登録日:2026/11/01 (Sun) 17:50:15
更新日:2026/11/02 Mon 10:29:18NEW!
所要時間:約 6 分で読めばいい
【概要】
シシ神の森に住まう齢300歳の雌の
山犬(犬神)。5メートルはあろうかという巨体と白い毛色、2本の尾を持ち、森に棲む神々の一柱として人間達から恐れられている。
サンの育ての親であり、他に実子である雄の山犬を2頭引き連れている。実子達は母親であるモロより一回り小さいものの、一般的な犬とは比較にならない巨体を誇り、
ヤックルや牛と並んでも遜色のない大きさをしている。
「モロの君」という呼称に含まれる「君」は貴人や身分の高い人物などに対して用いられる敬称。男性に限られた呼称ではないため、女性であるモロにも用いられる。作中では主に「モロ」と呼ばれる。
サンからは「母さん」、実子達からは「母上」と呼ばれている。
また、猪神の長である乙事主とは旧知の間柄である。
【人物】
獣でありながら300年もの長い年月を生きてきただけのことはあり、人間と同じ言葉を話し、高度な知性と判断力を備える。
作中ではサンや乙事主、猪神達との会話はもちろん、アシタカとも意思疎通を行っている。ただし、この言葉は獣同士や自然に信仰を持つ一部の人間にしか通じていないような描写があるため、どちらかというとテレパシーに近いのかもしれない。
森を侵す人間達を深く憎んでおり、特にタタラ場を率いるエボシ御前を不倶戴天の敵として強く敵視している。
エボシに対しては並々ならぬ殺意を抱いており、彼女の頭を噛み砕く瞬間を夢見ながら、最期までその機会をうかがっていた。
戦闘能力も非常に高く、人間や牛を次々と咥えては投げ飛ばし、石火矢による攻撃を首筋に受けてもなお戦闘を続け、谷底の川に落ちながらも自力で起き上がるほどの強靭な肉体を持つ。
終盤では、既に深い傷を負って死期が迫っていたにもかかわらず、タタリ神になりかけた乙事主に正面から食らいつき、その巨体に立ち向かっている。
こうした描写からは恐ろしく荒々しい存在という印象を受けるが、その本質は単なる凶暴な獣ではない。
むしろ非常に深い慈愛と冷静な判断力を兼ね備えており、かつて人間達に生贄として捨てられたサンを、殺すことなく自らの娘として育て上げた。
人間に対する憎悪も無差別なものではなく、あくまで森を侵し、自然を破壊する者にのみ向けられている。
サンに対しても森の外で出会った人間を無闇に殺したり食べたりすることを許しておらず、実際にサンは山犬達に対して「人間を食べてはならない」と命じている。
また、
アシタカのように敬意を持って接してくる人間に対しては、皮肉や辛辣な言葉を交えながらも、相手の話を聞き、理知的に応対している。
その気質は子供達にも受け継がれており、サンはアシタカが少なくとも自分の思っているような人間とは違うとわかると瀕死の傷を負った彼を甲斐甲斐しく看病し、息子達も火急の際には「(足が)遅い!乗れ!」と毒づきながらもアシタカを背中に乗せるシーンもあった。
一方で、獣同士の関係においても決して無条件に他者を肯定しているわけではない。
猪神については、彼らが一族の誇りを重んじていることを理解しているものの、石火矢を持つ人間に対して無謀な正面攻撃を仕掛けようとする乙事主の判断には苦言を呈していた。
特に乙事主が一族を率いて人間との決戦に臨もうとした際は、それが人間側の思惑通りであると見抜き戦い方を改めるよう忠告していたが、乙事主は一族の誇りを守るために戦うことを選び、モロの忠告を受け入れなかった。
猩々達との関係も必ずしも良好ではない。人間による森の破壊に苦しむ彼らとは目的を同じくしているものの、人間であるサンを森に置いていることから反発を受けている。
また、シシ神に対する認識も猪神達とは異なっており、シシ神を森の守り神として絶対視する猪神達に対し、モロはその本質が生命を司る存在であることを正しく理解している。
ナゴの守がシシ神に救われなかったことを理由にシシ神を非難する猪神達に対しても、そのような考えは誤りであると諭していた。
このように、モロは自然の側に立つ存在でありながら、自然界の生存競争や生命の理を冷静に受け止めている。
総じて、慈悲深さと残酷さ、母性的な愛情と激しい憎悪を併せ持つ、自然の化身とも呼べる存在である。
宮崎監督が声を担当した美輪明宏に対し、モロを
観世音菩薩に例えて説明したという逸話がある。これは単に母親のような存在という意味ではなく、森を侵す人間と戦う一方で捨てられたサンを慈しみ育てるという、相反する性質を持つモロの本質を象徴するものであろう。
モロはサンを自らの娘として受け入れ、森で生きるための知識や振る舞いを身につけさせてきた。人間としての生活に関わる知識や道具の扱いなども教えており、サンが人間であるという事実を踏まえた上で育てていたことがうかがえる。
一族がねぐらにしている岩屋もどこか祠を想起させる形をしており、サンが所持する装飾品の一部も自然界では手に入らない物であることから、単にモロが高い知性を持っているだけでなく、かつて人間と交流を持っていたことが示唆されている。
