二月十四日、バレンタインデー。三世紀ローマの聖人に由来する記念日。日本ではもっぱら有象無象のカップルどもが糖分過多の茶色い塊をやり取りする日だ。
だがここ――昼休みの陵桜学園一年D組には、そのような行事などどこ吹く風と、烈火の如きオーラを立ち上らせる武士(もののふ)がいた。
「ふしゅるるるるるる……」
田村ひよりである。血走った目で机の上を見据え、人間以外の生物を思わせる吐息を口から漏らしている。
机の上には無地のノートが広げられている。ひよりはお気に入りのシャーペンを握りしめ、一心にネームを描き込んでいた。
少し離れてその様子を見ているゆたか、みなみの二人は、あまりの鬼気迫る様子に声をかけるのも憚られていた。
ひよりが学校でネタ出しやイラスト描きに集中していることは珍しくないが、よりによってバレンタインに、しかもここまで熱を込めているのは異様な風景だ。
「ユタカ、ミナミ、どうしましたカ?」
どうしたものかと戸惑っていた二人に、パティが声をかける。
「その……田村さんが何か凄い集中してて、声がかけられないっていうか……」
「オーさすがヒヨリ。憑かれたように頑張ってますネー」
「感心してる場合じゃないよぅ」
「それもそうですネ」
パティは周りのことなど何も目に入っていない様子のひよりに近づくと、その背中をちょっと強めに叩いた。
「っ……はっ!?」
まるで眠りから覚めたように、ひよりは目をパチクリさせて周囲を見渡す。
「気が付きましたカ?」
「パティ……? 私は――」
「集中しすぎて意識が半分飛んでたみたいですネ」
「ああ、そうか……」
ひよりは右手で頭を押さえ、深いため息をつく。左手がシャーペンを握ったままなのは意識してのことではなく、その形で手が固まってしまっているのだ。
「田村さん、ずいぶん根詰めてるみたいだけど……大丈夫?」
ゆたかが心配そうに尋ねる。
「うん……〆切とか色々かつかつで……何で二月は他の月より短いんだろ」
どうにもならないことを誰にともなく愚痴りながら、ひよりはもう一度ため息をついた。
「と、ところで田村さん。今日はバレンタインでしょ。だから――」
「バレンタイン……!?」
その単語を耳にした途端、ひよりは驚愕に目を見開いた。
「忘れていた……!」
ひよりは愕然と天を仰ぐ。ここ数日余裕が無かったので今日のことをすっかり失念していた。
「こっ、小早川さんっ、チョコは!?」
「え……あ、うん。田村さんにも一つ――」
「そうじゃなくて! 岩崎さんにはもう渡したの!?」
ものすごい剣幕で尋ねるひより。ゆたかはちょっと引きながら、「うん」と頷いた。
「ああぁああぁ見逃したあぁぁぁああぁ!!」
いきなり頭を抱えて叫ぶひよりに、ゆたかとみなみは何事かと目を丸くした。
「素晴らしく電撃的なインスピレーションを得られそうなシチュエーションだったろうに……何という失態だ! こんな好機を逃してしまうなんて……計画を歪めてしまった! ああヴェーダ……俺は……僕は……私は……」
打ち拉がれるひより。こんな状況でも台詞にネタを挟むのは、オタクの本能が成せる業か。
「ヒヨリ! 落ち着くでス!」
またしても意識がどこかへ飛びかけているひよりに、パティが強く呼びかける。
「はっ!? ……ご、ごめん小早川さん。ちょっと錯乱してた……今言ったことは忘れて」
「う、うん……」
「ダメですよヒヨリ。ユタカを怯えさせたりしテ」
「申し訳ない……もう少しでフォースの暗黒面に堕ちるところだった」
「ジェダイの騎士が多い学校ですネー」
だがここ――昼休みの陵桜学園一年D組には、そのような行事などどこ吹く風と、烈火の如きオーラを立ち上らせる武士(もののふ)がいた。
