どうした?起きてしまったのか?栄養は?…ならば続ける。
……まだ起きているのか?それではもたない。寝なさい。
寝れない?話を聞きたい?保護センターで色々聞いた?聞いたのならば必要ないだろうに。
ふむ。なら子守唄に話そう。ここなら他の皆には聞かれない。
「うちに来る?本当は君みたいな外国の生き物だと、色々うるさい人もいるんだけどね。でも、うちの妹と仲良くなったみたいだし」
そんな風に誘われた時、もうどこにも居たい場所がなかった。それまでにいた場所もただ眠るための場所だ。だからその誘いを断る理由はなかった。
しかしその誘いだけなら、行きたいと思うほどでもなかっただろう。自分が気まぐれを起こしたのは、あの小さい手が意識を掠めたからだったと、思い返す。
そう急くな。話そう。
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最初の記憶は光だ。まぶしい、と感じたことを不思議がる余裕はなかった。脳がある生物の赤子ならもっとぼやけた記憶から徐々にはっきりとしてくるのだろう。
しかし自分の場合、もたらされたのは唐突に投げ出されたような、瞬時に構成された<自分という意識>だった。
『あ、……でき、た?……できた、できた、できたーーーーーーーーっ!』
意識を意識していることに意識しすぎていた自分が次に意識したのは、そんな<音>だった。次いで、<視界>に<何か>が突き出されたが、理解が至らず、自分はただ呆然とそこに「座った」ままだった。
『あれぇ…?まだ、何か足りてない…?おかあさんー、おかあさんー!できた、できた、できたああー!!できたけど、なんかへんー!』
次いでその<何か>が視界から消えし、ばたばた、がたがた、と<音>が遠ざかっていった。
ややしてそれが、<声>と<手>の<持ち主>が<扉>から<出て行った><足音>だと適正な言葉が選択される。
そしてきっと<声>は、自分の―――
『ほらほら、見て、見て!出来たでしょ?!でも動かないの!どうして、どうして?!間違えなかったのに!』
『待ちなさい待ちなさい、確かに外見は出来てるけど…まず、きちんと「中身」の有無は確認したの?本当に動かないの?』
『あっ!えっと、え、と、確認する!』
<少女>がこちらに<走り寄り>、その<背後>で少女の<母>と思われる<女性>がこちらを<見て>いる。<少女>がこちらに合わせた<目>を見て。
理解した。
これは、自分の主である、と。
そう認識すると、自分の中でうごめいて宙に浮いていて、考える度にひとつひとつ捕まえては当てはめていた理解と言葉たちが一斉に地に降りてきて、整理された気がした。
この姿になって与えられた全ての感覚が、求められたとおり動きはじめた。
「私の言うこと、わかる?」―心配げな顔に頷くと、ほっとした顔をした。
「私が誰だか、わかる?」―期待に満ちた顔にまた頷くと、その目が更に期待で輝いた。
「言ってみせて!」―その言葉に、まだ動かしにくい器官をゆっくりと動かして応えた。
「あ、る じ」
主は、これ以上ないくらいに笑って、再びこちらに手を伸ばした。小さい白い手は、こちらが手を出し返すことを一切疑っていない。
「そうだよ!アタシの名前は---!そしてね、ずっと考えて決めてたんだ!キミの名前は---!---だよ!」
「よかったわ成功してて。まったくせっかちねえ。少し待ってあげればよかったのに」
「だ、だってー!」
「ほらほら、こっちにムキになって反論してないで、歓迎してあげなさい。新しい家族なんだから」
「はーい…」
冷静に指摘してきた母親に突き出した唇を元に戻し、再び主がこちらを向き、そして言った。
「よろしくね!---!私の家族!」
その小さい手に、自分の手にあたる部分を重ねた。主の手よりとても小さかった。
それが、自分の最初の記憶。幸せの始まり。
失った悲しみはどうしようもなくらい深かったけど、故にただ眠ることを選んだけれども、それでも自分が意識を持たなければよかったとは思わない。
お前たちも、悲しいことがあるかもしれないけど、でも悲しさと一緒に確かにあった幸せを捨ててはいけない。いいね?
…あの子も眠ることを選んでしまいがちだ。お前たち、気づいたら起こしてあげなさい。今ここにこうして一緒にいるのだから。
ああ、いい返事だ。
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『…………………………』
何かが聞こえる。聞かずに眠ろうとするのに、時折さわり、と意識に触れてくる。
『………、…………………』
小さい声なのに、か細い声なのに、聞こえなくなったと思うとしばらくしてまた少し聞こえる。
ずっと聞こえているよりも眠りにくい。これはなんだ?誰だ?
