バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

爪爪爪

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てくてくてく

てちてちてち

二つの足音を鳴らし歩くのは一組の男女。

女の名は魂魄妖夢。そしててちてちと歩く男は冨岡義勇。

彼らは最初の会話以降、特に話を弾ませることもなく淡々とその歩を進める。

決して警戒しあっているわけでも嫌いあっているわけでもない。
ただ、冨岡義勇という男は基本的に寡黙であり、一般市民ならばいざ知らずそれなりに腕が立ち戦の経験がある相手ならば
とりわけ気をかけるようなことはしないというだけで、妖夢もまた口がまわるようなタイプでもない為、必然的に二人は黙々と歩くだけになってしまうというだけだ。

沈黙と共に歩を進めて小一時間。二人はようやく最初の目的地である産屋敷邸へと辿り着いた。

だが

「庭が...壊されている...?」

念のため、と傍にあった木に登り、産屋敷邸の様子を確認した義勇は思わず呟いた。
遠目からの外見こそは己も良く知る産屋敷邸そのものだったが、木から見下ろした、屋敷の壮麗な庭は見る影もなく破壊されていた。
荒らされた、という印象を抱かないのは、その破壊痕があまりにも整っていたからだろうか。

なんにせよ、この破壊の下手人がいるのは間違いない。

共に、周囲に警戒をしながら屋敷へと向かおうと木から降りたその時だ。

妖夢の足元から、カチリとなにかを踏むような音がし。

―――パシュッ

空気を裂くように妖夢目掛けてなにかが飛来する。
妖夢は剣を盾にすることで飛来するソレを受け落とす。
矢だ。飛び出してきたのは矢であった。

「冨岡さ...」

まだ木の上にいる義勇に注意を促す為、見上げようと身を捩ったその時、妖夢の足元に微かな違和感を覚える。
それが糸だと知った時には既に遅く。
しなる枝の先につけられた棘着きの球体が妖夢目掛けて踊りかかり、そして。

「動くな」

寸でのところで義勇が割って入り、降りかかるソレ―――スパイクボールの枝を斬り軌道を逸らす。

「冨岡さん」
「わかっている」

背中合わせになり、共に背後を補いながら周囲へと目線をまわす。
この辺りには罠が仕掛けられている。おそらく先の二つで打ち止めではあるまい。
罠を張ったのが何者かはわからないが、もしもこの殺し合いの場で罠にかかり捕まればおよそロクなことにはなるまい。
ならばこうして周囲の警戒に努めつつ、罠のない範囲へと逃れる他はない。
足元に注意しながら、二人は背中合わせのままそろり、そろりと抜き足差し足で歩き始める。

パ ァ ン。

鳴り響く銃声に、義勇も妖夢も咄嗟にそちらへ意識を向ける。
銃弾は―――こない。
代わりに、ガサリと葉を揺らす音から僅かに遅れて上空から影が舞い降り妖夢の傍へと着地した。

驚愕しつつも剣を振るう妖夢。しかし影は妖夢の斬撃を掻い潜り、足払いをかけて派手に尻餅をつかせた。

「こ、このっ」

すぐに立ち上がろうとする妖夢だが、しかし眼前に銃口を着きつけられてはどうすることもできない。
だが、影もまた、喉元に義勇の刃を着きつけられ下手に動くことができず。

尻餅を着かされ銃口を向けられる妖夢。
片手の銃で妖夢を、空いた手で義勇の眼前に鋭利な爪を構え牽制する影。
その爪が喉元を引き裂かんほど傍にあろうと微塵も眉根を動かさず刀を首元に着きつける義勇。

