001 絆創膏
視界の端で子供が転んだ。
子供といっても、既に7-8歳くらいにはなっているだろう。
距離がある上に、すぐに助けるのも過保護と感じ眺めていると、案の定むくりと起き上がる。
しかし怪我をしたらしい。片膝を抱えるようにしゃがんだ小さな背中が震え、声を上げはじめた。
やれやれ、しかたない。
そう思い近寄ろうとした矢先、ぱたぱたと連れが子供に駆けて行った。
視力は自分の方がいいが、耳は連れもいい。聞こえたようだ。
しゃくりあげがピークに達する前にたどり着き、その前にしゃがみこみ様子を見る。
「怪我したのかな?・・・ああ、なるほど」
連れは子供の前にかがみ、膝の様子を見る。表情から、大したことはないとわかった。
リュックからてきぱきと消毒液を取り出し吹き掛ける。
「染みても我慢ー・・・はい、できあがり。反対の足も出して」
ゆっくりと二人のところに寄る。
「こっちは絆創膏貼ろうね」
絆創膏を取り出したその姿に、ふいに昔のことを思い出した。
―――昔は、こちらが絆創膏を準備していたのに
「・・・き、ひびき、響!」
強い風の中何度も名前を呼ぶと、着物姿の少女が無言で振り向き、こちらを見た。
まだ5歳にも満たない姿だが、既に10歳の誕生日を迎えている。
距離があるというのに、自分の眼がその眼に吸いつけられる。
その眼にも表情にも痛みは読み取れない。見た目だけでは何も。
視線を移動させると、紅葉のような小さな手のひらに血が滲んでいた。人よりよい視力はそれを克明にとらえる。
風は少女を中心に吹き荒れている。いや、その流れたわずかの血が空気を震わせているのだ。
長い長い髪がばさばさと揺れ、顔を隠す。
目元を隠し、口だけがのぞく。
『 』
その小さい口が声なき声で叫び―――
ばんっ!
風が一斉に森の中に広がり散じて消えていく。
ぶわり、と呼吸できないほどの風が体中にぶつかり後ろへ離れていく。
苦しいほどだというのに、その風に心の隅が歓喜を叫ぶ。歌う。踊る。
そうして風が落ち着いたのちにそこにいるのは、髪をぼさぼさにして、ぺちゃん、と座っている少女だけだった。
我に返り、慌ててポケットを探りながら走り寄る。
ポケットの中に常備してあるのは―――
「ほらできた、大丈夫、すぐに痛くなくなるよ」
「おにいちゃん・・・ふえっ、ありがとう」
「どういたしまして」
世界が一瞬で現在に戻る。
連れは男性と間違われても気にせず、治療の終わった子供の頭を軽く撫でている。
その表情は柔らかい。
連れは子供と手を振り別れ、こちらに戻ってきた。
「寄り道してごめん」
「いや・・・ただの散歩だ、気にするな」
「・・・どしたの?」
きょとん、と首を傾げ見上げる顔にも眼にも、表情があふれている。
つい、笑みが零れた。
「昔はこっちが用意してたのにな。絆創膏」
「ああ・・・今は・・・怪我しないからね。でも、周りで必要にする人はいるから」
「今度俺ももらうか」
「兄さんこそ、いらないでしょう!」
「言ったな」
はじけたように笑いながら答える連れの頭を、ぐしゃぐしゃとかきまぜる。
更に大声で笑いながら逃げていく背中を見て思うことは。
怪我をしなくても、それでも、傍には。
最終更新:2010年12月06日 22:35