リムの受難な一日

 リム・フォルトは困っていた。
 主の弟君に休養にとるように言われ三日、読書とトレーニングをして過ごし、今日も同じように過ごそうかと目を覚ます。
 「……リネア様、あらかじめ連絡を頂戴したいと申し上げたのですが……」
 そこはねぐらとしていた隠れ家ではなく、見覚えのない草原だった

 「リネア。」
 「はい? なんでしょうお母様。」
 「ミリッカ辺りで空間転移を感じ取ったのだけど、あなた何か知っている? この感覚は侵略者じゃなくて、こっちから出て行った感じなのだけど。」
 「…へ?」

 リネアが何をさせたいのかはわからないが、草原にいても仕方がない。一番近くの町に行けば、現在地がどのあたりか大体わかるだろう。そう考え、街道を探しに足を進めるリム。
 途中、とんでもない悪寒を感じ、とっさにその場から跳ぶ。直後、リムがいたところを風が切り刻む。
 何事か? 警戒し辺りを見回す。しかし、何もいない。見えるのは草原と青空。獣の一匹も見えない。 いぶかしげに警戒していると、先ほどと同じ悪寒を感じ、跳ぶ。
 何かはわからないが、狙われている。 リムは草原を駆け出した。

 三十分ほど切り刻む風から逃げ続けると、5人ほどの集団が見えた。しかし、恰好が妙だ。二百年前ならいざ知らず、リムの世界では今時鎧を着て剣を持つ集団を見たことがない。
 集団は、リムのほうを見ると聞いたことがない言葉を叫ぶ。何人かは剣も構え臨戦態勢だが、気にしている暇はない。
 集団の中で、三日月のようなローブをかぶり、杖を持った男が何かを高らかに叫ぶ。すると、リムの背後で地面が抉れたような騒音と、獣の悲鳴が聞こえる。思わず振り返ると、そこには巨大なイタチが陥没した地面にはまっていた。 それを視認すると同時に、リムの意識が飛ぶ。

 「なんだったんだこの女は。こんな格好でこの平原にいるなど。」
 鎌鼬を討伐し、仲間が討伐部位を切り分けている横で、集団のリーダー、ミケレックは不審に思う。今時分武器も鎧も装備せずに町を出ることがどれだけ危険で愚かなことか、幼子でも知っているというのに、この女はまるで今まで寝ていました。と言わんばかりの格好だ。
 「それもそうだがよ、急に気絶したのも謎だぜ。」
 「だな、外傷もねえから怪我が原因とはとても思えんぞ。」
 鎌鼬を解体していた双子の剣士、キーノとキーラが討伐部位を持ち戻ってくる。
 「よ、要因はおそらく、鎌鼬の姿を視認したからではないでしょうか…?」
 ローブの娘、キャシーが女の容体を確認しながら控えめにいう。
 「はぁ? その程度でか? 確かにこいつは凶悪だったが、見ただけで気絶するほど恐ろしくはないだろ。」
 「ですが、そう考えると振り返った瞬間に落ちたのに合点がいきます。」
 異を唱えるキーノに、女を背負いながら先ほど何かを叫んだニネートがキャシーに同意し、ほかのメンバーもそれに追従する。
 「…しかし、この女どうする? すぐ目を覚ましそうか?」
 「いえ…命に別状はなさそうですが、しばらくは起きないかと。」
 「ここに放置しても魔物のえさにしかなりませんよ。 何の用事でここにいたのかはわかりませんが、放置しておくわけにはいきません。」
「ってーと俺たちが何とかするしかねーのかよ。 メンドくせぇ。」
 女を連れて行くことに不満げなキーノとキーラ。放置しておくわけにはいかないと主張するニネートとキャシー。 最終的にミケレックが連れて行くと宣言する。
「何があるかわからんから、キーノとキーラは手が空いているほうがいい。俺は討伐部位を運ばねばならん。すまんが、ニネートが背負ってくれ。」
「わかっていますよ。隊長。」
 ニネートが女を軽く背負い、一同は町に向かって戻ることにする。

 「…やっと見つけたと思ったら、なにか厄介なことになってそうね。 どうするべきかかしら。」
 遠目で集団を見ていたリネアが一人、つぶやいた。

 「う……っは!」
 目を覚ますリム、とっさに周りを見ると若い娘が一人眠っていて、その周りに男が二人仮眠をとっている。 そして、火の番をしていたであろう男が二人、リムが目を覚ましたことに気が付く
 「^@:;@^:」
二人のうち、大柄の男がリムに話しかけるが、リムには何を言っているか全く理解ができない。しばらく目を丸くした後、
「言葉がわからない。」とつぶやき、わからないということを身振り手振りで何とか伝える。
その後、リムは自分を指さし、「リム」と繰り返す。 男二人は馬鹿ではないようで、しばらくした後同じように自らを指さしそれぞれ「ミケレック」 「キーノ」と自己紹介をする。男たちから敵意を感じなかったリムは、とりあえず一安心をする。

