重い気持ちを引きずりながら廊下を進む。それは確かな重量を伴って、私の歩みを鈍らせる。
そのくせ、重みの理由は判然としないのだ。
「……」
視線を手元に移す。
こちらの重みは、一目で分かる。トレイに乗せた、五人分のアイスティー。同じ数のストロー、
ガムシロップ、ミルクとレモンリキッド。あと、お茶請けのクッキーが少々。
大した重さでも量でもない。そのはずなのに、妙にずっしりと感じる。
腕にも、心にも。
そのくせ、重みの理由は判然としないのだ。
「……」
視線を手元に移す。
こちらの重みは、一目で分かる。トレイに乗せた、五人分のアイスティー。同じ数のストロー、
ガムシロップ、ミルクとレモンリキッド。あと、お茶請けのクッキーが少々。
大した重さでも量でもない。そのはずなのに、妙にずっしりと感じる。
腕にも、心にも。
今日は、この私、岩崎みなみの家で勉強会が開かれることになっている。参加者は私を含めた
四人。
しかし、一つ数の多いグラスが示すとおり、予定外の来客があった。参加者の一人、小早川
ゆたかが来る途中で出会ったという、同じ学校の先輩。
日下部みさおさん。
理由はまだよく分からないけど、認めたくはないけれど、この憂鬱の原因。親友のゆたかが
慕っている、その人が。
「……」
ため息を一つ。
ドアの前に立ち、トレイを苦労して片手で支えつつ、ノックをして開く。
異様な光景に出迎えられた。
「……?」
ゆたか。日下部先輩。田村さん。パトリシアさん。
四人が四人とも、部屋の奥、裏庭に面したガラス戸の前で黙りこくったままこちらに背を向けて
いる。そういえば、ドアの前に立っても話し声などは聞こえなかった。庭を見ている、のだろうか。
「あ、岩崎さん。おかえり」
比較的ガラス戸から離れた位置にいた田村さんが、最初に反応してこちらを見た。ゆたかと
パトリシアさんが続く。一拍遅れて先輩が、しかし物凄い勢いで二人よりも速く振り向いた。瞳と
八重歯が怖いぐらいにキラキラと輝いている。
怖いぐらいというか、怖い。
「岩崎さんっ!」
「は、はいっ」
全身がびくりと竦み上がった。よくトレイを取り落とさなかったものだ。
「いぬっ!!」
「は――…………え?」
よく見ると、しゃがみこんでガラス戸に張り付いている先輩の真正面。ちょうどその影に隠れる
形になって、チェリーがお座りをしていた。
「さ、触ってもいい!? なでていい!?」
千切れんばかりに尻尾を振って、無邪気かつ必死な様子で訴えかけてくる先輩。……尻尾?
……ああ。チェリーのだ。見事に重なっているから一瞬分からなかった。
などと失礼極まりないことを思っていると、その間の沈黙をどう受け取ったのか、先輩が今度は
泣きそうな顔になる。
「だ、だめ? でもちょっとだけ! お願いだからちょっとだけ!」
「あ――は、はい。どうぞ」
思わずそう答えていた。
抵抗を覚える暇さえない。
先輩は顔の輝きを倍化させ、「ありがとう!」と叫ぶと勢いよくガラス戸を引き開けた。そして
そのまま庭に飛び出し――は、しない。
四人。
しかし、一つ数の多いグラスが示すとおり、予定外の来客があった。参加者の一人、小早川
ゆたかが来る途中で出会ったという、同じ学校の先輩。
日下部みさおさん。
理由はまだよく分からないけど、認めたくはないけれど、この憂鬱の原因。親友のゆたかが
慕っている、その人が。
「……」
ため息を一つ。
ドアの前に立ち、トレイを苦労して片手で支えつつ、ノックをして開く。
異様な光景に出迎えられた。
「……?」
ゆたか。日下部先輩。田村さん。パトリシアさん。
四人が四人とも、部屋の奥、裏庭に面したガラス戸の前で黙りこくったままこちらに背を向けて
いる。そういえば、ドアの前に立っても話し声などは聞こえなかった。庭を見ている、のだろうか。
「あ、岩崎さん。おかえり」
比較的ガラス戸から離れた位置にいた田村さんが、最初に反応してこちらを見た。ゆたかと
パトリシアさんが続く。一拍遅れて先輩が、しかし物凄い勢いで二人よりも速く振り向いた。瞳と
八重歯が怖いぐらいにキラキラと輝いている。
怖いぐらいというか、怖い。
「岩崎さんっ!」
「は、はいっ」
全身がびくりと竦み上がった。よくトレイを取り落とさなかったものだ。
「いぬっ!!」
「は――…………え?」
よく見ると、しゃがみこんでガラス戸に張り付いている先輩の真正面。ちょうどその影に隠れる
形になって、チェリーがお座りをしていた。
「さ、触ってもいい!? なでていい!?」
千切れんばかりに尻尾を振って、無邪気かつ必死な様子で訴えかけてくる先輩。……尻尾?
