閑話3:神社の住人の飲食風景(100題より、025ブランデー)

きっかけは実家で貰った一箱。それを後押ししたのは日頃の感謝と照れ隠し。その結果として生じたものは。
「……ここまで弱いとは……。」

        見事にマグロになっている神(一体)だった。

いつもの雪柳神社が神の居室。そこの机にレポートを乗せ、胡坐をかいて座る俺の前には、ぐにゃりとうつ伏せになり倒れている男の姿があった。今日は翁の面を被っている。能面に覆われていない首と耳はどちらかというと色黒だが、それが今は赤黒くなっていた。
認めよう。犯人は間違いなく俺だ。事の始まりは盆の実家帰省である。アパートに戻る折、親が菓子を消費しきれないからと、お中元で貰った菓子と酒をくれたのだ。
それらを持ち帰り、なんだかんだ(先日の騒動は置いておいて)世話になってるからとコイツにも分けることにし、菓子ならコイツも食えるだろうと判断し、なおかつ味に当たり外れは少ないだろうとチョコレートケーキを選んだところまでは間違っていなかったと思う。しかしそのチョコレートケーキが曲者だった。
そして俺の切羽詰まったレポートの海も、この結果を導く一助となった。

―――おーっす。ほい、土産。
―――あれー、おひさしぶりですねえ。ご実家からもう帰ってたのですか?あ、お菓子ですかあ~?
―――数日前にな。親がくれたモン適当に持ってきた。チョコレート食えるか?
―――ありがとうございます~。ああ、チョコレートですかあ、懐かしいですねえ。
―――お前の懐かしいは何十年前なのか疑問だが、まあいいか。それとちょっと場所貸してくれ。部屋でレポート書いてたら煮詰まって来ただよ。最後の一つがもう書きにくくて書きにくくて。今週これで5つ目だぞ?


―――どうぞどうぞ~ふふーん♪……あれ?お酒の匂い、してます、けど……
―――あ?風味づけに入れてるだけだろ?150℃以上で30分以上とか焼いてんだろうから、アルコール自体は飛んでるって。
―――そういうものなのですか…じゃあ、一緒に早速食べましょうかあ~?
―――俺ちょっと集中モードだから、先に食っててくれや。
―――おやおや、それではお先にいただきますね~。厚切り、厚切り~んふふ~ん♪

菓子が入っていた箱の紙を出して読む。なになに、『ベルギー産クーベルチュールを使用し・・・

<<焼き上がり後にも上質のブランデーをたっぷりとしみこませ……>> 』

 あっはっはっはっはっはっは。



       余裕でダメじゃねえか   


先に食べさせたところ、この結果だ。一般のケーキよりアルコール量が2倍だかなんだか書かれてあったが、ケーキというからにはアルコール分は大したことないだろうと高をくくっていたのだが、予想に反し一切れ食べた後、こんな状態になってしまった。
おかしいと思い自分でも食べてみたところ、焼いた後に上からたっぷりとブランデーをかけていたらしい。食べたら一口でわかったのだが、どうやらこいつは「焼いたからアルコール分が飛んで風味だけ残っているのだろう」という俺の言葉をうのみにして、その一口目を食べてしまい・・・。さらに慣れぬチョコレート味にごまかされ・・・。

「一切れ食べてノックアウトされたと。うわー…起きたら怒られるか?こりゃ。」

 そして事態はこれだけでは済まないのである。努力して視界から外していた光景に、仕方なしに焦点を合わせる。そこには。

「……類友ってこういうのを言うんだろうか……。」

        やはり見事に潰れている神主(兼・喫茶店店主)(一人)がいた。

こちらも負けずに赤い。仮面が無いから色がもうわかりやすい。
そしてこちらも俺が原因である。実は持ってくる前にあらかじめナイフやフォークを借りに行ってたのだ。そしてわざわざお茶を持って来てくれたのだ。俺がお礼に「是非、夏幸さんも食べてください」とお菓子を薦めた気持ちを誰かわかってほしい。わかるよな?てかわかれ。わかってくれ。うん、わかってほしくても、俺以外いまここにいねえし。すげえ空しい。
初めて会ったときに、この酔いどれ神に酒の相手が神社にいないから誘ったと言われはしたが、まさかここまで神と神職揃って酒に弱いと誰が思うだろう。御神酒とかどうしてんだ?夏幸さんの喫茶店で料理酒に早変わりか?