声を出すことすら憚られる沈黙の中、やがて最初に口を開いたのは影だった。

「お前たちはこの殺し合いでどう動くつもりだ」

影―――男は二人に問いかけた。

「人に仇なす鬼を斬る」
「知り合いが呼ばれています。彼らと合流し共に生きて帰ります」

二人の返答からさほど時間をおかず、男は再び質問を口にする。

「お前たちの邪魔をする人間が現れたらどうする」

「少々手荒くなるかもしれないが、極力斬るような真似はしない」
「...私も同感です」

「首輪を外し、この殺し合いを脱出する際に最も必要なことはなんだ」

三度目の質問は、義勇も妖夢も微かに沈黙し思考する。
ほどなくして、二人は各々の答えを口にした。

「力なき人々の安全の確保を」
「二度とこんな場所に呼ばれぬよう、μとテミスを打ち倒すこと」

三度目の返答を最後に男の質問は終わった。

風が吹き、ざわざわと木々が蠢き数秒後。

「いいだろう。まずは話を聞かせてもらう。ビルド、屋敷へ戻るぞ」

ビルドと呼ばれた金髪の少年が森から現れると、男は警戒態勢を解き、拳銃を仕舞い歩き始めた。

「俺に着いてこい。話はそれからだ」

先導する男の後を追い、義勇も彼に続く。彼らに遅れまいと、妖夢も立ち上がり並ぶように歩こうとする。

「一応言っておくが、俺の歩いた場所以外は歩くなよ。まだ罠は腐るほどあるからな」

男の忠告からコンマ数秒後、落とし穴に見事にはまる妖夢の姿がそこにあった。



「モノつくりを禁止するハーゴン教団に、鬼を操り時をかける陰陽師にゲッター...私にはなんのことやら...」

案内された産屋敷邸の一室で、男―――神隼人と少年・ビルドからもたらされた情報に妖夢は眉根を寄せる。
妖夢もまた、神話と幻想入り混じる幻想郷出身の半霊の身だが、その彼女からしても齎されたモノは異端としか思えなかった。
同行者である義勇もまた、己の知らぬ存在に困惑している―――はずだが、鉄仮面染みたあまりにも無表情な顔からはうかがい知れない。

「そうか...俺たちも幻想郷という存在は知らない。まあ、そっちはゲッター以上に存在を秘匿しているようだがな」
「これも平衡世界って奴かな?」
「だろうな。そうとでも考えなければ説明がつかん」
「平衡世界?」

ビルドと隼人の会話に出てきた『平衡世界』という単語に妖夢は首を傾げる。理解しているのかしていないのか、義勇は特に反応を示さない。

「早い話が、似たようで微妙に違っている世界ということだ。冨岡の言う『鬼』と俺の知る『鬼』の存在の差異がわかりやすい例だろう」

隼人の知る鬼は晴明の手ごまであり自我の乏しい本性だけの存在だが、義勇の知る鬼は鬼舞辻無惨に増やされた元・人間であり鬼と化してからも知性や言葉を話せる程度の自我はある。
そのズレもまた平衡世界の証明だというのが、隼人の見解だった。

「しかし異なる世界を跨いで、ですか...また途方もない話になってきましたね」

ふぅ、と妖夢はため息をつく。
幻想郷にも時間に干渉する能力者はいる。しかし、まさか異なる次元を支配し連れ去ることのできる存在にはお目にかかったことがない。
どうにもそうは思えなかったが、あの主催の女達の力は計り知れないものがある。それを思えば、ため息のひとつもでるというものだ。

「...すみません、少し夜風に当たってきます」

三人に断りを入れ、ふらふらと室外へと歩いていく妖夢。

「待て。屋敷にはまだ罠が設置されている」
「まだあったんですか...」
「警戒するにこしたことはないからな。お前に罠の位置を教えておく」

隼人も立ち上がり、妖夢の後に着いていく。

「......」
「......」

四人の内二人が退出したことで静まり返る室内。
こちらをジッと見つめる義勇の視線を浴び続け数分、耐えかねたビルドは思い切って口を開く。

「あの...僕が庭を素材に変えたことを怒ってる?」
「いや。お館様ならばよく己の身を護るモノに変えてくれたとお喜びになられるだろう」
「そ、そう。ならよかった」

ビルドの返事が終わると共に再び訪れる沈黙。
気まずい、とビルドは思う。
自分も饒舌な方ではないが、シドーやルルたち、からっぽ島の仲間はみな感情表現が豊かだった為に話も続きやすかった。
隼人もまた、ファーストコンタクトが乱暴だっただけで、それ以降は常に考察しながら話をフッてきてくれた為に気まずい空気にはならなかった。
しかし、冨岡義勇は違う。正座の姿勢を一切崩さず、無表情で無口、時折口を開いても短いセリフばかりで、彼の感情が読み取りづらい。
無論、義勇がこちらへ敵意をむき出しにしている訳ではないのはわかっているが、こうも反応が微細であれば否応にも緊張が走ってしまう。

再びビルドが口を開こうとしたその時。
ピクリ、と義勇の目が細められた。



「...罠、ありませんが」

罠が仕掛けられている場所へと案内されているはずが、隼人に連れて来られた縁側には罠の仕掛けられた痕跡すら見当たらず。
妖夢が思わずポツリと零すと、隼人は己の懐を探り手にしたメモを取り出し妖夢に見せた。