……ああ。チェリーのだ。見事に重なっているから一瞬分からなかった。
などと失礼極まりないことを思っていると、その間の沈黙をどう受け取ったのか、先輩が今度は
泣きそうな顔になる。
「だ、だめ? でもちょっとだけ! お願いだからちょっとだけ!」
「あ――は、はい。どうぞ」
思わずそう答えていた。
抵抗を覚える暇さえない。
先輩は顔の輝きを倍化させ、「ありがとう!」と叫ぶと勢いよくガラス戸を引き開けた。そして
そのまま庭に飛び出し――は、しない。
「ワウッ!」
「みょおおおお!?」
驚いたことに、チェリーの方から先輩へと飛びついたのだ。
「ひゃっ、わひゃっ! ちょ、コイツ、おまえ――うひっ!」
彼女は、確かに人懐っこい性格をしてはいるが、基本的に大人しいため普段はもっと消極的と
いうか、されるがままであることが多い。だというのに、今はこうして、出会ったばかりであるはず
の日下部先輩に寄りかかり、その顔に鼻先をこすりつけている。
「ハッ、ハッ、ハフッ、ハッ」
「あーも! よしよし! よーしよしよし、落ちつけ。いい子いい子。よーし良い子だー。――うふはっ」
先輩の方も、ひるむことなくチェリーの背や頭を撫でさすり、嬉しそうに笑っている。
「すごい……チェリーちゃん甘えんぼ……」
「てゆーかなんなんスかこの扱いの差は……」
「ウフフ」
ゆたかが感心した声で、田村さんが恨みがましく、それぞれ呟く。パトリシアさんは先輩の傍らで、
一緒にチェリーを撫でている。
ひとまず、持ちっぱなしだったトレイをテーブルに置いた。
それにしても、チェリーが自分から、こんなにも人に甘えるなんて、本当に珍しい。私が相手でも
ほとんどない。母に対してならたまにはあるが、それもめったにないことだ。少し悔しい。
……悔しい?
「あ、名前! なまえなまえなまえ! 名前、なんだっけ!」
「Cherry だよ、ミサオ」
興奮気味に尋ねる先輩に、パトリシアさんが答える。
「ちぇ、りー?」
「ワウフッ」
「くぁ~~~~! チェリーチェリーチェリーチェリー! もふもふだーっ!」
文字通りの嬉しい悲鳴を上げながら、先輩がチェリーを抱きしめた。
「あ……」
瞬間、二人の姿が、今日最初に見たゆたかと先輩の姿に重なった。そして、そのときから燻り
続けていた正体不明の感情が、ようやく確かな形を取って浮かび上がる。
「みょおおおお!?」
驚いたことに、チェリーの方から先輩へと飛びついたのだ。
「ひゃっ、わひゃっ! ちょ、コイツ、おまえ――うひっ!」
彼女は、確かに人懐っこい性格をしてはいるが、基本的に大人しいため普段はもっと消極的と
いうか、されるがままであることが多い。だというのに、今はこうして、出会ったばかりであるはず
の日下部先輩に寄りかかり、その顔に鼻先をこすりつけている。
「ハッ、ハッ、ハフッ、ハッ」
「あーも! よしよし! よーしよしよし、落ちつけ。いい子いい子。よーし良い子だー。――うふはっ」
先輩の方も、ひるむことなくチェリーの背や頭を撫でさすり、嬉しそうに笑っている。
「すごい……チェリーちゃん甘えんぼ……」
「てゆーかなんなんスかこの扱いの差は……」
「ウフフ」
ゆたかが感心した声で、田村さんが恨みがましく、それぞれ呟く。パトリシアさんは先輩の傍らで、
一緒にチェリーを撫でている。
ひとまず、持ちっぱなしだったトレイをテーブルに置いた。
それにしても、チェリーが自分から、こんなにも人に甘えるなんて、本当に珍しい。私が相手でも
ほとんどない。母に対してならたまにはあるが、それもめったにないことだ。少し悔しい。
……悔しい?
「あ、名前! なまえなまえなまえ! 名前、なんだっけ!」
「Cherry だよ、ミサオ」
興奮気味に尋ねる先輩に、パトリシアさんが答える。
「ちぇ、りー?」
「ワウフッ」
「くぁ~~~~! チェリーチェリーチェリーチェリー! もふもふだーっ!」
文字通りの嬉しい悲鳴を上げながら、先輩がチェリーを抱きしめた。
「あ……」
瞬間、二人の姿が、今日最初に見たゆたかと先輩の姿に重なった。そして、そのときから燻り
続けていた正体不明の感情が、ようやく確かな形を取って浮かび上がる。
――そうか。
――そうだ。
――そういうことだったんだ……
――そうだ。
――そういうことだったんだ……
ふ、と肩から力が抜けた。
妙な可笑しさがこみ上げる。
「――みなみちゃん?」
馴染んだ角度からの声。振り向くと、ゆたかは不思議そうな目をして私を見上げていた。
「珍しいよね。みなみちゃんが声出して笑うなんて」
「……え?」
声が、出ていた……?
虚を突かれて茫然としていると、ゆたかがゆっくりと笑った。最初は優しく、次第に可笑しそうに。
「ふふふ……でも、おかしいよね、センパイ。本当は早くチェリーちゃんに触りたかったのに、
みなみちゃんに許可もらってないからって、話しかけるのまで我慢してたんだよ?」
「そうそう。もう、笑いこらえるの大変だったよー」
付け加えるように、田村さん。彼女も少し顔を赤くして、口元を押さえている。
目を正面に戻す。
先輩は笑っている。嬉しそうに。本当に、心の底から嬉しそうに。
「そう……」
少し、あきれた。先ほどの発言といい、人の物を触ることに何かトラウマでもあるのだろうか。
妙な可笑しさがこみ上げる。
「――みなみちゃん?」
馴染んだ角度からの声。振り向くと、ゆたかは不思議そうな目をして私を見上げていた。
「珍しいよね。みなみちゃんが声出して笑うなんて」
「……え?」
声が、出ていた……?
