バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

戦刃幻夢 ―Deadlines(後編)―

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kyogokurowa

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「本当に残念だよ、茉莉絵ちゃん」
「あん?」

爆弾とナイフが交錯する度に、森林を揺らす中。
情報屋は宙を飛び交いながら、自身を追尾する『高坂麗奈』を模した魔女へと語りかける。

「茉莉絵ちゃんは、とても人間らしい人間で、俺個人としては、気に入ってたんだよ。
だけど、君は化け物に成り下がってしまった――」

爆音と爆炎の合間を縫って、眉根を寄せるウィキッドへと語り掛けていく臨也。
含み笑いを浮かべながら、不敵にも自身の対峙する相手へと対話するその様相は、池袋で暗躍する、いつもの彼のそれに違いない。
しかし、それは表面上だけの話で、その実、彼の内では違和感と戸惑いに似た感情が渦巻いていた。

「仮に、君が化け物であることを拒んで、元の人間に戻ろうと足掻くものなら、俺はまだ君を人間として愛していただろう。
もしかしたら、君が元に戻るように、手を貸していたかもしれない――」


臨也は人間を愛しているし、人ならざるものが人間を手に賭けようとすることを良しとしない。そこに間違いはない。
但し、彼の愛する人間と、自分の命を天秤にかけた時、折原臨也は、躊躇うことなく、自分の命を選ぶ類の男だ。

臨也は、あくまでも趣味の延長として、人間を愛しているだけであって、博愛主義者という訳ではない。
彼の人間観察の果てに。救われた人間は少なからず存在する。
その中には、彼を讃えるような者もいた。
しかし、彼の本質は、極めて独善的で利己的な外道に過ぎない。
故にいくら愛しているとはいえ、自分の命が危うい場面が到来すれば、他人を切り捨てるも厭わない。より永く生き延びて、より多くの人間を観察し続けるという大義名分を掲げて――。

そんな自身の性分を、臨也は十全に理解していたつもりだった。

「だけど、君は人外の力を受け入れて、人間には成し得ないやり方で、アリアちゃんを殺めてしまった。
その時点で、君は、俺の敵になってしまったんだ――」

故に、臨也は現状に至る過程について、戸惑いを感じていた。
ウィキッドが排除すべき敵であることには違いない。
しかし、鬼と化した彼女の戦闘能力は、臨也の想定を遥かに凌駕しており、まともにぶつかっても無力化することは至極困難であることを、先の戦闘によって痛感させられていた。

にも関わらず、彼女がヴァイオレット達に手を掛けた場面で、彼女を足止めし、ヴァイオレット達の逃走を手助けする行動に出てしまった。
いつもの臨也であれば、頃合いを見計らって「じゃあ、お疲れー」とでも言いながら、逃走を図っていたことだろう。ウィキッドに蹂躙されるヴァイオレット達に見切りをつけて――。

「だから、俺は君を排除するよ、茉莉絵ちゃん」

何故自分らしからぬ、浅はかな行動に出てしまったのか。
その答えは明らかで、眼前で逝った友人の死にあるだろう。
あれを契機として、臨也は完全に調子を狂わされてしまっている。

「他でもない、人間を愛する俺自身の為に、さ」

ナイフを投擲し続けながら、言葉を紡ぐ臨也。
表面上は、ウィキッドに対する、改めての宣戦布告と見て取れる。
しかし、その実、自身の違和感と戸惑いに蓋をして、尤もらしい建前を自身に言い聞かせる意味合いも孕んでいた。

「どうでもいいわ。早く死ねよ、お前」

そんな臨也の理屈と、言葉の裏にある心情など、毛ほども興味の無いウィキッドは、苛立ちを乗せたまま、攻撃を加速させていく。
木々の上を飛び移りながら、無尽蔵に放り投げられていく爆弾。
臨也はこれを撃墜していくが、爆撃の雨は、やがて彼の反応速度を凌駕する勢いで、激しさを増していく。
そして、捌ききれない爆弾から逃れるため、左斜め後方の木に向けて、くるりと身体を捻りつつ、跳躍。
しかし、ウィキッドは、いよいよもって、鬼の脚力にて、全力で臨也を追尾。
猛スピードで肉薄せんとするウィキッドに、臨也は舌打ちとともに、ナイフで迎撃せんとするも――。

「きゃはっ♪ 遅いっつーの!!」

ざしゅっ!!

爪を突き立てたまま、振り下ろされた魔女の右腕。
その一閃が、臨也の顔面を左眼から左頬にかけて、縦に切り裂き、鮮やかな紅が弾け飛んだ。

「……。」

灼熱と共に左の視界が遮断されるも、臨也は苦悶の声一つ漏らさず、ウィキッドの腹部をすれ違い様に切り裂くと、再び後方に宙返りを決めながら、着地。
腹を裂かれても、さして気にする素振りもないウィキッドは、狂気の孕んだ笑みを崩すことなく、臨也に向けて、飛び掛かる。

「きゃはははははっ!!」

風を裂く音とともに、迎撃のため投擲されたナイフが、身体に生えていく。
しかし、一切怯むこともなく、獲物へと猛進するその姿は、肉食獣を彷彿させる。

ざくっ!!