「記憶違いということもある。小一時間で急遽仕掛けた罠だからな」
『会話は主催に聞かれている』

メモに書かれている文字を見せつけられた妖夢は息を呑み遅れて気が付く。
隼人が案内を買って出たのは罠の場所を教える為でなく、主催は勿論、義勇とビルドにも知られたくはない話をする為だということに。

「...そういえばあの罠はあなた一人で?」

隼人の意思を汲み、妖夢は彼の口頭での会話に合わせる。

「いや。流石にあれだけの数を一人では作れん。半分以上はビルドが仕掛けた罠だ」
『ビルド達にも悟られないように俺に協力しろ』

「...詳しく聞かせて貰えますか」

「あいつのモノづくりの力だ。作り方さえ分かればどんなものでも数秒で作れてしまう。こんな風にな」
『首輪を集める。できれば人間のものと異形のものを複数だ』

放り渡された銃を受け取ると同時に、妖夢は隼人に鋭い視線をぶつける。
人間の首輪を集めるという意味がわからないほど妖夢は鈍くない。
あなたは殺し合いに乗るつもりなのかと目で問いかける。

「弾が入っていませんね」

「ソイツはビルドがここに来て作った贋作だからだ。素材とレシピがあればなんでも作れるらしいが、どちらかが欠けていれば作れんらしい」
『乗るつもりはない。だが首輪が嵌められている限り主催への反抗はリスクが大きすぎる。それに主催を殺す為でもある』

「それはつまり」

「火薬の材料となるものが無かったから弾は作れなかった。だからあれだけ数があっても重火器を使用した罠は張れなかったということだ」
『主催の力の強大さは漠然とでもわかっただろう。だが鬼だろうが妖怪だろうが構わず殺せるこの首輪ならば恐らく主催の連中にも有効なはずだ』

「...なるほど。そういうことですか」

妖夢は何故、義勇にこの話を持ち掛けなかったかが分かった。
隼人は恐らく義勇の腕が立つことはわかっている。
しかし、接触時の問答で、人間相手ならば極力斬らず、主催を倒すよりも一般人の保護を優先すると義勇は答えた。
この提案を知れば間違いなく反対し、協力自体も怪しいものになっていただろう。

そこを踏まえれば、妖夢は主催を斬ることを優先事項に挙げ、人間ではないため人を殺すのも躊躇いが少ないはず―――と考えたのだ。

妖夢は考える。
隼人の提案を受けたところでこちらにデメリットはほとんどない。
首輪の解除はどの参加者も直面する問題であり、その為には解析するためのサンプルが必要になる。
もしもこの協定が義勇に知られれば彼との協力関係に影が差すかもしれないが、しかし首輪を用意さえしてしまえば彼もなにも言えなくなるだろう。
だからといって、怯える一般人を犠牲にするのは避けたいところだ。彼らもまた殺し合いの被害者である。

「...『正当防衛』の為ならば、重火器はなくてもいいかもしれませんね」

妖夢の返答に、それでいいと隼人の口角が吊り上がる。

特段難しい話でもない。
自分は一般人を狙わず、殺し合いに乗った者を返り討ちにした時、首輪を優先して隼人たちに渡す。ただそれだけの取引だ。
故に、妖夢が断る理由もありはしなかった。

「さて、それでは戻りましょうか...あっ」

部屋に戻ろうとした妖夢の腕に、ふわりとした感触が走る。
それを手で掬えば、手に絡まるのはワイヤーのように細い糸。

「隼人。罠はちゃんとありましたよ。やはり記憶違いはあったようですね」

妖夢は得意げに口橋を吊り上げ隼人に見せつけるも、当の隼人は怪訝な顔を浮かべる限りだ。

「妙だな。ワイヤートラップをここに仕掛けた覚えはないが」

隼人の言葉に妖夢がえっ、と言葉を漏らす。

―――グイッ

突如、糸が妖夢の腕に絡まり妖夢の腕を強く引く。

「ッ!?」

突然の出来事に妖夢は驚くも、すぐさま剣で糸を切断し拘束を解く。
妖夢のもとに駆け出す隼人にもまた糸が降りかかる。

(敵か!)

