「うらっしゃー!」
大晦日が近付き、世界中が来たるべき新年に向けて動き出している12月26日。
私はいつものようにこのアニ研部室で、黙々と原稿に向かっていた……はずだった。
すでに冬休みに突入していたため、校舎に人影は少なかった。顧問の桜庭先生に頼んで、特別に教室を開けてもらっている。
「OH! ヒヨリ、アれてマスネー。シュークリームブンでもキラしましたカ?」
「だって、冬コミ本番はもう明日なんだよ? なのに、現地で配るフリーペーパーのイラストが……」
「全然仕上がらないの? ひよりん、静かに作業できる環境が整えば、すぐにでも完成できるって言ったじゃん」
こうちゃん先輩が怪訝そうな表情で私の原稿を覗きこむ。
「頼むよ、ひよりん。二時間後には仕上げてないと、今日中には現地に向かって、色々作業も残ってるのに。
それコピーするのだって、結構時間かかるのわかるよね? コンビニ、今ごろ行列出来まくってるよ?」
「わ、わかってるっスよ。わかってるからこんなにテンパってるんじゃないっスか」
そう。12月26日がどういう日なのか……知らないオタクはいない……はず。
日本中のオタクが心待ちにしている、冬コミの前日だった。もちろん、ご多分に漏れず私達も参加する。
それもお客としてではなく、サークルとしてだった。私の参加するサークルも、ここにきて結構名が知られるようになり。
壁サークルとまではいかなくても、熱心な固定客がつくくらいには有望なサークルとして認知されるようになっていった。
すでに新刊そのものは完成していて、ビッグサイトに搬入済みだった。ただ、フリーペーパーだけが完成を遅らせていた。
時刻はお昼の一時を回ったところで、私達は朝から教室に入り浸っていた。本来なら昨日のうちに完成する予定だったんだけど……。
「ヒヨリ、ここはマヨわず、このキャラとこのキャラのカラミでもカいておくといいデスヨ?」
パティが指したのは、今回私達が出す新刊の元ネタに出てくる、イケメンキャラ二人だった。
「パティ。今回私達が出すのは、BLじゃなくてノーマル本っスよ」
「ワカッテマス。でも、サイキンのヒヨリ、BLカカナすぎデス」
「そうだな~。『アレ』からずっとノーマル本のほうが割合大きいもんね」
「ヒヨリは、フジョシとしてのプライドをワスれてしまいマシタカ?」
アレ、アレか……こうちゃん先輩の言葉で、私はさらにため息を吐いた。
たしかに私はここ一年で、めっきりBLや百合を描くことが少なくなっていた。全く描いていないわけでもないんだケド。
その代わりにノーマルカップリングが主を占めるようになって、そんな私にパティは不服があるらしい。
「そうデスヨ。ボーイフレンドがデキたくらいで、ナゼノーマルばっかりになりましタカ?」
「そ、そんなの、私だってわかんないよっ。私の中ではノーマルに萌えブームきてるんだからしょうがないでしょ?」
「OH。オタクとレンアイは、ヤッパリマジワってはならないモノなのデス。ヒヨリにもいつか、バツがやってキマスヨ?
ゲンダイブンカシカクケンキュウカイみたいに、スムーズにはいかないのデスヨ。オタクのコイはイバラミチなのデス」
「……」
オタクと恋愛は、交わってはならない、か……パティの言葉が、私の胸に響いた。
私が今こうして原稿に中々力を出せない理由、本来なら昨日ですでに終わらせられていたはずの原稿にここまで手こずる理由。
「ねえひよりん。これは漫画じゃないよ? イラストだよ? なんでそこまで悩む必要があるの?」
こうちゃん先輩の意見はごもっとも。でも、今の私は目の前の原稿以外にも、頭の痛い話があるんです。
大晦日が近付き、世界中が来たるべき新年に向けて動き出している12月26日。
私はいつものようにこのアニ研部室で、黙々と原稿に向かっていた……はずだった。
すでに冬休みに突入していたため、校舎に人影は少なかった。顧問の桜庭先生に頼んで、特別に教室を開けてもらっている。
「OH! ヒヨリ、アれてマスネー。シュークリームブンでもキラしましたカ?」
「だって、冬コミ本番はもう明日なんだよ? なのに、現地で配るフリーペーパーのイラストが……」
「全然仕上がらないの? ひよりん、静かに作業できる環境が整えば、すぐにでも完成できるって言ったじゃん」
こうちゃん先輩が怪訝そうな表情で私の原稿を覗きこむ。
「頼むよ、ひよりん。二時間後には仕上げてないと、今日中には現地に向かって、色々作業も残ってるのに。
それコピーするのだって、結構時間かかるのわかるよね? コンビニ、今ごろ行列出来まくってるよ?」
「わ、わかってるっスよ。わかってるからこんなにテンパってるんじゃないっスか」
そう。12月26日がどういう日なのか……知らないオタクはいない……はず。
日本中のオタクが心待ちにしている、冬コミの前日だった。もちろん、ご多分に漏れず私達も参加する。
それもお客としてではなく、サークルとしてだった。私の参加するサークルも、ここにきて結構名が知られるようになり。
壁サークルとまではいかなくても、熱心な固定客がつくくらいには有望なサークルとして認知されるようになっていった。
すでに新刊そのものは完成していて、ビッグサイトに搬入済みだった。ただ、フリーペーパーだけが完成を遅らせていた。
時刻はお昼の一時を回ったところで、私達は朝から教室に入り浸っていた。本来なら昨日のうちに完成する予定だったんだけど……。
「ヒヨリ、ここはマヨわず、このキャラとこのキャラのカラミでもカいておくといいデスヨ?」
パティが指したのは、今回私達が出す新刊の元ネタに出てくる、イケメンキャラ二人だった。
「パティ。今回私達が出すのは、BLじゃなくてノーマル本っスよ」
「ワカッテマス。でも、サイキンのヒヨリ、BLカカナすぎデス」
「そうだな~。『アレ』からずっとノーマル本のほうが割合大きいもんね」
「ヒヨリは、フジョシとしてのプライドをワスれてしまいマシタカ?」
アレ、アレか……こうちゃん先輩の言葉で、私はさらにため息を吐いた。
たしかに私はここ一年で、めっきりBLや百合を描くことが少なくなっていた。全く描いていないわけでもないんだケド。
その代わりにノーマルカップリングが主を占めるようになって、そんな私にパティは不服があるらしい。
「そうデスヨ。ボーイフレンドがデキたくらいで、ナゼノーマルばっかりになりましタカ?」
「そ、そんなの、私だってわかんないよっ。私の中ではノーマルに萌えブームきてるんだからしょうがないでしょ?」
「OH。オタクとレンアイは、ヤッパリマジワってはならないモノなのデス。ヒヨリにもいつか、バツがやってキマスヨ?
