ラブレターに想いを託し、相手を呼び出してから告白するというのは、「青作戦」および「ハイイロアオサギ作戦」が発動され、スターリングラードを目指して進撃を開始したドイツ軍B軍集団が、その手前のカラーチのソ連軍陣地に対し、いわゆる「古典的な両翼包囲」で以て挑んだのと同じくらいまた古典的である。
その後スターリングラードでドイツ軍が大失敗をやらかしたからといって、その古典的方法の有用性が損なわれることにはならないだろうが、しかし彼の地を目指していたはずB軍集団が、気付いたらアマゾンに着いていましたなんてことになればどうだろう。
一大事である。大失敗である。そこに何か重大な誤謬があったということを認めざるをえないだろう。
場所はスターリングラードでもアマゾンでもなく埼玉だったが、みなみに渡された手紙は、要するにそういう性質のものだった。
その後スターリングラードでドイツ軍が大失敗をやらかしたからといって、その古典的方法の有用性が損なわれることにはならないだろうが、しかし彼の地を目指していたはずB軍集団が、気付いたらアマゾンに着いていましたなんてことになればどうだろう。
一大事である。大失敗である。そこに何か重大な誤謬があったということを認めざるをえないだろう。
場所はスターリングラードでもアマゾンでもなく埼玉だったが、みなみに渡された手紙は、要するにそういう性質のものだった。
「私に……??」
いつものようにゆたかと一緒の朝。昇降口で靴を脱ぐか否かという隙だらけの二人の前に、一人の女子生徒が立ちはだかった。その手には封筒。差し出す先はみなみの腰の高さ。
「はい……」
女子生徒の顔は俯き気味で視線は手紙に固定されたままだったが、しかし体はかすかに震えている。
「……」
みなみはそれを無言で受け取ると、女子生徒はごまかし笑いみたいなものを浮かべる。
「あ、あのすみません。渡す前に聞いとくべきでしたけど……あの……彼氏は?」
ギョッとして上げたみなみの顔が強張る。
「……いない」
「そ、そうですか。よかった……。いえ……あの、まあ、えーと……ははは」
そのようなことをわざわざ聞くということは。
「ラブ……レター?」
みなみが問うともなしに呟く。
「はい……」
女子生徒は顔を上げずに肯く。覚えはないが、多分違う組の一年生だ。取り立てて大きな特徴もなく、強いて言えばひどく平均的で、ひどく庶民的な印象を受けるといった具合だろうか。ゆたか同様小動物的な印象だが、よりせわしなく動き回った挙句迷子になるか、天敵の巣の中に転げ落ちてしまいそうな感じだった。
「じゃあ、渡しましたからね」
彼女は踵を返し、脱兎のようにその場を離れようとする。ゆたかは、彼女のこの言い方に違和感を覚えたが、その理由はすぐ戻ってきた彼女自身によって説明された。
「あ……あの、それ、私からじゃないですからね」
みなみとゆたかは、驚いたように顔を上げて彼女を見た。
「そんな……そんなわけないじゃないですか」
彼女は顔を上げみなみの顔を見るが、すぐに俯いて「はわわわわ」と言いながらモジモジと体を揺らす。ゆたかは心の中の「こなた語録」を開いた。そのページには、「ドジッ娘」という言葉が載っており、その時は目の前の存在を説明する辞書としての役割を果たした。
「二年の吉田先輩、知ってますか?」
みなみは首を横に振る。
「その、よよよよよ、吉田先輩からです……」
「はあ……」
みなみの声と表情に戸惑いの微成分が添加され、知らない人だということの表明となる。
「じゃあ」
彼女は再び踵を返し、今度こそ去った。視界から消えるまでの間に、激突しそうになったロビーの支柱と観葉植物を辛くも回避し、助けるために駆け寄ろうとしたみなみの動作を二度とも空振りさせながら。
彼女―手紙を届けたのだから、便宜上「ヘイ・ミス・ポストガール」とでも呼ぶとしよう―が見えなくなると、みなみは再び手にある封筒に目を落として見ていたが、すぐに間が持たなくなる。
「ゆたか……」
心霊スポット探索中に、不意に誰もいないはずの背後から肩を叩かれた人間のように、恐る恐るみなみはゆたかの方を見遣った。
「え……あの……よ、よかったね、みなみちゃん」
「ゆたか、顔色が……」
それこそ心霊スポットの住人のように、血の気が引いた顔のゆたかが立っていた。威風堂々と屹立するのではなく、どうにかこうにか立っていた。
「おめでとう。お幸せに……」
「そんな……まだ付き合うと決めたわけじゃないし、知らない人だから取り合えず会ってみて……ああっ、ゆたか!!」
取り合えず会うと聞いた途端、ゆたかは崩れ落ちてしまった。
