一人脱落、一人参戦◆cNVX6DYRQU
「おーい、甲子太郎、綸花、どこじゃー?」
森の中を仲間を探して駆け回る
坂本龍馬。
無論、城下からまっすぐ北に向かった彼等がこんな所にいる筈もないのだが、竜馬はまだそれに気付いていない。
「のう、わしには負けるがハンサムな男とキュートなガール二人の三人連れを見んかったか?」
いきなり立ち止まって木陰に向かって話し掛ける龍馬……と、返事の代わりに返って来たのは投石。
「うわっと」
龍馬が石を避けると、そのすぐ後から人影が飛び出して龍馬の頭上を飛び越える。
慌てて振り向く龍馬の前にいたのは、地に伏せるような妙な格好で剣を構える蝦蟇のような男……屈木頑乃助。
「何じゃ?」
龍馬の疑問に答える事なく、無言で足を薙いで来る剣を、龍馬は素早く抜いた剣を地面に叩き付けて受ける。
しかし、龍馬の剣は
師岡一羽との激戦で既に限界が来ていたのだろう、地面の石に当たった衝撃で切っ先が欠けてしまった。
「いきなりフットをカットして来るとは、バイオレンスな奴じゃな」
龍馬は文句を付けるが、江戸初期から来た頑乃助には通じる筈もなく、蝦蟇は無言で剣を振るい続けて龍馬を追い詰める。
最初に龍馬が声を掛けて来た瞬間、既に頑乃助は何としても龍馬を仕留める決意を固めてしまっていた。
奇矯な男だが、気配を消していた頑乃助をあっさりと見つけたその能力は本物。
しかも、その言葉の頑乃助にもわかる単語を繋いで推測するに、どうやらこの男には仲間がいてそれを捜しているようだ。
頑乃助のがま剣法は一度に複数の敵を相手にするには不向きであり、集団を相手にするなら奇襲しかない。
しかし、この鋭敏な男が仲間と合流すればそれも困難……故に、この男はここで斃してしまわねばならない。
(こりゃあ険呑じゃな)
剣で足を狙う戦法は、戦国期には普通に行われていたらしいが、江戸期の道場剣術では廃れて行った。
同時に足狙いへの対処法も忘れられ、江戸後期には柳剛流なる脛斬りを得意とする流派に剣術界が席巻された事もある。
江戸で剣名を謳われた剣客達が無名の剣士に足を打たれ、或いは足を守る為にがら空きになった上半身を打たれ敗れたのだ。
当然、江戸の剣士達とて負けっ放しだった訳ではなく、研鑽の末に脛斬りへの対抗策を開発して柳剛流を衰退させた。
例えば剣を地に叩きつけるようにして脛斬りを受け、或いは踵を跳ね上げ避けて、隙だらけの面を打つのである。
だが、それらはあくまでも板貼りの道場で竹刀を持って試合する事を前提とした対応法、実戦で通用するとは限らない。
実際に、先程の受けで龍馬は剣を折ってしまったし、足場の悪い森の中で足を跳ね上げ続ければどうなるか……
何とか反撃したくても、低い姿勢を保っている頑乃助は、攻撃を避けられてもすぐに剣を戻すのでその暇がない。
そしてついに、足を跳ね上げて頑乃助の剣をかわし続けていた龍馬が木の根に足を取られ、大きく体勢を崩す。
その龍馬に、頑乃助は必殺の突きを見舞った。
体勢を崩した龍馬の膝に、頑乃助の必殺の突きが迫る。
頑乃助は龍馬が足を攻撃され続けても上半身の防御を忘れないのを見、
佐々木小次郎を葬った膝への突きを使う事にしたのだ。
どうもこの男は足を狙う流派と戦った経験でもあるようだが、膝への突きは他のどの流派にもない筈。
今までのように踵を跳ね上げても膝を狙われては無意味だし、体勢が崩れていては剣で受け止めるのも不可能。
正に頑乃助にとっては必殺の状況だが、龍馬はこの状況に勝機を見出していた。
脛斬りは確かに江戸後期の剣士にとっては奇手であるが、それはあくまで剣術を専修していた剣士にとってはのこと。
剣以外のいくつかの武術……例えば薙刀術においては脛斬りは定石の一つに過ぎない。
そして、龍馬は小千葉道場において、剣だけでなく薙刀も……いや、むしろ剣以上の熱心さで薙刀を学んでいた。
まあ、その熱心さの過半は長刀師範である
千葉さな子と触れ合いたいという、非常に不純な動機から出た物だったのだが、
それでも持ち前の要領の良さとさな子の熱心な指導のお蔭で、龍馬は薙刀でも相当の腕前になっている。
