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玄関で寝ちゃった

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 国民単位での寝不足の原因を、「深夜番組が面白すぎるから」とするユニークな意見がある。
 なるほど、深夜ドラマあり、スポーツニュースあり、映画もあればお笑いもある。そしてこなたのような趣味の持ち主を夢中にさせてやまないアニメも……。
 これだけあれば、自分に合うものを何かしら見つけ出す事は難しくなかろうし、少なくともこれだけ色々繰り出されればしばらくは飽きる事はない。寝不足になるほど熱中する気持ちも分からないではない。
 ……でも、毎晩はいいなあ。
 ゆたかはあくびをしながら、テレビの画面から目を離す。前に見た時は「1」のところで体を重ねて熱愛中だった時計の針が、今は背中を向け合うようにして別居状態である。眠気覚ましにと淹れたコーヒー同様、長針と短針の夫婦仲はすっかり冷めてしまったらしい。二人の子供か飼い犬のように、細い秒針だけが元気に文字盤を走り回っていた。
 今、泉家にはゆたか一人。こなたは彼女の将来やら成績やらを心配したかがみに引っ張り出され、泊り込みの勉強会で不在である。何の教科かは分からないが、かがみは「基礎と根性を叩き直してやるわ」と息巻いていたという。でも今頃は、翌日が休みであるのをいい事に、深夜アニメをリアルタイムで見るべく臨戦体勢であろうか。
 そうじろうも不在であったが、こちらは泊り込みではなく、恩義ある先輩作家の出版記念パーティに招かれているためである。ゆたかは、そうじろうの帰りを待って起きていた。というのも……。
 「何の本なんですか?」
 慣れない正装のため、ネクタイの長さの調節に苦心するそうじろうに聞いてみた。
 「酒をテーマにしたエッセイ集だよ。業界じゃ『利き酒大魔王』の異名を持つほどの……まあ、言ってしまえばマニアでね。趣味が昂じに昂じて、連載の話が来て、それが好評で本まで出しちゃったのさ。あーあ、俺の趣味じゃそうはいかないなあ……」
 ゆたかにはピーンと来るものがあった。酒に関連する本の出版記念パーティなら、即ちそれ自体が酒の席となることは想像に難くないし、恩義ある先輩作家が主役となれば、二次会・三次会にも付き合う事になるだろう。
 「ゆーちゃん、先に寝てていいよ」
 そうじろうはそう言って出かけていったものの、妙な胸騒ぎがしてならない。そうじろうはちゃんと帰って来られるだろうか。警察に保護された挙句にゆいの世話になるような事はないだろうか。確かめてからでないと眠れそうになく、例え眠れたとしても夢見が良いものにはならないだろう。そう思ったゆたかは、深夜番組を友にして起きている事にしたのだった。
 テレビ欄にはタイトルの一部しか記載されていないため、内容が計り知れない番組の正体を確かめようとリモコンに手を乗せた時、外の方で車が止まる音が聞こえた。ゆいのヴィヴィオではない。第一停まり方が丁寧だ。
 「伯父さん……?」
 タクシーで帰ったか、誰かに送ってもらったか。やがて走り去る音がした。
 ゆたかは立ち上がり、玄関へと向かう。ゆたかがすでに寝たものだと思っていたのか、インターフォンは鳴らない。その代わりドア越しに、
 「鍵……鍵……」
という声が聞こえた。呂律が回らなくなってはいるが、紛れもなくそうじろうの声である。
 「伯父さん、今開けます」
 今会いに行きますくらいのノリでそう言って、ゆたかはサンダルをつっかけてロックを解除。ドアをそっと開ける。
 「お゛お゛~、ゆ゛ーちゃん~。待っててくれたがぁ~」
 そんな声とともにそうじろうが中に入ってきた。視点の低いゆたかからすると、伐採された大木の如しである。そうじろうはたたきの所で一回転すると、段差に当たって倒れる。バランスが悪かったのか、遠くから見た雪崩のようにゆっくりズルズルとたたきの方へ落ち、そこに膝を突く形で止まった。何故か太腿にネクタイが巻かれている。ネクタイは首に巻くからneck tieであり、「あたし●ち」の父を持ち出すまでもなく、ヨッパライなら頭に巻くというのが一般的なイメージである。どうやら動脈叢を撃ち抜かれたわけでもなさそうなので、これはそうじろうなりのオリジナリティなのだろう。さすが作家さん、とゆたかは感心した。
 が、実際はそれどころでもないのである。というのも……。
 「おかえり……なさい……伯父さん……。え、えーと……」
 実子であれば「お土産は?」とでも聞くところだろうが、姪であるゆたかは遠慮して慎重に言葉を選んでからこう言った。
 「……起きないんですか?」
 そうじろうは、ツタからツタへの飛び移りに失敗したターザンのような格好のまま微動だにしない。すでに倒れて(寝て)いる以上、その答えは「然り」の模様である。
 そうじろうは、玄関で寝ちゃったのである。




