バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

戦刃幻夢 ―Deadlines(前編)―

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kyogokurowa

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「きゃはははははははははははっ!!
ほらほら、もっともっと、踊りなよッ!!」

揺らめく夜天の戦場に、嬌声が木霊し、爆音が奏でられる。
此の地で催されるは、魔女の宴。
宴の主たる魔女は、高坂麗奈の仮面を装い、獲物たる三人の男女を宇宙の塵にせんと、爆撃を見舞っていく。

「……ハァハァ……。クソッ……!!」

そんな魔女の猛撃に対して、カナメは、とにかく全力疾走で駆け回って――。
臨也は、パルクールを駆使して上下左右へと跳び回って――。
ヴァイオレットは、少女兵時代で培った経験値と俊敏性を以って――。
三者三様のやり方で、どうにか躱していくが、皆、回避に手一杯で、反撃の糸口を掴めないでいる。
三人とも、一度はウィキッドとは交戦しているが、過去のそれらとは比べ物にならぬほど、現在のウィキッドは身体能力、反応速度、爆撃の威力が段違いに強化されているのだ。

焦燥に駆られる、カナメ――。
戦局の厳しさを悟る、ヴァイオレット――。
以前のような余裕を面に出さない、臨也――。

ウィキッドは、そんな三人の様子を楽しそうに眺めながら、徐々に爆撃の出力と速度を上げていく。
一思いに殺そうとはせず、ジワジワと嬲るような程度で、カナメ達を追い詰めているのだ。

「おらおら、お前ら、どうしたよ〜?
もうちょっと張り切ってくれないと、こっちも興醒めなんだよねぇ。
特にカナメ君はさぁ〜、私の事を全力で否定するって言ってたよなぁ?」
「……っ!!」

まるで舞を踊るかのように、身体をくるりくるりと回転させて。
魔女は、爆炎を生みながら、カナメに語りかけていく。


「きゃはははははははははっ!! ほらほら、私はここにいるぜぇ?
否定してみろよ、殺してみろよっ!!
アンタだって、私にみっともなく殺された、あのバカ共の仇も取りたいんだろ?」
「……てめぇ……!!」

魔理沙に、Stork―――道半ばで亡くなった仲間達を貶められて、カナメの中で怒りが沸々と煮えたぎる。
だがこれは、カナメを誘うための分かりきった挑発――ここで感情任せに、突貫してしまえば、ウィキッドの思う壺だ。
カナメは必死に堪え、尚も続くウィキッドの爆撃を掻い潜って、どうにか反撃の機会を窺わんとする。

「――あの人、麗奈の姿で暴れて……!!」

そんな魔女による蹂躙劇を、久美子は歯痒い思いで見つめていた。
その瞳に映るは、あまにも醜い親友の姿。

――麗奈の顔で、下品に舌を出して
――麗奈の声で、誰かを罵って、嘲笑って
――麗奈の姿で、他人を甚振って

(ムカつく!!)

自分にとっての特別な存在を辱められている感覚を覚え、久美子は自身が握る車椅子のハンドルに、ギリギリと爪を立てていた。

「久美子さん、お気持ちは察しますが、ここは下がりましょう……。
この位置どりでは、私達も巻き込まれてしまいます」

車椅子に腰掛ける琴子は、久美子を宥めるように声を掛ける。
確かに、ウィキッド達の戦闘が行われているのは、目と鼻の先――。
今は、運良く爆撃の範囲外にいるが、いつ琴子達の下へと流れ弾が飛んでくるとも限らない。

「……だけど……!!」
「ロクロウさんがいない現状、私達は、あの偽麗奈さんと相対する戦力を持ち合わせておりません。
ここで、私達があの場に踏み込んでも、彼らの足手纏いになるだけです」
「……っ」

琴子の言葉に、久美子は苦々しい表情で黙り込む。
悔しいが、確かに琴子の言葉に反論出来なかった。
琴子も自分も、戦う術を持ち合わせておらず、あの超人的な戦闘に介入するのは難しい。
こんな時こそ、ロクロウを使役すべきなのだが、当人は、行方を眩ましている。
肝心な時に役に立たないロクロウに対しても、苛立ちを募らせる久美子であったが――

「――おい」

ドスの効いた声色が耳に入った瞬間、ポトンと、丸い何かが間近に落ちてくると、その思考は中断された。
えっ?と間の抜けた声を発し、久美子が視線を下ろす前に、それが何か察した琴子が慌てた様子で声を張り上げた。

「……っ!? 久美子さ--」

どかん!

琴子の退避指示は間に合わず、それは激しい爆音と共に、二人の眼前で盛大に爆ぜた。

「あが……ッ!?」
「ぐっ……!!」

爆風が、二人のか細い身体に容赦なく迫ると、琴子は車椅子から放り出され、久美子共々、地面に叩きつけられてしまう。

「――あんたらも、パーティに混ざりたいクチだろ?」

倒れ伏せる二人の前に跳んできたのは、今しがたカナメ達と交戦していたウィキッド。
その背後では、度重なる爆撃に圧し負けた、カナメ、ヴァイオレット、臨也の三人がそれぞれ地面に倒れており、土煙が周囲に漂っている。

「だったらさぁ、そのまま地面でも舐めながら待っててよ♪
あいつら、ぶっ殺した後に、たっぷり遊んであげるからさぁ」

グシャリと、地面に転がる車椅子を足で踏み躙りながら、魔女は愉しげに嗤った。

「――このっ……!?」
「あん? 何だよ、お前? なんか文句でもあんのか?」

――ゾワリ

地面に突っ伏せたまま、襲撃者たる魔女を睨みつけた久美子だったが、彼女と目を合わせた途端、背筋に悪寒が走った。

(……な、何、この人……?)

こちらを見下ろしている者は、外見だけにおいては、”いつも”の麗奈を装っている。そこは間違いない。
だが、見慣れた筈のアメジストの瞳の奥では、本来の麗奈が宿すであろう情熱、清廉さなどとはかけ離れていたものが蠢いていた。

「つーか、あんた、このクソ女の友達なんだってなぁ……。
この変身を見抜いたのも、友情パワーってやつ?
――はんっ!! 随分苛つかせてくれるじゃん!!」

底なしの悪意。
眼前の存在を一言で表すのであれば、それが相応しいだろう。

久美子は、その半生において様々な人間を観てきたし、この殺し合いにおいても、王や、シドーといった危険人物との対面を果たしてきた。
だが、眼前の麗奈に化けている者ほど、純然で禍々しい悪意を孕んだ瞳の持ち主を、未だかつて見たことがなかった。

「あっ、そうだ!! 良いこと思いついたわぁ!!」

――一体全体どんな人生を歩めば、こんな瞳を持った人間が出来上がるのだろうか?

