バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

明日の方舟たち(ArkNights)-局部壊死-

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kyogokurowa

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シグレ・ランゲツという人間を一言で表すなら、ただ強さのみに生きた剣士、と評するのが正しい。
聖寮という組織において余りにも似合わぬ自由奔放さ、その実力はかのアルトリウスに迫る大剣豪。
家のしきたりに準じ、実の母を切ることで当主へとのし上がった。

だが、シグレ・ランゲツは剣士である以前に『人間』であった。
実のところ、実の母親が業魔リュウマジンへと変貌したが、それは何故か放置している。
一度殺した時点でどうでもよかったのか、本当は親殺しには堪えたのか、その真実はわからない。

豪放磊落、シグレ・ランゲツは過ぎ去った過去は気にしない。見据えるのは強者との闘争、そして過去からやって来る因縁を迎え撃つこと。
ロクロウ・ランゲツ、自分を狙う夜叉の業魔。1012戦繰り返し一度も自分に勝ったことのない弟。
だが、彼は自分を斬ると宣った。だからこそ面白い、だからこそ業魔にすらなった彼が、自分を斬るその時を待ち構える。もっとも、勝つのは自分だと大胆不敵に信じているのだが。

そして、本来ならば全ての因縁の決着点となるキララウス火山より、彼はこの殺し合いに巻き込まれた。
彼自身に殺し合いの忌避感は微塵も存在しない、同僚や元同僚、ロクロウの仲間の死が知らされた時も特段感傷にふけることはない。
なぜなら、彼にとってはただ死んだ、その程度でしか無いのだから。どんな強いやつも、死ぬ時は死ぬ、負ける時は負ける。どれだけの硬い意思を抱こうとも、硬いだけでは簡単に砕かれてしまう。
剣も同じように、だ。監獄での邂逅においてロクロウがオリハルコンで出来た最硬の剣を以て自分と相対した。だが、その剣は聖主カノヌシの手により容易くへし折られた。


―――そう、硬けりゃいいってものではない。時には柔軟さも必要なのだ。
憎しみと否定で凝り固まった強さなど、ただ硬いだけの――――。

□□□□□□□□


未だ陽の光は燦然と輝き、災禍に汚染された天変地異後の大地を大いに照らしている。
災禍の魔王は未だ無傷で戦場に立ち、平然と生き残る敵対者に対し警戒を怠らない。
破滅のの流星雨の中を切り抜け、暴蝕の根と爆塵齎す星船を切り捨て、立ち舞台に登るのは特等対魔士、剣士シグレ・ランゲツ。

勿論、無傷というわけではない。所々に火傷の痕が残っているが、死ななければ大したことのない軽症に過ぎない。楽しい、楽しいのだ。シグレ・ランゲツにとって、人生で初めて出会った最高の化生が目の前にいる。
鉄風雷火、暴虐の化身、正しき意味での悪鬼羅刹。己を否定し、魔王であることを定義することで生まれ落ちた――ただそれだけの、力を振るうだけの幼子のような。

「……今まで生きてきて、てめぇみてえな業魔と出会うのは初めてだ。」

今のシグレに特等対魔士という称号は何の価値もない。ただ強き相手を斬るだけの武人。修羅。武士。――ただ一体の益荒男なりて。

「ロクロウもこっちに段々としがみついてやがるが、やっぱてめぇみてぇなご馳走を目の当たりにすりゃ霞んじまうな。」

比喩も謙遜もない、心からの称賛。シグレが対魔士として、剣士として今まで大量の業魔を斬り伏せてきた。中には手応えこそはあれど、満たすまでの相手には恵まれなかった。
だから、嬉しかった。最初に出会った翼を生やす男も強かったが、今のこいつも十分強い、渇きを、戦いという渇望を一瞬で満たしてくれる、そういう化け物が目の前にいるのだ。

