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甘く消える雲の欠片

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 口いっぱいに頬張った思い出。その甘さに頬を緩ませる――。

『甘く消える雲の欠片』



 静まり返った家の中。
 それとは対照的に、外から聞こえてくる騒がしい音。
 参考書のページをめくる。
 直接そこへと、またはルーズリーフの一枚へと、必要なことをシャーペンで書き込んでいく。
 紙の上をペンがスラスラと滑る。
 時折行き詰まって、クルクルと回転させてみる。
 芯を出そうと、頭の部分を何度かノックする。
 そのページが終わって、ふぅと口から息を漏らす。
 そういえば――と、思ってかがみは顔を上げた。

 さっきまで聞こえていた、もう一つの音が、いつのまにか聞こえなくなっていたから。


「……つかさ
「へっ?」
 と、目の前で自分と同じように勉強していたはずの双子の妹のつかさが、ハッとしたように見つめ返してきた。
「あ、ぅ、え、ぁ……」
 などと顔の表情だけで物凄く慌てているのを表現するという器用なことをする妹に、かがみは苦い笑いを顔に浮かべる。
「手、動いてないみたいだけど?」
「あ……。えっと、その……」
 ばつが悪そうに、つかさは頬をかく。
 かがみはそんな妹に苦笑して、持っていたペンを机の上に置いた。
「やっぱり……、――気になる?」
「え?」
「お祭り」
 あ……、とつかさの口から声が漏れた。
 相変わらず家の外からは、太鼓の力強いリズムに合わせて、盆踊りの独特のメロディが流れてきていた。
 そしてそれといっしょに、雑踏の中のような大勢の人が作り出すざわめきが、わずかに聞こえてくる。

 ここに居ると、こんなふうに聞こえるのね――、とかがみは思った。



 今日は、柊家の神社にて夏のお祭りが行われている。
 一年の中で、お正月と同じくらい人で賑わう、大きなイベントだ。
 いつもだったら、かがみたちも姉と一緒に多少なりとも準備を手伝って、そのあと夜には出店にでも繰り出したりするのだけど。
 でも今夜は……、あの人波もまったく見えない、家の中で過ごしていた。
 それはもちろん、今年二人は受験生だったから。
 手伝いについては、(しようかと尋ねもしたけれど)大丈夫だと言われ、むしろ息抜きぐらいなら来てもいいと言われたぐらいだったのだけど、でも二人はそれを断って、今はかがみの部屋で受験勉強に精を出していた。
 去年までは間近で聞いていたあの音が、この部屋では、はるか遠くにあるように感じる。
 家の中には誰もいなくて、二人っきりの静かな時間が淡々と流れていた。
 シンと静まり返っていながらも、遠くの場所からざわめきが聞こえてくる。
 周りから、ここだけくっきりと抜き出されたような、変な感覚。
「……少し、休憩しよっか」
 そう言って、かがみは開いていた参考書を閉じた。
「……うん」と、つかさが頷いた。

 かがみは立ち上がると、自分のベッドまで行ってそこへと腰をかけた。
 そのまま背中から倒れこむ。
 上下逆さになった視界に、開いた窓が映った。
 休憩にでもなったのだろうか。
 さっきまでかかっていた曲が終わってから、新しいものが流れてこなくなった。
 賑やかだった音が消えてしまって、さらに部屋の中が静かになってしまったような気がする。
 ギシっ――と、つかさがベッドの上へと昇る音がした。
 視界に映った妹は、窓の前からその向こう側を見つめ始めた。

「……やっぱり、行きたかったんじゃないの?」
 その横顔へと問いかけてみる。
「んー、でも……。やっぱり遊んでばっかりもいられないし」
 つかさは少し困ったような顔で言う。
「それに私が言い出しちゃったわけだから……」
 それなのに行きたがってなんていられないよ、とつかさは苦笑する。
 『毎日がんばってるんだから、今日ぐらいはいいんじゃないの?』と母に(親なのに)言われたり。
 『遊べるときに遊んでおかないと……、駄目なときもあるのよ……』とか『たった一日ぐらいじゃ、まったく変わらないって』と(社会人と大学生なのに)姉達にも言われてたりもしていたけれど、
 今日のことについては、めずらしくつかさのほうから「やめておこっか?」と言ってきたのだ。
 もっと迷うかと思っていたのに、割とあっさりしていたのを見て、拍子抜けした記憶がある。
 ちょっとは大人になったのかな、と思ったりもした。

 つかさはいつも子供っぽい感じだけれども、最近になって……時々大人っぽくなったように見えるときがある。
 そんなとき、いつもかがみはなんだか変な感覚を受けていた。
 もやっとするような、……ドキッとするような。
 ジーッと窓の向こうを眺めている今の姿も、少しだけそんな感じがした。
 まっすぐに外を見つめる視線が、気になる。
 何を見ているのか。
 その目に何が映っているのか。
 そういえば、つかさも自分と同じ年なんだと、こんなとき実感する。……かなり失礼かもしれないけど。
 そう思いつつ、横顔を見つめていたら、つかさがふいにポツリと呟いた。
「わたあめ食べたいな……」
「………。………」
 かがみはゆっくりとした動作で、額へと手を持っていった。