慣れ親しんだ面貌に潜む、まるで世界そのものに絶望し、全てを憎悪しているかのような、どす黒い”未知”を感じ取った久美子は、蛇に睨まれた蛙のように硬直したままだ。
無論、麗奈の姿で暴虐の限りを尽くす彼女に対して、怒りの感情も当然あるが、彼女と目を合わせてからは、それ以上に恐怖が勝っている。
そんな久美子に対して、ウィキッドは口角を釣り上げ、嗜虐的な笑みを見せた。

「折角だし、あんたが、友情パワーで私を偽物だと見抜いたようにさ。
あのクソ女にも、アンタのこと見分けることが出来るか、テストしてみるのも良いかもなぁ」
「テ、テスト……?」
「うん、テスト♪ まずは、黄前さんの服を引っ剥がして生まれた状態にしてから、四肢を捥いで、コンパクトにしちゃいます〜」
「……っ!?」

ウィキッドの口から、とんでもない発言が飛び出すと、久美子は顔を真っ青にして戦慄する。
その反応を楽しむかのように、ウィキッドはケタケタと嗤った。

「それで、その後に目玉を抉りとって、髪も頭皮ごと引っこ抜いて、ついでに喉も潰しておいて、あのクソ女の前に放り投げてやるんだよぉ♪
そこに転がってる肉塊は、一体誰なんでしょーってね?」
「……い、いや……」

常軌を逸したアイデアを愉しそうに語るウィキッドは、一歩また一歩と、久美子の元へとにじり寄っていく。
迫る親友の姿を模した“異形”に、久美子は肩を振るわせながら、地を這うように後退する。

「あはははははは、果たして高坂さんは、それがあんただって、見抜けるのかなぁ?
見抜いた後に、あんたを抱きしめて、ワンワン泣いてくれると嬉しいよねぇーっと!!」
「――あがっ…!?」

ウィキッドは、久美子の元に辿り着くと、片腕で乱雑に胸ぐらを掴み上げ、そのまま宙へと持ち上げた。
容赦のない力で身体を締め付けられ、久美子は苦悶の声を上げる。

「く、久美子さん……」

琴子もまた、身体を動かさんとするが、如何せん義足が破壊され、片脚一本の身――彼女もまた芋虫のように地を這うのが限界だ。

「それじゃあ、黄前さん改造計画、始めちゃおうか♪」
「や、やめ――」

ビキビキと青筋を浮かべた魔女のもう片方の腕が差し迫り、伸び切った爪が久美子の身体に突き立てられんとした、その瞬間。

――ダンッ!!

「きゃは♪」

背後より、風を切る音が聞こえたかと思うと、ウィキッドはより一層口角を吊り上げ、振り向きざまに、久美子の身体を宙に放り投げた。

「――ッ!?」

ドレスを揺らしつつ、宙に舞った久美子の目前に迫っていたのは、魔女の暴虐を阻止せんと駆け付けていた、ヴァイオレット。
金色の自動手記人形は、勢い殺さず、咄嗟に振りかぶっていた手斧を引っ込めると、久美子の身体をキャッチする。

「随分と遅いお目覚めじゃねえか、お人形ちゃんよぉ~!!」

戦線に復帰したヴァイオレットに、ウィキッドは間をおかずに、複数の爆弾を投擲する。
ヴァイオレットが、久美子の身体を受け止めたのは狙い通りだ。
両手が塞がり、人間一人を抱えた状態の彼女目掛けて、魔女の放った手榴弾が迫る。

「――わわわわわわっ!?」

刹那、ヴァイオレットはカッと目を見開くと、久美子を抱きかかえたまま、予備動作なしに真横へ跳躍。
直後に爆音が轟き、熱を帯びた暴風が、二人の躰を揺らした。
しかし、ヴァイオレットは少女一人抱えた状態で、姿勢を維持して着地―――爆撃を紙一重で躱してみせる。

「きゃははははははははっ、もっともっと遊ぼうぜっ!!」
「――っ!?」

しかし、魔女の追撃は止まることを知らない。
着地直後のヴァイオレット達目掛けて、続けざまに爆弾を投げつけてくる。
ヴァイオレットは久美子を抱えたまま、なおも前後左右へと跳躍を繰り返して、これを躱していく。

「~~~~~っ!?」

爆撃の嵐の中で、飛び散っていく、焔と土塊。
鼓膜に突き刺さる爆音に、鼻腔を刺激する硝煙。
そして、目まぐるしく切り替わっていく視界の中で、久美子は、声にもならない悲鳴を上げていく。

「……くっ……!!」

流石のヴァイオレットでも、久美子を抱えたままでの爆撃回避には限界がある。
徐々に呼吸が乱れていき、額には汗が滲み始めていく。
対するウィキッドはまだまだ余裕があるようで、二人を執拗に追い詰めていく。
ヴァイオレットの現状は、まさに踊らされて、弄ばれている状態。
このままでは、遠からず魔女の餌食となるのは、火を見るよりも明らかだった。

「ねぇ――」

だがここで、唐突に飛来した銀色が、宙で弧を描く爆弾を撃ち落とすと、事態は一変する。

「あんまり、『人間』に手を出さないでくれるかな、茉莉絵ちゃん?」
「あははっ、私が他人で遊ぶのに、わざわざお前の許可が必要なのかよ、臨也おじさんよぉ!!」

傷だらけの身体を引き摺りつつ、『化け物』に刃を向けたのは、折原臨也。
黒を装う全身は、焦げ跡と裂傷が垣間見え、先の戦闘によって痛めつけられたダメージの深刻さが、容易に窺える。

「うん、そうだよ。 『人間』は俺のものなんだからさ」

しかし、人間を愛する情報屋は、その口元に薄ら笑いを浮かべてみせて、軽口を叩いてみせる。
それに呼応するかのように、魔女も獰猛な笑みを張りつかせた刹那。

「うぜぇ、死ね♪」

どかん!!

まるで、西部劇のガンマンさながら、互いに示し合わせていたかのように、ウィキッドの爆弾と臨也のナイフがほぼ同時に投擲。
飛翔する両雄の得物は、空中で交差し、爆炎を撒き散らした。
間髪おかず、共に地を蹴り上げる、魔女と情報屋。
眼前の忌まわしき存在を抹消すべく、第二撃、第三撃――。
続けざまに爆弾とナイフの投擲を繰り返しては、その度に爆音が奏でられていく。

(――今っ…!!)

