(この男の礼には険がある)
犬塚信乃は、それを見て取った。
ここは帆山城近傍の井戸の前。信乃が、そしてその仲間達がここに来たのは、目の前に居る男の言葉によるもの。
芹沢鴨……沖田達新撰組の首領と自称するこの男、その所作作法は概ね礼法に適っている。
だが、ところどころで感じる違和感。
それは、芹沢が礼法を違えたことによるものでも、数百年に及ぶという時代の違いに起因する差異によるものでもない。
端的に言うと、芹沢の礼には誠心が籠もっていないのだ。
表面的には義輝を将軍として尊重して見せているが、内心では何処か義輝を侮っている所がある。
その倨傲の性が言動の端々から染み出し、信乃に違和感を感じさせているのだろう。
加えて、芹沢に不信感を募らせているのはどうやら信乃だけではない。
銀時も胡散臭げに芹沢を見ているし、芹沢が引き連れて来た男女も不信を感じているのが見て取れた。
同行者――桃太郎によると、その名乗りが真実ならば彼等は後世の高名な忍びと剣士だそうだが――の、
特に御前試合開始の直後に合流したという五ェ門の信を得られていないのは、芹沢の人格に問題があるせいと思える。
故に、信乃は芹沢をすぐに仲間として信じる気にはなれなかったが、ただ、彼のもたらした情報は信用できると考えた。
城外南西の井戸に飛び込めば、主催者への道が通じる。
日の出の際に立ち入りを禁じられたほノ伍に現れた主催者側の刺客から沖田が得た情報だという。
主催者側の者がわざわざ本拠への道を知らせるのは理に合わず、普通なら偽報や罠の可能性をまず疑うところだ。
だが、その可能性は低いと信乃は考えている。
主催者の刺客であったという柳生石舟斎なる剣士は、偽情報を掴ませる為に捨石にするような軽い存在ではないと、
これは石舟斎より後世から来た、その剣名を知る者達の意見が一致するところだ。
刺客が本物の石舟斎なのかという問題もあるが、芹沢は沖田には偽者を見抜く程度の眼力はある筈だと請け負ったし、
沖田と知り合いだという銀時もそれを否定せず、短い接触だったが信乃や義輝も同様の印象を持った。
もっとも、沖田から石舟斎の話を聞いたのは芹沢のみであり、五ェ門などはその点に疑いを持っているようだったが、
信乃は芹沢が虚言で自分達を騙そうとしている可能性は低いと見る。
芹沢は尊大で己を恃む面が大きすぎる人物と思えるが、それだけに主催者の走狗となり卑劣な罠を用いる策に加担はすまい。
それ以外に、芹沢が信乃等を欺く理由は思い付かないし、芹沢がその傲慢さから主催に強い反感を抱いているのは確かだろう。
ここは、芹沢とも、またその連れの男女とも協力して主催者を攻めるしかない。
だが、主催者が自ら己等に繋がる道を伝えたという事は、それなりの備えをして待ち受けていると考えるべきだろう。
そんな所に、新たな仲間との信頼関係を築けていない自分達が攻め込んで、果たして勝ち目があるのか……
「あの、主催者が立ち入りを禁じた場所は三箇所。という事は、他にも二つ、こうした道があるのではないでしょうか」
ここで、芹沢に同行して来た
千葉さな子が疑問を呈す。それは、この場に居る誰もがある程度は考えていた事ではある。
三つの道の内の一つしか知らない状況では、攻め込んでも他の道から逃げられでもしたら面倒になるが……
「何、その点は心配要らぬぞ、さな子殿」
芹沢が一人前の軍略家の風を見せて言う。
「そう思うて、呂仁村址には近藤君と沖田君を向かわせたし、土方君も向かっているそうだ。
午の刻になれば、連中が主催者の刺客から情報を聞き出して斬り、主催の許に向かうであろう。
へノ壱も、真っ先に立ち入りを禁じられただけに誰かしら向かっておろう。つまり、連中は袋の鼠」
そう言って己の戦略眼を誇る芹沢。先程は、近藤の要請で沖田を呂仁村址に送ったと言っていた筈なのだが。
「近藤さんって、試衛館の?」
「うむ。さな子殿のような方にはあのような田舎道場の者達では不安に思えようが、あれで実戦では少しは使える者共でな」
そう言って笑う芹沢。見下した言い方だが、この不遜な男にとっては賞賛しているつもりなのだろうか。
