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プライベート・ひよりん

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 戦況は絶望的だった。
 兵站は底を付き、補給は途絶え、援軍など望むべくもない。武器を持つ手は既に力を失い、僅かな気力だけで保っているに過ぎなかった。
 どれだけ追いつめられ、切羽詰まった状況であろうと、時間だけは無情に過ぎていく。否。むしろ時計の秒針が倍速で進むかのように感じられる。
 だが、
「まだ……!」
 全身に残る力をかき集め、身を起こす。寝ているわけにはいかないのだ。
 ひよりは歯を食いしばり、手に持つペンに力を込めた。
 目の前の、机の上にある、真っ白い原稿用紙を睨め付ける。そのまま、震える手でペンを原稿用紙に突き立てようとした。
 しかし、用紙の表面から僅か数㎝上空で、ペン先は制止する。
「くっ……」
 ひよりは歯噛みした。
 白い原稿用紙の眩しさが、容赦の無いプレッシャーをかけてくる。
「まだだ……まだ終わらんよ」
 などと池田秀一ボイスで呟いてみても、時間と気力は容赦なく削られていく。
 やがて、視界が暗転した。

「そのご ひよりのすがたをみたものはいなかった……」
「って、聖剣2スか! 不吉なナレーションを入れないで下さい! ……あれ? こうちゃん先輩?」
 ガバチョと身を起こしたひよりは、いつの間にやらベッドで寝ていたことや、すぐ傍らにアニ研部長のこうがいることに目を丸くした。
「おっす、ひよりん。気分はどう?」
 状況がよく分かっていないひよりに対して、こうはいつも通りの気さくな表情で軽く挨拶する。
「あの……?」
「陣中見舞いに来てみたら、机に突っ伏してグースカ寝てたんだよ。風邪ひくといけないから、ベッドに移させて貰った」
「ああ、そうでしたか……」
 机を見ると、まだ中途の原稿用紙が散乱している。ひよりは大きなため息をついて、ベッドから出た。
「にしてもひよりん、ずいぶん漢らしい格好だねぇ」
 中学時代のジャージ上下にどてらを羽織り、足には靴下を二重履き。色気なんざぁどこ吹く風、といったなりだ。
「これが私の戦闘服っスから」
 部屋着とも言う。まあそれはさておき。
 母が用意してくれたのだろう。床に置かれたお盆に、二人分のお茶とお菓子があった。
「相変わらず原稿に難儀してるみたいだね」
 座布団に腰掛け話すこうに、ひよりは肩を落とした。ついでに目もそらした。
「まあ喩えるなら、ゴールデンコンビでペナルティエリアに突っ込んだ後、いざサイクロンを撃とうとした瞬間『くっ! ガッツがたりない』になったような状況といいますか……」
「分かりやすい喩えをありがとう。何にせよ、根詰めすぎないようにね。今だって、ほら」
 飲んでいたお茶を盆に戻すと、こうは身を乗り出してひよりに顔を寄せた。
「え? あの……?」
 思わず目を閉じたひより。その額に、こうの手の平が触れた。
「やっぱ少し熱あるかもよ」
「あ……そ、そうスか?」
「キスでもされると思った?」
「思ってませんよ!」
「そりゃ残念」
「冗談でも残念がらないで下さい。当方嫁入り前の体っスから」
「嫁入り前を自覚してるならエロ漫画描くのやめたら?」
「ぐぬぅっ!?」
 痛いところをつかれ、額に脂汗を滲ませながら苦悶の呻きを上げるひより。
「いや、そんなマジにせっぱ詰まったリアクションしなくていいから……ひよりん、テンパってても良い作品は創れないよ?」
「それは分かってるんスけど……」
「ちょっとは息抜きしたら?」
「息抜きと言われましても……何したらいいのやら……」
「そうねぇ……たとえば――」

