kairakunoza @ ウィキ

女子高生四人がメジャーリーグにハマるまで(後)

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
 「みゆきさ~ん」
 翌日。金曜日。
 放課を告げるチャイムが鳴るや、こなたはみゆきの席へと走った。
 黒井先生とチャイムのモーションを盗んだといってもいい、完璧なスタートだった。
 その姿はまさに青い稲妻。教室の盗塁王。
 ……余談、いや実は余談でもないのだが、かり●げクンによると、バレないように居眠りをすることを「盗眠」と言うそうだ。そしてこなたは教室の盗眠王でもあり、その日もばっちりと盗眠を決めていた。
 「今日は暇?」
 「ええ……委員会はないですし、私用もこれといって。強いて言えば宿題がありますが、明日明後日と休みですから、急ぎではありませんね」
 「ふむふむ、じゃあウチに来ない? いっそお泊りで」
 「よろしいのですか?」
 みゆき、とても嬉しそう。
 「前の時は用事で来られなかったからね。次は是非と言ったのは、みゆきさんだよ」
 「そうでしたね。じゃあ、お邪魔させていただきます」
 「ふっふ~♪」
 こなた、得たりと笑う。
 「そ・こ・で、大提案! 夜は長いからねえ」
 「宿題ですか?」
 「―も、あるんだけど。せっかくの泊まりだし、いつになく長時間一緒にいられるんだし、一晩かけて……や ら な い か?」
 「スト~~~ップ!!」
 紫の電(いなづま)が教室を走る。

 ボギー・6オクロック・レベル
 (敵戦闘機 6時方向 同高度)

 いや、身長差からいえば6オクロック・ハイだろうか。
 かがみは「パウケパウケ」とも、「帝国軍人を舐めるな!」とも言わなかったが、後ろからこなたの肩を掴み、みゆきから引き剥がし代わりにこう言った。
 「みゆきを変な世界に引き込もうとしてんじゃないわよ!」
 「おぉ、かがみ。いつもにも増しておっかない顔」
 「あんたのせいよ!」
 鬼のような形相なのにはわけがある。
 というのもかがみ、昨日つかさに話したところの「フォロー」を実行すべく、再三こなたに誘いをかけたのだが、答えは「用事がある」の一点張り。ならばその用事ごと付き合ってしまおうと思ったのに、それがみゆきを泊まりに誘うことだったとなれば、心穏やかでいられるはずもない。
 「でもね、かがみん」
 かがみの真剣さ・深刻さをものともせず、こなたはへらへらと言う。
 「重爆の弱点は、上部銃座の死角である真上だそうだよ」
 そういう漫画も読んでいたのか……ではなくて。
 「ほう、じゃあ逆落としで一撃食らいたかったと?」
 握り締めた拳が震える。怯えたみゆきが一歩、体を後ろに引いた。
 「なんと!? かがみは逆落としで、私の胸に飛び込みたいとな?」
 熱唱中のオペラ歌手のように、大げさに両腕を広げるこなた。かがみは、萎えそうな怒気を奮い立たせて言う。
 「いや、平べったすぎて、胸だか背中だか区別がつかん。ていうか、その貧相なカラダのどこが重爆だ?」
 みゆきがみWikiを発動するかもしれないから、「そもそも重爆ってなんだ?」とは言わない。でかくてゴツくて、ノーズアートがセクシーダイナマイツな飛行機ということにしておく。これもまあアレだ。処世術みたいなものだ、とかがみは思っている。
