それは過去の話

悪意が嘲笑う檻の中で

第一話:それは過ぎた日/或いは世界が変わった日
 これは昔のこと。あの日まで月夜は「――――」という本当の名前でいて、普通に生きて
暮らしていた。だけど、その日から彼の見る世界は一転し、そして師に出会い、裏表のある
世界に生きることになった。

 あの日、月夜は太陽が照りつける中、グラウンドに立っていた。
小学校の運動会の予行で、そこにいたのだ。お喋りしていると先生に怒られる。ごく普通の
光景がそこにある。当時彼はまだ子どもで、喋りたがりで、やはり隣にいた友達とお喋りを
していた。そうして怒られるはず“だった”。
 怒られなかったのは単に彼が倒れたから。
 月夜が喋っている途中で、 ぐらりと視界が歪んだ。 目の前は揺れて耐え切れなくなって
しゃがんだ。当然、何事かと先生が駆け寄るも、そんな間もなく月夜は倒れた。彼が最後に
見たのは赤と黒だけでできた風景だった。


 「ここは……?」
 薬の匂いのする保健室で月夜は目が覚めた。頭の中がごっちゃになっている。
 「目が覚めたのか、グラウンドで倒れたから保健室に連れてきたぞ」
 ベッドについているカーテン越しに養護の先生の声が聞こえた。ちなみに男性だ。
 月夜は目覚めたばかりで、頭が動いていなく、そういわれて保健室にいるのだとわかった。
天井で電気がついており、もう外は暗くなっている。
 「だいぶ寝たな。最初はお母さんを呼ぼうと思ったんだが、
  起きてからとおもってな。これを飲みな」
 カーテンを開けて、 先生がジュースを入れた容器を差しだした。 月夜はそれを受け取ろ
うと――して止まった。先生から少し「色」が見えた。 白い色が。 別に白衣を着ていたか
らでも、 電灯の光に照らされていたからというわけではなかった。 白い色が陽炎のように
揺らめき、それが先生の身体からにじみ出ていた。
 「ん、どうしたいらないのか?」
 声をかけられはっとした。月夜はたまに先生を見たことがあったが、今のように「色」を
にじませていたなんてことはなく、先生に聞くのはまずいと思った。
 「あ!……いります、いります」
 とりあえず、彼は気分を落ち着かせようと、容器を受け取りゆっくりジュースを飲んだ。
それはスポーツ飲料だった。水分が足りていなかったのか、身体に染みていく感じがした。
ほっとして、一息つけた。もう一度見たらあの「色」は見えないか、と思っていたけど、心
のどこかで、あれは本当なのだと予感していた。
 「あっ……」
 先生を見る。腕を見る。色を見る。思った通りで、あれは見間違いではなくまぎれもない
ホンモノ。滲み出しているモノは多分手に取れないが、見ているそれはきっと現実だ。
 「あ……?」
 「ありがとうございます」
 「ま、当然の義務だ
 ジュース、飲んだな?家に帰る支度をしろ、荷物はそこにある。家まで送ってやるよ」
 そう言われて、ベッドから降り、少しふらつきながらも歩いていき荷物を取った。
 「ん、問題はないな。じゃ、行こうか」


(暇つぶしとネタだし)
最終更新:2011年10月14日 18:27