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 張芝は、後漢後期の人物。張奐の長子。弟に張昶。弟と共に草書の大家であった。


情報

張芝
伯英
本貫地 敦煌郡淵泉県後に弘農郡華陰県
家柄 淵泉張氏後に華陰張氏
張奐
幼年評 (おさな)くして高操を持し、名臣の子を以って学に勤め,文では儒宗と為り、武では将の表と為る。
官歴 辟召太尉) 有道徴召公車) 皆至らず
『草聖』(韋仲將)
,渾名 張有道


事跡

 兄弟の中で最も名を知られた。
 (おさな)くして高操を持し、名臣の子であることを以って学に勤め,文では儒宗となり、武では将の表(手本)となった。
 当時の太尉辟召し、公車有道として徴召したが、朝廷へは至らなかった。そのため、『張有道』と号された。
 尤も草書を好み、崔(崔瑗崔寔)・杜(杜林)の法を学んだ。
 家の衣帛は必ず書してから後に練絹とし、池に臨んで書を学んでは水が黒くなるほどだった。
 筆を下せば則ち楷則となり、怱怱として草書の暇あらずと号された。
 世の宝とする所となり、寸紙も()てることはなく、韋誕は『草聖』とたたえた。


年表




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関連項目・人物

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最終更新:2016年05月10日 01:03