「……っ!!」
「おいおい~、痩せ我慢は良くないよ、臨也おじさん。
痛いなら、痛いって言っていいんだよ? きゃはっ!!」

右肩口を指で貫かれた臨也は、顔を顰めつつ、右斜め40度向かいの木へと、跳び上がる。
しかし、魔女はあっという間に、距離を縮める。
そして、一思いに殺そうとするのではなく、じわじわと嬲るようにして。

ざしゅっ!!
ぐしゃり!!
ざくっ!!

斬って。裂いて。刺して――。

血飛沫と肉を抉る音を、歪なリズムで奏でていく。
折原臨也という人間の全身を、楽器として。

「おらっ、どうしたよ!!
哭けよ、叫べよ!! 許しを乞えよ!!
もっともっと、私を愉しませてくれよ!!」

ごりっ!!
ぐしゃっ!!

嬌声を上げながら、臨也に対して、指の一本、爪一本の刃を交互に振るう。
時には切り刻み、時には肉を抉っていくも、一つ一つの攻撃は手を抜いており、致命傷に至らないものばかりだ。
これは一種の拷問――身体的な痛みを連続させることで、何をしても涼しい顔を装うとする眼前のいけ好かない男の精神を追い詰め、苦悶の表情を引き出したいという、ウィキッドなりの嗜虐的趣向によるものだった。
故に、ウィキッドは臨也の表情をねっとりと観察しながら、痛めつけていく。

「悪いんだけど、人間でもない君を楽しませるつもりはないよ」
「あっ?」

そんな折、臨也はボロボロになりながらも、表情一つ変えることなく、ウィキッドに返答した。

「仮に茉莉絵ちゃんが人間のままだったとしたら、俺は君の喜ぶさまを観察するために、痛がっていたかもしれない。
泣き叫んでいたかもしれない、みっともなく命乞いをしていたかもしれない―――」

ざしゅっ!!
ぐちゃっ!!

茉莉絵に追い立てられ、執拗に身を削られながらも。
沸騰しそうな痛覚を抑え込み、平然を装いながら、情報屋は、脚を動かし続け、宙を舞う。

「だけど、君は人間を辞めた化け物だ。
化け物を喜ばせる趣味は、俺にはないよ」
「ほざいてろよ、変態野郎がぁっ!!」

尚も余裕があるような素振りを崩さない臨也に、苛立ちを隠せなくなったウィキッドは、手榴弾を顕現。
そのまま、むかつく男の顔面を、グチャグチャにしようと投擲する。

ひゅん!!

その動きを予期していた臨也が、跳躍しつつナイフを投擲。
片方の視界を遮られても尚、その精度は健在であり、手榴弾を撃墜。
豪快な爆音と共に、空中で爆炎が弾けると、瞬間的に、魔女の視界が、黒煙に塗り潰された。

「それと、人間を辞めた君に対して、敢えて忠告するけど―――」

瞬間、ウィキッドはその双肩に、ずしりとした重みが加わるのを感じた。
咄嗟に真上を見上げると、そこには血に塗れながらも、憎たらしいことこの上ないドヤ顔を決める、いけ好かない男の姿。

「てめ――」

手を伸ばして、その黒と紅色で彩られたジャケットを掴もうとする。
臨也はというと、ウィキッドの肩を、跳び箱代わりにして、後方へと跳ね上がる。
そして、空中で、木の葉のようにくるりと身を翻すと。

「あまり俺達、『人間』を嘗めない方が良いよ」

冷たい声色の宣告とともに、チラリとウィキッドの後方を一瞥する臨也。
ウィキッドもまた怪訝な表情を浮かべつつ、そちらに視線を移してみると――

「……今度こそ、お前を否定してやるよ、ウィキッド……!!」

重厚な黒の機関銃を携えた、カナメがそこに突っ立っていた。

――そういうことかよ……!!

思わず、歯噛みするウィキッド。
あまりにも臨也がムカつかせてきたため、自ずと魔女の視野は彼のみを捉えており、熱くなりすぎていた。
故に、放置していたもう一人の存在を失念していた。
そして、悟る――臨也がこのカナメの戦線復帰を予期していたとすれば、他ならぬ自分こそが、掌の上で踊らされていた側なのであったと。

その事実に怒りを覚える間もなく。

「うぉおおおおおおおおおおおおッッーーー!!!

咆哮と共に、カナメの握る細長い銃口が火を噴いた。
瞬く間に、ゼロコンマ秒置きに連射される鉛玉が、跳躍中のウィキッドの身体へと殺到。
かつて、植物を操るDゲームプレイヤーの鎧を、学園都市の最新機兵を、ヤマト最強の肉体を穿った銃弾の雨は、それらよりも遥かに華奢で柔らかい少女の身体を、容赦なく貫いていく。

「ぐっ、が―――」

ステップが使えない故、宙での回避は困難。
為す術もなく、蜂の巣にされていくウィキッド。
口内を撃ち抜かれ、声を出すことも叶わず。
顔面を穿たれ、表情を歪めることも叶わず。
身体の至る所に、風穴を開けられては、鮮血と臓腑を撒き散らしながら、地に撃墜される。
それでも内に宿りし殺意は尽きることなく、ズタボロの身体のまま、起き上がらんとするも――。

ダダダダダダダダダダダッ!!

