羽月は部屋へ戻り、そのまま、ぼすっとベットに仰向けに寝転がった。
何も持たない手を彷徨わせ、先日貰った箱を取る。
まだ、彼女は中身のほうは見ていなかった。正直、あやしいから。
でも、サイカという女性(?)の言ったことは本当なんだろう。
箱を開けた。当然、中身は重力法則に従い落ちてくる。
ばらばら、と。羽月は箱の中身により少し埋まった。
「あとで、とっちめてやりたいですね」
ぼやく。サイカに責任はないのはわかっていた。ただ言っただけ。
羽月は中身に気づいた。それはさまざまだったが、身の回りの生活するものが一式。
散乱する生活用具の中にまぎれている手紙、そして写真。
それにしても、あの箱の中にどうやったらこの量が入るのかと羽月は疑問に思ったけれど、規格外の存在から渡されたものだから気にしないことにした。
起き上がって部屋(主にベットの上)の惨状を見た。
生活用品は片付けも兼ねて後回しにしよう。見るのは手紙が先だ。
写真もすぐ見れるということで後回しまわしにする。
しばらくして、詠み終わった。
「わかっていますよ………このお節介焼き」
少し意地悪で、でも心配しているような文面をみて、つい憎まれ口をたたいてしまう。
だが、これを読んだことで胸のうちにあったもやもやが少し解消される。
それだけでも、充分なもので後の悪言は主、
三日月にぶつけることにした。
次に、写真を見た。
写真には、目が大きく、それが猫のような印象をあたえるような。
それでいて、犬のような雰囲気をかも出している少女(?)が映っていた。
すこし、困ったような表情がかわいらしかった。
「あら、こちらの方は?」
羽月は何処かで見たような、既視感の様なものを覚えたのだが、まったくわからない。
会った人自体も少ないけれど、皆目わからないという事態に困惑する。
まあ、この写真に写っている少女が、主である三日月の女装させられた姿であると羽月が気付いたとしたら、それは末恐ろしいことであるけれども。
一方、そのころ三日月は
「何か、凄くいやな予感がするんですけどっ!」
なんとも言い知れぬ悪寒を感じていた。実に鋭い、正解である。
だが、三日月はその悪寒の正体を突き止めることは不可能だと思う。
三日月が自他共に記憶から消したいNo1の女装写真という存在は、先日、全焼却処分にしたのだから、そんなこと思いつくわけはない。
しかし、しかしだ。
連日のごとく続く不運に三日月は危機察知能力が無駄にあがっていた。
察知できても、それを回避する手段がないのは悲しいとしか言うほかない。
三日月は記憶を辿る。思い当たるものをすべて思い出す。
人間記憶領域なんて操作できないけれど、自分の危機を感じた三日月はそれをも可能にしている。
この一時であるが、実に無駄だ。
そうして、白であるが黒に近いグレーな情報を思い出した。
先日、本当につい先日、灰色の女性――たしかサイカといったか――が羽月に渡した箱だ。
羽月のものだからと見ていなかったけれども、あるとしたらそれしかないと思った。
ならばと、三日月はすぐさま行動を開始した。
ベットの上を片付けた羽月は、先ほどの写真の少女が誰か気になり、部屋の外へ向かうところだった。
最近来たばかりだから、見知っている顔が絶対的に少ない。
「それにしても、何処にいるんでしょうね、あの馬鹿主様は」
詳細は三日月に聞くことにした。だが、歩けども歩けども見つからない。
当てもなく彷徨い歩いていても見つけることが困難であるということは羽月は分かっている。
だから、彼女はおそらく人がせわしなく働いているであろう、厨房へ向かうことにした。
歩いているときに思ったことが一つ。いや、二つか。
「何で海の中にあるんでしょうか?」
神殿―――祭る神などいないのだが―――の外は海であった。
どういう原理でそうなっているのかは気にしない。
摩訶不思議存在であった羽月にはそんなこと不思議に思わないのだが、場所が謎だった。
太陽のような光が何条もの筋となって、海の蒼を照らしつつ差し込んでいた。
普段めったに見ることはなく、そしてここでは普通の光景に羽月はなかなか洒落ているではないか素直に賞賛する。
こんな奥にどうやって光が差し込んでいるのかなんて考えてはいけない。
なにやら後の方で叫び声らしきものが聞こえたのもまた気にしてはいけない。
というより、そとの風景に見とれており気付いていなかった。
そうして、眺めているうちに厨房に着いた。
業務(謎)時間でないのかいるものはまばらだった。
そこに、仕込みのためかせっせと仕事をしている特長的なもこもことした白い犬がいた。
不釣合いのコック帽を乗せているコボルトだ。
羽月も三日月の近くにいたとき、何度かあったような気がする。
ここに来たのは、そのコボルト、巧が三日月の居場所を知っているかということだった。
仕込みをしているから知る由もないと思うのだが、その辺羽月は抜けていた。
純化の後遺症であろうか。まあ、ただの常識の欠損であろうが。
「忙しいところすみません、巧さん」
「えと、はいなんでしょう羽月さん」
一応言うがお互い名前ぐらいはしっている。三日月が紹介したから。
「えーとですね、主様をしりませんか?」