「まあ、あの三人なら腕に関しては心配ないだろうがな」
銀時がそっと呟く。
「ただ、大丈夫かねえ。あいつ等、喧嘩は強くても揃いも揃って馬鹿ばっかだからなあ」
近藤勇は、剣を正眼に構えたまま、ゆっくりと歩を前に進める。
前方にいる男の構えは防御寄りだが、瞬時に攻撃に転じる余地も残したもの。
足場の見えない草地で近藤がよろめけば、いや、僅かに重心がぶれるだけの隙でも晒せば、そこに付け込んで来るだろう。
故に慎重な足取りでゆっくりと間を詰めて行く近藤だが、このまますんなりと近付けるとは思っていない。
そもそも、近藤がこの男と出会った時、男は近藤を避け、すり抜けようとするような動きを見せた。
近藤がそれを許さずに剣を抜くと男もすぐに応じたが……
自分と行き会う前の確固とした足取りと、今の仮借ない気迫が、近藤に男が本来、戦いを厭うような剣士ではないと確信させる。
ならぱ、最初に近藤を避けようとしたのは、男に何らかの目的……近藤の土方との決闘に類する用があるからだろう。
となると、防御の構えを取ってはいても、男は手早くこの戦いを決着させる成算を持っていると考えるのは必然。
だから、近藤は不測の事態が起こる可能性は充分に認識しながら、ゆっくりと男に近付いて行く。
「ああ、追い付きましたね、近藤先生」
「総司か」
上で述べたように、近藤はこの戦いに変調をもたらす存在の出現を充分に警戒していた。
まして、
沖田総司を自分と土方の決闘の見届け人として派遣するよう芹沢に頼んだのは近藤自身なのだ。
故に、近藤は沖田の登場に集中を乱す事なく、それを機に跳躍して斬りかかって来た男を、万全の状態で迎え撃つ。
男の切り下げが近藤の鬢を掠め、近藤の切り上げが男の袴を僅かに切り裂く。
この会合における応酬はまずは五分。しかし、跳躍という行動の最大の隙は、着地の瞬間に訪れる。
だから、近藤が即座に駆け出して、着地体勢にある男を襲っていれば、かなり確率で痛手を与えられただろう。
しかし、沖田の存在が近藤の動きを抑えた。
彼は近藤の愛弟子だが、剣に真摯で近藤を敬愛するだけに、隙を見せれば一種の「礼」として襲って来るかもしれない。
為に近藤は沖田の方にも注意を向けざるを得ず、結果として、男がすり抜けるのを許す事になる。
「柳生の方ですね」
さすがに沖田は瞬時に見抜く。
男の刀法、それは彼が直前に手合わせした柳生石舟斎のそれと顕著な類似を見せていた。
「柳生兵庫助利厳と申す」
男……兵庫助は簡単に名乗り、人別帖にはなかった筈のその名に、沖田は僅かに眉を顰める。
「あれ、もしかして貴方はろノ弐で正午まで待機する役じゃないんですか?もしかして、わざわざ僕達を迎えに?」
人別帖にない、柳生の剣士となれば、沖田が兵庫助を主催の刺客と見たのは当然だし、実際にそれで正解でもあった。
「いや、私用があってな。それが済んで命があれば村址に戻ろう。その間に貴殿等は己の闘いを済ませておかれよ」
それだけを言い残すと、兵庫助は去って行く。
近藤としては、既に兵庫助より沖田が近くなったいる為に兵庫助を追いにくく、沖田も師の獲物を横取りする真似は慎んだ。
「じゃ、行きましょうか。土方さん、先に着いてお待ちかねかもしれませんし」
「ふむ……」
近藤としては兵庫助をみすみす行かせる事に不満がないでもなかったが、ここは沖田の言葉に従う。
何にしろ、今の近藤にとっては誰よりも土方が、土方との決闘こそが大事なのは間違いないのだから。
では、兵庫助けにとってはどうか。
祖父であり師である石舟斎を斬った沖田総司を捨ててまで為さねばならぬ用とは一体何か。
この島には、兵庫助が深く縁を結んだ相手は大勢居る。
息子、叔父、従兄弟、流祖、剣友……。だが、兵庫助が目指している相手は、そのどれでもなかった。
「柳生兵庫助利厳と申す」
兵庫助の名乗りは、ここでも先程と同じく極めて簡潔であった。
だが、名乗られた方の反応は異なる。近藤や沖田とは違い、今度の相手の目的は御前試合の打破と主催者の打倒。
