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「お帰り~」
高くて可愛らしい声は毎週の放送で慣れ親しんだものだけれども、予想外の場所で、予想外の台詞を言われた瞬間、僕の思考は停止した。
「お帰り~・・・って言ってあげてるのが聞こえないわけぇ、白石ぃ?」
「すみませんあきら様ただいまです!」
ここは自分の住んでいるアパートの一室のはずだ。この業界に入るために上京してきたので、狭い部屋に一人暮らし。
だからお帰りという言葉を聞くのはひどく久しぶりで、返事もついつい遅くなってしまった。
と、いや、問題はそこではない。
「なんでここにあきら様がいらっしゃるんですか?」
一番の疑問を口にする。
もしあきらが恋人だったりなどしたら、これは不自然な事態ではない。だが自分たちはナビゲーターとそのアシスタントというだけの関係である。
「あのね、あきらみのるおにーさんにお願いがあってここに来たの」
「・・・なんでしょう」
混乱している自分をよそに、あきらは話を続ける。彼女はといえば、さっきの黒モードから営業仕様に戻り、どんぐり眼の上目遣いでこちらを見つめてきている。最近ではテレビでも少なくなってきている状態にちょっとどきっとする。
いやいや騙されるな自分。彼女が僕にこういった態度をとるときは、何かよくない事がおこる前兆のはずだ。
案の定、彼女が次に口にした言葉は、自分の想像を絶するものだった。
「今日、ここに泊めて☆」
なんだろうこれは。何かの悪い冗談か、さもなければドッキリだろうか。




「え、いや。言ってる意味がよく分からないんですけど」
とりあえず、自分の聞いた言葉が幻聴でないかを確認する。すると彼女はいつものように、突如態度を急変した。
「え、なに。あんた私の言うことが聞けないって訳?」
いきなり怒鳴られる。癖でつい従ってしまいそうになるが、今回ばかりはそうはいかない。ありったけの勇気を絞りだして、なんとか反論を口にする
「いやいやおかしいでしょう。なんで家に帰らないんですか」
「ここから遠いからさぁ、あたしん家。面倒くさいのよ帰るのが。あした学校だし。こっからのが近いのよ」
「だからって・・ていうかなんでうちなんですか!というか住所教えましたっけ?」
「住所はプロデューサーに聞いた。あんたのうちに来た理由はこれ」
そういって自分の目の前に銀色の物体を持ち上げる。
「ちょっとそれうちの鍵じゃないですか!そういえば鍵掛けたはずなのに家の中にいたし。ていうかそれこの前僕が落としたスペアですよね?見つからないと思ったらあきら様が持ってたんですか」
「この前拾ってね、ちょっと返し忘れてたのよ。いつか役にたつかと思って」
「ちょっと後半発言おかしくないですか」
まあなぜここに彼女がいるかは分かった。しかし、だからといって彼女を泊まらせる訳にはいかないだろう。大人びているとはいえまだ中学生だし、しかし中学生にしては大人びている女の子を、男の一人暮らしに泊めてはいけないだろう。
とりあえずは一番分かりやすそうな理由を口にする。
「とにかく駄目です。あぶないじゃないですか。僕だって一応男なんですから、何か間違いがおきないとも限らないんですよ。」
「大丈夫。あんたにそんな勇気も甲斐性もないわよ」
「言いたい放題じゃないですか・・」
「しかも中学生相手に手を出すほどロリコンでもないでしょ」
「いや、まあそうかもしれないですけど・・・」
最後の発言に、彼女は一瞬むっとした顔をする。けれど次の瞬間には「じゃあいいでしょ。とにかく泊まるから」といってテレビをつけてそっぽを向いてしまった。
その後も必死に帰るよう説得したのだけれども、口で彼女に敵うはずもなく、とりあえず埒があかないので一時休戦となってしまった。



少しすると彼女が「シャワー借して」といってきた。
今日はかなり暑かったので汗もかいていて気持ち悪いだろうと、素直にタオルを渡して温度の調整方法を教える。
二人きりの部屋で女の人がシャワー浴びている、というありがちなシチュエーションだが、残念ながら自分にはその後に楽しい出来事など待ってはいない。
とは言いながらも、聞こえてくる水の音にちょっとばかりその様子を想像してしまったのは僕の所為ではないだろう。体型こそはまだ少女のそれだけれど、可愛らしいことには変わりない。
しかしそのまま想像を続けていくとまずい事になりそうだったので、頭の中の映像を振り払い、先ほど思いついた彼女を家に帰す方法を思い返す。
これ以上言い争いを続けてもおそらく彼女は帰らないだろう。正直情けない話だが彼女が自分の言うことを聞くとは思えない。ならば他の人に頼んでしまおうという訳だ。
具体的には彼女の親に迎えにきてもらえばいい。いくら芸暦11年とはいえ中学生なのだし、この時間に帰っていないとなったら心配だろう。
彼女の鞄から、申し訳ないと思いながらも携帯電話を取り出す。幸いロックは掛かっていなかったので、電話帳の中から「自宅」の文字を探し出すと、会話を聞かれないようこっそり外に出てから発信ボタンを押す。
数回のコールのあと、
「はい」
「あーもしもし夜分遅くにすみません、小神さんのお宅ですか?」
「はい、そうですが。」
出たのは男の声。ああまだ起きていたようでよかった、と話を続ける。
「あ、僕はあきらさんと一緒にお仕事させていただいている白石というのですが、あの、お父様ですか?」
一応確認というつもりで口に出したのだが、何故か相手は返事に詰まって、あ、いえなどと曖昧な返事が返ってきた。
あれ?そういえば父親とは別居しているという話を聞いていたような気がするのだが。
仲が元に戻ったのだろうか?いや、だとすればさっき口を濁すのはおかしい筈だ。
だとすれば、今電話に出ている人物は。

