡が特徴的な女の子。
チェリーは、普段はあまり吼えもしない大人しい子なのだけど、なぜか彼女にだけは懐かない。
田村さんとパトリシアさんが、約束の時間よりかなり早くに来た理由が、そこにある。
「ウゥゥ~~……」
「ま、マンボっ」
「バウバウッ! バウッ!」
「ひゃああああ! ごめんなさいごめんなさいぃ~!」
まんぼ……?
ともかく、二人が到着してから既に三十分近く、ああして仲良くなろうと頑張っているのだけど、
上手く行く気配すらない。チェリーがこんなにも人に懐かないのを見るのは初めてで、私にもどう
すればいいのかわからない。
それに……田村さんには悪いけど、今は別のことの方が気になってしまっている。
「ユタカのコトが、心配デスか?」
「!」
考えていたことをそのまま言われて、驚く。
慌てて顔を向けると、パトリシアさんは時計の方を見ていた。つられる形で、私も再度、目を戻す。
約束の時間を一分ほど過ぎている。
「メズラシイですよネ」
「……うん」
小早川ゆたか。
今日の勉強会参加者の中で、未だこの場に姿を現さない最後の一人。わずかに一分と言えども、
真面目で頑張り屋な彼女が時間に遅れるのは珍しい。
……いや、珍しくはない。
ゆたかは身体が弱く、特に暑さには中てられやすい。途中で体調を崩し、待ち合わせや学校に
遅れたり、来られなくなったりしたことも何度かあった。
つまり、遅れているということは、何かあったと考えた方がいいということ。
……本当は、そんなこと考えたくないのだけど。
「Hum? ……迎えニいきマスか?」
おもむろに立ち上がった私に、パトリシアさんが言った。頷きを返す。
彼女の方は、座ったままだ。
「I see。イッテラッシャイ。ワタシはミハリバンしてマス」
「……お留守番?」
「No、ミハリバン、デス。ヒヨリと Cherry をフタリキリにするわけにはマイリマセン。サァ! ここは
ワタシに任せて早く行くのデス!」
「……わかった」
どこか芝居がかった口調と裏腹に、にこやかにひらひらと手を振るだけのパトリシアさんに、私も
手を挙げて返し、そのまま玄関に向かう。扉を開けると、賑やかな声が再び耳に届いた。
「ごめんごめんごめんごめん! ごめんって! もうしないから許してー!」
「バウッ! バウバウバウッ! バウッ!」
何をしたの、田村さん……
――いや、彼女もチェリーに危害を食えるような真似はしないだろう。パトリシアさんも「任せろ」と
言ってくれたのだし、ここは二人を信じよう。
「……うん」
小早川ゆたか。
今日の勉強会参加者の中で、未だこの場に姿を現さない最後の一人。わずかに一分と言えども、
真面目で頑張り屋な彼女が時間に遅れるのは珍しい。
……いや、珍しくはない。
ゆたかは身体が弱く、特に暑さには中てられやすい。途中で体調を崩し、待ち合わせや学校に
遅れたり、来られなくなったりしたことも何度かあった。
つまり、遅れているということは、何かあったと考えた方がいいということ。
……本当は、そんなこと考えたくないのだけど。
「Hum? ……迎えニいきマスか?」
おもむろに立ち上がった私に、パトリシアさんが言った。頷きを返す。
彼女の方は、座ったままだ。
「I see。イッテラッシャイ。ワタシはミハリバンしてマス」
「……お留守番?」
「No、ミハリバン、デス。ヒヨリと Cherry をフタリキリにするわけにはマイリマセン。サァ! ここは
ワタシに任せて早く行くのデス!」
「……わかった」
どこか芝居がかった口調と裏腹に、にこやかにひらひらと手を振るだけのパトリシアさんに、私も
手を挙げて返し、そのまま玄関に向かう。扉を開けると、賑やかな声が再び耳に届いた。
「ごめんごめんごめんごめん! ごめんって! もうしないから許してー!」
「バウッ! バウバウバウッ! バウッ!」
何をしたの、田村さん……
――いや、彼女もチェリーに危害を食えるような真似はしないだろう。パトリシアさんも「任せろ」と
言ってくれたのだし、ここは二人を信じよう。
・
・
・
・
・
幸いと言うべきか、ゆたかはすぐに見つかった。
自宅の門をくぐって駅の方向へ歩き、二つ目の角を曲がったところ。道行く先に、危惧していた
通り、座り込んでいる。
しかし状況はそれだけに留まらない。最悪といっても過言ではなかった。
格好からして、男性。
その誰とも知れない何者かが、覆いかぶさるようにしてゆたかに抱きついていたのだ。
自宅の門をくぐって駅の方向へ歩き、二つ目の角を曲がったところ。道行く先に、危惧していた
通り、座り込んでいる。
しかし状況はそれだけに留まらない。最悪といっても過言ではなかった。
格好からして、男性。
その誰とも知れない何者かが、覆いかぶさるようにしてゆたかに抱きついていたのだ。
「――ゆたかっ!!」
一瞬で真っ白になった頭が、知らず上げていた自分の声で意識を取り戻す。同時に男が顔を
上げ、ゆたかも首だけで振り向いた。共に驚いた表情。
「……だれ?」
男が呟くように言うが、それは私の台詞だ。貴方が誰…………え?