当然、人別帖に名が記載されていない参加者という要素に注目しない筈がない。
「貴方もこの御前試合の参加者なのか?」
一同を代表して訪ねたのは
徳川吉宗。兵庫助と同じく新陰流の剣士であり、尾張柳生家とは浅からぬ縁を持っている。
「いや、主催者に招かれてここに来た」
その宣言を聞き、一同は身構えた。
「儂等を斬る為にかね?」
辻月丹がそう訊いたのは決して自意識過剰ではない。彼等は主催者に特に命を狙われてもおかしくはない者の集まりなのだ。
吉宗達は当初から主催者の打倒の為に動いていたそうだし、
富田勢源は主催の一味に傷を負わせたといい、更に月丹自身も……
「正午にろノ弐の村址へ行き、そこに現れた参加者を斬れ、との事だったのだがな」
それはもう良かろう、と兵庫助は言う。
「主催者の命に反してかまわぬと?」
小兵衛が聞く。主催者が武芸者を擁する事はわかっていたが、思ったほどの支配力がある訳ではないのか……
「不手際の元は居士にある。あの者が、旅籠から通じる抜け道を記した書を見逃した故に」
言われて、小兵衛達の目が鋭くなる。
月丹が廃寺で見付けた日記。その最後の部分に、確かに旅籠やませみの物置から城に続く抜け道について書かれていた。
襲撃者から逃れる為、村の民と共に抜け道を通って城に逃げ込むと。
今、島に参加者以外の人の姿がない事から、それを書いた僧侶も村民も結局は殺されるか拉致されたと見るべきなのだろうが。
とにかく、その抜け道が怪しいと見た彼等は、
香坂しぐれの一応の無事を確認した後、連れ立って旅籠へ向かっていたのだ。
「抜け道を知らせる事が、ろノ弐に来て勝負し、勝った参加者への賞として考えられていた。
だが、それが別の所から知られ、貴殿等に先に乗り込まれてしまえば、褒賞としての用を果たすまい」
それは、やませみの抜け道を目指す彼等の着眼が正しいと暗に……いや、あからさまに認める発言。
「故に、最早あの場で待つ事は不要と存じ、我が為すべき事を為す為に参った」
己の言葉が主催者の敵を益している事など無頓着に、兵庫助は結論を言う。
「為すべき事とは?」
「償い……我が指導の拙きにより、後嗣共が尾張柳生の真価を見せられず、無様を曝した事の償いを致す」
そう言った兵庫助の視線の先にいるのは、徳川吉宗。
確かに、吉宗の治世下で、尾張柳生は主の宗春に従って幾度も吉宗に挑み、そして敗れて来た。
償いなどと言っているが、要は己の手で吉宗を倒して後裔達の恥を雪ごうという事か。
「良かろう」
吉宗は答えて剣を抜いた。
「上様お一人を残して良かったのかの?」
「はい。我等があの場に残ったところで、吉宗公をお助けできる訳ではありませんから」
月丹の問いに小兵衛が答える。結局、彼等は吉宗を兵庫助との対決の場に残してやませみへ向かう事にした。
実際、剣士同士の、しかも同じ新陰流の、江戸柳生と尾張柳生の意地を懸けた決闘に、他流の剣士が介入する余地はない。
手助けできないなら、傍にいても、
志々雄真実との戦いの時のように、吉宗の気を逸らす道具に使われる危険があるだけで無益。
それに、兵庫助が寺の日誌の件を知っていた事から、主催者が参加者の行動を細かく把握しているのは確実。
当然、彼等が切り込もうとしている事もとうに知られている筈で、準備の時間を与えず急襲する事が必要となる。
背後の仲間に心を残しつつ、一行は旅籠へと向かうのだった。
【にノ伍/街道/一日目/昼】
【
秋山小兵衛@剣客商売(小説)】
【状態】健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を倒す。
一:やませみの抜け道から主催者を目指す
二:主催者を倒したら戻って吉宗の勝負を見届ける
三:辻月丹が本物かどうか知りたい
【備考】※御前試合の参加者が主催者によって甦らされた死者、又は別々の時代から連れてこられた?と考えています。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※
佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
