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君の隣で

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 寒さに悲鳴を上げる私の身体をこなたは優しく抱き締めてくれた。
 最初で最後のこなたからの抱擁。
 胸に苦しみを感じながら、私はそれを受け止めてしまっていた。





 君の隣で





 寒い。この単語以外に今の私の状態を表すのに適した言葉があるだろうか。
 長時間冷たい雨に打たれ風に吹かれていたのだから身体的な感覚もそうだが、それよりも精神的な冷感の方が私には堪えた。
 こなたの後姿を見送った後も、私は動力源を失った機械のようにただ立ち尽くすばかりだった。完全にその姿が見えなくなっても、私は微動だにしようとしなかった。
 見えない蔓に心が縛られて動けなかったのかもしれない。
「こなた……」
 自ら別れを選んだくせに、私は未練がましく最愛の人の名前を呟いた。
 私は先程からある疑問を胸に抱えている。
 何故こなたは、去り際に私を抱き締めたのだろうか。
 私はてっきり殴られるものばかりだと思っていた。怒りに歯を食い縛るような表情が目に飛び込んできた時にそうだと確信し、訪れるであろう痛みに備えて腹を括った。
 だが、実際は違った。
 私を迎え入れたものは、温かな感触だった。
 こなたは私に対して、弱音を吐くなとかふざけるなとか思わなかったのだろうか。
 大分機能が麻痺しているであろう脳で悩んでも、満足のいく答えは得られない。そう判断した私は一旦思考を中止させ、瞼を落とした。
 目を閉じれば億千の想い出が、鮮やかな色彩をもって蘇る。
 これからは心の中に仕舞っておかなければならない、こなたと過ごした日の記憶が。
 笑い合ったりふざけ合ったりして楽しく日々を送ってきた。充実した毎日は、私にいっぱいの幸せをくれた。
 そんな日が続いていくと、信じていたのに。
 私は自らそれを手放した。
 ―――だが、これで良いのだ。
 今が幸せでも、未来はきっとそうじゃないから。
 溢れ出す気持ちがこなたを、周りの人達を壊してしまうから。
 だから、これで良い。
 一緒に過ごす時間が長ければ長いほど、それだけ辛い思いをする事になる。
 これ以上こなたが苦しむ顔は見たくない。
 だから私は、自分の気持ちを封じ込める。
 これで良かったんだと、必死に言い聞かす。
 既に頭の中では整理が出来ている事柄なのに、自分が選んだ道なのに、私は今更何を言っているのだろうか、何を考えているのだろうか。自身に冷ややかな目を向け少しだけ自嘲する。
 こなたも私の思惑を知った上でかは分からないが、私との決別を選んでくれた。お互いが望んだ事に何の支障が生じるというのだろうか。
 そう、考えて導き出した結果には何の問題もない。
 これで……良かった。
 理解しているのに何度も繰り返す理由は考えない事にした。

「さむっ……」
 今更のように率直な感想を漏らしながら、悴む手に白い息を吐きかける。この程度では大した効果は得られないとも思ったが、何もしないでただ凍えるよりは幾分かマシだ。
 目の前にかざした寒さに震える左手の薬指には、白銀の光沢を放つ誓いの指輪。
 それは悪天候の中でも、私とこなたが付き合っていた時期を象徴するように、やけに輝いて見えた。目の錯覚かと疑りもしたが、もはやどうでも良い事だ。
 もう私にこれを身に着ける資格はないのだから。
 煩く響く、雨水が地を打ちつける音を背に私は目を細めて、ぼやけた視界のまま手の平ごと指輪を捉えた。
 右手の親指と中指を使って、ゆっくり引き抜いていく。中節、続いて基節と通過していく様を、私はまるで他人事のようにぼんやりと眺めていた。
 想いが詰まった記念の指輪を抜き取り終えた私は、それを手の平に乗せてみる。何処か焦点がずれているような目で眺めていると、自然と思い出されるあの日の出来事。
 二人で一緒の敷布を頭から掛け、約束を形として交わした夜。
 優しくかつ情熱的な口づけで、一つのベッドで寄り添って眠って。
 これでもかってほど感じた温もり、愛おしさ。
 ―――もう私のものではない。
 幾ら欲しいと願っても決して届かない、幾らそうしたいと思っても決して叶わない。
 俯いた気持ちを前に向かせると、私は手を握り締めた。目をしっかりと開いて、公園の隅に身体を向ける。
 そこに設置されている、塗装が剥げかけた深い青みの屑篭。
 誓いを破った私にこれをいつまでも所有する権利などありはしない。それに別れた思い人がくれたものなど、取っておいても見る度に胸が痛むだけだ。
 意を決して、指輪を握った手を振り被る。
 ―――その瞬間、私の脳内を数多の記憶が駆け巡った。
 鮮やかで明らかな幾つもの想い出。場面や時期はそれぞれ異なれど―――
 全てに、こなたがいた。
「……っ」
 捨てられるはずがなかった。
 視界が潤む。雨の所為ではない。
 腕が震える。寒さの所為ではない。
「うっ……」
 掠れた声と共に切ない気持ちが漏れた。精気を吸い尽くされたかのように、足を折りその場に膝から崩れる。
 地面に手を着くと、更に涙腺が緩んだ。
「うあっ……こなたっ……!」
 隠してきた気持ちは露呈してしまい、戻るべき場所を失ってしまった。
 それが引き金となったのか、ずっと溜め込まれていた嗚咽が自制する手立てをなくして出てきた。
 あんなに後悔しないと誓ったのに―――
 離れてから気づいた、当たり前で大切な事。
 幾ら悔やんでも、幾ら呪っても、もう元には戻れない。
「こなた……こなたぁ!」
 私が選択しなかった事なのだから。