まるで意思を持つかのように蠢く糸にも動じず、隼人はその鋭利な爪で糸を払い、切裂いていく。

「隼人!」
「わかっている」

二人はすぐに臨戦態勢を取り直し再び襲い来るであろう糸に備える。

「少し驚いたよ。まさか僕の糸が日輪刀以外に斬られるなんてね」

二人の頭上より、気だるげな少年の声が投げかけらる。
見上げれば、そこには宙に浮いた白髪の少年が二人を見下ろしていた。

「浮いている...?」
「違う。糸を足場にしているんだ」

「一目でそこまでわかるんだ。観察力がいいんだね」

少年は両手を己の胸の前で交差させ、その五指から糸を漂わせる。

「大人しくしてたらすぐの終わらせてあげるよ。別に家族でもない奴を甚振る趣味があるわけじゃないからね」

「話し合うつもりもないか...妖夢、さっそく同盟の仕事のようだな」
「ええ。あれを斬ってもただの正当防衛でしょう」

間髪入れずに放たれる第二糸を、またも二人は斬り、払い裂いていく。

(チィッ、糸の攻撃事態は大した脅威じゃない。だが)

妖夢も隼人も迫りくる糸の対処はさほど苦も無くこなしている。
だが、反撃しようにも敵の位置は遥か高く、素の跳躍では届きそうにない。
銃もいまはビルドが持っており、隼人に遠距離攻撃の術はない。
どうにか攻撃を届かせる方法はないか模索するも、その答えを得る前に戦況は一変する。

―――ブンッ

少年の糸に巻きつかれたナニかが隼人へと迫る。
岩か何かか、と判断した隼人はそれを手で受け止めた。
それの正体は鶏。手足と口を糸で縛られたソレは、隼人をつつくことも蹴ることもできぬまま投げつけられた。

何故こんなものをと違和感を抱いた隼人はすぐにそれを放り捨てる。瞬間

「ッ!?」

鈍い痛みが右手に走る。糸を受けたわけではない。咄嗟に右手を確認すれば、その手は緑色のなにかに覆われていた。
いや、覆われているのではない。皮膚から出てきているのだ。

「グッ...!」

痛みに顔を歪める隼人を気遣い糸を切り払いながら駆け寄ろうとする妖夢。

「ッ!」

その彼女の右手もまた、痛みと共に緑色のナニかに蝕まれる。

「妖夢!」
「はい。これは恐らく先ほどの...!」

二人は即座に先の肉塊から距離をとる。

「へえ、感はいいみたいだね。もう遅いけど」

「ッ!」

またも妖夢を襲う痛み。今度は左手だ。

(また...!いったいなにがキッカケで!?)

あまりにも理不尽な攻撃に、否が応にも思考が割かれ、ふと動きが止まってしまう。
ほんの僅かな隙ではあるが、糸が張り巡らされる現状では致命的である。

「っ!」

妖夢の首元に糸が付着し、人離れした力で身体ごと引き上げられる。
妖夢は糸を斬るために剣を振るおうと力を籠める。

―――ボロリ。

「ぁっ」

力を込めた指は崩れ、剣ごと地に落ちてしまう。
しまった、と悔やむ間もなく妖夢の身体は少年のもとへと引き寄せられた。

「下手に動かない方がいいよ。でないとカビの餌食になってしまうからね」

カビ、という単語に隼人と妖夢の眉根がピクリと動く。

(カビ...この悍ましいものが...!)

妖夢の背筋に怖気が走る。
下手に動けばカビの餌食になる。全身があの零れ落ちた指のようになるなど想像もしたくない。
妖夢は唇を噛み締めながら俯く他なかった。

少年は妖夢の身体へ簀巻きのように右手の糸を巻き付け、指から切り離し、足場に使っている糸に蓑虫のように吊り下げ拘束する。
これで妖夢は動けない。残るは隼人一人だ。
先と同じく隼人に糸が躍りかかる。
本来ならば充分回避できるソレも、先ほどまでは妖夢に回していた分の糸が加わり、かつ下手に動けない制限下の為に非常に困難になる。

「―――舐めるなあああああぁぁぁぁぁ!!」

だが、その程度で隼人の戦意が萎えることはない。
迫りくる無数の糸にも怯まず、正面から立ち向かう。
それが『ゲッター』に選ばれた男の闘争本能。遍く宇宙の支配者である『ゲッター』すら解き明かさんとする執念。

その執念に応えるかのように、迫りくる糸は荒々しくも美しい『打ち潮』に斬りはらわれた。

「よく持ちこたえた。あとは任せろ」

冨岡義勇。屋敷内から『鬼』の気配を察知した水柱は、参戦するや否や鬼を狩る為、目にも留まらぬ速さで駆け出し跳んだ。

(―――鬼殺隊か)

