バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

英雄の唄 ー 四章 rebellion ー

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kyogokurowa

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遠方で神々の戦いが繰り広げられる中、それは突如起きた。

「隼人!それ、それ!」

あわあわと周囲を飛び回るアリアに多少苛立つも、隼人はアリアの指摘により気が付く。
足元から己の身体にかけて淡い紫色のオーラが立ち昇っていた。

「こいつは...?」
「その感覚を逃がさないで!それはあんたのココロの殻だよ。それを制御してあたしに全部委ねれば、あんたのカタルシス・エフェクトが生まれるんだ!」

カタルシス・エフェクト。
それは怒りや苛立ちなどの暴走する感情から発生する想いの結晶。

この会場においては岩永琴子のように感情を暴走させられない人間やリュージのように自前の異能を持っている者が傍にいたため、発現しなかった。
神隼人はゲッターに携わる人間であれど、無能力の人間。
彼の感情は激しい苛立ちと怒り。
ゲッター線の解明を邪魔する者への、己の運命を勝手に決めようとする神々への、そんな奴らの戦いを見ていることしかできない現状への怒り。

その不満が爆発し、心の殻を破りかけるまでに至ったのだ。

「そうか、こいつが...」

隼人は湧きあがってくる感情を己の中で理解するのと同時に、思考が澄み渡っていく。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、という言葉もある通り、振り切れた激情はかえって感情を落ち着かせることもある。

(...妙だ)


災厄にしか見えない光景も、思考が落ち着いたからこそ見える視点もある。
ウィツアルネミテアが破壊神に目に見えて押され始めたのは、胸の球体に眠るクオンが傷つけられてからだ。
それはクオンという存在自体がウィツアルネミテアの弱点であることに他ならない。
ではなぜ。
なぜ、そもそもの弱点であるクオンを取り込んでいるのか。

(...そうだ。奴だけではない。シドーを食ったあいつもだ)

シドーが自害した後、破壊神はわざわざシドーの肉体を喰らいつくした。
出てきた時の衝撃に気を取られて気が付かなかったが、どう見ても自立している以上はわざわざ肉体を取り込む必要はないはずだ。
クオンもシドーも。
両者から産み出た神が、元の肉体を取り込んでいるのはただの偶然か?

(考えろ。奴らは、元の肉体になにを求めていた?)

クオンとシドーの共通点。
肉体の強さ。違う。そんなものは、あの図体になれば大した意味を為さない―――そもそもシドーは引き裂かれ食われている。
性別。年齢。関係ない。
呼ばれた世界。違う。
奴らに共通しているのはなんだ。もっと細かく探せ。

髪の色。目の色。支給品。
どれも違うとすれば―――


『俺の知っている奴にはあの程度の爆発で死ぬとは思えん奴がいる。そいつすら殺せるというのなら、まず間違いなく奴にも通用するだろう』

「...そういうことか」

思い出したのは、最初にビルドに依頼を出したあの時の自分の言葉だった。

「こんな状況でどうにかなるかはわからないけど...とにかく、アタシが調律してあげるから!いくよ、Go...」
「待てアリア。必要ない」
「って、えぇ?」

カタルシス・エフェクトを発現させようとしたアリアを制し、隼人は踵を返す。
その向かう先は、神々の戦いを睨みつけるように見つめているビルド。

「ビルド。俺から立ち昇っている光が見えるか」

隼人の問いかけにコクリ、と頷きかえすビルド。

「よし。あのカビのやつにやられた時、俺や冨岡にやった技があるだろう。あれをやれ」

その言葉にビルドは頷き、ハンマーを高々と振り上げる。

「え、ちょ、なにしてんのビルド!?」
「俺と冨岡がカビを生やされた時、あいつはそのカビをハンマーでブッ叩き『素材』として回収した。なら、俺から湧き出す心の形とやらも同じような理屈で回収できるだろう」
「いやでも、こんなの振りおろされたら絶対危ないって!ビルド、もうちょっとお手柔らかに!」」
「黙って見ていろ。ビルド、遠慮はいらん。あの時と同じようにやれ」

