(100題、089 静かな夜)
ばちりっ
暖炉で燃える薪が音を立てる。
しっかりとした石組みの暖炉は立派で大きくいかにも頑丈そうだ。
その中で踊る炎も無論大きく、起こる熱がぶわりと部屋を流れ温める。
その色すら普段実家などで見る火より鮮やかなのは気のせいだろうか。
いや、気のせいではないのだろう。なぜならこの家は―――
『どうしたの?響。』
一瞬たりとも止まらず蠢く炎を、じいっ、と見ていた響に気づいた深紅の狐、焔花が声をかけてきた。
「んー、この暖炉、使うときあったんだねえ・・・。ずっとあったかい土地なのになあ、って不思議に思ってたんだけど。」
『そうね、特に寒い時期にしか使わないわね。今はその時期だから。』
「でも、こうして燃えてるの見ると、ここのお家らしいなあと思ってー。」
大きく色鮮やかに踊り、
触れれば火傷をするが、その熱は体を温めてくれる。
炎の家にある炎は美しさを感じた。
フォルト家の居間で焔花とうたた寝をするのが、修業後の響の習慣になっている。
つやつやで暖かい毛にくるまれると、日によく当たったような匂いに包まれて気持がよい。
友人らはその姿を羨ましがるが、残念ながら焔花に男性を同じ場所で寝かせる趣味はない。
(女性であっても、むやみやたらと触られる趣味はないので遠慮したいところだ。)
普段は人間の腕に収まる大きさで過ごしており、戦闘時にしか大きくならないのだが、
修行で疲れた響がへろへろと歩いてくる姿にほだされるうちに、こうして過ごすこととなった。
最近では
ラインに「戦闘形態というより、お昼寝形態と化しとるなあ」と呟かれる。
それは他の家族も同感のようで、普段は微笑ましくその光景を見ている。
しかし今日は皆仕事のようで、そこにいたのは刺繍をするフォルト家の長老、スクエだけだった。
「この時期はとても寒くなるからね、獣も出歩かないんだよ。だから南大陸では祭りが行われる。」
二人の会話を聞き、編み物の手を休めずにスクエが呟く。
「ほえー、寒いのにですか?」
「ああ、夜通し火を焚いて過ごすんだよ。そして歌を歌って踊る。寒波の前に収穫した作物を喜び、来年の収穫を祈願してね。」
『ふうん、祭りみたいなのがあるのは知ってたけど。』
「こんな歌をね。」
と言うと、くすり、と悪戯を仕組むように笑い、スクエが作業の手を止め歌いだした。
高齢ではあるがその声はまだ張りがあり、居間に朗々と響く。
偶然だろうか、その時暖炉の火が一際大きくなったのは。
色を変え形変え炎たち踊るよ
夜を照らし夜を濃く染め 日が昇るまで踊れ 今宵は感謝祭
歌は続く。
聞きなれぬ抑揚はあるがそれは不快ではなく、むしろ響の興味を引き付けた。
また、その歌詞も。
火の娘たち踊る 火の粉ベールに 木の枝を炎の花束にして
火の娘たち歌う 緋の乙女取り囲み 乙女の赤を飾り輝く
人の娘も踊れ ともに歌え 豊穣を祝え
娘たち歌え 夜を忘れ踊れ 緋の乙女称えよ
我々も踊れ ともに歌え 収穫を祝え
皆々歌え 朝まで踊れ 緋の乙女称えよ
それは火の娘を称える歌詞だった。
―――つまりは、フォルト家を
夜でありながら 夜はない日よ 今宵は感謝祭
火の守り我等照らす 獣恐れずさあ踊れ 今宵は感謝祭
緋の乙女称えよ
ふう、と息をついてスクエが歌い終わる。
音の余韻が耳に残り、つられて響もほう、と息をつく。
「自分らで歌うと、ちと恥ずかしいねえ。」
「……皆さんに、好かれているんですね。」
「管理してるだけさね。でも流石にこんな風に歌われると決まりが悪くてね、 この時期はついつい皆で、いつもより獣に警戒するのさ。折角祝ってるのに獣に襲われたらフォルトの名に傷がつくってね。」
『まあ、寒いからこそ飢えて出てくる獣もいるかもしれないものね。』
「面倒なことさね。」
そのスクエの言葉に響はつい笑ってしまった。
照れているのだと気づいたから。
「もっかい、歌ってほしいです。覚えてみたい。」
「覚えたいのかい?…何度も聴かせる程の歌い手ではないんだけどねえ。」
そういいながらも同じ歌を、今度はゆっくりと小さな声で歌ってくれる。
それに合わせて響も歌い、しばらく二つの歌声が居間に響いた。
響の歌声が途切れたのを訝しみ、焔花が響を覗き込み、声をかけた。
『…響、響? もう、また寝ちゃったみたい。こんなことならさっきのうちに離れておけばよかったわ。
折角移動できると思ったのに。』
ため息をつきながらも、言葉とは裏腹に寒くないように、すやすやと眠る響を自分の尾でくるみ直す。
その動作も隙間風が入らぬよう配慮しており、ついスクエの顔に笑みが零れる。
「まるで母親のようさねえ。」
『もうスクエ、私がそんな年じゃないって知ってるでしょう!』
「はは、ごめんごめん、ほら、叫ぶと起きてしまうよ。」
『まったく・・・。』
暖炉の火がまた大きく動き、響の顔と焔花の毛皮に影がおどる。
スクエはまた、黙々と刺繍を再開しだす。
獣の鳴き声はなく、雨の降る気配もない。
そうして、静かな夜は更けていく。
後日談:
「ねえ焔花ー、ふと気づいたんだけど、ラインさんが後を継いだら、歌詞はー・・・?」
『え?そうねえ・・・いきなり変更してくれ、なんて言うのも無理があるし・・・ねえ?ライン。どうなるの?』
「ワイに聞くなや・・・。」
スクエたちには「どうせ男性だって気づかれないだろう。」と以前言われ、既に諦めているラインであった。
最終更新:2010年07月11日 17:07