『…………』
子供だ、これは子供の声だ。何を言っている?思っている?
『…って、しまえたら』
女の子の声だ。ああ、それは、その言葉は、まるで
『このまま、ずっとねむって、そうしてくちてしまえたら、いいのに』
まるで、自分だ
「これが…………、確かに大きい……どこから……?」
「……の奥に生えてた……。」
「それ、……が持ってた……、大丈夫なのか?」
「詳細はしら……、こんな……が知ってたら掘り出すに決まって……?埋まったまま……知られてない……こと……?」
「それも……」
「何悩んで……。この船の商品……全部…」
「そうだな、これに……だけ心配……も仕方ない。……ないか?」
「問題ない……。三日後……油断……。あー、終わった……飲む……」
長く眠っていた意識に聞こえたのは、男二人の会話だった。単語は拾えるが、会話全体は聞こえているのに理解できない。他の国の言葉ではないようだが。
最後に男らの笑い声が大きく響き、遠ざかっていく。
自分の周囲に土があることには変わりないが、空気が、光が違う。土を湿らせている水もなにやら違和感が強い。というかまずい。何かが沢山混ざっている。水を吸い取るために伸ばしていた細い根たちも、ところどころ千切れているようだ。
盗まれたか。いや、自分の持ち主はいないから、掘り取られた、が正しいか
起きたばかりで感覚が鈍いせいだろうか、自分の状態が悪いのに冷静だった。いや、脳がない自分には「らしい」のかもしれない。
男たちの気配が去ったのを確認し、根を操作して上部の土を減らす。
更に鋭敏になった感覚で再度周囲の気配を確認し、次いで目の部分を土から出した。見渡す。
自分には光が当たっているが、その周囲は暗い。光を必要としないか、夜なのだろう。
自分が置かれているのは広い、広い部屋だ。主たちと過ごした家が何件も入る。周囲の物品は…人のモノに対する価値には疎いが、丁寧に作られた代物が多い気がする。金持ちの酔狂で収集されたのか?自分は。
だとしたら皮肉だ。眠りだした頃は自分を所有してると知られると危険だったというのに。
……?視覚情報を得て気づいた。揺れている。この広い部屋を動かす馬車があるとは思いにくいし、それにしては揺れが遅い。では船だろうか。
船は人間数人が乗るような小さなものしか乗ることはなかったが、似ている気がする。
かたんっ
!!まだ誰かいた?!気配はなかった。主の安全のために気配を察するのには常に注意を払っていたというのに!
いやまだ気づかれたと決まったわけではない。ゆっくり、ゆっくりと土に埋まりなおす。
かしゃんっ
やはり誰かいる。何だ?
体は動かさず、視覚部位をゆっくりとずらす。視覚部位を体内移動させるのは急には行えない。これでも早くはなったのだが。
更に気づかれぬよう内部で魔力を高め感知力を高める。情報は多く得たほうがよい。
時間をかけて視覚で音がした方向を探る。ほんの少し離れた場所に鉄で出来た格子の箱があった。
そう、ほんの少ししか離れていなかったのに、自分はその存在が音を立てるまで感知できなかった。
そして、その中
小さい、小さい少女がいた。
自分が土に覆われているように、根に覆われているように、少女は自分の髪に埋もれるようにしゃがんでいた。
不器用なのだろう。その髪を顔からどけようと動かすのに、ぐしゃ、ぐしゃと何度も顔の前で髪をつかんで横に掃い、また戻り、再び掃っていた。
そしてようやく髪を掃ったのだろう。顔がこちらを向いた。そう、見渡したのではなく、こちらを。
しかし特に声もあげない。表情も変わらなかった。たまたまこちらを向いたのだと安堵した次の瞬間『目が』『合った』。
?!
気付かれた、とか、視覚部位が人間に容易に感知できるはずがない、と思う暇もない。全感覚が少女に集中した。
少女には表情がなかった。顔からも、目からも表情を捉えることはできなかった。
しかし目が合った時、聞こえた。いや、『響いた』というのが正しいのだろう。
『どうやって ねむるの? ながく ながく。』
こちらの状況も、心も機能も過去も全て一目で侵食し、そうして少女はそんな問いをこの身に投げかけたよ。
そして気付いた。聞こえていた声の主はこの少女だと。
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それが自分の次の大きな出会い。お前たちにつながるはじまり。
あの子は自分が生物であると思うことにすら怯えていた。
最終更新:2013年05月09日 00:10