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その日、目が覚めると、午前10時だった。
カーテンの間を縫うようにして差し込む夕焼けの赤、耳に痛いほどの静寂。
カーテンを開け放つと、そこには、しんと静まりかえった都市があった。

その日、目が覚めると、世界は変わっていた。
その瞬間から、太陽は西に傾いたまま、その動きを止めてしまった。
誰もいない世界、電話や電気はもちろん、水道もガスも途絶え、私は静寂の世界で、ただ生きるためだけに生き続けている。

誰もいない……正確には、私の他に三人だけを残して、少なくとも、この街からは人の姿は消えてしまった。
だが、おそらくは、この国に……この星に残っているのは、私たち四人だけなのだろうという事は、漠然と知っている。

最初の1ヶ月、私たちは必死に人の姿を探したが、それは虚しい徒労に終わった。
私たちは生きていくために生き、時間の止まった世界で、日々を過ごしている。

この静止した世界が持つ、本当の意味を知らないままに。


時計の針は、夜の9時を指している。
空がその彩りを失い、赤一色に染まるようになってから、時間は彼女たちにとって僅かに寝る時間だけを教えてくれる道具になった。
確かに流れていく時間は、「食欲」と「眠気」だけを与え、無意味に過ぎ去っていく。
電気が通らないパソコンを見つめながら、彼女はぼんやりと、数時間前に近くの公園で食べたカレーの味を思い出していた。

「つかさのカレー、おいしかったな……」
つかさが作るカレーはおいしい。
かがみが作るカレーは、時々、ルーの塊が残っている。
みゆきが作るカレーは、上品な味わい。
四人で食べる食事、四人だけで食べる食事、それが日常になってから、どれだけの時が過ぎ去ったのだろう。
カーテンの向こう側には鮮やかな光が鎮座し、世界はあたかも彼女たちのためだけに、都合の良いツギハギだらけの現実を運行している。
それが慈愛によるものなのか、それとも、悪質な悪戯なのかを知る手だてはない。
ただ、確かに世界は彼女たちを生かす方法を選択していることだけは確かだった。
郊外にあるスーパーだけには、なぜか新鮮な食材が用意され、買い物をすれば、翌日には商品がちゃんと補充されている。
雨の降らない日々が続いているにも関わらず、川はその流れを止めることはせず、むしろ、日に日に水は透き通り、水浴びができるほどまで清らかになってきていた。
気温だけは相変わらず高く、真夏の様相を呈している。
時折、風が申し訳程度に吹くが夕涼みとはいかず、暑くなったら水を浴びるか、ビルの屋上へ登り火照った身体を冷ますのが日課になりつつあった。

ベッドに横になり、天井をぼんやりと見つめている彼女の耳に、微かなファンの音が聞こえてくる。
(まただ)
電気の通わないはずのパソコンが、ひとりでに起動する。

ディスプレイが漆黒から、灰色に変わり、そこに、白い文字が表示される。
『夢』
その文字は、画面いっぱいの大きさで、所々が途切れた粗いドットで表示される。
時間は決まっていない、それが、彼女が部屋にいるときに起こることなのかすらも分からない。
ただ、確かにパソコンの画面に表示される「夢」という漢字。
この世界が夢だとでも言いたいのだろうか。
例え夢なのだとしても、目覚めのない夢を、夢だと考えて何になるというのだろう。
パソコンの電源が落ち、ディスプレイが漆黒に戻る。
静寂が戻った部屋で、何をするわけでもなく、静かで退屈な時間だけが、ゆったりと過ぎていく。

トントン

扉を叩く音に、重たく感じる体を起こし上げる。
誰だろう?と思うことは愚問だった。

「つかさ?どしたの?」
ガチャリと扉が開き、はにかくような笑顔で少女が顔をのぞかせる。
黄色のキャミソールとスカイブルーのミニスカートが似合っていた。

「こなちゃん、一緒に川行かない?」
そう言って、左手に持ったバスタオルとボディソープを見せる。

「うん、いくいく。あ、かがみんは?」
「買い物当番だから、ゆきちゃんと先に入っちゃったんだ」
繁華街は、ここから歩いて1時間ほどの所にある。
10代半ばの少女たちが食べる食事の量など、たかが知れていたが、それでも当番で毎日、代わる代わる食材を調達することを提案したのは、みゆきだった。

