四日目(木曜日)
木曜日の夜、懲りずに白黒と扉の前に来た響は、懲りずにため息をつくことになった。
「あかない……。」
ため息だけでは足らず、ごすっ、と扉に頭を当てて、黙ってしまう。
(きゃーっ)(ひびきー)(だめーっ)(がんばーっ)(ふぁいおー)(きゃーっ)
肩を落とす姿に慌てて白黒が響の頬をぺちぺち叩きながら気合いを入れるが、そのまま扉の前にしゃがみこんでしまった。
「明日もこのままなのかなあ…。」
考えはマイナス方向に進んでいく。
明後日もその後もずーっとかもしれない。
三日月さんも普段からいじられたり殴られたり殺されたりしてはいるが到頭堪忍袋の尾がぶちっと切れたのかもしれない。もう集会場所にも来なくなってしまうのだろうか。三日月に縁を切られるからには神殿の皆とも会えないということで、親切にして貰ったのにさようならで……
そんな風にどんどん暗い考えにはまっていたので、突然扉が開いたのに気付かなかった。
どがすっ。
「ごっ!……?……!」(きゃーっ!)(きゃーっ!)
衝撃が頭に走り、白黒が響から転がり落ちた。
「響さんいま…ってすいませんー!?」
「だ…大丈夫……ふえ?巧さん?」
頭を抑えながら上を見ると、神殿の料理長の巧がいた。
「いっ今冷やすものを…。」
「あ、だーめー。」
あたふたと神殿に戻ろうとする巧の毛むくじゃらな手をしゃがんだまま引っ張り引き留める。
「神殿の皆には気付かれたらだめなんですー。」
そのために扉近くに気配が来ると慌てて隠れていたのだ。それさえ気をつければ、居住空間である神殿の奥や「別室」から殆ど出ない幻獣達に見つかることはない。
「…どうしてですか?」
「私と三日月さんの喧嘩なので、巧さん達は立入禁止なんです。だから気付かれるのも良くないー。」
「喧嘩…道理で…。」
納得した様子の巧を見上げ更に響は言う。
「謝る気も謝られる気も無いけど、最後の喧嘩にする気も無いんです。だから、待ってるんです。」
「それで昨日も?」
「……おろー?」
気付かれていたらしい。響の疑問に満ちた表情を受け巧が苦笑して答えた。
「大帝が騒いでいたので。」
「ほえー……って、三日月さんも知って?」
立ち上がり、不安げに巧を今度は見下ろす。
「いえ、主さんは知りませんよ。でも、待つなら主さんの部屋の前の方がここより良いですよ?」
巧にしてみたら客人が扉前でずっと立っているのは心苦しい。しかもその客人が親しい人ならば。
「んーん、神殿全部が三日月さんのエリアだから。それに三日月さんにプレッシャーかけたくないのでー。」
響が待ってる姿を見たらどうしたって三日月の罪悪感を刺激する。縁を切られてしまうのも嫌だが、縁を繋ぐことを強いることも望みたくないのだ。だから響は動かない。三日月自身が扉を「開ける」まで見えない場所で待つ。
「ですが。」
「大丈夫ー。ありがとうー。」
動かない、と主張するように再びしゃがみ笑んだ響を見て、巧は困った顔になる。しかし意外と響が頑固だということも知っているため、諦めたようだ。(注:頑固なので響用の部屋にはベッド以外の物が拒否されて置いて無い、神殿を散歩中に危なくなってもろくに助けを求めない、など)
「わかりました…ならちょっと待っててくださいね。」
巧は神殿に戻り、ややしてバスケットを抱えて戻ってきた。人間より小柄な体で強調されるとはいえ、それは十分大きい。
「まだ夜は寒いですから。」
「わー」(きゃー)(きゃー)
と巧が渡したのはシートとタオルケットだ。更に水筒と、食べ物の包みらしきものが入っている。
白黒用らしく、小さいタオルも二枚入っているのに笑みがこぼれる。
いや、しかし。
「でも今巧さん達から物を貰うのは……。」
三日月と喧嘩しているのに卑怯な気がする。しかし巧は笑顔で答えた。
「この位は主さんへの裏切りになんてなりませんよ。それに、受け取らないと大帝が主さんに押し掛けてしまいますよ?」
「くわぁー」
「あ、大帝ー。」
扉の隙間から顔を覗かせた神殿で一番親しい幻獣に響が笑顔を見せる。響がつけた宛名は既に神殿で定着してしまっているようだ。
「ほら、大帝もそう言ってますし。」
「……はい、いただきますー。」
お礼を言い、再び閉まった扉を前に、今度はタオルケットをかぶって座る。先程より色んな場所が暖かい。白黒がその膝で同じようにタオルをかぶり座っているのに話しかけた。
「明日は仕事も無いし、昼から待ってみようかー。」
(らじゃー!)(らじゃー!)
元気が出た響を見て、白黒も嬉しげに返事をする。
そうしてまた日付が変わる。
最終更新:2010年07月04日 16:40