笑みさえ浮かべる隼人に、ビルドは頷き、期待に応えて全力でハンマーを振り下ろす。

ゴッ

隼人の頭部に激痛が走り、流血を伴いたたらを踏む。

その足元には確かに転がっていた。

紫色の螺旋状の欠片が。

ビルドはそのカケラを手に取り、笑顔で空に掲げた。

『New! ココロのかたち[そざい] ぼうそうするココロのかけら』

「えっ、ちょ、ええ!?なにソレ!?そんなことできるのあんた!?あたしの立場ないじゃんコレ!?」

驚愕するアリアに、ビルドはほんの少し胸を張り誇らしげに鼻を鳴らす。

カビの時と同じく抱いた疲労と出血に頭を押さえながらも隼人は立ち上がりビルドに向き直る。

「...うまくいったようだな。そいつをアリアが調律すると俺にカタルシス・エフェクトとやらができるらしい。ビルド、こうして素材にできたならお前でもなにか作れるんじゃないか」

隼人からの『依頼』に、ビルドは腕を組み考え込む。
手を加えることで形を変えるココロのかけら。
これを素材になにかを作るとすれば...

💡!

アイディアを閃いたビルドは、共に神々に吹き飛ばされた瓦礫とココロのかけらをハンマーで砕き、手袋でこね、ノミややすりで整える。
その工程を幾度も繰り返すと、やがてソレは形を成していき―――

『New! まぼろしのさぎょうだい[とくしゅな空間でしかつかえない作業台]』

作り出した作業台に、クオンから受け取っていた一枚の薬用の葉っぱを乗せ、手でこねると『やくそう』が出来上がる。
それを隼人に食べさせると、倦怠感はいくらか抜け、出血も収まった。

「作業台、か...なるほど、素材さえあればソイツからいくらでも生み出せるってことか」
「すごいね...これがビルダーってやつなんだ...でも、よかったの隼人。せっかくカタルシスエフェクト使そうだったのに」
「心配はいらん。もうコツは掴んだ」

「へ?」とアリアが声を漏らすのも束の間、隼人は一度深く息を吸い、気合い一徹吐き出すと、胸元からドス黒く太い針が突き出しその左腕に巨大なドリルが現れた。

「なるほど。こいつが俺のこころの形か」
「えええええぇぇぇぇ!?」

いともたやすくカタルシス・エフェクトを発動させた隼人にアリアは素っ頓狂な悲鳴をあげる。

「嘘でしょあんた!?なんでそんなあっさり出せてるの!?」
「メビウスもお前たちバーチャドールも根本は人間の手で作り出されたプログラムだろう。仕組みが解れば猿真似くらいはなんてことはない」

隼人の言葉にアリアはあんぐりと開口する他ない。
確かに、今までもあっさりとカタルシス・エフェクトを出せた人間はいた。
柏葉琴乃は理屈を聞けば「なんか出来ると思った」という理由になっていない理由でこころの殻を自覚し発動のキッカケを作ってしまったし、琵琶坂に至っては感情さえ昂ればあとはアリアの手を借りることもなく自分の手でカタルシス・エフェクトを発現させてしまった。
だが、この神隼人の早さは尋常ではない。
琴乃のように理屈で理解しつつ、琵琶坂のように己の手でこころの形を成型してしまった。
前者二人のようにメビウスに浸かっていたわけでもないのにだ。
アリアは知らない。
神隼人という男がまだ三十歳にも満たない若さで、ゲッター線研究の権威、早乙女博士の実質的な右腕を務めているほどの天才的頭脳を有していることを。
狂気と理性の体現者とも言うべきその人間性を。
そんな男にメカニズムを示せば、琴乃たちに遅れをとる筈もないことを想像だに出来るはずもなかった。

