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明日の方舟たち(ArkNights)-時雨嵐月-

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kyogokurowa

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無情の生涯、語るに及ばず



我道に殉ぜし極みこそ、古今無双の死に様なり



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粗暴でありながら、その実美しい太刀筋だった。
大振り――拳士で言う所の、テレフォンパンチと呼ばれる軌道が読み易い攻撃でありながら、寸分の狂いもなく此方に一撃を振るう。
長年の修練の末に磨かれた、芸術ともいうべき一撃。魔王ですら感嘆せざる得ない、剣士の極致の一端。

「震天!」

突風の如き鋭い突きが放たれる。軌道が分かっているのに避けづらい。だからこそ魔王は業魔腕で防御するしか無い。単純に剣技の他、戦場に置ける「場」の立ち方も上手なのだ。
敵を有利な場に誘導し、敢えてそれを利用することで自分が有利な用にする。柳生新陰流における「水月」がその手の例における代表的なものであるが、シグレ・ランゲツのそれは直感と経験に寄った代物だ。

「ちぃっ!」
「滅砕!」

防御の隙間を縫うように、針の穴を通すような正確さで軽い蹴りが襲う。
勿論この蹴りは牽制、いや相手の体勢を崩して一撃を入れる為の布石。
防ぐのではなく、最小限の動作で避けることで、より確実な反撃を狙う。
その動作ならば大振りに縦へ叩きつけるようにして振るうだろう。

「斬光!」

だが、予想に反してシグレの取った選択は横への薙ぎ払いだ。
器用に持ち手を変えて、振り被るように周囲を薙ぐ。別段これは魔王にとって回避できないわけではない。
瞬時に背後に足取りを変え、後退するように避ける。
後退と同時に黒く放電(スパーク)を纏わせた魔力弾を発射。シグレという剣士に引き寄せられるように向かう。

「ふんっ!」

災禍の弾丸を、シグレは構えすらとらずそのままの体勢から剣を振るう。
無茶苦茶に見えて一切の無駄の無い動作からなる切断により、魔力の塊は真っ二つに切断され、背後にあった大岩のみを砕き溶かす。
だが、無駄のない動作だからと言って隙が生まれないわけではない。否、隙間はついさっき演算した。

「……これなら、どうかしら?」

演算終了。対象の武器の耐久度及び切断力を考慮し、それに対抗できる用耐久力を調整。
―――更に『弾き』をさせないために構造開始、構築。
即時の脳内思考により、魔王によって構築されたのは鋸を彷彿とさせる刃を輪郭に象った巨大なチャクラムのような飛び道具。
シグレの所持する二本の大太刀の耐久力を精査し、それを破壊することに特化した形状だ。
鏖殺の歯車が、シグレ目掛けて飛んでゆく。

「だったら、こいつはどうだ!」

が、絶えず余裕を崩さないシグレは両腕を広げて屈み、勢いよく回転。
二本の大太刀を羽根代わりに遠心力を増して回転数は増していき――。

「――大・旋・風!!」

巻き起こるは白刃と黒刃が奏でし大旋風。斬撃の大提灯がモノクロの輝きを放ち、切り裂かんと近づく回転凶刃を文字通り吹き飛ばす。
が、それだけでは終わらない。されど止まらず廻り続ける"それ"は、急速な遠心力を伴って"竜巻"と化す。

「どぉぉりゃあああああっっ!!」

そのまま身体を大きく捻り、打ち出すように竜巻を"射出"。
独楽のごとく大きく打ち出された竜巻は意思を持ったかのように魔王を呑み込まんと迫る。

「―――。」

魔王は無言で竜巻をその業魔腕を以て引き裂き、霧散させる。
暴風の渦が意図も容易く縦に分断され、消失。だが、既にシグレ・ランゲツの姿はなく。

「神罰!」

意識を探索に切り替えた途端、死角より魔王の頸を貫かんと近づくシグレの姿。
それに対して魔王が取った行動は――顔を少しだけ下げ、その歯で噛んで刃で受け止める。
真剣白歯取り、そのような手段を取ってきた魔王をシグレは瞠目という形で称賛する。