ゲンダイブンカシカクケンキュウカイみたいに、スムーズにはいかないのデスヨ。オタクのコイはイバラミチなのデス」
「……」
オタクと恋愛は、交わってはならない、か……パティの言葉が、私の胸に響いた。
私が今こうして原稿に中々力を出せない理由、本来なら昨日ですでに終わらせられていたはずの原稿にここまで手こずる理由。
「ねえひよりん。これは漫画じゃないよ? イラストだよ? なんでそこまで悩む必要があるの?」
こうちゃん先輩の意見はごもっとも。でも、今の私は目の前の原稿以外にも、頭の痛い話があるんです。
*
私が彼と付き合って、一年と少しが経とうとしている。私も彼も、二年生になっていた。
私の秘密のノートを彼に見られてしまったことから、私と彼に接点が生まれて、どちらともなく惹かれあって、
まあ色々あって、たくさんの人達の力も借りて……めでたく私達は付き合うことになって。私にとっては初めての彼氏だった。
私のように趣味をあけっぴろげにしているオタクは、なかなか恋人を作りにくい。まず、理解があっても、拒絶が多いから。
それは女でも男でも同じところで、特に相手にパンピー……一般人を選ぶとその難易度は急激に高くなる。
私の彼もまた、オタクとは程遠い世界に生きていた人で……過去のちょっとしたトラウマもあって、臆病になっていた私だったけれど。
彼が私の全てを受け入れてくれたとき、何の誇張でもなく生涯で一番の幸せを感じた。後ろめたい趣味だからこそ、尚更だった。
まさか私に人並みの恋愛が出来る日が訪れるなんて、それほど大きな期待もしていなかったから……この恋を大事にしてきたつもりだ。
たしかに何度かケンカもすることはあったけれど、その度によりが戻っては前よりも仲良くなって。そんな風に過ごしてきた一年。
一昨日、12月24日。私達は二人で過ごす二度目のクリスマスイブの夜を迎えて、彼の部屋で楽しくおしゃべりをする……予定だった。
『今夜は、僕と一緒にいられるんだよね?』
冬コミの準備も一段落終えて、あとはフリーペーパーのイラストをちゃっちゃと描くだけになっていた私にかかってきた彼からの電話。
久しぶりの電話だった。彼氏との予定よりも冬コミへの活動を重点に置いた日々がしばらく続いていて、お互いにお互いを渇望していた二人。
私も久しぶりに彼と触れたくて、24日だけは彼のためだけに予定を組んでいた。クリスマスイヴくらいは、恋愛に溺れたいのは当然だった。
「うん。今日は約束通りに、あの時間にいつもの場所でね。遅刻したらダメだよ?」
『大丈夫だって。すごく楽しみだよ。それに、久しぶりにひよりの声が聞けて嬉しいな』
ひより……彼が私を呼び捨てにするようになって、半年が経つ。恋人の声が聞けて嬉しかったのは私だって同じで。
イベントの度にその準備に終われて彼と連絡や接触が取りにくくなる。それは同人描きの宿命として、彼も受け入れてくれていた。
私はその度に彼に謝り、彼はその度に笑って私を応援してくれて、私もそれに甘えるようになっていた。その優しさを信頼しきっていた。
「私も……キミの声が聞けて嬉しかった。じゃあ」
「ひよりん、大変だよ!」
私達の久しぶりの愛の通話を邪魔したのは、息を切らして駆け抜けてきたこうちゃん先輩の大声だった。
「ごめん、ちょっと待って……どうしたんですか、先輩」
「ビックサイトのほうで、搬入ミスが起きたって! すぐに一緒に現地に向かって!」
「えっ……で、でも」
『どうしたの? ひより、大丈夫?』
彼の心配そうな声と、こうちゃん先輩の切羽詰った顔。私は一瞬混乱したけれど、すぐに状況を把握する事ができた。
「えと、今すぐに行かないとダメっスか?」
「そうだよ。サークルのメンバーがいないことにはお話にならないみたいで……ゴメンだけど、今夜は潰れるもんだと思って」
ここで「イヤです」と断ることも出来たかもしれない。実際、私もショックが大きくて、本当は彼とのデートを優先したかった。
しかし、彼はこういったことをいつも許容してくれて、そのことへの甘えがこの日の私の判断を誤らせてしまう事になった。
「……ご、ごめんねー……。今日のデート、無理になったみたい」
『え?』
戸惑う彼に私は事情を説明した。彼は無言のまま私の説明を聞いて、しばらく考えてから口を開いた。
『断れないの? 何時に終わるかわかる? 僕、何時でもいいから待つよ。それとも迎えに行ったほうがいいかな?』
「今夜は丸々潰れそうなんだ……意外と、面倒くさいもので」
『じゃあ明日は?』
「無理、かな……フリーペーパーも仕上げたいし、委託のサークルさんとの話し合いもあるから……本当にごめ」
『……なんだよ、それ』
もしかして彼は今まで、笑って私を応援してくれてはいたけれど、胸の内には不満をたくさん蓄積させていたのかもしれない。
初めて漏らした彼の不満に、許されて当たり前とばかり思っていた私は驚きを隠せなくて、しかも横では私を急かすこうちゃん先輩。
彼の気持ちを考える余裕もなかった私は、しなくてもいい余計な反論になぜか立ち回ってしまっていた。
それなりに期待されていたサークルだったことのプレッシャーもあったのかもしれない。とにかく、あのときの私は愚かだった。
『せっかくのクリスマスイヴくらい、同人のことなんか忘れてもいいじゃないか』
「しょ、しょうがないよ! それに同人のことなんかって言うけれど……」
あとは売り言葉に買い言葉。このときの私は、彼が私の趣味を全て理解して何でも受け入れてくれているとばかり勝手に思い込んでいて。
その通話を最後に私と彼は連絡をとっていなかった。電話もメールも、どちらからも送っていない。
これまでで一番、深刻なケンカだった。落ち着いて彼の気持ちを考えれば、申し訳ないという気持ちが沸いてくる。
でも、私の趣味を理解してくれていたはずなのに……という気持ちもあって、素直に謝ることにも戸惑いを感じてしまう。
後悔と意地。謝罪と疑念。結局微妙なモヤモヤが私の中に残ったまま、私は最後の原稿を仕上げられないでいた。
私の秘密のノートを彼に見られてしまったことから、私と彼に接点が生まれて、どちらともなく惹かれあって、
まあ色々あって、たくさんの人達の力も借りて……めでたく私達は付き合うことになって。私にとっては初めての彼氏だった。
私のように趣味をあけっぴろげにしているオタクは、なかなか恋人を作りにくい。まず、理解があっても、拒絶が多いから。
それは女でも男でも同じところで、特に相手にパンピー……一般人を選ぶとその難易度は急激に高くなる。
私の彼もまた、オタクとは程遠い世界に生きていた人で……過去のちょっとしたトラウマもあって、臆病になっていた私だったけれど。
彼が私の全てを受け入れてくれたとき、何の誇張でもなく生涯で一番の幸せを感じた。後ろめたい趣味だからこそ、尚更だった。
まさか私に人並みの恋愛が出来る日が訪れるなんて、それほど大きな期待もしていなかったから……この恋を大事にしてきたつもりだ。
たしかに何度かケンカもすることはあったけれど、その度によりが戻っては前よりも仲良くなって。そんな風に過ごしてきた一年。
一昨日、12月24日。私達は二人で過ごす二度目のクリスマスイブの夜を迎えて、彼の部屋で楽しくおしゃべりをする……予定だった。
『今夜は、僕と一緒にいられるんだよね?』
冬コミの準備も一段落終えて、あとはフリーペーパーのイラストをちゃっちゃと描くだけになっていた私にかかってきた彼からの電話。
久しぶりの電話だった。彼氏との予定よりも冬コミへの活動を重点に置いた日々がしばらく続いていて、お互いにお互いを渇望していた二人。
私も久しぶりに彼と触れたくて、24日だけは彼のためだけに予定を組んでいた。クリスマスイヴくらいは、恋愛に溺れたいのは当然だった。
「うん。今日は約束通りに、あの時間にいつもの場所でね。遅刻したらダメだよ?」
『大丈夫だって。すごく楽しみだよ。それに、久しぶりにひよりの声が聞けて嬉しいな』
ひより……彼が私を呼び捨てにするようになって、半年が経つ。恋人の声が聞けて嬉しかったのは私だって同じで。
イベントの度にその準備に終われて彼と連絡や接触が取りにくくなる。それは同人描きの宿命として、彼も受け入れてくれていた。
私はその度に彼に謝り、彼はその度に笑って私を応援してくれて、私もそれに甘えるようになっていた。その優しさを信頼しきっていた。
「私も……キミの声が聞けて嬉しかった。じゃあ」
「ひよりん、大変だよ!」
私達の久しぶりの愛の通話を邪魔したのは、息を切らして駆け抜けてきたこうちゃん先輩の大声だった。
「ごめん、ちょっと待って……どうしたんですか、先輩」
「ビックサイトのほうで、搬入ミスが起きたって! すぐに一緒に現地に向かって!」
「えっ……で、でも」
『どうしたの? ひより、大丈夫?』
彼の心配そうな声と、こうちゃん先輩の切羽詰った顔。私は一瞬混乱したけれど、すぐに状況を把握する事ができた。
「えと、今すぐに行かないとダメっスか?」
「そうだよ。サークルのメンバーがいないことにはお話にならないみたいで……ゴメンだけど、今夜は潰れるもんだと思って」
ここで「イヤです」と断ることも出来たかもしれない。実際、私もショックが大きくて、本当は彼とのデートを優先したかった。
しかし、彼はこういったことをいつも許容してくれて、そのことへの甘えがこの日の私の判断を誤らせてしまう事になった。
「……ご、ごめんねー……。今日のデート、無理になったみたい」
『え?』
戸惑う彼に私は事情を説明した。彼は無言のまま私の説明を聞いて、しばらく考えてから口を開いた。
『断れないの? 何時に終わるかわかる? 僕、何時でもいいから待つよ。それとも迎えに行ったほうがいいかな?』
「今夜は丸々潰れそうなんだ……意外と、面倒くさいもので」
『じゃあ明日は?』