だが。
依然、状況は絶望的である。
隼人が未成熟なカタルシス・エフェクトを習得し、ビルドがものづくりの幅を広げたところで神に敵うはずもない。

光明はある。針の穴を通すようなか細きモノだが。
しかしそれを通すには二人では足りない。
それは二人も充分に理解している。

「ビルド。動ける奴らを集めるぞ。ロクに連携もとれないだろうが、居ないよりはマシだ」
「......」
「どうした?」

隼人の言葉に、ビルドは腕を組み数秒考えこむと、作業台に己の支給品名簿を乗せいじくりまわす。
しばし手間をかけたソレをビルドは空に掲げ隼人に見せつけた。

『New!状態表めいぼ[せいかつ家具]を手に入れた![とくしゅなくうかんでしかつかえない住人めいぼ]』

―――――――――――――――――――――
|なまえ:ビルド          |  
|せいべつ:おとこ          |
|しょくぎょう:ビルダー |  
|とくぎ:ものづくり(自在に物を作れるよ!)|
|状態:疲労、怪我 |
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――
|なまえ:はやと     |  
|せいべつ:おとこ |
|しょくぎょう:ゲッターパイロット |
|とくぎ:研究と探求、カタルシス・エフェクト |
|状態:疲労、怪我 |
―――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――
|なまえ:マロロ   |  
|せいべつ:おとこ |
|しょくぎょう:采配師 |
|とくぎ:作戦の立案、炎の術 |
|状態:疲労、怪我 |
―――――――――――――

―――――――――――――――――――――――
|なまえ:さくや    |  
|せいべつ:おんな |
|しょくぎょう:メイド長 |
|とくぎ:時間停止(時間を少しだけ止められるよ!)|
|状態:疲労、怪我 |
――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――
|なまえ:べんけい    |  
|せいべつ:おとこ |
|しょくぎょう:ゲッターパイロット|
| とくぎ:力持ち、頑丈 |
|状態:疲労、怪我 |
―――――――――――――――――

――――――――――
|なまえ:くみこ |  
|せいべつ:おんな |
|しょくぎょう:学生 |
|とくぎ:演奏 |
|状態:疲労、怪我 |
――――――――――

―――――――――――――
|なまえ:ジオルド   |  
|せいべつ:おとこ |
|しょくぎょう:王子   |
|とくぎ:炎の魔法     |
|状態:疲労、怪我    |
―――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――
|なまえ:さなえ                  |  
|せいべつ:おんな                  |
|しょくぎょう:風祝                   |
|とくぎ:奇跡を起こす程度の力(色んな奇跡を起こせるよ!) |
|状態:疲労、怪我                    |
―――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
|なまえ:しの    |  
|せいべつ:おんな    |
|しょくぎょう:武偵高の学生 |
|とくぎ:剣術         |
|状態:疲労、怪我、重傷、のろい  |
――――――――――――――――――
―――――――――――――
|なまえ:みぞれ |  
|せいべつ:おんな |
|しょくぎょう:学生 |
|とくぎ:演奏 |
|状態:疲労、怪我、ひんし|
―――――――――――――
―――――――――――――
|なまえ:クオン |  
|せいべつ:おんな |
|しょくぎょう:薬師 |
|とくぎ:薬草の調合 |
|状態:???      |
―――――――――――――

―――――――――――――
|なまえ:シドー |  
|せいべつ:おとこ |
|しょくぎょう:なぞの少年 |
|とくぎ:破壊 |
|状態:???       |
―――――――――――――


「名簿か...それも、お前の知りたい情報も載っているようだな。ここでしかつかないようだが」

隼人とビルドは名簿に一通り目を通しつつ、作業台を担ぎながら傍観している面々のもとへと向かう。

「お前たち、なにをボサッとしている」
「隼人...けど、あんなのどうやって...って、なんだそりゃ」
「それはこれから説明してやる」

隼人は作業台を6人の中心に置き、己へと注目を集める。

「いいかお前たち。俺たちはこんなところで死ぬつもりは毛頭ない。死にたくねえなら腹をくくって俺たちに手を貸せ」
「なにをするつもりですか」
「奴らを倒すに決まっている」

隼人の言葉に、皆の目の色は変わらない。
当然だ。根拠もなにも示されなければただのやぶれかぶれの玉砕にしか思えないからだ。
その反応は解っていた、と言わんばかりに隼人は口角を釣り上げ、デイバックから首輪を取り出す。