虚を突かれて茫然としていると、ゆたかがゆっくりと笑った。最初は優しく、次第に可笑しそうに。
「ふふふ……でも、おかしいよね、センパイ。本当は早くチェリーちゃんに触りたかったのに、
みなみちゃんに許可もらってないからって、話しかけるのまで我慢してたんだよ?」
「そうそう。もう、笑いこらえるの大変だったよー」
付け加えるように、田村さん。彼女も少し顔を赤くして、口元を押さえている。
目を正面に戻す。
先輩は笑っている。嬉しそうに。本当に、心の底から嬉しそうに。
「そう……」
少し、あきれた。先ほどの発言といい、人の物を触ることに何かトラウマでもあるのだろうか。
しかし一方でこうも思う。
もし先輩が、私の戻るのを待っていなかったら。もし、部屋に入った瞬間、先輩とチェリーがああ
してじゃれあっている姿を前触れなく見せられていたとしたら――きっと、今のように気が晴れては
いなかっただろう。逆に、先輩に対して憎しみすら抱いていたかも知れない。
そうならなかったのは、先輩のおかげ。
……でも元はといえば、あんな気持ちになっていたのも先輩が原因なのだから、それを考えると、
ちょっとずるいと思う。それぐらいは、思ってもいいと思う。
「……ゆたか」
「なに?」
先輩とチェリー、そしてパトリシアさんは窓際を離れ、庭に出て追いかけ合いを始めている。これ
なら声が届く心配はないだろう。
「私、今日、ヘンだった」
「え? えっと……」
声に困惑が滲んでいる。ゆたかなら、そうなるだろう。申し訳ないけど、前置きもなしに言うのは
さすがに少し、恥ずかしかったから。
「ううん、ヘンだった。たぶん……嫉妬、してたんだと思う。先輩に」
「へ……?」
「ゆたかと、仲良さそうにしてたから」
「……そうなの?」
頷く。
きっと、顔が少し赤いと思う。
本当に、なんて幼稚な感情なのだろう。自分がこんなにも子どもっぽいなんて思っていなかった。
でもそれは、ある意味で当然。ゆたかは私にとって、ほとんど初めての友達なのだ。つまり友だち
というものに対して、私の経験は幼稚園児並に浅い。だから、ゆたかが他の人と仲良くしていたと
いうだけで、あんなにも暗い気持ちになっていたのだろう。
或いは、人との付き合いを避け続けてきたことへの、それは罰だったのかも知れない。
「言ってくれればよかったのに」
「……今、気付いたばかりだから……」
「そうなんだ……」
ゆたかの声に、嫌悪や軽蔑の色はない。むしろどこか嬉しそうに聞こえるのは、錯覚だろうか。
顔を見ればもう少しはっきり分かるだろうとは思うけど、勇気がない。
「うん……だから、一つ聞かせて」
「……なに?」
「…………私が、行く前に、何が……?」
気が付いてしまった以上、やはりどうしても気になってしまう。あの道端で、ゆたかと日下部先輩
だけのときに、何があったのか。何度もあった、意味の読み取れない会話の裏に、どんな前提が
あったのか。
どうしても、知りたかった。
「それは……えっと……」
「……」
「……ごめん。ないしょ」
「……そう」
声が、気持ちが、沈む。自分でも情けないほどに。
本当に、どこまで幼稚なのだろう。
「ごめんね? でも、やっぱり先輩は知られたくないと思うんだ」
「……ん」
「あ、でも――でもね? そのことは言えないんだけど、それにちょっとだけ関係したことで、みなみ
ちゃんに訊きたいことがあるの」
真剣な声。
思わず、視線を向けていた。ゆたかと目が合う。
すごく、ひどく、澄んだ瞳だった。
もし先輩が、私の戻るのを待っていなかったら。もし、部屋に入った瞬間、先輩とチェリーがああ
してじゃれあっている姿を前触れなく見せられていたとしたら――きっと、今のように気が晴れては
いなかっただろう。逆に、先輩に対して憎しみすら抱いていたかも知れない。
そうならなかったのは、先輩のおかげ。
……でも元はといえば、あんな気持ちになっていたのも先輩が原因なのだから、それを考えると、
ちょっとずるいと思う。それぐらいは、思ってもいいと思う。
「……ゆたか」
「なに?」
先輩とチェリー、そしてパトリシアさんは窓際を離れ、庭に出て追いかけ合いを始めている。これ
なら声が届く心配はないだろう。
「私、今日、ヘンだった」
「え? えっと……」
声に困惑が滲んでいる。ゆたかなら、そうなるだろう。申し訳ないけど、前置きもなしに言うのは
さすがに少し、恥ずかしかったから。
「ううん、ヘンだった。たぶん……嫉妬、してたんだと思う。先輩に」
「へ……?」
「ゆたかと、仲良さそうにしてたから」
「……そうなの?」
頷く。
きっと、顔が少し赤いと思う。
本当に、なんて幼稚な感情なのだろう。自分がこんなにも子どもっぽいなんて思っていなかった。