「無理、かな……フリーペーパーも仕上げたいし、委託のサークルさんとの話し合いもあるから……本当にごめ」
『……なんだよ、それ』
もしかして彼は今まで、笑って私を応援してくれてはいたけれど、胸の内には不満をたくさん蓄積させていたのかもしれない。
初めて漏らした彼の不満に、許されて当たり前とばかり思っていた私は驚きを隠せなくて、しかも横では私を急かすこうちゃん先輩。
彼の気持ちを考える余裕もなかった私は、しなくてもいい余計な反論になぜか立ち回ってしまっていた。
それなりに期待されていたサークルだったことのプレッシャーもあったのかもしれない。とにかく、あのときの私は愚かだった。
『せっかくのクリスマスイヴくらい、同人のことなんか忘れてもいいじゃないか』
「しょ、しょうがないよ! それに同人のことなんかって言うけれど……」
あとは売り言葉に買い言葉。このときの私は、彼が私の趣味を全て理解して何でも受け入れてくれているとばかり勝手に思い込んでいて。
その通話を最後に私と彼は連絡をとっていなかった。電話もメールも、どちらからも送っていない。
これまでで一番、深刻なケンカだった。落ち着いて彼の気持ちを考えれば、申し訳ないという気持ちが沸いてくる。
でも、私の趣味を理解してくれていたはずなのに……という気持ちもあって、素直に謝ることにも戸惑いを感じてしまう。
後悔と意地。謝罪と疑念。結局微妙なモヤモヤが私の中に残ったまま、私は最後の原稿を仕上げられないでいた。
*
結局、以前に描き溜めてPCに保存しておいたイラストを載せることで、フリーペーパーの問題は解決した。
私達はビックサイトの近くに安いホテルを予約していた。泊まり込みは、参加者の基本中の基本だった。
現地に向かうバスの中で、こうちゃん先輩は終始不機嫌そうな顔をしていた。すでに三年になっていたこうちゃん先輩からすれば、
アニ研部員として最後のコミケ参加でまさかの手抜きをすることになるなんて思わなかったに違いない。私には謝ることしか出来なかった。
「ねえ、ひよりん」
「な、何っスか?」
「明日からの本番でもそんな顔してたら、許さないからね」
「……すんません」
「ダイジョウブデス、ヒヨリ! あのクウキをスって、ヒヨリがゲンキにならないハズ、アリマセン! サンソのウスさでハイに!」
バスの窓から見える空は、大事なイベントの前日にはとてもふさわしくないくらい、今にも振り出しそうな曇天模様だった。
毎年興奮で眠れないくらいテンションが上がっているはずのこの日、私の心は空を映しているかのように沈んでいた。
「現地についたらまず、ひよりんはホテル近くのコンビニでフリーペーパーのコピーをすること。パティは買い出しね」
「先輩は?」
「私はまあ、野暮用があるんだよ」
こうちゃん先輩は私の顔を見ずに答えた。沈黙が走るバスの中では、腐女子の外国人だけがテンションが高い。
「ヒヨリ、いつものテンションはどうしたデスか? あっ、いまビックサイトがチラッとミエたデスネ!」
バスを降りると、街にはすでに小雨が降り注いでいた。このままだといつ強さを増すかわからない。私達は急いで別行動を取った。
(大丈夫かな……私、明日笑顔でいられるかな。イベントに集中できるかな……)
コンビニのコピー機から印刷されたフリーペーパーが次々と出てくる様子をじっと見つつ、私は考えていた。
(やっぱり、会いたい。彼に会って、きちんと謝りたい。でも今の私は彼に会えない)
メールや電話よりも面と向かって、今一番言いたい言葉を口にしたい。そうでもしないと、余計な考えが湧いてふんぎりがつかないから。
さすがに今から彼の前に向かうことは出来ない。しかし、冬コミが始まってしまえばまた、仲直りがズルズルと先延ばしになる。
(それに……彼は今更私の前に現われてなんかくれない。私は、彼より趣味を優先したんだから)
ほんの僅かだって可能性が存在しない、つまらない望みだった。何が楽しくて、こんなところまで彼がやってくるというのだろう。
もしかしたら、もう二度と彼は私に愛情を注いでくれないかもしれない。同人女と付き合っていく気持ちは萎えてしまっているかも。
(また、悪い方向に考えちゃってる。妄想だったら、自分が幸せに感じる方向にしか考えないくせに……)
でももしも……そんなことを考えて、不安と悲しみは胸の中で一層大きさを増していく。
せめて明るい内容のメールや電話なり、一件でも彼から来たならば私はだいぶ救われる。ならばなぜ私は、自分から送らないんだろう。
(結局最後まで、私の趣味で彼を困らせて、我慢させて、甘えちゃってるな……)
涙腺が緩むのを感じて、私はぐっと顔をしかめた。コピーはすでに9割方終わろうとしている。
「……明日はもっと頑張らないといけないっスね」
コピーが終わった。大量に増えたフリーペーパーを封筒に閉まって、傘を購入してからコンビニを出た。
ホテルのチェックインをしなければ……外はすでに本降りになっていて、靴下が濡れるのを覚悟しなければならなかった。
「うわ~……最悪っスね……フリーペーパーだけでも死守せねば……!」
とても防ぎきれるとは思えなくても、私はビニール傘を広げて、パツンパツンになった封筒を胸に抱えて走り出した。
(ホテルはそう遠くないっス! あの歩道橋を渡って、ちょっとだけ走れば……!)
水たまりをバシャバシャと踏みつけて、靴下がビショビショになるのも構わず私は走る。ホテルで着替えればいいだけのことだった。
足もとの悪い中で傘を刺したまま、しかも結構な重さになった封筒を抱えてのダッシュだったので、とてもバランスは悪かった。
(来た、歩道橋っス! ここを抜けたらもうホテルは目の前――)
封筒を抱く手が少しばかりきつかったけれど、耐えられないほどじゃない。歩道橋の階段を数段昇った。
そのときだった。ガキンという音と共に私の身体が後方へと引き寄せられる。
傘が歩道橋の手すりに引っかかった。勢いよく走っていた分、私の身体は大きくバランスを崩した。傘から手が離れた。
防ぐものを無くして、雨粒がダイレクトに私の身体に降り注ぐ。倒れかけた身体を必死に整えるために、私は手すりに手を伸ばす。
「――っと、あっ……!」
封筒を抱き締めていた手の力がふいに緩んだ。しまったと思ったときにはもう遅く、封筒は私の手から落ちて、階段を転がる。
その勢いで、封筒からフリーペーパーが流れ出て、雨に濡れた歩道橋の階段に散乱する。私は心臓が冷えていくのを感じた。
「あっ、ダメっ! やだっス! いやだ、いや、ああ……」
私は散らばって雨に濡れたフリーペーパーを必死にかき集めた。すでに下着までグショグショになって、雨粒が頭からボトボトと流れる。
眼鏡がずり落ちて階段を転がったけれど、私にそれを気にする余裕はなかった。雨粒は痛いくらいに私の身体を打っている。
「お願いっ! やめて、もう、やめて……」
雨の中でも、道行く人の視線を感じた。笑い声も聞こえる。また、こうちゃん先輩やパティにも迷惑をかけるハメになってしまった。
インクが滲んで破れかけたフリーペーパーを何枚も握り締め、私は抑えきれずに、歩道橋の階段でポロポロと涙を零していた。
(ごめんなさい、先輩、パティ……私、またみんなに……)
私は何をしてるんだろう。彼には嫌われて、そうまでして選んだ道で、今はこんな不様な形で濡れ鼠になっている。
自分がひどく滑稽に思えた。でも、それに笑うよりも今は涙が止まらない。外でなければ、声もあげていたかもしれない。
どうしようもないほどの寂しさの中に、突き落とされたような気分になった。その瞬間、私の中にひとりの顔がよぎる。
(もしかしてこれは、彼をないがしろにした私の罰なのかも……)
私は歯をギリギリと鳴らして、階段に出来た水溜りの中に力なく座り込んだ。もう一歩だって、動く気力がなかった。
「寂しいよ……会いたいよ……ごめんなさいって、言いたいよ……」
こうちゃん先輩やパティよりも、彼に謝りたいという気持ちのほうが強くなった。私の口からは自然と言葉が漏れた。
雨の音も車の音も通行人が囁く声も、聞こえなくなっていった。このまま身体が雨に流されていきそうになっている。
「もうこんなのいやだ……こんな気持ちのままでいたくないよ……」
濡れたフリーペーパーを握る手に、ぎゅっと力が込もった。この問題をどうしようなどとは、とても考えられなかった。
ふと、私の身体を容赦無く打っていたはずの雨の攻撃が止まった。けれど、急に雨が止んだわけでもなかった。
私はばっと顔をあげて、涙目のままそれを見上げる。傘……傘が私を雨粒から守っている。
そして私に傘を刺してくれているのは、見覚えのある顔。見覚えだけじゃない――今一番会いたくて、今一番愛しい顔。
「ひより、大丈夫?」
「……嘘。なんで?」
彼は少しかがんで濡れた私の体を片腕だけで抱きしめると、ぐっと引き上げて立たせてくれた。突然のことなのでされるがまま。
「このままだと風邪をひく。ホテルはむこうでいいんだよね?」
「え……う、うん。で、でも、フリーペーパー……」
「それは後でもいいから、とりあえずホテルにいこう」
そう言うと彼は私を自分の胸へとギュっと抱き寄せ、足元に気を使いながらも急ぐように、歩道橋を渡った。
彼の胸に顔を押し付けながら、彼の腕の締め付けるような強い感触に、心の中の何かが氷解していくのを感じていた。
ホテルにつくまでの数分の間、お互いに何も言わず、私は彼の身体にぎゅっとしがみついていた。
ホテルのロビーにつくと、私達の姿を見たフロントの人が、奥へと消えてバスタオルを持ってきてくれた。
「たしか、八坂先輩の名前で予約してるんだよね」
「そ、そうだけど……どうして知ってるの?」
「後で話すよ。ちょっと待っててね」
彼は私の代わりにチェックインを済ませてくれた。しかし、宿泊予定じゃない客でも、どうしてチェックインができたのかわからない。