【
魂魄妖夢@東方Project】
【状態】健康
【装備】】打刀(破損)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:首謀者を斬ってこの異変を解決する。
一:この異変を解決する為に秋山小兵衛と行動を共にする。
二:主催者を倒したら戻って吉宗の勝負を見届ける
三:愛用の刀を取り戻す。
四:自分の体に起こった異常について調べたい。
【備考】※東方妖々夢以降からの参戦です。
※自身に掛けられた制限に気付きました。楼観剣と白楼剣があれば制限を解けるかもしれないと思っています。
※御前試合の首謀者が妖術の類が使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
【富田勢源@史実】
【状態】足に軽傷
【装備】蒼紫の二刀小太刀の一本(鞘付き)
【所持品】なし
【思考】:護身剣を完成させる
一:やませみから主催者を目指す
二:香坂しぐれを探す
三:死亡した佐々木小次郎について調べたい
※
佐々木小次郎(偽)を、佐々木小次郎@史実と誤認しています。
【辻月丹@史実】
【状態】:健康
【装備】:ややぼろい打刀
【所持品】:支給品一式(食料なし)、経典数冊、伊庭寺の日誌
【思考】基本:殺し合いには興味なし
一:やませみの抜け道へ行き主催者の正体を確かめる
二:困窮する者がいれば力を貸す
【備考】※人別帖の内容は過去の人物に関してはあまり信じていません。
それ以外の人物(吉宗を含む)については概ね信用しています(虚偽の可能性も捨てていません)。
※椿三十郎が偽名だと見抜いていますが、全く気にしていません。
人別帖に彼が載っていたかは覚えておらず、特に再確認する気もありません。
※1708年(60歳)からの参戦です。
※伊庭寺の日誌には、伏姫が島を襲撃したという記述があります。著者や真偽については不明です。
「あの者達が御心配か?」
「いや、彼等ならば心配ないだろうが……」
「左様。彼等の心配はまったく御無用」
兵庫助は、吉宗に対して力強く断言する。
「大納言の許には、最早さしたる使い手は無い。狂人と左道使いを討つのに、あれ程の剣客が四人とは、過剰なくらいであろう。
まして、あの場を目指す剣客は貴殿等以外にも多い。それより、目前の敵に集中すべきであろう」
己の仲間である主催者達の敗北をあっさりと予言する兵庫助。
主催者がそんなに弱体であるなら、どうして抜け道の情報を参加者に伝えて招くような真似をしているのか。
或いは、吉宗の心配を除いて全力で戦わせる為の兵庫助の虚言とも考えられるが……
疑いは尽きないが、吉宗には深く考えている余裕はない。
尾張藩と長く抗争して来ただけあって、吉宗は尾張柳生の達人と数多く出会い、或いは闘って来た。
目の前に居る兵庫助の名を継いだである柳生兵庫、四天王などの高弟達、また藩主宗春自身も相当の達人と吉宗は見抜いている。
しかし、この兵庫助がそれらの達人達と比べてすら一線を画す存在だと、対峙する内に吉宗にもわかって来たのだ。
妖夢から預かった剣を強く握り、ここで懸命に戦う事が仲間と共に戦う事にもなると信じて、吉宗は気合を籠め直す。
そして、辺りに正午を示す鐘と太鼓が鳴り響いた。
【にノ陸/街道/一日目/正午】
【徳川吉宗@暴れん坊将軍(テレビドラマ)】
【状態】健康
【装備】無名・九字兼定
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者の陰謀を暴く。
一:柳生利厳と勝負する。
二:小兵衛や妖夢と合流して手助けする。
【備考】※御前試合の首謀者と尾張藩、尾張柳生が結託していると疑っています。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識及び、秋山小兵衛よりお互いの時代の齟齬による知識を得ました。
【柳生利厳@史実?】
【状態】健康
【装備】柳生の大太刀
【所持品】「義」の霊珠
【思考】基本:?????