 耳を澄ませば虫の声。そうじろうの寝息が混じってしまい、あまり風流ではない。
 開け放たれたままのドアの向こうには、夜の世界が広がっていた。小早川ではなく尾崎なら、盗んだバイクで走り出していくところだろうが、ゆたかはドアを閉ざす事にした。そして難題に直面した。
 長身のそうじろうの脚が、ドア枠の外にわずかにはみ出していたのである。これでは閉める事ができない。
 「伯父さん、あの、脚が……」
 ただの屍ではないが、返事がない。反応もない。
 「……」
 仕方なくゆたかは、そうじろうの足首を掴んで曲げさせた。だが手を離すと、城壁に向かって石を擲つカタパルトのように宙空に半円を描いて元に戻ってしまう。こうなったらやむを得ない。
 「伯父さん……失礼します」
 ゆたかはドアの方に立ってそうじろうの脚をもう一度曲げさせると、お尻で押さえ込んで戻らないようにした。端から見れば便座の上げ下げの様に見えるかもしれないが、当人至って真剣である。
 それが功を奏して、ゆたかはドアを閉める事に成功した。
 さらば、15の夜。さらば、便座。ゆたかがどくと、そうじろうの足は再び半円を描き……。

 ガン

 ……ドアを蹴った。穴でも開いたら、全ての原因を作ったエッセイ集ででも塞ぐとしよう。
 その衝撃は弱からざるものがあったが、そうじろうは起きようとしなかった。靴を脱がせ、自分もサンダルを脱ぐと、床に上がりそうじろうの顔を覗き込む。
 「伯父さーん、起きてくださーい」
 肩をゆすぶってみる。反応は限りなく無に等しい。あと五分どころか五週間でも寝ていそうである。もしそうなれば、三年寝太郎の足元くらいには匹敵するだろう。観察日記をつけておけば、そのまま出版できるかもしれない。医学的にも貴重である。だが、玄関でやられては困る。
 というわけで、そうじろうを起こさなければらなない。
 でも、どうやって?
 ……とりあえず、ゆたかはくすぐってみた。
 「こしょこしょこしょ……」
 そうじろうの脇腹を、ゆたかの指が騎兵突撃。蹂躙する。
 「ん……んふ……」
 反応あり。そうじろうは酒気交じりの息を吐いて笑う。だが、それだけだった。起きてはくれない。やがて指が疲れてしまったので、ゆたかは攻勢を停止させた。そうじろうの脇腹と酒という組み合わせは、ワーテルローのイギリス軍陣地並みに騎兵に対する耐性があるらしい。ウェリントン将軍もびっくりである。
 「……」
 疲れた指をさすりながら、ゆたかは玄関で寝ているそうじろうを観察する。それは何かを連想させた。岩崎家のチェリーだ。その事に気付いたゆたかは、以前チェリーに対してしたようにそうじろうの手を取って歌い始めた。
 「♪ そうじろう伯父さん そうじろう伯父さん そうじろう伯父さんは 大きいな」
 大木のように倒れたそうじろうであったが、横たわる姿はゆたか的には大河のように思えた。沿岸で文明が発生しそうである。何なんだろう、この理不尽な大きさは。これだけ大きいと、見えるもの全てが自分とは違うだろう。だからゆたかは、一度そうじろうに聞いてみたいと思っていた。

 「夜明けは早いですか?」

と。
 気の早いクリスマスソングに乗せて、そうじろうが大きいというテーマで三番まで歌ってみたが、起きてはくれなかった。まあチェリーも似たようなものだったから、こんなものなのかもしれない。
 「ふう……」
 結果に落胆して肩を落とすが、それでもめげずに次の一手を考える。
 そうだ、ショック療法はどうだろうか。
 そうじろうにとってショックな事というと何だろう。
 仕事関係?
 締め切りが一週間繰り上がったとか、出版社が倒産したとか……それでは悪辣すぎるだろうか。
 では……。
 「伯父さん、こなたお姉ちゃんの彼氏さんが見えましたよ」
 カタカタカタと廊下を叩き、足音の効果音……のつもり。