いつものようにゆたかと一緒の朝。昇降口で靴を脱ぐか否かという隙だらけの二人の前に、一人の女子生徒が立ちはだかった。その手には封筒。差し出す先はみなみの腰の高さ。
「はい……」
女子生徒の顔は俯き気味で視線は手紙に固定されたままだったが、しかし体はかすかに震えている。
「……」
みなみはそれを無言で受け取ると、女子生徒はごまかし笑いみたいなものを浮かべる。
「あ、あのすみません。渡す前に聞いとくべきでしたけど……あの……彼氏は?」
ギョッとして上げたみなみの顔が強張る。
「……いない」
「そ、そうですか。よかった……。いえ……あの、まあ、えーと……ははは」
そのようなことをわざわざ聞くということは。
「ラブ……レター?」
みなみが問うともなしに呟く。
「はい……」
女子生徒は顔を上げずに肯く。覚えはないが、多分違う組の一年生だ。取り立てて大きな特徴もなく、強いて言えばひどく平均的で、ひどく庶民的な印象を受けるといった具合だろうか。ゆたか同様小動物的な印象だが、よりせわしなく動き回った挙句迷子になるか、天敵の巣の中に転げ落ちてしまいそうな感じだった。
「じゃあ、渡しましたからね」
彼女は踵を返し、脱兎のようにその場を離れようとする。ゆたかは、彼女のこの言い方に違和感を覚えたが、その理由はすぐ戻ってきた彼女自身によって説明された。
「あ……あの、それ、私からじゃないですからね」
みなみとゆたかは、驚いたように顔を上げて彼女を見た。
「そんな……そんなわけないじゃないですか」
彼女は顔を上げみなみの顔を見るが、すぐに俯いて「はわわわわ」と言いながらモジモジと体を揺らす。ゆたかは心の中の「こなた語録」を開いた。そのページには、「ドジッ娘」という言葉が載っており、その時は目の前の存在を説明する辞書としての役割を果たした。
「二年の吉田先輩、知ってますか?」
みなみは首を横に振る。
「その、よよよよよ、吉田先輩からです……」
「はあ……」
みなみの声と表情に戸惑いの微成分が添加され、知らない人だということの表明となる。
「じゃあ」
彼女は再び踵を返し、今度こそ去った。視界から消えるまでの間に、激突しそうになったロビーの支柱と観葉植物を辛くも回避し、助けるために駆け寄ろうとしたみなみの動作を二度とも空振りさせながら。
彼女―手紙を届けたのだから、便宜上「ヘイ・ミス・ポストガール」とでも呼ぶとしよう―が見えなくなると、みなみは再び手にある封筒に目を落として見ていたが、すぐに間が持たなくなる。
「ゆたか……」
心霊スポット探索中に、不意に誰もいないはずの背後から肩を叩かれた人間のように、恐る恐るみなみはゆたかの方を見遣った。
「え……あの……よ、よかったね、みなみちゃん」
「ゆたか、顔色が……」
それこそ心霊スポットの住人のように、血の気が引いた顔のゆたかが立っていた。威風堂々と屹立するのではなく、どうにかこうにか立っていた。
「おめでとう。お幸せに……」
「そんな……まだ付き合うと決めたわけじゃないし、知らない人だから取り合えず会ってみて……ああっ、ゆたか!!」
取り合えず会うと聞いた途端、ゆたかは崩れ落ちてしまった。
みなみに背負われ保健室へと運ばれる間、ゆたかの心は震えながら叫んでいた。
みなみちゃん、行かないで……。
みなみちゃん、行かないで……。
「ゆたかちゃん、お漬物食べる?」
「いただきます」
つかさの申し出にゆたかは即答した。
「ゆたかちゃん、ミートボール食べる? さっき日下部に押し付けられたのなんだけど」
「いただきます」
かがみの申し出にもゆたかは即答した。
「小早川さん、卵焼きを召し上がりますか? ウナギが包ん―」
「いただきます」
例によってみゆきの申し出にも、ゆたかは即答した。
「ゆーちゃん、コロネ二つあるんだけど、一つ……」
「うん、もらう」
こなたの申し出にもいうまでもなく、である。
ゆたかは3-Bの教室に来て、こなた、かがみ、つかさ、みゆきと昼食を共にしていた。
ゆたかが保健室で目を覚ましたのは、昼休みが始まる寸前だったという。
「腹時計」という言葉が四人の脳裏に等しく浮かんだが、「はらど―」と言いかけたつかさの口を、かがみが慌てて塞いだだけで事なきを得た。
ゆたかは事の次第を話しながら、持参した弁当をあっという間に平らげてしまい、見かねた(?)四人の食糧援助の申し出を全て受け入れていた。
「ヤケ食い」という言葉が四人の脳裏に等しく浮かんだが、「ヤケg―」と言いかけたつかさの口を、みゆきが慌てて塞いだだけで事なきを得た。
「その手紙は、昼休みにみなみさんを呼び出していたというのですね」
「そうみたいです……」
