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伝わらない想い

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 生まれつき身体が弱い私は学校を休む事も少なくない。
 でも高校生になってからは出来るだけしないようにしている。
 少しでも一緒にいたいって思える人がいるから。





 伝わらない想い





「はぁ……」
 静寂が包む自室に息を吐き出す音だけが響く。
 平日の昼下がり、普通高校生は学校で勉学に励んでいる時間帯だが、私は一人ベッドに横たわり何度目か分からない溜め息をついていた。
 昨夜から体調を崩し今朝になっても熱が引かなかった為、私は学校を欠席する事になっていた。薬を飲んで睡眠を取ったからもう大分良くなったのだが、その分暇を持て余す結果となってしまった。
 傍らに置いてある体温計を取って体温を確かめる。頭痛や咳といった風邪と見受けられる症状はもうなくなったけど、念の為だ。上半身だけ起こしてケースを開けて中身を取り出す。
 ただでさえ暇なのに一分間待たされるのは何だかつまらない。何もしないでいる時間を物凄く長く感じるのは私だけじゃないだろう。
 でもボーっとしているよりはマシかな?でもこれって何かしている内に入るのかな?私は脇を押さえているだけだし……時間潰しにはなってないよね。
 色々と考えていたらまた頭が痛くなってきた。大人しく待っていようと私が苦笑い混じりに目を閉じると、丁度体温計が仕事を終えた事を知らせる電子音が聞こえた。
「三十六度九分か……」
 ディスプレイに表示されている数字を何となく読んでみる。何とも微妙な数値だろうか。
「ぶり返すといけないし……寝よう」
 誰にともなく呟いて、私は起こしていた上半身を倒して横になった。
 嫌でも私の視界を占領する、もう見慣れた天井の模様。鮮やかな白の輝きを放ち続ける電灯も幼少の頃からずっと見続けてきた。
 私は深い眠りに落ちるまで考え事をする習慣がある。一人で布団の中にいる事が多かったからだろう、他にする事もないし、思考することは夢の世界へと誘われるまでの繋ぎみたいな感じになっていた。
 今の時間だと……私のクラスは国語の授業の最中だろう。枕元の時計に目をやり、本日の日課を思い浮かべる。
 それからこの前、病床に就いた作者が家族の人に何度も降り積もった雪の深さを尋ねる、という内容の俳句を授業で習った事を思い出す。ちょっぴり状況が自分と似てるなと考えたので印象に残っていた。
 もっとも私の場合は人に何かを聞く事は滅多になく、考え事をするだけなのだけど。
 みなみちゃんや田村さん、パティちゃんは何してるかな。いや、授業を受けているだろうけど。
 休み時間に交わす、楽しい会話の風景を脳内に思い描く。
「学校行きたいなぁ……」
 明日になれば行けるだろうか。
 友達と話せる事を願いながら、私は瞼を落とした。