思わず眉が寄る。
この声……それに顔……女性――いや、女の子? それも、どこか見覚えのある……
「みなみちゃん……?」
呆けたような、ゆたかの声。
そうだ。ゆたか。
女の子だろうが関係ない。どうあれ放置できる状況ではない。具合を悪くしたゆたかを介抱して
いただとか、好意的な解釈ができる体勢にはとても見えない。
上げ、ゆたかも首だけで振り向いた。共に驚いた表情。
「……だれ?」
男が呟くように言うが、それは私の台詞だ。貴方が誰…………え?
思わず眉が寄る。
この声……それに顔……女性――いや、女の子? それも、どこか見覚えのある……
「みなみちゃん……?」
呆けたような、ゆたかの声。
そうだ。ゆたか。
女の子だろうが関係ない。どうあれ放置できる状況ではない。具合を悪くしたゆたかを介抱して
いただとか、好意的な解釈ができる体勢にはとても見えない。
「――離れてください。ゆたかから」
足早に歩み寄りながら声をかける。
語調は抑えたが、口調が固くなるのは止められなかった。
「えっ? あ、はい」
そのせいか、相手は思ったよりも素直に、ゆたかに回していた手をほどく。ゆたかの視線が、
戸惑った様子で彼女と私とを数度往復し、私の方で止まった。
「み、みなみちゃん? どうしたの?」
「ゆたかを迎えに来た。時間になっても、来ないから……」
とりあえず私も、一旦女の子のことは脇に置き、この場に来た理由のみを伝える。ゆたかが
「えっ」と驚いて右手首の腕時計に目を落とし、再び私と背後の女の子を見比べて、それから
思い出したように立ち上がると、言った。
「ご、ごめんね。気付かなかった」
「……いいの。大丈夫なら」
見たところ顔色も悪くないようで、まずは一安心。
しかし、ということは――
「うっ」
まだ座り込んだままでいる女の子に視線を移すと、短いうめき声が上がった。少し涙目にも
なっていて、怯えている様子だ。睨んだつもりはないのだが。
さておき、この人と話でもしていて、それで時間が経ってしまったということだろうか。
「あ、この人は――って、大丈夫ですか、センパイ? 立てます?」
私の視線に気付いたゆたかも女の子に向き直り、手を貸して立ち上がらせる。
先輩?
ということは、同じ学校の人?
恐らく、そういうことだろう。見覚えがある気がしたのもそのせいか。
「う、うん。……んで、えっと、その」
立ち上がりながら、ちらちらと私のことを窺うその目には、やはりどこか怯えが見える。
……慣れてることとはいえ、最近ではあまりなかったせいもあるだろう。少し胸が痛んだ。
そんな私を余所に、ゆたかが明るい声を出す。
「あ、はい。紹介しますね。こちら、クラスメイトの岩崎みなみちゃんです」
「はぁ、どぉも……ってクラスメイト? え? ってことは同い年?」
「あうっ! ……やっぱり、見えませんか?」
「ぜんぜん」
「むぅ~~」
「いや、ゴメンゴメン」
「もうっ」
「ゴメンって。てゆーか年上かと思ったし。あたしより」
「ああ……それは、あるかも」
そしてそのまま二人で喋りだしてしまった。
なんだか……置いてきぼりにされてる?