「えっ、ちょっ……!?」

ウィキッドの注意は、臨也に向いている。
それを好機と捉えたヴァイオレットは、両腕で抱きかかえている久美子の身体を、脇で抱えて固定。
そのまま、地面を強く蹴り、戦場からの離脱を試みる。

「おいおい、折角盛り上がってきたのに、つれないことすんなよ、人形女ぁっ!!」

臨也と相対しながらも、ウィキッドは片腕を無造作に振り払い、ヴァイオレットの進路へと、爆撃を見舞う。
が、それは折り込み済みで、ヴァイオレットは電光石火の如く、爆撃の嵐の間隙を縫うように、駆け抜けていく。
そのまま、未だ倒れ伏せたままの琴子の元に辿り着くと、もう片方の腕で拾い上げた。

「逃がすわけ――」

これを、追いかけようと、身を翻すウィキッドだが――。

ブチリッ!!

脚の裏側に、鋭い痛みが走ると、前屈みに倒れこんだ。
舌打ちとともに、脚を見やると、そこには複数のナイフが生えている。

「言ったはずだよ、茉莉絵ちゃん。
俺の『人間』に手を出すなって……」

正確無比な臨也の投擲が、ウィキッドの追走を妨げたのである。

「……はぁ、うざぁ……」

如何に鬼になったといえども、基本的な身体の構造は人間と変わらない。
足の腱を切られてしまえば、当然地を踏み抜くこともできず、遠ざかるヴァイオレットの背中を追うことはできない。
しかし、それも束の間――うんざりしたような溜息とともに、突き刺さったナイフを引き抜き、ポイと投げ捨てる。
そして、鬼化の恩恵により、即座に負傷箇所を再生させると――

「そんなに、私と遊びたいなら、とことん痛めつけてやるよ、折原臨也ッ!!」

標的を臨也のみに絞り込んで、再び爆撃の円舞曲を奏で始めた。
臨也はパルクールを駆使して、木の上へと飛翔。
ウィキッドもまた、これを追う。
二つの影は、木々の間を飛び交いながら、爆撃と刺撃の応酬を繰り返していく。

「――お二人は、暫くこちらで身を潜めてください」

ひたすらに疾走していたヴァイオレットは、魔女の踊り場から、ある程度離れた場所に辿り着くと、抱えていた久美子と琴子を下ろした。
背後からは、今尚も爆音が木霊しており、未だウィキッド達による殺し合いが継続していることが窺える。

「……あ、ありがとうございます……えっと――」
「自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンでございます。
久美子様のことは、お嬢様からお伺いしております」
「あぁ、やっぱり!! 麗奈が言っていたヴァイオレットさんっ!! 金髪美人の、お人形さんみたいな人!!」
「……っ!? 久美子様は、お嬢様と再会なされたのですか!?」

蛇足たる一言に触れること無く、麗奈から自分のことを聞き及んでいるという情報に、ヴァイオレットは目を見開いた。

「はい、さっきまで一緒にいました……。
でも今は、向こうで筋肉の凄い仮面と戦っています……」
「お嬢様が、あの方と……?」

唐突に齎された本物麗奈の消息に、ヴァイオレットは、サファイア色の瞳に不安の影を宿す。
今現在の彼女は、戦闘の最中にあるらしい。
そして、久美子が齎した情報から察するに、彼女と相対しているのは、先に自分達を襲撃してきたヴライらしい。
いくら鬼化していたとしても、麗奈は元々戦場とは無縁の世界で生きていた少女――相対するのには、あまりにも手に余る相手である。

どかん!!

「……っ……」

背後から再び轟く爆音の中、ヴァイオレットは眉を顰めた。

今尚も交戦を続ける、臨也とウィキッド――。
錯乱した早苗と、彼女を追ったロクロウ――。
戦闘の最中、離れ離れとなってしまったオシュトル――。
そして、ヴライと相対しているという麗奈――。

此の地で出会った誰もかれもが、窮地に陥っている。
今すぐにでも、全員の元へと、駆けつけて力になりたい――。
皆の"いつか、きっと"を失わせたくない――。

しかし、ヴァイオレットの身は一つしかない以上、今は誰の"いつか、きっと"を優先すべきか、決断が必要だ。

(……私は……)

故に、ヴァイオレットは選択に躊躇する。
人々の”いつか、きっと”は等しく尊いもので、そこに優劣など存在しないと理解しているから。

「コホン、少し宜しいですか、ヴァイオレットさん?」

悩めるヴァイオレットに声を掛けたのは、それまで静観に徹していた琴子であった。
義足を砕かれ、つい今しがたは、代わりの足となる車椅子も粉砕された、「知恵の神」。
しかし、それでも一切の取り乱しを見せない琴子は、ちょこんと地面に座ったまま、ヴァイオレットの心を覗き込むような眼差しで、言葉を紡いでいった。




「この…、この…、この……っ!!」

夜天の森の中、翠色の長髪を乱しながら、滑空する巫女が一人。
焦燥と恐怖によって顔を歪める彼女は、一人の男の周囲を高速で飛び回りながら、光弾を放射。
標的を円の中心に見立て、全方位からの連続攻撃を浴びせる算段であった。

「ここで斃れて下さいよ、ロクロウさん!!
私の……、いえ……皆のために……!!」

全ては、殺し合いに乗った卑劣なオシュトル一味から、自分の身を護るため。
そして、クオンをはじめとした仲間達を護るため。
早苗は、人斬り夜叉への攻撃を緩めることはない。

「悪いが、そいつは出来ねえ相談だな、早苗――」

早苗を猛追していくロクロウは、左右に蛇行して、光弾を回避。
その足を止めることなく、早苗との距離を詰めていくも、早苗は素早く滑空。
ロクロウとの距離を取りつつ、光弾を放つも、尚もロクロウは、これを追う。

「言ったはずだ。俺は、お前から受けた恩に報いる……。
お前の目を醒ませてやるってな!!」

――借りたものは必ず返す。命を使ってでも。

ロクロウ・ランゲツは、人斬りの業魔であるが、決して、外道ではない。
普段は明朗快活な青年ではあるし、周囲に対して、気配りも出来る。
そして、ランゲツ家の家訓の元、義理人情を重んじる節もある。
此方に攻撃を撃ち込んでくる眼前の少女は、己が背にある大太刀を快く譲ってくれた。
そんな彼女が、今は錯乱して、苦しんでいる。
これを見過ごすわけにはいかない。

「そんなこと言って、私達を騙して、最終的には殺すつもりなんですよね!?
私、知っているんですから!!」

金切り声に近い声色で、滑空しながら、光弾を放ち続ける早苗。

早苗からすると、刃を片手に奮起するロクロウの姿は、恐怖の対象でしかない。
早苗を案じる、ロクロウの思惑など知る由もなく、捏造された記憶を“真実”として刷り込められた現状、彼女にとって、ロクロウは狡猾で残忍な人斬り---全ての参加者に害をなす、奸賊である。

―――怖い……。

そんな超危険人物と、一対一で相対するのは恐怖以外の何ものでもない。
更に、早苗を苛むのは、それだけではない。

―――怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。

こうも立て続けに自身の記憶を、周りの参加者によって否定され続けては、言いようのない気持ち悪さと疎外感に、圧し潰されそうになる。

―――だけど、戦わなきゃ……!!