 目を覚ますと時刻は夕暮れ、世界が麗しい紅色に染められる時だった。
「んん~……」
 身体を起こして伸びをする。結構な時間寝ていたからか体調はすこぶる快調、昨晩の苦しみが嘘のようだった。
 そろそろお姉ちゃんも帰っている頃だろうか。私はベッドから降りて一階へと降りるべく部屋を後にする。
 一定の歩調で階段を下りリビングへ続く扉を引くと、食欲をそそる匂いが台所の方から漂ってきた。どうやらもう帰宅済みのようだ。
「お姉ちゃんお帰りなさい」
「おおゆーちゃん、ただいま」
 野菜を刻む包丁を持った手を止めて、お姉ちゃんが私の声に振り返った。
「具合は良くなったの?」
「うん、もう大丈夫だよ」
 元気になった事をアピールするように笑って力強く答える。
「もうちょっとで出来るから待っててね」
「うんっ」
 私が頷くと、お姉ちゃんはそれを見届けてから再び作業に戻った。邪魔になるといけないから、私は席について夕食を待つ事にする。
「おおゆーちゃん、もう身体の方は良くなったか?」
 それとほぼ同時におじさんが居間に姿を現した。入ってくるなり私を見て気遣いの台詞を掛けてくれる。お姉ちゃんと同じような反応に、やっぱり親子なんだなと思う。
「はい、もう大丈夫です」
 にこやかに答えるとおじさんは満足した様子で笑い返してくれた。そして私の向かい側の席に腰を下ろす。
「あ、そうだ、ゆーちゃん」
 湯気が立ち込める作業場からお姉ちゃんの声が飛んでくる。
「何?」
「プリント預かってきてるから私の鞄の中から取ってくれる?」
 火を使っていて目が離せないのか、背を此方に向けたまま私に伝えるお姉ちゃん。
「はーい」
 私はお姉ちゃんに聞こえるように返事をして、席を立つ。ソファーに置いてあった薄い鞄を開いてクリアファイルを手に取って、それから更に私のものと思われる書類を抜き取る。
 その弾みで中に入っていた紙切れがひらひらと宙を舞い地面に落ちた。
「あれ……?」
 見たところメモ帳を一枚ちぎった感じの紙だった。お姉ちゃんのものかとも思ったが、私はそれを拾い上げて表を見た。
 そこには綺麗な字でこう書かれてあった。
「ゆたかへ。泉先輩に今日配られたプリントを渡しておきました。本当は私が届けるつもりだったのだけれど、今日は用事があったからごめんなさい。また明日学校で。岩崎みなみ」
 記された文字が書き手の声となって脳内で再生される。
 私は頬が熱くなる感覚を覚えながら、プリントに目を通す。
 しかし内容は殆ど入ってはこなかった。
 私の頭は先程のみなみちゃんからの伝言の事でいっぱいだった。
 風邪は治ったはずなのに、何だか熱い。
「ご飯出来たよー」
「うひゃぁい!」
 不意に掛けられたお姉ちゃんの声に過剰反応してしまう。食卓を囲んでいる二人に少し変な目で見られたが、笑って誤魔化して私もその輪の中に入る。
「いただきまーす」
 揃って唱和したところで夕食が開始、私達はそれぞれの箸を持って食べ物を口へと運び始めた。
「ゆーちゃん、みなみちゃんからのメッセージ見た?」
 私がお肉を口内へ放り込もうとしたその時、お姉ちゃんが言った。
「うん、見たよ」
 私はなるべく平然を繕って答える。
 その言伝を見た時から、私は動悸が激しくなっているのを感じていた。
 嬉しさとは明らかに違う感情が私を支配する。
 心臓が脈打つ速度はとても速く、熱があるわけでもないのに上気する感じ。
 理由は多分、とっくの昔から私の中にあったんだと思う。
 それが、みなみちゃんの優しさに触れて表に出ようとしているだけ。

 夕食と入浴を済ませた私は、昼間もお世話になった自分用のベッドに身をあずける。
 仰向けになって目線の先にみなみちゃんからのメモを掲げる。
「みなみちゃん……」
 その名前を呼んでみても何が起こるというわけではなかった。強いて言えば、静かな室内に私の声が木霊するだけ。
 私が高校生になって初めて出来た一番のお友達。自分の事の表現が苦手だけれど、本当はとても心優しい恥ずかしがり屋な女の子。
 短く切り揃えたミントグリーンの髪、中性的な整った顔立ち、物静かな雰囲気。
 そのどれもが私には魅力的に映った。
 そうして時を重ねて、いつしかみなみちゃんに抱く感情は憧れや親しさといったものから、愛しさへと変わっていった。
 でもそれを知ったら、みなみちゃんはどう思うだろうか。
 女の子が女の子に恋愛感情を持つなんて普通はない事だ。
 だから私は知らず知らずの内にこの感情を心の中に封印していたのかもしれない。
 みなみちゃんに拒絶されるのが怖いから。
 でも、私は自覚してしまった。
 ―――この気持ちを隠し通せるだろうか。
 ―――それとも伝えるべきなのだろうか。
 私は部屋を出てお姉ちゃんの部屋に向かった。何となくだけど力になってくれそうな気がする。
「ドアが開いてる……」
 私が独り言を漏らしたとおり、お姉ちゃんの部屋のドアは開け放されていた。
 中を覗いてみると、お姉ちゃんの姿は何処にも見えなかった。
 悪いと思ったけど勝手に入らせて貰う。電気とパソコンがついたままの室内は、お姉ちゃんは恐らくお風呂に入っているのだろうと私に思わせた。私が上がってから大して時間も経ってないし、多分そうなのだろう。
「少し待ってみようかな……」
 そう呟きながら辺りを見回すと、私は机の上に放置してある本に目が留まった。単行本にしては大きいし雑誌にしては薄すぎる。
 見た事もない形の本に私は関心を惹かれて、ぱらぱらと頁を捲った。
「……!こ、これって……」
 繊細なタッチで描かれている二人の女の子が、抱き合ったりキスしたりしていた。
「う、うわぁ……!」
 話が進むにつれて、段々とエスカレートしていく二人。
「女の子同士の恋愛ってこんな感じなのかな……?」
 頬を真っ赤にしながら、私は当初の目的をすっかり忘れて読み耽っていた。
 そして私はいつの間にか、作中の人物を自分とみなみちゃんに置き換えていた。
 恥ずかしい台詞を囁く脳内の私とみなみちゃん。
「私とみなみちゃんはこんな関係じゃ……」
 口に出して否定してみるものの、私の手は止まらなかった。
 結局、私は登場人物を変更したまま最後まで読んでしまった。
 みなみちゃんの気持ちを無視しているって分かってても、自制出来なかった。
「こ、こんな事しちゃダメ……でも、ちょっと続きが気になるかも……」
「あ~、それはまだ続きが出てないから、次のコミケまで我慢だね」
「そ、そっか……って……」
 私のぼやきに丁寧に対応してくれた聞き覚えのある声。
「気に入ったかな?それ」
 恐る恐る振り向くと、口元をいつにも増して緩ませたお姉ちゃんの姿。
「お、お姉ちゃん……これは、その……」
 その場を何とか取り繕おうとする私に、お姉ちゃんは更ににやける。
「ゆーちゃんももう十六歳、こういうのにも興味を持ち始めるお年頃だもんね」
 私とは対照的ににこにこ笑っているお姉ちゃん。
「貸してあげようか?」