 「うぅ……かがみは毒舌と凶視線だけで、撃墜王になれるね。エリア88のスカウトに紹介しとくよ」
 「いくらもらってるか知らないが、UFOが出そうな場所に売り飛ばすのはやめてくれ」
 それはエリア51……と言いかけて、かがみに睨まれて、みゆきは慌てて口をつぐむ。
 そんなことより……である。
 こなたは一本のゲームソフトを手にしていた。東京方面に足を運んだ理由は、これを入手するためだったのであり、「や ら な い か?」とは、これをプレイしないかという意味である。これがギャルゲやエロゲの類なら、かがみの批判も的を射たものとなるのだが……。
 「ツインズのユニフォームだね」
 パッケージに灰色のピンストライプを発見したつかさが、声を上げた。そのまま専門誌の表紙にでも出来そうなデザインだった。
 「野球のゲームですか?」
とみゆき。
 「うん。監督兼GMになってワールドシリーズ制覇を目指すも良し、一選手となって殿堂入りを目指すも良し。色んなモードが搭載されたスグレモノなのだよ。おかげで徹ゲーしちゃった」
 そして今日も、盗眠王のタイトルを獲得した。
 「面白そうですね」
 「でしょでしょ。二人プレイもあるから、一緒にやろ」
 「ええ、是非」
 「こなちゃん、私も」
 「おお、つかさも来い来い」
 そして三対の視線がかがみに突き刺さる。こなたも含め、参加表明を期待するおめめたち。
 「ふーん」
 内心かなり動揺しているが、表向き邪悪な人を装い、小馬鹿にしたようにゲームのパッケージを裏表して品定め。そんなかがみを見かねてこなたは、
 「この期に及んで、まだツンかね、さびしんぼかがみんは?」
 哀れむように言った。すでに自分の勝ちだと言わんばかりに。
 「う、うっさいわね。そう言うあんたはどうなの? 野球嫌いなくせに、こんなの買っちゃって」
 「野球が嫌いだなんて、言ったことがあったっけ? つまらないとは言ったけど」
 「へ??」
 「後番組に犠牲を強いるから、野球中継は大っ嫌いなんだけどねぇ。野球自体が嫌いというわけじゃないんだよ」
 黒井先生とあっちでよく話すから、ロッテのチーム状態や成績についてはむしろ精通している方だし、優勝セールの利用価値もあるから、後番組に犠牲を強いない分には別に嫌いじゃない、と言う。
 「そういう迷惑するのって、別に野球だけじゃないんだよね。たまにボクシングとかプロレス、あとオリンピックやサッカーの代表戦、選挙なんかでも普段と放送時間が変わっちゃったりすることがあるから、私の中では同罪なんだよ。野球中継はシーズン中、あまりに常習犯過ぎるから特にダメの子なんだけど」
 「あっそ……」
 拘れば拘れるものだ、とかがみは思った。
 「その点メジャーリーグは、生ならそういう心配のないお昼時とか早朝とかにやるし、録画中継も多いでしょ。チャンネルだって、元々見ないような衛星放送か国営の地上波だし、延長だって最近はまずしないからさ。なんて言うのかな。わりと上手くすり抜けて行ってくれてる感じで、健気というか好感が持てるんだよね」
 「ソウデスカ……」
 「何よりも、私にも応援する大リーグ球団が出来たのだよ」
 「「「え!?」」」
 これに驚いたのがかがみだけではないのは、無理もないことだろう。そして、ある淡い期待に身を預け、胸が疼いたのがかがみだけなのも、また無理がないことだった。