「何よ、命乞いなら聞かないわよ?」

魔王に、その口上文句への興味はない。依頼を果たす、己の憎悪を晴らす。衝動を満たす。■■の望みを叶える――何のために?
頭に猥雑する音楽(ノイズ)を振り払う。未だ敵は健在。正しく意味で、ほぼ無傷で立っている敵はあのシグレ・ランゲツただ一人。殺せば後は戦えない塵芥を掃除するだけ。

「………………だがな。」

暫しの沈黙の後、シグレ・ランゲツらしくもなく低い声。
それに込められた意味、殺意を交え、益荒男が感じ取った一つの結論。
圧倒的に強く、ただ一つの輝きを憎悪し、それ以外の全てを捨てようとしている女に対し、ただ哀れみにも似た言葉を一つ、告げる。





「今のてめぇは、それだけか。」
「………どういう意味?」

シグレ・ランゲツの眼は、それを識った。魔王の本質を、ベルベットという存在が、どういう事になっているのかを。

「テメェの強さは、テメェ自身のものですらねぇ。……テメェが一番大事にしなきゃならねぇ矜持ってモンを、借りもんの為に捨てやがったか。」
『これが今の私だ。あのような悍ましい未来など到底認めない、否定して当然の汚物だ。』

言葉が風刃と為りうる程の怒り、魔王の顔に僅かな青筋が立つ。明らかに逆鱗を触れただろうが、シグレは関係ない。

「……それがテメェか。意外と底が浅かったな、"ベルベット"」

ニタリと、湿った笑みを浮かべる。
やっと分かった、理解した。こいつは走狗だ。『女神』とやらに尻尾を振って、自分の意志と宣いながら与えられた力によって偉そうにしているただの犬だ。
自分の願いのためだけに、自我すらも、自分自身すらも差し出した、ただ強いだけの哀れな女だ。

「―――――――――――。」

魔王が、思わず沈黙した、業魔腕よりかつての如く業爪が伸びる。
太陽の輝きに照らされながら、未だ太陽沈まぬ世界の光源に反して赤黒い鈍い輝き。
魔王の怒りに呼応するように、心の臓の鼓動が鳴り響く。
大地が裂け、鳴動し、黒く濁った溶岩のような汚泥が這い出て、燃える。
大小様々な岩のオブジェクトが、まるで最初からそこにあったかのように湧いて生える。
これはまるで、シグレがロクロウを待っていたあの火山のように――――。

「こいつはてめぇの演出か? ずいぶん誂え向きな舞台を考えてくれたじゃねぇか。」

益荒男は笑う。此処一番の大舞台に、このような演出とは。
元々、あの場所で果てるつもりでは、いた。負けた場合、ではあるが。
キララウス火山の再現とも言うべき大地、炎の汚泥を舞台(リング)とし、相対するは剣士と魔王。
観客は、舞台の外で座り込んでいるご令嬢ただ一人。
ここには誰にも立ち入らせない、ここには誰も立ち入れない。

『――死ね。死ね。死ね。その躯体(からだ)諸共、貴様の剣諸共、一切何もかも荼毘に変えてやる。』

憎悪、赫怒、怒髪天。魔王の静かなる怒りは収まらない。
殺意とは、本来感情ですら無いもの。極度の殺意は斯くも静かで冷たいもの。
業爪を構え、いつでも相手の魂を刈り取らんと睨む。

「そうかいそうかい。だったら―――さっさとおっ始めようじゃねぇか。」

対して益荒男は上機嫌。大業物2つを構え、魔王へと向ける。
歓喜、上機嫌。相手は自分よりも遥かに格上、災禍の魔王。
だが、それがどうした? 相手が自分より強いからと怯えるなどとは剣士の恥。