少年は隼人へ向けていた両の五指からの糸を全て義勇へと集中させる。
動きの自由が効かない無防備な宙での攻撃。
しかし、義勇は冷や汗一つかかず、相も変らぬままの無表情で剣に手をかける。
彼は知らない。隼人や妖夢を蝕む『カビ』の発生条件もその存在も。
だからこそ、構わずその剣を振るうことが出来る。

―――全集中・水の呼吸 拾壱の型 『凪』

凪とは無風状態の海のこと。海水は揺れず鏡のようになる。義勇の間合いに入った術は全て凪ぐ。無になる。
隼人たち以上にあっさりと糸を斬り払われたことに、少年の目が驚愕に見開かれ動きも停止する。
そんな絶好の機会を義勇が見逃すはずもない。その頸を斬る為、義勇の剣が横なぎに振るわれた。

「そこまでだ」

ガキン、と鉄を打ち付けるような音が鳴り響く。少年の頸を斬る筈だった義勇の刃は少年の背後から現れた鋼造りの盾に阻まれた。

「こういう時、実に幸福を感じるよ」

少年の背後でもぞもぞと影が蠢く。

「勝ち誇った奴が勝利という希望を奪われ、絶望して死んでいく様。こればかりは何度見ても溜まらない」

影の正体は成人済みの男だった。腰から下をどこへやったのか、上半身だけで動き、少年の背に隠れていたのだ。
男の背後から緑色のモヤに包まれた異形が現れ、その両腕で義勇を殴りつける。

「さあ、お前はどんな絶望の表情を見せてくれるかな?」

義勇は迫る拳を刀の柄で受け止め直撃を防ぐ。
だが、宙に投げ出されている身体では、拳に弾かれた衝撃から逃げることはできず。
重力に従い落下するのと同時、義勇の全身から緑色のカビが一斉に湧き出した。



男―――チョコラータは少年、累の背中で厭らしいほどに口角を吊り上げた。
彼は己のスタンド―――グリーン・デイの能力を把握しきっている。
グリーンデイは確かに強力な能力を有するが、いつでもそのパフォーマンスを十全に発揮できるわけではない。
近距離戦闘に優れた者―――例えば、己の相棒であるセッコやターゲットであるブローノ・ブチャラティの『スティッキィ・フィンガーズ』。
彼らとまともに戦えばまず間違いなく敗北するだろうと理解している。
そしてそれはこの殺し合いという場においても同様で。
この場で敵対した妖夢、隼人、義勇の三人はどう見積もっても近接戦闘ではグリーン・デイに勝る。
正面から向き合ってのヨーイドン!という真っ向勝負であれば、三者の誰にも敗北を喫するだろう。
それは累も同じだ。確かに『鬼』というだけあり、身体能力は人間の比にならないが、近接戦闘という一点においてあの三人に勝利を得るのは難しいだろう。


それがどうだ。
いまや敗北を喫しているのはあの三人であり、この場はチョコラータと累が完全に支配している。
実に晴れ晴れとした気分だ。
このまま、義勇がカビに塗れ絶望に表情を歪めるのを堪能させてもらうとしよう。

義勇の痴態を覗こうとしたその刹那、風を切る音が累とチョコラータに迫る。
剣だ。円盤のように回転しながら高速で迫りくる剣。累は咄嗟にそれを回避する。
チョコラータがホッ、と一息つくも、直後に累の身体が揺れ、チョコラータの顔に生温かい血が付着する。
何事かとそちらを見やれば、先ほど避けた筈の剣が再び襲い掛かり、累の左腕を切断していた。

「チッ、首輪を狙ったが、竜馬のようにはいかんか」

投擲主はまだ右手しかカビに塗れていない隼人。舌打ちし、ブーメラン技の得意な仲間の不在を思わずぼやく。

隼人は落ちていたはやぶさの剣を拾おうとした時に考えた。
最初に鶏を投げ捨ててからは隼人の身体にそれ以上の異変はなかった。ならばこの攻撃には何かのスイッチがあると。
そして、累の零した『カビ』という単語。そして、はやぶさの剣に手を伸ばせば広がる緑のカビ。
これらを照らし合わせ、気が付いた。この攻撃は自分の身体より低い位置に移動すると反応して発動すると。