一:徳川吉宗と勝負する
二:呂仁村址に戻り、そこに居た者と勝負する
手近にあった石を拾い、井戸の中に落としてみる。
しばらく待ったが、水音も、また石が井戸の底に当たる音も聞こえて来ない。
井戸が恐ろしく深いのか、或いは何らかの手段で井戸の中が外界とは隔てられているのか。
「では石川君、頼んだぞ」
あっさりと言って、どんな危険が待っているかわからない井戸の中に五ェ門を送り出そうとする芹沢。
まあ、伝説的な上忍百地三太夫から忍術の奥義を盗んだと伝わる石川五右衛門ならば、こうした任務には適任だろうが。
五ェ門自身も、芹沢には思うところもあるが、体術には自信があるし、自分が偵察に赴く事に異論はない。
彼が身軽に井戸へ飛び込むと、数秒の後、井戸の中から石が一つ飛び出して来る。
よく見ると、それは先程、彼等が井戸の中へ投げ入れた石。
「さして深くはないようだな」
五ェ門に続いて他の者達も井戸に入る。
思った通りさして深くはないがある時点から急に外からの光が遮られ、辺りは闇に包まれた。
彼等はそうした事態も予想して明かりを用意していたが、それとは別に、闇の中で光る物が一つ。
「これは、毛野の!?」
思いがけず発見した霊珠を慌てて拾い上げる信乃。
だが、信乃以外の多くが先に注目したのは、霊珠よりも、その傍に転がっていたもの……少年の骸であった。
参加者同士の殺し合いで死に井戸へ落ちたのか、彼等に先んじて主催者に挑み返り討ちにあったのか。
他にも可能性は無数に考えられるが、一つに確定させるには情報が足りないし、そんな暇もない。
「このような年若い少年を殺すとは……」
義輝が憤るが、芹沢はそれを挑発的に見やって言う。
「子供だからと言って甘く見ておると、有馬喜兵衛の轍を踏む事になりますぞ」
言われた義輝は眉を顰める。
「御存じないか。有馬喜兵衛と言えば、かの
宮本武蔵に討たれたという武芸者だが」
芹沢のその言葉に、幾人かは不得要領な顔をし、幾人かは芹沢の意図を悟って目を鋭くした。
宮本武蔵が十三歳で有馬喜兵衛と試合したのは文禄年間の事であり、義輝や更に過去から来た信乃が知る筈もない。
石川五右衛門の処刑も同時期だが、武蔵が剣名を上げるのは更に数年は後で、五右衛門もまず宮本武蔵の名は知らなかったろう。
故に、五ェ門は意識して宮本武蔵という名に反応するのを慎む。
初代石川五右衛門と間違われたのは元々芹沢達の勘違いだが、決戦を控えたこの時期に誤解を解くのは険呑と判断したのだ。
同時に、芹沢と同様の疑念を抱いていた五ェ門は、義輝と、特に信乃の反応を伺い見る。
架空の物語である「南総里見八犬伝」の登場人物である犬塚信乃。
実在の剣豪とは違い、主催者がタイムマシンやクローン技術を擁していたとしても、本人を連れて来れるとは考えられない。
催眠術か何かで自分を犬塚信乃と思い込んでいるのか、主催者の手下なのか、それとも……
五ェ門は首を振って不毛な考えを打ち切る。
これから得体の知れない力を持つ相手と戦おうと言うのに、仲間を疑う事に頭を使うのが良い筈もない。
主催者を倒してその資料を調べれば、信乃や他の参加者の素性もわかる筈だ。そして芹沢についても……
五ェ門が離れている間にヒナギクと細谷が敵と戦って斃れ、更に近藤と再会してその依頼により沖田を貸し出した。
それを全て信じるのは五ェ門には不可能であり、むしろ芹沢が全員を斬ったのではないかとすら疑っている。
まあ、斬鉄剣が返り、その持ち主であった炎を使う怪人の話がさな子のそれと一致している事から、全てが嘘ではなさそうだが。