「でもそうだよねっ。ね? みなみちゃん?」
と思ったら唐突に水を向けられた。
戸惑いながらも反射的に頷きを返す。
女の子……先輩の人は、「ほぇ~」と感心したような声を上げながらしげしげと私を眺めると、
視線はそのまま、ゆたかの耳元に口を寄せて囁いた。
「……なんかさ、なんかさ。すんごい美人さんじゃない?」
「……あ、やっぱり思います?」
ゆたかも笑って、同じく囁きで答える。
「……うんうん、なんかスラーってしてるしさ。モデルみたい」
「……ふふっ。スポーツも勉強も得意なんですよ?」
「……ふぇー。いるモンなんだなぁ、そーゆぅの」
そしてまた置いてきぼり。
けれど先ほどのような疎外感ではなく、気恥ずかしさが込み上げる。
というか、聞こえてます。思いっきり。
足早に歩み寄りながら声をかける。
語調は抑えたが、口調が固くなるのは止められなかった。
「えっ? あ、はい」
そのせいか、相手は思ったよりも素直に、ゆたかに回していた手をほどく。ゆたかの視線が、
戸惑った様子で彼女と私とを数度往復し、私の方で止まった。
「み、みなみちゃん? どうしたの?」
「ゆたかを迎えに来た。時間になっても、来ないから……」
とりあえず私も、一旦女の子のことは脇に置き、この場に来た理由のみを伝える。ゆたかが
「えっ」と驚いて右手首の腕時計に目を落とし、再び私と背後の女の子を見比べて、それから
思い出したように立ち上がると、言った。
「ご、ごめんね。気付かなかった」
「……いいの。大丈夫なら」
見たところ顔色も悪くないようで、まずは一安心。
しかし、ということは――
「うっ」
まだ座り込んだままでいる女の子に視線を移すと、短いうめき声が上がった。少し涙目にも
なっていて、怯えている様子だ。睨んだつもりはないのだが。
さておき、この人と話でもしていて、それで時間が経ってしまったということだろうか。
「あ、この人は――って、大丈夫ですか、センパイ? 立てます?」
私の視線に気付いたゆたかも女の子に向き直り、手を貸して立ち上がらせる。
先輩?
ということは、同じ学校の人?
恐らく、そういうことだろう。見覚えがある気がしたのもそのせいか。
「う、うん。……んで、えっと、その」
立ち上がりながら、ちらちらと私のことを窺うその目には、やはりどこか怯えが見える。
……慣れてることとはいえ、最近ではあまりなかったせいもあるだろう。少し胸が痛んだ。
そんな私を余所に、ゆたかが明るい声を出す。
「あ、はい。紹介しますね。こちら、クラスメイトの岩崎みなみちゃんです」
「はぁ、どぉも……ってクラスメイト? え? ってことは同い年?」
「あうっ! ……やっぱり、見えませんか?」
「ぜんぜん」
「むぅ~~」
「いや、ゴメンゴメン」
「もうっ」
「ゴメンって。てゆーか年上かと思ったし。あたしより」
「ああ……それは、あるかも」
そしてそのまま二人で喋りだしてしまった。
なんだか……置いてきぼりにされてる?
「でもそうだよねっ。ね? みなみちゃん?」
と思ったら唐突に水を向けられた。
戸惑いながらも反射的に頷きを返す。
女の子……先輩の人は、「ほぇ~」と感心したような声を上げながらしげしげと私を眺めると、
視線はそのまま、ゆたかの耳元に口を寄せて囁いた。
「……なんかさ、なんかさ。すんごい美人さんじゃない?」
「……あ、やっぱり思います?」
ゆたかも笑って、同じく囁きで答える。
「……うんうん、なんかスラーってしてるしさ。モデルみたい」
「……ふふっ。スポーツも勉強も得意なんですよ?」
「……ふぇー。いるモンなんだなぁ、そーゆぅの」
そしてまた置いてきぼり。
けれど先ほどのような疎外感ではなく、気恥ずかしさが込み上げる。
というか、聞こえてます。思いっきり。
「……びっくりですよね?」
「……うんうん。もうさ、すんごいモテるんじゃね?」
「……うーん……それが、こう見えてもけっこう恥ずかしがり屋さんで」
「……ありゃりゃ、もったいない」
どうすればいいのだろう。
暑さのせいではなく、頬が熱を持つのを自覚する。私の方が倒れそうだ。堪らなくなって
目を逸らすと、ゆたかがようやく気付いてくれた。
「あ、あっ。ごめんねみなみちゃん。えっと、こちら、日下部みさおさん。さっきそこでちょっと
会って」
同時にその人――日下部先輩も、ゆたかの隣に並び出て、自ら名乗る。
「おう。日下部みさお、三年だ。――って陵桜なんだよな? よろしく、えっと……岩崎さん」
「はあ……よろしくお願いします」
軽く気圧されながらも頭を下げ、上げると、日下部先輩は再び私を凝視していた。親指と
人差し指をあごに添えていて、何かを考えているようにも見える。
かと思うと、不意にゆたかの方に向き直り、
「ふーむ……な、小早川。ちょっと並んでみてくんない?」
こちらを指差す形に手を移動させながら、よく分からないことを言う。
ゆたかも不思議そうに小首を傾げつつも、素直に頷き、言われたとおり、私の隣に並んだ。
「……」
なんとなく、その手を握る。
ゆたかは、ちらりと私を見上げると、微笑んで、優しく握り返してくれた。