さてお立ち会い。
剣の鬼が挑むは災禍の魔王。黒く燃えし屍山血河の大舞台にて。
彼ら二人の修羅と羅刹、血華咲き乱れる真剣勝負。

巧言も、綺麗事も、雑言も、そんなもの後で理由付けしてやれば良い。
真に望むのならば、その意思の他何もいらない。
勝者は一人、敗者はただ糧として喰われるのみ。

――死合の幕は上げられた、さぁ―――

 ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □








                    いざ尋常に








                      勝負








 □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆ □ ◆


「あかりちゃん、あかりちゃんっ! 起きて、起きてよぉっ!」

揺さぶる。必死に揺さぶる。もしかしたら気を失っているだけと、そんな他愛も無い現実逃避を考えながら。いくら揺らしてもうんともすんともしない少女の身体を揺さぶり続ける。
抜け殻だった。その双眸は灰色に濁って、何も映していない。小さな曇り空だけの小窓が、間宮あかりの時が止まった証左である。

「起きて、起きてってばぁ!」

足掻く、今度は心臓マッサージ。傷はドレスを引きちぎった布片で縛った。出血は既に止まっている。
そもそも心臓マッサージなど学校の授業で軽く触った程度で、素人並に頑張った所で彼女の意識が戻るわけでない。
覆水盆に返らず、取りこぼした水分が戻ることはなく、乾いて解けて電子の海に沈んでゆく。

「………起きて、よ。私の側から、いなくならないでよ………。」

乾いた嘆きだけが、明るくも冷たい世界に木霊する。
この世の地獄から切り離されたちっぽけな静寂に、彼女と物言わぬデータのみが残されている。

「お願い、だから………。」

自分という誘蛾灯に惹かれ寄り付いて、自分を守るために地面に落ちて塵芥へと成り果てる。
自分にそれだけの価値があるのか? 幸せになってほしいと、そう言われる程の資格が自分にはあるのか?
そんなわけがない。そんなわけがないと、そう思わなければ押しつぶされそうで。
カタリナ・クラエスの、その魂は、ごくごくありふれた唯の一般人にすぎない。

「……いなく、ならないで………。」

本来の『カタリナ・クラエス』とは嫌われ者の悪役令嬢である。
転生を自覚した当初はその破滅まっしぐらのエンドを回避するために日々努力してきた。
その結果、マリア・キャンベルではなく自分という存在を中心に回る物語へと変貌してしまった。
その歪みを放置した結末がこれだ。自分という指針を中心に、誰かが命を落としていく。
彼女には、それが、耐えられなかった。

「…………あれ?」

違和感があった。心臓マッサージに集中して、その時は気付かなかった。
彼女の肌に改めて触れて、ふと思う事があった。

「……熱い?」

熱い、正しくは温かい。こたつの中みたいに、間宮あかりの身体そのものが温かいのだ。
人間の死体というのは、死後2~3時間後経過で冷却されるものである。
勿論、間宮あかりが此処に吹き飛ばされてまだ数十分も経っていないからそれは当てはまらない。だが、間違いなく死亡直後の人間の体温ではない。
しかも、温度はその温かみを保ったまま。

「……どういうこと?」

悲哀も嘆きも、何もかもが吹き飛んで、謎だけが深まった。
熱を帯びている、太陽の微笑みの如き暖かさを感じる。
思わず耳を胸に当てる。――鼓動が聞こえた。ドクン、ドクンと。

"足りない"

「……えっ?」

鼓動と同時に、何かが聞こえた。ノイズがかった、ひどく擦れた声が。
静かに、聞き逃さないように、はっきりと聞こえるように、鼓動と共に聞こえる声に耳を傾ける。

"損傷"


"情報"


"補完"


"満たす"


「……損傷、情報、補完、満たす……。」

紡がれる単語。それ単体では意味をなさない文字の羅列。だが、それに希望を託さず得られなかった。
考える、足りない頭をフル回転させる。辿り着け、その言葉の意味を。
"損傷"は間違いなく抉れている腹の傷そのものだろう。"満たす"事が傷の手当に値する意味であるとして。
"情報"と"補完"とは一体どういう意味なのか、何故に情報という単語を使ったのか。補完という言葉で表されるのはどういう意味なのだろう。