でもそれは、ある意味で当然。ゆたかは私にとって、ほとんど初めての友達なのだ。つまり友だち
というものに対して、私の経験は幼稚園児並に浅い。だから、ゆたかが他の人と仲良くしていたと
いうだけで、あんなにも暗い気持ちになっていたのだろう。
或いは、人との付き合いを避け続けてきたことへの、それは罰だったのかも知れない。
「言ってくれればよかったのに」
「……今、気付いたばかりだから……」
「そうなんだ……」
ゆたかの声に、嫌悪や軽蔑の色はない。むしろどこか嬉しそうに聞こえるのは、錯覚だろうか。
顔を見ればもう少しはっきり分かるだろうとは思うけど、勇気がない。
「うん……だから、一つ聞かせて」
「……なに?」
「…………私が、行く前に、何が……?」
気が付いてしまった以上、やはりどうしても気になってしまう。あの道端で、ゆたかと日下部先輩
だけのときに、何があったのか。何度もあった、意味の読み取れない会話の裏に、どんな前提が
あったのか。
どうしても、知りたかった。
「それは……えっと……」
「……」
「……ごめん。ないしょ」
「……そう」
声が、気持ちが、沈む。自分でも情けないほどに。
本当に、どこまで幼稚なのだろう。
「ごめんね? でも、やっぱり先輩は知られたくないと思うんだ」
「……ん」
「あ、でも――でもね? そのことは言えないんだけど、それにちょっとだけ関係したことで、みなみ
ちゃんに訊きたいことがあるの」
真剣な声。
思わず、視線を向けていた。ゆたかと目が合う。
すごく、ひどく、澄んだ瞳だった。
「わたし、みなみちゃんを独り占めしちゃってないかな?」
「……ひとり、じめ?」
よく、意味がわからない。
独り占め、独占……ゆたかが、私を? そんなこと、今まで考えたこともない。
逆なら――私がゆたかを、という話なら、少なくとも無意識ではそうしようとしていたと、たった今
気付いたばかりではあるけれど。
「ええと……どう言えばいいんだろ……みなみちゃんはわたしと仲良くしてくれるけど……あ、
ううん? わたしは嬉しいんだよ? わたし、みなみちゃんのこと、大好きだから」
「……」
「でも、ね? わたしが良くても他の人が……えっと、たとえばみなみちゃんがセンパイにって、
今言ったみたいに、わたしも他の人に同じように思われてるってこと、ないかな?」
……なるほど。
ゆたからしい、優しい心遣い。でも、気持ちはわからないでもないけど、それは杞憂。
「……大丈夫」
私には、ゆたか以前には誰もいなかったのだから。
それに、仮にそういう人がいたとしても、
「それは、その人自身が私に言えばいいこと。……だからゆたかは、気にしないでいい」
田村さんやパトリシアさんなら、言ってくれるはず。
ゆたかは少し目を見開いて、薄く笑うと、庭へと向き直って言った。
「そっか。そうだね。……ふふ、センパイとおんなじだ」
「……?」
同じ? 日下部先輩とって……何が?
私も庭に目を移す。先輩はチェリーと向かい合う形で座り込んで、なにやら語りかけている。
「ヴぁ!」
「ウァゥ?」
「ちげーよ。ヴぁ! ヴぁ、ヴぁ、ヴぁ!」
「ハッハッハッハッ」
「だから、ヴぁ! だってヴぁ!」
「……」
「あ、ゴメンゴメン。……ヴぁ」
……いや、何をやっているんですか。
二人の間で審判のように立っているパトリシアさんが、こちらの視線に気付いて肩をすくめた。
さすがの彼女も反応に困っているらしい。それはそうだ。犬に言葉を教えようとしても……
「……ひとり、じめ?」
よく、意味がわからない。
独り占め、独占……ゆたかが、私を? そんなこと、今まで考えたこともない。
逆なら――私がゆたかを、という話なら、少なくとも無意識ではそうしようとしていたと、たった今
気付いたばかりではあるけれど。
「ええと……どう言えばいいんだろ……みなみちゃんはわたしと仲良くしてくれるけど……あ、
ううん? わたしは嬉しいんだよ? わたし、みなみちゃんのこと、大好きだから」
「……」
「でも、ね? わたしが良くても他の人が……えっと、たとえばみなみちゃんがセンパイにって、
今言ったみたいに、わたしも他の人に同じように思われてるってこと、ないかな?」
……なるほど。
ゆたからしい、優しい心遣い。でも、気持ちはわからないでもないけど、それは杞憂。
「……大丈夫」
私には、ゆたか以前には誰もいなかったのだから。
それに、仮にそういう人がいたとしても、
「それは、その人自身が私に言えばいいこと。……だからゆたかは、気にしないでいい」
田村さんやパトリシアさんなら、言ってくれるはず。
ゆたかは少し目を見開いて、薄く笑うと、庭へと向き直って言った。
「そっか。そうだね。……ふふ、センパイとおんなじだ」
「……?」
同じ? 日下部先輩とって……何が?