「ありがとう」
そして何故だかお礼を言われた。
「あー……うーん……うんうん」
そんな私たちに、何かを納得したのか、それとも気にしていないのか、日下部先輩は一人で
しきりに頷いている。
「うん。言われてみればー……なんとなく見覚えあるよ。ガッコでもよくそうやって一緒に
いるよな? なんか、セットって感じで、印象? 残ってるかも」
……なるほど。
それを確認するために並ばせたというわけか。
ただ、学校でこうして手を繋ぐことは、あまりないように思う。
というか、どうして私は今、ゆたかの手を取ったのだろう。……なんだか恥ずかしくなって
きた。離すべきだろうか。
「あ、そうだ」
迷っていると、ゆたかの方から離されてしまった。そして両手を、ぽん、と胸の前で打ち
合わせ、嬉しそうな笑顔で私を見上げてくる。
「センパイはね、かがみさんのお友だちなんだ。ほら、みなみちゃんも見たことあるでしょ?」
「……あぁ」
言われてみれば。
指先に残る感触を、なんとなく名残惜しく思いながら、記憶を探る。
かがみさん――柊かがみ先輩。
ゆたかのお従姉さんである泉先輩とよく一緒にいる人。もう一人の柊、つかさ先輩と
双子だという話で、こちらがお姉さん。長い髪を、ゆたかと同じツーテールに結んでいる。
……確かに。
その人と、この日下部先輩と、あと長い栗色の髪をカチューシャでまとめた優しそうな人。
その三人が学校の廊下や学食などで一緒にいるところを、何度か見たことがある。
などと思い返している間に、当の日下部先輩は目まぐるしく表情を変えていた。
まず、ゆたかの発言に少し驚いたような反応を見せ、次にゆっくりと嬉しそうな笑みを
浮かべ、今はやや真剣な、何かを決意したような顔付きになっている。
どうしたのだろう?
疑問にも思うが、それ以上に、ころころとよく変わる表情に感心する。そして気付けば、
最初に感じた怯えの色は、もう跡形もなく消えていた。
「……うんうん。もうさ、すんごいモテるんじゃね?」
「……うーん……それが、こう見えてもけっこう恥ずかしがり屋さんで」
「……ありゃりゃ、もったいない」
どうすればいいのだろう。
暑さのせいではなく、頬が熱を持つのを自覚する。私の方が倒れそうだ。堪らなくなって
目を逸らすと、ゆたかがようやく気付いてくれた。
「あ、あっ。ごめんねみなみちゃん。えっと、こちら、日下部みさおさん。さっきそこでちょっと
会って」
同時にその人――日下部先輩も、ゆたかの隣に並び出て、自ら名乗る。
「おう。日下部みさお、三年だ。――って陵桜なんだよな? よろしく、えっと……岩崎さん」
「はあ……よろしくお願いします」
軽く気圧されながらも頭を下げ、上げると、日下部先輩は再び私を凝視していた。親指と
人差し指をあごに添えていて、何かを考えているようにも見える。
かと思うと、不意にゆたかの方に向き直り、
「ふーむ……な、小早川。ちょっと並んでみてくんない?」
こちらを指差す形に手を移動させながら、よく分からないことを言う。
ゆたかも不思議そうに小首を傾げつつも、素直に頷き、言われたとおり、私の隣に並んだ。
「……」
なんとなく、その手を握る。
ゆたかは、ちらりと私を見上げると、微笑んで、優しく握り返してくれた。
「ありがとう」
そして何故だかお礼を言われた。
「あー……うーん……うんうん」
そんな私たちに、何かを納得したのか、それとも気にしていないのか、日下部先輩は一人で
しきりに頷いている。
「うん。言われてみればー……なんとなく見覚えあるよ。ガッコでもよくそうやって一緒に
いるよな? なんか、セットって感じで、印象? 残ってるかも」
……なるほど。
それを確認するために並ばせたというわけか。
ただ、学校でこうして手を繋ぐことは、あまりないように思う。
というか、どうして私は今、ゆたかの手を取ったのだろう。……なんだか恥ずかしくなって
きた。離すべきだろうか。
「あ、そうだ」
迷っていると、ゆたかの方から離されてしまった。そして両手を、ぽん、と胸の前で打ち
合わせ、嬉しそうな笑顔で私を見上げてくる。
「センパイはね、かがみさんのお友だちなんだ。ほら、みなみちゃんも見たことあるでしょ?」
「……あぁ」
言われてみれば。
指先に残る感触を、なんとなく名残惜しく思いながら、記憶を探る。
かがみさん――柊かがみ先輩。
ゆたかのお従姉さんである泉先輩とよく一緒にいる人。もう一人の柊、つかさ先輩と
双子だという話で、こちらがお姉さん。長い髪を、ゆたかと同じツーテールに結んでいる。
……確かに。
その人と、この日下部先輩と、あと長い栗色の髪をカチューシャでまとめた優しそうな人。
その三人が学校の廊下や学食などで一緒にいるところを、何度か見たことがある。
などと思い返している間に、当の日下部先輩は目まぐるしく表情を変えていた。
まず、ゆたかの発言に少し驚いたような反応を見せ、次にゆっくりと嬉しそうな笑みを
浮かべ、今はやや真剣な、何かを決意したような顔付きになっている。
どうしたのだろう?