「……情報を、補完。」

補完。足りないところを補い、満たすという意味。

「……もし、かして?」

憶測だが、辿り着いた答えがある。
情報というのが、今の『死んでいるのか生きているのかわからない状態』の間宮あかりだとして。
『情報』に『損傷』と言う名の傷を負っており、それで未だ目覚めないというのなら。
補完が、『別の情報を代入して、満たす』事だというのなら。
つまり、特定のキャラクターに対すしフラグをたてる必要があるADV系のゲームにおいて、その為に必要なアイテムを使わなければならないのと同じだとするのなら。
いや、フラグというアイテムを、間宮あかりという情報に代入し、損傷した情報を補完し、治癒させることが出来るのなら―――。
今の間宮あかりは箱の中の猫だ。誰かが覗き込まない限り、箱の中に入り込まない限り、『情報』が『確定』することはない。
足りない情報を補完することが、間宮あかりを助ける、唯一の手段だというのなら。

「……っ!」

支給品袋を取り出し、中身を探る。基本的なものを除けば支給されるアイテムは3つ。そのうち2つに、『情報の代入』として利用できるものがあるかもしれない。
はっきり言って、これは断片的な単語から導き出した素人なりの結論だ。もしかしたら、間違っているのかもしれない。
それでも、それがどれだけ分の悪い賭けだとしても、カタリナ・クラエスは、かつて平凡だった少女は諦めずに入られるわけがない。

「……!」

手に取ったのは、鮮やかな紅葉色に彩られた扇。扇自体が紅葉の形をしており、遠目で見たなら大きさ以外判別はし辛い代物だ。
情報を代入し補完する。――情報として間宮あかりの存在を補完できるものなら、なんでも良い。
傷口のある場所に、その扇を置いてみる。

「………これで、なんとか……!」

祈るように、願う。置かれた扇にノイズが走り、輪郭はあやふやとなる。
ずれて、ずれて、ずれて―――紅葉色は極彩色へ、極彩色はモノクロへ。そして――消える。

「――――。」

何も、起きなかった。胸に耳を当てれば、未だ鼓動は鳴り響いている。でも、ただそれ。
再び静寂のみが世界を包む。項垂れたようにあかりの顔を見るカタリナもまた動かず。
―――そんな静寂を破る足音が、一つ。この空間に木霊する。

「……カタリナさん?」
「……琵琶坂さん。」

琵琶坂永至の姿。思わず、カタリナは安堵した。
だが、それと同時に、琵琶坂の顔に浮かんでいる痣も気になったわけであるが。
それは置いといて、気になるべき事を、言葉尻を震わせて訪ねる。

「みんなは……?」
「わからない。あいつが光の流星群をこのエリア全体に降らして、俺はこうして無事だが、恐らく他のは。」
「…………」

絶望、ただそれだけだった。もしかしたら生き残っているのは自分たちだけかもしれないという。
他のみんなは、須らく魔王による滅光によって殺されてしまったのかもしれないという。

「……俺はもう逃げるつもりだ。」
「えっ?」
「はっきり言って、あの惨状でを引き起こすよううな化け物相手に勝てるなんて思っちゃいない。俺は先にいかせてもらうけど、もしカタリナさんも逃げるつもりなら一緒に連れて行くさ。」

未だ眠る間宮あかりに目を向けながら、琵琶坂が俯いて呟いた。

「俺が、俺たちだけが今、神様に愛されているようだからな。」

ただ一言、琵琶坂の告げた言葉が一種の真理だった。
自分たちはただ運がよく、神様に愛されてたからこそ生きている。
あれはただの自然災害だ、アレに出会ったのはただの事故だ。
そう納得して、そう結論付けて逃げ回ることこそが今の最善だと、琵琶坂はそう考えたのだ。
あれに抗う、と言う行為祖そのものが無駄、無意味なのだから。

「……それに、彼女の事はだいたいわかった。手を尽くしたんだな。」

一言、付け加えるように。琵琶坂から見て、間宮あかりは死んでいるように見えている。
そして、彼女の埋葬に充てる時間すら、そんな余裕すら無い。
奇跡的にこの建物のみが無事。とことん神に愛されているのかもしれない、と琵琶坂永至は思うのだ。

(……神に、愛されている?)