 風邪でも引いたのだろうか、酷い頭痛を伴って頭が朦朧とする。
 馬鹿は風邪引かないって言うのにな……心の中で軽く自分を毒づいて立ち上がる。
 これ以上外にいたら症状が益々悪化してしまいそうだ。私は重い身体を動かして家へと向かう。
 此処から自宅まではかなりの距離があるが、この状態で電車やタクシーを利用するわけにもいかない。
 服の袖を指で摘み上げる。水分を含んで地肌に張り付くブラウスがやけに重たい。
 歩いて帰るしかないか。私は溜め息を吐きながら歩みを進め始めた。
 朝から変化なく暗雲に包まれる、暗い空を見上げる。雨は大分緩やかにはなってきたが、止む気配は一向に見せなかった。
 私の心に降る涙雨も止みはしないのだろうか。
 時間が経てば晴れ間を見せてくれるのだろうか。
 明日になれば太陽が顔を出すかもしれない。
 私の心とは違って、限りなく広いこの大空には。
 私にとっての太陽は、もう、掴めない。
 底抜けに明るいあの笑顔は、もう、拝めない。
 天から降ってきた、無数の水滴の内の一つが私の瞳を目掛けた。中に入り込まれる前に瞼を下ろし侵入を許可しない。
 それでもしかし、私の目は濡れていた。
 いつまでも呆けているわけにもいかない。私は目線を進行方向に戻し再び歩き始めた。
 街道の辺りまで出てくると流石に人気が多くなる。傍を通り抜ける人間は、大抵私を一瞥して驚きや哀れみに似た類の目線を向けてくる。
 非常に心地が悪かったが、走る気にもなれなかった私は、歩調を変えずにただ一つの目的地を目指し続けた。
「あー、雨降ってるよぉ。傘持ってきてないのにぃ」
 痛い視線にも少しは慣れてきた頃、近くの店の扉付近から女の子の声が聞こえた。別に知り合いでもないのに、何故か私はその方を向く。
「私持ってるよ。一緒に入ろっか」
 その子の背後から黄緑色の傘を手に持った、恐らくは友達であろう女の子が顔を出す。
 二人は楽しそうに笑い合いながら、一つの雨具に身体を寄せ合った。
 本当に、楽しそうに。
 二人が視線に気づかないのを良い事に、私が一方的に目線を送っていると―――
「きゃっ!」
 近くを通った車が水溜りの泥水を撥ね上げた。故意ではないだろうが、それは狙い澄ましたかのように私に飛び散る。
「ったく、ちょっとは気をつけ……」
 眉を吊り上げ顔を顰めた、その時やっと重大な失態に気がついた。
 指輪が―――なくなっている。
 瞬く間に顔が青ざめた。
 私は慌てて目を凝らした。先程の反動で近くに落としたのではないかと直感が感じ取ったからだ。
 しかし何処にもなかった。
「そんな……」
 心理的衝撃が疲労や愁嘆と相まって私に更なる追い討ちを放つ。
 崩れかける私を何とか支えたのは、咄嗟に思い浮かんだ儚い希望だった。
 私は確かに指輪を指から抜き取り手の平に包んだ。
 そして後悔に項垂れた私は、ほぼ泥に近い地面に手を着いた。
「公園かっ」
 その可能性が高いとは言い難かったが、現状他に頼るものがない事もあって私はすぐに踵を返した。
 一度は捨てようとしたのに―――
 あれは私が所持すべきものではないのに―――
 正しい理屈にも、今の私を鎮める事は不可能だった。