疑問にも思うが、それ以上に、ころころとよく変わる表情に感心する。そして気付けば、
最初に感じた怯えの色は、もう跡形もなく消えていた。
「それでね、向こうのバス停のところで休んでたら声をかけてくれて、せっかくだからって送って
もらったんだ」
「や、ヒマだっただけだって」
続くゆたかの説明に、先輩がなんでもないことのように合いの手を入れる。
二人とも笑っているけど――ちょっと待って。
「ゆたか、具合が悪かったの?」
「え? ううん、違うよ? 休んでたって言っても、具合が悪くなる前にって、座ってただけだから」
「そう……」
確かに、顔色も悪くないし、足元もしっかりしている――と安心しかけたところに、日下部先輩が
とんでもないことを言った。
「でも倒れたじゃん、さっき」
「そうなの?!」
「た、倒れてないからっ。大丈夫だって。――もうっ、先輩もそう言ったじゃないですか」
「そだっけ?」
「そうですよ。――ちょっと立ちくらみを起こしただけだから、もう大丈夫だよ」
……なら、いいのだけど。
どちらにしても、早く涼しい場所で休ませた方がいいだろう。
そんな私の考えを察してくれたのか、それとも偶然か、先輩が話題を変えた。
「あ、そーいやさ小早川。行き先の友だちの家の、その友だちって、この岩崎さん?」
「そうですよ? ――って、そうだ大変! 時間!」
「大丈夫。ゆたか、落ち着いて」
「そーそー。また目ぇ回すぞ?」
慌てだすゆたかを、私と日下部先輩でなだめる。
「で、でも……そうだ! 田村さんとパティちゃんは? もう来てるの?」
「来てる。でも、待ってくれてるから」
「あ、他にもいるんだ。じゃあまぁ、こんなトコで慌ててるより、早く行った方がいーよな」
「そ、そうですね。それじゃあ先輩、」
「ああ、またな 「行きましょ――――……え?」」
そして、先輩とゆたかの、まったく逆の言葉が重なり、そのまま固まった。先輩の方と同じつもり
でいた私も、お辞儀をしようと下げかけた頭を中途半端な位置で止める。
「……」
「……」
「……」
最初に我に返ったのは、日下部先輩だった。
「いや、さ。あたしはここまで、だろ?」
「どうして、ですか?」
ゆたかの、寂しそうな声が続く。
私は何も言えない。
「だって、送るってアレで、だけだし。岩崎さん来たから……任務完了?」
「それは……でもっ」
「でも?」
……日下部先輩の言うとおり、ではある。
先輩がここまで来た理由が、ゆたかを私の家まで送り届けるためだというのなら、私がやって
きた時点でそれは終わったことになる。
しかし、ゆたかがこれに異を唱えるのにも、一理ある。そう思った。
「あの……もし良かったら、寄ってらしてください」
「へ?」
「みなみちゃん……」
戸惑う先輩と、喜ぶゆたか。
私がどちらの味方をするかなんて、決まってる。
「冷たい飲み物でも、どうぞ。ゆたかがお世話になった、お礼に」
それに、しっかりと役目を果たしてくれた人を労うのは、当然のこと。
もらったんだ」
「や、ヒマだっただけだって」
続くゆたかの説明に、先輩がなんでもないことのように合いの手を入れる。
二人とも笑っているけど――ちょっと待って。
「ゆたか、具合が悪かったの?」
「え? ううん、違うよ? 休んでたって言っても、具合が悪くなる前にって、座ってただけだから」
「そう……」
確かに、顔色も悪くないし、足元もしっかりしている――と安心しかけたところに、日下部先輩が
とんでもないことを言った。
「でも倒れたじゃん、さっき」
「そうなの?!」
「た、倒れてないからっ。大丈夫だって。――もうっ、先輩もそう言ったじゃないですか」
「そだっけ?」
「そうですよ。――ちょっと立ちくらみを起こしただけだから、もう大丈夫だよ」
……なら、いいのだけど。
どちらにしても、早く涼しい場所で休ませた方がいいだろう。
そんな私の考えを察してくれたのか、それとも偶然か、先輩が話題を変えた。