ウナギ入りの卵焼きを力いっぱい飲み込みながら、ゆたかは力なく肯く。教室に戻ったらみなみの姿はなく、ひよりたちはゆたかを迎えに行ったものだと思っていたらしい。ゆたかは弁当を手にみなみを追いかけようとしたが、どこに呼ばれたのかが分からず、途方に暮れてフラフラになっていたところを、飲み物を買って戻ろうとしていた四人の保護されて、3-Bの教室にやってきたというわけである。
疑問なのはゆたかは何故、みなみを追いかけるのに弁当が必要だったかである。四人の内つかさとみゆきは、事が済んだ後、一緒に弁当を食べるみなみとゆたかを想像し、こなたとかがみは弁当を武器として戦い、その結果弁当まみれになった「吉田先輩」を想像したが、確証を得ることなく弁当はゆたかの腹に収まってしまった。
昼休みはもう道半ば。どんなに遅くとも、みなみはすでに吉田先輩とのご対面を果たしているだろう。
「……ッ」
ゆたかが小さく唸る。四人のそんな心中を読心したわけではなく、コロネが詰まりかけただけである。緑茶のペットボトルを手にスタンバイしていたみゆきがすかさずそれを渡すと、ゆたかは一気に飲み干してしまい、次に詰まらせたらどうしようかとみゆきをおろおろさせることになった。
「だ、大丈夫よ、ゆたかちゃん」
かがみが言う。
「みなみちゃん、きっと断るって」
「うんうん、かがみほど餓えてる感じじゃないもんね」
「ミートボールを食べ損ねたくらいで餓えたりしないわよ!」
「いや、そういう意味じゃ……」
下手な慰めが通用する状況ではない。現に今、ゆたかは三年生の教室という異郷に一人なのだ。その事実を忘れるためとでもいうように、食べる、食べる……。
「その『吉田先輩』は、みなみさんとは面識がないのですよね?」
みゆきが尋ねる。
「そうみたいです……あ、ウナギもう一ついいですか」
「卵焼きですか? どうぞどうぞ。……となりますと、いきなりお付き合いというのはいかがなものでしょう。あまりに相手の事を知らな過ぎるとなると、二の足を踏むのが人情です」
「まず友達からですか?」
怯えるような目でゆたかが尋ねる。
「そ、お互いの友達も巻き込んでね」
自分の分のコロネの袋を開けながらこなたが言う。そこで何かに気付いたようだ。
「おお、そうか。ゆーちゃん」
「な、何?」
無駄に目を輝かせているこなたに、ゆたかは体を少し引く。
「『吉田先輩』の友達とのフラグが立ったね」
「え……ええっ??」
「その内ゆーちゃんも『吉田先輩』の友達に見初められて、大人の階段を上っていくんだよ、うん」
「あんたより先にか?」
かがみが意地悪顔で聞く。
「いやー、私にはもう嫁がいるんで」
こなたはかがみを抱き寄せた。
「いや、嫁というより保護者だし」
「ゆーちゃんにとってのみなみちゃんは、保護者というより飼い主かな。小動物チックだし」
「お、お姉ちゃん!」
「いやー、ごめんごめん。でも、ゆーちゃんはどうしたい?」
「どうって……それはみなみちゃんが決めることだし……。急に『吉田先輩』の友達とか出てきても……」
「うーむ、そうかあ……。私は内心、可愛いゆーちゃんの為に告白イベントのジャックを決心していたんだけどなあ」
「ジャックって、何するつもりだったのよ?」
「んー、別の告白イベントをでっち上げてみようかな、とか。私と嫁で」
またもやかがみにまとわりつこうとするこなた。
「やめんかー」
「さて……」
「いただきます」
つかさの申し出にゆたかは即答した。
「ゆたかちゃん、ミートボール食べる? さっき日下部に押し付けられたのなんだけど」
「いただきます」
かがみの申し出にもゆたかは即答した。
「小早川さん、卵焼きを召し上がりますか? ウナギが包ん―」
「いただきます」
例によってみゆきの申し出にも、ゆたかは即答した。
「ゆーちゃん、コロネ二つあるんだけど、一つ……」
「うん、もらう」
こなたの申し出にもいうまでもなく、である。
ゆたかは3-Bの教室に来て、こなた、かがみ、つかさ、みゆきと昼食を共にしていた。
ゆたかが保健室で目を覚ましたのは、昼休みが始まる寸前だったという。
「腹時計」という言葉が四人の脳裏に等しく浮かんだが、「はらど―」と言いかけたつかさの口を、かがみが慌てて塞いだだけで事なきを得た。
ゆたかは事の次第を話しながら、持参した弁当をあっという間に平らげてしまい、見かねた(?)四人の食糧援助の申し出を全て受け入れていた。
「ヤケ食い」という言葉が四人の脳裏に等しく浮かんだが、「ヤケg―」と言いかけたつかさの口を、みゆきが慌てて塞いだだけで事なきを得た。
「その手紙は、昼休みにみなみさんを呼び出していたというのですね」
「そうみたいです……」