主催者は隠しカメラなどで試合の様子を監視している筈であり、その記録を調べる事は、五ェ門の大きな目的の一つ。
だからひとまずは疑心を収め、主催者を倒す事に集中しようと改めて決意する五ェ門。
その時、正午を告げる鐘と太鼓の音がこの外界と隔絶された地下にも響く。
更に、日の出の時と同様に、男の声が頭の中に響いて来た。
「御前試合参加者の皆様、試合開始より半日、お疲れの中、励んで下さりし事を御礼申し上げます。
参加者も大分淘汰され、残りしは一騎当千の達人ばかりなれば、更に奮起される事を期待致しておりまする。
日の出より午の刻の間に斃れし方は、以下の通りに……」
「この先だ!」
五ェ門が指差したのは、井戸の下から続いている暗い地下道の先。
日の出の時と同様に男の声は頭に響いているが、今回はそれとは別に、微かだが、耳にも声が届いたのだ。
一同は、地下道の先へと向かって駆け出す。
当然、犬塚信乃も同時に走り出したのだが……
「……
犬坂毛野殿……」
死者の一人として呼ばれたその名前に、信乃は走りつつ愕然とするのであった。
【???/井戸の中/一日目/正午】
【
足利義輝@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】備前長船「物干竿」@史実
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を討つ。死合には乗らず、人も殺さない。
一:主催者を討つ。
二:信綱と立ち合う。また、他に腕が立ち、死合に乗っていない剣士と会えば立ち合う。
三:信乃の力になる。
四:次に卜伝と出会ったなら、堂々と勝負する。
【備考】※黒幕については未来の人間説、松永久秀や果心居士説の間で揺れ動いています。
※犬塚信乃が実在しない架空の人物の筈だ、という話を聞きました。
【犬塚信乃@八犬伝】
【状態】顔、手足に掠り傷
【装備】小篠@八犬伝
【所持品】支給品一式、こんにゃく
【思考】基本:主催者を倒す。それ以外は未定
一:毛野の死の真偽を探る。
二:義輝を守る。
三:義輝と信綱が立ち合う局面になれば見届け人になる。
四:村雨、桐一文字の太刀、『孝』の珠が存在しているなら探す。
【備考】※義輝と互いの情報を交換しました。義輝が将軍だった事を信じ始めています。
※果心居士、松永久秀、柳生一族について知りました。
※自身が物語中の人物が実体化した存在なのではないか、という疑いを強く持っています。
※玉梓は今回の事件とは無関係と考えています。
【
剣桃太郎@魁!!男塾】
【状態】健康
【装備】打刀
【道具】支給品一式
【思考】基本:主催者が気に入らないので、積極的に戦うことはしない。
1:銀時、義輝、信乃に同行する。
2:向こうからしかけてくる相手には容赦しない。
3:赤石のことはあまり気にしない。
※七牙冥界闘終了直後からの参戦です。
【
坂田銀時@銀魂】
【状態】健康 額に浅い切り傷
【装備】木刀、
【道具】支給品一式(紙類全て無し)
【思考】基本:さっさと帰りたい。
1:当面は桃太郎達に付き合う。
2:主催者から新八の居所を探り出す。
※参戦時期は吉原編終了以降
※沖田や近藤など銀魂メンバーと良く似た名前の人物を宗矩の誤字と考えています。
【芹沢鴨@史実】
【状態】:健康
【装備】:新藤五郎国重@神州纐纈城、丈の足りない着流し
【所持品】:なし
【思考】
基本:やりたいようにやる。 主催者は気に食わない。
一:とりあえずは義輝に協力する。
二:五ェ門を少し警戒。
【備考】
※暗殺される直前の晩から参戦です。