「こいつはどんな生態であれ死に至らしめるって代物だ。だが、会場で起きた程度の爆発で奴らを殺せると思うか?」
「それは無理では...あのサイズ相手ではせいぜい火傷が関の山かと」
「だろうな。だが、こんな殺し合いを開いた主催が奴らの素性を把握していないと思うか?」
「それはそうでおじゃるが...もしや首輪の爆発であの怪物を倒すと?」
「ああそうだ。だが、爆発させるのはこれじゃない。コイツは貴重なサンプルなんでな...狙うのは、奴の腹の中だ」

親指で背後の破壊神の腹部を指し示す隼人に、皆は目を見開く。

「俺は奴がシドーの肉体ごと首輪を喰らったのを見ていた。あれを起爆させられれば奴を殺せるだろう」

隼人が破壊神たちが首輪を取り込んでいることへ見出した見解は、『神たちもまた首輪に縛られた存在である』というものだ。
琴子の考察により、自分たちがメビウスで作られた存在である可能性は示唆されている。
だから、不死と思しき参加者も首輪を爆発させれば死に至る。
理屈で考えるならば、爆発により参加者の情報を壊しデータを削除するといったところだろう。
だが本当は。
首輪は情報を削除するだけのものではなく、『情報を保管しているもの』ではないのか?
参加者固有の情報が詰まった首輪が無ければ、参加者は己が名簿に記載された己であることを保てなくなるとしたら、それは水中で酸素ボンベを取り上げられるのと同意義。
破壊神が破壊神であるのを保つために、ウィツアルネミテアがウィツアルネミテアであるのを保つために。
首輪という自己を保てるものが無ければ、彼らは滅びてしまうからこそ、首輪をああまでして取り込んだのではないか。

(それは恐らく俺たちにも当てはまることだが...今はどうでもいい)

いま、必要なのはこの状況を切り抜けるために必要な情報を共有することだけだ。他の問題に思考を割かせる必要はない。

「腹の中って...どうやってだよ?まさかあいつに食われるのか!?」
「それを今から考えるんだ。ビルド、なにか思いつくか」

隼人の問いかけに、ビルドは記憶をほじくり返す。
今現在の視界にないものを探す時、自分はどうしていたか。
あの鉱山に隠されたブルーメタルやオリハルコンを探す時は...

ハッ、とあの時のことを思い出す。そうだ、あの時は―――

ビルドは「やまびこの笛」を手にし、息を吹き入れ音を奏でた。

―――♪ ♪ ♪

やまびこの笛は、シドーの首輪に反応しその山びこに耳を澄ませ、大まかな位置を把握する。
出所はやはり身体の中。
それを確信すると、ビルドは腕を組みながら周りを確認し『ヒント』を探す。
破壊神には生半可な攻撃は通じない。その図体もさることながら、やみの力によるバリアもある。
あれを突破するには、単に突く・ぶつかるよりも―――

💡!

隼人のカタルシス・エフェクトのドリルを見たビルドの脳裏に新たなイメージが浮かび上がる。
その想像した図をビルドは『設計図』として描き、それを地面に記す。

描いたのは、ドリルトロッコ―――それをさらに改良・巨大化させた巨大槌のようなものだ。

「こいつは...装甲車か?まさかここでこれを作るってのかよ?」

弁慶の疑問にビルドは頷き肯首する。

「できるわけねえだろ!ここに車なんて作れる材料なんてねえんだぞ!?」

その言葉は尤もだ。
周りにあるのは、土塊とせいぜい壊れた学校の瓦礫くらいなもの。
こんなものでは図面のモノは完成しないだろう。

「あっ、あの」

と、徐に早苗が手を挙げる。

「私ならその素材、作れるかもしれません」

おずおずと早苗は提案する。
その申し出から、堰を切ったかのように場の空気が傾き始めた。



コシュタ・バワーの馬車の中。
とりわけ深手を負っているみぞれと、次いで重傷の志乃は共に安静にさせられていた。
その中で。
志乃は驚愕に目を見開いていた。
その視線の先には、みぞれのか細い指で握られた己の腕。

みぞれの身体は焼け付き片腕も失っている有様だ。
なのに、細い指から伝わる力は。己の腕を握りしめる握力は。
焼けただれた皮膚から覗かせる眼光は、死にかけの者から発されるソレには到底見えなかった。