ガチリ、と歯車が動き始めたような音が、琵琶坂永至のみに聞こえた。
僅かな違和感ではあった。だがそんな事に思考を割いている時間はないと。
すぐに意識を切り替え、改めてカタリナに声を掛ける。

「……さぁ行こう。いつ此処が魔王に壊されるかもわからない。カタリナさん、あかりちゃんの事は残念だけれど……。」

琵琶坂永至に、もうこの状況に付き合っている理由はない。先程の日輪の天墜を、痣の力を全開にして何とか凌ぎきってこの建物に逃げ込んだのだ。
元々間宮あかりは使えなくなったら切り捨てる算段ではある。残る懸念はメアリ・ハントであり、彼女が体よくくたばってくれているのなら良いのだが、それがまだ確定していない。
それに、カタリナ・クラエスはまだ避雷針としての役割て有効活用できる。彼女の人の良さはカモフラージュとして抜群なのだから。

「………。」
「カタリナさん?」

カタリナ・クラエスは黙ったまま。その表情を、琵琶坂は窺い知ることは出来ない。
何故黙ったままなのか、まだ答えに迷っているのか。

「……俺は先に逃げておくから、カタリナさんも早く巻き込まれない内に……」




「――嫌。」

だが、カタリナ・クラエスの答えは、琵琶坂永至にとって予想外の一言であった。

「……は?」

呆けた声が出た。何を言っているんだ彼女は、と。
過酷な戦場に最も近い場所で、何をふざけたことを言っているんだと。

「冗談は止してくれないかなぁ、カタリナさん。こんな戦場で一人残るなんて自殺行為も甚だしいじゃないか?」
「嫌なのは嫌。だってまだみんなが死んだなんて決まったわけじゃない。」
「確かに一理はある、だけどカタリナさんだって見たじゃないか、たった一人で天変地異を引き起こすあの魔王の恐ろしさを。」

魔王の力量は凄まじいものだ。災害が意思を以て稼働していると言わしめるに等しい、災禍の担い手。
それを相手取るなど正しく自殺行為、だったら生存のために全てをかなぐり捨てて生き残ることが正しい選択ではないか。

「……私は、みんなが戦っている時に何も出来なくて、大したことすらまともに出来ない臆病者で。」

だけど、カタリナ・クラエスはそれが許せなかった。今まで破滅を避ける為に、破滅から逃れるために生きて。
その結果、この殺し合いにおける「自分の為に死んでしまう」という皆の破滅の引き金となってしまった。

「だけど、私たちは託されたから。……託されて、生き延びて、ここにいる。あかりちゃんが、そうだったように。」

動かぬ間宮あかりにも目を向けて、かつて野猿という愛称で呼ばれた少女は、高らかに宣言する。

「私は残る。残って、みんなを信じる。――それで、もし何か出来ることがあるのなら、私は私の託されたものを信じて行動する。」

そんな、バッドエンド。認められないと。自分だけ生き延びてしまうなんて言うバカみたいな展開なんて、カタリナ・クラエスは微塵も望んでいない。
だったら足掻く、足掻いて足掻ききって、託されたものを背負ってみんなを信じて生き延びる。
それが、カタリナ・クラエスに出来る、無力なりの戦いなのだから。
託されたのならば、応えるべきなのだから。

「――――馬鹿なのか、お前は?」

――そして初めて、琵琶坂永至がカタリナ・クラエスに対して嫌悪の表情を見せた。
子供の癇癪に巻き込まれた大人のような、面倒くさそうな表情で。

「信じる? あれを見て、皆を信じるだなんて馬鹿の考えだろうが!」

この女はどうしてこんな蛆の湧いた事を考えている? 少しの憤怒が混じった困惑が琵琶坂にあった。
そんな自殺行為じみた事をされては琵琶坂永至としては困る。貴重なスケープゴートを失うのは避けなければならない。
考えが外れた、信用している自分の言葉は素直に信じると、そう思っていた。だが、今に自分の意見は反発されている。