「あ、そーいやさ小早川。行き先の友だちの家の、その友だちって、この岩崎さん?」
「そうですよ? ――って、そうだ大変! 時間!」
「大丈夫。ゆたか、落ち着いて」
「そーそー。また目ぇ回すぞ?」
慌てだすゆたかを、私と日下部先輩でなだめる。
「で、でも……そうだ! 田村さんとパティちゃんは? もう来てるの?」
「来てる。でも、待ってくれてるから」
「あ、他にもいるんだ。じゃあまぁ、こんなトコで慌ててるより、早く行った方がいーよな」
「そ、そうですね。それじゃあ先輩、」
「ああ、またな 「行きましょ――――……え?」」
そして、先輩とゆたかの、まったく逆の言葉が重なり、そのまま固まった。先輩の方と同じつもり
でいた私も、お辞儀をしようと下げかけた頭を中途半端な位置で止める。
「……」
「……」
「……」
最初に我に返ったのは、日下部先輩だった。
「いや、さ。あたしはここまで、だろ?」
「どうして、ですか?」
ゆたかの、寂しそうな声が続く。
私は何も言えない。
「だって、送るってアレで、だけだし。岩崎さん来たから……任務完了?」
「それは……でもっ」
「でも?」
……日下部先輩の言うとおり、ではある。
先輩がここまで来た理由が、ゆたかを私の家まで送り届けるためだというのなら、私がやって
きた時点でそれは終わったことになる。
しかし、ゆたかがこれに異を唱えるのにも、一理ある。そう思った。
「あの……もし良かったら、寄ってらしてください」
「へ?」
「みなみちゃん……」
戸惑う先輩と、喜ぶゆたか。
私がどちらの味方をするかなんて、決まってる。
「冷たい飲み物でも、どうぞ。ゆたかがお世話になった、お礼に」
それに、しっかりと役目を果たしてくれた人を労うのは、当然のこと。
「ええっ? いいってそんな、別に何もしてないし。どっちかってーとコッチのが世話んなった
ぐらいだし」
「そんなことないですよっ」
よく分からないことを言う先輩に、ゆたかが食い下がる。
「わたしの方がいっぱいお世話になりました。お礼させてください。せめて、休んでいってください」
「ん~……あ、でもベンキョすんだろ? あたしうるさいからジャマんなるよ」
「大丈夫ですよ。いつも、ちょっとおしゃべりとかしてから始めますから。――だよね、みなみちゃん」
不意に同意を求められた。
事実なので頷いて返す。別に、そうしようと決めているわけではないけれど、だいたいいつも
そうなるのは確かだ。皆の意識が勉強に向ききる前段階で、誰からともなく雑談が始まる。
切り上げてくれるのは、田村さんであることが多い。
切り上げるというか、不意に何もない場所に目を止めて黙り込むので、指摘すると、「なんでも
ない、始めよう」と言うのだ。何故かいつも、少し焦った様子で。
「そっかー……」
「はいっ。ですから」
「でもなー……」
「だめ……ですか?」
それにしても、ゆたかがいつになく熱心だ。相当この人に懐いているらしい。
……何か、複雑な気分。
微笑ましいような、もどかしいような。
もどかしいと言えば、先輩の態度も煮え切らない。
「んやぁ、ダメってわけじゃねんだけど」
「お忙しいんですか、やっぱり?」
「ん? 別に。時間はあんだけど……なんつーか」
「だったらいいじゃないですか」
いや待て。三年生といえば、受験生。
ここでこのまま何もせず別れるのも不義理だが、相手の事情を無視するわけにもいかない。
「ゆたか……あまり、無理に誘うのも……」
「みなみちゃん、でも…………そっか。そうですよね……ごめんなさい、迷惑ですよね」
悲しそうな顔。
そんな顔しないで。残念なのは私も一緒だから。
「ってぇ! ちがうちっがうっ! そんなじゃ――そんな顔すんなって!」
そこに先輩が、ひどく慌てた様子で割り込んだ。
「そーじゃなくって……なんてゆーのかな? 自分でもよくわっかんねんだけど、とにかく迷惑とか
じゃないんだよ。どっちかってっと行きたいし。暑いし、ヒマだし。ただその……恥ずかしい?