万が一にもサンが人の下に帰った時を思っての考えだったのだろうが、森への侵攻を続ける人間達への憎しみは、サンにも強く受け継がれてしまった。
娘が人間でありながら人間を憎み、なることも叶わない山犬として生きようとする姿を見て、モロはその境遇を哀れみながらも、容易には解決できないものとして受け止めている。
そのため、アシタカに対してサンの生い立ちを説明する際には
「人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い可愛い我が娘だ」と半ば諦観の念を見せていた。
同じく
死が差し迫った状況にありながらも諦めないアシタカを一度は冒頭の台詞で一喝し、あざ笑う一方、サンには
「お前にはあの若者と生きる道もあるのだが…」と諭すなど、複雑な親心が垣間見える。
【本編終盤のネタバレ】
シシ神の討伐隊と猪神達との戦いが始まると、加勢に向かうサン達とは別れ、シシ神の池でエボシを待ち伏せする。
しかし先の戦闘で受けた石火矢の傷は深く、体内に撃ち込まれた鉄の礫による鉛毒もあって、すでに死が迫っていた。
やがて猪神達と討伐隊の戦いは激化し、乙事主は人間達の策略によって仲間の死体の皮をかぶせられた猪達に囲まれ、絶望と憎しみからタタリ神へと変貌しかける。
その異変に巻き込まれたサンは乙事主の体に取り込まれてしまう。アシタカは彼女を救おうとするが、乙事主の触手に阻まれ、泉へと投げ出されて意識を失ってしまう。
やれやれ…あの女のために残しておいた最後の力なのに…
愛娘の危機に、モロは一族の役目よりも母としての情を選び起き上がる。
加勢しようとする息子達を制し、単身で乙事主に立ち向かう。
かつて親密な関係にあった相手が理性を失い、タタリ神へと変わり果てていく姿を前にしても、モロは怯むことなくその巨体に食らいついていった。
その後、シシ神が現れたことで乙事主の動きが一瞬鈍ると、モロは意識を取り戻しかけたアシタカに呼びかける。
アシタカが意識を取り戻すと、モロは乙事主から引きはがしたサンを彼に託す。
その後、シシ神によって乙事主が命を奪われる様子を見届けたモロは、ついに力尽き、倒れてしまう。
……しかし、エボシが石火矢によってシシ神の首を撃ち落とし、首を失ったシシ神の体が暴走し始めると、モロは首だけになった状態で再び動き出す。
そしてエボシに襲いかかり、その右腕を噛みちぎった。
モロは娘を救うために最後の力を使い果たした後もなお執念を捨ててはいなかったのである。
これがモロの最後の行動となり、彼女は今度こそ完全に息絶えた。
すべてが終わった後、サンは人間を許すことはできないとしながらも、アシタカへの好意を認め、これまで通り森で暮らす道を選ぶ。
一方のアシタカも、タタラ場で暮らしながらサンに会いに行くことを約束する。
サンは人間の世界に戻ることこそ選ばなかったが、アシタカとの関係を拒絶したわけではなかった。
結果として、モロが生前に示していた「お前にはあの若者と生きる道もある」という願いは、完全な形ではないにせよ、サンとアシタカの関係に引き継がれたといえる。
【余談】
声を担当した美輪明宏は、ジブリシリーズでは他に『
ハウルの動く城』で荒れ地の魔女を担当。
のちに演じた
ポケットモンスターシリーズの
アルセウスも合わせて、神様役としての印象を強く残した。
ちなみにサン役の石田ゆり子曰く、収録現場内外問わずしばらく「娘」と呼ばれ、愛あるお𠮟りを受けていたらしい。
岩屋でのアシタカとの問答のシーンは今でも語り草となる名場面で、特に高笑いのシーンは宮崎監督も絶賛している。
なお、この場面でのモロは本心から怒り冷笑していたわけではなく、あくまでアシタカの覚悟のほどを試していたとのこと。
乙事主とは昔つきあっていたとよく言われるが、これは元々宮崎監督がもう少し女性らしさが欲しいと考えその旨を美輪氏に伝えたのが発端で単純な恋仲とは異なると思われる。
本編では未使用となったが、テーマ曲『犬神モロの公』が存在し、イメージアルバムに収録されている。
映画公開前のPVに使用されたほか、スーパー歌舞伎版では終盤のモロと乙事主の一騎打ちで流れ観客を沸かせた。
東京都の多摩動物公園ではかつてモロと名付けられた雌のヨーロッパ
オオカミが飼育されていた。
ちなみに番いの雄の名前はロボで、2匹の間に生まれたサンと名付けられた雌もいた。
2025年末に脱走騒ぎを起こし注目を集めたスイは残念ながら彼女らの直系ではない。
お前に追記・修正することができるか。
- 何故かコメ消えてたので再投稿 黙れ小僧でおなじみ しかし今になって立ったのか -- 名無しさん (2026-11-01 18:24:49)
- メイキングでの乙事主を見送るシーンで、最初は単に侮蔑するような演技だったのが、宮崎監督からの注文ひとつで女性的な慈しみを含んだニュアンスにすぐにチューニングしてきたり、演じるというのはこういうものなのかという凄味がヤバい -- 名無しさん (2026-11-01 20:18:09)
- もののけ姫は声優が本職じゃないのに本職並にハマってるキャラが本当多いんよね。アシタカや乙事主と会話するシーン好きだわ。 -- 名無しさん (2026-11-02 03:39:31)
最終更新:2026年11月02日 10:29