「はぁ、はぁ...ぁっ」

今にもかすれそうなか細き声でみぞれは志乃に必死に縋りつく。
その必死に訴える様に、志乃は思わず口元に耳を寄せその言葉を聴く。

「わ、たし、を、あ、やつって」
「え?」
「お、ね、がい、た、た、か、わせ、て」
「――――ッ!!」

志乃は息を呑む。
みぞれを操り、戦わせる。
それはつまり、罪歌で彼女を切りつけ、僕にすることで無理やり身体を動かすということで―――

「なにを言ってるんですか!?できるはずがないでしょうそんなこと!貴女、自分の身体のことわかってるんですか!?そんな身体でこれ以上動けば今度こそ死にますよ!?」

それは罪歌憑きとしてではなく、間違いなく佐々木志乃としての言葉だった。
志乃は確かに愛するあかりちゃんに関しては向こう見ずになりがちであり過激な手段を取ることがある。
しかし、それでも武偵を志す者としては人並みかそれ以上に人に気を遣う心もある。
たとえ罪歌が平等に人を愛せ(あやつれ)と囁こうとも、それが死へ向かわせることならば拒絶するのは当然だ。
みぞれもこの頼みが受け入れ難いことは理解している。

「にげ、たく、ないの」

だがそれでも。

『逃げたんですか?』

あの言葉がみぞれを捉えて離さない。

希美と私たちの音楽を奏で続けると誓ったはずなのに、それを守れなかった悔しさを忘れられない。

「にげて、いい、理由を、作りたく、ないの。ても、あしも、うごかないけど、それでも、にげたくない」

もしも負傷を理由にまた逃げてしまえばきっと今よりも辛くなる。死にたくなる。
たとえ生き残っても、もう二度とリズと青い鳥は奏でられない。
いま、動ける理由があるのならそれを逃がしたくない。

最後まで、私たちの曲を裏切りたくない。

「おねが、い、志乃、さん...!」
「......!」

みぞれの向けてくる目の、縋りついてくる力の強さに志乃は思わず目を瞑る。

自分は武偵だ。死にゆく足を押すことなんてできない。
きっと、それは―――武偵の鑑とすら言えるアリアは許さないだろう。
あかりですら意地でも止めるはずだ。

けれど。

「―――勝手になさい!」

志乃は人一倍友情に厚い少女だ。
みぞれが訴えかけてくる友情の重さを無視することなど出来ず、武偵としてのルールよりも己の感情に従い、みぞれを罪歌で切りつけた。

「――――ぁ」

己の身体に熱き愛(のろい)が注ぎ込まれていくのがわかる。
不思議な高揚感と異物が流れ込んでくる忌避感が満たしていく。
眼が紅く染まり、意識が朧気に霞んでいく中で、みぞれはほほ笑んだ。

「...ありが、とう」

その言葉に、志乃の胸がドキリと弾んだ。

『いいのかしら佐々木志乃』

声が聞こえた。

忌々しくも愛おしいライバルの声が。

なぜ、どうして。そんな疑問も続く言葉にかき消される。

『彼女は友情に殉じようとしている。あんな有様になってまで、お前に支配されてまで友情を貫こうとしている...それに比べて、お前はなに?』

ズキリと痛む腹部に手を当てる。
これでは充分に動けず足手まといもいいところだろう。

『腹を割かれた。もう力が入らない。そんな程度で、お前はあかりへの愛を諦めるの?それが―――私の友仇(ライバル)なのかしら』

けれど、そんな弱音も宿敵(とも)の言葉でプチリと途切れ。

『答えなさい佐々木志乃!』
「そんなわけ、ないでしょうっ!!」

激昂と共に、志乃はデイバックに腕を突っ込みその中から引きずり出した。
その手に持つのは―――あかりちゃんセット。

「私たちの友情はこんなものじゃない...私たちの日常は、愛しきあの日々はっ!こんなところで終わらないっ!!」

その中からあかりの体操服を取り出し、顔を埋め深呼吸する。

スーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッ
スーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッ
スーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッ
スーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッスーハーッ

鼻孔から注がれる愛しき匂いを存分に堪能する。
こんな状況で馬鹿げていると思われるかもしれない。
気持ち悪いと思われるかもしれない。

―――そんなもの、友情の前ではなんの障害にもなりえない。
これが志乃の力の源だから。
彼女の愛のカタチだから。


「見てなさい高千穂麗...見せつけてあげるわよ化け物ども!私の愛を、私たちの友情(あい)をっ!!」


叫ぶ。叫ぶ。
地獄の中心で、愛する者への愛を口にするたびに身体に力が漲ってくる。


―――ここまできたら、もう誰にも抑えられない!

再び己の『愛』が『あかりちゃん』に塗り替えられていくのを感じ取った罪歌は、もうどうにでもなれと考えるのを止めた。


絶望の中での作戦会議は熱を増していた。
采配師であるマロロを中心とし、より効率よくビルドの図面を完成させる手筈は整いつつあった。

ほんとうに微かだが、勝機は見えつつある。

だが。それでも。

(足りないでおじゃる...!)

マロロの作戦を敢行するにはあと二人戦える人間が必要だ。
このまま挑んだところで、ただでさえ少ない勝機ですら見えずあえなく全滅するだけである。

(死なばもろともにはまだ早い...なんとか、なんとかせねば...!)

焦燥するマロロは縋りつくように状態表名簿を凝視する。
なにかないか。
各々の特技を活かし、空いている穴を埋められる策は―――


バタン!


勢いよく開けられる馬車のドアに一同が振り返る。
そこから現れたのは、幽鬼のように覚束ない足取りで身を乗り出すみぞれと、小箱を脇に抱えた志乃。

「みっ、みぞれ先輩!」

今にも倒れそうな様相のみぞれに久美子が慌てて駆け寄る。
だが、彼女の手が触れるその寸前に、みぞれは掌を向け制する。

「だいじょうぶ。母さんがいるから...もう、逃げないから」
「え...?」

ぼそぼそとうわ言のように呟くみぞれに久美子は心臓を締め付けられるような感覚を覚える。
『もう』逃げない。
自分に向けられたその言葉は、あの時、麗奈の生存に戸惑うみぞれに向けてしまったあの言葉に向けられているような気がして―――

「大丈夫ですよ黄前さん。彼女は、己の友情に従っているだけです」

思わず久美子は顔を上げる。
その視界には、己の負傷すらなんのその、と言わんばかりに頬を紅潮させた志乃の姿があった。

「心配をおかけしました。佐々木志乃、鎧塚みぞれ...出撃できます!」

その宣戦を受け、マロロは戸惑いながらもチラと状態表名簿に目を移す。


―――――――――――――――――――――
|なまえ:しの       |  
|せいべつ:おんな       |
|しょくぎょう:武偵高の学生    |
|とくぎ:剣術            |
|状態:疲労、怪我、重傷、あかりちゃん  |
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――
|なまえ:みぞれ     |  
|せいべつ:おんな     |
|しょくぎょう:学生     |
|とくぎ:演奏     |
|状態:疲労、怪我、ひんし、のろい|
―――――――――――――――――

記載されている情報が更新された。
果たしてこれが本当に動ける根拠なのかはわからないが、少なくとも、今こうして彼女たちはその足で立ち、その目は死んでいない。
彼女たちが望むのなら―――もはや異論はないだろう。