勿論何かしらの手段で防がれるのは百も承知。遅れて振り下ろされるのは黒い大太刀の一撃。
素早く口から太刀を外して業魔腕で防御。黒大太刀の一撃を反動にシグレは背後に後ずさり、魔王も同じく距離を取る。







「―――。」
「………。」








――刹那の沈黙。







「……ッ!」
「……!」








――無言の交錯、肉薄。そして鍔迫り合いを示す金属音。
一打、二打、三打―――縦横無尽に黒の舞台を駆け、すれ違いに斬る、突く、裂くの動作の繰り返し。
魔王はそれに至近距離での魔力弾や魔力槍を打ち出すが、シグレ・ランゲツにとっては周りを彷徨く小蝿にしかならない。

「「はぁぁぁぁぁっ!!!」」

幾度目の交錯か。交差した二人が背中を向けて動きを止める。
間に位置した大岩の乱雑オブジェクトが横に真っ二つとなり、寸分の狂いもない水平を伴った断面を残し、崩れ落ちる。
その音が合図、魔王が天へ。手を振り上げ、頭上、はるか天空に現れるは細長い黒の鉄塊のような穢れの塊。
赤黒の稲妻を周囲に煌めかせ、点滅するそれは地上に佇む剣士へと目標を定め―――

「戴冠災器(カラミティレガリア)・歌姫神杖(ロッズ・フロム・ゴッド)!!!」

音速の数十倍もの速度で地面へと墜ちてゆく、穢れの鉄塊。
現実世界において「神の杖」と称される、運動エネルギー弾の極致。既知最強の鉄槌。
もしこの世界が現実ならば、この会場が全て吹き飛びかねない神なる裁きの降雷。

並の相手ならこれで十分、だが魔王は手を抜くことはない。
さらにもう一手、詰める。

「災禍顕現(ディザスティ)・灼光流星(デッドリーサン)――焼け落ちろ。」

左腕で指を軽く鳴らせば、魔王の周囲に顕現するは白熱した炎を纏う球体。
無数のそれが、魔王の合図と共に一斉にシグレへと迫る。

「ハッハッハ! やるじゃねぇか! だったらお望み通り――――」

豪快に呵々大笑し、二刀を振るい、迫る炎球を全て風圧で吹き飛ばす。
あれは剣で触れれば剣すら容易く溶かすと直感的に判断、先のチャクラムの対処法と同じ。
だが、それを全て吹き飛ばした所で、避けるも防ぐも吹き飛ばすも不可能な神の杖をどうするか、その答えは一つ。

「ほらよっ!!!」

神の杖は運動エネルギーによる攻撃。ならば激突点を用意してやれば良い。
よりによって剣士にとっての生命線を、七天七刀とクロガネ征嵐を神杖の黒鉄に向けて投擲。
激突した神杖は強烈な衝撃波を伴って空中で大爆発、その影響は地面にまで及び爆風が大岩を吹き飛ばす。

「………。」

奇想天外な手を使われた。だが、魔王に支障はない。むしろ剣士が剣を捨てたというタイミングを逃さない。衝撃波と爆風による噴煙塗れる戦場を己の感覚だけで突き進む。視界が見えずとも関係ない。

「………そこかっ!!」

人影、輪郭――総合的に判断し、業魔腕を槍状に変化させ、確実にこの手で仕留める。
煙を裂き、地面を穿ちながら、ただ一直線にシグレと迫り、貫いた。
肉の裂ける音、業魔腕より感じる血の感触。だが油断はしない、さらに奥に捻り込んで臓物を撒き散らす。
そのつもりだったはずなのに―――。

