とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

22-036

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匿名ユーザー

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(無題)

(無題) の続編です。



「なんなのよもう!ほんっとムッカつく!もう当麻なんてどうなっても知らない!」

ひとり部屋に取り残された私。
腹立たしさや、悲しさや、もどかしさが心の中で渦巻いている。
しかし、部屋には私とゲコ太の一人と一匹しかおらず、どれだけ悪態をついても虚しさが募るだけだった。

私は、部屋の片隅に鎮座する、全長1メートル近い巨大ゲコ太のぬいぐるみを抱き上げ、

「ホントありえないんだから!ゲコ太もそう思うわよね?」

と、話しかけてみた。

しかし、私のコミュニケーション能力は、ゲコ太と会話出来るレベルには達していないようで。
ゲコ太は滑稽な顔をしたまま明後日の方を向いていて、うんともすんとも言ってくれなかった。

「……はあ。」

ひとりしかいない部屋で、ひとりぬいぐるみに向かって、ひとりごとをつぶやき、ひとりため息をつく。
寂しさの極意が、ここにあった。



せめて、ここでゲコ太が

「そーですね!」

と、お昼の長寿番組の如く、相づちを返してくれたなら、幾ばくかは気分が楽になっただろう。

しかし、ゲコ太がどれだけ可愛くて、どれだけ魅力的で、どれだけ私を癒してくれようとも、
所詮はただの『緑のぬいぐるみ』に過ぎないのだ。

まあ、

「私はゲコ太と会話できるもん!」

と豪語する方がおられたら、速やかに精神科医のカウンセリング、若しくは、脳神経外科の診察を受けるように勧告する。
貴方の精神、若しくは大脳新皮質には、重大な欠陥が発生しているであろうから。

少しでもおかしいな、と思ったら、勇気をもって病院への一歩を踏み出して頂きたい。
大病も些細な初期症状から始まるのだ。



閑話休題。

他人の心配をしている場合ではない。
このままでは私も遅刻してしまう。
ゲコ太のぬいぐるみをベットに放り投げ、いそいそと支度を済ませる。

「あれもこれも全部当麻のせいよ!」

またしても悪態をつきながら、がちゃがちゃと乱暴に鍵をかけ、廊下を一気に駆けぬけた。



学校に到着し、授業が始まり、途中休み時間とお昼休みを挟んだが、私の意識は上の空だった。
どんな授業内容だったか、お昼は何を食べたか、どんな会話をしたか、全ての記憶が曖昧に溶け出していた。

それほどまでに、今晩のデートを心待ちにしているという事実を、私は認めない訳にはいかなかった。
朝はあれだけ怒っていたというのに、今では今晩のデートが楽しみにしている。

(今晩のデート楽しみだな~)
(いやいや。不幸の申し子、当麻のことだ。どうせ今回も上手くいくまい)
(なによ。あんたは当麻を信用しないって言うの?)
(そんな当麻に何度も泣かされてきたのはどこのどいつだ?)

不安と期待。
相反するふたつの感情が、せめぎあっていた。



煩悶としたまま自己反駁を繰り返しているうちに、時刻は午後3時を過ぎていた。
太陽は全盛期の勢力を失い、少し頼り無さげに傾いている。
傾きはじめた太陽と同じく、私の頭もこっくり、こっくりと傾いていた。

眠気で朦朧とした意識の中、うつらうつら黒板を見やる。
黒板には、

『秋風に かきなす琴の 声にさへ はかなく人の 恋しかるらむ』

という句が書かれており、抑揚の無い声で先生が解説している。
しかし、低音のよく効いたその声色は、黒魔術師が唱える怪しげな呪詛のようにしか聞こえない。

うららかな日差し、お昼の3時という時間帯、古典の先生の催眠術のような声。
すべて最適な睡眠の為にお膳立てされた環境のように思える。

結果、教室全体にラリホーマでもかけたかのような微睡みが、みっちりと充満していた。
そして、例に洩れず、私も微睡みの底なし沼にずぶずぶと嵌っていった。
こんな時間に古典の授業を割り当てた奴は誰だ。
責任者、出て来い。

グッジョブだと言わせてくれ。



最適な睡眠環境の中、うつらうつらしていると、ぶぶぶぶぶ、と携帯が突然大きな音を立てて振動した。
安眠を、もとい授業を妨害された周囲の人達からの、冷ややかな目線が突き刺さる。
跳ねるように飛び起き、軽く謝罪しながら携帯を確認すると、当麻からのメールが入っていた。