実戦で使う機会などないだろうと思っていたその薙刀術の下段攻撃への返し技を、この場面で龍馬は使おうとしていた。
頑乃助が身を乗り出しつつ突きを放ち、龍馬の身体が倒れる。
しかし、突きは決まっていない。龍馬が突かれる前に自ら仰向けに倒れる事で、頑乃助の剣をかわしたのだ。
下段を狙って来る攻撃に対し、その更に下に潜る事によって回避する。
この無謀な技が実戦で成功するか不安はあったが、今回は龍馬が賭けに勝ったようだ。
一方の頑乃助は、突きをかわされたせいで龍馬に無防備な身体をさらけ出す事になった。
慌てて上に跳躍する頑乃助だが、一瞬遅く、龍馬の剣がその足を薙ぐ。
「ちいっ」
龍馬の剣の切っ先が欠けていた事もあって、頑乃助の足の傷はそう深い物ではない。
それよりも問題は今の体勢……前掛かりの状態から跳んだ為、頑乃助は龍馬の身体を飛び越してしまっている。
我流の奇剣の宿命言うべきか、がま剣法は後方からの攻撃に対する受け手がないという大きな弱点を持っていた。
龍馬の追撃を防ぐ為、頑乃助は着地すると間を置かずに地面を二転三転してから振り返るが、そこに龍馬の姿はない。
「ほいじゃ、シーユーアゲインじゃ~」
龍馬はここで決着をつけるよりも、逃走を選んだ。無論、折角の好機を捨てて逃げたのには彼なりの計算がある。
戦ってみて、あの蝦蟇男の奇剣は一対一で戦えば難剣だが、多数を相手にするには向かない技だと感じた。
ならば、(龍馬の主観では)すぐ近くに居る筈の仲間達と合流すれば、殺さずに捕える事も出来よう。
それが龍馬が決戦を避けた理由だが、その裏には殺人への忌避感がある事を本人は気付いているのかどうか。
ともかく、龍馬は血戦の地に背を向け、志を共にする仲間達を目指して(いるつもりで)走り続ける。
頑乃助に背を向けて走る龍馬だが、蝦蟇の気配は遠ざかるどころか徐々に近付いて来る。
どうやら頑乃助に龍馬を逃がすつもりがない上、足を負傷して尚、その疾走は龍馬を上回っているようだ。
(こりゃあ、エスケープするのはインポッシブルじゃな)
思い切り良く逃走策に見切りを付けた龍馬は、神経を背後に集中させて頑乃助の気配を探る。
先程は見事にがま剣法を破って見せた龍馬だが、そう何度もうまく行くとは思えない。
それよりも、頑乃助が追いついて来た所に振り向きざまの一撃で勝負を賭けた方が勝算が高いと踏んだのだ。
龍馬が気配を探る方に気を取られたせいで走る速度は落ち、頑乃助がぐんぐんと近付いてくる。そして、
(このタイミング!)
頑乃助が間合いに入った瞬間、正にベストタイミングで龍馬は振り向き、剣を振るおうとするが……
「ぬおおおっ」
足をもつれさせて龍馬が転ぶ。
犯人は木刀……龍馬が振り向きざまの一撃を狙っているのを読んだ頑乃助が、その足の間に木刀を放って引っ掛けたのだ。
倒れた龍馬の前には既にがま剣法の構えを取った頑乃助の姿が。
地に伏せていると言う点では二人の格好は似ているようにも見えるが、この状況で戦えば優劣は明らか。
龍馬の喉があっさり貫かれようとした瞬間、頑乃助がいきなり立ち上がって大きく後方に跳躍する。
何故、もう少しでとどめを刺せた龍馬を放って頑乃助が飛び退いたのか、問わずとも龍馬にはわかっていた。
戦う二人に向けて、横合いから凄まじい殺気が叩きつけられたのだ。
龍馬が身を起こしつつそちらを見やると、そこには眼光の鋭い老人……
斉藤一が立っていた。
屈木頑乃助は、坂本龍馬へのとどめを刺し損ねた事を後悔していた。
凄まじい殺気に思わず退いてしまったが、よく見ると相手は相当の高齢、しかも武器すら持っていないように見える。
これなら、無視して龍馬を片付けてからゆっくりと相手をすれば良かった、と思ってももう遅い。
ただでさえがま剣法は複数を相手にするのが苦手な上に、ここまでの全力疾走で足の怪我が悪化している。
頑乃助が退却も選択肢に入れつつ出方を伺っていると、斉藤は先に龍馬の足を引っ掛けた木刀を拾って頑乃助の方を向く。
「お主は……」
何か言いかける龍馬を一顧だにせず、斉藤は剣を構えると高く跳躍し、頑乃助の頭上から突きを放つ。
(甘い!)