 地を蹴り出した足が雨水を巻き上げる。
 関節の節々がこれ以上走る事を拒絶するように痛みを発したが、ボーダーソックスや靴に次々とこびりつく汚れと一緒に無視をする。
 思えばこなたの唇を初めて奪った後も、激しい雨天の中私は走っていた。
 けどあの時とは違って逃げているのではない。
 追い求めているのだ。
 どうして気がつかなかったのだろうか。
 離れてからやっと分かったんだ。
 私にとってこなたが、どれだけ大きな存在だったか。
 どれだけ大事な存在だったか。
 どれだけ愛しい存在だったか。
「はあっ……はあっ……」
 呼吸は荒くなり、肺は焼け付くように苦しい。
 だが、こなたが味わった苦しみに比べれば大した事はないのだろう。
 従姉妹からの突然の告白、不安定の情緒のまま繰り広げた傷を残し合う口論。
 そして、恋人の別れ話。
 立て続けに起こった出来事でこなたの心はとても深い傷を負っただろう。
「それに、比べたら……」
 わざわざ口に出したのは、自身を奮い立たせる為。
「この程度……」
 音がするほど歯を噛み合わせる。疲労感が全て消え去るわけはなかったが、まだ走れる。
 こなたの気持ちも考えずに、私は勝手に大事な選択を一人でしてしまった。
 二人で困難を乗り越えなければいけないのに。
 辛い時こそ助け合わないといけないのに。
 ―――こんな私をこなたは許してくれるかな。
 私の大好きなあのあどけない笑顔をまた見せてくれるかな。
 また私を抱き締めてくれるかな―――
 ふらつく足、速い脈動、渇いた喉。ボロボロになりながらも、私は二つの傘が転がっている公園に戻ってきた。その光景は先程出た状況と同じだから、その間誰も訪れていないのだろう。
 それは些細な事で、この場所に指輪が落ちている可能性を大いに引き上げるには至らない。人が来たとしても私の落し物に目がつく事は皆無に等しいのだから、この公園にある確立に殆ど変動はないだろう。
 それでも信じるしかなかった。私は目を皿のようにしてくまなく公園を見渡した。
 かつて自分がいた付近を重点的に探す。何かの弾みで飛んでいったのかもしれないから、離れた場所も徹底的に探る。
 目の色を変え、地面に顔をつける勢いで探した。泥まみれになりながら、あるかどうかすら分からないものを。
 ―――見つからなかった。
「うそ……なくしちゃったの……?」
 決して嘘ではない、紛れもない事実をぽつりと呟く。
 途端に力が抜け、私は支えを失った。
「はは……そりゃそうよね」
 おかしくもないのに笑いが込み上げてくる。他の人からすれば、今の私の姿は無様で滑稽かもしれないが。
 冷静に第三者の視点から物事を考えている辺り、すっかり情熱は冷めてしまったのだろうか。
「見つかるわけないよね……私があれを持つ資格なんてないんだもん」
 自虐するようにあざけ笑う。打ちつける雨も、吹きつける風も、へばりつく泥も、身の回りのもの全てが、不格好な私を蔑んでいるようだった。
「何やってんだろ、私……」
 多量の水分でべたつく地べたに座り込む。服が汚れるがどうでも良い。
 悩んだ挙句この選択をしたのに、私は他に何を望めるだろうか。
 自ら手放したものなのに、私は今更何を思い残しやっているのだろうか。
 もう私に、こなたを愛する資格はとうになくなっているというのに。
「っは……っはは……」
 自分の愚かさを嘲るような笑い声が漏れる。
「は……」
 涙は流れなかったが、笑っているのか泣いているのか、自分でも分からなかった。
「ざまぁないわね……」
 己の身形を見て、再び皮肉の声が自然と出る。
 正確な時間は分からなかったが、もう大分時間は経っているだろう。そろそろ帰らないと遅くなりそうだ。
 そう思ったが動かなかった。
 正しく言うと動けなかった、かもしれない。
 もう私には何もなかった。
 大切な事はもう失ってしまった。
 もう、こなたは―――