弾幕の圧に押されるがまま、何とも滑稽なダンスを刻みつつ、蹂躙される。
だが、それでも尚、ゾンビのように、カナメ目掛けて歩を進めようとする。

「チィッ!!」

そんなウィキッドに、尚も銃弾を浴びせ続けるカナメは、舌打ちを抑えられずにいた。
一見すると、優勢な立場にはあるのは確かであるが、どれだけ身体を穿っても、彼女が倒れ伏す気配は一向にない―――所謂、不死身のゾンビだ。
鬼の力を得たという話は聞き及んでいた。そして先刻、臨也によって眉間にナイフを突き刺されて尚、平然としているところを見せつけられ、理解はしていた。
しかし、このように直接相対することで、眼前の自分と齢変わらぬ少女が、人外の域の足を踏み入れた者であると、改めて痛感させられていた。

(これだけじゃ、駄目だ……。こいつを仕留めるためには――)

機関銃の掃射音に紛れて、焦燥に満ちた表情で、カナメが思考を巡らせていた最中。

ササッ――

カナメの真横を、黒色の影が通り過ぎた。

「!? 折原!?」

目を見開くカナメを他所に、臨也は、機関銃の射程の外より、ウィキッドに向けて、回り込むように駆けていく。
銀色の凶器を、ウィキッドの首元目掛けて投擲しながら。

(首輪か…なるほどな……)

ウィキッドを人外たらしめた鬼の首魁もまた、彼女と同様に、恐るべき再生能力を有していたと聞き及んでいる。
しかし、そんな不死の怪物も、この殺し合いの枠組みに囚われたままだという。
それは、つまり、参加者の枷たる首輪が、鬼にも等しく効力を有するという証左――爆発すれば、如何なる再生能力を有していたとて、その命は潰えるといえよう。

事実、今現在銃撃に晒されているウィキッドもまた、その自覚はあるようで、穴だらけの身体を懸命に揺らして、機関銃の掃射やナイフの投擲から首輪を護るべく、やり過ごそうとしている。

(なら、俺は――)

カナメは、機関銃を握る腕に、より一層の力を込める。
絶え間ない反動により、腕と肩に強烈な負荷が掛かるが、歯を食い縛り、こらえる。
もう片方の手に更なる多量の弾丸の束を創生しつつ、これを絶え間なく装填。
目標の距離と、武器の特性から鑑みると、カナメが僅か数センチの首輪を直接狙い撃つのは難しい。
であれば、カナメとしてはこのまま、弾丸の雨を浴びせ続けて、魔女の足止めに専念―――目標との距離を縮めつつ、より精密な投擲を行える臨也のサポートに集中するのが得策であろう。

ダダダダダダダダダダダッ!!

変わらず、ウィキッドは弾丸の嵐を浴び続けて、壊れたマリオネットのように、前後左右へと不恰好なテンポで踊り、血液と肉片を散らしている。
その合間も、臨也によるナイフの投擲は続いているが、僅かに身体を反らしたりなどして、生命線たる首輪には至らず。

臨也とウィキッド、両者の距離は、着実に縮まってきている。
そして、いよいよ、カナメが臨也に射撃を及ばぬよう、掃射に配慮した矢先。

「っ!?」

カナメは目撃した。
眼球が飛び出し、鼻も抉れ、歯茎も剥き出しになった、もはや原型を留めていない『高坂麗奈』の面貌--そこから、ペロリとまるで悪戯をする小学生のように、舌なめずりをする、その刹那を。

次の瞬間には、魔女の手に相当していた部位に、バスケットボール程のサイズの物体が顕現。
接近を試みていた臨也は、それを視認し、咄嗟に踏み止まる。
しかし、時既に遅し。その物体は引力に従って、地面と垂直に落下。

ど か ん !!

機関銃の掃射音ですら掻き消すほどの爆音が轟くと、炎と煙が巻き上がり、カナメの眼前からウィキッドと臨也の姿が消えた。

(自爆だと……!? いや、これは……)

土煙の向こう側に、銃口の照準を向けつつも、下手に掃射はできない。
ウィキッドだけならまだしも、味方である臨也の位置取りも分からないからだ。
しかし、攻撃の手を止めたカナメ目掛けて、土煙を突き破る様にして、何かが飛び出してきた。
思わず、引き金を引こうと指に力を込めるが--。

「っ!? 折原っ!?」

それがボールのように投擲された折原臨也の生身であると察すると、引き金から指を外した。
臨也はというと、意識は健在のようで、カナメと激突する寸前に、苦い表情を浮かべたまま、くるりと宙返りすると、後方に向けて、ナイフを投擲。
土煙の向こう側から、続け様に放り投げられてくる爆弾を、狙い撃つ。
ナイフは、見事に爆弾を捉えて、カナメ達に到達する前に爆発。
だが、その爆発の余波で、カナメと臨也は、共に吹き飛ばされてしまい、後方の木々に叩きつけられてしまう。