「あの魔王は、その気になればたった一人でこのエリア全体ぶち壊せるんだぞ!! それを相手に逃げないだとか真実だとか、頭の湧いた事言い出しやがって!」
「それでも、私は逃げたくない!」

怒る琵琶坂に対し、カタリナは言い返す。もはや琵琶坂の取り繕った優しいポーカーフェイスは存在しない。それでもカタリナが萎縮しないのは、一概にそれを見たことがあるのだから。

「ふざけるな! あれと戦って辿る末路なんざ潰されて死ぬだけだろ! もうそこの役立たずは死んでいるんだろ! さっさと逃げ―――」

激昂のまま、感情をぶちまける琵琶坂。その時のカタリナの表情なんて気にもせず、呆れの混じった表情で言葉を続ける。続けて――唐突に頬に痛みがほとばしった。

「……あ゛?」

ヒリヒリする頬を手で抑える琵琶坂に、怒りで顔を赤くしながら涙を流すカタリナはただ一言。

「あかりちゃんは役立たずなんかじゃない! 訂正して!!」

ビンタだった。思わず、だった。新しい親友を、役立たず呼ばわりされて、黙ってられるほどカタリナの沸点は高くはなかった。それほどまでに、彼女の覚悟は決まっていたのだから。

「琵琶坂さ―――」
「……たな。」

なおも言葉を続けようとするカタリナだったが、余りにも冷たい琵琶坂永至の呟きのようなものを耳にする。

「………え、あの?」

もしかして、強くビンタしちゃったのかな、と一瞬焦る。間違いなくさっきのは琵琶坂永至の発言が10割悪いのだが、それで強くやっちゃったのなら思わず罪悪感がカタリナの内から漏れ出す。

「もしかして、強くしちゃった? そ、そのゴメ―――」
「よくも俺の顔にビンタなんぞしてくれたなこのクソアマがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!」




一瞬の事だった。琵琶坂の鞭が、カタリナの身体を切り裂いたのは。
切り裂かれた胸部から、血が吹き出して。痛みより、意識が歪む感覚が襲って。

「………どう、して?」

何が一体どういうことなのか理解出来ず、カタリナの身体は間宮あかりの近くに倒れようとしている。

「………あ。」

振り向けば、何故か呆気にとられた表情で沈黙する琵琶坂の姿。そして。

「―――あかり、ちゃん。ごめん、ね。」

涙が一筋、間宮あかりの身体に落ちて、カタリナ・クラエスは倒れ伏して。

「……しまったぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

自分のやらかした事に絶叫しながら、琵琶坂永至は逃げようにして建物の外へと走り出していった。


(やっちまった! やっちまったぁぁ!)

思わず、カタリナ・クラエスを殺すつもりで攻撃してしまった。
死んだかどうか確認する余裕すらなかった。せっかくの囮を、自分の手で殺してしまっては意味がない。
感情に振り回されて、最悪の一手をやってしまった。

(もし万が一メアリ・ハントが生き残ってこの事実がバレたら、本当にまずい!!)

自分の行ったことがメアリ・ハントに判明するようなことがあれば、間違いなく自分の立場は急落に落ちる。最悪自分が他の陣営に狙い撃ちにされかねないというのに、完全にやってしまったのだ。

(……だ、だが俺はまだ運がいい!)