「―――!?」

動かない。捨て身で相打ち狙い、とも予測し直ぐ様引き抜き背後に動こうとした途端、迫ったのは――

「おらよっ!!」

頭突き。鈍い音と衝撃が魔王の脳を揺らし、理性が一瞬奪われる。
思考と視界が定まらぬ魔王が見たのは、自分に貫かれた掌に目もくれず、不敵に笑うシグレ。

「……港であいつがやろうとしたことの真似事だ。それも、覚えてねぇよな?」
「こい、つ……!」

カドニクス港でシグレが災禍の顕主一行と交戦した際、ロクロウが取った捨て身の戦法。『片手を犠牲に頸を狙う』という事。
弟の猿真似、と言ってしまえばそれまでだし、あの魔王なら一瞬は騙せてもすぐに建て直されてしまう。
だから、"剣を投げた"。致命的な隙を見せたように騙し、確実なチャンスと誤認させる。

「……だけど、今のあんたには……!」
「剣なんて残ってねぇ、って言いたいんだろ――甘ぇんだよベルベット。」

その上で、ここまで接近させて、わざと片手を貫かせて、対応される前に頭突きを叩き込んだ上で。

「俺にはやっぱ一刀流の方が性に合ってるってことだ。」
「……ッ!!」

風を切り裂く回転音、投擲されたはずのクロガネ征嵐がシグレの元へ戻るように飛んでくる。
既の所で避けた魔王が見るのは、その片手にクロガネ征嵐を手に取ったシグレ・ランゲツの姿。

「――不味……ッ!」
「避ける必要はねぇ…!何処にいても同じだ!」

視界と思考の混濁が収まった魔王が、直ぐ様距離を取ろうと背後に後ずさる。だが、既に何もかも遅い。
掲げるように頭上に振りかぶった大太刀を構え、叫ぶ。



「嵐月流・荒鷲!!!」



叩き落された一撃が、大地を裂き波濤を放ち、魔王の身体を引き裂いた。

◯ ◯ ◯



「……無茶苦茶、ですわ………。」

圧巻、だった。もはや観客に徹するしか無いメアリ・ハントは、二人の戦いを目の当たりにして、ただただ圧倒されていた。
あれが人間の戦いなのだろうか、そんな訳がない。あれは化け物同士の戦いだ。竜虎相搏つとはこの事か、強者が強者を食らう為の本能の闘争。弱肉強食、否、あの場では弱者は肉にすらならず灰へと朽ちる。
自分のような「成り立て」が入り込む余地などありはしない。
自分は、あんな化け物と戦おうとしていたのか。自分は、あんな化け物と一緒にいたのか。

戦場は、既にあの二人だけの世界だった。入り込む余地など無い。そもそも、あの武人がそれを許すはずもない。もしも横槍を入れようものなら諸共殺されても文句は言えない。
あの戦場はもう人間の世界じゃない。魔の者が蔓延り、縦横無尽に暴れ回る魔界だ。人間の入り込む余地など、毛頭ないのだ。

「シグレ、様………。」

だからこそ、見守るしかなかった。可笑しな人としか思えなかったシグレ・ランゲツの背中が、今となっては頼れる背中でしかなかった。
ただ、祈るしかなかった。神に祈る敬虔なシスターの如く、あの益荒男が魔王を打ち倒す事を願うこと、只管に願うしかなかった。





「――――。」

刻まれた傷跡を、見つめていた。
ボロ布を、魔王の肉を切り裂いた傷跡。決して大きくはない、それでも大地に流れた血を、刻まれた傷跡を、黙って見つめていた。不気味なほどに、静かに魔王は見つめていた。

「どうやら、さっきのは流石に効いた見てぇだなぁ。」

口を開いて上機嫌な表情はシグレ・ランゲツ。ようやっと、やっとの一撃だ。
琵琶坂とあかりが連携して攻撃を阻止したのとは違う、魔王への直接の一撃。たかが一撃、されど一撃。
攻撃が効く、ということはつまり勝つことが出来る、ということだ。