「いやぁ〜流石の私でも、さっきのはヤバかったわぁ」

先の爆発で生じた煙が晴れると、そこから姿を見せたのは、ウィキッド。
蜂の巣状態だった全身は、すっかり復元されており、乱れた髪を掻きながら、まるで世間話をするかのように、ヘラヘラと笑ってみせる。

あの瞬間、窮地に陥ったウィキッドは、迫りくる臨也を巻き込む程度の自爆を敢行。
無論自身も爆撃に巻き込まれることにはなったが、爆炎でカナメの視界を遮り、機関銃の掃射を停止させることに成功。
爆発の衝撃で地面に倒れ伏せた臨也の首根っこを掴む頃には、既に基本的な運動をこなせる程には、身体は再生していた。
そして、臨也を生きたまま、カナメがいた方向へと、ぶん投げた上、追撃とばかりに手榴弾を投擲―――その結果として、地に膝をつく二人を、勝ち誇った表情で見下ろすまでに至ったのである。

「まぁ、あんたらも、よく頑張った方なんじゃない?
それなりにはさぁ……」

ウィキッドは口角を吊り上げながら、カナメ達の健闘を讃える。
しかし、その声色には嘲りの色が濃く表れていた。

「--まだ、終わっちゃいねえっ!!!」

刹那、カナメはその手に銃を顕現。
咄嗟にウィキッドに銃口を定めて、躊躇なく引き金を引こうとした。
それに呼応するかのように、臨也もまたナイフを投擲しようとする。

「いいや、終わりだっつーの!!」

だが、二人よりも早くウィキッドがポイっと、手心な爆弾を放り投げる。
爆音とともに、二人の身柄は再び跳ね飛ばされ、腐葉土の上を、まるでボールのようにバウンドしていく。
ウィキッドは、爆風に運ばれていく二人を追って、跳躍。
臨也とカナメは、地面を転がった後、どうにか起きあがろうとするも、その目前にウィキッド は飛び降りた。

「……ぐっ、ウィキッド……」
「さぁ、そろそろ、処刑タイムといこうか!!」

もはや趨勢は決したと言っても良いだろう。
ペロリと舌なめずりをしながら、眼前の二人の獲物をどう料理してやろうかと、思考を巡らすウィキッド。
カナメは唇を噛み締め、臨也は不愉快そうに眉を潜ませる。

「まぁ、安心しろよ――」

けたけたと上機嫌に笑いながら、魔女は二人の生殺与奪を己が手中に収めたことに酔いしれる。

「たっぷりと、痛くしてやるからさぁっ!!」

そして、眼前の二人を料理せんと、いよいよ行動を起こしたその時だった。

「――させません!!」
「っ!?」

雷光の如き金色の影が、魔女の視界に飛び込んできたのであった。




EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!!
EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!!
EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!!

その者にとって、現在進行中の事象は、予期せぬものであった。
と同時に、己が存在意義を揺るがす非常事態であると、全細胞が警鐘を鳴らした。

「い”だっ!! あ“だま……、頭がぁあ!!」
「おい、早苗っ!?」

故に、早苗の脳に巣食う蟲は、再び宿主の脳に工作を開始する。
何の因果か、本来消失されて然るべき、真実の記憶に、巡りめぐって到達してしまった宿主――彼女を真実から遠ざけるために、激しいノイズを奏でながら、辿り着いたその領域を完全に塗り潰さんとしていた。


ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――


「い"あ"あ"あ"あああああああああああああああっ!!」
「クソっ、またこれかよ。一体どうなってやがる……」

怒涛の勢いで押し寄せるノイズと頭痛に、早苗は、涙と涎と鼻水で、顔をぐちゃぐちゃにしながら悶え、泣き叫ぶ。
再び到来したその異常な様相に、彼女に馬乗りになっていたロクロウが放れると、彼女は地面の上で転げ回り、頭をガリガリと掻き毟りながら、上擦った叫び声を上げ続ける。
悶え苦しむ彼女を案じて、ロクロウは彼女を介抱せんとするも、少女は無意識のまま、その手を払いのけた。

「嫌ぁっ!! わ”だじの……私の中に触れないでぇ!!」
「っ…! お前……」

ロクロウにとっては、己が差し出した救いの手を、拒絶されたようにも見える。
だが、その実、彼女が拒絶しているのは、ロクロウに対してではなく、激痛と共に脳内を掻き乱されているという、この正体不明の異物感に対してであった。
このままでは、折角思い出すことのできた手紙のことを、また忘れてしまうかもしれない―――本能的に、そのように悟った早苗は、そうはさせまいと、歯を食いしばりながら、強く念じる。
絶対に、この記憶だけは死守する、と――。

家族への想いを綴った、大切な手紙。そして、それを仕上げるに至った過程。
早苗は、激しい頭痛の渦中にあって尚、唯一の心の拠り所に繋がるそれらを、失うまいと、必死にもがき続ける。


EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!!
EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!!
EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!! EMERGENCY!!