だが、不幸中の幸いか。あの魔王の攻撃範囲から、間違いなくあの建物も巻き込まれかねない。
死ぬにしても、生きていたにしても、証拠隠滅レベルの攻撃をしてくれたのなら、「カタリナを殺したのは魔王」という事になる。
それで自分のやらかしはチャラ、恐らくそうなるのだろうと、それを信じて再び走り始めようとするが――。

「が、あっ………!?」

心臓が、締め付けられるような痛みを発して。痛みのせいで倒れ込む。

「く、そ、がぁ………! こんな、所、でぇ……!?」

痣の代償。琵琶坂永至は知らぬことだが、痣の発現自体が寿命の前借りとも言うべき行為である。
しかも先程、戴冠災器・日輪天墜を凌ぐために全力で発現させ、先の衝動に委ねたカタリナの攻撃にも無意識でしようしてしまった。
それが引き金だった、それが琵琶坂永至の寿命を大きく縮めてしまったのだから。

「……ふざ、ける、なぁ……。俺は、他のクズどもとは、違う……!」

怨嗟の如く、呻いて、叫ぶ。

「俺は、特別な存在、なん、だ………!!!!」

それでも、胸の苦しみは収まらず、ただ呻くだけ。
天に向けて、憎むように、断言するように、ただ、命の灯が消える、その直前まで――。

「他の凡百どもとは、断じて、違うんだぁぁぁぁぁっっ!!!」

尽きようとする命の中で、構わず、何もかもを込めて、ただ叫んで―――





「く、そが――――――――あ?」

痛みが、止んだ。
まるで、最初からそんなもの等、なかったかのように。
まるで、身体が万全の状態へと戻っていくかのような感覚を。

「……クク、そうか。」

嗤う。笑う。笑わずにいられない。
再び、歯車が動く幻聴が聞こえる。だけどそれがとても心地よく聞こえるのだ。
ガチリ、ガチリと、何かが噛み合う音が、そんな幻聴が聞こえる。
それは歯車が正しく噛み合い動いているという証左であり、全てが順調であるという証左であり。

「そうだったんだ。そういえば、そうだったんだな!」

思い返し、確信する。
あれが、あの時が分岐点だった。
ミカヅチを殺すため、アレを利用した時点で、全ては始まっていたのだ。

「そうだ、あの時に、そうだったじゃないか」

あの時から、答えは提示されていたじゃないか。
あの時から、その答えは用意されていたじゃないか。
あの時から、自分はそうだったじゃないか。

確信し、確証に辿り着き、歓喜の表情を浮かべる。
方程式に辿り着いた、運命とは試練であり、その困難を乗り越えてこそ絶頂へとたどり着くもの。
そして、男は、その答えにたどり着いたのだ。













「俺は、選ばれたいたのか―――・・・・!!」


歯車は、完璧に噛み合った。

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痣を発現させた者は齢25以上は生き残れない。仮に齢25を超えたタイミングで痣を発現させたとしても、その者はその日の内に死に至る。ただし、例外は存在した。
――始まりの剣士、鬼狩りの始祖たる継国縁壱。この世で初めて、かつ生まれついて痣を以ていた祝福の子。痣を持ち得ながら齢八十まで生き残った例外中の例外。
齢25までに死ぬ、もしくは発現後その日の内に死に至る寿命の前借り、『人間』であるならそれに例外は存在しない。先の未来におけて鬼舞辻無惨を討伐した後の岩柱・悲鳴嶼行冥のように。

主催陣営はミスを犯した。それは本来『技術』であって『異能』では無いとカテゴライズされる『痣』を、異能としてカウントしてしまった事。
そしてもう一つ、ゲッター線。琵琶坂永至が安倍晴明の炎を耐えきり、痣を発現させるに至ったきっかけの一つ。ある世界において、神すら呑み込む大いなる天空を打ち倒すための力、神の一柱の恩恵とも称されるその力。――即ち、魔術の世界におけて『位相』とカテゴライズされる存在の一端ではないのか?