「これにて整ったでおじゃる...マロたちの起死回生の一作、気奴にしかと見舞おうぞ!!」


永遠とは一つの地獄である。

一時は充足した経験も何度も繰り返されれば疲労となりやがて苦痛にすり替わる。

終わりの見えない終着点は感性を殺し諦め以外の道を塞いでしまう。

かつて歪曲された願いで永劫の命を手に入れた者たちが思考を忘却し、本能でヒトを食らうだけの祟りと化したように。

かつて究極生命体となった男が身動き一つとれぬ石くれになり、考えるのをやめたように。

そう遠くはない未来で、永遠に続く戦争の中で自分はそうするしかないと自我を殺し駒に徹する者たちのように。

だがそれを追い求めている内は幸せなものだ。

命が永遠に続けばやりたいことにいくらでも手を着けられる。

楽しいことが永遠に続けば幸福だと妄想し信じることができる。

そしてそれは人間だけに当てはまるものではない。


『失せよ!!』

振るわれる剛腕が破壊神の身体を吹き飛ばし、浮いた身体に追撃をかけるようにウィツアルネミテアの氣が破壊神の身体へと降り注ぐ。

だが致死に至る寸前に破壊神はベホマを唱え傷を癒す。

次なる攻撃の隙を突き、破壊神が腕を振るえば『虚空の王』の力がウィツアルネミテアの腕を斬り落とす。

破壊神が次なる攻撃を繰り出す瞬間、ウィツアルネミテアはその頭部で頭突き、破壊神が怯んだ隙に腕を再生させる。

破壊と再生が永遠に繰り返される中、徐々に、徐々にだが彼らの心境が変化していた。

ウィツアルネミテアは根源に携わる絶対神である。

一度発現すれば災厄を齎し、しかし一方で願いを求める者たちにとっては救いの神でもあった。

故に彼―――特に、神の力に暴走するクオンを鎮めようと戦う者はあっても彼を憎悪し殺そうとする者はいなかった。

一方で、破壊神は破壊の名を冠する神である。

一部のまものは彼を崇拝するが、多くの者にとっては最悪の災厄にしかすぎない。

故に戦う者はみな、彼を殺す為に戦い、そして実際に斃された。

伝承として崇めうたわれるものと、打ち破られた災厄としていずれは忘れ去られるはかいするもの。

神格のものとしての差異は、敗北の経験の有無。

根源的な敗北を知らぬウィツアルネミテアは永遠に続くこの刻に疲労と焦燥を抱き。

かつて見下していた者たちからの敗北を経た破壊神は永遠に続くこの刻に敵を追い詰めつつあるという高揚感を抱く。

この戦いが終わる時も、そう遠くはない。

その一方で。

彼らは来るべき刻を待っていた。

一人は恐怖に身を震わせ。

一人はただ使えるべき主を想い。

一人はただ漠然と眺め。

一人は気合を入れる為、拳を打ちあわせ。

一人は緊張から深呼吸を繰り返し。

一人はただ神々への殺意を滾らせ。

一人はハンカチを嗅ぎ集中力を高め、一人はそんな少女に従うかのように寄り添い。

そして友を想い、睨みつけるように戦いを見守るビルダーに、采配師は声をかけた。

「ビルド殿」

かけられた声にビルダーは顔を向ける。

「マロに立案を一任してくれたこと、感謝するでおじゃる。...この戦、我らの生死はもとより、互いに友を救うという点においてはこれ以上なく重要でおじゃるな。
マロはクオン殿を、ビルド殿はシドー殿を...ひょほほほ、大丈夫でおじゃる。我らはオシュトルのような痴れ者とは違うでおじゃる。必ずや成功させて見せるでおじゃるよ」

マロロの言葉にビルドは頷く。

「さあ、もはや待ったなしではおじゃるが...覚悟は良いでおじゃるな?」

――――
|>はい |
|いいえ|
 ―――


「うむ。では...」

マロロは息を吸い、その瞬間を待つ。

破壊神の腕が振るわれ、ウィツアルネミテアが崩れ落ちたその時、マロロは笏と共に声を張り上げた。

「皆の衆―――突貫せよ!!」



――――――――――――
|  B A T T L E    |  
| スタート   |
| 最悪の災厄をたおせ! |
――――――――――――


前話 次話
英雄の唄 ー 三章 Godsー 投下順 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー

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英雄の唄 ー 三章 Godsー 神隼人 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー ビルド 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー クオン 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー シドー 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー 武蔵坊弁慶 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー 黄前久美子 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー 鎧塚みぞれ 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー ジオルド・スティアート 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー 佐々木志乃 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー マロロ 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー 十六夜咲夜 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
英雄の唄 ー 三章 Godsー 東風谷早苗 英雄の唄 ー Ⅴ章 STAMPEDE ー
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