感情が悲鳴を上げて、全てを投げ出したいという衝動に駆られる。
しかし、それでもどうにか持ち堪えると、早苗は浮遊をやめて、着地。
真正面から、ロクロウを迎え撃たんと構える。

「いいや、俺はお前を斬らねえ……。
俺が斬るのは、お前の乱れ惑う心だ!!」

前方から飛んでくる、流れ星を彷彿させる弾幕を躱し、斬りつつ、突貫するロクロウ。
疾風の如き速度で、早苗に肉薄する。

――今っ!!

早苗はカっと目を見開くと、祓い棒を地に向けて、振り払う。
瞬間、地面が盛り上がると、水流が噴出。

「っ!?」

咄嗟に、サイドステップで飛び退き、水流にのみこまれるのを避けたロクロウであったが―――

「そこっ!!」

ビュン!!

退避先の地に足を着かんとする、ゼロコンマ秒程前。
守矢の風祝が放った、音速の突風が、ロクロウに襲い掛かる。

「ぬおっ!?」

如何に五感を研ぎ澄まし、それに見合う身体捌きを誇っていたとしても、空中では躱すためのステップを刻むことも叶わず。
バン!と空気の弾ける音が響くと、人斬り夜叉の身体は、吐血とともに、背面にある枝枝を突き破りながら、弾丸の如き速度で吹き飛んでいく。

「まだだっ…! まだだぜ、早苗っ!!」

しかしながら、ロクロウもやられっぱなしでは終わらない。
空中でくるりと体勢を調整し、吹き飛んだ先にあった木の幹を足場にすると、スプリングの要領で、再び早苗の元へと逆行する。

そして、これも、人斬り業魔の性なのだろう。
先に喰らわされた一撃で、相対する少女が一筋縄ではいかない相手だと改めて悟ったロクロウは、意図せず笑みを零してしまう。

「ひいっ…!?」

凄まじい速度で差し迫るのは、好戦的な表情を張りつけた、人斬り。
早苗はぞっと、寒気を覚えると同時に、再度五芒星の印を切り、光弾を射出---これを迎撃せんとした。

「――七の型!!」

真正面から到来する弾幕に対して、ロクロウは、咄嗟に印を切ると、裂帛の気合いとともに、七連続の神速の突きを放っていく。

七の型・雷迅――。
これは謂わば、刀の刺突による弾幕―――早苗の光弾は、瞬く間に、打ち消されていく。
光弾七発のみならず、更にロクロウの元へと殺到する。
しかし、夜叉の業魔は、印を重ねると、刺突の弾幕にて、その悉くを相殺。
勢いそのまま、早苗の元へと疾走する。

「こ、来ないでっ……!!」

焦燥に駆られつつ、早苗が、祓い棒を地へと払うと、再び大きな水波が生じた。
津波は、鉄砲水の如き勢いで、真正面からロクロウを飲み込まんとする。

「――八の型!!」

特に動じる素振りも見せず、印を切った、ロクロウ。
瞬間、灼熱の柱が、ロクロウの前方に出現。
そのまま前進すると、早苗が創成した水の波と衝突。
凄まじいほどの蒸気が巻き上がり、辺り一面は白に覆われる。

八の型・撤魔――。
地面の霊力を開放して対になる炎の柱をさせる術技は、早苗の引き起こした水波を相殺するに至った。

「くっ…こんな技まで……!?」

ロクロウを、剣術だけに特化した猪武者だと踏んでいた早苗は、彼の霊力を駆使した術技に虚を突かれる形となってしまった。
視界が塞がり、慌てて突風にて、蒸気を吹き飛ばす。
だがしかし、ロクロウの姿は、既に霧晴れした視界にはなかった。

「ど、何処へ……!?」
「こっちだ!!」
「っ!?」

天より降り注ぐ、快活な声。
頭上を見上げると、そこには、自身を目指し降下する、ロクロウの姿。

「しまっ……!?」

咄嗟に印を切り、光弾を放たんとするも、時既に遅く――

「が…はっ…!!」

重力を味方にしたまま、早苗の元へと落下したロクロウ。
勢いそのまま、少女のか細い身柄に圧し掛かり、抑え込まんとする。

「は、放してっ……、放してくださいよっ!!」

手足をばたつかせ、何とかその拘束から逃れようと試みる早苗。
涙を零し、喚きながら、自身の上に伸し掛かった男を振り払うべく、身を捩る。

「だ、誰か……誰か助けてください!!
クオンさん……!! 隼人さん……!!」

神々の決戦を共に生き抜いた仲間達の名を呼び、助けを求める早苗。
しかし、その声に駆けつける者はいない。

「落ち着けよ、早苗」

傍から見れば、暴漢がいかがわしい行為に及ばんとせんとしているようにも映る。
だが、ロクロウには、そんな邪な気は微塵もない。
冷静且つなるべく彼女に負担をかけぬよう配慮しながら、早苗を組み伏せようと力を込めていく。
それに反発するように、早苗の抵抗も激しさを増して、より一層手足をばたつかせる。

その時――。

ヒラリ

「……え?」

激しく揺れる彼女の服の袖口から、何かが落ちた。
それに気取られ、早苗は思わず抵抗の手を止める。
釣られる形で、ロクロウもまた、拘束の手を緩めると、早苗の意識を逸らせた“それ”の正体が気になったのか、目線をそちらに向けた。

「……これは……?」

二人の視線の先にあったのは、一枚の文。
ロクロウが頭に疑問符を浮かべたまま、その文に手を伸ばさんとするも―――。

「だ、駄目!! 触らないでください!!」
「うおっ、早苗!?」

早苗はロクロウの手を払いのけ、その文を手中に収めると、大事そうに胸元に抱き込んだ。

「これは……、この手紙だけは、私から奪わないで……!!」

余程大事な物なのだろう。
ロクロウに組み敷かれながらも、文を守る様に丸くなり、頑なに彼を拒む姿勢を崩さない。

「……これは、私の大切で……紛れもない“本当”だから……」

幻想郷で自分の帰りを待っているであろう、諏訪子と神奈子。
かけがえのない家族への想いを、形として残したくて、認めてもらったのが、この手紙だ。
自身の中の“真実”が何度も覆り、誰を信じて良いのか分からなくなった早苗ではあったが、それでも彼女達への“想い”だけは、不変のものとして揺るがない、心の拠り所だ。
例えこれから、自身の命が奪われるようなことがあったとしても、この“想い”にだけは、誰かに踏み込んでほしくなかった。否定してほしくなかった。奪ってほしくなかった。