上空からの地面ごと串刺しにせんとする突き……一見、がま剣法に対抗する戦術としては悪くないように思える。
これならば相手が地に伏せていても問題なく攻撃が届く上に、落下時間の増加に伴って突きが加速され、威力が増す。
その上、地に伏せた姿勢からでは後ろや左右に動いて回避するのは難しいし、前によければ背後を取られてしまう。
しかし、頑乃助には前後左右以外にももう一つ選択肢があるのだ。
頭上から迫る斉藤に対し、自身も負傷を省みぬ渾身の跳躍で迎撃する頑乃助。
両雄の必殺の突きが、空中で交錯する。
「ぐっ」
両者の突きが空中で激突した瞬間、呻き声を上げたのは斉藤の方であった。
「愚かな、人が蝦蟇に跳躍で勝てるか!」
正にその通り、頑乃助の人間離れした跳躍力が、突きに斉藤を上回る突進力を付加したのである。
頑乃助の足が完全でなかった事もあり、斉藤が受けた衝撃はそう大きなものではない。
しかし、斉藤が僅かに上へ跳ね飛ばされた事で、二人の着地時刻に刹那の、しかし致命的と言えるずれが生じた。
先に着地した頑乃助は、その時間差の間に素早くがま剣法の構えを取り、斉藤が着地した瞬間にその足を薙ぐ。
「何!?」
斉藤の足を切り捨てる筈の頑乃助の一撃はしかし、思いがけぬ剣の重さのせいで鋭さを欠き、あっさりとかわされる。
驚いた頑乃助が己の得物を見ると、頑乃助の刀は斉藤が持っていた木刀を切っ先から柄付近まで刺し貫いて一体化していた。
先程の空中での衝突で、斉藤が突きの方向と位置を寸分違わず頑乃助の突きに合わせ、己の木刀を貫かせたのだ。
もしも僅かでも狂いがあれば、木刀は刀と合体する前に割れるか砕け、斉藤だけが武器を失う破目になっていただろう。
剣の時代が過ぎて数十年、それでも弛まずに稽古を続けて来た斉藤の剣の精華である。
斉藤は重くなった上に重心が狂った頑乃助の剣を簡単にすり抜け、下段回し蹴りをその顔面に叩き込んだ。
頑乃助は顔面に強烈な一撃を受けて吹き飛び、使い物にならない剣を手放して着地と同時に鞘を抜きかけつつ向き直る。
しかし、前方には既に斉藤の姿はない。
老人とは思えぬ俊敏さで頑乃助の後方に回り込んでいた斉藤は、蝦蟇の首に腕を回すと、渾身の力で締め上げる。
剣術に関しては一流の頑乃助も、素手による締め技への対処は知らず、蝦蟇の首は今にもへし折られようとするが……
「斉藤君、ストップじゃ!」
龍馬に声を掛けられて斉藤の力が一瞬だけ緩み、その隙に頑乃助は抜きかけた鞘を思い切り戻して背後の斉藤を突く。
「ちっ」
突きが上手く鳩尾に決まり、頑乃助はどうにかその魔手から脱出して鞘を抜き放つ。
しかし、龍馬が慌てて駆け寄って来るのを見ると、さすがにこれ以上の交戦は無理と判断し、駆け去った。
斉藤は龍馬を軽く睨む。
もう少しであの蝦蟇を仕留められる所を邪魔した事に対する抗議を視線に込めたつもりだが、通じていないようだ。
ついさっき殺されかけたとは思えないような気楽な調子で、龍馬は斉藤に話し掛けて来る。
「そのファイトスタイル、やはり斉藤君か。それにしてもその姿はどうしたんじゃ、玉手ボックスでもオープンしたんか?」
(俺から見ればあんたの方こそ浦島太郎みたいなものなんだがな)
そう思うが口には出さず、斉藤は頑乃助が捨てて行った刀を拾い、宙を思い切り突いて木刀を割り、刀のみを取り出す。
やはりかなりの名刀……少なくとも、今まで使っていたエペや木刀とは比べ物にならない。
表情には出さないが満足した斉藤は、それを手に、まだ喋り続けている竜馬を置いて歩み去ろうとする。
「ん?どこに行くんじゃ?斉藤君」
「奴等を斬りに」
龍馬の問いに恐ろしく簡単な答えを返しただけで立ち去ろうとする斉藤だが、龍馬がそんなに簡単に行かせる筈もない。
「奴らっちゅうのは、ワシらに殺し合えとかぬかした爺さんの事か?じゃが、あの爺さんの居所を知っとるのか?」