ルームキーを預かると、私達は急いで部屋へと向かった。一人一泊7000円、ツインベッドのビジネスホテルだった。
「ね、ねえ。どうしてチェックインできたの?」
「予約が八坂先輩の名前だからさ。『八坂こう』って、どっちの性別にも使えるだろ? 予約のときに性別までは言わなかったみたい」
「そっか……もしかして、こうちゃん先輩に会ったの?」
「ん、まあね……それよりも、風邪ひいちゃうからシャワー浴びてよ。僕はこれをコピーしてくるから」
彼がすっと差し出して見せたのは、私が落としたフリーペーパーの入った封筒だった。
「あれだけたくさん入ってたんだ。たしかにほとんど中身は出ちゃったけど、封筒の中には何枚かまだ大丈夫な物があったよ。
それをまたコピーすれば、明日までには間に合うはず。ホテルまで近い距離だけどタクシーを使えばもう濡れないで済むだろうし」
そう言って微笑むと彼は部屋を後にしようとする。そのとき私はとっさに「待って!」と叫んでいた。
振り向いた彼の胸めがけて顔を埋めると、私は彼が濡れてしまうことに気を回せないまま、濡れた身体でギュッと彼に抱きついた。
彼は何も言わずに、私を抱き返す。しばらくそうしていると、シャワーを浴びたわけでもないのに身体が温まっていくようだった。
「ごめんね。ごめんね。私、キミの気持ち何も考えずに、自分のことばかりで……」
「……僕もごめん。ひよりだって寂しいんだって、わかっていたはずなのに」
それから彼は私のおでこにそっと口付けすると、子供に言い聞かせるように優しく「お風呂入ってね?」と言った。私はただ頷く。
彼が部屋を後にして、私は浴槽とシャワーと洋式トイレが簡単に備え付けられただけの浴室で、身体を温めた。
まだ何も、問題は解決していない。なのにシャワーを浴びていた私からは、不安や寂しさまで流されていくようだった。
下着とガウンを着ると、私は暖房を着けてベッドに腰掛けた。しばらく待っていると、彼が封筒とレジ袋を持って帰ってきた。
「……ご飯、買ってきたよ」
彼は微笑んで、私も微笑んで、私達はしばらく黙々と彼が買ってきたパンやらおにぎりやらを口に運んでいた。
それも全て食べ終えると、彼はふうと一息ついて、話を切り出した。
「メール、しようかと思った」
「えっ」
「電話も、しようかと。すぐにでも謝りたかった。でも、ひよりは忙しそうにしていたから……邪魔になったらどうしようかなって」
「邪魔なんかじゃないよ……私もずっと、キミからの連絡を待ってた。あっ、別に謝ってほしいとか思ってたわけじゃないよ?
でも、私から連絡しようと思っても、色々と怖くって。でも、キミと連絡できないと、それが一番不安で、何も手につかなくなって」
「聞いてるよ。僕のことでずいぶん……アニ研に迷惑をかけちゃったみたいだね」
「迷惑なんて、そんな……あれっ、それもこうちゃん先輩から?」
「うん。今日、八坂先輩からこの近くに呼び出されていたんだ。ひよりの様子がおかしいのは、あんたのせいだろうって、はっきりと。
そのせいでアニ研に迷惑がかかっている。でもそれ以上に、ひよりが冬コミを心から楽しむ事ができないのが、一番かわいそうだってね」
「こうちゃん先輩が、そんなこと……」
バスの中で言っていた野暮用とはこのことだったんスね……自分がアニ研として最後の参加なのに、私のことを考えてくれていたなんて。
本当に素晴らしい先輩だと思った。ああいう人が先輩で本当に良かった。卒業してしまうことが、実に惜しいくらいに。
「そして、僕にこのホテルに向かうように言ったんだ。そこにひよりがいるからって。正直、自分が情けないと思ったよ。
どうしてそれを、他人に言われてじゃなくて、自分の考えで行わなかったんだろうって。でも、八坂先輩には感謝してる」
「えへへ……自慢の先輩っスからね~」
「ひよりからすれば一回一回のイベントが、すごく大事なんだよね。それなのに、僕はそれを尊重できないないんて」
「そっ、それだけじゃないよ!」
「えっ?」
「私からすれば……キミとのイベントだって、一回一回、全部大事だよ……」
「ひより……」
自分で言っておきながらこれは恥ずかしい。本音だからどうしようもないんだケド……。
「だから……本当はクリスマスイヴも一緒にいたかった。でもあのときは混乱してて、キミの気持ちを全然考えてあげられなくて」
「ううん。僕だって、ひよりが困っていることぐらいわかっていたはずなのに、つい勢い任せに文句を言っちゃったんだし」
「あの……きちんと言う、ね……ごめんね」
彼はまた私を抱き寄せると、小さな声で「こっちも、ごめん」と囁いた。私にはそれ以上、何もいらなかった。
胸の痞えはようやく全て取れた。多分、二人とも。私達がお互いに、お互いを思いあえていないわけなんて、あるはずなかったのに。
彼はそれから私の唇を塞いできた。蕩けそうな熱いキスだった。ガウンに下着だけの薄着でも、熱を逃がさないほどの熱い口付け。
そうだ。私は今、彼の前でガウンに下着という恥ずかしい格好だったんだ。なんとなく、忘れてしまっていた。今ごろ恥ずかしい。
でも、全くイヤな気分はしない。彼の唇の感触を味わいながら、少しばかり考えたけれど、やがて胸の中で小さな決心をつけた。
「あ、あの……」
「どうしたの、ひより?」
「ク、クリスマスのイヴときね? ……私、なんとなく覚悟してたんだ」
「覚悟?」
「私達って、付き合ってもう……一年以上だし。でも、今まで抱き合うとかキスとかしかしたことない……よね?」
「うん……あっ」
私の言いたい事に気付いたようで、彼は顔を真っ赤にした。もちろん、私だって真っ赤になっているだろう。
しかし、私もまさか自分からそういった方向に誘うだなんて思わなかった。いや、誘ってほしくてたまらなかったのかな……。
「あっち系のゲームの女の子とかって簡単に……あげちゃったりするケド、やっぱりリアルになるとちょっと怖いっていうか。
でも、リアルだとクリスマスとかってそういうイベント、多いっていうし、それに、キ、キミだったら、私はその……」
「えと……その……」
「クリスマスの分……取り戻しても、いいかな?」
「ひより……それは僕からお願いすることだよ」
「……シャワー、浴びてきてほしいかな」
私達はビックサイトの近くに安いホテルを予約していた。泊まり込みは、参加者の基本中の基本だった。
現地に向かうバスの中で、こうちゃん先輩は終始不機嫌そうな顔をしていた。すでに三年になっていたこうちゃん先輩からすれば、
アニ研部員として最後のコミケ参加でまさかの手抜きをすることになるなんて思わなかったに違いない。私には謝ることしか出来なかった。
「ねえ、ひよりん」
「な、何っスか?」
「明日からの本番でもそんな顔してたら、許さないからね」
「……すんません」
「ダイジョウブデス、ヒヨリ! あのクウキをスって、ヒヨリがゲンキにならないハズ、アリマセン! サンソのウスさでハイに!」
バスの窓から見える空は、大事なイベントの前日にはとてもふさわしくないくらい、今にも振り出しそうな曇天模様だった。
毎年興奮で眠れないくらいテンションが上がっているはずのこの日、私の心は空を映しているかのように沈んでいた。
「現地についたらまず、ひよりんはホテル近くのコンビニでフリーペーパーのコピーをすること。パティは買い出しね」
「先輩は?」
「私はまあ、野暮用があるんだよ」
こうちゃん先輩は私の顔を見ずに答えた。沈黙が走るバスの中では、腐女子の外国人だけがテンションが高い。
「ヒヨリ、いつものテンションはどうしたデスか? あっ、いまビックサイトがチラッとミエたデスネ!」
バスを降りると、街にはすでに小雨が降り注いでいた。このままだといつ強さを増すかわからない。私達は急いで別行動を取った。
(大丈夫かな……私、明日笑顔でいられるかな。イベントに集中できるかな……)
コンビニのコピー機から印刷されたフリーペーパーが次々と出てくる様子をじっと見つつ、私は考えていた。
(やっぱり、会いたい。彼に会って、きちんと謝りたい。でも今の私は彼に会えない)
メールや電話よりも面と向かって、今一番言いたい言葉を口にしたい。そうでもしないと、余計な考えが湧いてふんぎりがつかないから。
さすがに今から彼の前に向かうことは出来ない。しかし、冬コミが始まってしまえばまた、仲直りがズルズルと先延ばしになる。
(それに……彼は今更私の前に現われてなんかくれない。私は、彼より趣味を優先したんだから)
ほんの僅かだって可能性が存在しない、つまらない望みだった。何が楽しくて、こんなところまで彼がやってくるというのだろう。
もしかしたら、もう二度と彼は私に愛情を注いでくれないかもしれない。同人女と付き合っていく気持ちは萎えてしまっているかも。
(また、悪い方向に考えちゃってる。妄想だったら、自分が幸せに感じる方向にしか考えないくせに……)
でももしも……そんなことを考えて、不安と悲しみは胸の中で一層大きさを増していく。
せめて明るい内容のメールや電話なり、一件でも彼から来たならば私はだいぶ救われる。ならばなぜ私は、自分から送らないんだろう。
(結局最後まで、私の趣味で彼を困らせて、我慢させて、甘えちゃってるな……)
涙腺が緩むのを感じて、私はぐっと顔をしかめた。コピーはすでに9割方終わろうとしている。
「……明日はもっと頑張らないといけないっスね」
コピーが終わった。大量に増えたフリーペーパーを封筒に閉まって、傘を購入してからコンビニを出た。
ホテルのチェックインをしなければ……外はすでに本降りになっていて、靴下が濡れるのを覚悟しなければならなかった。
「うわ~……最悪っスね……フリーペーパーだけでも死守せねば……!」
とても防ぎきれるとは思えなくても、私はビニール傘を広げて、パツンパツンになった封筒を胸に抱えて走り出した。
(ホテルはそう遠くないっス! あの歩道橋を渡って、ちょっとだけ走れば……!)