 こほん

 咳払い一つ。声色を変え……。
 「はじめまして。こなたさんとお付き合いさせていただいております、ゆたかです。突然ですがこなたさんを僕にください、お父さん」
 ゆたかは、一人芝居を打った。
 こなたを溺愛し、男が出来やしないかと普段から戦々恐々のそうじろうのこと。どこぞの馬の骨がいきなりこなたを嫁にしたいと言い出すほどのショックはないだろう。男みたいな名前も好都合だった……。でもまさかこなた役を演じるわけにもいかなかったので、彼氏の「ゆたか」君を案内したものゆたかだった。即席の脚本と役者不足ゆえ、これは致し方ない。
 だが、そうじろうは起きなかった。まだ衝撃が足りないらしい。
 ではこの後はどう展開させるか。ゆたかはすばやく考える。
 さっき役所で入籍を済ませ、新居も見つけた。こなたは妊娠三ヶ月で、赤ん坊の性別も分かっており名前も決まっていて、そうじろうへの挨拶を済ませたらベビー用品を買いに行く予定……。
 そういったプロットで芝居を続けようとしたその時だった。

 「んごー」

 拍手でも歓声でもなく鼾。それが唯一の観客である(はずの)そうじろうの反応だった。これではとても演技を続ける気なんて起きない。
 「はあ……」
 再び肩を落として溜息をつく。そこまで退屈な演技だっただろうか。それはこなたを嫁にしたい人にとっては好都合かもしれないが、ゆたかにとっては大いに不都合だった。
 もうこうなったら正攻法しかない。力ずくで何とかする!
 ゆたかはそうじろうの腕を掴み、二の腕の辺りを肩の上に乗せて立ち上がろうとした。
 「よいしょ!」

 ビリッ

 「!?」
 ……何か嫌な音がした。まるで布地が破れるかのような……。
 しかしそうじろうの体がゆたかの背中にぺったりつく格好になっているため、どうにも確かめようがない。ともあれ立ち上がる事には成功した。そうじろうは背後霊のようにゆたかに負ぶさる格好になっているが、背後霊と違って脚があるため、引きずられる事になる。とはいえこのまま放置する事はできない。どこで何が破れたか確かめるのも、運んでからだ。
 「……うんしょ」
 どうにか一歩を足を踏み出し、自分とそうじろうの体を前進させることに成功した。
 よし、この調子で一歩ずつ進んでいけば……あれ? そういえばどこに運ぼうとしてたんだっけ? ていうか、伯父さんの部屋は二階……。

 へなへな……
 どってん

 重大かつ致命的なその事実に気付いてしまい、全身の力が抜けたゆたかはそのまま床に崩れ落ちた。ゆたかは潰された上に肘を打ち、そうじろうは軽く額を床にぶつけてゴンという音を立てる。
 「ご、ごめんなさい、伯父さん」
 「んごー」
 ゆたかは肘の痛みに耐えながら謝ったが、そうじろうは相変わらずだった。これでは朝まで目覚めないだろう。
 二人の体は床に折り重なる形になっていて、そうじろうがゆたかを襲っているようにしか見えない状態だったが、ゆたかはすぐに抜け出そうとせずそうじろうの顔を見つめていた。それは肘の痛みのせいだけでなく、ある記憶を呼び起こしたからだった。
 そういえば、夏場にもこんな風に一緒に昼寝したっけ……。
 そうじろうの頭が再び勢い良く落下しないようにそっと抜け出し、ゆたかは考える。
 このままじゃ二階はおろか、自分かこなたのベッドまで運ぶ事もままならない。運べない以上、玄関で寝てもらうしかないようだ。だが下が床では布団に比べて熱を奪われすぎて、体によくないだろう。それ以前に、ゆたかを襲う睡魔と疲労感が、彼女を限界に追い詰めていた。
 ゆたかの選択肢は極めて限られていた。
 「……」
 ゆたかは疲れた体を引きずるようにして自室に行くと、ベッドの上の掛け布団を引きずって来て、玄関で寝ちゃったそうじろうの上にかけた。
 「おやすみなさい、伯父さん……」
 ゆたかもその布団の中に入る。
 「……吐かないでくださいね」
 そう付け加えながら。