『悪い!今日ゼミが長引きそうで何時に終わるかわかんなくなった!とりあえず先行っててくれ!』

「……はあ。」

大きくため息をついて、窓から身を乗り出して空を眺める。
空は抜ける様な快晴で、鬱々とした私の気分をちっとも反映していなかった。
八つ当たりするように、CO2とモヤモヤやイライラやムカムカが混合した気体を、腹の底から吐き出す。
それでも空は淀みなく、吐いた息は大気へと霧散していった。




やがて放課の時刻となり、蜘蛛の子を散らすように教室から生徒が飛び出す。
彼ら、彼女は、帰りにどこかに寄っていこうか、今日の部活はどうしようか等々、喧々囂々会話している。
自分と同年代なはずなのに、どうにも言動が子供っぽく見えてしまうのは何故だろうか。

そんな達観した目線で人いきれを見送り、教室でぼんやりと空を眺める。
30分は経ったであろう後、誰もいなくなった廊下に向かい、ひとりトボトボと歩いていった。

「……はあ。」

自然とため息がこぼれる。

『一度ため息をつく度に幸せが逃げていく』
とか、
『ため息一回で寿命が一年縮む』
とかいう迷信がある。

もしそれが本当だったなら、私は当麻並みに不幸になっていて、寿命も薄羽蜉蝣より短くなっているかもしれない。
それほどまでに今日はため息をつきまくった。
しかし、ため息をつかずにはいられなかったのだ。
朝からの一連の流れで、当麻には振り回されっぱなしだったから。

(さすがに……ドタキャンはないわよね……?)

私は、そう信じたかった。
しかし、信じる事ができなかった。
今までの経験が、経験から考えられる予想が、そして何より朝の『予知』が、私のこころに暗雲を齎していたからだ。
そして、深く考えれば考える程、当麻のことを信用できなくなっていた。

「……はあ。」

またしたもため息が自然とこぼれた。
もうため息をカウントすることも、躊躇うこともなかった。
カップに並々とミルクを注ぎ、やがて溢れ出るような自然さで、私の口からため息がこぼれ出た。

漫然とした意識のまま、誰もいない廊下を歩いていると、誰かが下足室で立っていることに気付いた。
その姿を見て、思わず私のこころが昂る。

(……当麻?)

駆け寄るように接近し、顔を確認してから漸く、同じクラスの男子生徒だということに気付き、バカな期待は脆くも崩れ去った。
体躯こそ当麻に似ていなくはないが、髪型、表情、服装、そして何より、立ち振る舞いが全く別ものだった。

少しやせ形で、なよなよっとした印象な上に、その視線は常にきょろきょろと落ち着かず、いかにも頼りない。
後になって後悔するが、どうして当麻だと思ってしまったのか。
一瞬でも当麻だと期待してしまった、私の妄想力と当麻の魅力が憎い。

そんな彼は、クラスの中でも目立たない存在で、街中で遭遇しても間違いなくスルーしてしまうような影の薄さをしていた。
たまに目線を合わせても、視線を逸らしてモゴモゴと口ごもってしまうので、どうにもコミュニケーションが取り辛い。
そんな彼が、廊下で私を待ち構えている。

「みっ……み、御坂さん!あの……ちょっとお話いいですか?」
「いいわよ。でも、急いでるから手短にね」

さばさばとした口調で言い切る私。
この展開は何度か経験したことがある。

恐らく『付き合って欲しい』か、『好きです』か、それに準ずる何かであろう。
勇気を振り絞って告白してくれるのは光栄だが、残念ながらその気持ちには応えることができない。
私には『一応』当麻という彼氏がいるからだ。
そして『付き合えない』という結果が決まっている以上『告白』という過程に時間を費やすのは労力の無駄だ。

「御坂さんって……その、好きな人とか……」
「ごめん。悪いけどそんな気分じゃないの。それだけ?」
「いや、えっと……あ、あの、僕…御坂さんのことずっと見てて……」
「悪いけど急いでるの。話はまた今度聞くね。告白してくれてありがと」

淡白な言葉を言い残して私はその場を離れ、振り返らずに下足室を後にした。
少々キツい言い方になってしまったが、今の私には他人を気遣う余裕などなかった。
それに、当麻以外と付き合うなど、私には考え及ばないことだから。
……いまやそれも危ういが。

「……はあ。」

下足室を出て校門をくぐり抜け、底抜けに晴々とした空に向かって、今日何度目か分からないため息をつく。
空は相も変わらず私の事情を鑑みず、雲一つない快晴のままだった。
果たして私の寿命と幸せは、どれ程残っているのだろうか。
あの迷信は嘘であって欲しいと、こころから願った。



18時30分を過ぎても、当麻からの連絡は無かった。
当麻の行方も、今日のデートの行く末も、杳として知れないままだった。

(ホントあのバカ信じらんない!普通連絡ぐらいするでしょ!?)
(当麻……どうかしたのかな?また何か事件に巻き込まれて……)
(ま、いつもの『不幸』かしらね。気長に待とうかしら)