水たまりをバシャバシャと踏みつけて、靴下がビショビショになるのも構わず私は走る。ホテルで着替えればいいだけのことだった。
足もとの悪い中で傘を刺したまま、しかも結構な重さになった封筒を抱えてのダッシュだったので、とてもバランスは悪かった。
(来た、歩道橋っス! ここを抜けたらもうホテルは目の前――)
封筒を抱く手が少しばかりきつかったけれど、耐えられないほどじゃない。歩道橋の階段を数段昇った。
そのときだった。ガキンという音と共に私の身体が後方へと引き寄せられる。
傘が歩道橋の手すりに引っかかった。勢いよく走っていた分、私の身体は大きくバランスを崩した。傘から手が離れた。
防ぐものを無くして、雨粒がダイレクトに私の身体に降り注ぐ。倒れかけた身体を必死に整えるために、私は手すりに手を伸ばす。
「――っと、あっ……!」
封筒を抱き締めていた手の力がふいに緩んだ。しまったと思ったときにはもう遅く、封筒は私の手から落ちて、階段を転がる。
その勢いで、封筒からフリーペーパーが流れ出て、雨に濡れた歩道橋の階段に散乱する。私は心臓が冷えていくのを感じた。
「あっ、ダメっ! やだっス! いやだ、いや、ああ……」
私は散らばって雨に濡れたフリーペーパーを必死にかき集めた。すでに下着までグショグショになって、雨粒が頭からボトボトと流れる。
眼鏡がずり落ちて階段を転がったけれど、私にそれを気にする余裕はなかった。雨粒は痛いくらいに私の身体を打っている。
「お願いっ! やめて、もう、やめて……」
雨の中でも、道行く人の視線を感じた。笑い声も聞こえる。また、こうちゃん先輩やパティにも迷惑をかけるハメになってしまった。
インクが滲んで破れかけたフリーペーパーを何枚も握り締め、私は抑えきれずに、歩道橋の階段でポロポロと涙を零していた。
(ごめんなさい、先輩、パティ……私、またみんなに……)
私は何をしてるんだろう。彼には嫌われて、そうまでして選んだ道で、今はこんな不様な形で濡れ鼠になっている。
自分がひどく滑稽に思えた。でも、それに笑うよりも今は涙が止まらない。外でなければ、声もあげていたかもしれない。
どうしようもないほどの寂しさの中に、突き落とされたような気分になった。その瞬間、私の中にひとりの顔がよぎる。
(もしかしてこれは、彼をないがしろにした私の罰なのかも……)
私は歯をギリギリと鳴らして、階段に出来た水溜りの中に力なく座り込んだ。もう一歩だって、動く気力がなかった。
「寂しいよ……会いたいよ……ごめんなさいって、言いたいよ……」
こうちゃん先輩やパティよりも、彼に謝りたいという気持ちのほうが強くなった。私の口からは自然と言葉が漏れた。
雨の音も車の音も通行人が囁く声も、聞こえなくなっていった。このまま身体が雨に流されていきそうになっている。
「もうこんなのいやだ……こんな気持ちのままでいたくないよ……」
濡れたフリーペーパーを握る手に、ぎゅっと力が込もった。この問題をどうしようなどとは、とても考えられなかった。
ふと、私の身体を容赦無く打っていたはずの雨の攻撃が止まった。けれど、急に雨が止んだわけでもなかった。
私はばっと顔をあげて、涙目のままそれを見上げる。傘……傘が私を雨粒から守っている。
そして私に傘を刺してくれているのは、見覚えのある顔。見覚えだけじゃない――今一番会いたくて、今一番愛しい顔。
「ひより、大丈夫?」
「……嘘。なんで?」
彼は少しかがんで濡れた私の体を片腕だけで抱きしめると、ぐっと引き上げて立たせてくれた。突然のことなのでされるがまま。
「このままだと風邪をひく。ホテルはむこうでいいんだよね?」
「え……う、うん。で、でも、フリーペーパー……」
「それは後でもいいから、とりあえずホテルにいこう」
そう言うと彼は私を自分の胸へとギュっと抱き寄せ、足元に気を使いながらも急ぐように、歩道橋を渡った。
彼の胸に顔を押し付けながら、彼の腕の締め付けるような強い感触に、心の中の何かが氷解していくのを感じていた。
ホテルにつくまでの数分の間、お互いに何も言わず、私は彼の身体にぎゅっとしがみついていた。
ホテルのロビーにつくと、私達の姿を見たフロントの人が、奥へと消えてバスタオルを持ってきてくれた。
「たしか、八坂先輩の名前で予約してるんだよね」
「そ、そうだけど……どうして知ってるの?」
「後で話すよ。ちょっと待っててね」
彼は私の代わりにチェックインを済ませてくれた。しかし、宿泊予定じゃない客でも、どうしてチェックインができたのかわからない。
ルームキーを預かると、私達は急いで部屋へと向かった。一人一泊7000円、ツインベッドのビジネスホテルだった。
「ね、ねえ。どうしてチェックインできたの?」
「予約が八坂先輩の名前だからさ。『八坂こう』って、どっちの性別にも使えるだろ? 予約のときに性別までは言わなかったみたい」
「そっか……もしかして、こうちゃん先輩に会ったの?」
「ん、まあね……それよりも、風邪ひいちゃうからシャワー浴びてよ。僕はこれをコピーしてくるから」
彼がすっと差し出して見せたのは、私が落としたフリーペーパーの入った封筒だった。
「あれだけたくさん入ってたんだ。たしかにほとんど中身は出ちゃったけど、封筒の中には何枚かまだ大丈夫な物があったよ。
それをまたコピーすれば、明日までには間に合うはず。ホテルまで近い距離だけどタクシーを使えばもう濡れないで済むだろうし」
そう言って微笑むと彼は部屋を後にしようとする。そのとき私はとっさに「待って!」と叫んでいた。
振り向いた彼の胸めがけて顔を埋めると、私は彼が濡れてしまうことに気を回せないまま、濡れた身体でギュッと彼に抱きついた。
彼は何も言わずに、私を抱き返す。しばらくそうしていると、シャワーを浴びたわけでもないのに身体が温まっていくようだった。
「ごめんね。ごめんね。私、キミの気持ち何も考えずに、自分のことばかりで……」
「……僕もごめん。ひよりだって寂しいんだって、わかっていたはずなのに」
それから彼は私のおでこにそっと口付けすると、子供に言い聞かせるように優しく「お風呂入ってね?」と言った。私はただ頷く。
彼が部屋を後にして、私は浴槽とシャワーと洋式トイレが簡単に備え付けられただけの浴室で、身体を温めた。
まだ何も、問題は解決していない。なのにシャワーを浴びていた私からは、不安や寂しさまで流されていくようだった。
下着とガウンを着ると、私は暖房を着けてベッドに腰掛けた。しばらく待っていると、彼が封筒とレジ袋を持って帰ってきた。
「……ご飯、買ってきたよ」
彼は微笑んで、私も微笑んで、私達はしばらく黙々と彼が買ってきたパンやらおにぎりやらを口に運んでいた。
それも全て食べ終えると、彼はふうと一息ついて、話を切り出した。
「メール、しようかと思った」
「えっ」
「電話も、しようかと。すぐにでも謝りたかった。でも、ひよりは忙しそうにしていたから……邪魔になったらどうしようかなって」
「邪魔なんかじゃないよ……私もずっと、キミからの連絡を待ってた。あっ、別に謝ってほしいとか思ってたわけじゃないよ?