「……打ち止めってわけじゃねぇよな、ベルベット! また戦いは始まったばかりだぞ!」

切っ先を魔王に向ける。まだ終わってはいない、俺達の戦いは終わってなどいない。
ここまで昂ぶらせたのだからこんな中途半端で終わってしまっては興が削ぎれてしまう。
もっと楽しんで、楽しんで、戦って、最後には斬って勝つ。単純にして真理、シグレ・ランゲツという男の帰結する論理である。

「それとも、さっさと終わらせて―――あ?」

……赤く、輝いていた。魔王の髪が。それが、怒りによるものか、はたまた別の感情によるものか。
それでも、確かなことは、魔王の髪が深淵の黒から、全てを喰らうブラッドレッドへと変貌している。
燃え上がるような、赫怒赫奕の極みへと到達した、尋常ならざる、何かが。

『そうね、戦いは、まだ始まったばかり』

何かが、違う。シグレ・ランゲツはその身で異常を感じ取っていた。
……認めたくないが、震えていた。シグレ・ランゲツが剣を持つ手が。

『ええ、そうね。はっきり言って、あんたたちの事は舐めていたわ。」

震えている、今まで数多の強敵を相手に心が滾ったシグレ・ランゲツの身体が、まるで氷点下に放り込まれたかのように、寒く凍える感覚に襲われている。
全身が震えている、何かが警鐘を鳴らしている。ここから逃げろと、アレには勝てないと。

『……あたしね、正直まだまだ試したかった事が多いのよ。」

武者震い、というわけではなかった。魔王の言葉一つ一つに、身体が震えていた。
何かが、おかしかった。魔王から感じるモノが、全く別のなにかのように思えた。

「……ハハッ、嘘だろ、オ―――――。」

――シグレ・ランゲツは、生まれて初めて、実感した。
生まれて初めて、勝てないと思いそうな相手が現れるなんて、思いもよらなかった。


『――貴様も、我らが女神の糧となるがいい』


―――瞬間、クロガネ征嵐に赤熱した巨大な槍が激突した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?」

全く、視えなかった。ただ、本能で防ぐのが精一杯だった。
魔王は何をした? 何かを投げた? そう、投げた。赤熱する槍を生成して、投げただけ。
ただそれだけの行為だ。だが、威力も速度も何もかも違った。

シグレ・ランゲツが刹那に全神経を集中し、そしてその直感だけで寸前に迫った魔槍を防いだ。
防いだはずだ、自分が空中に打ち上げられた、という事実を除けば。

『虚獄神器・第三階位(セフィロトレガリア・ビナー)――強制接続(ザフキエル)』

魔王が告げる。虚獄を統べる女神に贄を捧げる魔王として、その技の名を告げる。

「が……あ゛ッッ!?」

告げた瞬間、"まるで最初から攻撃が当たっていた"ように、シグレの身体に穴が開いた。
吐き出された血液が地面に落ちて蒸発する。理解が追いつかない。

『貴様の持ち物であるその剣を貴様自身と同じ認識をさせてもらった。防ぐことは無意味だ。……ただ、宙にいる今の貴様に回避も受け流しもほぼ不可能だろうがな。』

シグレにとっては理解不可能な言葉だったが、魔王がやった事は唯一つ。シグレとその持ち物を同一として扱い、攻撃を当てたことだ。
電子の世界で表すなら、支給品の情報を本体の情報と同期させ、本体に攻撃を当てた事にした、ということになるのだが、はっきり言って生易しいことではない。
攻撃を当てなければならないという条件こそあれど、これを現実に当て嵌めるならば、因果の改変というべき恐るべき権能である。