 ツインズかな。

 「ど、どこよ?」
 分かりやすいほど期待と不安を顔いっぱいに貼り付けて、かがみが聞く。
 「シアトル・マリナーズ」
 「そう……」
 そして落胆も隠せない。よくある、期待した私がナントヤラ。
 「典型的なミーハーね」
 にわかファンにはお似合いの球団だ、というニュアンス。
 「いやいや、優勝セールでゲームが安くなったりすれば、かがみだって嬉しいんじゃない? 本体、ソフトとも」
 「なるほど」
 みゆきが肯いた。こなたが言う意味がすぐに分かったようだ。
 「泉さんらしい動機ですね」
 「らしくないよりよっぽどいいって、ラインハルト陛下も言ってるよ」
 「そうですね……お恥ずかしながら、それがどなたかは存じませんが」
 「ちょ、どういうことよ?」
 かがみ、大いに困惑。
 「ん~、かがみは読んでないの? 回廊でヤンにフルボッコされたビッテンに、ハルトちゃんが―」
 「それは知ってるわよ!」
 「おぅ、かがみオタクぅ」
 「うるさい! そうじゃなくて、どうして優勝セールとゲームが一緒に出てくるの?」
 「かがみんもゲームやるでしょ」
 こなたがしらばっくれたので、かがみは助けを求めるようにみゆきを見る。みゆきは、こなたが説明すべきことと心得てしばし黙していたが、だからこそこなたが黙していると気付くと、説明してあげた。
 「マリナーズの親会社が任天堂なんですよ」
 「あ……」
 かがみは呆然とする。確かにおととい・昨日と見たツインズvsマリナーズ戦。セーフコ・フィールドの打席後方のフェンスは、日本語の広告がやけに目立った。試合にのめりこむあまり、気にもしなかったが。
 「イチロー選手の獲得も、親会社の意向だったそうですよ」
 「WiiやDSや萌えドリルがバカ売れする前から、先見の明があったんだね」
 こなたは我が事の様にしたり顔。
 「マリナーズの今年が気になるんだけど、優勝できそう?」
 なるほど、とかがみは思う。自分で調べるのではなく、みゆきに聞く。つかさに勧めたことを、こなたが実に上手に実践してしまっているには、悪い意味で感心する。宿題と同じ構図だ。
 「そうですね……」
 みゆきは言葉を慎重に選ぶ顔になる。
 「いきなり希望を壊しそうな雰囲気が身近に」
 こなたは海苔目・への字口で表情を曇らせる。ツインズファンには立ち入れない絶対不可侵領域が形成され、つかさは居たたまれなくなりかがみの横に遁走した。
 「あ、いえいえ、打線にその潜在力はあるとは思います。ですが投手に関しては、かなりギャンブル性の強いトレードを敢行したかと……」
 07年のマリナーズは9連敗が1回、7連敗が2回、6連敗が1回と、負けだしたら坂道を下る一輪車の様に止まらないチームだった。そこで連敗ストッパーとなりうる先発投手の獲得を模索し、オリオールズのエリック・ビダードに白羽の矢を立てた。
 マリナーズは若手選手で手を打とうとしたが、オリオールズはジョージ・シェリルを要求し、マリナーズは泣く泣くそれを呑んだ。
 「シェリル!?」
 こなたが大げさに驚くと、アホ毛が裏返りそうなほど跳ね上がった。
 「マリナーズの中継ぎエースですね」
 「ふ~ん、シェリルなんだ……。それで?」
 「ギャンブル性というのは、故障開けのビダードが期待通りに活躍できるかどうか。そしてシェリルの抜けた穴を、若手が埋められるかどうかです。昨年、岡島投手がレッドソックスで果たした役割を考えると、中継ぎエース放出のリスクは計り知れません。マリナーズは4月上旬にオリオールズに4連敗を喫しましたが、新天地でクローザーとなっていたシェリルに3セーブを献上したのは、トレードの結果が端的に現れてしまったとも言えますね」
 こなたの顔が青ざめ、どよーんとした何か雨雲みたいな物が顔の周りを漂う。いつだったか、風邪とインフルエンザは違うと言われた時のようだ。
 「ら……来年があるよね。うん、来年来年」
 「諦めるの早っ!」
 本能的にツッコんでしまった。業が深いのか、何なのか?
 「実は、任天堂がマリナーズの株式を取得する際にも、興味深い裏話があったそうなのですが……」
 「それはウチでゆっくり聞くよ」
 「そうしましょうか」
 「じゃあ行こう」
 こなたはみゆきとつかさの手を引いて、教室から出ようとする。端から見れば一見かがみをほったらかしのようでいて、内々にはかがみを意識しまくっていることが、例えばつかさにもみゆきにも見え見えだった。
 「ちょ、待ちなさいよ」
 期待通りにかがみが呼び止める。そうしなければ、仲間はずれと引き換えに、こなたの目論見は失敗しただろうに。
 「何?」
 こなたが振り返る。その顔は、ツンデレに餓えたネコ科の、いや猫口のイキモノ。うずうずが止まらない。
 「わ……私も……」
 かがみとてそれを分かりきっているものだから、俯き、目を逸らし、ツインテールの片翼を弄びながら、真っ赤になってしどろもどろにならずにはいられない。
 「なにカナカナ?」
 「混ぜなさいよ……私も」
 「ほっほ~」
 かがみの回りをこなたが跳ね回る。極上の食材を手に入れた料理人てこんな感じかな、とつかさは思った。
 「さみしんぼさんだねえ、うさちゃんだねえ」
 こなたは背伸びして、ツインテールをウサギの耳に見立てていじくる。かがみは暗い表情で、されるがまま。一方こなたは、風流の微粒子も感じられない句を読む。
 「寂しくて 混ぜてほしいよ お泊り会」
 「そんなんじゃないという点と、字余りだということのどっちに突っ込めばいいの?」
 「またまた。素直じゃないのもツンデレのステータスだけどね。今さら言い逃れは出来ないと思うよ」
 「……でも、するし」
 「ほよ? どういう言い分で?」
 「それは……その……」
 後につかさが語ったところによると、「あのときのお姉ちゃんは、爆発寸前に見えた」という。