ってゆーか……」
「恥ずかしい……?」
オウム返しにゆたかが尋ねる。私も内心で首をひねった。何がどう恥ずかしいというのか。
当の先輩は、言葉とは裏腹に恥ずかしげな様子は特に見せることなく、私たちの疑問を余所に
一人で頷いている。
「あー……うん。うん、そんな感じ。たぶんソレが一番近い。さっきのアレ引きずってんのかも」
「はあ……」
ゆたかが、分かったような分からないような声をもらす。……さっきの? 何かあっただろうか。
それとも、私が来る前のことだろうか。
そういえば、私が来たとき、先輩はゆたかに抱きついていた。理由はまだ、聞いてない。
気になる。
「……何か、あったんですか?」
「えっ!? あ、あーいやぁ、ちょっとなっ。大したことじゃねぇんだけど、さっきちょっと、小早川に
みっともないとこ見せちまって、さ」
私から訊かれたことが意外だったのか、そこで初めて先輩は頬を染めると、両手をぱたぱたと
振りながら焦った声で言った。
……気になる。
ぐらいだし」
「そんなことないですよっ」
よく分からないことを言う先輩に、ゆたかが食い下がる。
「わたしの方がいっぱいお世話になりました。お礼させてください。せめて、休んでいってください」
「ん~……あ、でもベンキョすんだろ? あたしうるさいからジャマんなるよ」
「大丈夫ですよ。いつも、ちょっとおしゃべりとかしてから始めますから。――だよね、みなみちゃん」
不意に同意を求められた。
事実なので頷いて返す。別に、そうしようと決めているわけではないけれど、だいたいいつも
そうなるのは確かだ。皆の意識が勉強に向ききる前段階で、誰からともなく雑談が始まる。
切り上げてくれるのは、田村さんであることが多い。
切り上げるというか、不意に何もない場所に目を止めて黙り込むので、指摘すると、「なんでも
ない、始めよう」と言うのだ。何故かいつも、少し焦った様子で。
「そっかー……」
「はいっ。ですから」
「でもなー……」
「だめ……ですか?」
それにしても、ゆたかがいつになく熱心だ。相当この人に懐いているらしい。
……何か、複雑な気分。
微笑ましいような、もどかしいような。
もどかしいと言えば、先輩の態度も煮え切らない。
「んやぁ、ダメってわけじゃねんだけど」
「お忙しいんですか、やっぱり?」
「ん? 別に。時間はあんだけど……なんつーか」
「だったらいいじゃないですか」
いや待て。三年生といえば、受験生。
ここでこのまま何もせず別れるのも不義理だが、相手の事情を無視するわけにもいかない。
「ゆたか……あまり、無理に誘うのも……」
「みなみちゃん、でも…………そっか。そうですよね……ごめんなさい、迷惑ですよね」
悲しそうな顔。
そんな顔しないで。残念なのは私も一緒だから。
「ってぇ! ちがうちっがうっ! そんなじゃ――そんな顔すんなって!」
そこに先輩が、ひどく慌てた様子で割り込んだ。
「そーじゃなくって……なんてゆーのかな? 自分でもよくわっかんねんだけど、とにかく迷惑とか
じゃないんだよ。どっちかってっと行きたいし。暑いし、ヒマだし。ただその……恥ずかしい?
ってゆーか……」
「恥ずかしい……?」
オウム返しにゆたかが尋ねる。私も内心で首をひねった。何がどう恥ずかしいというのか。
当の先輩は、言葉とは裏腹に恥ずかしげな様子は特に見せることなく、私たちの疑問を余所に
一人で頷いている。
「あー……うん。うん、そんな感じ。たぶんソレが一番近い。さっきのアレ引きずってんのかも」
「はあ……」
ゆたかが、分かったような分からないような声をもらす。……さっきの? 何かあっただろうか。
それとも、私が来る前のことだろうか。
そういえば、私が来たとき、先輩はゆたかに抱きついていた。理由はまだ、聞いてない。
気になる。
「……何か、あったんですか?」
「えっ!? あ、あーいやぁ、ちょっとなっ。大したことじゃねぇんだけど、さっきちょっと、小早川に
みっともないとこ見せちまって、さ」
私から訊かれたことが意外だったのか、そこで初めて先輩は頬を染めると、両手をぱたぱたと
振りながら焦った声で言った。
……気になる。
視線をゆたかに転じると、こちらはこちらで困ったように苦笑い。先輩がさらに慌てだす。
「ちょっ、言うな! 言うなよ!? あと笑うな!」
「あ、ごめんなさい。言いませんから。でも……ごめんなさい。ふふふっ」
「笑うなって! おまえ分かるって言ったじゃん! なんで今さら笑うんだよ!」
「ち、ちがうんですっ。そうじゃなくて……くすっ。そ、それを笑ってるんじゃ、なくてっ」
「じゃーなんなんだよっ! あーもぅとにかく笑うなーっ!!」
すまなそうにしながらも笑いが収まらないゆたかと、顔を真っ赤にして声を張り上げる先輩。
つまり……どういうこと?
