悪意が嘲笑う檻の中で
第一話:それは過ぎた日/或いは世界が変わった日
これは昔のこと。あの日まで月夜は「――――」という本当の名前でいて、普通に生きて
暮らしていた。だけど、その日から彼の見る世界は一転し、そして師に出会い、裏表のある
世界に生きることになった。
あの日、月夜は太陽が照りつける中、グラウンドに立っていた。
小学校の運動会の予行で、そこにいたのだ。お喋りしていると先生に怒られる。ごく普通の
光景がそこにある。当時彼はまだ子どもで、喋りたがりで、やはり隣にいた友達とお喋りを
していた。そうして怒られるはず“だった”。
怒られなかったのは単に彼が倒れたから。
月夜が喋っている途中で、 ぐらりと視界が歪んだ。 目の前は揺れて耐え切れなくなって
しゃがんだ。当然、何事かと先生が駆け寄るも、そんな間もなく月夜は倒れた。彼が最後に
見たのは赤と黒だけでできた風景だった。
*
「ここは……?」
薬の匂いのする保健室で月夜は目が覚めた。頭の中がごっちゃになっている。
「目が覚めたのか、グラウンドで倒れたから保健室に連れてきたぞ」
ベッドについているカーテン越しに養護の先生の声が聞こえた。ちなみに男性だ。
月夜は目覚めたばかりで、頭が動いていなく、そういわれて保健室にいるのだとわかった。
天井で電気がついており、もう外は暗くなっている。
「だいぶ寝たな。最初はお母さんを呼ぼうと思ったんだが、
起きてからとおもってな。これを飲みな」
カーテンを開けて、 先生がジュースを入れた容器を差しだした。 月夜はそれを受け取ろ
うと――して止まった。先生から少し「色」が見えた。 白い色が。 別に白衣を着ていたか
らでも、 電灯の光に照らされていたからというわけではなかった。 白い色が陽炎のように
揺らめき、それが先生の身体からにじみ出ていた。
「ん、どうしたいらないのか?」
声をかけられはっとした。月夜はたまに先生を見たことがあったが、今のように「色」を
にじませていたなんてことはなく、先生に聞くのはまずいと思った。
「あ!……いります、いります」
とりあえず、彼は気分を落ち着かせようと、容器を受け取りゆっくりジュースを飲んだ。
それはスポーツ飲料だった。水分が足りていなかったのか、身体に染みていく感じがした。
ほっとして、一息つけた。もう一度見たらあの「色」は見えないか、と思っていたけど、心
のどこかで、あれは本当なのだと予感していた。
「あっ……」
先生を見る。腕を見る。色を見る。思った通りで、あれは見間違いではなくまぎれもない
ホンモノ。滲み出しているモノは多分手に取れないが、見ているそれはきっと現実だ。
「あ……?」
「ありがとうございます」
「ま、当然の義務だ
ジュース、飲んだな?家に帰る支度をしろ、荷物はそこにある。家まで送ってやるよ」
そう言われて、ベッドから降り、少しふらつきながらも歩いていき荷物を取った。
「ん、問題はないな。じゃ、行こうか」
(暇つぶしとネタだし)
最終更新:2011年10月14日 18:27