少女の奥に蠢くその者にとって、宿主の抵抗もまた、予期せぬものであった。
その者は、己が宿命たるオシュトル抹殺がために、少女の記憶を、幾度も改竄してきた。
ある時は、オシュトル自身の心象を悪くするため――。
ある時は、オシュトルを庇い立てる証言を行う者の心象を悪くするため――。

しかし、その改竄にも綻びがあった。
ひょんなことから掘り起こされてしまった、手紙に纏わる記憶が、まさにそうだ。
この記憶が確立してしまうと、これまでの改竄内容と矛盾が生じてしまう。
故に、その者は、その記憶を抹消せんと奮起をするが、少女の内にある深層心理が、それを許すまいと抗戦する。
余程この手紙に思い入れがあるのか、それとも、宿主たる少女が「奇跡」を司る巫女であるからなのか――真相は定かではない。
何にせよ、該当の記憶を侵さんとすると、すぐに彼女の深層心理が、領域外へと追い返そうとする。

これに負けじと、蟲もまた一斉に攻勢をかけていく。


ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――

「あ”ああああああああああああああっ!!」

脳内に濁流のようになだれ込んでくる、大量のノイズと、尋常じゃないほどの激痛。
その重荷は脳だけでは捌ききれないようで、早苗は、言葉にならない悲鳴を上げながら、ビクンビクンと、陸に打ち上げられた魚のように、のた打ち回る。
常人ならば発狂は必至の状況である。
しかし、激痛の激流の中でも、意識だけは失わないようにと、彼女は必死に耐える。

ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――

耐える。耐える。耐える。
涙に溺れて、喉がはち切れんばかりに喚きつつも、彼女は耐え続ける。
負けるものかと、己が意識に喝を入れて。

ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――

尚も、ノイズと激痛が脳内を掻き乱さんとする。
早苗は、ひたすらに耐える。
石にかじりついても、屈してはならないと、自分自身を鼓舞して。
耐える。耐える。耐える。

耐え続ける。

ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――
ザザザッ――― ザザザッ―――

やがて―――

「……ハァハァ……、ロ、ロクロウさん……?」
「落ち着いたか、早苗?」

永遠とも思えるようなノイズと頭痛の嵐が収束し、ぐちゃぐちゃになっていた視界が晴れると、浮かない顔をして此方を覗き込むロクロウの姿が、早苗の目に映った。
腐葉土の上で、転がり回っていた筈なのに、今は不自然なほど床が柔らかだ。
観察してみると、早苗が寝転んでいた地面には落ち葉が敷き詰められており、簡易的なベッドのようになっていた。
辺りを見渡すと、先程いた場所とは、幾分か離れているようで、人目につきにくい木陰にあった。
恐らく、早苗が苦闘している最中で、ロクロウが運んだのであろう。

「……あ、あの、ロクロウさん……」
「どうした?」

恐る恐る、早苗は、内より込み上げる震えを殺しながら、ロクロウに尋ねる。
まるで、爆発物を取り扱うような、慎重な声音で。

「ロクロウさんは、私を殺さないんですか?」

ロクロウはうんざりした様子で、「あのなぁ…」と、溜め息を吐く。
そして、面倒くさそうに、頭を掻きながら、口を開く。

「さっきも言っただろ。俺はお前を斬らんし、殺さん。
お前が死んじまったら、恩を返せなくなるしな」
「だ、だけど……!! ロクロウさんは殺し合いに乗っていて―――」
「仮に、俺が殺し合いに乗っていたとしたら、お前が頭を抱えて転げ回っていた時に、手を下していただろうよ」
「……。」

あっけらかんと言い放つロクロウに、早苗は二の句が継げず、押し黙る。
ロクロウの言うことは、尤もだと思ったからだ。
今、自身が生存したまま、ここに在る状況そのものが、彼の言っていることの証左にもなり得るだろう。

「それで結局、お前はどうするんだ?
まだ、俺を乗った側として、排除しにくるのか?」

そっちがその気なら、まだまだ付き合うぜと言わんばかりに、ロクロウは早苗を見据える。
早苗は、その眼光にたじろぎ、目を逸らす。
そして、手元で握りしめている手紙に、チラリと目を向けると、無言で逡巡する。

「わ、私は―――」

やがて、意を決し、言葉を紡ぎだそうとしたその瞬間―――。

ゴ ォ オ ン !!

凄まじい爆発音と同時に、彼女たちの視界は、紅蓮の光に包まれた。




「――臨也様、カナメ様……」

夜天の森の中、ヴァイオレットは全力で疾走していた。
彼女が向かう先は、魔女の踊り場。
一度来た道を引き返し、再び同じ戦場に向かわんとしている。

『まず、ヴァイオレットさんは、偽麗奈さんことウィキッドと交戦している、お二人の救出をお願いします』

誰を救いにいくべきか――その選択に悩めるヴァイオレットに、琴子は聞き取った情報を咀嚼して、合理的な解を、彼女に示した。
ともかく今は、仲間を増やすべき――故に、まずは最短距離にいる者達を、救済すべきだと。