魔術世界における『位相』とは、端的に言ってしまえば『現実世界』の上に投影されている、あらゆる異世界、宗教概念のことである。
ある世界においては、異なる『位相』で発生した現象が現世において神話として伝えられているらしい。

ではここで、『ゲッター』=『位相』の一つだと当て嵌めてみよう。
ゲッターとは本来意思の力。琵琶坂永至のカタルシスエフェクトも別の言い回しをすれば意思の力とも称される。あの時、安倍晴明に焼かれようとした時、無意識に彼は『位相』の一端に触れることが出来たのではないのか?
もし仮に、琵琶坂永至に発現した『痣』が、元の世界の法則ではなく、『ゲッターという名の位相』を根源として、その力で、データ上に擬似的に再現されたものとして擬似的に再現したものだとしたら。
意志の力という共通点から、カタルシスエフェクトとゲッターの力が『良く馴染む』としたのなら。
……ゲッター線の恩恵を最大限に得てたどり着く通過点。『魔神』と言う、人の身で在りながら神格へと到達した、一種の進化の極致の一つではないのかと。

余談であるが、ゲッター自体にもゲッター曼荼羅なる宗教画、もとい宗教的要素みたいなものなものが存在するのだが……閑話休題。
はっきり言えば、『由来が異能ではない生体現象を無理やりデータ上において異能に落とし込んだ』事自体が、余りにも歪みであるのだ。
煉獄杏寿郎は元々がその概念が存在する世界の住人だったからまだいい。
ミカヅチ、安倍晴明は由来が人間ではないにしろ、自覚までには至らなかった。
琵琶坂永至は、自分が「それ」に愛されているという自覚を持ってしまったのだ。
そう、―――琵琶坂永至は、自分が「ゲッター線」に愛さているという、『認識』を持ってしまった。
そして、この痣の由来を、「ゲッター線」によるものだと、『認識』してしまったのだ。

異能は『認識』であり、『自分だけの現実』である。
だが、主催側によって齎された『痣は異能である』というデータは、本来なら真実とは違う歪んだ認識。
要するに、一つでも綻びが出たなら不明な動作を起こすバグとして作用する。

ゲッターは未知の存在だ。それは、主催陣営からしても完全には解明できていない。
だが、数多の世界の情報を掻き集めたが為、本来ならば作用しない情報が、結び付いてしまう。
異なる情報が、意外な共通点を以て結びつき、予期せぬ反応を起こすこともある。

―――その予期せぬバグの結果が、『別の概念』による補完をした帳尻合わせの結果がこれだ。
これは、覚醒などという生温いものではない。
これは『変容』だ。在り方そのもの変質だ。
人類と言う種が、高次の存在へ進化すること。ゲッターの意思が待ち望んだ、無限の進化。
進化とは他種族の淘汰でもある。巨大隕石の墜落により恐竜が絶滅し、類人猿が人類へと進化したように。
琵琶坂永至は、自らの望みを邪魔するものを淘汰する、傲慢にして外道の極み、絶対悪である。


だからこそ、彼は見初められたのであろう、ゲッターに。
あらゆる敵対者を淘汰し、自らのみの幸福(しんか)を望む、その在り方が。
ゲッターとは大いなる意思とも解釈できる、そして大いなる意思とは本能でもある。
抑圧された内面を、心の内にある本能をカタルシスエフェクトとするのなら。
アリアの力を借りずとも、カタルシスエフェクトを発現し得る才能を持った琵琶坂永至は。
――最初から、彼はゲッターの力を得るに相応しい力を、その片道切符を生まれた時から所持していたのではないのか。








そして、その結論が齎した果てにあり得るものは――もうすぐ、明らかになるであろう。






これから人類が迎えるものこそ、明日という名の、希望なのか。




はたまた破壊という名の絶望なのか。




それは、神のみぞ知る。




だが、報いは受けなければならん。




そう、その本質がなんであるか知ろうともせず、




無限のエネルギーよとゲッター線を利用しようとした愚かな者ども、













――――さあ、楽園最後の夜明けに懺悔せよ。

――――遂ぞ、あの男は通過点に至ったのだから。

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明日之方舟(ArkNights)-苦難揺籃- 投下順 明日の方舟たち(ArkNights)-時雨嵐月-

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