でも、私から連絡しようと思っても、色々と怖くって。でも、キミと連絡できないと、それが一番不安で、何も手につかなくなって」
「聞いてるよ。僕のことでずいぶん……アニ研に迷惑をかけちゃったみたいだね」
「迷惑なんて、そんな……あれっ、それもこうちゃん先輩から?」
「うん。今日、八坂先輩からこの近くに呼び出されていたんだ。ひよりの様子がおかしいのは、あんたのせいだろうって、はっきりと。
そのせいでアニ研に迷惑がかかっている。でもそれ以上に、ひよりが冬コミを心から楽しむ事ができないのが、一番かわいそうだってね」
「こうちゃん先輩が、そんなこと……」
バスの中で言っていた野暮用とはこのことだったんスね……自分がアニ研として最後の参加なのに、私のことを考えてくれていたなんて。
本当に素晴らしい先輩だと思った。ああいう人が先輩で本当に良かった。卒業してしまうことが、実に惜しいくらいに。
「そして、僕にこのホテルに向かうように言ったんだ。そこにひよりがいるからって。正直、自分が情けないと思ったよ。
どうしてそれを、他人に言われてじゃなくて、自分の考えで行わなかったんだろうって。でも、八坂先輩には感謝してる」
「えへへ……自慢の先輩っスからね~」
「ひよりからすれば一回一回のイベントが、すごく大事なんだよね。それなのに、僕はそれを尊重できないないんて」
「そっ、それだけじゃないよ!」
「えっ?」
「私からすれば……キミとのイベントだって、一回一回、全部大事だよ……」
「ひより……」
自分で言っておきながらこれは恥ずかしい。本音だからどうしようもないんだケド……。
「だから……本当はクリスマスイヴも一緒にいたかった。でもあのときは混乱してて、キミの気持ちを全然考えてあげられなくて」
「ううん。僕だって、ひよりが困っていることぐらいわかっていたはずなのに、つい勢い任せに文句を言っちゃったんだし」
「あの……きちんと言う、ね……ごめんね」
彼はまた私を抱き寄せると、小さな声で「こっちも、ごめん」と囁いた。私にはそれ以上、何もいらなかった。
胸の痞えはようやく全て取れた。多分、二人とも。私達がお互いに、お互いを思いあえていないわけなんて、あるはずなかったのに。
彼はそれから私の唇を塞いできた。蕩けそうな熱いキスだった。ガウンに下着だけの薄着でも、熱を逃がさないほどの熱い口付け。
そうだ。私は今、彼の前でガウンに下着という恥ずかしい格好だったんだ。なんとなく、忘れてしまっていた。今ごろ恥ずかしい。
でも、全くイヤな気分はしない。彼の唇の感触を味わいながら、少しばかり考えたけれど、やがて胸の中で小さな決心をつけた。
「あ、あの……」
「どうしたの、ひより?」
「ク、クリスマスのイヴときね? ……私、なんとなく覚悟してたんだ」
「覚悟?」
「私達って、付き合ってもう……一年以上だし。でも、今まで抱き合うとかキスとかしかしたことない……よね?」
「うん……あっ」
私の言いたい事に気付いたようで、彼は顔を真っ赤にした。もちろん、私だって真っ赤になっているだろう。
しかし、私もまさか自分からそういった方向に誘うだなんて思わなかった。いや、誘ってほしくてたまらなかったのかな……。
「あっち系のゲームの女の子とかって簡単に……あげちゃったりするケド、やっぱりリアルになるとちょっと怖いっていうか。
でも、リアルだとクリスマスとかってそういうイベント、多いっていうし、それに、キ、キミだったら、私はその……」
「えと……その……」
「クリスマスの分……取り戻しても、いいかな?」
「ひより……それは僕からお願いすることだよ」
「……シャワー、浴びてきてほしいかな」
*
私達はお互いに下着だけになって、もちろんそれだけでも死ぬほど恥ずかしいんだけど、とにかくベッドに腰掛けキスをしていた。
ああっ……! なぜ私には、下着をおしゃれにするっていうステイタスがなかったんだろう。おしゃれに疎い自分が恨めしい。
10分くらい……ゆっくりとキスをする。それから彼はゆっくりと私の身体を倒して、首筋や鎖骨にキスをした。
私は強張らせたままの身体に走るこそばゆさに身体を小さく跳ねさせて、目はきゅっと固く瞑っている。
(うう……恥ずかしいよ……今から『らめぇ!』とか『感じちゃう……ビクビクッ!』みたいなことをするんスかね……)
すると、急に彼の動きが止まった。私はすっと薄く目を開けると、彼はボクサーパンツ姿で私を見ている。
(あ、こうして見ると結構筋肉ついてるんだ。もうちょっとヒョロいのかと思ってた……って、そうじゃなくて!)
とりあえず、気になるのは彼の視線。その表情はなにか考えているようにも見えた。
「あ、あの……そんなにジロジロ見られると、は、恥ずかしいんだけど……」
「ご、ごめん。その……」
「もしかして、経験……ない?」
「……うん」
別に『初めては慣れた人じゃないとイヤ』とか『初めて同士じゃないとイヤ』なんて理想は最初から持ってなかったから別にいい。
でも、それはそれで少しばかり安心したよう気がする。お互い、心の準備をするのに余裕を持つことができそうだから。
やがて決心したように、彼の手が再び動き出すと、私のブラがすっと脱がされていった。私は慌てて胸を手で隠したけれど、
彼の手がゆっくり私の手を払いのけて、私の小ぶりな胸に優しく触れてきた。単にくすぐったく感じただけで快感はなかったけれど、
愛撫が手から舌になったとき、ようやく気持ち良さを覚え、私は身体を小刻みに震えさせながら羞恥と快感に耐えていた。
「ん……あっ、ううん……はあっ」
「ひより……気持ちいいの?」
「う……聞かないでほしいなあ」
「ごめん……あの、どうしたら気持ちいいかとか、教えてほしいな」
「そっ、そんなの言えないよ……で、でも、好きにしてもいいよ? イヤなときはいうから」
彼は私が胸を舐められると気持ちいいとわかったからか、そこを集中的に攻めてきた。私は耐えられなくて、彼の頭をぎゅっと掴む。
「あの……ひよりってさ」
「ふ……う、うん」
「その……ひとりでしたりする?」
「……ノーコメントっス」
胸ばかりをどれほどいじられたかわからないけれど、私の身体はすでに熱がぐるぐると駆け回って、背中にはじっとりと汗が滲んできた。
ただ、大好きな彼にされているというだけでも、相当な快感に繋がるんだとわかって、その自覚がなおさら気持ち良さを呼んで……。
彼の手がついに私の、一番恥ずかしいところへと伸びてくる。下着の上からラインに沿ってすっと擦りつけてきた。
恥ずかしながら私も自分で自分を慰めるときは、このように下着の上からさすっていた。きちんと気持ちよくなれるかと思った。
……一向に快感が訪れない。ただ単に、下着をさすっている、というだけの感じだった。気持ちよくさせようとしてるのかな?
「……な、なにしてるの?」
「えっ……いや……やっぱり濡れるんだな、と思って……」
羞恥が襲う。私は顔を真っ赤にして、足を折り曲げて下着を隠した。彼は驚いたように手を引っ込めて、一瞬怯えたよう表情を見せた。
「こ、今度は私がしてあげるっス!」
ああっ……! なぜ私には、下着をおしゃれにするっていうステイタスがなかったんだろう。おしゃれに疎い自分が恨めしい。
10分くらい……ゆっくりとキスをする。それから彼はゆっくりと私の身体を倒して、首筋や鎖骨にキスをした。
私は強張らせたままの身体に走るこそばゆさに身体を小さく跳ねさせて、目はきゅっと固く瞑っている。
(うう……恥ずかしいよ……今から『らめぇ!』とか『感じちゃう……ビクビクッ!』みたいなことをするんスかね……)
すると、急に彼の動きが止まった。私はすっと薄く目を開けると、彼はボクサーパンツ姿で私を見ている。
(あ、こうして見ると結構筋肉ついてるんだ。もうちょっとヒョロいのかと思ってた……って、そうじゃなくて!)
とりあえず、気になるのは彼の視線。その表情はなにか考えているようにも見えた。
「あ、あの……そんなにジロジロ見られると、は、恥ずかしいんだけど……」
「ご、ごめん。その……」
「もしかして、経験……ない?」
「……うん」
別に『初めては慣れた人じゃないとイヤ』とか『初めて同士じゃないとイヤ』なんて理想は最初から持ってなかったから別にいい。
でも、それはそれで少しばかり安心したよう気がする。お互い、心の準備をするのに余裕を持つことができそうだから。
やがて決心したように、彼の手が再び動き出すと、私のブラがすっと脱がされていった。私は慌てて胸を手で隠したけれど、
彼の手がゆっくり私の手を払いのけて、私の小ぶりな胸に優しく触れてきた。単にくすぐったく感じただけで快感はなかったけれど、
愛撫が手から舌になったとき、ようやく気持ち良さを覚え、私は身体を小刻みに震えさせながら羞恥と快感に耐えていた。
「ん……あっ、ううん……はあっ」
「ひより……気持ちいいの?」
「う……聞かないでほしいなあ」
「ごめん……あの、どうしたら気持ちいいかとか、教えてほしいな」
「そっ、そんなの言えないよ……で、でも、好きにしてもいいよ? イヤなときはいうから」
彼は私が胸を舐められると気持ちいいとわかったからか、そこを集中的に攻めてきた。私は耐えられなくて、彼の頭をぎゅっと掴む。
「あの……ひよりってさ」
「ふ……う、うん」
「その……ひとりでしたりする?」
「……ノーコメントっス」
胸ばかりをどれほどいじられたかわからないけれど、私の身体はすでに熱がぐるぐると駆け回って、背中にはじっとりと汗が滲んできた。
ただ、大好きな彼にされているというだけでも、相当な快感に繋がるんだとわかって、その自覚がなおさら気持ち良さを呼んで……。
彼の手がついに私の、一番恥ずかしいところへと伸びてくる。下着の上からラインに沿ってすっと擦りつけてきた。
恥ずかしながら私も自分で自分を慰めるときは、このように下着の上からさすっていた。きちんと気持ちよくなれるかと思った。
……一向に快感が訪れない。ただ単に、下着をさすっている、というだけの感じだった。気持ちよくさせようとしてるのかな?
