バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

英雄の唄 ー 七章 Battle Royale ー

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kyogokurowa

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少しだけ時を巻き戻そう。

破壊神が『王』の影をマロロに、『セルティ』の影を隼人に、そして『マリア』の影を志乃とジオルドに放った時のことだ。

マリアに飛びつかれ、志乃と引きはがされ、ジオルドは地面に押し倒された。

このままではいけない。早く―――をどけて母のもとへいかなければ。
そうして彼女を押しのけようとしたその時。

―――ドクン。

心臓が跳ね、キースの生首と対面した時の映像が脳裏を過る。
もとより、不安定な洗脳ではあった。
罪歌による『愛』と志乃による『あかりちゃん』のせめぎあいにより生じた、主催陣すら予期せぬ呪いの弱体化。

歪みだらけの呪いから生じた隙間は抵抗力となり、ジオルドの脳裏にキースの生首を見た時の光景が鮮明に映し出される。

キースはカタリナの義弟で己の恋路の障害物であり、そんなものよりも『母さん』の命に従う。

違う。キースが死んだと知った時、自分はどう思った?なにを感じた?

余計なことを考えるな。余計なことなんかじゃない。

その葛藤が、罪歌から与えられた愛を歪ませていく。

(そうだ。僕があの時感じたのは。僕が求めていたのはーーー)

そんな隙だらけの彼を見逃す破壊神の影ではない。

マリア・キャンベルの姿を模した影はジオルドの息の根を止めんとその喉に手を伸ばす。


「...ありがとう、マリア」


だが、ジオルドはその手を受け入れなかった。


「きみのお陰で目が覚めた。ねえ、マリア。きみは...きみも、死んでしまったんだろう?キースと同じように、僕の中から...遠ざかってしまったんだね」


震える声で問いかけるジオルドに、マリアは答えない。

マリア・キャンベルに攻撃用の魔法はない。だから、手を振り払われてしまえば彼女になす術はない。

その彼女の姿が、ジオルドには肯定を指しているとしか思えなかった。


「...ッ!」


ジオルドは思わず目元を歪め唇を噛み締める。今にも泣き出しそうなほどに。


わかっていた。わかっていたつもりだった。自分が愛しているのはカタリナ・クラエスだけでなく、その周囲を取り巻く日常そのものでもあったことを。

けれど、こうして目の前に事実を突きつけられると如何に己が思い上がっていたかを思い知らされる。

カタリナとあの日常、どちらが優先か、などと順序づけられるものではない。

全部必要だった。カタリナだけでなく、キースも、マリアも、メアリも、アランも、ニコルも、ソフィアも。彼女を取り巻く全てが、一つも欠けてはならなかったのだ。

永遠に続くものなどないのはわかっている。己の想いが報われるとは限らないことも。それでも、その結末はみんなが納得して迎えられるhappy endだと思っていた。
こんな理不尽な形で奪われていいものじゃなかった。