ウナギ入りの卵焼きを力いっぱい飲み込みながら、ゆたかは力なく肯く。教室に戻ったらみなみの姿はなく、ひよりたちはゆたかを迎えに行ったものだと思っていたらしい。ゆたかは弁当を手にみなみを追いかけようとしたが、どこに呼ばれたのかが分からず、途方に暮れてフラフラになっていたところを、飲み物を買って戻ろうとしていた四人の保護されて、3-Bの教室にやってきたというわけである。
疑問なのはゆたかは何故、みなみを追いかけるのに弁当が必要だったかである。四人の内つかさとみゆきは、事が済んだ後、一緒に弁当を食べるみなみとゆたかを想像し、こなたとかがみは弁当を武器として戦い、その結果弁当まみれになった「吉田先輩」を想像したが、確証を得ることなく弁当はゆたかの腹に収まってしまった。
昼休みはもう道半ば。どんなに遅くとも、みなみはすでに吉田先輩とのご対面を果たしているだろう。
「……ッ」
ゆたかが小さく唸る。四人のそんな心中を読心したわけではなく、コロネが詰まりかけただけである。緑茶のペットボトルを手にスタンバイしていたみゆきがすかさずそれを渡すと、ゆたかは一気に飲み干してしまい、次に詰まらせたらどうしようかとみゆきをおろおろさせることになった。
「だ、大丈夫よ、ゆたかちゃん」
かがみが言う。
「みなみちゃん、きっと断るって」
「うんうん、かがみほど餓えてる感じじゃないもんね」
「ミートボールを食べ損ねたくらいで餓えたりしないわよ!」
「いや、そういう意味じゃ……」
下手な慰めが通用する状況ではない。現に今、ゆたかは三年生の教室という異郷に一人なのだ。その事実を忘れるためとでもいうように、食べる、食べる……。
「その『吉田先輩』は、みなみさんとは面識がないのですよね?」
みゆきが尋ねる。
「そうみたいです……あ、ウナギもう一ついいですか」
「卵焼きですか? どうぞどうぞ。……となりますと、いきなりお付き合いというのはいかがなものでしょう。あまりに相手の事を知らな過ぎるとなると、二の足を踏むのが人情です」
「まず友達からですか?」
怯えるような目でゆたかが尋ねる。
「そ、お互いの友達も巻き込んでね」
自分の分のコロネの袋を開けながらこなたが言う。そこで何かに気付いたようだ。
「おお、そうか。ゆーちゃん」
「な、何?」
無駄に目を輝かせているこなたに、ゆたかは体を少し引く。
「『吉田先輩』の友達とのフラグが立ったね」
「え……ええっ??」
「その内ゆーちゃんも『吉田先輩』の友達に見初められて、大人の階段を上っていくんだよ、うん」
「あんたより先にか?」
かがみが意地悪顔で聞く。
「いやー、私にはもう嫁がいるんで」
こなたはかがみを抱き寄せた。
「いや、嫁というより保護者だし」
「ゆーちゃんにとってのみなみちゃんは、保護者というより飼い主かな。小動物チックだし」
「お、お姉ちゃん!」
「いやー、ごめんごめん。でも、ゆーちゃんはどうしたい?」
「どうって……それはみなみちゃんが決めることだし……。急に『吉田先輩』の友達とか出てきても……」
「うーむ、そうかあ……。私は内心、可愛いゆーちゃんの為に告白イベントのジャックを決心していたんだけどなあ」
「ジャックって、何するつもりだったのよ?」
「んー、別の告白イベントをでっち上げてみようかな、とか。私と嫁で」
またもやかがみにまとわりつこうとするこなた。
「やめんかー」
「さて……」
がた
いつもの調子こなただったが、いつもよりずっと早くコロネを食べ終えて立ち上がる。
「みなみちゃんを探しに行ってみようか」
「みなみちゃんを探しに行ってみようか」
がた がた
「そうですね。結果が気になります」
野次馬根性をも敢えて隠そうとしないみゆき。いや、一人っ子なりに姉の顔になっている。
「仕方ないわね」
本当に仕方なさげなかがみ。
「じゃあつかさ。片付けよろ」
「あ、みなみちゃんだ。おーい」
三人の出鼻はもとより何もかもを挫くつかさ。
「「「え゛」」」
つかさの視線を辿り出口に目を向けると、息を切らしたみなみが古代文明の秘宝を見つけた冒険者のような顔で立っていた。
「ゆたか……ここだったんだ……」
少なくとも保健室と教室には足を運んことだろう。学食にも行ったかもしれない。
「みなみちゃん……」
みなみは教室を見渡し、「失礼します」と小声で頭を下げてから入ってきた。かがみが近くの椅子を引き寄せて、みなみ用の席を作ってやる。その椅子はちょうど白石が座ろうとしていたもので、彼は尻餅はおろか「後頭部餅」までついてしまったのだが、誰も気にしなかった。むしろ気になったのは、みなみの顔がひどく赤いということだ。それはゆたか探しに行脚したせいだろうし、でももし「吉田先輩」に言われたことが原因だとすると……?