「……な、なにしてるの?」
「えっ……いや……やっぱり濡れるんだな、と思って……」
羞恥が襲う。私は顔を真っ赤にして、足を折り曲げて下着を隠した。彼は驚いたように手を引っ込めて、一瞬怯えたよう表情を見せた。
「こ、今度は私がしてあげるっス!」
*
(いつも同人で描いてある通りにすればいいよね……)
勢いと流れのままに彼に奉仕をしてあげていると、彼は気持ち良くなっているらしく、荒い息を吐いていた。
(うう……気持ちよくなってくれているのは嬉しいけど、結構つらい……もうあまりこういうシーンは描かないでおこう……)
こんな下世話なことを考えているなんて、彼はきっと思いもしないだろう。私はちょっとだけ反省した。
(でも……本当に感じてくれて嬉しい。私みたいな女の子でも、彼を悦ばせてあげられるんだ)
それだけで、胸が満たされていくような気がした。胸も小ぶりだし、美人なわけでもない。でも彼は私を選んでくれた。
元々、彼が私を恋人に選んでくれている時点で、そんなこと心配する必要もなかったのに、それでも私は素直に嬉しかった。
しばらくそれを続けていると、彼は時折「大丈夫?」と聞いてくる。そんなこと言われたら、大丈夫としか言えなくなってしまう。
「ひより、あのさ……」
「う、うん」
「そろそろ、いいかな……?」
勢いと流れのままに彼に奉仕をしてあげていると、彼は気持ち良くなっているらしく、荒い息を吐いていた。
(うう……気持ちよくなってくれているのは嬉しいけど、結構つらい……もうあまりこういうシーンは描かないでおこう……)
こんな下世話なことを考えているなんて、彼はきっと思いもしないだろう。私はちょっとだけ反省した。
(でも……本当に感じてくれて嬉しい。私みたいな女の子でも、彼を悦ばせてあげられるんだ)
それだけで、胸が満たされていくような気がした。胸も小ぶりだし、美人なわけでもない。でも彼は私を選んでくれた。
元々、彼が私を恋人に選んでくれている時点で、そんなこと心配する必要もなかったのに、それでも私は素直に嬉しかった。
しばらくそれを続けていると、彼は時折「大丈夫?」と聞いてくる。そんなこと言われたら、大丈夫としか言えなくなってしまう。
「ひより、あのさ……」
「う、うん」
「そろそろ、いいかな……?」
*
「痛かったら言ってね?」
「うん……うう」
「はあ……ひより、大丈夫?」」
「あっ……痛いかな」
「やめたかったら、すぐやめるから」
「痛い……うう、痛いよ、痛い」
「ご、ごめん。やめよっか?」
「ううん……途中でやめられるとかえって辛いかも……大丈夫だから」
「わかった……うん、これで全部だよ」
彼が身体を動かす度に、痛みが走る。でも、耐えられない痛みではなかった。彼の動きにリズムが生まれると、次第に慣れた。
私はただくぐもった声を出して、彼の背中に手を回してそれを感じていた。そうしないと、何かが壊れてしまいそうだった。
彼の背中は思っていたよりも広くて、胸は厚い。私はその強さに頼り甲斐を感じ、自分の全てを預けてもいい気分になる。
「うあっ、うう……うああ……」
私の声は決して色っぽいものではなかった。男の人からすれば、萎えてしまうような声だったかもしれない。
それでも彼は時々、「可愛いよ」と言ってくれた。私はそれだけで、自分のいやらしさに自信を持てるようになる。
「好き……大好き、だよ……」
「僕もひよりが好きだよ」
「うん……でも、なんだか不安だよ。私、私……」
「……大丈夫。全部僕が守ってあげるから。だからぎゅっとしてていいよ」
いつ終わったのかはわからなかった。気がつけば私は彼に抱き締められていて、二人で深い眠りに落ちた。
「うん……うう」
「はあ……ひより、大丈夫?」」
「あっ……痛いかな」
「やめたかったら、すぐやめるから」
「痛い……うう、痛いよ、痛い」
「ご、ごめん。やめよっか?」
「ううん……途中でやめられるとかえって辛いかも……大丈夫だから」
「わかった……うん、これで全部だよ」
彼が身体を動かす度に、痛みが走る。でも、耐えられない痛みではなかった。彼の動きにリズムが生まれると、次第に慣れた。
私はただくぐもった声を出して、彼の背中に手を回してそれを感じていた。そうしないと、何かが壊れてしまいそうだった。
彼の背中は思っていたよりも広くて、胸は厚い。私はその強さに頼り甲斐を感じ、自分の全てを預けてもいい気分になる。
「うあっ、うう……うああ……」
私の声は決して色っぽいものではなかった。男の人からすれば、萎えてしまうような声だったかもしれない。
それでも彼は時々、「可愛いよ」と言ってくれた。私はそれだけで、自分のいやらしさに自信を持てるようになる。
「好き……大好き、だよ……」
「僕もひよりが好きだよ」
「うん……でも、なんだか不安だよ。私、私……」
「……大丈夫。全部僕が守ってあげるから。だからぎゅっとしてていいよ」
いつ終わったのかはわからなかった。気がつけば私は彼に抱き締められていて、二人で深い眠りに落ちた。
*
目覚めると時刻は早朝四時半。早い……と思ったけれど、冬コミ当日であることを考えたら、早起きに越した事は無かった。
(つ、ついにしちゃったっスね……)
恥ずかしい。思い返すたびに恥ずかしい。でも、よく考えれば今は素っ裸で、それはなぜかあまり恥ずかしくない。
喉元過ぎれば熱さ忘れる、みたいなものなのかな……と思いつつ、彼とひとつになれた喜びにも浸ってみる。
まだ眠りについている彼を見て多少迷ったけれど、起こすことにした。一人の朝は、なんだかひどく寂しく感じたから。
「こうちゃん先輩とパティって泊まる所どうしたのかな?」
「あっ……そういえば、それは知らない。僕もここにくることに精一杯で……」
「帰ってきた形跡もないようだし……でも、キミをチェックインさせた段階で最初から戻ってはこないよね」
「じゃあ、僕が泊まるってわかってたってことだよね?」
「うん。えっ……うあああああああああああ……!」
ヤバイ。あの二人の中ではもう、私がどんな言い訳をしても、私達がああいう関係になっているんだということになっている。
いや、実際になってはいるんだけど……いくらなんても恥ずかしすぎる! どのように冷やかされるかわかったものじゃない。
「地獄っス! この世の終わりっス! 穴があったら入りてえええええ!」
「ひ、ひより……たしかに恥ずかしいケド、そこまで……」
「うう……だって、だって」
「僕は幸せだよ」
彼は私を抱き寄せると、またおでこにキスをした。いつもながらこれには参る……私はおでこをキスされるのが好きなのだ。
「……私も」
彼の胸板に顔を隠すように押し付けると、私はぎゅっと抱き締めた。喜びでにやけた顔を、見られたくないからだった。
「今日だよね。冬コミ。頑張ってね。楽しめそう?」
「……へへへ。おかげさまで」
「ひよりのブースに遊びに行こうかな?」
「いやー……あの会場は素人にはオススメできないっスね」
「ひよりの彼氏を一年もやってるんだよ? もう素人じゃないよ」
「甘いっスね。この道はまだまだ長くて険しいっスよ」
でも、遊びにこられたらたまらなく嬉しいんだろうな。本当に甘いのは、私のほうだったりするんだから。
(つ、ついにしちゃったっスね……)
恥ずかしい。思い返すたびに恥ずかしい。でも、よく考えれば今は素っ裸で、それはなぜかあまり恥ずかしくない。
喉元過ぎれば熱さ忘れる、みたいなものなのかな……と思いつつ、彼とひとつになれた喜びにも浸ってみる。
まだ眠りについている彼を見て多少迷ったけれど、起こすことにした。一人の朝は、なんだかひどく寂しく感じたから。
「こうちゃん先輩とパティって泊まる所どうしたのかな?」
「あっ……そういえば、それは知らない。僕もここにくることに精一杯で……」
「帰ってきた形跡もないようだし……でも、キミをチェックインさせた段階で最初から戻ってはこないよね」
「じゃあ、僕が泊まるってわかってたってことだよね?」
「うん。えっ……うあああああああああああ……!」
ヤバイ。あの二人の中ではもう、私がどんな言い訳をしても、私達がああいう関係になっているんだということになっている。
いや、実際になってはいるんだけど……いくらなんても恥ずかしすぎる! どのように冷やかされるかわかったものじゃない。
「地獄っス! この世の終わりっス! 穴があったら入りてえええええ!」
「ひ、ひより……たしかに恥ずかしいケド、そこまで……」