※タイムスリップに関する桂ヒナギクの言葉を概ね信用しました。
※石川五ェ門を石川五右衛門の若かりし頃と思っています。
【石川五ェ門@ルパン三世】
【状態】腹部に重傷
【装備】斬鉄剣(刃こぼれ)、打刀(刃こぼれ)
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:主催者を倒し、その企てを打ち砕く。
一:主催者を倒し、芹沢の行動の記録を探す。
二:千葉さな子を守る。
三:芹沢を警戒
四:ご先祖様と勘違いされるとは…まあ致し方ないか。
【備考】※ヒナギクの推測を信用し、主催者は人智を越えた力を持つ、何者かと予想しました。
※石川五右衛門と勘違いされていますが、今のところ特に誤解を解く気はありません。
【千葉さな子@史実】
【状態】健康
【装備】物干し竿@Fate/stay night 、童子切安綱
【所持品】なし
【思考】基本:殺し合いはしない。話の通じない相手を説き伏せるためには自分も強くなるしかない。
一:主催者を倒す。
二:主催者から仲間達の現状を探り出す。
三:芹沢達を少し警戒
四:間左衛門の最期の言葉が何故か心に残っている。
【備考】
※二十歳手前頃からの参加です。
※実戦における抜刀術を身につけました。
※御前試合の参加者がそれぞれ異なる時代から来ているらしい事を認識しました。
正午を告げる鐘と太鼓が鳴った時、近藤勇と沖田総司は未だ呂仁村址には着いていなかった。
「遅れちゃいましたね。土方さん、待ち兼ねているでしょうか」
沖田は言うが、近藤は約束の時間に遅れた事はさして気にしていない。
それよりも大事なのは今度こそ全力で土方と戦う事であり、この点に関しては近藤は自信を持っている。
ならば、多少の時間のずれくらいは土方も気にしないだろう。
もっとも、あまり遅れれば、その間に土方が別の剣士と出会い、手傷を追ったり討たれたりする危険があるが。
沖田によれば正午以降に呂仁村址に行くのは、主催者が挑発的な言葉で禁じた事だとか。
主催者が送った刺客は既に村址を去ったが、それを知らない好戦的な参加者が呂仁村址に向かう事は十分に有り得る。
そんな事を考えた近藤は、心持ち足を早めた。
「犬坂毛野殿、
伊烏義阿殿、細谷源太夫殿……」
男の声が日の出からの死者の名前を読み上げて行く。
「……川添珠姫殿、桂ヒナギク殿、
烏丸与一殿、
武田赤音殿、小野忠明殿、
奥村五百子殿、山南敬助殿、
藤木源之助殿、
高坂甚太郎殿、明楽伊織殿、
斎藤弥九郎殿、
佐々木只三郎殿……」
盛名のみを知る過去の剣豪、一定の親交と敬意を交わした剣客、島で出会った仲間、共に剣を学んだ盟友。
様々な名が呼ばれるが、今の近藤と沖田にとって最も重要な名はそのどれでもない。
土方歳三。これから会う筈の男の名が、もしここで呼ばれたなら、彼等は一体どうすべきか。
「
白井亨殿、志々雄真実殿……」
死者の名はいろはの順に呼ばれており、「し」は「ひ」の直前になる。
近藤と沖田は一瞬、男の声に意識を集中させ……
「……以上十七名の方……」
死者の読み上げが志々雄真実を最後に終わった事を示すその言葉は、この場では激しい金属音にかき消された。
「なるほど、尾けてやがったのか、歳」
そう、いきなり現れて近藤に斬り付けたのは、呂仁村址での再会を約して別れた筈の土方歳三。
元々は近藤とは別の方向から呂仁村址に向かった土方だが、白井との闘いを経て近藤と離れている必要はなくなる。
むしろ、他の剣士に自身や近藤が討たれる可能性を考えると、早く近藤と合流する方が望ましい。