 「……ゲーム慣れしてないつかさやみゆきに、あんたの相手役が務まるわけないでしょ」


 言っちゃった……。
 意図的に誤解を招きそうな奴に、誤解を招きそうな事を、言っちゃった……。
 今の、「ゲーム慣れしない」を抜いたら、どういう意味になる? そもそも、そんなことを意識する方がおかし―
 「―い!?」
 こなたの顔が、文字通り目の前にあった。背伸びして顔を寄せ、息がかかるほどの至近距離。四角ばった緑色の瞳が、不可思議な吸引力で以ってかがみの視線を一呑みにしていた。
 「『ゲーム慣れしてない』を抜いたら、すごい誤解を招きそうな殺し文句だね」
 ほれ見ろ!
 「殺し文句じゃない! 勝手に死ぬな」
 そもそも殺し文句のつもりが誤解されたら、逆の意味にならないか? いや、そんな事はどうでもよくて……。
 「そうやって最後までツンを通すかがみん萌え」
 「……はあ?」
 やっと顔が離れる。
 「いや、今のはデレかな? 裏を返せば『あんたの為なんだからね』ってことだもんね。どっちだったの?」
 「知らないわよ」
 「え~、無責任アリス~」
 「誰がアリスだ? それに私はツンデレじゃないの。誰のためと言えば、みゆきとつかさのためよ」
 「お~、デレたデレた」
 「るっさい!」
 置いてけぼりという名の堀に生き埋め状態のみゆきとつかさは、ただ突っ立って見ていた。
 「まあ、こうなりますよね」
 「そだね~」
 メインとなる対戦カードも決まったようだ。
 「ところでゆきちゃん」
 「何でしょう?」
 「球場で食べる軽食って、どんなのがあるの?」
 「スタジアム・フードですか? やはり、ポップコーンが定番でしょうか。『私を野球に連れてって』という歌にも、クラッカージャックというポップコーンが出てきますし」
 「ポップコーンかぁ」
 つかさは夢見るような目になる。その手は、しかるべき物さえ揃えば、夢を現出させることの出来る魔法の手。それを見たかがみが、みゆきのそばに寄って来て脇腹を突く。

 もっとけしかけろ。何か食わせろ。

 その目は、口ほどにそう主張していた。
 「え、えーと、他にもホットドッグも定番でしょうか」
 「ホットドッグ?」
 「ええ。あちらでは、スタジアム・フードのホットドッグやそれにかける秘伝のソースを目当てに、球場まで足を運ぶ人もいるそうですよ」
 「秘伝のソースかぁ」
 つかさの頭は、新聞を刷る輪転機もびっくりな勢いで回転する。

 チーン

 やがて三人は、そんな音を聞いた様な気がした。教室に電子レンジなんてないのに……。
 「出来たみたいだね、レシピ」
とこなた。
 「うん、ばっちり」
 つかさ、笑顔。
 「楽しい野球観戦が出来そうですね」
とはみゆき。
 「ダメよ、みゆき。まずは操作法とか覚えるために、私と練習試合をするんだから」
 かがみ、宣戦布告(?)。
 「わ、私とですか?」
 「……ここ何日か、みゆきさんの取り合いだよね」
 「うん、ゆきちゃんモテモテ」
 「オープン戦ていうの、そういうの?」
 「いえ、そんな……あ、あちらではエキシビジョン・ゲームと呼びます。他にも用法の異なる野球用語はいくつもありまして……」
 「そしたら勝負よ」
 「いいよ」
 「例えばクリーンアップですが、単数形ということからも分かるとおり……」
 「マイクロ●フトとスターバ●クスとボーイ●グしかないような街の球団には、負けないわ」
 「それだけあればご立派かと……」
 「あちらでは四番打者のみを……いえ、ボーイン●の本社はもうシカゴに……」
 「クリーンもアップも卵料理みたいだね。クリーンエッグ(温泉卵)にサニーサイドアップ(目玉焼き)……ああ、そういえば東京ドームも、ビッグエッグって言うんじゃ……」