かつてなにかで読んだことがある。ある種のカビには低い位置に移動する為に昆虫の体内にとりつきその虫が移動した時に増殖して殺すものがあると。
このカビはそれだ。いま、自分の身体より低い位置に移動した時に発動するものだ。
だから、素手で戦っていた自分は被害が少なく、剣を構える為に重心を沈め腰に手を伸ばす妖夢は優先してカビに蝕まれたのだ。

それさえわかればやりようはいくらでもある。
剣を拾いたいならば、足で蹴り上げそれを掴めばカビに塗れることなく手にすることが出来る。

そして隼人の簡易的な遠距離攻撃の手段はまだある。

「隼人!」
「ビルド!俺に近づくな!その位置で銃を俺に投げ渡せ!」

義勇に遅れてやってきたビルドは、隼人の命令に従い、慌てて銃を投げ渡す。

間髪入れず放たれる3発の弾丸は、累へと向けて正確に発射されるもチョコラータの盾が間に割って入り防がれる。

「なるほど...一筋縄ではいかないようだ」

ポツリと零し、チョコラータはキョロキョロと周囲を見渡し戦況を確認する。

妖夢は完全に拘束し、義勇はあのカビの量ではもはやリタイアは確実。
現状、動けるのは隼人とビルドだけであり、チョコラータにとって警戒すべきは隼人のみ。
その男もグリーンデイへの対処法はわかっていても片手落ちには変わりない。
チョコラータと累がよほどの失態を冒さねば、苦戦はすれどそうそう負けることはないはずだ。

だが、これは参加者70人超の殺し合い。
先の長い戦いに、隼人一人にいらぬ消耗をしていては生還は遠のくばかり。
それに、目的は達成したのだ。貴重なサンプルを手に入れるという目的だけは。
無理して攻め入ることもないだろう。

「一旦引くぞ、累。手負いの獣ほど怖いものはないからな」

耳元での囁きに、累はコクリと小さく頷き落ちた左腕と拘束された妖夢を糸で引き回収しながら屋敷から去っていく。
逃がしてなるものか、と隼人は数発発砲するが、鬼の脚力で跳ぶ累はあっという間に射程距離外へ達し銃弾は虚空に消えてしまう。

「......」

累たちの気配が完全に消え去るのを確認し、隼人は倒れる義勇のもとへと足を運ぶ。

「運のいい奴...いや、悪いというべきか」

義勇はまだ生きていた。全身がカビに覆われた彼だが、その全てが腐食し切る前に地面に到達したことで、五体が砕けることなく身体を保つことが出来ていた。
だがこのままではカビが侵食し切るのも時間の問題だ。
持って数分といったところだろう。

「隼人。いったいなにが...」
「近づくなよビルド。下手に触ればお前もカビに食われる」

本来ならば治療でもしてやりたいところだが、こうもカビが全身に回りきっていれば、傍にいるだけでも危険極まりない。
ならば、一思いに殺してやるのがせめてもの情けだろう。

隼人は義勇の頭部に向けて銃口を構え、義勇もまたそれを受け入れるようにぼんやりと銃口を見つめている。
そんな彼らを止めるかのように、ビルドは隼人の裾をくい、と引っ張った。

「どうしたビルド」

ジロリ、と視線を向ける隼人に、ハンマーを片手に携えたビルドは無言で見つめ訴える。
ここは自分に任せてほしいと。

隼人の鋭い視線にも一切ひるまず見つめ返すこと数十秒。隼人は銃を仕舞い、ビルドに場を譲った。
なにをする気かは知らないが、どのみちこのままでは義勇は死ぬのだ。ならば隙にやらせてみればいい、と。

ビルドはぺっ、ぺっ、と己の掌に滑り止めとしての唾を吐き、しっかりとハンマーを握りしめる。
ぐぉん、と思い切り振りかぶり、ハンマーの口が赤く染まるほどの力が込められ―――義勇の身体に思い切り叩きつけた。

するとどうだろう。

義勇の身体に生い茂っていたカビがあっという間に無くなり、代わりに緑のブロック状の物体が幾つも現れたではないか。

ビルドはそのブロック状のモノを手に取り、笑顔で空に掲げた。

『New! あぶないカビ[どうぐ] 生物に取り付き生息域を広げるカビ』

隼人はその一連の行動に思わず目を見開き驚愕する。
チョコラータの操るカビはスタンドではなくあくまでも本物のカビ。つまり、ビルダーズハンマーで回収できる『物質』である。
そのためビルドが素材として回収できた―――理屈をつけるならばこういうことだろう。
だが、同じことを隼人にはできないしやろうとも思わない。それをビルドは直感的にやってのけたのだ。
改めて思い知る。ビルドのものづくりの力は、己の知るソレとはまるで違う次元のものだと。