「ふしゅるるるるるる……」
田村ひよりである。血走った目で机の上を見据え、人間以外の生物を思わせる吐息を口から漏らしている。
机の上には無地のノートが広げられている。ひよりはお気に入りのシャーペンを握りしめ、一心にネームを描き込んでいた。
少し離れてその様子を見ているゆたか、みなみの二人は、あまりの鬼気迫る様子に声をかけるのも憚られていた。
ひよりが学校でネタ出しやイラスト描きに集中していることは珍しくないが、よりによってバレンタインに、しかもここまで熱を込めているのは異様な風景だ。
「ユタカ、ミナミ、どうしましたカ?」
どうしたものかと戸惑っていた二人に、パティが声をかける。
「その……田村さんが何か凄い集中してて、声がかけられないっていうか……」
「オーさすがヒヨリ。憑かれたように頑張ってますネー」
「感心してる場合じゃないよぅ」
「それもそうですネ」
パティは周りのことなど何も目に入っていない様子のひよりに近づくと、その背中をちょっと強めに叩いた。
「っ……はっ!?」
まるで眠りから覚めたように、ひよりは目をパチクリさせて周囲を見渡す。
「気が付きましたカ?」
「パティ……? 私は――」
「集中しすぎて意識が半分飛んでたみたいですネ」
「ああ、そうか……」
ひよりは右手で頭を押さえ、深いため息をつく。左手がシャーペンを握ったままなのは意識してのことではなく、その形で手が固まってしまっているのだ。
「田村さん、ずいぶん根詰めてるみたいだけど……大丈夫?」
ゆたかが心配そうに尋ねる。
「うん……〆切とか色々かつかつで……何で二月は他の月より短いんだろ」
どうにもならないことを誰にともなく愚痴りながら、ひよりはもう一度ため息をついた。
「と、ところで田村さん。今日はバレンタインでしょ。だから――」
「バレンタイン……!?」
その単語を耳にした途端、ひよりは驚愕に目を見開いた。
「忘れていた……!」
ひよりは愕然と天を仰ぐ。ここ数日余裕が無かったので今日のことをすっかり失念していた。
「こっ、小早川さんっ、チョコは!?」
「え……あ、うん。田村さんにも一つ――」
「そうじゃなくて! 岩崎さんにはもう渡したの!?」
ものすごい剣幕で尋ねるひより。ゆたかはちょっと引きながら、「うん」と頷いた。
「ああぁああぁ見逃したあぁぁぁああぁ!!」
いきなり頭を抱えて叫ぶひよりに、ゆたかとみなみは何事かと目を丸くした。
「素晴らしく電撃的なインスピレーションを得られそうなシチュエーションだったろうに……何という失態だ! こんな好機を逃してしまうなんて……計画を歪めてしまった! ああヴェーダ……俺は……僕は……私は……」
打ち拉がれるひより。こんな状況でも台詞にネタを挟むのは、オタクの本能が成せる業か。
「ヒヨリ! 落ち着くでス!」
またしても意識がどこかへ飛びかけているひよりに、パティが強く呼びかける。
「はっ!? ……ご、ごめん小早川さん。ちょっと錯乱してた……今言ったことは忘れて」
「う、うん……」
「ダメですよヒヨリ。ユタカを怯えさせたりしテ」
「申し訳ない……もう少しでフォースの暗黒面に堕ちるところだった」
「ジェダイの騎士が多い学校ですネー」
「それで田村さん、チョコレート持ってきたんだけど……」
一息ついて落ち着いたところで、ゆたかが改めて話を切り出した。
「手作りだから形悪いけど、良かったら貰ってくれるかな?」
「それはもう喜んで。ごめんね、私の方は用意してなくて。ホワイトデーはちゃんとお返しするから」
ひよりは受け取ったチョコの包みを、ゆたかの許しを得てその場で開けてみる。
手作りというから湯煎で溶かして固めたやつかと思いきや、なかなか本格的なガナッシュだった。
