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 霊帝宋皇后は、後漢後期、霊帝の一人めの皇后肅宗章皇帝の宋貴人の従曾孫(の世代?)に当たる。また、勃海王劉悝の王妃、宋氏の姪でもある。


情報

霊帝宋皇后
(不詳)
(不詳)
本貫地 右扶風平陵県(臯門亭?) 
家柄 平陵宋氏
宋酆
官歴 貴人 皇后
死去 光和元年(178年)十月
諡号 誅殺のため得られず


事跡

 霊帝の寵愛なくして皇后に立てられたという。そのため後宮の貴妃からの誹謗がやまなかった。劉悝と宋王妃が誅されたことへの報復をおそれた中常侍王甫によって讒言され、皇帝を祝詛したとの罪に問われて憂死した。父の宋酆、及び兄弟は並んで誅を被った。在位は八年で、もろもろの常侍小黄門ら省闥(禁中)に在る者は、皆、宋氏の無辜を憐み、共に銭物を供して、廃された后、及び宋酆父子の遺体を収め、宋氏の旧塋(古くからの墓地)の臯門亭に葬った。


年表




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最終更新:2016年05月08日 21:34