「ビルド。俺の右手も頼む」

ビルドは頷き、隼人の右手にも同様にハンマーを振り下ろしカビを回収する。

「っ...!」
「隼人?」
「...気にするな。少々立ち眩みがしただけだ」

カビが消えると同時に、隼人は立ち眩みに襲われる。
カビは宿主の身体を養分にして増殖する。それを回収すればこうなるのは当然か。
右手だけの自分はこの程度で済んだが、全身をカビに食われた義勇はこの比ではないだろう。

「くっ...!」

立ち上がり、妖夢を連れ去った累たちを追おうとする義勇だが、数歩歩いたところでガクリと膝を折ってしまう。
隼人は倒れそうになる義勇に肩を貸し支え、邸内へと運び込む。

「ビルド!ひとまず作れる飯を作って冨岡に食わせろ」
「離せ...俺は奴らを...」
「いま行ったところで返り討ちに遭うだけだ。ひとまずは体力を回復させなければ話にならん」

隼人とて、一刻も早くチョコラータを始末したいのは同じだ。
だが、いくら対策がわかったとはいえ、隼人も万全ではなくいまの義勇は半死人。その上で、ビルドが殺されればまず間違いなく詰みだ。
チョコラータ達の逃げた先にも罠があるが、それで仕留められるとも致命的な怪我を負わせられるとも思えない。
精々、奴らの警戒心を強め、こちらの体力を回復する時間を稼げる程度だろう。

それに、あのカビ相手では下手に集団で挑むのも命とりだ。
あのカビは生物から生物へと感染して効果範囲を拡大していく。
逆に考えれば、一人であれば多少の感染は気にせず戦えるともいえる。
とはいえ、あの糸を一人で掻い潜った上でチョコラータと累の二人を始末するというのも骨が折れるものだが。

ビルドは今の状況を把握したいと思いつつも、今は疲れ果てている二人の為に食事を作ることに集中するのだった。


【F-5/産屋敷邸/黎明/一日目】

【神隼人@新ゲッターロボ】
[状態]:疲労(中)、右手負傷(休めば使える程度)
[服装]:普段着
[装備]:ミスタの拳銃@ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風、はやぶさの剣@ドラゴンクエストビルダーズ2、ミスタの拳銃(ビルドの作った模造品)
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考]
基本方針: 首輪を外して主催を潰し帰還する。
0:義勇と共にチョコラータ達を追うかどうか考える。
1:早乙女研究所に向かうついでに病院に寄る。
2:ビルドのものつくりの能力を利用し有利に立ち回る。現状、殺し合いに乗るつもりはない。
3:首輪のサンプルが欲しい。狙うのは晴明、殺し合いに乗った者、戦力にならない一般人(優先度は低い)。
4:竜馬と弁慶は合流できるに越したことはないが、まあ放っておいても死なんだろう。
5:チョコラータは始末しておきたい。
※少なくとも平安時代に飛ばされた後からの参戦です
※幻想郷の大まかな概要を聞きました。




【ビルド(ビルダーズ主人公、性別:男)@ドラゴンクエストビルダーズ2】
[状態]:健康
[服装]:普段着
[装備]:ビルダーハンマー@ドラゴンクエストビルダーズ2
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2、あぶないカビ
[思考]
基本方針: ゲームからの脱出。殺し合いをしない。
0:現状を把握する。
1:シドーや隼人の仲間たちを探す。
2:モノづくりを止めない。隼人と協力しゲームから脱出する。
※幻想郷の大まかな概要を聞きました。



【冨岡義勇@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(大)、肌がボロボロ
[服装]:いつもの隊服
[装備]:サイコロステーキ先輩の日輪刀@鬼滅の刃
[道具]:基本支給品一式、不明支給品2つ(本人確認済み)
[思考]
基本:テミスとμを倒す
0:体力が回復次第、チョコラータ達を追い妖夢を助ける。
1:鬼舞辻無惨に会ったら殺す
2:錆兎に、煉獄……!?
[備考]
無限城に落とされる直前からの参戦です