私も庭に目を移す。先輩はチェリーと向かい合う形で座り込んで、なにやら語りかけている。
「ヴぁ!」
「ウァゥ?」
「ちげーよ。ヴぁ! ヴぁ、ヴぁ、ヴぁ!」
「ハッハッハッハッ」
「だから、ヴぁ! だってヴぁ!」
「……」
「あ、ゴメンゴメン。……ヴぁ」
……いや、何をやっているんですか。
二人の間で審判のように立っているパトリシアさんが、こちらの視線に気付いて肩をすくめた。
さすがの彼女も反応に困っているらしい。それはそうだ。犬に言葉を教えようとしても……
――――あ……
「チェリー……」
「え?」
「チェリーが、そうかも知れない……」
「へ? ……あ!」
そうだ。彼女は喋れない。だから、もし今ゆたかが言ったようなことを感じていたとしても、それを
私に伝えることはできない。
「そっか……どうしよう、わたし……」
私がチェリーと過ごす時間は、高校に上がってから確実に減っている。中学に比べて登下校に
手間がかかるようになり、家にいる時間はそのぶん短くなった。家にいても、進学校である陵桜
学園の授業についていくために、予習や復習の時間も今まで以上に多く取っている。
そして何より、放課後や休日にゆたかたちと遊ぶという新しい習慣ができたのが大きい。
これらのため、毎日の散歩を母に代わってもらうことさえ何度かあった。チェリーが寂しい思いを
していたとしても、それはむしろ当然と言える。
「え?」
「チェリーが、そうかも知れない……」
「へ? ……あ!」
そうだ。彼女は喋れない。だから、もし今ゆたかが言ったようなことを感じていたとしても、それを
私に伝えることはできない。
「そっか……どうしよう、わたし……」
私がチェリーと過ごす時間は、高校に上がってから確実に減っている。中学に比べて登下校に
手間がかかるようになり、家にいる時間はそのぶん短くなった。家にいても、進学校である陵桜
学園の授業についていくために、予習や復習の時間も今まで以上に多く取っている。
そして何より、放課後や休日にゆたかたちと遊ぶという新しい習慣ができたのが大きい。
これらのため、毎日の散歩を母に代わってもらうことさえ何度かあった。チェリーが寂しい思いを
していたとしても、それはむしろ当然と言える。
困った。
本当に、これは困った。
チェリーを蔑ろにしたくはない。なんと言っても大事な家族だ。かといって、ゆたかも同じぐらい
大切な友だち。どちらかを選ぶなんて――どちらかを選ばないなんて、できるわけがない。
「う~~~~ん……、よしっ。じゃあみなみちゃん」
難しい顔で考え込んでいたゆたかが、私を見据える。
何を言うかは、予想ができた。
「チェリーちゃんを優先してあげて」
「でも……」
「だいじょうぶ! 寂しくなったらちゃんと言うから。わたしは喋れるんだから、そのぶんだけハンデ」
……それは、確かに妥当なところかも知れないけれど、でも…………だめだ。他に良い案なんて
浮かばない。とりあえずは、ゆたかの言うとおりにしてもらうしかなさそうだ。
「わかった……」
「うんっ。――それじゃ、その代わり、みなみちゃんもちゃんと言ってね? わたし、たぶんまた、
今日みたいにセンパイとか、あとお姉ちゃんとか、他の人を優先しちゃうことがたぶんあると思う
から」
「……」
そうか。ゆかただけでなく、私の方も、か。
なるほど、それなら公平だ。
「……わかった」
「ありがとう。じゃあ、やくそくっ」
言って、ゆたかが軽く握った手を伸ばしてくる。私も頷いて応じ、立てた小指を彼女の小指に、
そっと絡めた。
ふわりと暖かい感触。
「……約束」
「えへへ。うん、やくそく」
「……」
「……」
「……」
「……でも、ちょっと恥ずかしいね?」
笑いをこらえているような顔で、頬を染めてゆたかが言う。
……うん、まあ。
どちらからともなく指をほどく。ゆたかは照れ笑いを浮かべながら、両手を胸の前で擦り合わせ
始めた。けれどその小指同士だけが微妙に触れ合っていないのを発見して、少し嬉しくなる。
と、ゆたかが何かに気付いた様子で私の背後に視線を投げた。
「そうだ、田村さんも――って、田村さん!? どうしたの?!」
同時に振り返っていた私も、見た。田村さんが、ソファーの上でエビ反りになってびくびくと震えて
いるのを。
「田村さん!? 田村さん! 大丈夫!?」
ゆたかが私とテーブルを回り込んで駆け寄り、しかし触れていいものか迷っているのだろう。
両手を宙にさまよわせながら呼びかける。
「だっ――だぃじょうぶ……」
鼻と口元に強く押さえつけられた両手の隙間から、くぐもった声で答える田村さん。
「で、でも、顔真っ赤だよ!?」
「――や――ほん、とに……ちょっと――ゼェ、ゼェ……思い出し笑い、しただけ、だから……」
「え? そ、そうなの? でも――」
「ナニごとデスか?」
本当に、これは困った。
チェリーを蔑ろにしたくはない。なんと言っても大事な家族だ。かといって、ゆたかも同じぐらい
大切な友だち。どちらかを選ぶなんて――どちらかを選ばないなんて、できるわけがない。
「う~~~~ん……、よしっ。じゃあみなみちゃん」
難しい顔で考え込んでいたゆたかが、私を見据える。
何を言うかは、予想ができた。
「チェリーちゃんを優先してあげて」
「でも……」
「だいじょうぶ! 寂しくなったらちゃんと言うから。わたしは喋れるんだから、そのぶんだけハンデ」
……それは、確かに妥当なところかも知れないけれど、でも…………だめだ。他に良い案なんて
浮かばない。とりあえずは、ゆたかの言うとおりにしてもらうしかなさそうだ。
「わかった……」
「うんっ。――それじゃ、その代わり、みなみちゃんもちゃんと言ってね? わたし、たぶんまた、
今日みたいにセンパイとか、あとお姉ちゃんとか、他の人を優先しちゃうことがたぶんあると思う
から」
「……」
そうか。ゆかただけでなく、私の方も、か。
なるほど、それなら公平だ。
「……わかった」
「ありがとう。じゃあ、やくそくっ」
言って、ゆたかが軽く握った手を伸ばしてくる。私も頷いて応じ、立てた小指を彼女の小指に、
そっと絡めた。
ふわりと暖かい感触。
「……約束」
「えへへ。うん、やくそく」
「……」
「……」
「……」
「……でも、ちょっと恥ずかしいね?」
笑いをこらえているような顔で、頬を染めてゆたかが言う。
……うん、まあ。
どちらからともなく指をほどく。ゆたかは照れ笑いを浮かべながら、両手を胸の前で擦り合わせ
始めた。けれどその小指同士だけが微妙に触れ合っていないのを発見して、少し嬉しくなる。
と、ゆたかが何かに気付いた様子で私の背後に視線を投げた。
「そうだ、田村さんも――って、田村さん!? どうしたの?!」
同時に振り返っていた私も、見た。田村さんが、ソファーの上でエビ反りになってびくびくと震えて
いるのを。
「田村さん!? 田村さん! 大丈夫!?」
ゆたかが私とテーブルを回り込んで駆け寄り、しかし触れていいものか迷っているのだろう。
両手を宙にさまよわせながら呼びかける。
「だっ――だぃじょうぶ……」
鼻と口元に強く押さえつけられた両手の隙間から、くぐもった声で答える田村さん。
「で、でも、顔真っ赤だよ!?」
「――や――ほん、とに……ちょっと――ゼェ、ゼェ……思い出し笑い、しただけ、だから……」
「え? そ、そうなの? でも――」
「ナニごとデスか?」
ゆたかの声を聞きつけたのか、パトリシアさんが戻ってきた。
「あ、パティちゃん。田村さんが……」
「ヒヨリ? Oh、またホッサ起こしマシタね?」
荒く息をつく田村さんを見て、パトリシアさんはなんでもないことのように言う。……発作?