「いや別に、俺にそんなつもりはないのだが――」

手紙を庇うように縮こまる早苗に、ロクロウはバツが悪そうな表情を浮かべて、髪をポリポリと掻く。

「うん? 待てよ……。
手紙ってことは、これもしかして、ヴァイオレットから書いてもらったのか?」
「……えっ?……」

ふとヴァイオレットが、自動手記人形サービスなる他人の手紙を代筆する職業に従事していたことを思い出し、ロクロウがそう尋ねると、早苗は目をぱちくりさせる。

「いえ……こんな大事な手紙を、あの人に書いてもらう訳--」
「それじゃあ、自分で書いたのか?」
「いえっ、これは……勧められるまま、代筆してもらって――」

本来であれば、この手紙の代筆は、改竄された記憶の中では、起こりえない出来事。
それでも、その記憶が断片化した状態で、呼び起こされたのは、手紙に込められた“想い”が、早苗の中に強く残っていたからに他ならない。

「えっ、あれ……? 私、誰に書いてもらったんだっけ……?」

朧げながらも、誰かに勧められるまま、代筆を依頼した覚えはある。
しかし、肝心要の誰に依頼したかまでは、判然としない。
早苗は、頭に手をやり、困惑した様子で、必死に記憶を辿る。

――この手紙を書いてくれた人は、私の想いに寄り添ってくれた人……。
――そんな自分に尽くしてくれた人のことを、忘れてたなんて……。
――思い出さなきゃ……。

強い意志と共に、必死に記憶の糸をたぐり寄せる。
とにかく、この手紙を代筆してくれた人物に辿りつくようにと、強く念じて……。

『――早苗様、宜しければお手紙を書いてみませんか?』

やがて、早苗の脳内に、一つの情景が浮かび上がった。

――これだ……。

早苗は更に、その記憶の糸を手繰り寄せていく。

『手紙、ですか……?』
『はい。早苗様の大切な方々への想い―――それを手紙に綴るのです』

それは、記憶の彼方に封された一幕。
この会話を契機に、手紙は認められた。
しかし、自分の対面にいる相手方の姿は靄が掛かったように、ボヤけて分からない。
そして、声色もまるで、変声機を通したように、ぼわんぼわんと歪んで聞こえて、男女の判別もままならない。

『―――お願いしても宜しいですか? ◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️さん』

自分が、相手の名前を呼んだ。
そして、靄がかかった相手は、「畏まりました」と言って、タイプライターを出して、両手の手袋を外した。

――えっ……。

その両手は銀色に光る義手だった。
それを皮切りにして、相手方を覆っていた靄が、手から腕、腕から肩、肩から首へと、全身をなぞるようにして、晴れていく。

――な、何で、あの人が……。

やがて、此方をじっと見据えながら、機械仕掛けの義手を動かしている相手の面貌が、金髪碧眼で人形のような顔立ちをした少女のものであったことに気付くと―――。

ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――

「ぁがっ!?」
「……早苗!?」

ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――

再び、早苗の脳天にノイズと共に、激しい頭痛が到来した。




「ぬぅんっ!!」

咆哮と共に、炎槍を投擲する、ヴライ。
ヤマト最強とうたわれし漢は、その内に宿る火神(ヒムカミ)の猛りを憶えながら、己に向かってくる敵を討滅せんとする。
大地に槍が着弾すれば、轟音とともに業火の柱が立ち並び、闇に埋もれた森が紅蓮に染まっていく。

「はぁあああっ!!」

ヴライへと猛進するあかりは、その手に、魔力の粒子――直後、紅葉色の扇を顕現させると、それを振り払う。
瞬間、翠緑の旋風が吹き荒れると、爆撃と炎獄の嵐を消し飛ばす。
あかりが起こした旋風は、勢いそのまま、木々を薙ぎ倒しつつ、ヴライすらも吹き飛ばさんと、襲い掛かる。

「風神(フムカミ)の加護を、得るか、娘……!!」

その両腕に、特大の火炎を顕現させた、ヴライは、雄叫びと共に放射。
迫りくる暴風を、正面から迎え撃つ。
業火の荒波と翠緑の暴風がせめぎ合い、一瞬、辺りを昼間よりも明るく照らし出した。
さながら神話の光景であったが、それも束の間、互いに霧散する。

「――鷹捲っ!!」

土煙が立ち込める中、あかりは、両腕を突き立てるような姿勢で、ヴライ目掛けて突貫。
言うなれば、それは光の弾丸。
全身をフルスロットルで回転させ、螺旋を帯びつつ、獲物の心の臓を穿たんと差し迫る。

「むうぅんっ!!」

しかし、闘神の双眸は、マッハの速度で肉薄するあかりの姿を捉えており。

ガゴォン!!

超人的な反応速度で、拳を振り上げると、全身全霊の殴打を以って、弾き返す。
ホームランボールの如く跳ね飛ばされてしまった、あかりの小柄な躰は、幾重の空気の層を突き破っていき、遥か上空へと打ち上げられてしまう。

「まだっ!!」

だが、ここであかりは気合と共に、その背に白い翼を顕現。
ブレーキ代わりに羽ばたかせて、空中で踏みとどまると、羽から無数の光弾をヴライへと向けて降り注がせる。

「――羽蟲が……!!」

圧倒的物量によるフェザーショットの雨霰。
さしものヤマト最強の武士も、これを受けきることを嫌うと、地を蹴り上げ、回避行動に入る。
直後、大地は光の弾幕により抉られ、爆撃の嵐に見舞われていく。
ヴライは、その嵐の波濤を掻い潜りつつ、時折両手に炎槍を生み出すと、天を衝く勢いで投擲。反撃を試みる。
しかし、その悉くは、複合異能に目覚めた少女の羽弾によって阻まれる。
尚も、光弾の雨は、ヴライの反撃を飲み込みつつ、彼を追い立てていくが――

轟ッ――!!

ヴライを狙うは、夜天に浮かぶ覚醒者だけはない。

「ぬっ……!?」

真横から、超速で飛来してくる二本の触手を察知したヴライは、業火を帯びた剛腕でこれを薙ぎ払う。
瞬時に、一本は灰燼と帰す。しかし、もう一本は軌道を逸らして、これを回避。

バ ゴ ン !!