「いや。とりあえずは城にでも……」
「ああ、あのキャッスルには誰もおらんかった。ワシと綸花っちゅう女子で隈なくサーチしたんで間違いないはずじゃ」
「……」
あっさりと龍馬に先を越されていた事を知って押し黙る斉藤。
まあ、先見性とかその手のものでこの人と競っても勝ち目がないのはわかっていた事ではあるが。
「そうそう、それより甲子太郎を見んかったか?ここらで合流する約束をしとったんだが見付からんくてな」
「伊東さんが?」
伊東甲子太郎……斉藤のかつての同志であり、自らの手で死地に追いやった人。
己の信念を貫いて生きて来た斉藤が、思い出す時にある種の苦さを感じる数少ない……もしかしたら唯一の人物だ。
正直に言うと会いたくない気もするが、それは斉藤にとっては逃げだ。
この程度の事から逃げているようでは、信念を貫いて未知の力を持つ主催者を討つなど到底かなうまい。
「わかった。伊東さんが見付かるまで、俺もあんたに同行しよう」
「おお!そりゃあ助かるぜよ。何せ甲子太郎はキュートなガールを二人も連れとるから心配でのお」
気楽な調子を崩さずに話し掛けて来る龍馬。
龍馬は伊東甲子太郎暗殺の件については知る由もないとは言え、斉藤の老化についてもまるでこだわる様子はゼロだ。
一方の斉藤も、龍馬が自身の死を覚えているのか、或いは死ぬ前の時間から連れて来られたのか、確かめようともしない。
まるで接点がないようでいて、見方によればよく似たこの二人の合同はこの殺し合いに如何なる変化をもたらすのか……
【にノ弐 森の中 一日目 早朝】
【坂本龍馬@史実】
【状態】健康 方角を勘違い中
【装備】日本刀(銘柄不明、切先が欠けている) @史実
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:殺し合いで得る天下一に興味は無い
一:斉藤一と同行する
二:急いで綸花達に追いつく
【備考】
登場時期は暗殺される数日前。
名簿を見ていません
【斉藤一@史実】
【状態】健康、腹部に打撲
【装備】徳川慶喜のエペ(鞘のみ)、打刀(名匠によるものだが詳細不明、鞘なし)
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:主催者を斬る
一:坂本龍馬を護衛する
二:伊東甲子太郎を探す
【備考】※この御前試合の主催者がタイムマシンのような超科学の持ち主かもしれないと思っています。
※晩年からの参戦です。
※にノ弐の茂みの中に、屈木頑乃助の行李(支給品二人分入り)が放置されています。
森の中を、少女が駆け回っていた。
と言っても、彼女の場合は先程までの龍馬とは違い、誰かを探して、或いは何か他の目的があって走っているのではない。
ただ、己の身体の中に芽生えた恐怖に命じられるままに、当てもなく、己の向かう方向すら意識せずに駆けているのだ。
どれくらい走ったか、ろくに足元も見ずに走っていた少女は、何か丸い物に乗り上げて見事にすっ転ぶ。
「痛た……何よ、これ」
少女……
富士原なえかは自分を転ばせた物体を拾い上げて観察してみる。
それは、水晶らしきもので出来た玉で、よく見ると表面に「信」の文字が浮かび上がっていた。
「まるで八犬伝ね」
無論、八犬伝は一部史実を基にしているとはいえフィクションなのだから、この珠も模造品に決まっているのだが。
それでも、どんな仕掛けか淡く光るこの珠を握っていると、己の心を支配する恐怖が引いていく気がする。
「清河さん……」
心が落ち着いて漸く、なえかは
清河八郎……命を賭けて自分を助けてくれた侍の事を思い出す。
「戻らなきゃ」
自分が戻って助けなければ清河は死んでしまう……戻った所で既に死んでいるかも、という事は敢えて考えない。
恩人を見捨てて一人だけ逃げるなんて、自分はなんて情けない事をしてしまったのだろうか。
