とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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食蜂さんの大誤算 Ⅱ




上条当麻は「食蜂操祈」という人物を認識する事ができない。
かつて上条が重症を負った際、食蜂が応急処置で上条の脳の構造を変化させた為なのだが、
その時の後遺症によって、残酷にも食蜂に関する事は一切記憶できなくなったのだ。
以来食蜂は上条に直接干渉する事を控え、いつか上条が自分の事を思い出すその日まで、
小さな奇跡を待つ事にしたのだ。

が、ここへ来てそう悠長な事も言っていられない事態になりつつあった。
理由は単純。御坂美琴の台頭だ。
何やら最近、美琴がやたらと上条のポイントを稼いでいるらしいのだ。
(おそらくは某・柵川中学の生徒の仕業ではあろうが)

同じ常盤台のレベル5にして、お互いに忌み嫌っている存在。
美琴は食蜂の性格が、そして食蜂は美琴の境遇が気に入らなかった。
歴史に「たられば」は無いが、それでも一年半前のあの事件がなかったら、
上条【かれ】の隣に立っていたのは美琴【かのじょ】ではなく食蜂【じぶん】であったはずなのに、と。
だから美琴にだけは負けられない。美琴にだけは上条を(寝)取られたくはないのだ。
故に食蜂は、上条の学校の近くのカフェで、こんな事を暗躍していた。

(いっその事、私の洗脳力を使っちゃおうかしらぁ…
 あ、でも御坂さんは電磁バリアで能力の遮断力が利いてるのよねぇ。本当に厄介だわぁ。
 となると上条さんの方を洗脳するしかない…かぁ…
 あんまり気は進まないけど、背に腹は代えられないって言うしぃ、仕方力がないわよねぇ)

食蜂はカバンからリモコンを取り出し、頬杖をつきながら考える。
どうやらターゲットを上条に絞り、洗脳によって食蜂【じぶん】への恋心を植え付ける気のようだ。
おそらく美琴に能力が通用すれば、
手っ取り早く美琴の上条への想いを消去していたのだろうが、残念ながらそれはできない。
しかし先程説明した通り、上条は食蜂の顔も名前も記憶できない体質である。
「食蜂操祈に恋をする」と脳を書き換えても、その食蜂操祈が誰だか分からないのだ。
これでは上条は、誰だか知らない人の事を無性に恋焦がれるという、
悶々とした日々を送ってしまう。見ている分には面白いが、本人的にはあまりにもむごい。
だが食蜂もそんな事は分かっている。

(要は上条さんが私に好意力を向けてくれればいいんだしぃ、
 「私を好きになる」じゃなくて「目の前の女性を好きになる」って洗脳すればいいのよねぇ)

上条へ「目の前の女性に惚れる」という暗示をかけて、
食蜂と認識しなくても自分を好きになってくれるように作戦を立てた。
これならば瞬間的に食蜂の事を忘れても、自分が上条の目の前に顔を出すだけで、
その度に自分を好きになってくれる、という算段だ。

こんな物、所詮その場しのぎだという事は食蜂も理解している。
そもそも上条が右手で自分の頭を触ってしまったら、洗脳の効力も簡単に失うのだ。
しかしそれでも。

(…それでも私と上条さんがラブラブな所を御坂さんに見せ付ければ、
 御坂さんに傷心力を与える事は出来るかも知れないものねぇ…)

食蜂は黒い笑みを浮かべた。
しかし残念ながら、彼女の思惑通りには行かないだろう。
だってここ上琴スレだし。


 ◇


上条が下校してくる時間。
食蜂は校門近くの曲がり角から、リモコンを構えながら様子を窺っていた。
上条のいつもの通学路なら、このままこの曲がり角に歩いてくるはずである。
ちなみにだが、すでに自らの能力で人払いは済んでいる。
この高校の女生徒全員に、下校時は上条に近づかないように操作しているのだ。
理由は勿論、これから上条に行う「目の前の女性を好きになる」という洗脳で、
関係ない女生徒に誤爆させない為だ。その生徒の為ではなく、自分の為に。
上条の通う高校の生徒数は数百人程度。その中で女性は単純計算しても1/2だ。
食蜂の心理掌握は単純な命令ならば三桁近い人間を操る事が出来るので、これ位は余裕である。

数分後、人払いも効果もあってか上条の周りに女生徒の姿はなかった。
邪魔な金髪グラサンアロハ野郎と、青髪ピアスエセ関西弁野郎はいたが。

「今日はカミやん、珍しく小萌先生の補習がないんだにゃー。
 こりゃ明日は雪かも知れないぜい」
「小萌てんてーの個人レッスンが無いとか、カミやんとちゃうけど不幸やわー…
 ほんなら一体何の為に宿題忘れたんか分かれへんやん」
「俺だって補習が無い日くらい普通にあるわっ!
 それと青髪。小萌先生が泣くから、わざと宿題忘れるのは止めとけ」