そう思いつつ、歩を進めて川にぶつかると、川の水が殆どなくなり、水位が低くなっているのを発見したのだ。
瞬時に戦略を立て直した土方は、一気に川を遡る事にする。
途中、霧に包まれた区域も却って都合が良いと駆け抜け、その上流で川が通常の水量に戻っている事に気付く。
そこからは歩いて街道へと向かったが、近藤の方も芹沢や兵庫助と会って時間を取っていた為に、追い付く事ができた。
先んじて近藤達を視界に捉えた土方は、距離を取って後を尾け、声が死者の名を呼び近藤達の気が逸れた隙に駆け寄ったのだ。
「さすがに、この程度の奇襲じゃ通用しねえか」
「いや、悪くないぜ。得物が並の剣ならそれごとぶった切られてたところだ」
飛び退き、距離を取って睨み合う二人。
「場所が予定と違ってしまいましたけど、まあいいですよね。では、始め!」
沖田の掛け声と共に、二人は互いに剣を叩き付けた。
【はノ伍/街道/一日目/正午】
【近藤勇@史実】
【状態】軽傷数ヶ所
【装備】虎徹?
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:この戦いを楽しむ
一:土方と勝負を決する。
二:強い奴との戦いを楽しむ (殺すかどうかはその場で決める)
三:老人(
伊藤一刀斎)と再戦する。
【備考】
死後からの参戦ですがはっきりとした自覚はありません。
【土方歳三@史実】
【状態】肩、顔に軽傷
【装備】 香坂しぐれの刀@史上最強の弟子ケンイチ
【道具】支給品一式
【思考】基本:全力で戦い続ける。
1:近藤と戦う。
2:強者を捜す。
3:志々雄と再会できたら、改めて戦う。
※死亡後からの参戦です。
※この世界を、死者の世界かも知れないと思っています。
【沖田総司@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】無限刃
【所持品】支給品一式(人別帖なし)
【思考】基本:過去や現在や未来の剣豪たちとの戦いを楽しむ
一:近藤と土方の決闘を見届ける。
【備考】※参戦時期は
伊東甲子太郎加入後から死ぬ前のどこかです
※桂ヒナギクの言葉を概ね信用し、必ずしも死者が蘇ったわけではないことを理解しました。
※石川五ェ門が石川五右衛門とは別人だと知りましたが、特に追求するつもりはありません。
「……志々雄真実殿。以上十七名の方々です……」
参加者に死者の情報を伝えていた果心居士は、急激に近づいて来る複数の気配を感じ取る。
足利義輝と芹沢鴨達の一行が、遂に御前試合主催者の本拠にまで乗り込んで来たのだ。
「参加者が減り、皆様方が仕合うべき相手を見付けるのも難しくなって来ている事と存じます。
後程、支給致した人別帖と地図の権能を強化致しますれば……」
「いたぞ、あそこだ!」
「……各自御確認願います」
剣士達が来る前に伝えるべき事を伝えてしまおうとした果心だが、僅かに目算が狂って最後の部分に参加者の声が入ってしまう。
未来の言葉だと放送事故と言える事態だが、果心はさして気にしていない。
問題は御前試合の根幹部分が成功するかで、そこは数々の困難を乗り越えて順調に進んでいる……と果心は見ているのだから。
そして、その見込みが正しいかどうかは、もうすぐ確かめる事が出来るだろう。
果心は、駆け寄って来る剣士達に向き直る。
真っ向から戦えば一人でも妖術使い一人くらいは易々と斬り捨ててしまえるであろう達人、それが七人。
その圧倒的な戦力の到来に、果心は会心の笑みを浮かべて向き直るのだった。
最終更新:2014年04月03日 22:22