「主さんですか、何か同僚が言っていたんですけど、廊下を爆走していたらしいですよ。たしか方向は―――…」
何故走る三日月よ。そこに写真があるからさ。
なんてことは思わない。いな、考え付かない。
巧に聞いたことを考えると方角はさっき羽月のいた場所の方、つまりは羽月の部屋の方だった。
なんてすれ違いだろうか。
再びだが、しかし数刻前の三日月。
「何処だ、何処ですか、何処なんだぁーーーー!!」
叫んでいた。迷惑ではないだろうか。と思うが無駄に防音を働かせていた。
今、三日月の脳内では会議が行われていた。ほぼ九分九厘、罵られるということが決定されている。
なんとしても阻止をしなくては。これ以上心労を増やしてなるものか
と意気込むが、空回りになりそうで心配だ。ほら、海の光景に見とれている羽月を見逃した。
はっ、と三日月は気付いたことがある。
部屋に行けばいい、と。だけど、いないということだけは伝えておこう。
その爆走の光景をコボルトに見られたとか見られていないとか。
話は戻る。仕方がないので厨房を出て、羽月は戻ることにした。
すれ違うといけないからショートカットをすることにする。
それは“空間転移”
羽月が再定義され得た新しい能力。
まだあるのだが、今は関係ない。それに羽月の表すシンボルは「白」
定まらぬゆえの可能性。いってしまえば変るかもしれないのだ。
場所はさっきいたところだから簡単に特定できる。
「定まらぬ時の移ろい。空虚の綻び。結ぶは狭間。
千里も万里も差を縮め、我が望む行き先に――――繋がれ」
凛とする声と共に、床には幾何模様が描かれ風が吹く。
羽月は白く絹のようにきらめく髪の毛をはためかせ、その場から消えた。
一瞬にして、界を繋ぐ。出てきた先は何故か浮遊感を感じ、羽月はそのまま落っこちた。
初めて使うから微調整に失敗した。三次元軸で捕らえるとしたらz軸のだ。
そして、気のせいだと思うが蛙のひしゃげるようなうめき声が、羽月の下からしたような気がする。
下を見る、気のせいではなく、黒い外套に身を包み、中には学生服を着た、羽月の探していた三日月がいた。
「……」
少々ばつが悪い。因みに現在は部屋の前である。
三日月は女性(?)の部屋に入るのはためらったのであろう。
とりあえず、部屋の中へ入れておく。
しばらくして、三日月が目を覚ました。
「主様、大丈夫ですか?」
目の前には羽月の顔が近かった。
それに三日月はどきっとした。経験があるような気もしないがそれは違う意味で、主にひやりとかそっちの方だ。
「やっと、目を覚ましたところ悪いのですが、これ誰か分かります?」
素直に疑問を呈する羽月。
これとは何か、三日月は視線が“それ”に向き
「え、ちょ……何でそれをもっているんですか―――っ!!」
叫んだ。本日二度目、いや三度目。
「…………?」
羽月は三日月が何を言っているか一瞬わからなかった。
それとは写真のこと、当然それだと気付く羽月。その時、三日月はまずいと感じた。
言ってしまったものは、取り返しなど付かない。過ぎたることは及ばざるが如し。
だから、三日月はウカツなどと皆に言われるのだ。
「これ写真のことですか、主様。ほほう、これに何かあるというわけですか」
「何もないです!何にもないですって!」
強く否定することがまたあやしい。
羽月の頭の中では写真の娘の最後のピースがはまりそうになっている。
穏便にすましていればよかったのに。
けれども、いずればれること。いっそここで認めてしまえば罵られるのは今である。
そんな悪魔のささやきが聞こえてくる。三日月は焦っていて決意が揺らいでしまう。
「で、誰なんです?」
三日月は言える筈がなかった。自分だと。絶対笑う、そして罵る。
そういう女性(ヒト)だ。目の前の存在というものは。
黙している三日月に羽月は苛立ちを覚える。
「はっきりしたらどうですか、ヘタレ主様。こんなんだからいじられるんです。あ、でも、そうじゃなくても私はいじりますから、そんなこと全然関係ないんですけどね」
ものいっそ、清々しい笑顔でさらりと毒を吐く。
因みに惚れ惚れするような笑顔で(いやな笑顔だ)
「これは…危険なものです、はい。この写真を持っている人がなくなっているとか」
苦虫をすり潰したような顔で、三日月は法螺を吹く。
忘れていないだろうか、三日月よ。羽月は、羽月という存在は“悪意”だったんだ。
そんな微小な機微は見抜かれる。その時、羽月は三日月を見て、いよいよはまりかかっていた最後のピースがはまった。
写真の少女(?)の目の釣りあがり具合。瞳の色。
なるほど道理で見たことあるはずだと、羽月は自分の中で納得した。
当然、三日月は何かと怪訝に思う。というか気付いた。しかし、彼の中に認めたくない自分がいる。
「――――主様?」
決定的だった。目の前にいる存在が三日月をジト目で見つめている。
がくっとうなだれる三日月。
「お言葉ですが、趣味ですか?」
「違います!というか趣味だったらそんな微妙な表情を浮かべませんからっ!?」
一瞬で復活した。断じて認めたくないのだろう。
いや、むしろ被害者だしね。
「それより、その写真を渡してください。むしろ、燃やします!!