凄まじい殴打音が響くと同時に、ヴライの顔面を、衝撃が襲った。

「ぐ、ぬぅう……!!」

その威力に、さしものヴライもぐらつく。
だが、すぐに踏みとどまると、触手の飛来した方向を睨みつける。

「……顔を貫けると思ったけど、やっぱり、そう上手くはいかないか……」

高坂麗奈は、背中に生やした触手を蠢かしながら、落胆したような声を漏らしていた。
『夜の女王』は、あかりがヴライと正面から激突し、その注意を引いている間に、虎視眈々と付け入る隙を伺っていたのである。

「貴方に、恨みはないけど―――」

刹那、麗奈は地を跳ぶ。
久美子の血を吸い、通常の鬼では成し得ない、俊敏さと出力を得た、彼女もまた複合異能の体現者―――過剰強化された脚力を以ってして、瞬く間に、ヴライの真上に飛来。
眼下のヴライが身構えるより先に、勢いそのまま、背中の触手を、鞭のように振るう。

「ここで消えてもらう。私たちの邪魔になるだろうから」

凄絶な速度で繰り出される鞭打の連撃が、ヴライの鍛えぬかれた身体に叩きつけられていき、その都度、乾いた打撃音が奏でられていく。

「戯言をッ……!!」

無論、ヴライもただ攻撃を受けるばかりではない。
咆哮と共に、全身に灼熱を帯びて、己が肉体を傷めつける触手を燃焼。
更に地を踏み抜き、今度は自らが麗奈に接敵。
憤怒の炎を纏った拳で、麗奈を殴殺せんとする。

「――…っ!?」

目を開く麗奈。
咄嗟に身を捻って、炎拳のフルスイングを躱す。
必殺の拳撃が空振るも、ヴライは止まらない。

「塵芥と化せいッ!!」

もう片方の腕を振るうと、火炎を放射。
忽ちに、麗奈の身体は、業火に包まれる。

「ぐぁ……!!」

生まれてはじめて味わう、身体を燃やされる感覚に、さしもの『夜の女王』も、純白のドレスを焦がされながらも、苦悶の声を漏らす。
だが、それでも、歯を食いしばり、その場で踏ん張る。

--ここで、倒れるわけにはいかない…!!

火だるまになりながらも、オッドアイの瞳から、燃え上がる闘志と、不退転の覚悟が消え失せることはない。
全ては、久美子との「誓いのフィナーレ」のため――。
背に蠢く触手を射出し、反撃を試みる。

「ふんっ……!!」

しかし、攻勢に転じたヴライの勢いは、止まることを知らず。
麗奈の決死の抵抗を一笑し、よろめく彼女の身体に、豪炎纏う拳を叩き込む。

「……がはっ……」

今度は、躱しきれない。
炎拳が直撃した麗奈の体躯は、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされる。
間髪入れず、ヴライはその両腕に炎槍を顕現。
ダメ押しとばかりに、地面に転がった麗奈目掛けて、追撃の投擲を繰り出した。
まだ全身火傷のダメージ癒えぬ、麗奈には、ミサイルの如く飛来する炎槍を、咄嗟に避ける術はない。

「――出でよ、土ボコっ!!」

天から声が降りたのは、その時だった。
瞬間、地面が隆起し、城塞のような壁を形成する。
ヴライの投擲した炎槍は、土の壁に着弾。その進行を遮られる。

「小癪な――」

咄嗟に、空を睨み上げたヴライの目に飛び込んできたのは、再び己に降り注がれる無数の光弾の雨。
その先に佇むは、翼をはためかせながら浮遊し、此方に向けて、手を振り下ろしている、あかりの姿。
麗奈の追撃に意識を向けすぎた故に、生じた隙。
その致命的な隙を、あかりは逃さなかったのである。

ダダダダダダダダダダダダッ――!!

ヴライが回避行動を取る間もなく、彼の巨躯は、光弾のシャワーに飲み込まれる。
言うなれば、小型の爆弾が絶え間なく着弾している状況。
ヴライは全身に炎を噴出し、即興の鎧を身に纏い、威力を殺さんとするものの、
着弾の度に、筋骨隆々の肉体が、大きく、激しく揺さぶられ、血飛沫と肉片が、夜の森に舞っていく。

「うぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

自身の肉体が穿たれ、削られる感覚を覚えながらも、ヴライは己が意識をしっかりと繋ぎ止める。
ヤマト最強は、決して倒れない。
否、倒れることは許されていない。
この殺し合いの舞台において、彼の漢をここまで勝ち残らせてきた原動力は、鍛え抜かれた身体と、研ぎ澄まされた武技、仮面(アクルカ)を伴った圧倒的な火力のみあらず。
その身を焦がす執念と、己が魂魄と引き換えにしても勝利をもぎ取ろうとする気概もまた、彼を最強たらしめている所以なのである。

―――力だ……、我に力を……。

爆撃に飲まれながらも、漢は天に片腕を掲げて、力を欲する。
その願いを向けるは、己が顔の半面を覆う仮面―――を通じた先にある『根源』。

そして、『根源』はそれに応える。
ヴライは、内より力が漲る感覚を覚える。

―――そうだ、我に力を……。より多くの力を我に与えよ……。

己が魂魄と引き換えに得た『根源』の力を以って、内に宿る火神の力を奮い立たせ、その手に決着のための炎を顕現。
更に、"窮死覚醒"―――死に瀕することで発現する火事場の馬鹿力を以って、この動きを過剰に加速させ、特大級の業火の塊へと、昇華させていく。

やがて、あかりの放つ光弾の悉くを、火球が吸収できる域にまで達すると―――。

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおッーー!!」

咆哮と共に、業火の塊を、天に向けて解き放った。

「なっ…!?」

自身の放つ光弾を飲み込みつつ、猛スピードで差し迫る、紅蓮の巨大塊に、目を見開くあかり。
その特上のサイズと、圧倒的な速度を前に、回避しきれないと悟った彼女は、自身の前に、光を集約させ、即興の障壁を展開する。

直後。

ど ぅ ぉ ん !!