「みなみちゃん……『吉田先輩』とは……?」
「会ってきた……」
「それで……?」
五人が固唾を呑んでみなみの答えを待つ。
それは白石に続いて五人分の「後頭部餅」がつかれてしまうほど驚くべきものであり、同じくらいの勢いで拍子抜けするものだった。
野次馬根性をも敢えて隠そうとしないみゆき。いや、一人っ子なりに姉の顔になっている。
「仕方ないわね」
本当に仕方なさげなかがみ。
「じゃあつかさ。片付けよろ」
「あ、みなみちゃんだ。おーい」
三人の出鼻はもとより何もかもを挫くつかさ。
「「「え゛」」」
つかさの視線を辿り出口に目を向けると、息を切らしたみなみが古代文明の秘宝を見つけた冒険者のような顔で立っていた。
「ゆたか……ここだったんだ……」
少なくとも保健室と教室には足を運んことだろう。学食にも行ったかもしれない。
「みなみちゃん……」
みなみは教室を見渡し、「失礼します」と小声で頭を下げてから入ってきた。かがみが近くの椅子を引き寄せて、みなみ用の席を作ってやる。その椅子はちょうど白石が座ろうとしていたもので、彼は尻餅はおろか「後頭部餅」までついてしまったのだが、誰も気にしなかった。むしろ気になったのは、みなみの顔がひどく赤いということだ。それはゆたか探しに行脚したせいだろうし、でももし「吉田先輩」に言われたことが原因だとすると……?
「みなみちゃん……『吉田先輩』とは……?」
「会ってきた……」
「それで……?」
五人が固唾を呑んでみなみの答えを待つ。
それは白石に続いて五人分の「後頭部餅」がつかれてしまうほど驚くべきものであり、同じくらいの勢いで拍子抜けするものだった。
「「「「「人違い!?」」」」」
「……ですか?」
こんな時でも丁寧なみゆきに、みなみは肯く。手紙には丁寧な字でご丁寧にも、やれ、
こんな時でも丁寧なみゆきに、みなみは肯く。手紙には丁寧な字でご丁寧にも、やれ、
「天真爛漫な君の事が」
だとか
「元気すぎて危なっかしくって、見守っている内に守ってやりたくもなって」
だとか、
「身に覚えのないことが書かれていて……」
体育の時間でもこれほど発汗しないだろうというくらい大汗をかき、みなみは言った。みなみが天真爛漫で元気すぎて危なっかしいというなら、判断基準がよほど変わっているか、目か頭かあるいはその両方がおかしいのだろう。そう見える人間の方がよほど危なっかしい。もっとも、手紙の文面を見る限り、そういう人間かもしれないという匂いがしないでもないが……?
「確信はなかったのですが、多分人違いだと思って……」
……呼び出された屋上に行ってみたら、案の定「吉田先輩」らしい人が待っていて、君は誰だ、何で俺の出した手紙を持ってんだ、1-Eの南に渡すよう頼んだのにという話になったという。みなみが、苗字ではなく名前の方を強調しながら自己紹介すると、「吉田先輩」は全てを悟ったようで、手紙を返したらすぐに屋上を去ったという。
「そこから芽生える愛もあると思うけど」
とはこなたで、
「ギャルゲ脳自重」
とはかがみである。
みなみによると、保健室にも教室にも姿の見えないゆたか探す方がよほど大変で、弁当もまだ食べてないという。
「みなみさん」
「はい」
「卵焼きはお好きですか?」
「え……はい」
みなみの答えを聞くと、みゆきはゆたかの方を見た。余分な箸などあるはずもないのでゆたかに食べさせてもらうようにする、というのがみゆき一流の気の利かせ方だった。だがみなみは、残念ながらウナギ入りの卵焼きを味わうことは出来なかった。
ゆたかの体が揺らぐ、傾ぐ……。
みなみが慌てて支える。ゆたかは腹を押さえ、青白い顔をしていた。
「苦しいよ……」
もはや心の苦しさが生じるはずもないので、「食べすぎ」という言葉が四人の脳裏に等しく浮かんだが誰も口にせず、かがみとみゆきに手伝ってもらってみなみはゆたかを背負う。本日二度目の保健室送り。午前のみならず午後の授業も全休確定。一体学校に何をしに来たのか??