田村さんに持病があるなんて、聞いた事はないけど。
「またって……大丈夫なの?」
「Of course。モゥマンタイね。ニホンのマンガ界の未来を背負うヒヨリが、コレシキのコトで死ぬ
ハズがありマセン! オソラクは、特上の idea をヒラメイタだけデショウ」
パトリシアさんは自信たっぷりに語る。
アイデア……そういえば、田村さんは漫画を書いているのだった。今よりももっと軽いが、似た
ような状態でメモを取る姿も、見たことがある気がする。
「えっと……そうなの、田村さん?」
「へ……」
「デスよね? ヒヨリ?」
「あ――あ、ああ! うん! そう、その通り! ――だから言ったでしょ?思い出し笑いだって。
あはは。や、思いつき笑い、かな? あはははは!」
パトリシアさんに言い当てられたことに驚いたのか、戸惑い、そして誤魔化すように笑う田村さん。
その様子を見る限り、どうやら安心してもいいようだ。
パトリシアさんが鞄からノートとペンを取り出した。
「サァ、ヒヨリ? 忘れないウチに memo しておきナサイ?」
「え、えぇ!? こ、ここで?」
「当たり前デス。また忘れたいのデスか?」
「い、いやぁ、でも……たぶん忘れられそうにないし……」
「ナンデモいいカラ! 書くのデス! ……ナンデモいいカラ、ネ?」
「え――あ、そっか! そうだね。わかった。あ、ありがとう、パティ」
田村さんは、何故だか一旦躊躇したが、パトリシアさんが片目を閉じて優しく言うと、ようやく
ノートを受け取りペンを走らせ始める。パトリシアさんは「いえいえ」と頷くと、私たちに向き直って
言った。
「ソレじゃ、ミナミ、ユタカ。少し離れまショウ。描いてるトコロは見られたくナイものデスよ?」
「あ、うん。……すごいね、パティちゃん」
「フッフッフ。ジャの道は heavy デス。フジョシのコトはフジョシに任せナサイ」
ゆたかの素直な賞賛に、パトリシアさんは照れることなく胸を張る。フジョシ……確か、「婦女子」
ではなく「腐れた女子」だったか。しかし私には彼女たちが腐っているようには思えない。
「あ、もうベンキョ始めてんの?」
と、そこに先輩も戻ってきた。部屋には入らず窓際に留まっていて……何故かチェリーを背負って
いる。
そのチェリーが、田村さんに向かって吼え始めた。
「バウッ! バウッ!」
「ひゃあっ!?」
「おいおいおい、どーしたんだよいきなり? ほら、いーこいーこ」
「ソゥデスよー? 気持ちはわかりマスが、ヒヨリの邪魔はこのワタシが許しマセン」
「クゥ~ン……」
「あははっ。――まだ始めてませんよ、センパイ。それより喉渇いてるでしょ? どうぞ」
「おう、さんきゅ」
「ワタシもいただきマスね」
にわかに賑やかになった部屋の中で、私は今度こそ、肩の力を抜いて笑うことができた。
「あ、パティちゃん。田村さんが……」
「ヒヨリ? Oh、またホッサ起こしマシタね?」
荒く息をつく田村さんを見て、パトリシアさんはなんでもないことのように言う。……発作?