戦場の夜空に、爆炎が花開いた。
桁違いの衝撃は、あかりが展開していた障壁を粉々に打ち砕き、彼女の華奢な身体は黒煙を上げながら、流星の如く、遥か遠方へと吹き飛ばされていく。

それを見届けるヴライであったが、その身体は、先の光弾の雨霰によって、全身が鮮血で彩られ、満身創痍。
おまけに、仮面の行使の反動が、全身に押し寄せている。
未だ、二本脚で大地に立っている現状は、奇跡的とも言えるだろう。

「――化け物め、よくも……!!」
「ぬぅっ……」

しかし、ヴライに休息の暇は与えられない。
全身火傷から傷を癒した麗奈が、触手を射出。
鈍い殴打音が立て続けに奏られると、ヴライの身体は、蓄積されたダメージも相まって、後方へとぐらつく。
しかし、地をしっかりと踏みしめ、闘志の炎を燃え滾らせると、ヴライもまた麗奈の元へと駆け込む。
満身創痍が故、俊敏さの欠けた突撃ではあるが、尚も、ヴライは拳を振るう。
麗奈は、その接近を嫌い、軽快にステップを刻み、一定の距離を保たんとする。
そして、前後左右へと、触手を巧みに操り、ヴライを翻弄する。
しかし、ヴライの拳が纏う業火は尚、健在。
先の一撃にて、無理やりに限界を越えた出力を引き出した弊害で、その火力に限りが見えるも、麗奈の触手が焼け千切るなど動作もない。
麗奈も、負けじと新たな触手を生やして、ヴライの身体を打ち据えていく。

「ぬぅうっ!!」
「こんのぉおおおおおおお!!」

ヤマト八柱の剛拳と、鬼の触手。
互いの得物が交錯しあい、二人の男女は、死力を尽くしてぶつかり合う。
二人の咆哮と打撃音が、森の中で、木霊する中、やがて、その均衡が崩れる時がきた。

ガゴォッ!! バゴォッ!!

「……ぐぬぅ……」

触手による殴打が炸裂し、ヴライがよろめく。
『夜の女王』の俊敏な機動性が、疲弊した『ヤマトの矛』の出力を凌駕し始めたのだ。

―――死ね……死ねっ……!! 早く死ねっ……!!

呪詛のように、心の内で排他性と害意を呟きながら、眼前の敵を圧していく麗奈。
その様相は、あたかも彼女を人外へと仕立て上げた鬼の首魁を彷彿させていた。

「ぬぅうッ!!」

だが、ヴライとて、このまま沈む漢にあらず。
断末魔のような咆哮と共に、蠢く触手を捉えて、握り締めると、それに連なる麗奈の動きを、封じる。

「……っ!? 放してっ!!」

麗奈も慌てて、他の触手でヴライの顔面を殴打していく。
この殺し合いの場では、かつて平和島静雄に鉄筋を以って、殴られたこともあるが、それに勝らずとも劣らない打撃が連続して、ヴライの脳を揺らしていく。
だが、幾ら脳内で星が点滅しても、ヴライは触手を決して離すことなく、もう片方の掌に、徐々に炎槍を顕現していく。

やがて。

ブチリ―――!!

掴んでいた触手を引っこ抜く勢いで、ヴライが強引に麗奈の身体を引き寄せる。
引きちぎられた触手から、蒼い血が盛大に噴き出し、ヴライの身体に付着する。
しかし、ヴライは、そんなことなど、意にも介さず。
勢いよく迫る麗奈の身体に、炎槍を叩きつける。
ボン!!と、炎槍が弾け、黒煙を纏った麗奈の身体が勢いよく飛んだ。

「ぁがっ!!」

ゼロ距離からの炎槍の一撃は、麗奈の身体を容赦なく焦がし、胸元から下に大穴を穿った。

「がっ……はッ……」

血反吐を吐き、地面をバウンドした麗奈。
常人であれば、即死は必定。
しかし、麗奈は人ならざる者へと堕ちた存在。この損傷では、絶命には至らない。
ヴライも、それを察しており、とどめを刺すために歩を進めていく。
満身創痍が故、その足取りは、通常の彼のものとは程遠く、覇気に欠けたものだったが、それでも、ヴライは、麗奈の息の根を止めるべく、一歩、また一歩と、近づいていく。
徐々に損傷箇所が再生していく麗奈ではあるが、まだ立ち上がるには至らず。
己が元に到達し、自身の頭蓋を粉砕せんと、剛腕を振り下ろす武士の姿を、なす術なく見つめる他なかった―――

「させないかな!」

刹那、一陣の風が森を突き抜けたかと思うと、ヴライの顎に衝撃が走った。

「ガッ……!?」

よろめくヴライ。
一体何が起こったのか――ヴライが、その正体を探らんと視線を正面に向ければ、そこには、自身の顎に蹴りをかましたであろう姿勢の白装束の少女の姿が見えた。

「ぬぅっ!!」

即座に迎撃せんと、拳を振るい上げるヴライ。
しかし、満身創痍であるが故、その動きは鈍く、少女の方が速い。
長髪と獣耳を風になびかせると、ヴライの分厚い胸板目掛けて、掌底を連続して叩き込む。
一歩、二歩、三歩と、ヴライは打撃を浴びるたびに、巨躯を後退させていく。

「てぇああああああああああッ!!」

最後にダメ押しとばかりに、旋風を纏った回転蹴りを、鳩尾に叩きこむと、その衝撃により、地に足をつけたまま、肉体の山が大きく吹き飛んだ。

「貴女は――」
「下がっててと言われたけど、流石に見殺しにすることは出来ないかな」

ヴライから自分を庇うように立つクオンに、麗奈は目を見開く。
クオンは前方のヴライを睨みつけ、拳技の構えを取りつつも、後方の麗奈に語りかける。

「立てるかな、麗奈?
もし、まだ立てるのであれば、力を貸して欲しいかな。
私としては、直ぐにでも確認したいことが山々なんだけど、今は兎にも角にも、この漢を仕留めないといけないから」

ここでクオンは、麗奈と―――その遥か後方で佇むオシュトルの姿を、一瞥する。
成程、クオンは、負傷著しいオシュトルを気遣い下がらせて、自分が前線に復帰したのであると、麗奈は悟った。

「――はい…お願いします……」

ある程度再生が完了した身体を起こすと、麗奈はクオンの隣で前屈みとなって、構えを取る。
麗奈にとっては、クオンが何故自分と面識があるのか疑問は残るが、この助け舟に乗っからない手はなかった。

「……女……また、貴様か……。
オシュトルの供如きが……、どこまでも我の邪魔をしてくれる……!!」

忌々しそうに、二人の少女を睨みつけ、吠えるヴライ。

「それは違うかな、ヴライ――」

クオンはヴライの怒号をものともせず、淡々と言葉を返す。

「私はオシュトルの供なんかじゃない…。
私が共にありたいと思うヒトは、別にいる、かな……」

ポツリと呟きながら、視線を後方のオシュトルに向けるクオン。
彼に注がれるその眼差しは、先刻のトゥスクル皇女としての威厳と覇気に満ちたものとは打って変わり、暖かさと包容さとそして悲哀が入り混じった年相応の娘のものとなっていた。

