ブラジル出身の日系三世(*1)。1986年にテレビ東京の音楽選手権番組で優勝。当時審査員を務めていた作曲家・猪俣公章からスカウトを受け、坂本冬美とともに猪俣の内弟子となる。厳しい修行の末、1989年に「ふりむけばヨコハマ」でデビュー。第31回レコード大賞新人賞を獲得し、1990年の紅白歌合戦にもこの曲で出場した。その後は、女優・タレントとして舞台やドラマ、バラエティ番組への出演など幅広く活動を重ねている。
鬼レンチャンへはパイロット版第4回から出演しており、最高記録は9レンチャン。歌唱の際に激しく左手が動く様(*2)を、漫画の『寄生獣』にたとえて「ヒダリー」と呼ばれたり、感情の上下の激しさから、MC陣から「ヤッてる」のを心配されるなどしている。しかし、バラエティ慣れしているからか、MC陣への不満を漏らすことは少ない。
レギュラー版第33回で華原朋美とタッグを組んだ際、2曲目の華原のミスを自分の左手のせいにされてしまう。しかし、アンガーマネジメントで怒らないようにした様子が放送され、視聴者から「大人の対応」と好感を持たれる結果となった。
ただ、麻倉未稀の挑戦時、自分が応援に駆けつけた次の曲で2回とも麻倉が失敗したため、一部から「疫病神」扱いされてしまった。
レギュラー版第33回で華原朋美とタッグを組んだ際、2曲目の華原のミスを自分の左手のせいにされてしまう。しかし、アンガーマネジメントで怒らないようにした様子が放送され、視聴者から「大人の対応」と好感を持たれる結果となった。
ただ、麻倉未稀の挑戦時、自分が応援に駆けつけた次の曲で2回とも麻倉が失敗したため、一部から「疫病神」扱いされてしまった。
曲名 | レベル |
ふりむけばヨコハマ | 1 |