 かくして四人は征く。
 とめどない会話を纏いながら。




 「見ろよ、あやの」
 その様子を廊下で目撃することとなったみさおが、相棒のあやのに向かって言う。
 「柊と不愉快な仲間たちが行くぜ」
 「みさちゃん……」
 不愉快なのはみさちゃんにとってでしょ。柊ちゃんにとっては大切なお友達なんだから、そんなこと言うもんじゃないわ。
 とかなんとか、たしなめるべきだとは思ったが、今はそれ以上に気がかりなことがあった。
 「本当に柊ちゃん奪回作戦を発動するの? 廊下で待ち伏せして、って言ってたけど」
 「う~、そうなんだけどよお……あいつら付け入る隙がないぜ」
 「ないわね~」
 四人は、二人などまるで背景の一部だと言わんばかりのガン無視で、通り過ぎて行ってしまった。会話の端々から、「マイケル」という単語が漏れ聞こえて来た。
 あやのとしてはホッとする反面、やはり寂しい。
 「仲いいよね。全然違う者同士に見えるけど……」
 四人を結び付けている物は何なのか?
 「マイケル・ジャクソンのファンにでもなったんじゃねーの?」
 みさおは、もうどーでもいいやとばかりに言い放つ。
 「そうなのかな……?」
 無論それはハズれていた。
 そのとき話題の中心にいたのは、北海道日本ハムファイターズのクローザーにして、ミネソタ・ツインズに所属した唯一の「日本人選手」であるマイケル中村だったのである。




 両チーム3勝3敗で迎えたミネソタ・ツインズvsシアトル・マリナーズによるALCS(アメリカンリーグ・チャンピオンシップ・シリーズ)第七戦は、スコアボードにすでに11個の「0」が並ぶ緊迫した投手戦の様相を呈していた。
 6回の裏、マリナーズの攻撃。
 ツーアウトながら三塁にイチローを置き、迎えるバッターは四番のリッチー・セクソン。好投を続けるツインズ先発リバン・ヘルナンデスが投じた三球目。打球はライトへ。
 「あーあ……」
 「よし!」
 浅いフライがツインズの右翼手・カダイアのグラブの収まると、こなたがセーフコ・フィールドの溜息を代弁し、かがみがコントローラーを握ったままガッツポーズ。
 「名前からして、ヤッてくれると思ったんだけどなあ……」
 マリナーズの指揮官であるこなたが悔しがる。
 「何よ名前って。あ、いい。言わなくていい。碌な事じゃなさそうだから」
 ツインズ指揮官のかがみは、蛇のいる藪に突っ込みかけた片足を慌てて引き抜く。
 「お気持ちは分かりますが、地名にもけっこうそういうのありますよ。でも、意識する人が多いのでしょうか。最近では、『性別』の事を『ジェンダー(gender)』と言い表す例が増えているように感じられます」
 事も無げに応じたのがみゆきだった。彼女は数学の宿題に取り組みながら、試合のスコアブックをつけるという荒業を、これまた事も無げにこなしている。


 ALCSに先立ち、みゆきはかがみとの練習試合に臨んだ。かがみは当然ツインズ、みゆきは迷いながらロベルト・クレメンテの所属したピッツバーグ・パイレーツを選択した。
 「さすがみゆきさん」
 「ど、どういう意味でしょう?」
 「みゆきさんにぴったりなチームだな、って」
 「そ、そんな……」
 パイレーツという球団名の由来を知っているみゆきは、大いに困惑した。
 「あ~、いいのよ気にしなくて。どうせ変な意味だから。需要があるとか何とかいいながら、実はやっかんでるんでしょ」
 「うぅ……でも、嬉しくないです」
 球場も自由に選べるということで、打撃戦の方が面白いというかがみの要望で、ダイヤモンドバックスのチェース・フィールドが選ばれた。ロッキーズのクアーズ・フィールドに次いで高い標高にあるため打球の飛距離が伸びる上、地形の関係でライト方向への打球に強い追い風が吹くのである。ダイヤモンドバックスに移籍した途端、HRが激増した左打者も少なくないと、みゆきは解説した。
 試合は操作に慣れないことも手伝って、両チームとも無駄な失点を重ねたが、先にコツを掴んだかがみのツインズが、20-12という違う競技みたいなスコアで試合を制した。