そんな3つの感情が私のこころに芽生え始めていた。
最初は感情が綺麗に3等分されていたが、徐々に『怒り』が占めるウエイトが増えてきた。
しかし、時が経つにつれ『不安』の割合が逆転していることに気付いた。

高まる不安を鎮めようと、当麻の携帯に電話するも、
『お客様のおかけにになった電話番号は……』
という、事務的な声が返ってきて、私の不安をより一層増大させた。



19時になった。
待ち合わせ場所に当麻は来ず、ひとりでレストランに向かう。

20時になった。
レストランにも当麻は来ず、周囲からの疑義と憐憫の入り交じった視線が突き刺さる。

21時になった。
それでも当麻は来ず、心太のようにイタリアンレストランから押し出された。

今や、私の感情は不安一色に塗りつぶされていた。
私は、当麻が来なかったという現実を、にわかに信じることが出来なかった。
当麻の不幸さは今更論ずるまでもないが、こんな風に約束を反故にされた経験は無かったのだ。

何があっても、必ず最後は私のもとへ来てくれる。
何があっても、必ず最後は私を助けに来てくれる。
何があっても、必ず最後はハッピーエンドになる。

それだのに、今日の当麻は……

(どうして。まさかホントに何かあったの……?)

漠然としたまま街を歩く。
足取りは覚束ず、ちゃんと家へ向って帰れるのか、私には分からなかった。

周囲の全ての風景が、水没しているかの如くぼやけて見える。
滲んでいるのは、学園都市の方なのか、それとも私の瞳の方なのか。
それすらも私には分からなかった。



ぼんやりしていた私の意識を一気に醒ましたのは、サイレンの音だった。
ドップラー効果を伴いつつ、目の前を猛然と救急車が通り抜けていく。
サイレンの音は、不安一色のこころをさらに揺さぶる。

(まさか……当麻が?)

そう思わずにはいられなかった。
不安が不安を呼び、また不安になる。
そんな悪循環の無間地獄に陥っていた。

押しつぶされそうだった私のこころの灯火は、今や台風の前に晒された�椈燭も同然であった。
不安で不安で堪らなくなって、おろおろと狼狽えたくなる。
口から全ての消化器官が逆流してきそうになる。
瞳から涙がこぼれそうだが、何とか表面張力で堪えている。
それもいつまでもつか分からないが。



すると、

「御坂さん……ですか?」

背後から突然声をかけられた。
飛び上がりそうな程驚きつつ、おもむろに背後を振り返る。
そこには、さっき告白してくれた男子生徒が立っていた。
その表情は、困惑とも哀憐ともとれる、複雑なものであった。

(こんなところで弱みを見せちゃダメだ!シャキッとしなきゃ!)

あまり親しくない人に、弱いところを見せたくない。
なけなしのプライドによって涙腺の崩壊を食い止め、きっと歯を食いしばる。
落ち着け、落ち着け、と、自分に言い聞かせ、何とか平常を装う。

「偶然ね。こんなところでどうしたの?」

大丈夫。
いつも通りの声が出る。
そのまま会話を続けれそうだ。
特に話したいとは思わないが。

「僕は……ちょっと野暮用で……御坂さんは?」
「わたしは約束すっぽかされちゃって、どうしよっかなーって感じ?」
「御坂さんとの約束を反故にするなんて!どこのどいつですか?僕がぶっ殺してやりましょうか?」

もじもじしていた男子生徒は、突如として激高しはじめた。
きょろきょろと落ち着かなかった目は、かっと見開かれ、口角泡をまき散らして怒声をあげる。
その豹変ぶりを呆然と眺めていた私の視線に気付いたのか、男子生徒は直ぐに取り直し、

「……取り乱してすいません。でも、それだけ御坂さんのこと好きなんです!」

また違う意味で豹変する男子生徒。
いきなりブチ切れたかと思いきや、いきなり情熱的な告白。
『恋は人をバカにする』
とはよく言うが、ここまで突飛な発想には、到底ついていける気がしない。
一刻も早く、この場を立ち去りたかった。

「あは、あははは……」

と、苦笑しつつ、じりじりと背後に躙り寄る。
そして、だっと一気に駆け出して、振り返らずに大声で叫んだ。

「ごめーん!わたし、一応彼氏いるからー!」

背後で何やら怒号が聞こえた気がしたが、私は構わず一目散に逃げ出した。
いろいろあったが、彼のおかげで帰路につく踏ん切りがつけた。
まあ一応、感謝しておくことにしよう。






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