「借りてきちゃった……同人誌、って言うんだったっけ……」
 自分の机の椅子に腰掛け、お姉ちゃんから借りた同人誌の表紙に目をやる。
「結局目的は果たせなかったし……」
 呟き改めて見ると、表紙の絵も私の年齢で見てはいけない感じになっている。
 あの時気づけなかった事を感謝すべきか、悔やむべきか。
 ちょっとだけ感謝している自分がいた。
「でもこういうの読んだらいけないんだよね……何でお姉ちゃん持ってるんだろう」
 疑問は多々あるものの、考えたところで解消しそうにもなかったので、私はその事について思考を巡らせる事を中断する。
「……そうだよ!こういうの読んだらいけないんだよ!」
 数秒前何気なく言った自分の言葉でようやく気づく。偶然手に入れた事に感謝している自分を取り消すように頭を激しく左右に振る。
「ダメなんだよこんな事したら……」
 頭では理解しているのに、どうしても意識が本の内容に傾いてしまう。
 視界の両端には、ベッドと同人誌。このまま何もなかったかのように床に就いて明日の朝を迎えるか、もう一度読み返してみるか。
 散々迷った挙句、私は後者を選んでしまった。
「一回見たんだから、何回見てもいけない事には変わりないよね……」
 だったら読んでしまおうと、私の中の悪魔が理性を破壊した。
 人間の三大欲求の中にも優先順位があるのかな。そんなくだらない事を思いながら、私は禁断の世界へと再び足を踏み入れた。
 この話は、子供の頃から仲が良かった二人の女の子の内一人が、相手に抱く感情が友情以上のものだと悟って、勇気を出して告白したら相手も同じように想っていた、という筋道だった。
 それから身体を交えるシーンに移行するのだが、心理の描写がとても上手く私は一気に引き込まれてしまった。
 自分とみなみちゃんを重ねたのも、想いが通じ合う二人が羨ましかったからかもしれない。
 しかしこの世の中にどれほどの同性愛者がいるだろう。
 そしてみなみちゃんがその一握りの人種に入っていて、なおかつその相手が私である可能性は、果たしてあるのだろうか。
 一概にないとは言えないが、ないに等しいと言っても過言ではないだろう。
 その可能性は限りなく零に近いのだ。
 だったら私の胸に秘めているこの気持ちは、伝えない方が良い。
 受け入れられなかった気持ちが暴走し出すかもしれない。みなみちゃんが拒否するかもしれない。
 どういった形になるかは分からないけど、確実に今の関係を壊してしまう。
 それでみなみちゃんと離れ離れになるくらいなら、今のままで良い。
 私はパタンと本を閉じて、机の上に置いた。
 叶わない理想にこれ以上自分と思い人を重ねても、虚しくなるだけだった。
「寝よう……」
 ベッドに潜り布団を被る。
 しかし、身体を寒さから守る事は出来ても、心を守る事は出来なかった。
 抑えようと思っても溢れ出してしまうほど、みなみちゃんが好きになっていたから。
「みなみちゃん……大好きだよ……」
 でも、みなみちゃんは―――
 この恋は、きっと私からの片道で終わるのだろう。
 好きになるのは簡単なのに、好きになって貰うのはこんなにも難しい。
 全て諦めてしまった方が楽なのかもしれない。無駄に傷つかなくて済むかもしれない。
 色々な事考えると諦めたい、けどそれと同じくらい諦めたくない。
 臆病で弱気な私は、思考の迷宮にありもしない出口を見出そうとしていた。
 最も簡単で、誰も傷を受けない選択肢が目の前にあるのに。
 告白する勇気もないくせに、私はそれを選ぼうとはしなかった。






 偽れない気持ちに続く












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  • この作者さんは、とても文章が
    綺麗で読みやすいです。 -- チャムチロ (2012-10-22 07:33:20)

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