「お~……これは美味しそう」
感嘆の声を上げると、ゆたかは照れくさそうに頭をかく。
「お姉ちゃんが作ってたから、便乗して作り方を教えて貰っただけなんだけどね」
「へー、泉先輩が。それでもこれだけ作れるのは凄いよ」
早速一つ摘んでみた。柔らかい甘さの中に、ほんのりした苦みが効いている。隠し味にブランデーを少々加えてあるようだ。ゆたからしからぬ(失礼)大人っぽい味わい。
「うん。美味しいよ」
ひよりが口元をほころばせて素直な感想を言うと、ゆたかはホッと胸をなで下ろした。
「良かった。お姉ちゃんみたいに上手く出来てるか不安だったから」
「泉先輩は、やっぱり柊先輩達や高良先輩にあげるのかな?」
「どうなのかな……そういえば、何だかすごく大きな箱を用意してたみたい」
「すごく大きなって、どれくらい?」
「人が入っちゃいそうなくらい。何に使うのかな?」
「っ……!」
人が入れるほど大きな箱。それを聞いた途端、ひよりの脳内では全身にリボンを巻いたゆたかがラッピングされてみなみの元へお届けされるイメージが鮮やかに描かれた。
「おやおヤ。ヒヨリはまたどこかへ飛んでいっちゃいそうですネ」
同じくゆたか特製チョコを受け取りながら、パティはどことなく楽しそうに呟いていた。
一息ついて落ち着いたところで、ゆたかが改めて話を切り出した。
「手作りだから形悪いけど、良かったら貰ってくれるかな?」
「それはもう喜んで。ごめんね、私の方は用意してなくて。ホワイトデーはちゃんとお返しするから」
ひよりは受け取ったチョコの包みを、ゆたかの許しを得てその場で開けてみる。
手作りというから湯煎で溶かして固めたやつかと思いきや、なかなか本格的なガナッシュだった。
「お~……これは美味しそう」
感嘆の声を上げると、ゆたかは照れくさそうに頭をかく。
「お姉ちゃんが作ってたから、便乗して作り方を教えて貰っただけなんだけどね」
「へー、泉先輩が。それでもこれだけ作れるのは凄いよ」
早速一つ摘んでみた。柔らかい甘さの中に、ほんのりした苦みが効いている。隠し味にブランデーを少々加えてあるようだ。ゆたからしからぬ(失礼)大人っぽい味わい。
「うん。美味しいよ」
ひよりが口元をほころばせて素直な感想を言うと、ゆたかはホッと胸をなで下ろした。
「良かった。お姉ちゃんみたいに上手く出来てるか不安だったから」
「泉先輩は、やっぱり柊先輩達や高良先輩にあげるのかな?」
「どうなのかな……そういえば、何だかすごく大きな箱を用意してたみたい」
「すごく大きなって、どれくらい?」
「人が入っちゃいそうなくらい。何に使うのかな?」
「っ……!」
人が入れるほど大きな箱。それを聞いた途端、ひよりの脳内では全身にリボンを巻いたゆたかがラッピングされてみなみの元へお届けされるイメージが鮮やかに描かれた。
「おやおヤ。ヒヨリはまたどこかへ飛んでいっちゃいそうですネ」
同じくゆたか特製チョコを受け取りながら、パティはどことなく楽しそうに呟いていた。
おわり
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- ジェダイの騎士wwwww -- 名無しさん (2008-02-15 06:27:17)
- ちょwwwティエリアwwwwwテラワロスwwwwwww -- 名無しさん (2008-02-14 22:36:53)
- 4人らしい雰囲気が出てて良い!! -- 名無しさん (2008-02-14 17:56:54)
- 「暗黒編」と題されているから何かと思えばwwww
良作乙ですw
-- 名無しさん (2008-02-14 09:42:10)