『虚獄神器・第五階位(セフィロトレガリア・ゲプラー)――夢幻泡影(カマエル)』

再び告げれば、無数の赤いシャボン玉がシグレの周囲に出現。それは全て――魔王の姿へと変化する。

「……ッッ!」

目を見開いて、シグレは現実を悟った。自分の周囲を埋め尽くした無数の魔王ベルセリア。
それが全て、業魔腕より展開される砲口の顎が赤い光条を放とうと口を開けている。






『『『『『『『『『『『『『『『災禍顕現(ディザスティ)・邪竜咆哮(ダインスレイフ)』』』』』』』』』』』』』』』





幾百、幾千とも言うべき血風の光条が放たれ、シグレの全てを貫かんと迫る。
悪足掻きとばかりに空中で剣を振るうも、その光条は本体へ、そして剣を経由してまたしても本体へ。
シグレ・ランゲツという剣豪は、今や唯の的あての的に成り下がっていた。

「―――――――――!!!!!!」

シグレが何を叫んでいるかなど、既に聞こえない。殺意のみが満ちた光の雨音に塗れて届かない。
飲まれていく、何もかもが赤に飲まれていく。悲鳴も叫びも何も遮られ、爆風と光条と点滅の三重奏を響かせて、大剣豪を呑み込んでいく。

『―――これで閉幕だ。存外大したことなかったな。』

魔王が静かに告げれば、魔王の泡影はシャボン玉に戻りて割れる。
煙が晴れれば、剣豪の身体が黒い大地に叩き付けられ、拉げた音のみが甲高く鳴り響く。
勝敗は、目を見るよりも明らかだった。


「………そん、な。」

メアリ・ハントは絶望した。あのシグレ・ランゲツが、魔王と対等に渡り合っていたはずの彼が、魔王の髪の色が変化した途端に、この結果だ。
自分たちと戦っていた彼女は完全に手を抜いていたどころか、真面目に戦ってすらいなかった。
黒く焦げ、赤く染まり、左腕を喪失した剣士は動かない。黒と赤が混じった液体が黒い大地に滲んで消えていく。

絶望しかなかった。絶望しか見えなかった。最初から、希望なんて存在しなかった。
戦うことも、逃げることも選択肢にはなかった。ただ、死ぬという運命を、まざまざと叩き付けられ、蛇に睨まれたカエルの気持ちを理解した。
魔王が此方に意識を向けるのも時間の問題、その時こそ、自分の最後だと―――。
























「……おい、無視してんじゃねぇぞ」

立っていた。片腕も、片目も失って、立っていることすら、剣を持っている事すらやっとの死に体の身体で。―――シグレ・ランゲツは、立って、魔王に剣を向けている。

『死に損ないが。――何故、立つ?』

魔王は無感情に反応する。反応して、それだけだ。
シグレ・ランゲツが生きている事に興味はない。その上で、問う。

『女神の秩序を受け入れず、傲慢にも足掻くその姿は見苦しい。』
「……見苦しいだぁ? 俺みてぇな剣の修羅ってのは……そういう生き者(もん)だ。」

乾いた言葉に、ただ言い返す。
強ければ生きて、弱ければ死ぬ。だが負けるのは悔しい。だから舐められたままでは示しがつかない。
巧言も、綺麗事も、雑言も、彼にとっては何の意味を為さない。真に為すべき事に、その意思以外になにもいらないのだから。

「……剣士ってのはそうやって生きて、そうやって死ぬやつだ。てめぇのような羅刹には分かんねぇだろうな。てめぇの信念だけを貫いて、突っ走って、そっから先は後腐れなく暴れるだけだ。」

その果てに、人智を超えて、精神を凌駕した先に或るものを。
それが人を捨てた夜叉か、それとも人のまま人の心を捨てた理の頂か。それとも、自分すら捨てて誰かの人形と化した誰かのように、か。