「レポートの路線が決まってから気づいただけでもまし、なのか?」

決まった方針をとりあえずメモしておき、二人の体調を確認する。

「あー……ええと……とりあえずどっちも呼吸はまともか。」

二人とも赤くて寝てる以外は特に異常は感じない。とりあえず万一吐いて呼吸困難にならんよう体は上向き、顔は横向きにしておこう。これは吐いた時に上や下を向いていると呼吸が阻害されることを避けるためだ。うむ、大学が学生のアルコール急性中毒による死亡への対策として配布した資料を読んだのが活きている。
次に、母屋に言って夏幸さんのことを説明してお水をもらって、て、あ。

「こいつ、顔横にしても……」

仮面のせいで、吐いたら呼吸塞がれるんじゃね?





さて、どうするか。
しばし思考が停止したが再起動し、考えをめぐらせる。俺が母屋に行ってる間に吐かれたら困るから仮面をはずしたほうが安全ではあるが……気が進まない。

正直今のこいつの状態で仮面をむしりとることなど容易だ。そうしたらこいつが隠している素顔を見ることができるし、今なら理由もたつ。こいつはきっと怒らない。そう、怒らないだろうと予測できる。だってこいつお人よしだから。ただ――

―――お前、こうして一緒に外に出てる時も、顔を認識できねえようにしてんのな。見ても見ても、なんつーか、ぼやけて覚えらんねえ。
―――ええ、そうしておいた方がよいので~

たまーに、顔に関して話題が移る時は、いつも、困ったように    んで、悲しそうに笑うから

口だけしか見えねえのに、顔は覚えらんねえのに、悲しそうだって感じる笑い方をするから
だから、から、ら、ら、ら、

まあ
  うん 
    あー


んなことしたかねえなあ。




「てか、こいつがもの食ってる時みたいに仮面斜めにすりゃいいだけか」

気づいた。つい悩んでしまったのが馬鹿みたいだ。早く母屋に行ってこよう。そうと決まれば手早く仮面をほんの少し、横からは見ないようにしながら顔から浮かし、斜めにして口の部分をさらしておくことにする。この位なら時々見てるから怒られないだろう。
母屋から戻ってきて再び部屋に入ると、幸いどちらも吐いてはいなかった。母屋の夏幸さんの家族に現状を説明したところ、慣れているらしい。誰も心配した顔は見せず、苦笑しただけだった。

「あ?ああ。ふたりともすーぐに酔っ払って朝まで寝ちまうから、吐くほどの量も飲んでないから問題ない。ほっとけ。うちは確かに全員弱いが、あの二人は本当に極端だな全く」

という神主さんの言葉に安心し、夏幸さんの奥さんが持たせてくれた水とタオルケットだけを持ってきた。水は飲み物用のテーブルに置き、タオルケットは二人にかけておく。俺が帰る時にもう一度母屋に報告すれば、離れの鍵を閉めに来ておいてくれるとのことだった。

「んあー…レポート、明日続きすっかあ。」

なんかどっと疲れた。ケーキの残りを回収して帰ろう。残りの菓子も、アルコール入ってたら持ち帰ろう。あ、もいっこアルコール入り発見。没収没収。
帰る準備をし、最後にもう一度二人の状態を確認する。うん、変化なし。もう仮面を見ても、さっきみたいには悩まない。

「そのうち見せたきゃ見せるだろうし、見ないなら見ないでも大丈夫だろ。」

なにせ仮面があっても喜怒哀楽ははっきりしてて、裏がある性格ではない。顔を見ないのはネット上の知人も同じだ。悩んだこと自体がきっと馬鹿馬鹿しい。こいつの顔以上に、こいつと友人でいるために知ってるべき大事な要素は知っている。
こいつがいい奴だって、知ってる。

「悩ませやがって」

逆恨みと知りながらも、今度はアルコールにもっと注意して持ってくる、と仮面の隙間から油性ペンで顔に伝言を書いて帰った。



また、遊びに来て
そうだな、次は落書きへの恨み言を聞いてやるよ。
最終更新:2013年03月11日 02:23