 ALCS第一戦の開始直前、つかさのスタジアム・フード第一号が届けられた。泉家の台所を借りて作っていたクラッカージャック―糖蜜で固めたポップコーン―である。そうじろうおじさんとゆたかちゃんにも好評だったという。
 こなたとかがみは、そのままつかさを始球式に駆り出した。エプロン姿のまま白球を投じる真似をすると、四人が万雷の拍手を送る。
 四人……ドアの外で覗いていたそうじろうを含めてである。
 泉親子曰く。

 エプロンで始球式は萌え萌えだ←結論

 なお、クラッカージャックはあまりに美味だったため、半分くらいがかがみのお腹に納まってしまった。
 試合はマリナーズが5-3で勝った。


 スタジアムフード第二弾は、ALCS第三戦の最中に届けられた。
 ホットドッグ・つかさ秘伝ソース付き。
 会心の出来だったようで、製法は早くも企業秘密となった。自分のお店を持つまでは封印するかも、という。まあ、知ったところで再現や模倣は困難を極めるだろう。
 あまりに美味だったため、半分くらいがかがみのお腹に収まってしまった。
 「かがみ……」
 「い、いいじゃない。お金出したの私なんだし」
 「ああ、まあ……その限りでは、ね」
 こなたが知る由もなく、また言えるはずもないが、こうして「フォロー」を実行したかがみだった。
 試合はホットドッグにパワーを得たツインズが、逆転勝利を収めた。


 マリナーズが三勝目を挙げ、王手をかけた第五戦の後に夕食。メニューは、つかさが腕を振るったキムチもつ鍋。
 ツインズがタイに持ち込んだ第六戦の試合中から、試合後にかけて順次入浴と相成り、迎えた第七戦。


 スコアボードが12個目の「0」をコレクションすると、こなたがタイムをかける。一つは、好投ながら球数の増えた先発のジャロッド・ワッシュバーンを諦め、二番手投手にスイッチするため。もう一つは、スタジアム・フード第三弾が到着したためである。
 「わー、美味しそうですね」
 「すっごい甘そうだけど?」
 「つかさ、これ……」
 「お夜食でーす。めしあがれ~」
 登場したのはバナナズフォスタというスイーツだった。縦に二等分し軽く煮たバナナにカラメルをかけ、バニラアイスを添えミントの葉を飾ってある。
 「未成年だから、ラム酒とバナナリキュールが使えない―というか買えなかったんだけど、どう?」
 「美味しいです」
 「夜食としてはどうかと思うけど、すごくイケるね」
 こなたとみゆきは賞賛するが、かがみの表情が冴えない。
 「つかさ、さあ……。私、今マリナーズを敵にして戦ってる最中なの」
 こなたとみゆきが頭から「?」を射出した。
 「空気を読もうよ、っていうか、こなたの肩を持ってるように思えてならないんだけど」
 「どゆこと?」
 「キムチもつ鍋もそうだったけど、これイチローが正月番組で作ってた物なのよ」
 途中から見たつかさが普通の料理番組だと思って録画していたものを、泉家への出発寸前にチェックし、泉家で再現したのだった。
 「ちょうどいい機会かなって思って」
 つかさ、照れ笑い。
 「かがみ、要らないの?」
 「んな事言ってないでしょ!」
 「じゃあ食べるんだ……」
 何だかんだ言って、バナナズフォスタも半分くらいはかがみのお腹に収まってしまった。
 みゆきのスコアブックには、「バナナズフォスタにより中断」と記された。