「みなみちゃん」
3-Bの教室を出ようとしたみなみを、つかさが呼び止める。
「よかったね」
青白い顔のゆたかを背負っての保健室行き。良い事など何もないはずであるが……。
「……はい」
みなみは肯いた。
かくして四人が残されて、食べ物が粗方なくなってしまった机に顎を乗せ、た●ぱんだみたいになったこなたが呟く。
「なんかさー」
「んー」
まだ少し時間があるなと、本を取り出したかがみが気のない様子で応じる。対異性人宇宙戦争モノのスペースオペラ『人類は撤退しました』。
「虚しくない?」
みなみにしろゆたかにしろ、さらに「吉田先輩」にしろ「ヘイ・ミス・ポストガール」にしろ、彼女たちより年下なのである。
「身に覚えのないことが書かれていて……」
体育の時間でもこれほど発汗しないだろうというくらい大汗をかき、みなみは言った。みなみが天真爛漫で元気すぎて危なっかしいというなら、判断基準がよほど変わっているか、目か頭かあるいはその両方がおかしいのだろう。そう見える人間の方がよほど危なっかしい。もっとも、手紙の文面を見る限り、そういう人間かもしれないという匂いがしないでもないが……?
「確信はなかったのですが、多分人違いだと思って……」
……呼び出された屋上に行ってみたら、案の定「吉田先輩」らしい人が待っていて、君は誰だ、何で俺の出した手紙を持ってんだ、1-Eの南に渡すよう頼んだのにという話になったという。みなみが、苗字ではなく名前の方を強調しながら自己紹介すると、「吉田先輩」は全てを悟ったようで、手紙を返したらすぐに屋上を去ったという。
「そこから芽生える愛もあると思うけど」
とはこなたで、
「ギャルゲ脳自重」
とはかがみである。
みなみによると、保健室にも教室にも姿の見えないゆたか探す方がよほど大変で、弁当もまだ食べてないという。
「みなみさん」
「はい」
「卵焼きはお好きですか?」
「え……はい」
みなみの答えを聞くと、みゆきはゆたかの方を見た。余分な箸などあるはずもないのでゆたかに食べさせてもらうようにする、というのがみゆき一流の気の利かせ方だった。だがみなみは、残念ながらウナギ入りの卵焼きを味わうことは出来なかった。
ゆたかの体が揺らぐ、傾ぐ……。
みなみが慌てて支える。ゆたかは腹を押さえ、青白い顔をしていた。
「苦しいよ……」
もはや心の苦しさが生じるはずもないので、「食べすぎ」という言葉が四人の脳裏に等しく浮かんだが誰も口にせず、かがみとみゆきに手伝ってもらってみなみはゆたかを背負う。本日二度目の保健室送り。午前のみならず午後の授業も全休確定。一体学校に何をしに来たのか??
「みなみちゃん」
3-Bの教室を出ようとしたみなみを、つかさが呼び止める。
「よかったね」
青白い顔のゆたかを背負っての保健室行き。良い事など何もないはずであるが……。
「……はい」
みなみは肯いた。
かくして四人が残されて、食べ物が粗方なくなってしまった机に顎を乗せ、た●ぱんだみたいになったこなたが呟く。
「なんかさー」
「んー」
まだ少し時間があるなと、本を取り出したかがみが気のない様子で応じる。対異性人宇宙戦争モノのスペースオペラ『人類は撤退しました』。
「虚しくない?」
みなみにしろゆたかにしろ、さらに「吉田先輩」にしろ「ヘイ・ミス・ポストガール」にしろ、彼女たちより年下なのである。
はあ……
溜息が出る。
「昨日の放課後、生徒会の名簿を当たってみたのですが……」
翌朝。
登校のバスの中でみゆきが切り出したのは、「吉田先輩」の本命のことだった。
「1年E組に『南』という姓の女子生徒が在籍していました。一年生の女子で、この姓の生徒は他にいません」
「確かに、苗字にも名前にもなるわよね。『みなみ』って」
二年の「吉田先輩」のことは敢えて調べなかったという。かがみはそれで良いと思ったし、自分でもそうしただろうと思う。
「加えてDとEを聞き間違えたのかもしれないですね。業務上の必要性から聞き間違えを防ぐために、Dを『デー』と発音する職業・業界があるくらいですから」
「いや、まず始めにドジッ娘ありきだよ」
異論を挟んだのはこなたである。
「なんといっても、南さんとみなみちゃんを間違えた彼女によって、ドラマは作られたのだから」
バスは学校に着いたが、聞き役に徹したつかさを含め四人はなおも話す。