『彼女を撃破する必要はありません。とにかく、どうにか振り切って、お二人を引き連れて、此方に戻ってきてください』

過剰強化されているウィキッドの身体能力と執拗さを鑑みれば、無理難題に過ぎる注文だ。
しかし、ヴァイオレットは、引き受けた。
出来る出来ないの話ではなく、絶対にやり遂げてみせるという決意の元に。
そして、臨也やカナメだけではなく、その先にある早苗、オシュトル、麗奈――全ての人の”いつか、きっと”を失わせないという、確固たる意思を以って。

『それと、再合流の暁は、今の合図をお忘れなく』

手段は不明だが、ウィキッドは他者に化けることが可能。
それを鑑みて、琴子の発案により、三人は、再合流に備えて、本人確認のための合図も設けた。
再会できたと思った矢先に、不意打ちを食らう危険性を回避するためだ。

『――それでは、また後程、馳せ参じます。
今しばらくお待ちくださいませ、久美子様、岩永様……』

そうして、ヴァイオレットは彼女達を茂みの中へと匿ったまま、戦場へと急行して、今へと至っている。

ダダダダダダッ!!

戦場からは、絶え間なく、銃声が鳴り響いている。
さしもの彼女も、これだけの運動量を短期間で行っていては、息が上がっていく。
しかし、それでも、自動手記人形はペースを落とすことなく、風と共に駆け抜けていく。

ど か ん!!

鼓膜に突き刺さる銃声が近くなってきた頃に、一際大きな爆発音が木霊した。
それを受けて、ヴァイオレットは、更に足を急がせる。

「まぁ、安心しろよ――」

やがて、木々を抜けた先で、彼女は、その光景を目の当たりにする。
夜空に浮かぶ月を背に、頭部から全身にかけて血に染まり、地面に膝をつく臨也とカナメの姿を。
そして――。

「たっぷりと、痛くしてやるからさぁっ!!」

死刑執行人が如く、その二人に手を掛けんとする『高坂麗奈』の姿を。

「させません!!」

瞬間、ヴァイオレットは地を蹴り上げると、臨也とカナメを庇うように割って入る。
間髪入れずに、ウィキッドの胴元を狙い、斧による斬撃を見舞う。
ウィキッドは一瞬だけ面食らった様子を見せるも、即座に口角を吊り上げつつ、上体を反らして、斬撃を躱す。
そのまま、臨也のパルクールさながらに、バク転で後方に距離をとりながら、爆弾を投擲する。

「……!!」

ヴァイオレットも、即座に反応。
まずは、真横にいたカナメを回し蹴りで、吹き飛ばす。
カナメが苦悶の声を上げ、地面を転がっていく中、臨也が着ているフード部分を引っ張り上げると、そのまま後方へと跳躍。
瞬間、手榴弾は爆発。
その爆撃で、地面に数メートルほどの穴が穿たれるも、蹴り飛ばされたカナメには爆撃は及ばず。自身と臨也も、爆炎の圏外へと退避していたため、事なきをえる。
これら一連の攻防に要した時間は、数秒にも満たなかった。

「悪りい……助かったぜ、ヴァイオレット……」

カナメは、ふらつきながらもどうにか立ち上がり、拳銃を握りしめる。
その銃口をウィキッドに向けて、臨戦態勢をとる。
度重なる戦闘で身体はボロボロながらも、その闘志は死んでいない。

「……やれやれ……、俺としては、ヴァイオレットちゃんは、彼女達とそのまま逃げ延びる想定だったんだけど……。どうして、戻ってきたんだい?……」

臨也の状態は、カナメ以上に悲惨なものであった。
敢えて爆撃を使わず、爪や貫手を利用した、魔女の執拗な攻撃は、情報屋の全身に、無数の刺傷と裂傷を刻んでいた。
それらの傷口からは血が溢れて、黒の装束を紅色に染め上げている。
整った面貌の左半分は、切り傷で血に塗れ、左眼は完全に開けなくなり、機能しなくなっている。

「私は、ただ誰にも死んで欲しくない…。それ以上の理由はございません」
「ははははっ……、ヴァイオレットちゃんは、実に一貫しているね。
過去の体験を糧にして、自分の信念を、自分の行動指針に反映させている――そんなヴァイオレットちゃんの実直さも、人間らしくて良いよね……」

くつくつと愉快そうに笑いながらも、全身に力を込めて立ち上がる臨也。
満身創痍であるのは一目瞭然であったが、それでも、魔女に向けて銀色の刃を向けて、抗戦の意思を露わにする。

「口を開けば、気持ち悪いことをペラペラと……。
強がってんのが丸分かり。痛いぞ、おっさん」

散々痛めつけてやったのに、未だにさも余裕があるかのように振る舞う臨也。
いつも通りの、平常運転ともいえる、その不遜な態度に、不快感をあらわにしつつ、ウィキッドは、ヴァイオレットの方へと向き直る。

「おい、ポンコツ人形。アンタのお涙頂戴の御託はどうでもいいんだけどさぁ……。
あのクソ女のダチの――久美子達は、どこにいんの?」
「貴方に、答える必要はございません」
「あっそ、やっぱそう言うわな」