とにかく、今からでもするべき事をしようと、なえかは霊珠と決意を胸に立ち上がる。
「待っててね、清河さん」
その時だった。彼女の前に、傷付いた蝦蟇が現れたのは。
坂本龍馬と斉藤一から必死に逃走して来た屈木頑乃助。
この疾走で足の傷は更に悪化し、最早がま剣法を以前のように振るう事は不可能だろう。
斉藤に折られかけた喉の傷も酷く、これでは息を殺して隠れ潜む事すらままなるまい。
そんな状態でも頑乃助の心は折れない……それを支えるのは千加への妄執か、それとも剣士の意地か。
「待っててね、清河さん」
前方から聞こえて来た声に立ち止まると、同時にそこにいた少女も頑乃助に気付き、咄嗟に剣を抜く。
もしも出会ったのが他の剣士であれば、頑乃助も己の疲労と負傷を考えて逃げに走ったかもしれない。
しかし、なえかの顔に浮かんだ恐怖と嫌悪の表情を見た時、頑乃助は彼女をこの場で討ち果たす事を決意した。
それに、あまりに真っ当な剣の構え、僅かに慄える手……彼女が殺し合いの経験を持たない剣士である事は明らか。
これならば龍馬や斉藤と戦った時とは違い、奇手をもってがま剣法を破られる心配はまずない。
そのくせ、持っている得物は相当の名剣……つまり、彼女は頑乃助にとって絶好のカモでもあるのだ。
「あなたは美しい。お顔も、剣も。しかし、その美しい剣では私の醜い剣にとても敵わぬ」
余裕か、嗜虐心か、或いは単に息を整えるまでの時間稼ぎか、頑乃助は言葉でなえかを嬲り始める。
「一人であの世に行くのは寂しかろう。先程あなたが名を呼んでいた……清河と言ったな。その者はあなたの想い人か?
清河、その名は確かに人別帖にあった。あなたのように美しい女子に思われるとは、さぞかし美男なのだろうな。
その者もすぐにあなたの後を追わせよう。鼻を削ぎ、脚を切って、この屈木頑乃助が必ず息の根を止めてくれよう。」
清河を殺す……その言葉でなえかの手の震えが止まり、キッと頑乃助を睨み付ける。
その様子がまた頑乃助の憎悪を掻き立て、高まる互いの戦意が、自然と闘争を開始させる。
「やあ!……きゃっ」
地に伏す頑乃助に対し、思い切り剣を振り上げて叩き付けようとするなえかだが、その前に頑乃助の鞘が足を打つ。
怯んで隙が出来たなえかの顔面に狙いを定める頑乃助……しかし、ここでよろめくなえかの懐から霊珠が零れ落ちる。
「えっ?」「何!?」
「信」の霊珠が強烈な光を発し、頑乃助もなえかも共に目を灼かれて一時的に視力を失う。
その光の中で二人の心に芽生えたのは、己の剣に対する強い信頼……故に、二人は目の見えぬまま全力で剣を振るった。
「え……?」
視力を取り戻したなえかの目に入って来たのは、串刺しにされ息絶えた頑乃助、そして返り血に塗れた己の姿。
互いに全力の突きを繰り出した結果、負傷した脚が限界を超えた頑乃助の突きが逸れ、壺切御剣が頑乃助を貫いたのだ。
無我夢中で戦っていたなえかだが、我に返った今は、自分が人を殺してしまったという事実にただただ呆然とする。
ここは修羅の集う島、そして、彼女を助けてくれるメイドガイはどこにもいない。
そんな中で何かを為そうとするのならば、己の身を血で汚す以外に方法はないのだ。
望まずして修羅の地に招かれ、充分な覚悟のないまま修羅の道を歩み始めた彼女は、これから……
【屈木頑乃助@駿河城御前試合 死亡】
【残り六十九名】
【はノ弐 森の中/一日目/早朝】
【富士原なえか@仮面のメイドガイ】
【状態】健康、足に打撲、精神的ショック
【装備】壺切御剣@史実
【所持品】支給品一式、「信」の霊珠
【思考】
基本:殺し合いはしない。
一:清河八郎を助けに戻る
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最終更新:2010年07月26日 22:50