「さらに加えると、生徒やクラスがやたら多いのも原因じゃないかしら。13クラスもあると、三年になってもいまだに誰がどのクラスにいるのかとか、ほとんど把握できないし」
「うんうん、分かんないよねー」
かがみの意見に、こなたがしたり顔で肯く。
「交友範囲大絶賛限定中のあんたが訳知り顔で肯くな。覚える気もないくせに」
「いやー、嫁の全てを知ってれば十分」
「……確かに」
みゆきが肯くと、さすがにこなたも派手に驚いた。
「おお、みゆきさんも同意見!?」
「いえ……はい……あ、その、確かに二年の吉田さんや一年の南さんと聞いて、ピンとは来ませんでしたね。お恥ずかしながら」
かがみに同意見ということであるが、それはそれで引っかかるものがある。
「みゆきさん」
「はい」
「それってつまり、三年なら分かるって事?」
「はい」
「みゆき」
「はい」
「それだけでも十分立派よ」
聞き役だったつかさも肯くと、妙な説得力が生まれる。
そしてみゆきが立派だということは、すぐに証明されることになった。
3-Bの三人が上履きに履き替えていると、3-Cの靴箱の方から、コーラと間違えてバルサミコ酢を飲んでしまったような奇声が聞こえてきた。
「もらっちゃった……」
行ってみるとかがみが封筒を手にしていて、今度は三人が奇声を上げる番だった。こなたにいたっては、長い髪が逆立つほどの衝撃を受けていた。
薄ピンクの封筒には「かがみ先輩へ」という宛名書きの下に、猫の頭に尻尾が生えたかわいいイラストまで添えてあった。いや、可愛いのはイラストだけでなくて……。
「どう見ても女の子の字よね。みゆき、心当たりは?」
「G組の男子生徒に加賀美という方がいらっしゃいます」
「今度はCとGか……」
「聞き間違えたのはBかもよ」
かがみが息を飲む。こなたは何気なく言ったのだが、「かがみ」と呼ばれているのは主にというかほとんどB組においてである。
「とにかく、G組の彼宛ね。HR前に届けちゃいましょ」
G組の教室の出口で加賀美某を呼んでもらい、封筒を渡す。
「私の靴箱に入ってたの。多分あんた宛よ」
あらかじめ宛名の「先輩」という部分を指差した上で、態度と口調で同級生であることを示したため、面倒なやりとりもなくすんなりと渡すことに成功した。むしろ面倒なのは……。
「誤解されることなく渡せた?」
「見ての通りよ」
そう言われてこなたはG組の教室を覗きこむと、加賀美某の周りには男女混成の人垣が出来ていた。特にご執心なのは男子の方である。
翌朝。
登校のバスの中でみゆきが切り出したのは、「吉田先輩」の本命のことだった。
「1年E組に『南』という姓の女子生徒が在籍していました。一年生の女子で、この姓の生徒は他にいません」
「確かに、苗字にも名前にもなるわよね。『みなみ』って」
二年の「吉田先輩」のことは敢えて調べなかったという。かがみはそれで良いと思ったし、自分でもそうしただろうと思う。
「加えてDとEを聞き間違えたのかもしれないですね。業務上の必要性から聞き間違えを防ぐために、Dを『デー』と発音する職業・業界があるくらいですから」
「いや、まず始めにドジッ娘ありきだよ」
異論を挟んだのはこなたである。
「なんといっても、南さんとみなみちゃんを間違えた彼女によって、ドラマは作られたのだから」
バスは学校に着いたが、聞き役に徹したつかさを含め四人はなおも話す。
「さらに加えると、生徒やクラスがやたら多いのも原因じゃないかしら。13クラスもあると、三年になってもいまだに誰がどのクラスにいるのかとか、ほとんど把握できないし」
「うんうん、分かんないよねー」
かがみの意見に、こなたがしたり顔で肯く。
「交友範囲大絶賛限定中のあんたが訳知り顔で肯くな。覚える気もないくせに」
「いやー、嫁の全てを知ってれば十分」
「……確かに」
みゆきが肯くと、さすがにこなたも派手に驚いた。
「おお、みゆきさんも同意見!?」
「いえ……はい……あ、その、確かに二年の吉田さんや一年の南さんと聞いて、ピンとは来ませんでしたね。お恥ずかしながら」
かがみに同意見ということであるが、それはそれで引っかかるものがある。
「みゆきさん」
「はい」
「それってつまり、三年なら分かるって事?」
「はい」
「みゆき」
「はい」
「それだけでも十分立派よ」
聞き役だったつかさも肯くと、妙な説得力が生まれる。
そしてみゆきが立派だということは、すぐに証明されることになった。