 窓の向こう側からは、相変わらず人が騒いでいる音が聞こえてきている。
 つかさは口元に指を当てながら、悩ましそうに眉を寄せていた。
 さっきはあんなこと言っておきながら、頭の中ではお祭りの屋台の姿が浮かんででもいるのだろう。
 まあ、その気持ちは判らなくもないのだけど……。
「そういや……」
「?」
 呟くと、つかさが視線を外してかがみへと振り向いた。
「あんた、わたあめ食べると必ず鼻の頭につけるわよね」
「え……? そ、そうかな」
 つかさは恥ずかしそうに視線をそらす。
 去年、みゆきやこなたと一緒にお祭りへ行ったときもそうだった。まるで小さい子供みたいに嬉しそうにしながら、鼻のてっぺんに白いかたまりを乗せていたっけか。
「小さいころも、顔中ベタベタにしてお母さんに拭いてもらってたよねぇ……」
 顔のいたるところにワタアメ引っ付けて、にこにこしていた姿が今でも目に浮かぶ。
「で、でもそれは……。……お姉ちゃんもだよ?」
 そう言ってつかさが反論してきた。
「……そうだっけ」
「うん。お姉ちゃんと二人で一緒に、一つの大きいのを食べてて……」
「……ああ」
 言われてみれば、確かにそういうことがあったかもしれない。
 自分もまた、母親に顔を拭いてもらっていたのを、おぼろげに思い出した。
 あれは……幼稚園ぐらいだったろうか。
 姉たちが食べていた、白くてふわふわなのが欲しくてしかたがなくて。
 つかさと一緒に買ってもらって、二人で夢中になって頬張っていた気がする。
 雲みたいに白い物体が、口の中に入った瞬間シュッと消えて、甘い味が口の中に広がる。
 ふわふわな白いヤツ。
 儚いぐらいすぐ消えてしまう、甘い――お菓子。

「思い出したら、なんか食べたくなってきた……」
「でしょ?」
 というか、少しお腹が空いてきたような気もする。
「りんご飴とかも食べたいな……」
 つかさがポツリと呟く。
「あんず飴もね」
「うん……」
 段々と頭の中に、道の両端にズラッと並ぶ屋台の光景が浮かんできた。
 どれもこれもおいしそうなものが並んでいる。
 何かの焼ける音がする。
 甘い匂いが、ソースの香りがどこかから漂ってくる。
「たこ焼きなんかも食べたいな」
「……お好み焼きとか、広島焼きとか、焼きそばとか」
「フランクフルトとか……、焼き鳥みたいなのとか……」
「じゃがバターとか、イカ焼きとか。それにさっきの甘いものに、ソースせんべい、かき氷……」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…………射的とか、くじ引きとか、金魚すくいとかも……あるよね?」
「ま、まあ……」
 脳内で食べ物関係ばっかり並んでいた屋台の列に、それらもついで付け加えておく。

「お姉ちゃんこそ、もしかして行きたかった……、とか」
 つかさが様子を伺うように首をかしげた。
「ん? んー……、まあ、行きたくなかったって言ったら嘘になる、かな」
「………」
 未練……まではいかないけれど、多少は行けなくて残念という思いはある。
「でも、まあ……。二人で決めたことだし、それに……また来年もあるでしょ?」
 そう言いながら、かがみはベッドから身を起こした。
 窓の前で、少し元気がなさそうにしている妹に向かって、笑みを浮かべる。
「めったな事が無い限りは、また来年もあるんだから。そしたらそのとき……、めいっぱい、ワタアメを食べればいいんじゃない?」
「………。そう……だね」
「まあ、ちゃんと受かれたらだけどねぇ」
「あ、ぁー……」
 と言って、つかさが気まずそうに目をそらした。

 盆踊りの曲が、また聞こえ始めてきた。
 お腹に響くようなあの太鼓の音が、今は少し遠いところから鳴り響いている。
「来年も行けなくなる、なんてならないためにも、そろそろ再開しよっか」
「……うん」
 つかさはそう言うと、少し寂しそうに、でもどこか――大人っぽい笑みで窓の外を眺めたあと、ベッドの上から降りた。
「来年は、絶対行こうね」
「……みんなと一緒にね」
「…………え?」
「それとも、二人っきりのほうがいい?」
 少し意地の悪い笑みを浮かべながら、つかさに問いかける。
「あ、えっと……」
 つかさは少し考えてから……、やがて、
「……ううん」
 と、首を横に振った。
「あ、お姉ちゃんと二人っきりがイヤとかじゃないよっ? むしろその……別にそれも……」
 と、予想通りの反応をする妹の姿に笑みを浮かべながら、かがみもベッドから立ち上がった。
「わかってるわよ」
 困ったように眉を寄せるつかさの頭を、そっと撫でる。
 確かに二人っきりもいいかもしれないけれど、去年のあの時みたいに、またみんなで夜店を回るのもいいと思う。
 来年は、同じ場所に集まる機会なんて、ほとんどなくなってしまう。
 これからだって、そんなふうに出来る事もどんどん少なくなっていくだろう。
「行ける……よね?」
 つかさが、そっと呟いた。
「約二名ほど怪しい人間がいるけどね」
「も、もうそれはわかってるよ……」
 言いながら、頬を膨らませる。
「じゃあ、また席について。……今日はつかさにやる気があるみたいだし、徹底的にやるから覚悟しなさいよ?」
「あ……、それとこれとは……」
「いいから、ほら!」
「ぁぅ……」
 さっきまで勉強していた机の前へと、つかさを座らせる。
 かがみもまた、彼女の前の席へとつく。
 つかさが憂鬱そうにため息をついた。
 だけど顔を上げると、目の前で笑っている姉と視線を合わせて――、……ゆっくりと笑みを浮かべた。





 祭囃子の音がする。
 手を繋いで、いつもと違う光景に目を輝かせ。
 手に持った綿菓子を、口いっぱいに頬張った思い出。

 嬉しくて、顔を合わせて笑いあった。
 雲に浮かんだ、――あの日のように。




 fin.


















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  • こんな裏話が…… -- 名無しさん (2009-08-31 00:42:37)

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