「貴方には、斃れてもらう……。
私達が、共に歩んでいくために!!」

視線を戻して、その瞳に再び闘気と鋭い意志を宿すと、クオンは力強く踏み込んで、猛然と駆けていく。狙うは、前方に聳えるヤマト八柱の首、ただ一つ。




「はてさて、どうしたものか……」

オシュトルは、眼前で繰り広げられている激突を前に、その足を止めていた。
ともかく助力せねばと、痛む身体を引き摺りながら、近寄ってはみたものの、あかりと麗奈、そしてヴライの攻防は、より一層苛烈なものへと昇華しており、自身が介在する余地は見当たらなかった。

「あれが『覚醒』した力とやらか……。
これ程までとはな……」

天より、光弾の雨を降らせて、ヴライを追い立てていくあかり。
その凄絶な出力に、オシュトルは舌を巻く。
下手に首を突っ込めば、自身も巻き込まれかねず、足手纏いにしかなりえない。
故にオシュトルは動けずにいた。

「――ねえ……」

ガシリ

「っ!?」

逡巡する最中、唐突に背後から肩を掴まれたオシュトル。
ビクリとしつつ、振り返る。

「クオン殿……?」

そこには、瞳を揺らしながらオシュトルの顔を覗き込むクオンの姿があった。

(一体何を……? まさか、この期に及んで、またさっきの続きをおっ始めるつもりか!?)

エンナカムイ城で、奥歯を折られた時の痛みが。この殺し合いの会場で、全身をボコボコにされた痛みが。トラウマとして、オシュトルの脳裏に蘇る。
ヴライという共通の脅威を前に、一時的に共闘関係となっていたものの、クオンは元来オシュトルに対して、恨みを抱いている節があった。
故に、また殴り飛ばされるのではないかと、身を固くする。

「……もっと……良く、顔を見せて……」
「なっ!?」

しかし、オシュトルの予想に反し、クオンはオシュトルの顔に両手を添えると、自分の方へと向けただけ。
そしてそのまま、顔の形を確認するかのように、ペタペタとオシュトルの顔を触り出し、凝視する。

「……やっぱり……。そうだったんだ……」
「……?」

オシュトルの顔から手を離したクオンは、何か得心いったかのように呟き、俯いた。
そして、すぐに顔を上げると、オシュトルへと再度向き直り、震える声で、口を開く。

「……何でかな……。どうして、仮面(アクルカ)なんかを……」
「……? 突然何を申されているか、クオン殿?」
「何故、貴方は、仮面を着けて、『オシュトル』の振りをしてるのかな……?」
「…っ!?」

心臓が跳ねる感覚を覚える。
自身には、偽りの仮面の奥に隠された正体が露見しないよう、ウルゥルとサラァナによる認識阻害の術が施されているはず。
顔の造形や、声色の違いだけでは、違和感を覚える事はないはずだ。
しかし、クオンは先の検分によって、それを看破したように見受けられる。

(凝視された程度では、悟られないはず。
――まさか、この殺し合いでは、術が無効化されていた?
いや、弱められていたのか……?)

オシュトルの中の思考が、ぐるぐると目まぐるしく回転する。
動揺する彼に対し、クオンは尚も畳み掛けるように言葉を続ける。

「答えて……欲しいかな」
「生憎と、クオン殿が何を申されているのか、某には分かりかねる……。
某はヤマト右近衛大将オシュトル。それ以上でも以下でも--」
「嘘っ!!」

クオンの悲痛な叫びが、オシュトルの耳を打つ。

「貴方は、とてもいい加減で……楽天的で……お調子者で……私が側にいないと、すぐにサボろうとする、そんなヒトだった筈……。
そんな貴方が、何で仮面(アクルカ)を着けて、ヤマトの趨勢を左右する、舞台に立ったの……?」
「クオン……」

今にも泣き出しそうに弱々しく、そして悲しい声で、クオンはオシュトルへと尋ねる。
その様相から、彼女の確信は、もはや揺るがないものだと、オシュトルは悟る。

――ならば、どうする?
――ここで全てを打ち明けてしまうか?
――だが、それは自分を信じ、仮面を託した友への裏切りになってしまうのではないか?

そんな葛藤が、オシュトルの頭の中を駆け巡り、答えるべき言葉を見失う。

「お願い……、本当の事を言ってよ、ハ--」

そして、クオンが、かつて彼に与えたその名前を呼ぼうとした矢先。

ど ぅ ぉ ん !!

「っ!?」
「あれは……」

突如、大気を震わす轟音が辺りへと響き渡る。
二人して目を向けた先には、天に拡がっていく大爆炎と、彼方へと吹き飛ばされていくあかりの姿。
そして、視線を下せば、今しがたの大爆撃を引き起こしたであろうヴライが、麗奈と交戦を続けていた。
先の一撃の反動によるものか、ヴライの動きは鈍く、触手による鞭打が幾重にも、彼の身体に叩きこまれている。

側から見れば、今は麗奈が圧しているようにも見える。
しかし、相手はあの不撓不屈の猛将、ヴライ。このまま終わるような漢ではない。
それに、あかりが退場した今、二対一という数的有利は失われてしまっている。
目下最大の脅威を、確実に仕留めるためには、ここは加勢が必要不可欠だろう。

「待って…。私に、行かせて欲しいかな」
「クオン殿?」

いざ参らんと、オシュトルが足に力を込めた刹那。
クオンが、彼の手を掴んで、押し留めた。

「薬師として、傷だらけの貴方を、送り出す訳にはいかない。
私が、麗奈を助けに行くから、貴方は、ここで待っていて欲しいかな。
後でしっかりと手当てするから……」

物悲しげに、オシュトルの身体を見やるクオン。
知らなかったとはいえ、激情に流されるまま、大切な人を己の手で痛めつけてしまったという、悲哀と後悔の色が、その瞳には宿っていた。

「その……、私が戻ってきたら、包み隠さず話してほしいかな……。
貴方と『オシュトル』の間に、何があったのかを……」
「……。」

オシュトルの目を真っ直ぐ見据えて告げるクオンに、彼は何も言うことができず、ただ沈黙する他なかった。

そんな彼らの鼓膜を突き抜けたのは、またしても爆音。
爆音と言っても、先のものと比べると、かなり小さいものだ。
戦場に目を戻すと、今の爆発を契機に、形勢は反転しており、ヴライが麗奈を追い詰めんとしていた。

「……それじゃあ、行ってくるから……」

その戦況変化を見て、クオンは名残惜しそうに、オシュトルとの対話を打ち切ると、戦場へ向けて、駆け出した。

「……オシュトル……、自分はどうすればいい……?」

去り行く彼女の背中を見送りながら、偽りの仮面を装う青年は唇を噛み締める。
自分の正体を察した少女の悲しげな表情が、脳裏に焼き付き、己が使命と決意に大いに揺さぶりを掛けていた。

前話 次話
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