3-Bの三人が上履きに履き替えていると、3-Cの靴箱の方から、コーラと間違えてバルサミコ酢を飲んでしまったような奇声が聞こえてきた。
「もらっちゃった……」
行ってみるとかがみが封筒を手にしていて、今度は三人が奇声を上げる番だった。こなたにいたっては、長い髪が逆立つほどの衝撃を受けていた。
薄ピンクの封筒には「かがみ先輩へ」という宛名書きの下に、猫の頭に尻尾が生えたかわいいイラストまで添えてあった。いや、可愛いのはイラストだけでなくて……。
「どう見ても女の子の字よね。みゆき、心当たりは?」
「G組の男子生徒に加賀美という方がいらっしゃいます」
「今度はCとGか……」
「聞き間違えたのはBかもよ」
かがみが息を飲む。こなたは何気なく言ったのだが、「かがみ」と呼ばれているのは主にというかほとんどB組においてである。
「とにかく、G組の彼宛ね。HR前に届けちゃいましょ」
G組の教室の出口で加賀美某を呼んでもらい、封筒を渡す。
「私の靴箱に入ってたの。多分あんた宛よ」
あらかじめ宛名の「先輩」という部分を指差した上で、態度と口調で同級生であることを示したため、面倒なやりとりもなくすんなりと渡すことに成功した。むしろ面倒なのは……。
「誤解されることなく渡せた?」
「見ての通りよ」
そう言われてこなたはG組の教室を覗きこむと、加賀美某の周りには男女混成の人垣が出来ていた。特にご執心なのは男子の方である。
「誰? 今の誰?」
「後輩?」
「いや、タメだよ。確かB組の……」
「タメに先輩って呼ばれてんのか。マニアックだなオイ」
「どうやってオトした? いや、オトされたのか」
「いいなー」
「後輩?」
「いや、タメだよ。確かB組の……」
「タメに先輩って呼ばれてんのか。マニアックだなオイ」
「どうやってオトした? いや、オトされたのか」
「いいなー」
……あまりうまくいってないようである。B組の一員とみなされてるあたりは案の定だし……。
「いっそ、加賀美君の嫁になっちゃったら?」
B組、あるいはC組の方に歩くかがみに追いついたこなたが言う。
「なんでよ」
かがみは不機嫌そうに言った。予想外の剣幕に、こなた勢いを失う。
「いや……加賀美かがみになるから……」
言い訳がましくそう言うこなたを呆れたように見て、
「マイヤー・マイヤーじゃあるまいし……」
と、87分署のユダヤ人刑事を引き合いに出してこなたを煙に巻いてから、かがみはなぜかC組ではなくB組の教室に入っていった。HRまでの残り少ない時間をそこで過ごすつもりらしい。
こなたの口が次第にネコ口になり、ネコ口がほくそ笑む。
「やっぱり、かがみは可愛いね~」
噛み締めるように呟くと、こなたはかがみに続いてB組へと入って行った。
「いっそ、加賀美君の嫁になっちゃったら?」
B組、あるいはC組の方に歩くかがみに追いついたこなたが言う。
「なんでよ」
かがみは不機嫌そうに言った。予想外の剣幕に、こなた勢いを失う。
「いや……加賀美かがみになるから……」
言い訳がましくそう言うこなたを呆れたように見て、
「マイヤー・マイヤーじゃあるまいし……」
と、87分署のユダヤ人刑事を引き合いに出してこなたを煙に巻いてから、かがみはなぜかC組ではなくB組の教室に入っていった。HRまでの残り少ない時間をそこで過ごすつもりらしい。
こなたの口が次第にネコ口になり、ネコ口がほくそ笑む。
「やっぱり、かがみは可愛いね~」
噛み締めるように呟くと、こなたはかがみに続いてB組へと入って行った。
おわり
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- かがみの件は実は人違いではなかった、というオチかと予想してたら違ったか。 -- 名無しさん (2009-06-07 20:58:52)
- 司つかさの他、幸みゆき(みゆきみゆき)、さらにみなみのケースとは逆に、「泉」を名前の方だと思った誰かさんたちの間違いのラブレターを、四人が同時に受け取る、なんてオチも考えてました。 -- 42-115 (2008-09-25 20:31:56)
- つかさもありえるのかな。司つかさ とか。
-- 名無しさん (2008-09-25 02:17:52) - 細かい部分がすごく面白い。加賀美かがみとかw -- 名無しさん (2008-09-24 00:36:54)