 いつものように野営の準備をして、交代で火の番をしている一行。女はまだ眠っているが、呼吸は安定しているし問題はなさそうだ。
 交代の時間となり、仮眠から目覚めたミケレックとキーノが見張りにたつ。しばらくすると女のほうから物音がし、そちらを見るとどうやら女が目覚めたようだ
「大丈夫か? あんた草原で鎌鼬に襲われていたが。」
ミケレックがやさしい口調で問う。しかし、女は目をしばらく丸くした後、何かを言いながら首を振る。
「あ? 大丈夫かどうか聞いてその反応はねーだろねーちゃん。」
「まて、キーノ。 彼女、俺たちの言葉がわからないのではないか?」
「大陸共通語だぞ? んなわけが…」
しかし、女がこちらの言っていることを理解している様子が見られない。 しばらくお互い黙っていると、女が突然自分を指し「リム」と繰り返す。
一瞬何をやっているのかわからなかった二人だが、すぐに名前を言っているのだと理解し、同じように自らを指さし「ミケレック」「キーノ」と名前を明かす。
名前だけだが、意思の疎通が取れて安心したのか、女…リムが笑顔になる。

最初にその異変に気が付いたのはリムだった。 急に険しい顔になり、焚火の枝を遠くに放り投げる。二人はその行動を疑問に思うがすぐにその疑問は氷解する。
リムが枝を放り投げた先には、亜人、ゴブリンの集団がいた。夜の闇に紛れ人を襲う獰猛な種族。かなり距離があるのに気が付いたリムを疑問に思うが、今はそんな暇はない。
「キーラ! キャシー! ニネート! 起きやがれ! ゴブリンだ!」
仮眠をとっていた三人を叩き起こし、即座に戦闘態勢をとるキーノ。三人もすぐ現状を理解し、各々の得物を持ち戦闘態勢をとる。

奇襲に失敗したと悟ったゴブリンは、数にものを言わせようと襲いかかる。ミケレックが槍でけん制し、キーノとキーラが突撃する。ニネートは呪文を詠唱し、キャシーは傷を負ったキーノとキーラの回復に入る。集団の数が多く、みなリムを気にしている暇がなかった。
「くそっ! 数が多すぎる!」
襲いかかるゴブリンを切り裂き、すでに全身返り血でいっぱいのキーノが叫ぶ。
運悪く、大集団に遭遇してしまったようだ。
「頭さえ!頭さえたたけば突破できる!」
槍をなぎ、ゴブリンを一掃するミケレック。 その顔には焦りが浮かぶ。冒険者経験が長いミケレックでさえ、これだけ大規模の集団に出会ったのは初めてだった。 しかも、こちらは少人数。まだ怪我らしい怪我は負ってはいないが疲労がたまってはひとたまりもない。キャシーの回復は怪我の手当てはできても、疲労は回復しないのだ。
「いました! けどかなり奥です!」
ニネートが悲鳴のような声で、魔術で調べた集団の頭の位置を伝える。しかし、その位置はあまりに遠いうえ、大量のゴブリンにふさがれている。
「畜生!こんなところで死んでたまるか!」
キーラが叫びながら、キャシーに迫るゴブリンを薙ぎ払う。

「あまり余所の世界の生命を殺めたくはないが、リムが世話になったのでは仕方がないな。」
一同の体力が尽きかけ、死が目前に見えたときそのとき、突如現れた全身真っ赤な女が、そんなことを言いながら炎でゴブリンを一掃する。
「っな!」
ありえない、突然現れたこともそうだが、彼女は呪文もなくあれだけの炎を生み出した。しかも、一切の魔力を感知させずに。その事実にニネートは驚愕する。
「ん? なんだ。リムはリムでやっているようだな。」
赤い女がそうつぶやく。その視線の先に目をやる一同。 そこには、リムがゴブリンのリーダーを殴り殺している姿が見えた。

リーダーを失ったゴブリンは一斉に散り、ミケレックたちは九死に一生を得る。
リムは戻ると、赤い女を見て安心したやら何かを言いたいやらそんな顔をしていた。しかし、赤い女がリムを抱きしめると同時に、その姿が炎に包まれ消え去る。
「馬鹿な?! 消えた?!」
「消える魔法なんて、聞いたことがない!」
ミケレックとニネートがほぼ同時に少しずれた点で驚愕する。
しばらくその場で体力を回復させていたが、リムも女も二度と戻ることはなかった。

「…リネア様、ご質問よろしいでしょうか?」
「ああ、何を聞きたいかは大体わかっている。 今回のことは私の意思ではない。」
ここはミリッカにあるリムの隠れ家。リネアはリムを連れ、ここに戻ってきた。
「リネア様のご意思じゃない?」
「何と言ったらいいのやら…リム、お前長い間唯殿の世界にいただろう?」
確かに半年以上いたが、それと今回のこととどう関係するのだろう。リムはそう思うが口には出さない。
「そのおかげでな、お前は世界から異物と認識されている。」
絶句。
「今回はそれが原因だ。 世界がお前を異物と認識し、排除しようとした。すまない、あたしの不始末だ。」
「……それは、今後もこのようなことがある。と、とってよろしいのでしょうか?」
「ああ、それに対処するために…リム、しばらく山に来い。あそこなら何があってもすぐに誰かが対応できる。」
「…承知いたしました。」
「すまんな、何分人間が長期間わたっていたのは初めてのことで、このような弊害があるとは思わなかった。」
謝るリネアの横、リムはしばらくは心休まる日はないのだと内心ため息を
最終更新:2011年02月04日 21:47