「ふーん……じゃ、行こっか」

身なりもそのままに、ベッドから立ち上がる。
準備する物など、タオルとボディソープだけ。
鍵をかけなくても、この世界には彼女たち四人しかいない。
着の身着のままで、つかさと並んで部屋を出る。
階段を下る途中、ふと思う。

「ねえねえ、つかさ」
「うん?」
「私たち、夢を見てるのかなあ……?」

静けさが、彼女たち二人にびっくりしたように、二つの足音を無人の街に響かせる。
ほんのりと、温かさを乗せた風が、汗ばんだ肌を優しく撫でるようにして通り過ぎていく。
朱色の街は、相変わらず無機質にその身を横たえ、空にはいくばくかの褐色の雲がちりぢりに飛び、消えていく。

「こなちゃん」
「ん?」
「きっと私たちは、夢を見ているんじゃないと思うよ」
「どして?」
「えっと……う、うんと…なんとなく」
「……うん、そだね。こんな長くて、現実感がある夢なんてあるわけないよね」

長くて現実感がある夢と、誰もいない世界とを比べたなら、どちらの存在を認めるだろう?

長くて現実感がある夢で、誰もいない世界を見ているのだとしたら、うなずくことができる。
だが、長くて現実感がある夢を見ているのだと、誰もいない世界を思いこむことは、いささかの疑問を感じる。

きっと誰もが思っているが、誰も口にしないこと。
そして、四人の誰もが一度は試しただろう、頬を強くつねってみるという行動も、おそらく、この世界ではさしたる意味すらも持たないのだろう。

川は歩いて25分ほどの所にある。
土手を下り、川へと下る階段を降りる。
川の水は夕陽を浴びて赤色に染まっているが、その水は驚くほど澄んでいることが分かる。
大きく息を吸い込むと、川の清らかな香りが喉を通り抜けていく。
川底に水草はほとんどなく、石がいくつかあるばかり。
流れはそれほど速くはなく、ふくらはぎほどまでの深さは、体を流すには丁度よい。

「……やっぱ魚、いないねぇ」

こなたが小さく言う。

「でも水浴びしてて、お魚さんが近寄ってきたら、ちょっと困るかも」
「どして?」

こなたが首をかしげる。

「だって、水浴びしてて、お魚さんにヌルッてされたら、イヤじゃない?」
「ま、生臭くなるかもね……」

ぼんやりとつぶやきながら、つかさに背を向けて上着を脱ぐこなた。
つかさの胸がトクンと小さく高鳴る。

「でも、魚がいたら、こうグイッと掴んで、明日の朝ご飯にしちゃうかもね。臭いのは困るけど」

こなたの言葉にうなずきながら、つかさは、その後ろ姿から目を離すことができない。
静止した世界で、時計の針が淡々と進む中、食欲と眠気の他に、彼女たちの中で日に日に大きくなっていく感情があった。
それは、このいい加減な作りの世界に感じるストレスも相成って、いよいよ抑えきれないものになりつつある。

欲求不満。
それを満たしてくれるものは、彼女たちにとって四人以外に求めることはできなかった。

こなたがブラジャーのフックに手をかける。
胸の高鳴りは、いよいよ自分の耳にも心音となって届き始めている。
必死に鼓動を押さえ込もうと努力するが、こなたの指先の動きを見る度に、理性を遙かに上回る無秩序な本能が、その上蓋を何度も突き上げ、カタを外そうとしているのが分かった。
ブラジャーのフックが外れ、続いて、こなたの指先がスカートに伸びる。
屈み込み、スラリと伸びた背中、あどけなさすら感じさせる後ろ姿に、全身が火照っていく。