 「うおおおおおおおおおお」
 翌朝。
 そうじろうの一日は、こんな叫び声で始まった。それも、ゆたかが同じ布団の中に寝ていればこそである。
 つまり彼は、

 酔ってタクシーに乗ったところまでは覚えている
 ↓
 ゆーちゃんが同じ布団で寝ている
 ↓
 酔った勢いでひどいことをしてしまった
 ↓
 姪に手を出しちゃった
 ↓
 がーん

と考えたのである。
 「……?? あ、おはようございます、伯父さん」
 そのやかましい声にゆたかは目を覚ましたが、そうじろうは脇の下が破れたスーツのまま何故か叫びつつ二階に駆け上がっていってしまったので、朝の挨拶は届かなかった。それは絶望の深さを表しているらしいのだが、寝ぼけ眼のゆたかは、何か画期的な小説のアイデアでも思いついたのだろうくらいに思った。
 よかったですね、伯父さん……。
 人の気も知らないでゆたかが微笑んでいると、そばにあった家の電話が鳴った。
 「もしもし、泉です」
 『おはよー、ゆーちゃん。こっちも泉だよ』
 こなたからの電話だった。
 「こなたおねえちゃん、おはよう。昨日どうだった? 勉強はかどった?」
 『いやー、かがみに基礎を叩き込まれるついでに、別のモノを叩き込まれないかヒヤヒヤだったよ』
 すかさず「変な事言うな!」というかがみのツッコミが聞こえてきた。
 「そうなんだ……」
 含意までは分からないので、取り合えずゆたかは納得しておいた。
 『ゆーちゃんこそ、おとーさんに変な事されなかった?』
 実は内心、それが心配で朝一の電話を掛けたのである。
 「うーん……私の方が変なことしちゃったかも」
 『寝ているおとーさんの額に「肉」って描いちゃったり?』
 こなたが声を潜める。これくらいの冗談で済めばいいなという願望の現われだろう。
 「……もっとひどいかも」
 『ど、どんなふうに?』
 「えと……伯父さんをくすぐったり、犬みたいに扱ったり」
 こなたは、そうじろうを調教するゆたかを想像してしまった。
 『……え゛』
 「伯父さんの上に乗ったり、逆に乗られたり」
 こなたは、ベッドの上でくんずほぐれつアーッな二人を想像してしまった。
 『はわわわ……』
 「伯父さんの服を破いちゃったり」
 こなたは、嫌がるそうじろうを無理矢理脱がせるゆたかを想像してしまった。
 『……』
 「それにね、お姉ちゃん」
 思いつめたようなゆたかの口調に、こなたは更なる爆弾発言の予感を覚え、心の中で身構えた。この愛くるしい従妹は、どれほどそのイメージにそぐわない事を言ってのけるつもりだろうか?
 『うん』
 「私……」
 『うん』
 「伯父さんと一緒に……」
 『うん……』
 「玄関で寝ちゃった」




 おわり
























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  • そうじろう\(^o^)/ -- 名無しさん (2013-08-05 10:07:13)
  • 面白すぎるwww
    最高!!GJ! -- 名無しさん (2010-04-12 00:58:45)
  • ゆーちゃん可愛いw -- 名無しさん (2009-04-12 23:11:29)
  • 「どうやら動脈叢を撃ち抜かれたわけでもなさそうなので」は笑えた。
    ヤン.ウエンリーネタですね。 -- 名無しさん (2008-11-09 07:29:33)
  • ぐっじょぶ!
    ニヤニヤさせていただきました。 -- 名無しさん (2008-11-09 07:06:57)
  • で、こなたがゆい姉さんに言っちゃったらそうじろう
    マジでやばいことに・・・・・・www

    酒とは怖いもんですなぁw -- taihoo (2008-11-09 02:31:17)
  • 描写や表現が面白かったです。
    コテコテのネタとは言え、完成度が高くて楽しく読めました!
    過去作品も見てみようっと♪ -- 名無しさん (2008-10-26 07:27:02)
  • はわわわ……

    誤解されるよ、そんな言い方じゃ(^-^;

    いや、言ってる事に間違いはないんだけどさ(-。-;)


    あの後、そうじろうは勘違いしたこなたにボコられたのか、誤解は解けたのか… -- Kーもんず (2008-10-25 19:09:57)

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