 不意にこうは身を乗り出した。また熱でも測る気か――と、ぼんやり考えているひよりの唇に、次の瞬間、こうのそれが重ねられていた。
「っ!?」
 錯乱したひよりは、たっぷり数秒唇を吸われてから、ようやく大慌てで後ずさった。
「ななななな……!?」
「ベタなリアクションだねぇ」
 こうの目付きは、明らかに普段と温度が違っていた。
「せんぱ――!?」
 次の瞬間、こうはひよりを押し倒していた。
「な、何を、するんスか……?」
「だから息抜きにさ。煩悩もたまには発散しておかないと」
「そんな、こと……っぁ」
 もう一度、強引に唇が重ねられる。今度はより深く。
 こうの舌が侵入し、縮こまっているひよりの舌を探り始める。
「んっ……っ!」
 固く目を閉じたひよりが声を漏らす。こうは抱きしめる手に力を込め、ほのかに甘酸っぱいひよりの口腔をくまなく舐め回した。
 甘く暖かい感触をたっぷり楽しんでから、こうは唇を離す。二人の唾液が銀色の糸を引いた。
「や、やめてください……こんなの……」
「断る」 
 こうは組み敷いたひよりの首筋に口付け、舌を這わせる。
「ふぁ、あ……」
 羞恥に顔を染めながら、ひよりは身悶えする。こうの唇が触れた部分に、甘い痺れがある。肌のそこだけが、焼けたように熱い。
「脱がすよ」
 ひよりの了解など確認せず、こうはジャージのファスナーを下ろし、シャツをめくり挙げ、水色のブラに包まれた小振りな乳房を露わにする。
「へえ……地味な格好してるのに、下着はちょっと可愛いの付けてるんだ」
「いや、それはたまたまテキトーに選んだだけで……」
「まあどっちにしろ脱がすから意味無いけど」
「ひぁっ……!」
 こうはひよりの熱く火照った乳房に手を這わせた。
「ふふ……ひよりんのおっぱいやわらかいね」
「何言って……ぁ、ぅ」
 乳首を口に含み、軽く前歯を立てる。
「痛っ……」
「あ、ごめん。ちょっと強かったかな」
 こうは噛むのをやめ、今度は舌先でペロペロと舐りだした。
「は、ぅ……そ、そうじゃなくて、こんなことやめてくださいっス!」
「そんなこと言って、ひよりんも興奮してるじゃん」
「そ、そんなこと……」
「ないの? 本当にそうかな?」
「ちょっ、そこは……!」
 こうはひよりの下腹部へ腕を伸ばし、ジャージの下へ手を潜り込ませる。
「んー……微妙に濡れてる? かな?」
 こうは手探りでひよりのそこへ指を這わせながら、独り言のように呟く。ひよりは羞恥のあまり声も出せず、鯉のように口をパクパクさせていた。
「ひよりん、ヘア薄いね」
「なっ、ほ、ほっといてくださいっ!!」
 指先で感じたことを率直に伝えると、気にしていたのか、ひよりは顔を真っ赤にして吠えた。
「怒らない怒らない。別に悪いことじゃないしさ」
「あー、いや、そんなことよりもですね、先輩、その、それ以上はちょっ――~っ!?」
 ひよりの中へ、こうが浅く指を潜らせてきた。痛くはないが、恐怖と羞恥が綯い交ぜになってひよりの頭に押し寄せ、再び言葉を失う。
「やっぱ経験無しか。それにしてもウブな反応だね」
「ぁ……ぁ、ぅ」
「この際だから、最後までやっちゃおうかな?」
 小悪魔のような笑みを浮かべて、こうは三度、ひよりに口付けた。

「――とまあ、こういう展開は漫画の中の話として」
「妄想!? 今のエロ展開全部妄想スか!?」
「当たり前でしょ。私はそっちのケ無いし」
「私だってリアルでは無いっスよ!」
「リアルと妄想って結構紙一重よ? ひよりんだっていつか新宿二丁目でギター弾いてるビアンのお姉さんにお持ち帰りされる日が――」
「来ないから!」
 顔を真っ赤にして力一杯否定するひより。ところで何で妄想を共有してたんだ? とか野暮なことは聞いてはいけない。
「ったくもう……先輩が変な妄想展開させたせいで、余計に疲れましたよ……」
「そりゃ悪かったね。お邪魔ならもう帰ろうか?」
「あ、いえ、別にそういうつもりではないので。ゆっくりしてってください。気分転換はしたかったスから」
 だいぶぬるくなったお茶をぐいと呷り、ひよりは大きく息をついた。
「……ボーッとしてても時間がもったいないですし、息抜きにゲームでもやりますか」
「そだね。何やる?」
「格ゲーだと腕が違いすぎるっスから……兄貴の360借りてギアーズ・オブ・ウォーやりましょう。協力プレイで」
「Z指定がどうこう言う前に、何でそんな男臭いゲームをチョイスするかね……」
「腐女子だからって年がら年中BL系や乙女系に浸ってるわけじゃないスから」
「ガチムチ系は別勘定なのか」
 何だかんだ言いながら、その後はひよりと仲良く地底人どもをチェーンソーでぶった切るこうだった。


おわり












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