「あ、もしもし。お電話変りました。あきらの母ですが、何の御用でしょうか?」

その発想に至った瞬間、声は女のものになっていた。
「あ、えっとですねー、あきらさんと一緒に仕事をさせていただいている白石という者ですが、ちょっと落し物を拾ったもので・・・」
咄嗟に、適当な嘘を吐いた。確信はないのだけれど、どうやら自分はまずい事を知ってしまったらしい。
その後は何とか話をつくろい、それなりの所で電話を切り部屋に戻ると、そこにはすでにシャワーを浴びおわった彼女がいた。
その顔は、いつもの仏頂面に加えて、どこか遠い目をしていた。
今の会話。聞こえていたのか。

「あ、あの・・・すみません。」
それ以外に言う言葉が見つからない。
「いいわよ、別に謝んなくたって。
本当は今日、仕事が朝まで続く予定だったのよ。
それがちょっと共演者の予定でね、キャンセルになったの。だから別にあの人もわざとじゃないわ。
むしろ私がいる時は遠慮してるんだから感謝するべきなのかもね。」
悟っているというよりも、痛みを耐えているように聞こえた。
「・・・今まで、こういう事は?」
「今回で2回目。別にショックって訳でも無いし。ただちょっと家に帰りにくいだけよ。でも」
そういって彼女は腰を上げて、鞄を持つ。
「あんたも迷惑だろうし。出てくわ。」
「え、ちょっと、どこに行くつもりですか。」
玄関へと向かおうとする肩を掴む。とりあえずは足を止めるものの、顔は進行方向へと向けたままだ。
「別にどこでも。まあマンガ喫茶もけっこう最近厳しくなってきたから、いかにも中学生って外見じゃ入れてくれない事も多いけど、探せないわけではないし。
見つからなかったらマックなんかでもいいし」
「な、そんなの駄目ですよ!危ないじゃないですか。」
ひどく捨て鉢な態度。そんな痛々しい彼女を見ていられなくて、僕は覚悟を決めた。
「分かりましたよ、泊まってって下さい」


仕方あるまい。色々問題がある気もするけれど、これ以上にいい策も思いつかない。
彼女はこちらを振り返るなり、ぎろっとした目をこちらに向けてきた。
「なんで私があんたの家に泊まんなきゃいけないのよ。こんな狭くてホコリっぽいところで寝れるかっての」
「いや、そこを何とか」
「第一何かあると困るし。あんただって一応男でしょ。」
「さっきと言ってること違いますよ。中学生相手に手は出しませんって。」
「何よそれ、私に魅力がないっての!?」
「いやいやそんなことありませんよ!なんたってあきら様はアイドルですし!でも絶対手は出しませんから。約束します」
僕が頭を下げてお願いをすると、彼女もしぶしぶといった表情ながら、
「ま、あんたがそこまでいうなら泊まってあげるわよ。」
と言って、鞄を床に下ろした。

その後は普通に寝た。普段自分が使っている布団を彼女用に部屋に敷き、自分は毛布を一枚持って廊下へと出て、電気を消す。
うちの安っぽい布団で彼女は寝れるだろうかと心配したのだが、しばらくすると規則的な寝息が聞こえてきたので、安心して自分も毛布に包まって目を閉じた。




翌朝。
「昨日はありがと。お礼いっておくわ。」
「あきら様が感謝なんて、めずら・・いたたたたたつままないでくださいすみませんすみません」
「分かればいいのよ。あとこの事誰かに言ったら・・分かってるわよねぇ」
「もちろんですもちろんです」
つねっていた指を離すと、あきら様はポケットの中のものを取り出し、差し出してきた。
「鍵・・ああ、うちのですか」
「そ、返すわ。正直まさか使うことがあるとは思ってなかったし。もう二度と使うこともないと思うから。」
それを受け取ろうとしたけれども、すぐ思い直して、手を横に振った。
「いや、持っててください。」
「なんでよ。」
「次こんなことがあったとき、また入れないと困るでしょう?いつも僕がいるとも限りませんから」
まあそんな機会がないに越したことは無いですが、あきら様の一存でどうにかなるものでもないですしね、と少し遠慮目に言う。彼女は怪訝そうな目をして、
「いいの?また迷惑かけるってことよそれ」
「いいんですよ。僕はあきら様のアシスタントですし。それに・・」
ちょっと躊躇しながらも、素直に思っていることを口にする。
「実はちょっと嬉しかったんですよ。お帰りって言ってもらえたの。まあ、最初はちょっとびっくりしましたけどね」
「・・・ま、あんたがそこまで言うなら持っててあげるわ。」
ちょっと照れているように見えるのは気のせいでは無いと思う。そんな事を言ったらまた怒られるだろうから言わないけれど。
「じゃ、また撮影で。」
「はい、また。」
そう言って、学校に向かう彼女を見送った。













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