それでも、いくら嘆いても現実は微塵も容赦などしてくれない。それを取り戻そうとするならば。理不尽に抗い勝ち取ろうというなら。

間違いなく今よりも地獄が待っている。その果てが報われるものではないことも解っている。

それでも。


「僕は君たちを、あの日々を取り戻す。例えそこに僕がいなくても」


『どうせ私とアンタは、同じ穴の狢―――殺し合いに乗ってる時点で同類って訳よ!』


彼女の、ウィキッドの台詞は正しい。これから先、自分は私欲の為に多くの人の願いを踏みにじり、裏切り、傷つける。

カタリナも、彼女の周りも誰も喜ばない愚行だ。

だからこそ。

そんな醜く愚かな自分は、あの日々には必要ない。それを自覚してもなお、彼にはあの日常が愛おしく尊きものだった。


「僕は行くーーー勝って、全てを取り戻すために」

例え夢の果てに己の姿が無くとも構わない。
マリア・キャンベルの影に惑わされることなく、ジオルドはいまの同行者達の元へと足を進める。


破壊神シドーの影を倒す方法は二つある。一つは、影の体力を削り切ること。もう一つはーーー影を恐れず、受け入れて進むこと。

王の影もセルティの影も、敵視や懺悔という畏怖に近しい感情と向き合い続けた為に最後まで残り続けた。

だが、マリアの影は、ジオルドが受け入れ進んだ為に、この場で消滅した。


それはジオルド・スティアートの心が揺るがない証左でもあった。

そして現在まで彼は仮面を被り続けた。自分は罪歌に洗脳された駒であると。

誰も疑わなかった。

ジオルドの素性を知るのが佐々木志乃のみであり、彼女にしても罪歌で聞き出した程度であること。

なにより、神々の戦いの前に彼1人に注意を割く暇などなかった。


ジオルド・スティアートは英傑である。
火の魔力で操る炎や磨かれた剣術。
なんでもソツなくこなす天才肌。
猫かぶりからくる人当たりの良さ。

彼を知る多くの者が彼を強者と、天才だと認めていた。

だが、それは彼の生きる世界での話。

数多の異能や強者を集められたこの世界には当てはまらない。

炎の術に限れば、安倍晴明やヴライ、果てはマロロにも劣り。
剣術としては冨岡義勇ら鬼殺隊やミカヅチ・アンジュら亜人、シグレ・ランゲツとロクロウ・ランゲツのような剣術を生業とする者に及ばず。
人心に付け入り懐に入り込む術や交渉術に関しては琵琶坂永至や夾竹桃ほど口達者でなければ思考の柔軟性もない。
己の目的を叶える為の思い切りの良さも、鬼舞辻無惨や岸谷新羅、水口茉莉絵らのように己が願望を優先できず。

彼の固有する特別な分野に限らずとも。
身体能力と直接的な戦闘経験でいえばゲッターチームに平和島静雄、武偵、元軍人のヴァイオレット・エヴァーガーデンには遠く及ばない。
異能という大まかな分野においても桜川九朗の不死身性や絹旗最愛のような耐久性に優れる訳でもなければ、スタンド使い達やマギルゥの精霊術の応用力には及ばず、殺傷力も麦野沈利やベルベット・クラウ、垣根提督らには大きく劣る。
頭脳面で言っても、彼には岩永琴子やレインのような明晰と謳われるほどのものはない。

この場においてもそうだ。

異能という面ではマロロや咲夜、早苗に大幅に劣り。
肉体面では隼人に弁慶、志乃にすら劣る。

この会場では英傑も空しいお飾りの称号にすぎない。

強さや生存適正でいえば、会場でも、いま傍にいる面子の中でも下から数えた方が早いだろう。

故に。

誰もジオルド・スティアートへと大きな期待も警戒もしなかった。

直接対峙したカナメには『最悪、洗脳が解けても実力で黙らせられる』という評価のもと見逃され。
破壊神とウィツアルネミテアという強大な神の前では『洗脳下にいる元・危険人物』など誰の眼中にもなくなった。


当たり前だ。

神々の戦いの前ではジオルド含め、皆が路傍の石にしかすぎず、それを打ち倒そうとする者たちはみな決死の覚悟と執念で臨んでいる。そんな1人の連携が乱れれば全てが終わる局面で、己の命すら懸かっている極限状態で、さして強くもない洗脳された人間など重要な任におけようものか。

だからジオルドは『洗脳されている』範囲では全力を尽くした。マロロの命令に従ったものの、最後の一抹までは全てを出し切らず、他の面子に比べてもとりわけ余力を残すことが出来た。

彼が1番肝を冷やしたのはビルドの創り出した状態表名簿だ。実際にそこにも『のろい』が既に解けていることも記載されていた。
だが罪歌の洗脳を呪いと認識しているのは志乃だけであり、その志乃も復帰はギリギリの局面であり、誰もジオルドへの指摘などしなかった。

志乃の愛が罪歌を呑み込みつつあったこと。

マリアの影に襲われ呪いを振り払えたこと。

破壊神とウィツアルネミテアという絶対的な脅威が戦っていたこと。

志乃が直前で重傷を負いジオルドへ気を回す余裕が無かったこと。

マロロがジオルドを肉壁にする策を立てなかったこと。

ビルド達が破壊神を討ち倒すその結末まで、一切自我を見せず演技を貫き通したこと。

それら全てが噛み合い、幸運にも彼はここにいる。

ジオルドという立場的弱者だった男は、いま最悪の牙を剥いたのだ。



ビルドの身体から刺剣が抜かれる。前のめりに倒れ掛ける彼と早苗の身体を、ジオルドは優しく手を添え支える。
ビルドを刺した瞬間、ジオルドは己の背中で隠し周囲からの死角にした。
傍から見れば、倒れかけるビルドを支えたようにしか見えない。

そこに、数舜の隙が生じるのを彼は見逃さない。

振り返りざまに炎の魔法を放つ。

その焔の向かう先は―――十六夜咲夜。

「ッ!?」

突然の不意打ちに咲夜の顔は驚愕に染まり、咄嗟に両手を交差させ盾にする。
己の皮膚が焼け焦げた瞬間、困惑から平静を取り戻し。

―――カチリ。

時が止まる。

「まさかこのタイミングで仕掛けてくるとはね...」

咲夜も、別にいまの共闘でここにいるメンバーを殺せなくなったとは思っていない。
しかし、この人数差では例え時間停止を駆使しても乗り切れるとは思えなかったし、己の生命があってこその願いであれば、そんな危険な橋を渡ろうとも思えなかった。
だから仕掛けるにしてもいまではなく、もっと機をうかがうべきだと思っていた。

それがまさか、この場面で、しかも共闘を持ち掛けやすい己に牙を剥けるという愚行を犯すとは思わなかった。

(そのような短慮な男は必要ない)

間一髪で致命的なダメージを防いだ咲夜は、死にかけのみぞれを傍にいる弁慶達に放り投げ、己は跳躍しジオルドの頭上を跳び越えつつナイフを放つ。
彼女自身、疲労で狙いも正確ではなかったが、それでも刺さる場所には投げられた。

時が動き出すと共に、咲夜は着地し、ナイフはジオルドの背中に突き刺さる。

「ッ...!」

痛みと共にジオルドの顔がしかめられる。
よろめきかける身体―――だが、ジオルドはすぐに振り返り、背後にまわっていた咲夜目掛けて毒針を投擲、ナイフの着弾を確認しようとした咲夜の右目に突き刺さる。

ジオルドは状態表名簿から咲夜が時間を止めることを知っていた。
そして、彼女が自分の次に疲労が少ないであろうことも。
だから彼は、真っ先に始末するべきは咲夜であり、攻撃を仕掛けた時点で時間を止めて躱されることも想定済みであった。
そこから先、恐らく時間を止めて正面以外、それも最も安全な背後を取ろうとするであろうことも。

その賭けに勝った結果、ジオルドは咲夜の着地狩りに成功したのだ。

「ぐっ!」

右目に走る激痛に咲夜の顔が歪む。
油断した。
気の緩み、だといえばそれまでかもしれない。
しかしそれ以上に。
咲夜も破壊神からの攻撃と度重なる時間停止の連続でかなりの疲労が溜まっていた。
その疲れからくる判断力の低下で最適な攻撃ルートを選んでしまうのも無理はない話だ。

そこを突かれ、右目を失った。

「この代償は高くつくわよ...!」

怒りと共に、咲夜は己の目に刺さる針に手をかけ

「ガッ!?」

ビキリ、と身体が硬直しのたうち回りそうになるほどの激痛が走る。

どくばりの有する『稀に致死量の毒を流し込む』特性が、運よく発動してしまったのだ。

「こ、んな...ありえ...」

目を見開き、みっともなく涎と涙すら流しながら苦悶の表情のまま沈む。
ピクピクと痙攣し、やがて動かなくなる。

「これで三人目...ですが、大きな壁は越えられた」

あまりにも一瞬の殺人劇に、誰もが思考を止めていた。
なぜジオルドがビルドと早苗を、そして咲夜までもを手にかけたのか。
その答えがわからぬまま困惑に飲み込まれる。

「どうなっている志乃!」

イチ早く我を取り戻した隼人は傍の志乃の胸倉を掴みあげる。
ジオルドを操っているのは志乃だ。ならば彼女がジオルドに命じたのか、という結論を出すのはごく自然なことだ。

「わ...わからない...私はそんな命令なんてしてません!」

志乃もまた戸惑い、ただただ困惑する。
自分はビルド達を殺せとも、傷つけろとも命令を下していない。もちろん、解除だってしていない。
なのになぜ。まさか、洗脳を解いたというのか?いつ、どのタイミングで?

困惑で皆が硬直する中、ジオルドが狙う次の獲物は、弁慶と久美子たちだ。

「てめえ、ジオルド!!」

怒りの形相を浮かべ、弁慶はみぞれを久美子に預け、ジオルドを拳で迎え撃つ。
その拳目掛けてジオルドが繰り出すのは―――木の樽。
隼人達が破壊神を拘束する際に使用したものの残りだ。

弁慶の拳で割れたソレからは大量の油が零れ落ち弁慶の足元に撒かれる。

ジオルドは油に炎の魔法を放ち―――着火。
油を得た炎は瞬く間にその火勢を増し、弁慶とコシュタ・バワーを呑み込む。


「弁慶さ...!」

思わず呼びかける久美子の前に立ちはだかるジオルドは無表情のまま久美子とみぞれへと掌を翳す。
みぞれが庇うように久美子とジオルドの前に身体をのめりだすが、炎の魔法は無慈悲に二人を呑み込んだ。
異臭を放ち、黒焦げになった二人を見下ろすジオルド目掛けて、風を切り弾丸が迫る。
彼らへの追撃を止めるよう、隼人が拳銃を抜きジオルドへと発砲したのだ。

「アリア!奴が来る前に俺のデイバックに入っていろ!力を使い果たしたお前は格好のえものだ!」
「うっ、うん!」

アリアは現状では己が何もできないのを自覚し、指示に従い隼人のデイバックに避難する。

肩を打ち抜かれたジオルドは、弁慶達への追撃を止め、隼人達への攻撃へと切り替える。



迫りくるジオルドを迎え撃つために爪を振るい顔面を切裂こうとする。
が、ジオルドは紙一重で躱し、頬を掠らせるに留め、肩を入れた体当たりで隼人を吹き飛ばす。

「万全なら勝負にもならなかったでしょうが...いまの疲れ切ったきみならばなんら問題はない。それは貴女もですよ『母さん』」

志乃の斬撃を躱し、懐に入り込むと掌で腹部を圧し掌底を捻じ込めば、皮越しに内臓が乱され、この世のものとは思えぬほどの激痛と吐き気に襲われガクリと膝を着く。
その志乃のカバーに入るよう再び銃口を構えるが、既に遅かった。
ジオルドの左手から放たれる炎に、隼人は回避が間に合わず、志乃はほとんど無防備で右手からの炎を受けた。

悲鳴。悲鳴。

炎にまかれ倒れる二人を尻目に、ジオルドは刺剣を引き、クオンへと突き出す。
狙いはその額。
躊躇いなく、その命を狩り取るため。

ズグリ。

肉を抉り。
骨の隙間を縫いその内部を確かに突いた不愉快な感触が手に伝う。

ジオルドの剣は、クオンとの間に割って入ったマロロの胸を貫いていた。

「させぬで、おじゃる...!」

吐血し、修羅の紋様が苦悶に変わろうとも、マロロはジオルドの手を掴み、離さない。

「クオン殿は...彼の、ハク殿の味方でおじゃった...!変わらず想い続けてくれていた...!」

マロロは修羅と化した。
しかしそれは誰もかれもを焼き尽くす無差別な炎ではない。
たとえ修羅と化そうとも、その本質は友を想うが故の憎悪。
いま、ここにいるクオンは共にオシュトルを憎み、ハクを想ってくれる盟友。
友の為に修羅と化したこの男が、目の前で殺されそうになる友を見捨てるはずはなかった。

「マロは...マロは奴とは違うでおじゃる...!!」

「そうか...貴方も、愛する者の為に...」

修羅と化し、なおも友を想い涙を流すマロロにジオルドは呟く。
だが、同情も苦悩もしない。
踏みにじる者たちへの憎悪も、摘んでいく未来の重さも、その全てが重く苦しいものだとしても。
そうしてでも叶えたい願いがあるとわかってしまったから。

ジオルドは刺剣を突き立てた箇所に掌を宛て、炎の魔法を発動しようと魔力を籠める。

「ジオルドオオオオオォォォォォ!!」

だが。それを食い止めたのは、コシュタ・バワーを駆る弁慶だ。
コシュタ・バワーから跳び下りると、ジオルドの顔面目掛けて拳を振り下ろし、その威力で彼をマロロから引き離した。

「てめえ...よくも久美子ちゃんたちをぉ!」
「その火傷でよく動く...」

弁慶の皮膚は焼けただれ、ただでさえ厳つい顔つきは見るも絶えない有様になっていた。
だがそれでもその双眸からは微塵も覇気を衰えさせず、火傷に苦しむ様すら見せないほどの気迫を放っている。


「弁慶、こいつを始末するぞ!」

遠距離だったこともあり、己の身体についた火を早めに消火できた隼人は弁慶に並び立ち、共にジオルドへと対応しようとする。
が、動かない。ガクガクと足が笑い、もはやまともに動くことすらままならないのだ。
そんな隼人の様子を横目で見ると、弁慶はコシュタ・バワーに頷きかける。

すると、コシュタ・バワーは一人でに変形し、隼人・クオン・マロロを影で引っ張り出し、馬車に乗せる。

「なんのつもりだ弁慶!」
「隼人、お前たちは先に病院へ向かってくれ!俺はこいつをブッ倒す!」
「ならば俺も―――」
「今のお前なんざ俺より頼りにならねえよ!自分の状態くらいわかってんだろ!」

隼人の剣幕をかき消すほどの弁慶の怒号に、隼人は思わず言葉を失う。
いまの自分たちは文字通り半死人の集まりだ。
強大すぎる力を使い果たし女。
腹を割かれた身で無茶を繰り返した女。
術すら使えないほどに疲労し胸を刺された男。
そして、暴走させたカタルシス・エフェクトの長時間使用と度重なる戦いの果てに疲労とダメージが溜まり切り、立つことすらままならない自分。

この中の誰もが、もはや戦いをできる状態にない。
全身を焼かれた弁慶の方がマシだというのはこの上なく正しかった。

「それにあいつは...あいつは...!」

言葉を詰まらせる弁慶の背中に、隼人は察する。
あのお人よしが傍にいて。
ここまで御大層に守ってきて、この馬車に久美子たちが乗っていないのは―――そういうことなのだろう。

「あいつは俺が冥土に送らなきゃならねえんだ!!」

背中越しに伝わるその気迫には、もはや如何なる言葉も無意味。

短くも太い付き合いだからこそ、隼人はそう悟った―――悟ってしまった。


「弁慶」

だから一言だけ、戦いに赴く男に捧ぐ。
今生の別れになるかもしれない戦友(とも)に。
ここまで食らいついてきてくれた腐れ縁のバカヤロウに。

「ハジをかくなよ」
「おまえこそ」

ただそれだけで別れの挨拶は成った。
隼人はコシュタ・バワーをビルドたちのもとへと走らせる。


行かせまいとコシュタ・バワーを追おうとするジオルドの右足に異物の混入と共に激痛が走る。
刺されていたのは、罪歌。

「ぶ、てい、けんしょ、う...あきらめ、るな、ぶていは、けっして、あきらめるな...そうだよね、あか、り、ちゃ、ん」

志乃はまだ生きていた。
焼けただれた唇で己を鼓舞し、地へと這いつくばりながらも、それでも罪歌を手放しはしない。
いくら余力を残していたとはいえ、ジオルドとて万全ではない。
度重なる炎の魔法の行使は精度も威力も損なっていた。

先に志乃にトドメを刺そうとするジオルドに、弁慶が殴り掛かりソレを阻止する。

「いかせねえって言ってんだろ...!」
「僕の邪魔はさせない...!」

弁慶もジオルドも志乃も、みんながみんな護るべきものを護るために戦っている。
ならば、もう止める言葉など必要ない。
ただ、眼前の敵を排除するために己の力を振り絞る。

遠ざかっていく蹄の音を背景に、ジオルドがレイピアを突き出す。
弁慶はその突きを両腕を交差させ、その剛腕に突き立てさせる。
ジオルドはレイピアを抜くため引こうとするが―――抜けない。
弁慶はこの状況に陥ってもなお、その筋力は失われてはいなかった。

剣を引き抜くのは不可能。そう悟った時にはもう遅い。
弁慶の坊主頭が眼前にまで迫り、ジオルドの鼻面に直撃する。
メキリ、という嫌な音と共に骨が拉げ鼻血が吹き出る。

意識が飛びかけるその最中、しかしどうにか留まり、残り少ない魔力で炎を放ち、再び弁慶の身体を焼き付ける。
再びの炎撃に、弁慶の身体が悲鳴を上げるが―――しかし、意識を繋ぎ止め、ジオルドの胸倉を掴む。

「へ、へへっ、食らいやがれ」

ジオルドがいくら藻掻こうが、弁慶の力は緩まない。
全身を焼かれた男とは思えないほどの力で身体は持ち上げられ、藻掻く手足は空しく空を切る。
悪あがきの如く、ジオルドの指が弁慶の目を突こうとも、微塵も揺らがない。

そして。

己の身体が空と水平になった瞬間、ジオルドの視界が全てスローモーションになる。
まるで走馬灯のように、意識とは裏腹に身体も、落ちていく景色もひどくゆっくりに見える。

振り下ろされるは、武蔵坊弁慶の十八番。
ただの背負い投げにして、その腕力から放たれるのはまさに必殺の技。

「大雪山―――おろしいいいいィィィィィ!!!」

雄叫びと共に、ジオルドの身体は叩きつけられ、地面には亀裂が走る。
ジオルドの背骨は砕け、胸骨も折れ、痛めた内臓から出された血液が口腔から噴き出す。

同時に。
弁慶の身体も前のめりに倒れ込む。
火傷による熱傷は70%を超えると死亡率は九割を超えるという。
如何に頑丈な弁慶とて、それは例外ではない。

弁慶の火傷は既に身体の9割を超えている。
さしもの彼の頑丈な身体も、それに耐えきることはできなかった。

ほどなくして、志乃も力尽き首を垂れる。
三人の呼吸音すら掠れていき、静寂に包まれる中―――やがて、一人がゆらりと立ち上がる。

「ハァッ、ハァッ」

ジオルド・スティアート。
その肉体はズタボロで、骨は折れ、内臓は傷つき関節は外れ、筋肉は断裂している。
満身創痍。立つだけで精一杯。
もはや戦う力は残っていない。
それでも、彼は勝ち残った。
温存していた力の差はここにきて実を結んだ。
愛する者たちのために屍の道を積む権利を、ようやく手に入れられた。



(追わなければ)

息も絶え絶え、意識も朦朧とする中で、彼が目指す先は遠ざかる馬車。
仕掛けるタイミングは間違っていなかった。
この戦いの立役者は間違いなくビルドだ。
敵も味方もないまぜに団結させ、導いていくという戦に於いて最も恐ろしい力を有している。
現に、あれほど強大な破壊神さえ力を合わせて討ち下したのだ。
もしも体力を回復させ、残る面子を更に団結させ力を増していけば、もはや手を着けられなくなってしまう。
だからここで仕掛けた。
自分が一番体力に余裕があり、他の面々が底まで体力を使い果たしている今が絶好のチャンスであった。
もしもここで逃がせば、神隼人たちは体力を回復させ必ず自分を殺しに来る。
そうなればもう己の願いを叶える手段は無くなったに等しくなる。

(取り戻すんだ。あの日々を、彼らを取り戻す為に―――)

覚束ない足取りで、ジオルドはその足を踏み込む。
例え地獄に落ちようとも、カタリナ・クラエスとその日常を護って見せると。

だが。

忘れることなかれ。

英雄が墜ちる時に這い寄るのが歪んだ人の想いであれば。


「ガッ!?」


英雄(ひかり)を落とした者を殺すのもまた、歪んだ人の想いであることを。

ガツン、とジオルドの頭部に鈍い衝撃が走り、前のめりに倒れ込む。

ガツン。

痛みに苦しむ暇もなく、再び頭部が何かで殴りつけられ、視界に赤くて温かいものが広がっていく。

ガツン、ガツン。

パキリ、となにか壊れてはいけないものが壊れた音がした。それがなんなのかはわからない。わかっていけない、とそんな感じがした。

ガツン、ガツン、ガツン。

与えられ続けた痛みがプツン、と切れ、同時に力という力が流れ出していく。もう駄目なんだと自覚してしまう。

ガツン、ガツン、ガツン、ガツン。

その音と共に揺れる視界に、薄れていく意識に最後に思うのは。


(み、んな、かた、りな)

愛しき日常。
笑顔で笑い合う彼らが。
真赤に染まり、穢されていく光景だった。


ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン
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ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン
ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン、ガツン
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パキリ


『なにがなんでも守り抜け』

その命令は死の目前にまで迫っていたみぞれに、未だ作用していた。
ジオルドの炎に、己諸共久美子が焼かれたその瞬間、みぞれは己の防御を一切捨て、最期の力を使い果たし久美子を全力で冷却した。
全身は無理だったが、それでも生命を維持するのに必要な部分だけは死守してみせた。
そして。ジオルドに追撃されないよう、黒炭と化した己の身体で久美子の焼けていない部分を隠し、ジオルドに『二人とも死んだ』と誤認させる賭けに出た。
結果、隼人の銃撃で其方へ向かわざるを得なかったジオルドは碌な生死確認をする暇もなく、久美子たちから意識を逸らした。
気絶しつつも、まだ息のある久美子にみぞれは微笑みかける。
鎧塚みぞれは賭けに勝った。
逃げずに久美子を護り抜いたのだ。
その結果、味方である弁慶にすら誤認されてしまったのは彼女が知る由もないが。

「――――」

言葉にならない呟きと共に、みぞれの身体が力を失い崩れ落ちる。
気を失い、火傷を負い、それでも生きている少女の呼吸に安心して彼女の瞼は落ちていく。

鳥籠から、リズの手元からさえ離れた青い鳥は、自分に出来る限りの精いっぱいを頑張って、頑張って、頑張って羽ばたいて、いつしか力尽きて落ちてしまった。
結局、彼女が求めるものには届かなかったけれど、それでも満足したように眠りについた。

彼女がそれでよかったのかはわからない。
けれど、結末だけを見れば、彼女はここで眠りについてしまったのは幸運だったといえるのかもしれない。


目を覚ました久美子は、起き上がると、真っ先にジオルドの背中が眼に入った。
傍には同じく火傷のヒドイ弁慶と志乃が転がっていた。
瞬間、自分が殺されそうになったことを思い出し、気が付けば傍にあった瓦礫を握っていた。

倒れる二人を助けようとしたわけじゃない。
ただただ怖かった。
ただただ死にたくなかった。
その必死な生存本能が、ここで彼を殺さなければならないと身体を動かしていた。
だから、彼女はその瓦礫を振り下ろしていた。

何度も。何度も。我武者羅に。一心不乱に。
何も考えず、己に降りかかる赤いものがなんなのかも知ろうともせず。
ジオルドの頭部が原型を留めないほどに拉げ、潰れると、ゴトリ、と凶器の瓦礫が地面に落ちた。

気が付けば。
あたりは真赤とピンクに染まっていた。

狂ったように振り下ろされた瓦礫には、ペンキのようにどす黒い赤がこびりつき、ぶよぶよとした何かや金色の毛髪がこびりついていた。

「え、あれ」

不愉快な感触と鉄臭い臭いがこびりついた頬に触れると、ベタベタとした感触が指を伝った。

「なに、これ」

震える掌を自分の目の前にやると、それはドス黒い真赤に染まっていた。
いや、掌どころではない。全部だ。全部、見るも悍ましい真赤に染まっていた。

「ちが、わたしは、こんなの」

認めたくないと否定しても、潰れたジオルドの頭部が、飛び散った脳漿と頭蓋の破片が。
自分がやったことだと現実を突き付けてくる。

「いや」

がりがりと己の頭を掻きむしる。
違う。違う。違う!!
いくらそう頭で訴えかけても、その心は認めない。
これは私がやった。私が、彼をこんなにして殺したんだと。

「イヤぁぁぁあぁあああぁあぁぁああぁ!!!」

悲痛な叫びをあげ。
恐怖と動揺で混乱し歪んだ形相で、涙も、涎すら垂れ流して。
久美子は己の犯した罪から目を背けるように―――半狂乱になりながら、なにもかもを放り出して逃げ出した。


「おう、まえ...さん...」

その一部始終を見せつけられた弁慶と志乃は、歯を食いしばり涙を流していた。

「ちくしょう...」

護りたいと思っていた。

武偵として/セルティの意思を継いで。

なのに。
なにもできなかった。
止めてやることもできなかった。
一番非力な少女が、ジオルドを破壊するのをただ見ていることしかできなかった。

結果的にジオルドを止められたのだからいいではないか―――そう、割り切れるような感性をしていたら、彼らはこの場に残っていない。

「ちく、しょう...!」

最後の最後まで。
彼らは己の無力さに打ちのめされ、涙し、後悔に心を沈め続け―――ほどなくして、鼓動すら止めた。


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英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー 投下順 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー

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英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー 神隼人 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー ビルド 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー クオン 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー シドー 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー 武蔵坊弁慶 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー 黄前久美子 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー 鎧塚みぞれ 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー ジオルド・スティアート 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
英雄の唄 ー 六章 世界のつづき ー 佐々木志乃 英雄の唄 ー 終章 風のゆくえ ー
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