予想通りの回答に、ウィキッドは肩をすくめて嘆息したかと思うと。

「……それじゃあさ――」

刃物のような眼光を、ギロリと光らせて、瞬発的にヴァイオレットへと肉薄。
その頭蓋を串刺しにせんと、貫手を繰り出した。

「とっととアンタら殺して、あいつら回収しにいくとするわぁ!!」

本音としては、この癇に障る三人を、もっともっと痛めつけて、精神的にもグチャグチャにして、減らず口を叩けなくしてやりたい。
しかし、そんな悠長なことを言っていられない。
カナメも臨也も、再三痛めつけてやったが、他にも無惨や麗奈といった殺したい連中は存在する。
特に麗奈に関していうと、あの女を絶望に陥れるための、格好の材料が転がっている。
その材料たる久美子の回収や、その後の麗奈達と相対することを考えると、これ以上ここで時間を浪費するのは得策ではなかった。

「……っ!!」

ヴァイオレットは、反射的に斧を滑らすように振るい、ウィキッドの貫手を弾く。
それに続くかのように臨也は、ポケットに手を忍ばせ、得物を取り出し、カナメは、手に握る銃の引き金に、指をかける。

―――精々無様に踊って、殺されろ。

魔女は、三人に、呪いにも似た感情を込めた笑みを向けながら、空中で身を翻す。
そして、もう片方の手で、手刀を作り出すと、ヴァイオレットの脳天を割らんと、振り下ろす。

ゴ ォ オ ン !!

刹那、けたたましい自らが生み出す爆音とは比較にならない轟音が、鼓膜を揺さぶったかと思うと―――。

バリバリバリッ……

「あぁんっ!?」

まるで大津波のように、木々を薙ぎ倒しながら、凄まじい勢いで押し寄せてくる、紅色の炎の波を目にした。

「――はぁ…!?」

それは、一言で形容するのであれば、終末の炎。
ヴァイオレット達もまた、眼前に迫りくる爆炎風に瞠目する。
回避しようにも、圧倒的な質量を誇るため、かいくぐることは難しく、何よりも速すぎる――。

魔女の踊り場は、一瞬にして紅色の波によって、呑み込まれてしまうのであった。




「麗奈、合わせて!!」
「はいっ…!!」

クオンと麗奈は、声を掛け合いながら、ヤマト最強を相手に、奮戦していた。

まずは前衛としてクオンが突貫。持ち前の俊敏さを活かして、ヴライの繰り出す、火炎を帯びた剛腕を掻い潜ると、覇気を伴った拳を一撃、二撃と叩き込む。更に三撃目として、回転蹴りを見舞わんとしたところに、ヴライが反撃としてその拳を振るわんとすると、側面から麗奈が触手を射出。
そのまま、側頭部を殴打すると、ヴライはぐらつきながら、拳の向け先を触手に変更。薙ぎ払うかのようにして、腕を振るって、触手を焼け切る。
しかし、その間にクオンの回転蹴りが、ヴライに炸裂。
ヴライは呻き声を上げながら、後方へと蹌踉めく。
そこに、麗奈の触手が追い打ちをかけて、筋骨隆々の肉体を痛めつけていく。

共通の脅威への対処のために、即席で結成された共闘関係---麗奈に至っては、クオンの素性をほとんど知らない。
にも関わらず、二人は、息の合った連携で、ヴライを翻弄していた。

「ぬぅっ……!!」

対するヴライは、精彩さを欠いていた。
それも無理はない。連戦に次ぐ連戦による、満身創痍となった肉体。
そして、"窮死覚醒"による、己が気力と火神(ヒムカミ)の力の酷使---活火山を彷彿させる絶対的な火力も、研ぎ澄まされた武技を繰り出す刃の如き機敏さも、今の彼は発揮する事叶わず。
一撃必倒の拳を振るえば空振り、火炎を噴けば触手を焼き切るに止まり、二人の少女が織り成す、拳撃と脚撃と鞭撃の嵐を浴びるがままとなっている。

「図に乗るなよっ、女共!!」

追い詰められた武士は、吼えた。
裂帛の気迫と共に地面を踏み抜くと、豪炎が走り、大地は陥没。その楕円の外周からヴライを守護するかのように、先端の尖った、槍のような岩が次々と隆起。

「くっ……」

至近距離で、奮戦していたクオン。
突如足元より、浮上した凶器に、咄嗟に身体を捻る。皇女の白装束を掠めるも串刺しを回避し、事なきを得る。
しかし、ヴライを付け狙っていた麗奈の触手には、岩槍の間に絡められ、その動きを殺される。

「我はヴライ……。ヤマト八柱、剛腕のヴライぞっ!!」

自ら築き上げた岩槍の群体を踏み越えて、ヴライは、体勢を崩したクオンに肉薄。
その頭蓋目掛けて、渾身の拳を突き立てんとする。

ぼ ん !!

異変が生じたのは、その直後であった。
手榴弾のような甲高い爆音とともに、ヴライの顔の左半面が爆ぜた。
爆炎と共に、炸裂する血肉。

「--貴方が、どこの誰だか知ったこっちゃない。
そんなこと、どうだっていい!!」

己が肉体に生じる異常事態に、目を見開くヴライ。
その真紅の視線の先に現れた麗奈は、その背に触手を蠢かせながら、叫ぶ。

「貴方に、お願いしたいのはたった一つだけ……さっさと死んで!!
私達が全てを取り戻すために、死んでいなくなってよ!!」

ぼ ん !!
ぼ ん !!
ぼ ん !!

