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みなゆた喧嘩もの 2話

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だれでも歓迎! 編集
「行くよ」
 ゆたかが小声で告げる。
 しばらくの間、みなみは何かを考えあぐねているかのように立ち尽くしていたが、やがて無言で頷き、それから軽く腰を落として両手を前に構えた。
 心の準備は整った、ということらしい。
 場にみなぎる緊張感が、一段と強くなる。
「やあぁぁぁ……」
 全ての遠慮を捨て、ゆたかが助走を開始する。
「ええぇぇいっ!」
 大きく振りかぶって、投球。
 激しく回転するゴムボールが、正午の温い空気を切り裂く。
 白く細い腕が生み出したものとは思えない、重量感にあふれた一投だった。
 その重さは、つまり意地の重さでもある。
 ゆたかは全力を出し切った。

 ……それでも。
 普段40点しか取れない者が珍しく60点を叩き出したところで、コンスタントに80点の結果を出し続ける相手を超えることはできない。

「あーあ」
 ギャラリーのひとりが、心底残念そうなため息を漏らす。
 その感慨は、場を見守っている全員が共有しているものだった。
「……」
 みなみが、無言で立っている。
 しっかりと両手にボールを包み込み、感情の読み取りにくい表情を保ったまま、コートの中央に健在である。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
 ゆたかは、荒い息を吐いている。
 成すべきことを遂行した途端、これまで気力で押さえつけていた疲労感が一気に肩にのしかかってきたのだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、やっぱり、みなみ、ちゃん、すごい、ね」
「……それほどでも」
 軽い頭痛に襲われながらも、ゆたかは微笑して見せた。
 そして先ほどのみなみと同様に、足を肩幅に開いて腕を前に突き出し、来るべき攻撃に備えた。
 ……頭がグラグラするけど、まだ倒れるわけにはいかない。
 倒れるのは、きちんとボールにぶつかってからだ。
 そうしないと、本当に「闘った」ことにはならない。
 正々堂々とみなみに立ち向かって敗れていった、「普通の」クラスメイトたちと同じ位置に立つことができない。
「ゆたか」
「なに?」
「少し痛いかもしれないけど、我慢して」
 みなみの腕が事務的に動く。
 顔と同じ高さまでボールを持ち上げ、そのまま振り下ろすようにして……


 ぽん。
 ボールが、極めて静謐に地面とキスした音。

 それから、少し遅れて……ぴーっ!
 決着を知らせるホイッスルが、高らかに鳴り響いた。


 誰もが目を疑った。
 殺人的な速度で前に飛ぶはずだったボールが、みなみの足元に虚しく転がっている。

 相手の攻撃ボールを見事にキャッチできても、投げ返そうとした瞬間に手を滑らせて地に落としてしまったなら、それはルール上「攻撃を受け損なった」ことと同義になってしまう。
 だから、体育教師はホイッスルを吹いたのだ。
 つまり、みなみは負けて、ゆたかが勝ったのだ。

「オーゥ! 大逆転デース! イッツミラクル!」
 パトリシアの衝動的な歓声に続いて、静まりかえっていた観衆が一斉にどよめき始める。
「いやー、一時はどーなっちゃうことかとヒヤヒヤしたけど」
 外野から駆け寄ってきたひよりが、ゆたかの手を握る。
「どんな勝ち方であろうと、とにかく勝ちは勝ち! 我々の大勝利っスよー!」
「根性あるじゃねぇか小早川!」
「あの岩崎を相手に、よくビビらずタイマンはれたもんだ! 見直したぜ!」
 ゆたかが長い間ずっと求め続けてきた賛辞が、周囲から一斉に投げかけられる。
 だが、今の彼女の聴覚はそれらを空疎なものとしか捉えられない。
 ゆたかは周りの誰とも目を合わせず、ただ呆けたようにコートの向こう側を見つめている
「……あ、あの」
 みなみは何事かをゆたかに伝えようとしたが、ゆたかを取り巻く熱っぽい輪にどうしても近づくことができず、結局口をつぐんだ。
「どうしたの? もしかして、また気分が悪いの?」
 ひよりに真正面から目を覗き込まれ、ゆたかはようやく我に返る。
 慌てて「ううん、たいしたことはないよ」と応えようとしたが、その前にひよりは
「ああっ、顔色悪い! 先生すみませーん! 小早川さんが危篤状態でーす!」
 体育教師に向かって大袈裟に報告してしまった。
 そうなれば、後の展開は決まったようなものだ。
 まず、教師がみなみの名を呼ぶ。
 そして、ゆたかを保健室に連れて行くよう指示をする。
 室内で待っている天原は、早退するように勧めてきて……
「……行こう、ゆたか」
「嫌だ。私、ここにいたい」
 輪の切れ目からみなみがおずおずと差し伸べてきた手を、ゆたかは拒絶した……と言うより、まるでそんな手など最初から見えていないかのように無視した。
「先生。そこの木陰で見学していてもいいですか」
 授業の現場からできるだけ離れまいとする心意気に打たれた教師は、迷うことなく首を縦に降る。
 そして、ゆたかは重い足取りで校庭の隅に向かう。
 みなみは何も言わないまま……いや、言えないまま、その背中を見送る。










 学生なら誰もが待ち焦がれていた昼休みが、今日もようやくやって来た。
 校内のどの教室もそうであるように、ここ1年B組もまた、カロリー補給中の生徒たちが醸す和気藹々とした雰囲気に満ち始めている。
 だが……そんな朗らかな環境下にあって、ただひとり、ゆたかだけは沈みきっていた。
 教室に戻って制服に着替えてからというもの、ずっと机に突っ伏したまま微動だにしていない。

 いつもなら、親友たちと一緒に机を並べて弁当を広げあい、楽しいランチタイムを満喫するところなのだが。

「ふむ、だいぶお疲れのようですねぇ」
「ちょっとハッスルしすぎたカモネー」
「……食欲、ないの?」
 おどけた口調のひより・パトリシア組に対し、みなみは相変わらずの平坦さでゆたかに話しかける。
 自分の病弱さが周囲の迷惑になることを何よりも恐れるゆたかの性格を、彼女たちは数ヶ月の付き合いの中でしっかりと学んでいた。
 だから彼女たちは、務めていつも通りの喋り方を崩さないようにしておるのである。
 それでも……ゆたかは応えない。

 いつもなら、「心配いらないよ!」と気丈な笑顔を見せてくれるはずなのに。
 今日は、何かが、いつもとは違っている。

「あれ? も、もしもーし……」
「もしかして、疲れて寝ちゃってたりなんかしちゃってマス? スリーピングビューティ?」
「……眠るなら、保健室のベッドの方が」
 みなみの手が、軽くゆたかの肩を揺さぶる。
 その瞬間。
「私に構わないでっ!」 
 急に面を上げて、ゆたかが吼えた。 













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  • (≡ω≡.) 誰か………続き書いちゃえよ…… -- 名無しさん (2009-07-29 15:11:14)
  • 重病で余命幾許もない娘がこのSSの続きを心待ちにしています!どうか娘の意識があるうちに続きをお願い致します! -- 名無しさん (2009-05-13 00:35:51)
  • 続きないのか・・・・!! -- 名無しさん (2008-03-21 18:03:29)
  • ゆーちゃん「わ、わん!!」 -- 名無しさん (2008-02-09 16:31:56)
  • ゆーちゃんが吼えた -- 名無しさん (2008-02-09 16:30:45)
  • ゆーちゃん… -- 名無しさん (2008-01-08 02:31:44)

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