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 徴召(徵召)とは、皇帝によって、有為の人材を「徴し召す」ことである。朝廷への登用として、各種の察挙公府による辟召を越えて最上位の格を有した。
 単に「徴」(徴す)とも云う。


目次




概説


 帝王が勅して在野から直接臣を召すことは、を徴したように古い歴史を持つ作法であった。
 後漢に到ると、公府の辟召や各種の察挙を通じて、官吏達が恩顧による個人的紐帯を強めたが、その最たる者が皇帝自身であった。皇帝は郎官の制度を用いて皇帝個人及び漢家劉氏に直接仕える「家臣」を育て、徴召によって世に広く尊敬される有望者・名士と恩顧関係を結び、彼等の忠誠を育てた後に、側近や令長として転出させたのである。
 徴召には公車が派遣され、応じた人材は宮殿の殿司馬門に詣でた。召されたとしても必ずしもすぐに官に就けたわけではないようで、待詔として天子への謁見を待った。『百官志』の太常少府には、この待詔の人員が存在する。
 後漢中期を過ぎると、世情不安と隠士の風の流行もあり、徴召をさえ再三拒否する名士が現れる。これを召すために安車を用意し、玄纁の礼を取ることもあった。



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関連項目・人物



詳説







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最終更新:2014年12月30日 23:30