原始、神より盗みし物の名は、未だ絶えることはなく永久不破の輝きを齎さん――――闇に灯りて、彼(か)を燃やせ!」
魔術、言霊による自然干渉か、言葉にとって何かを喚起する理を歪めるもの。
その力をもってして、(ただの)写真を燃やしにかかる。
「羽――――月の―――」
何やら羽月もつぶやくが、写真はじりじりと、かつ一瞬のうちに燃え上がった。
三日月はそれを黒い焦げも残らず消し去った。
「ああ、消えちゃいましたね」
「消しますよ!ついでにその記憶も消えてほしいですが」
「まあ、網膜にあの写真は焼きついていますが」
「忘れてくださいって!?」
もう何がなんなんだか。神殿が広くてよかったものだ。
ここが狭かったら何や何やと誰かが聞きに来たかもしれない。
仮にだが、いま美月が(執念で?)ここへ来たのなら三日月を刺しかねない(それでも刺されそうなのは気のせいではないんだろう)
何故なら、今の三日月は羽月という少女の部屋に羽月と二人っきりという状態だ。
あの女性(ひと)は何かやらかすだろう。まあ、仮は仮でしかないのだが。
「終わりましたね。それよりいいんですか今のこの状況」
「何を言って…………やばいです。やばいです!」
「大丈夫ですか、主様」
「ええ、それじゃあ、それでは戻りますよ」
急いで戸の方へ。そこで戸にぶつかるということをやりつつも出て行った。
ばたん、と戸が閉まった。
三日月が出て行った後、羽月はベットに座り、サイカから貰った箱を取り開けた。
入っていたのは先ほどの三日月の女装写真(・・・・・・・・)
先ほど燃やされたのではないか、と思うだろう。
あの時、羽月は呪文を唱えていた。自分の名も入っている転移魔法を。
それを羽月は目を細めて眺めつつ、生活用品に入っていたアルバムの中に収めた。
諦めた方がいいようだ、三日月さん。大丈夫、ファンはいるのだから。
一息ついてから羽月は立ち上がった。
「軽やかに、何処までも、遠くへと――――飛翔せよ」
三言の短い呪文を紡ぎ、消えた。
気分転換のためであり、ある言葉を口にするために向かったのは空。
海の上空、月の見守る場所。自分の名にある月を見上げ、
「ありがとうございます」
素直に感謝する。消えるはずだった。消えてもよかった。
あのときに感じたのは空虚。今をもそれは感じる。
だが、あのおせっかいが羽月をとどめた。
気持ちが大きかった。何でもかんでも許容してしまうのだろう彼は。
「ありがとうございます」
これは本人も前では決して言わない言葉だ(響さんにはわからないが)
羽月であるその前の感情の集合体の大部分をしめていたもののせいか、
素直にものを言わないという性格が形成された。
なんというか「言いたくない」というワカラナイ感情が働く。
素直になりたい、でもなりたくない。そういう板ばさみに悩みはしない。
それを含めて自分であるのだから。
きっと三日月はそれを含めて羽月を認めている。
「でも…………キライです」
嫌よ嫌よも好きの内というが、まさにそれに確答する。
嫌いといいつつも、口元は笑っている。
キライなのだろうかスキなのだろうか。
悪意は負の集合だ。故に純な気持ちを知らない。
今の彼女は無垢。これから様々なことを学ぶのだ。
因みに言っていない部分の詠唱
「羽のように軽やかに、月の見守るところなら何処へでも」
最終更新:2010年05月28日 22:31