「あいつらを見逃して良かったの父さん?」
「問題ないさ。奴らにはまだ私のカビが着いている。よしんぼ追いかけてきても私たちの敵じゃないさ」

隼人達の罠を切り抜けた二人は暗い森を歩いていく。

「それよりも累。ちゃんと教えたとおりにアレは撮れたか?」

チョコラータが催促するように累に掌を差し出すと、累は無言でハンディカムを渡す。

「どれどれ...」

チョコラータはハンディカムを起動させ記録されている映像を確認し、そして

「うおおおおおお!!」

破顔と共に絶叫を上げ

「良ぉぉ~~~~~しッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし。
立派に撮れたぞ累!」

頬を累の頭にピッタリと擦りつけながらその頭を艶めかしく撫でまわした。
その温もりに累はほほが微かに緩みほわほわとした雰囲気を醸し出す。

ハンディカムに映し出されていたのは、カビに塗れ苦痛に歪む隼人や義勇、己の指が取れて思わず呆ける妖夢の顔。

「人間は『好奇心』が刺激されるほど精神のパワーが湧いてくるものだ。人はどの生命よりも好奇心が強いから進化したのだッ!おれはこーゆーヤツらの絶望を早く見たいと思っていた...本当にでかしたッ、累!なにかご褒美をやろう。なにがいい?おやつか?それとも肉か?」

これでもかと褒めちぎるチョコラータを、累はジッと見つめやがてポツリと零す。

「...もう一度、さっきみたいに撫でてほしい」

まるで恥じらう乙女のように告白する累に、チョコラータはポカンと口を開け、再びその表情が喜色に染まりあがる。

「そうかそうか!まだ撫でてほしいのかっ!この甘えんぼさんめッ!!」

再び累を撫で繰り回すチョコラータに、再びどこかほっこりとした雰囲気を醸し出す累。
そんな悍ましい光景を見せつけられる妖夢は、どうにかこの隙に逃げ出せないかともぞもぞと蠢く。

「それで、この子はどうするの」

累の声に、妖夢の身体がビクリと跳ね上がる。

「なに、ただの趣味だよ。お前もやってみるかい累」

チョコラータの醜悪な笑みを見せつけられた妖夢は、己の身がこれからどうなるかを悟り、思わず下唇を噛んでしまった。



【E-5/黎明/一日目】

【チョコラータ@ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風】
[状態]:健康、気分はハイ
[服装]:普段の服装
[装備]:簡易的な医療セット、冨岡義勇の日輪刀@鬼滅の刃、はがねの盾@ドラゴンクエストビルダーズ2
[道具]:
[思考]
基本:殺し合いを愉しむ。優勝できれば主催者から参加者全員の死に様を記録したビデオを貰う。
0:妖夢からの情報収集と趣味の観察を行う
1:累の『パパ』としてじっくり調教する。使い物にならなさそうなら切り捨てる。
2:ジョルノ、ブチャラティを殺す。
3:累の言う『あのお方』と『鬼』に興味。
[備考]
※参戦時期は死亡後です。



【累@鬼滅の刃】
[状態]:右手にカビによるダメージ(食事によりほぼ回復)、疲労(小~中)
[服装]:いつもの服装
[装備]:
[道具]:輪切りのソルベ@ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風、からっぽ島の動物セット(猫・牛・犬・羊)@ドラゴンクエストビルダーズ2、ハンディカム@現実
[思考]
基本:無惨様の為に戦う。家族も増やしたい
0:チョコラータが新しい父さんに相応しいか見定める。
1:無惨様と合流し、チョコラータを鬼にしていいか尋ねる。
[備考]
※参戦時期は姉以外の鬼が全滅したあたりです。その為、義勇の存在を知りません。
※チョコラータに着けられたカビは解除されました。
※支給品の一つである【にわとり@ドラゴンクエストビルダーズ2】を投げつけたことで消費しました。





【魂魄妖夢@東方Project】
[状態]:右指5本欠損、左手にカビ、疲労(中~大)、全身を糸で拘束されている。
[服装]:いつもの服装
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品2(本人確認済み、武器になりそうなものではない)
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
0:この場をどうにか切り抜けたい
1:富岡さん達と合流する。
2:幻想郷の皆を探したい
[備考]
※神霊廟辺りからの参戦です
※ビルドと隼人の世界観を大雑把に把握しました。


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東風谷早苗は大いに怯え夢想する 投下順 Distorted†Happiness

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剣の誓い 魂魄妖夢 乙女解剖
剣の誓い 富岡義勇 Awake and Alive
SAGA 神隼人 Awake and Alive
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グリーングリーン 乙女解剖
グリーングリーン チョコラータ 乙女解剖
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