本当に邪魔である。
食蜂は気にせず、上条目掛けてリモコンのボタンを押した。
後はこの曲がり角で待つだけだ。

(…あっ、今から上条さんが私の事を好きになると思ったら、
 何だかドキドキしてきちゃったわぁ……)

今更ながら、乙女力を全開にしてしまう食蜂。
しかし妙な事に、それから1分、2分と過ぎても上条は来なかった。
不思議に思った食蜂は、そっと曲がり角から顔だけ出して様子を見てみると、
何故かそこには、口をあんぐりと開けたまま固まる、
金髪グラサンと青髪ピアスの姿しかなかった。

「えっ、えっ!? か、上条さんはぁ!?」

残念ながら、ここから先は上琴の時間なのである。


 ◇


食蜂が近くの曲がり角でドキドキしているのと同時刻。
デルタフォースに近づく一人の少女の姿があった。

「ちょ、ちょろっと~? アンタ今帰り? ぐ、偶然ね私もなのよ」

その正体は言わずもがな、美琴だ。偶然も何もわざわざ(以下略)。
食蜂は人払いする為に、この学校の女生徒全体に暗示をかけたのだが、
そもそも美琴はこの学校の生徒ではない為、食蜂の能力から逃れられたのだ。
もっともそうでなくとも、美琴には食蜂の能力は効かないのだが。

食蜂も元々美琴に見せ付ける為に上条を洗脳した訳で、そこは予定通りではあるのだが、
彼女は二つだけミスを犯した。それも飛び切り致命的な奴を、である。
一つ目は、まさか美琴が上条の学校まで足を運ぶとは思わなかった事だ。
上条が食蜂【じぶん】に惚れた後、そのまま街を練り歩いて噂にでもなり、
あわよくばその様子を美琴の目に直接焼き付けてやろうかなどとほくそ笑んでいたが、
思いのほか美琴が偶然的【せっきょくてき】だったのだ。
そして二つ目は、上条がすでに食蜂の洗脳を受けてしまっている事である。
上条は今、食蜂の能力によって「目の前の女性を好きになる」脳をしてしまっている。

「…? どうしたのよ、アンタ。何か呆けてるけど」
「……な、何で今まで気付かなかったんだろ…美琴って、こんなに可愛かったんだな…」

つまり上条は、目の前の女性【みこと】に対してトゥンクしていたのだ。
頬をうっすらと桜色に染めながら美琴を見つめる上条。そして歯の浮くような台詞。
あまりの出来事に、土御門も青髪も、美琴本人ですら、「……へ?」と呆気に取られた。
しかし上条の奇行はこれで止まらなかったのだ。
上条は美琴の手をギュッと握り、とんでもない事を聞いてきた。

「なぁ、美琴って彼氏とか…もしくは好きな奴とかっているのか?」
「えっ!? ひゃ、はぇ!!? べ、べべべ別にそんなのいないけどっ!!?」

突然手を握られた事と突然の色恋に関する質問で、即座に顔を爆発させる美琴。
好きな人がいないと言うのも、当然ウソである。
好きな人なら今、目の前で自分を見つめながら手を握っているのだから。

だが洗脳されていても鈍感が直った訳ではない上条は、その言葉をそのままの意味で受け取る。
そしてホッと息を吐いた後、上条は―――

「じゃあさ、俺が付き合ってくれって言ったら…ダメ、かな?」
「かっっっ!!!!!??」

その瞬間、美琴の思考が停止した。ついでに、土御門と青髪も。

「ま、まぁ今すぐ返事くれとは言わないけど、この後デートするくらいはいいよな?
 つー訳で、俺ちょっと急用できたから、また明日な」

言いながら、上条は硬直して動けなくなった美琴を『お姫様抱っこ』しながらその場を去った。
口をあんぐりと開けたまま固まる土御門と青髪に別れを告げ、
寄り道でもするのか、いつもの通学路と違う道へと足を進ませながら。


 ◇


「……ハッ!?」

美琴はそこで目を覚ました。状況を把握するべく、周りを見回す。
何か記憶が飛んでいたようだが、いつの間にかカフェにいるらしい。
上条も美琴も知らないが、ここは奇しくも冒頭で食蜂が暗躍していたカフェである。

「あ、あれ…? なに、夢…? そ、そうよね。アイツがいきなりあんな事を―――」

記憶があやふやなので、上条の衝撃的な告白もきっと夢だったのだろうと落胆する美琴。
しかし美琴の幻想はぶち殺される事となる、珍しく、いい意味で。

「あんな事ってどんな事?」
「わっしょいっ!!!」

ひょいっと視界に入ってきた上条の顔に、思いっきりテンパってしまった。

「ななななアアアアンタどどどどどうして!!!?」
「ん? いや、お恥ずかしながらトイレ行ってきてまして。
 美琴が寝てる間にコーヒー3杯もおかわりしちまってさ」

美琴としては「どうしてこんな所に」とか「どうして私はここに」とか
「どうして何がこうなった」とか「どうしてあんな事を」とか色々な意味で聞いたのだが、
上条は「どうして席を外していたのか」と勝手に解釈をして、
「トイレに行ってきたから」なのだと、どうでもいい情報をくれた。
しかしそのどうでもいい情報の中にも、気になる事が一つ。