「うう……だって、だって」
「僕は幸せだよ」
彼は私を抱き寄せると、またおでこにキスをした。いつもながらこれには参る……私はおでこをキスされるのが好きなのだ。
「……私も」
彼の胸板に顔を隠すように押し付けると、私はぎゅっと抱き締めた。喜びでにやけた顔を、見られたくないからだった。
「今日だよね。冬コミ。頑張ってね。楽しめそう?」
「……へへへ。おかげさまで」
「ひよりのブースに遊びに行こうかな?」
「いやー……あの会場は素人にはオススメできないっスね」
「ひよりの彼氏を一年もやってるんだよ? もう素人じゃないよ」
「甘いっスね。この道はまだまだ長くて険しいっスよ」
でも、遊びにこられたらたまらなく嬉しいんだろうな。本当に甘いのは、私のほうだったりするんだから。
*
「ひよりん、久しぶりー」
「あっ、泉先輩! お久しぶりっス」
「ひよりんのサークルもえらくなったネ。この勢いだと来年には壁かな?」
「いやいや……ここから壁までの壁が一番熱かったりするんスよ、これが」
「OH! コナタ~オヒサシブリネ! カガミはどうしたデスカ?」
「んにゃー、かがみも大学休みだから連れてこようと思ったんだけどさ~大学の集会で忙しいみたいで」
「そうなんデスカ。あいかわらずユリユリしてるんデスカ~?」
「うおお! 小悪魔攻めの泉先輩と典型的ツンデレかがみ先輩との絡み、ごっつぁんです!」
「うひゃー、萌えられる側っていうのもちょっと気持ちが悪いネ」
「あ、これ新刊です。もらってくださいっス」
「タダでいいの? サンキュー」
「コナタはトクベツネ♪」
「ひよりんのサークルの新刊は毎回買わせてもらってるよ。ゲマズでやサイトでだけどネ。今回もノーマルもの?」
「イエス!」
「ひよりん、ここ一年くらい年齢制限もの描いてないよね。やっぱり彼氏いると変わっちゃうのかな?」
「そ、そんなことないっスよ! ……でも、描いたほうがいいんスかね?」
「んーん。同人誌ってさ、年齢制限ものばっかり売れるよね。だから売り上げ重視ならエロは描くべきなんだよね。
でもひよりんはさ、年齢制限もの止めたのに本の売上下がらずに、ここまで人気サークルになったの、なんでだと思う?」
「そういえば……ちょっと、わからないっスね」
「それはだネ。ひよりんの本はちょうど年齢制限ものを止めたあたりから、恋愛の心理描写にリアリティが生まれたんだよ。
まるで読者側が本当に恋に落ちているかのような気分になっちゃうんだよネ。それに所々の描写がすっごく丁寧。
ひよりんは気付いてないだろうけれど、それがすっごく評判いいんだよ。ネットでのサークルの評判、見てみ見てみ。
キスシーンなんか、おもわずこっちが蕩けそうなくらい生々しいっていうか……まあ、いかにして生まれた才能なんだかネ」
「うおおおお……! そ、それ以上は言わないでくださいっス!」
「OH! ヒヨリ、これゼンブジッタイケンデスか?」
「そんなわけないって!」
「あれっ、あれってひよりんの彼氏じゃないの」
「うそっ!」
「嘘だよ」
「ドウジンシにリアルなレンアイをモチコマナイ。ソウおもっていたジキがワタシにもアリマシタ」
「だから持ち込んでないって!」
「で、ひよりんはいつになったらリアルな年齢制限ものを描くの?」
「描かないっスよ!」
「あれっ、あれってひよりんの彼氏じゃないの」
「うそっ!」
「だから嘘だって。で、リアリティ中心主義のひよりん。次の新刊はどんな作品なの?」
「ワタシもゼヒしりたいデス」
「あああー! ……ラブラブ甘々なハッピーエンドっスよ! チクショー!」
「あっ、泉先輩! お久しぶりっス」
「ひよりんのサークルもえらくなったネ。この勢いだと来年には壁かな?」
「いやいや……ここから壁までの壁が一番熱かったりするんスよ、これが」
「OH! コナタ~オヒサシブリネ! カガミはどうしたデスカ?」
「んにゃー、かがみも大学休みだから連れてこようと思ったんだけどさ~大学の集会で忙しいみたいで」
「そうなんデスカ。あいかわらずユリユリしてるんデスカ~?」
「うおお! 小悪魔攻めの泉先輩と典型的ツンデレかがみ先輩との絡み、ごっつぁんです!」
「うひゃー、萌えられる側っていうのもちょっと気持ちが悪いネ」
「あ、これ新刊です。もらってくださいっス」
「タダでいいの? サンキュー」
「コナタはトクベツネ♪」
「ひよりんのサークルの新刊は毎回買わせてもらってるよ。ゲマズでやサイトでだけどネ。今回もノーマルもの?」
「イエス!」
「ひよりん、ここ一年くらい年齢制限もの描いてないよね。やっぱり彼氏いると変わっちゃうのかな?」
「そ、そんなことないっスよ! ……でも、描いたほうがいいんスかね?」
「んーん。同人誌ってさ、年齢制限ものばっかり売れるよね。だから売り上げ重視ならエロは描くべきなんだよね。
でもひよりんはさ、年齢制限もの止めたのに本の売上下がらずに、ここまで人気サークルになったの、なんでだと思う?」
「そういえば……ちょっと、わからないっスね」
「それはだネ。ひよりんの本はちょうど年齢制限ものを止めたあたりから、恋愛の心理描写にリアリティが生まれたんだよ。
まるで読者側が本当に恋に落ちているかのような気分になっちゃうんだよネ。それに所々の描写がすっごく丁寧。
ひよりんは気付いてないだろうけれど、それがすっごく評判いいんだよ。ネットでのサークルの評判、見てみ見てみ。
キスシーンなんか、おもわずこっちが蕩けそうなくらい生々しいっていうか……まあ、いかにして生まれた才能なんだかネ」
「うおおおお……! そ、それ以上は言わないでくださいっス!」
「OH! ヒヨリ、これゼンブジッタイケンデスか?」
「そんなわけないって!」
「あれっ、あれってひよりんの彼氏じゃないの」
「うそっ!」
「嘘だよ」
「ドウジンシにリアルなレンアイをモチコマナイ。ソウおもっていたジキがワタシにもアリマシタ」
「だから持ち込んでないって!」
「で、ひよりんはいつになったらリアルな年齢制限ものを描くの?」
「描かないっスよ!」
「あれっ、あれってひよりんの彼氏じゃないの」
「うそっ!」
「だから嘘だって。で、リアリティ中心主義のひよりん。次の新刊はどんな作品なの?」
「ワタシもゼヒしりたいデス」
「あああー! ……ラブラブ甘々なハッピーエンドっスよ! チクショー!」
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- ひより〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。 -- 岩崎みなみ (2010-03-03 02:08:01)
- 正直…たまりません…
情熱を、持て余す… -- 名無しさん (2009-03-14 00:37:30) - なんだよ…
ひより……
可愛すぎるだろ!!
彼氏も 優しくて格好いいし
これからも ずっとラブラブ甘甘でハッピーなストーリーを描いちゃって下さい! -- ラグ (2009-01-18 05:02:32) - ミルクチョコより甘々なSS、ごっつあんです! -- 名無しさん (2008-08-07 23:32:25)
- やっぱりラブラブあまあまは良いよね…
良い話をありがとうございました -- 名無しさん (2008-08-07 11:39:58) - やばい・・・。良すぎるww
ひより好きになったwwww -- taihoo (2008-08-07 10:59:56) - ひよりの二人称「キミ」が愛おしすぎる・・・。
彼氏もいい感じでキャラ薄くて、違和感なく読めました。 -- ぱぶ (2008-05-21 01:10:53) - リアル恋愛ご馳走様!!!!! -- 名無しさん (2008-05-20 20:16:07)
- 現代視覚文化研究会でしょ -- 名無しさん (2008-05-20 19:40:03)
- GJ! -- 名無しさん (2008-02-23 21:53:19)
- 男がホントいい人過ぎる
GJです -- 名無しさん (2008-02-23 01:58:33) - うむ。こういった幸せな作品を読むことができるとは、幸せだなあ。。。
-- 名無しさん (2008-01-30 20:19:33) - ラブラブ甘々なハッピーエンドッスね!! -- 日和ん (2008-01-30 18:42:18)