「探し物は……これかな?」
「っ!?」
 私の負の思考の連鎖をぶった切ったのは、背後から掛けられた聞き慣れた声。
 そして、私が一番聞きたかった声。
 振り返るとそこには、開いた手の平に銀の指輪を乗っけたこなたが立っていた。
 傘も差さずに蒼い長髪を雨風に好き勝手させていた、今私が最も会いたくて、けれども会ってはいけない人。
「こなた……」
「これはかがみのだよ」
 立ち上がって向き直り、名前を呼ぶとこなたは真剣な、それでいて穏やかな目つきで私を見据えて右手を差し出してきた。
 その上には、弱々しくも輝きを放つ、少し汚れた指輪。
 しかし私はそれを受け取ろうとはしなかった。
 感謝や愛しさよりも、罪悪感が優った。
 私は震える身体に必死で命令し、この場から走り去った。
「!かがみっ!」
 すぐにこなたが反応して私を追いかける。
 元々の身体能力の差もあって、私は公園の門柱を潜る前にこなたに追いつかれた。
 別れを告げた時と同じように、手首を捕まれる。
「どうしてっ……追いかけてきたのっ」
 こなたの顔を見れずに、叫ぶように聞いた。
「かがみが……好きだから」
 その言葉は私に酷く突き刺さった。
 私だって、そうだ。
「だけどっ……!」
 入り混じる多様な感情で滅茶苦茶な事になっているであろう自分の顔を見せたくなくて、私はこなたに背を向けたまま声を張り上げる。
「私が、こなたやゆたかちゃんに迷惑を掛けてるんだよ?関係ない人達を巻き込んで……」
 動悸が激しい。胸が、苦しい。
「かがみは、この関係を止めたいの?」
「だって……」
「じゃあどうしてっ」
 御託を並べる私を遮るように声を荒げて、こなたは私を引き寄せた。
 潤んだ瞳のこなたと目が合う。
「かがみは泣いてるの?」
 何かが、砕けた。
 泣いてなどいない、つもりだった。
 ただそれは表面上の事で、心の中の事を言われたのかもしれない。
「確かにかがみの言ってる事は正しいよ。きっと誰も傷つかないわけじゃない」
 真摯な眼差しが私を逃さない。
「でも、それでも私には……かがみが必要なんだよっ」
 私達の涙腺が我慢の限界を迎えたのは、ほぼ同時。
 言葉だけでは伝えきれなくて、強く抱き締め合う。
 お互いの存在を確かめるように。
「う……うあぁぁぁぁ……こなたぁ……」
「かがみっ……かがみっ……うあ……」
 もうこなたしか見えない。こなたの声しか聞こえない。こなたの温もりしか感じない。
「ごめんなさい……ごめんねこなたっ……!」
「私こそっ……一人で全部抱え込ませちゃって、ごめんっ……!」
 溢れる気持ちを止める必要は、最初からなかったのだ。
 私もこなたがいないとダメなのだから。
 本当に大切なものは、今なのだから。
「もうっ……絶対に、離さない……からね……!」
「うんっ……かがみ、大好きっ……!」
 お互いに謝り合って、正直な気持ちをぶつけ合う。
 しとしと降り続く雨も、今は私達を祝福しているようだった。

 一方私の心は晴れ模様―――こなたという恒久の太陽を取り戻した。















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  • 番長並の鬼メンタルかと思いきや豆腐メンタルだった -- 名無しさん (2015-02-13 01:34:23)
  • やはり、かがみとこなたは運命
    共同体、永遠の伴侶です! -- チャムチロ (2012-10-19 22:16:46)
  • よかった,,,ほんとによかった!! -- 名無しさん (2010-08-29 13:41:42)
  • このシリーズを最初から見てたら想像もつかない展開ですね。GJ!!! -- 名無しさん (2010-07-27 16:54:47)
  • 愛を貫きましたね -- 名無しさん (2010-05-27 17:22:30)
  • いい話だ!!
    泣けるぅぅぅ!! -- 名無しさん (2008-06-01 23:08:51)
  • いい話しだった!
    -- 名無しさん (2008-01-17 18:57:40)
  • 俺も涙腺が決壊した -- 名無しさん (2008-01-14 23:49:40)

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