 9回の裏、ジョー・ネイサンがマリナーズ打線を三者凡退に抑えると、試合は0-0のまま延長戦に突入した。9回の表には、こなたもクローザーのJ.J.プッツを投入していた。みゆきから、延長戦は実質的に9回から始まっているという衝撃的なアドバイスを受けたためである。
 「8回の裏を同点で終えた場合、相手に一点もやれないという状態は9回から生じます。ですから、勝つ可能性を高めるには、信頼の置ける投手から順にマウンドに送るというのが基本となりますね」
 リードしている試合では一番最後に投げるクローザーが、同点の9回以降は一番最初に出て行くことになる、というわけだ。
 「延長戦の認識がちょっと変わったわね」
と、かがみは感想を漏らした。
 「どっちみち9回に投げるから『9ローザー』か……」
 そう言ったのがこなたである。かがみは、はい面白い面白い、と言ってくれた。
 延長戦の認識が変わったといえば、こなたにとってはむしろ10回だった。プッツを続投させるべきかどうかを考える振りをしながら、ある感慨に耽っていた。
 あれほど憎らしかった野球の延長が、今はなんかこう……。何なんだろう、この感覚?
 手持ち無沙汰のかがみは、つかさを見た。スコアブックを見ながらじっと試合再開を待つみゆきの膝枕の上で、すでに寝息を立てていた。彼女的にはもうおねむの時間なのである。
 「この子ったらね」
 不意にかがみが、苦笑いを浮かべながら口を開く。みゆきが顔を上げることで少し揺れた膝枕の上で、つかさがムニャと言った。
 「メトロドームでお店を開くのもありかな、なんて言い出したのよ」
 「あらあら……」
 みゆきも苦笑いである。
 こなたはそんな二人に、ちょっとした反感にも似た違和感を抱く。
 「二人とも反対なの?」
 「反対と言うか……ねえ?」
 みゆきは肯く。
 「ツインズの本拠地のメトロドーム……正式名称、ヒューバート・H・ハンフリー・メトロドームをツインズが使用するのは、2009年一杯までなんです」
 「てことは、陵桜卒業と同時に渡米!?」
 「メトロドームにはNFLのバイキングスが残りますが、それも2011年までですね」
 「だから、新球場の方を勧めたわ。もちろん志には共感するけど、この子は思いつきでモノを言うと事があるから、ね。犬飼おうとか」
 「ふーん……」
 こなたは画面に目を戻す。
 「シアトルまで行って野球見たら、いくらくらいかかるんだろうね」
 起きている二人は、驚いたようにこなたを見た。夜の静寂をそのまま宿したかのような横顔が、ただ一途に画面を、またはその先にあるものを見つめていた。二人はそれを、きれいだなと思った。
 「さあね」
 かがみが答える。
 「私としては、ミネアポリスまでがいくらくらいか知りたいところだけど。ていうか、直行便あるのかしら?」
 海外旅行慣れしたみゆきなら、相場も知ってるだろう。だが彼女はそれには言及せずに、慎ましくこう言っただけだった。
 「行けるといいですね、いつか」
 「「「うん……」」」
 肯く二人の監督の声に、たまたま寝言を言ったつかさの声が重なった。
 「じゃあ決定だね」
 二人の美少女をしてきれいだと思わしめた横顔に、なにやら不穏な表情が急浮上する。
 「な、何よ?」
 かがみが身構える。
 「この勝負、マリナーズが勝ったら行き先はシアトル、ツインズが勝ったらミネアポリスね」
 「何を言い出すかと思えば……」
 とはいえかがみ、元来勝負事を嫌いとする方ではない。そうでなければ成績上位者に名を連ねることも、体育祭であれほど張り切ることもなかっただろう。
 「いいわ、受けて立つ」
 「むひょひょひょひょ」
 こなたは怪しく笑った。かかったな、と言わんばかりだが特に意味はない。
 「ボーイ●グが去った街に、ボ●イングの飛行機で行くつもりなんかないんだから」
 「それはもういいから……」
 かがみさんはエ●バスの機体がお好きなのでしょうか、とみゆきは思ったが、試合が再開したので言葉には出さなかった。
 打席にはツインズの主砲にして06年のアメリカンリーグMVP、ジャスティン・モルノーが入った。左打者だが、こなたはプッツの続投を決めた。
 ポリゴンで象られたゲームの中のマリナーズのクローザーは、将来四人の観光客をシアトルに呼べるかどうかを賭け、10回表のマウンドへと上がって行った。


 おわり























コメントフォーム

名前:
コメント:
  • メジャーリーグに興味も知識もある私も楽しめました。GJ!! -- コメント職人U (2009-09-17 03:15:30)
  • しっかし、この薀蓄と4人の会話の掛け合い、シンクロ・・・
    まさに円熟の域に達してるといわざるを得ない。
    メジャーリーグに興味も知識もない俺ですら、簡単に引き込まれてしまった。
    もうあなたは、この路線(薀蓄シンクロ路線)で通すべきだと思ってしまった。 -- 名無しさん (2008-12-26 20:48:33)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー