バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

今、ここにある幸福

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kyogokurowa

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世界は終焉を迎えていた。
どことも知れぬ場所から無限に湧き出てくる異形の物怪ども。
人間が築きあげてきた文明を否定するかの如く破壊されていくコンクリートジャングル。
表も裏も社会の全てが蹂躙されていく。
そんな中で。
『裏』の恩恵を授かってきた彼女ーーーテミスもまた、破滅に貶められようとしていた。


微かな電力を頼りに動く機器に囲まれ。
はぁ、はぁ、と荒い息遣いを止められず。心臓に直接耳を当てたようなほどに響き波打つ鼓動に否が応でも恐怖を刻みつけられ。

数多の男を惑わした色香も、汗と脂で塗り潰され醜悪な臭いを醸し出し。
かつては絢爛豪華に彩ったその衣装も、いまやズタボロの布切れを纏うだけになり。

この世における絶望を纏めて煮詰めたような表情でテミスはガチガチと歯を打ち鳴らし縮こまっていた。

いったいどこで間違えた。
なぜこうなってしまった。

彼女はかつての成り行きを回顧する。

凋落が始まったと実感したのは、そう、狩りゲームの時に、シュカとの賭けに敗北し傘下に加えられてからだ。
それまではDゲームの中では名を馳せ、数多の参加者の命をチップに賭け事を運営し愉しんでいたというのに。
サンセットレーベンズの傘下に加えられてからは賭博は実質的に解体され。シュカにはいいように扱われ。
それでも海賊船ゲームが決まった時には下剋上を仕掛けようとしたのだが、あっさりと看破され実行前に差し押さえられ。命だけは取られなかったものの、組織・トリニティの一切合切の何もかもを奪われてしまった。

あそこで賭けに勝っていればこんなことにはならなかったのか?
いや、あの賭けの結末がどうあれ、どのみち、この化け物たちは世界に干渉してきている。さして差はないだろう。

どのみち、こうなることが決まっていたというのなら、それはもはや運命。一個人がどうにかできる問題でないというなら、諦めるしかないではないか。

「いやよ...認めない、認めないわ...!」

親指をガジガジと齧り、涙と鼻水を垂れ流しながら、必死に現実を拒絶する。

こんな辛いだけの現実なんて嫌だ。
またあの頃のように怖いもの知らずに数多の命を転がしていたい。
たくさんのお金に包まれて優越性に浸りたい。
高みの安全圏から地を這い蠢く蛆虫たちを見下ろして優越感に浸りたい。
絢爛豪華に着飾ってキラキラと輝きたい。

あの頃に戻りたいーーーそうやって過去に逃避している彼女に、現実は無情にも突きつけられる。

「テミスさん!連中が現れました!」

かつて共に組織を成長させてきた、コンドウの張り上げられた叫びに、テミスはびくりと身体を震え上がらせる。

きた。ついに見つかってしまった。

また逃げなければ。どこまでも。どこまでも。何度でも。何度でも。
たとえその果てになにが待っていようとも。

「早くここから脱出をーーー」
「おおっとぉ、そうは問屋が卸さねえ、ってかぁ!?」

シャッ、と音が鳴り、一筋の空気が揺れた。
同時に。
コンドウの上半身がずるりと傾けば、腰から下は直立したままの下半身を残し、血飛沫と臓物を散らしながら溢れ落ちていく。

「ばあっ!超危険生物、グリードちゃんでぇ~す!!」

筋骨隆々な体躯と見るものを威圧するような大きなドレッドヘアーと爬虫類の如く鋭い目が特徴的な男は、おちゃらけたような言葉と表情で舌を出しながら突如姿を現した。

「きゃああああああああ!!!!」

テミスの叫びが木霊する。
目の前で起きた惨劇。
突如現れた男への恐怖。
見知った者の喪失。
己が辿る未来への警鐘。
数多の絶望がないまぜになった彼女はもはや立つことすらままならず、尻餅を着いたまま歩み寄ってくる男を目で追うことしかできなかった。

「ハッハー、俺様ちゃん好みのメスブタがいてくれるなんて嬉しい拾い物じゃねえかぁ!」
「な、なんであなた、生きて...!?」

テミスは知っている。ダーウィンズゲームの賭博を仕切っていた都合上、権利を奪われるまでのゲームのプレイヤーの生死は誰よりも把握している。
特にこの男、エイスの『王』は上位ランカーであり、カナメが台頭するまでは台風の目とあっても過言ではないほどに勢力を拡大し、他のプレイヤーにも多く被害をもたらしていたため、常に注目を集めていた。
だが、彼は死んだ。カナメ率いるサンセットレーベンズとの抗争の果てに、確かに死んだのだ。
その彼が生きている。あまつさえ、こちらに牙を向けているとなれば混乱もひとしおだ。

「んぁ?俺様ちゃん...あーいや、こいつのこと知ってんのか。記憶を見た限りじゃあ会ったことなさそうだが...まあいいか」
「ぇ...え?」

王の要領を得ないひとりごとに困惑の色を浮かべるテミスだが、その答えが返ってくるのは期待していない。
エイスの王といえば、実力と組織力だけでなく、その残虐非道さもひとしお際立っている。
敵と認めた者にはずっと粘着し続け、手足を切断しもがき苦しみのたうつ様を死ぬまで嘲笑う、手に入れた武器の実験台にする、欲望のままに強姦し飽きたら惨殺するなどクソのような噂が絶えない。

つまりだ。この場でコンドウを殺したということは自分もそうなるのは確定的に明らかであり。

「ま、待って!降伏!降伏するわ!!」

もはや彼女にできることは無様に命を乞うことだけだった。

「んん~?いまなんて言ったのかなぁ?俺様ちゃんに?おねーさんが?何をするって?」
「こ、降伏よ!全面降伏!貴女の望むことはなんでもやってあげ...いえ、させてください!!だから命だけは助けてください!!お願いします!!」

かつての彼女を知る者がいれば驚きを隠せないだろう。絵文字にもできそうなほどに穏和な笑顔とは裏腹に、自分以外の全てを見下し利己の極致とも言えるほどにドス黒い腹を抱えた彼女が、プライドが高く自己顕示の塊である彼女が、涙と共に額と膝を地に着け土下座の姿勢で媚びているのだから。

だが彼女にはそうする他無かった。
彼女の異能『歪んだ天秤(アンバランス)』は不安定な状況にある精神にこそ効果を発揮する能力。
いまの揚々と殺しに来ている王には無意味極まりない。
そして、この場を突破出来うる武芸の心得もない彼女には、もはや媚びを売り隷属する以外の手段は持ちえなかった。

だが、そんな己の矜持と尊厳をかなぐり捨てた行為でさえ、目の前の男には通用しない。

「おいおいダメだぜおね~ちゃんよぉ!?あんたのお友達はこんなに頑張っちゃったってのによぉ!?ひ・ど・い・じゃ・な・い・っす・かぁ・う・ら・ぎ・り・も・の・ぉ」


王は、事切れたコンドウの上半身持ち上げ、昔の人形喜劇のように顎をガクガクと揺らしてみせながらテミスを揶揄う。

「そしてぇ。俺様ちゃん達もぉ、そんな簡単に身内をホイホイ裏切るクソ売女(ビッチ)は信用なんてしませぇ~ん♩」

それはまさに処刑宣告。
捕虜や奴隷ですらいられない全ての終わり。
テミスはそれが受け入れられずに、なおも縋りつき命乞いをしようとする。

「い、嫌よ!死にたくない!お願いたすけ」
「くせえんだよメスブタぁ!!」

パァン、と乾いた音が鳴った。
それは王の放った平手打ちだった。

「ひぎっ!?」

その一撃にテミスは吹き飛び、地面を転がり回る。

「いた...うあああぁぁぁ」

テミスは必死に立ち上がろうとするが、圧倒的な恐怖に心が折れているせいか、手足がまともに動かない。

「うぅ...いやぁ...」

そして王は、咽び泣くテミスの頭を踏みつけ、ニマニマと気色の悪い笑みを浮かべながら、手刀を構える。

「っと、いけねえや。この身体の時はつい性格がこいつに引っ張られちまう。別にいたぶるのが任務ってわけじゃねえし、サクッとおねんねさせてやるよおね~さん」

これより振り下ろされる手刀の名は虚空の王。文字通り、空間を断つその一撃は、いかな防御をも許さぬ最強の矛。
身体ではなく精神に干渉する異能しか持たない彼女に対しては過ぎた殺傷力だ。
そう。王は微塵も手心を加えることなく、彼女を殺そうというのだ。

「ここにいるのがモノホンの王さんじゃなくて良かったなぁ。モノホン王さんだったら手足ぶった斬られてオ◯ホにされてるとこだったぜぇ」
「イヤ...」

それを理解しつつも、テミスは受け入れない。いまもなお、数秒後の未来を受け入れられぬと涙と嗚咽を漏らす。

「だれか...助けて...」

救世主などこない。
彼女の支配する組織は吸収されてしまったし、その吸収したサンセットレーベンズにしても、彼女とは関わりが薄く、彼らも彼らで対処に必死な以上はこちらに増援を寄越してくれるはずもない。
そもそも。
海賊船ゲームの時に裏切り、命があるだけマシだと思える領域にまで身を貶めるハメになったのは、彼女の因果悪業の果てである。

「どうか....」

それでも、生きていたいと願う。
もう元の煌びやかな世界に戻れずとも。
生き延びた先が一寸先すら見えぬ漆黒の闇だとしても。
これから待つのが文明崩壊した原始の時代だとしても。
生きたい。死にたくない。

「助けて...」

処刑人の鎌が振り下ろされてもなお、彼女はただ縋り祈る。
一切の穢れなく、純粋に生を願う。

『それが貴女の願いなんだね』

ーーーそんな彼女の願いを、電脳の女神は確かに聞き遂げた。


「ーーーミス。テミス、起きろ」

揺られ、呼びかけられる声にテミスの意識は覚醒していく。

「ん、んん...」

ぼんやりとする目を擦り、視界を明瞭にすると、そこには酒瓶立ち並ぶ棚。
それを見て思い出す。自分が、GMに連絡したあと、設置されたバーにてワインを堪能していたことを。

「...どれくらい寝てたのかしら」

自分を起こしてくれたリックにテミスは問いかける。

「2時間くらいだ。気持ちよく寝ていたし、このままそっとしておいても良かったんだが...」
「いえ。ありがとう。目的はもう終わったようなものとはいえ、せっかくの享楽を寝て過ごすのも勿体無いわ」

テミスのいう享楽。それは即ち、今のポジションのことだ。自分は安全圏に身を置き、絢爛豪華な衣装に身を包み、優雅に参加者の命を弄ぶ。
まさにかつての自分の生業にかなり近しい。絶望の縁に追い込まれた際に願っていた幸福そのものだ。

「見つけてくれたのが貴方で良かったわ。あの二人だと絶対に無視されてたもの」
「...嫌われている自覚はあったのか」
「長年トリニティの長を勤めていたのよ?あんなわかりやすい二人の心中くらい容易く察せるわ」

かつてテミスは、経営手腕や異能による暗躍、持ち前の美貌により多くの人間の根にまで手を回してきた。無論、関わった全員が彼女に靡くわけでもなく、そういった輩の見分け方も心得ている。

「それで?なにか状況に進展は?」
「大きな進展はまだ...けれど、『神隼人』と『桜川九郎』、それに『レイン』と『垣根提督』は首輪について理解を深めているように伺える」

そう報告するリックの面持ちは優れない。当然だ。自分たちの潜んでいる根城と首輪。この二つが自分たちの安寧を保証しているというのに、そのうちの一つが解除されるかもしれないというのだから。

「やはりこちらからも何か手を...」
「大丈夫だと言ってるでしょう?μもあのお方も、如何なる参加者の行動も邪魔することを望んでいない。それに、首輪がいつかは解除されてしまうだろうことも織り込み済みだけれど...果たして、彼らに解を出せるかどうか」

自信満々にワインを呷るテミスにリックは眉を潜める。

「随分と自信ありげじゃないか。首輪の解除コードも音声認識システムなんて簡単なものなのに」
「ああいう如何にも頭脳を売りにしてますって連中は、変に深読みして考えすぎるきらいがあるのよ。
この殺し合いに関するワードか、μや私の思惑に類する言葉か。そんな意義のある理由づけをしてしまう。あまりにもシンプルなタネなんて、切り捨ててしまうものなの。
変に知識や知恵を持っているほど、『解除コードを使う権利が誰にでもある』ことに気が付かない。機械に精通する自分たちでないとわからないとタカを括りやすい。
だから、答えも。鍵も。既に持っていることに気づくことができない」

再びテミスはワインをグラスに注ぎ、口をつける。

「よしんぼ彼らがコードを見つけ首輪を解除しここにやってこようとも、先の戦いでμが手に入れた歌があるし、貴方のその身体なら大した脅威にもならないでしょう」
「それはそうだが...」
「だったら余計な心配をせず、μといられる今を堪能しなさいな。彼女もGMもそれを望んでいるわ」

なおもワインを堪能するテミスに、リックはため息を吐く。

「...あまり呑みすぎるなよ。いざという時に支障が出るかもしれないし」
「...そうね。あの地獄で求に求めていた刻だから、つい手が伸びちゃうのよね」

彼女にしては珍しく眉根を下げて、グラスをカウンターに置く。
リックはそんな彼女を見ながら思う。
彼女がここに連れて来られる前の経緯はなんとなく聞いている。
それには過程はともかく末路は同情するし、至福の時に手を伸ばさずにはいられない渇望にも理解を示している。

だがその一方で思う。

本当に彼女は彼女なのだろうか、と。

μの力はあくまでも電脳世界での干渉に過ぎない。だから、現実に取り残された身体はどうにか維持しないといけないし、その関係もあり、メビウスに招いた者達も未来永劫に浸れるわけではない。
テミスの話を聞く限りでは、どうにもあの状況から彼女の肉体を救出出来たとは思えない。
ならば目の前にいる彼女はなんだ?それとも、本来のμの力を超えた何かが働いて...?

「リック」

己の胸中に浮かび上がる不安を察せられたかのようにかけられる声にハッと顔を上げる。

「あまり考えすぎてはダメよ。いま、私たちはここにいて、μと共に幸せを追い求め続けられる。大切なのはそれだけなのだから」

微笑みを向け、諭すように告げるテミス。
リックは息を飲み、そしてしばらく瞑目すると、静かに頷いた。

「ああ...そうだな。きみの言う通りだ」

そう。何にしてもこれで良いのだ。大切なのはこの幸せな時間なのだから。己の胸を打つこの鼓動こそが、生きているという全てなのだから。

リックは先ほどテミスが飲もうとしていたワイングラスを手に取り、一気に煽る。

「あら?貴方、その身体だと確か飲み物は...」
「必要無いが...構わないだろう?『生きている』んだから」

薄く微笑むリックに、かつて『生』を誰よりも望んだ彼に、テミスは微笑みを返さずにはいられなかった。


ーーーたとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。

(マタイの福音書16章26節より引用)

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