「つ、つかさ!?」
その声にハッとする。
思わず抱きしめた小さな体。
つかさの腕の中に、こなたがいた。
目をまん丸にして、つかさを見上げるこなた。
その表情が、つかさにとっては愛おしく、頬が紅潮するのをはっきりと感じた。

「……こ、こなちゃん…」
自分でも驚くほど真剣な口調で、こなたの名前を呼ぶ。
手が震えている。
心臓が周辺の空気を振るわせんばかりの勢いで、強く鼓動を刻んでいる。
……いけない事だと分かっていた。
きっと、こなたは自分に対して、強い嫌悪感を抱いているに違いない。
無秩序に吹き上がる本能が、自分を狂わせていく。
こなたの瞳を見つめ、その中に映る自分の姿が、まるで獣のように見えた。
どうして、こんなに真剣な顔で、こんな恥ずかしいことができるのだろう?
頭の奥がチリチリと痛み、胸が強く押しつぶされるように痛む。

「……ごめん…こなちゃん……」
強い自己嫌悪、どうしようもない悲しみが、沸々と胸の奥からわき上がり、涙となって流れ出す。

「ごめんなさい……」
つかさは、もう一度小さく言うと、こなたの体を抱きしめていた腕をゆっくりと解いた。
ああ、何をやっているのだろう。
伝えられない気持ち、伝えてはならない気持ちだと分かっていたのに、私はとんでもないことをしてしまった。
こなたに対する申し訳なさと、自分への情けなさと怒りが、次々と涙となって頬を伝う。
先ほどまでは、興奮で高鳴っていた胸が、今では悲しみで大きく打ち震えている。
しゃがみ込み、両手で顔を覆い、涙を止めようとするが、それは適わない。
「つかさ」
ああ、この後、自分に対して、どんな怒りの言葉が向けられるのだろう。
何も聞きたくないと心から思い、再び自分のことが嫌になった。
それを私は、受け止めなくてはならないというのに。
顔を上げ、こなたを目を見よう。
そう思い、涙を腕でぬぐって顔を上げる。

その時、ふわりとつかさの唇を柔らかな物が覆った。
涙で濡れた瞳に映るのは、愛おしくてたまらない少女の顔。
温かな唇が、自分の唇と重なっている。

「……あ…んっ……」
胸が張り裂けんばかりに大きく脈動する。
体中の肌が真っ赤になっているのではないかと思うほど、芯から熱い。
こなたの鼻から漏れる吐息が、つかさの頬をくすぐり、その吐息に甘い悦びが溶け込んでいることを感じさせる。
ああ、この時が永遠に続いてくれればいいのに。
強く、強く心の中で願った。
すっと唇から柔らかな感触が遠ざかる。
口に残る優しい香りに、口を閉じた後も奥歯が上手く噛み合わず、全身から力が抜けてしまう。
足が震えて、思わず尻餅をつきながら見上げると、陽の光を背に受けるこなたが、悪戯っぽく笑っていた。
「つかさの負けー」
その笑みの中にも、確かに甘美な香りが漂っている。
頬は赤く染まって、彼女の指先もまた、微かにだったが震えていた。

「こ、こなちゃ……えっ…えっ?」
つかさが、口元に手をやり、辺りをキョロキョロと見回している。

「ふっふっふっ、つかさも実は積極的だったんだねえ」
腕を組み、何度もかぶりを振る彼女の姿に、つかさはようやく、今起こった出来事を思い出すことができた。
こなたがゆっくりと近づいて、つかさに顔を近づける。
仄かに瞳が潤み、憂いすらも含ませている。
「今度は、私のターンだよね」



API(2)へ続く



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  • ビューティフルドリーマー、だな。こういう雰囲気は凄く好き。
    でもこれ未完なんだよなぁ……続き見たい。 -- 名無しさん (2012-03-06 19:41:14)
  • 押井守作品… -- 名無しさん (2011-04-11 06:35:34)

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