田村さんに持病があるなんて、聞いた事はないけど。
「またって……大丈夫なの?」
「Of course。モゥマンタイね。ニホンのマンガ界の未来を背負うヒヨリが、コレシキのコトで死ぬ
ハズがありマセン! オソラクは、特上の idea をヒラメイタだけデショウ」
パトリシアさんは自信たっぷりに語る。
アイデア……そういえば、田村さんは漫画を書いているのだった。今よりももっと軽いが、似た
ような状態でメモを取る姿も、見たことがある気がする。
「えっと……そうなの、田村さん?」
「へ……」
「デスよね? ヒヨリ?」
「あ――あ、ああ! うん! そう、その通り! ――だから言ったでしょ?思い出し笑いだって。
あはは。や、思いつき笑い、かな? あはははは!」
パトリシアさんに言い当てられたことに驚いたのか、戸惑い、そして誤魔化すように笑う田村さん。
その様子を見る限り、どうやら安心してもいいようだ。
パトリシアさんが鞄からノートとペンを取り出した。
「サァ、ヒヨリ? 忘れないウチに memo しておきナサイ?」
「え、えぇ!? こ、ここで?」
「当たり前デス。また忘れたいのデスか?」
「い、いやぁ、でも……たぶん忘れられそうにないし……」
「ナンデモいいカラ! 書くのデス! ……ナンデモいいカラ、ネ?」
「え――あ、そっか! そうだね。わかった。あ、ありがとう、パティ」
田村さんは、何故だか一旦躊躇したが、パトリシアさんが片目を閉じて優しく言うと、ようやく
ノートを受け取りペンを走らせ始める。パトリシアさんは「いえいえ」と頷くと、私たちに向き直って
言った。
「ソレじゃ、ミナミ、ユタカ。少し離れまショウ。描いてるトコロは見られたくナイものデスよ?」
「あ、うん。……すごいね、パティちゃん」
「フッフッフ。ジャの道は heavy デス。フジョシのコトはフジョシに任せナサイ」
ゆたかの素直な賞賛に、パトリシアさんは照れることなく胸を張る。フジョシ……確か、「婦女子」
ではなく「腐れた女子」だったか。しかし私には彼女たちが腐っているようには思えない。
「あ、もうベンキョ始めてんの?」
と、そこに先輩も戻ってきた。部屋には入らず窓際に留まっていて……何故かチェリーを背負って
いる。
そのチェリーが、田村さんに向かって吼え始めた。
「バウッ! バウッ!」
「ひゃあっ!?」
「おいおいおい、どーしたんだよいきなり? ほら、いーこいーこ」
「ソゥデスよー? 気持ちはわかりマスが、ヒヨリの邪魔はこのワタシが許しマセン」
「クゥ~ン……」
「あははっ。――まだ始めてませんよ、センパイ。それより喉渇いてるでしょ? どうぞ」
「おう、さんきゅ」
「ワタシもいただきマスね」
にわかに賑やかになった部屋の中で、私は今度こそ、肩の力を抜いて笑うことができた。
・
・
・
・
・
その後は、皆でお茶を飲みながらの雑談となった。
主に日下部先輩とパトリシアさんが中心となり、意外なほどのコンビネーションで場を盛り上げた。
ゆたかはいつも以上に楽しそうによく話し、田村さんも先輩に積極的に質問を浴びせては、そこから
また何かの刺激を得たのか、時折ノートにペンを走らせる。私も、いつもより少しだけ多く、口数を
増やせていたと思う。
何故か、田村さんが先輩だけでなく私やゆたかの方もちらちらと見ており、その度にパトリシアさん
が意味ありげな笑みを浮かべていたことが、少し気になったけど。
やがて買い物に出ていた母が帰宅し、本来は勉強の合間の休憩に充てるはずだった昼食を取る
こととなった。日下部先輩も誘ったのだが、さすがに悪いと断られ、また母がちょうど人数分の食材
しか買っていなかったこともあり、次の機会を待ってもらわざるを得なかった。無駄な食べ残し等を
極力出すまいとする母の習慣が裏目に出た形だ。
主に日下部先輩とパトリシアさんが中心となり、意外なほどのコンビネーションで場を盛り上げた。
ゆたかはいつも以上に楽しそうによく話し、田村さんも先輩に積極的に質問を浴びせては、そこから
また何かの刺激を得たのか、時折ノートにペンを走らせる。私も、いつもより少しだけ多く、口数を
増やせていたと思う。
何故か、田村さんが先輩だけでなく私やゆたかの方もちらちらと見ており、その度にパトリシアさん
が意味ありげな笑みを浮かべていたことが、少し気になったけど。
やがて買い物に出ていた母が帰宅し、本来は勉強の合間の休憩に充てるはずだった昼食を取る
こととなった。日下部先輩も誘ったのだが、さすがに悪いと断られ、また母がちょうど人数分の食材
しか買っていなかったこともあり、次の機会を待ってもらわざるを得なかった。無駄な食べ残し等を
極力出すまいとする母の習慣が裏目に出た形だ。
「すいません……ちゃんと、母に連絡を入れておけば……」
私としたことが、話に夢中になりすぎてしまったらしい。
詫びを入れつつ、先輩を皆で玄関まで送る。
「いやいやー、いきなり来たあたしが悪いんだしさ。気にすんなって、ホント」
ペタペタと足音も高らかに、笑って答える先輩は、裸足の上にスリッパを履いている。靴下のまま
庭に出てしまったためだ。芝生には父による手入れが行き届いているため、足に怪我などはして
いないらしい。
ちなみにパトリシアさんの方は、事前に靴を移動させていたので、普通の格好。
「でも、残念ですね……」
「ホントっス。おばさんの作る料理、絶品らしいっスから。先輩のリアクション見てみたかったっス」
「あっはっは。いやー、つーかそんなの食ったら家のメシ食べらんなくなるかも知んないし」
「ブシは食わねどタカヨウジ、デスネ?」
「いやパティ、それかなり違う」
先輩が靴に履き替え、「じゃ」とドアを開けると、いつの間にかチェリーが玄関の外に回りこんで
いた。田村さんが一歩下がる。
「あ、チェリーちゃん」
「お? おー、おまえも見送りか? あんがとな」
「ワウッ!」
本当によく懐いている。妬ましくも微笑ましい。
先輩はチェリーの頭を撫でながら、思い出したようにポケットから携帯電話を取り出した。
「な、岩崎さん。お昼の代わりっつーか、一つお願いしていい?」
「……はい」
何を言うかは、だいたい分かった。