二人揃っての急すぎる変化に、ついていけない。完全に置いて行かれてしまった。だけど質問の
できる状況じゃないし、できたとしても答えは期待できそうにない。待つしかなさそうだ。
できればゆたかのことは早く休ませたいのだけど……
「……まったく、どこが身体弱いってんだよ。めちゃくちゃ元気に笑いやがって」
「そ、そんなこと、ないですよ。たまたまです」
「そー思いてぇよ。ってか身体の方は知んないけど、気持ちが元気だって言ってんの。……そー
だよ。差がデカすぎんだよ。だから倒れんじゃねぇの?」
「へっ?」
え?
「うん、きっとそーだ。つまりアレだ。オーバーヒート、オーバーヒート」
人差し指を立てて、目を閉じて。どこか誇らしげに。しかし頬はまだ少し赤く染まったままで、明ら
かな照れ隠しだ。
いや、そんなことより。
今の言葉は、一理あるような……
「……そうかも、知れませんね。――ふふっ」
ゆたかの、笑いの質が変わった。
それを受けて、先輩の照れた様子も、隠すまでもなく消える。
「なんだかな、もう……まいーや。じゃ、行こうぜ。友だち待ってんだろ?」
「え?」
え?
「だから、行こって」
「い、いいんですか!?」
「今さらだろ。なんかもぉどーでもいーし。めんどくさいのはもぉいーよ」
……よく分からない人だ、やっぱり。
今さっき受けた気がする感銘のようなものも、どこか曖昧になってしまった。
何だったのだろう。
……何なのだろう。
会ったばかりだし、短い間に色々な面を見せられすぎて、本当によく分からない。
「あ。――そうですよね。ただお話しするだけ、ですもんね?」
「ははっ。ま、そーゆーコトな」
だけど、良い人。
ゆたかがこれだけ慕っているのだから、それだけは確かなこと。
「そんじゃ岩崎さん」
「あ……はい」
「そんなわけなんで、お邪魔してもいっかな?」
なのに、何故だろう。
「……はい。ぜひ」
向けられた笑顔に、胸が痛んだ。
「ちょっ、言うな! 言うなよ!? あと笑うな!」
「あ、ごめんなさい。言いませんから。でも……ごめんなさい。ふふふっ」
「笑うなって! おまえ分かるって言ったじゃん! なんで今さら笑うんだよ!」
「ち、ちがうんですっ。そうじゃなくて……くすっ。そ、それを笑ってるんじゃ、なくてっ」
「じゃーなんなんだよっ! あーもぅとにかく笑うなーっ!!」
すまなそうにしながらも笑いが収まらないゆたかと、顔を真っ赤にして声を張り上げる先輩。
つまり……どういうこと?
二人揃っての急すぎる変化に、ついていけない。完全に置いて行かれてしまった。だけど質問の
できる状況じゃないし、できたとしても答えは期待できそうにない。待つしかなさそうだ。
できればゆたかのことは早く休ませたいのだけど……
「……まったく、どこが身体弱いってんだよ。めちゃくちゃ元気に笑いやがって」
「そ、そんなこと、ないですよ。たまたまです」
「そー思いてぇよ。ってか身体の方は知んないけど、気持ちが元気だって言ってんの。……そー
だよ。差がデカすぎんだよ。だから倒れんじゃねぇの?」
「へっ?」
え?
「うん、きっとそーだ。つまりアレだ。オーバーヒート、オーバーヒート」
人差し指を立てて、目を閉じて。どこか誇らしげに。しかし頬はまだ少し赤く染まったままで、明ら
かな照れ隠しだ。
いや、そんなことより。
今の言葉は、一理あるような……
「……そうかも、知れませんね。――ふふっ」
ゆたかの、笑いの質が変わった。
それを受けて、先輩の照れた様子も、隠すまでもなく消える。
「なんだかな、もう……まいーや。じゃ、行こうぜ。友だち待ってんだろ?」
「え?」
え?
「だから、行こって」
「い、いいんですか!?」
「今さらだろ。なんかもぉどーでもいーし。めんどくさいのはもぉいーよ」
……よく分からない人だ、やっぱり。
今さっき受けた気がする感銘のようなものも、どこか曖昧になってしまった。
何だったのだろう。
……何なのだろう。
会ったばかりだし、短い間に色々な面を見せられすぎて、本当によく分からない。
「あ。――そうですよね。ただお話しするだけ、ですもんね?」
「ははっ。ま、そーゆーコトな」
だけど、良い人。
ゆたかがこれだけ慕っているのだから、それだけは確かなこと。
「そんじゃ岩崎さん」
「あ……はい」
「そんなわけなんで、お邪魔してもいっかな?」
なのに、何故だろう。
「……はい。ぜひ」
向けられた笑顔に、胸が痛んだ。