「……テメェは強え。だが、テメェは空っぽだ。空っぽのおもちゃ箱だ。……空っぽのテメぇにだけは、負けられねぇ!!!」

心の奥底から、全てを出し切るように、叫んだ。
初めて、こいつには絶対に勝ちたいと、そう思った。
思って、業魔になった弟を思い出した。
挑戦する側の気持ちというのは、こんなものだと、久方ぶりに感じだ。
等に自分もアルトリウスに挑む側の人間だが、初心に戻った、というのがあまりにも懐かしい。
剣を構える。恐らくあと一撃放てるかどうか、その先は恐らく無い。
それでも、やられっぱなしは気に入らない。そしてこの魔王を、空っぽの魔王にだけは負けられない。

『――なら、ここで滓と為れ。シグレ・ランゲツ』

無意識に、シグレに応えるかのように業魔腕より生えるように大太刀を生やす。
黒雷を纏い、心臓のごとく流動・蠢くそれは太刀と言うよりも生き物のそれだ。

『虚獄神器・第九階位(セフィロトレガリア・イェソド)――無明斬滅(ガブリエル)』

魔王の太刀が、高らかに燃える。沸き立つオーラはドラゴンの写身のように思える。
少なくとも観客たるメアリにとってはそう見える。

両者、刀を構える。――――疾く駆ける。

駆ける、駆ける、駆ける。シグレ・ランゲツはこの一瞬に己が全て賭けた。生涯最後の一撃を。障害最高の一撃を放たんと。

二人が駆ける、近づく、近づく、近づく。交差、肉薄―――構えた刀を振り上げて。


「俺の――勝ちだぁっ!!」

『貴様の、負けだぁ!!』













「最終奥義――時雨嵐月ゥゥゥッ!!!!」















『――無明斬滅(ガブリエル)ッ!!!!』















――――そして、刃鳴りて、散る

□□□□□□□□




「………ぁ。」

少女は、観客として見とれていた。
そして、その"最後"を見届けた。




『…………!?」

魔王の太刀は、ひび割れて。



「……ははっ、最っ高だぜ、この剣はよぉ………。」

残った腕は、切り飛ばされた。クロガネ征嵐には、傷一つ無いまま。





「……ムカつくけれど、認めてあげるわ。」

"ベルベット"が、穏やかな声で。両腕のないシグレに、大きく口を開けた業魔腕を向ける。
全ては決した。ベルベットは勝負に勝った。だが、試合には負けた。
屈辱、屈辱だが、それ以上にシグレに対する感嘆の感情が大きかったのだ。

「さようなら。あんたは強かった。」
「……ははっ、そう言ってもらえるなら、剣士冥利に尽き、るぜ………。」

死の牙がシグレに近づく。両腕を失ったシグレにもう戦う力はない。
全てを出し尽くした、全てを賭けて、魔王の太刀に罅を入れた程度。
だが、その程度でも、清々しい気分だった。








(……わりぃな、ロクロウ)

――喰われる最後に思ったのは、結局決着を付けることなく、勝ち逃げ同然に残してしまった、弟のことだった。










死体は残らなかった。彼が生きた証はただ、どこかに飛ばされた片腕とクロガネ征嵐のみ。
消耗した体力もシグレを食べたことで回復するだろう。
そして、後に残った血痕に、魔王は、こう言葉を残す。


『美事だったぞ、シグレ・ランゲツ』


それが魔王が彼に送る、唯一無二の称賛の証だった。

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武士道とは 死ぬことを見つけたり
修羅道とは 倒すことを見つけたり


修羅とは 大地を揺るがし往く者のことなり
■■とは 大地を穿ち捧げ之く者のことなり


聖道の最中 永劫の夢を否定し
目の前の敵 全てを 斬る
剣の道 まさに修羅の道なり


屍を築き 血河を流し
生き延びることこそ無敵なり
勝ち果たすことこそ夢想なり


無情の生涯 語るに及ばず
我道に殉ぜし極みこそ古今無双の死に様なり


いざ尋常に勝負せよ
侍魂 ここにあり


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