「さ、3杯もおかわりしたの…?」
「ああ。あれから結構時間が経ったからな。美琴ってば、全然起きねーんだもん」

どうやら美琴【じぶん】が気絶したのは間違いないようで、
上条はそんな自分を担いで近くのカフェで休ませていたらしい。
本来ならば寮に送るか病院に送るのが妥当なのだが、
美琴が上条の目の前で顔を爆発させて気絶するのは『いつもの事』なので、
大した事ではないと判断し、こうしてカフェの中でまったりしている訳だ。

「で、でもだったら、さっさと起こしてくれれば良かったじゃない」
「んー…まぁ、無理に起こすのも可哀想だし、何より美琴の寝顔を見ていたかったからな」
「にゃぼっ!!?」

上条から再び歯の浮くような台詞。やはり気絶前に聞いたあの告白は…

「ねねね、ねぇ…ア、アア、アンタさっき言った事、おおおお、おぼ、おぼぼ、覚えてる?」
「さっきって……いつだ?」
「だか、だから、アンタのががが学校の校門でアンタが……わ…私の事を……その…………」

ぼそぼそと口ごもる美琴の様子に、流石の上条も察しがつく。

「あぁ、俺が付き合ってくれって言った事か? 勿論、覚えてるよ」
「にゃっしゃらあああああああいっっっ!!!!!!」

あの告白が夢じゃなかった事で、美琴の中のあらゆる感情が総動員する。
おかげで意味不明な言葉(らしき奇声)を発してしまう程に。

「ふ、ふぅん? で、でで、でも何でいきなり? て言うかいつから?
 そもそも私のどんな所が好っ! ……スキ…なの?」

しかし一度思いっきり奇声を出した後は意外と冷静になり、
カタカタと手が震えてはいるが、お冷を飲んで喉を潤すくらいは落ち着いている。
ついでに上条に対して、質問攻め出来る程に。
どうやらテンパり具合が限界点を超え、一週回って逆に平静さを取り戻しているようだ。
後々この時の事を思い出して、とんでもないぶり返しが来そうだが、とりあえず今は大丈夫だ。

「どんな所が好きって…そうだな。
 抱き締めたくなるその小さい背中も、握りたくなるその温かい手も、
 撫でたくなるそのサラサラの髪も、キスしたくなるその柔らかい唇も、
 そして太陽みたいなその笑顔も、全部…美琴の全部が好きだぞ」
「ばっひゅうううううううううう!!!!!」

どこが好きなのか聞かれたので素直に答えたら、
美琴の口から含んだばかりのお冷が自分の顔目掛けて噴射された。不幸である。

「にゃにゃにゃにゃにへんにゃこといってんのよばかじゃにゃいのっ!!!?」

美琴【そっち】から聞いてきたのに素直に答えたら馬鹿呼ばわり。不幸である。
冷静になれたのはほんの一瞬だったようで、美琴はいつもの美琴に戻る。
上条も上条で「おっ! いつものミコっちゃんらしくなったな」と笑いながら、
濡れた顔をおしぼりで拭く。

「で、結局どうかな。その…俺と付き合ってくれっていうのは……」
「っ!!!」

顔を拭きながら、さらりと人生の分岐点を聞いてくる上条。
美琴も肩をビクッとさせて、そのまま俯き、黙り込む。
やはりこんな大事な返事を急かすのはよくないか、と上条がそう思った時。

小さく、「パキィン」と音がした。

上条が『右手』におしぼりを持って頭を拭いた時、親指が直接頭に触れてしまったのだ。
当然ながら上条本人は知らないが、それは食蜂の洗脳が解けた瞬間だった。

(………俺、こんな所で何してんの…?)

洗脳はされていたが、その間の記憶が無くなった訳ではない。
自分が今、何をしているのか、また何をしたのか理解はしている。
しかし納得は出来ていない。明らかに先程までの自分はおかしかったのだから。

(なななななんつった俺っ!!? い、いい、いや、『確かに』、
 美琴の小さい背中は抱き締めたくなるし温かい手は握りたくなるし
 サラサラの髪は撫でたくなるし柔らかい唇はキスしたくなるし
 笑顔も太陽みたいだけどもっ!!!)

洗脳は解けたはずなのに、美琴の好きな所が何故かスラスラと出てくる上条。
そして訳が分からず頭をかきむしる上条を目の前に、美琴はポツリと呟いた。

「わ…私、で良ければ……その、ふ、不束者…です、が…ど…どうぞよろしく……です…」










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