ようやく、少しだけ、この人が理解できた気がする。
「チェリーの写メ、撮りたいんだけど」
やっぱり。
自然と頬が緩んだ。
「……よろこんで」
私としたことが、話に夢中になりすぎてしまったらしい。
詫びを入れつつ、先輩を皆で玄関まで送る。
「いやいやー、いきなり来たあたしが悪いんだしさ。気にすんなって、ホント」
ペタペタと足音も高らかに、笑って答える先輩は、裸足の上にスリッパを履いている。靴下のまま
庭に出てしまったためだ。芝生には父による手入れが行き届いているため、足に怪我などはして
いないらしい。
ちなみにパトリシアさんの方は、事前に靴を移動させていたので、普通の格好。
「でも、残念ですね……」
「ホントっス。おばさんの作る料理、絶品らしいっスから。先輩のリアクション見てみたかったっス」
「あっはっは。いやー、つーかそんなの食ったら家のメシ食べらんなくなるかも知んないし」
「ブシは食わねどタカヨウジ、デスネ?」
「いやパティ、それかなり違う」
先輩が靴に履き替え、「じゃ」とドアを開けると、いつの間にかチェリーが玄関の外に回りこんで
いた。田村さんが一歩下がる。
「あ、チェリーちゃん」
「お? おー、おまえも見送りか? あんがとな」
「ワウッ!」
本当によく懐いている。妬ましくも微笑ましい。
先輩はチェリーの頭を撫でながら、思い出したようにポケットから携帯電話を取り出した。
「な、岩崎さん。お昼の代わりっつーか、一つお願いしていい?」
「……はい」
何を言うかは、だいたい分かった。
ようやく、少しだけ、この人が理解できた気がする。
「チェリーの写メ、撮りたいんだけど」
やっぱり。
自然と頬が緩んだ。
「……よろこんで」
――瞬間、
「……」
「わぁ……」
「Wow……」
「むっふぉ~……!」
先輩は茫然と口をあけ、ゆたかとパトリシアさんがため息をもらし、田村さんが奇声を発した。
「え――」
そして次の瞬間、日下部先輩が勢いよく身を乗り出し、携帯のレンズを私の方へと向けなおす。
「ちょっ! い、今の! 今のもっかい! もっかい!!」
「え、あの……」
「だっ、ダメっスよ先輩! あの微笑みは小早川さん専用っス!」
「なにぃ!? 小早川、おまえあんなイイモン独り占めかっ! やっぱおまえちびっ子の妹だっ!!」
「えっ! えええっ!? そんな違いますよ! ――何言い出すの田村さん!」
「ならオッケだな。岩崎さん、ほら!」
いや、あの……
「ならばワタシもいいデスか? AYANAMI smile、Please デス」
「なっ!? パティまで……だったら私も――」
「え? え? じゃ、じゃあわたしも……って、わたし携帯持ってないよぅ。パティちゃん、貸して!」
ちょっと……みんな、待って……
あ、チェリーまで……こら、足を拭いてない……って、お母さん、いつの間に……火のそばを離れて
いいんですか? いやそれよりも、笑って見てないで、助けて……
「あたし! あたしが先!」
「ダメっス! せめて最初は小早川さんとのツーショット! これは譲れないっス!」
「バウッ!」
「ひゃわっ!?」
「ほら! チェリーもそう言ってるだろ!」
「なんで犬語がわかるんスか!」
「ならワタシは Cherry との two shot がいいデス」
「あ、それいいね。ほらみなみちゃん、笑って?」
「いや、だから……」
許容量を大きく越える事態に半ば自失状態となっている私を、取り囲みながらも置いてきぼりに、
チェリーも含めた五人はますますヒートアップしていく。
止める人が誰もいない。
勉強会が始められるまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。
「わぁ……」
「Wow……」
「むっふぉ~……!」
先輩は茫然と口をあけ、ゆたかとパトリシアさんがため息をもらし、田村さんが奇声を発した。
「え――」
そして次の瞬間、日下部先輩が勢いよく身を乗り出し、携帯のレンズを私の方へと向けなおす。
「ちょっ! い、今の! 今のもっかい! もっかい!!」
「え、あの……」
「だっ、ダメっスよ先輩! あの微笑みは小早川さん専用っス!」
「なにぃ!? 小早川、おまえあんなイイモン独り占めかっ! やっぱおまえちびっ子の妹だっ!!」
「えっ! えええっ!? そんな違いますよ! ――何言い出すの田村さん!」
「ならオッケだな。岩崎さん、ほら!」
いや、あの……
「ならばワタシもいいデスか? AYANAMI smile、Please デス」
「なっ!? パティまで……だったら私も――」
「え? え? じゃ、じゃあわたしも……って、わたし携帯持ってないよぅ。パティちゃん、貸して!」
ちょっと……みんな、待って……
あ、チェリーまで……こら、足を拭いてない……って、お母さん、いつの間に……火のそばを離れて
いいんですか? いやそれよりも、笑って見てないで、助けて……
「あたし! あたしが先!」
「ダメっス! せめて最初は小早川さんとのツーショット! これは譲れないっス!」
「バウッ!」
「ひゃわっ!?」
「ほら! チェリーもそう言ってるだろ!」
「なんで犬語がわかるんスか!」
「ならワタシは Cherry との two shot がいいデス」
「あ、それいいね。ほらみなみちゃん、笑って?」
「いや、だから……」
許容量を大きく越える事態に半ば自失状態となっている私を、取り囲みながらも置いてきぼりに、
チェリーも含めた五人はますますヒートアップしていく。
止める人が誰もいない。
勉強会が始められるまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。
―了―
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- kssviivuhhdvhy vbbhbhhjugtfysuydvugid jhdi д -- wawawa (2008-03-16 15:31:26)
- ダメだこの田村w
早く何とかしないとw ww -- 名無しさん (2007-12-19 21:45:09)