麗奈のオッドアイが妖しく煌めくと、ヴライの首から胴にかけて、正体不明の爆撃が続々と炸裂していく。

「ぬぐうおぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

断末魔の咆哮を上げるヴライ。
当人は知る由もないが、彼を襲う爆薬の正体は、全身に浴びていた、麗奈の蒼の返り血。
ビエンフーを葬った時のように、体内に注入し内より起爆することは叶わなかったが、それでも、彼女は、自然な流れの中で、ターゲットの表面に起爆剤たる血を塗りたてることに成功--その後、一連の攻防の中で、発火のタイミングを伺っていたのである。

やがて、蒼の爆撃が収まる頃合いには、ヴライの全身は血肉が弾け、黒の焦げ目が点在する、見るも悲惨なものへと変貌していた。
それでも尚、気概を以って不倒を貫くのは、流石はヤマト最強といえるだろう。

「助かったかな、麗奈!!」

そんなヴライに追い打ちをかけるのはクオン。
爆撃の嵐の後に、間髪入れず跳び上がると、死体も同然の漢の身体に拳を、蹴りを、膝を叩き込んでいく。
そこに更に、麗奈も触手を以って、畳み掛けていく。
殴打音が奏でられる都度、ヴライの巨躯は激しく揺れていく。もはや、めった打ちといっても過言ではない。

「おおおおおおおおおお--っ!!」

声にもならない苦悶を吐き続けるヴライ。
己が殴られ、痛覚が刺激される都度、意識が遠のいていく。
いよいよもって、己が命の灯火が終焉に向かっていると悟りながら、ヴライは認めることになる――

「ッ!!」

しかし、ヴライの双眸は捉えてしまった。
暗闇に染まりつつある、己が視界の中。
二人の女が、自身に怒涛の攻勢を仕掛けるそのずっと奥、その先に。
自身と同じく、ヤマトの守護者たる象徴の仮面(アクルカ)を装い、こちらの様子を覗き込む、己が宿敵の姿を。

「--オシュトル……」

かつて二度も自身に土をつけ、帝からも、その強さと将器を讃えられた、ヤマトの英傑。
偉大なる先帝が亡くなられた今、次代のヤマトを束ねるのは、真なる強者たる者--つまりは、己か彼の者になるのが必然であると考えている。
故に、この闘争は、ヤマトの次代を担う覇者を決する意味合いも孕んでいる。
しかし、彼の者は、そんな漢と漢の雌雄を決する、誉れある決闘において、あろうことか女を使役して、止めをさしにくる気配すらない。

「オシュトルぅううううううううううううううっーー!!」

もはや自らが手を下す価値すらないと判断したのだろうか--。
それとも、この果し合い自体を軽んじているのだろうか--。
何れにしろ、ヤマト最強は、オシュトルという漢に対して、深い失望と屈辱、そして烈火の如き怒りを覚えた。

―――仮面(アクルカ)よ……、我が魂魄を喰らいて、その力を差し出せっ!!

なれば、このまま、屍に成り果てる訳にはいかない。
漢は、薄れゆく意識の中、力を願った。
終焉に向かう己が命。その魂魄の全てを差し出す覚悟で、眼前の蟲共を――。
その先で、高みの見物を決め込む宿敵(オシュトル)を――。
全てを必滅する力を呼び覚ますために、漢は『根源』へと手を伸ばす。

そして――……。

「おぉぉぉぉぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

雄叫び。
同時に、ヴライの全身は紅色に発光していく。

「なっ!?」
「いかん、あの光は……!! クオン殿!!」
「分かってるかな!!」

ターゲットの身に生じた唐突な異変に、思わず攻撃の手を緩めてしまう麗奈。
対照的に、何が発生しているのか察したオシュトルは声を荒げる。クオンも、それに呼応。焦燥した様子で攻撃の手を速めていく。
凄まじい速度で、ヴライの全身に拳打が浴びせられていくが、それでも漢の咆哮は止まることはなく――。

「きゃあ!?」
「くっ…!!」

刹那、ヴライの全身を包んでいた光は、爆発的にその輝きを増し、周囲一帯に広がる。
麗奈も、クオンも、距離が離れているオシュトルですらも、眩いその光に飲まれていく。
その瞬間的な閃光が収まった時、三人の視界から漢の姿は消えていた。

「――何ですか、これ……?」

代わりに現れたのは、空に浮遊する暗黒の巨獣。
ビルでいうと、何階層分に相当するのだろうか……? ともかく、頭上よりこちらを見下ろす、その圧倒的な存在に、麗奈は呆然。図らずとも、敬愛する顧問の口癖を漏らしてしまう。
そして、その巨大すぎる掌には、豪炎の塊が握られている。
忽ちに膨れ上がっていくそれは、言うなれば小型の太陽―――付近一帯の夜を白昼に塗り替えていく。

『滅セヨ、オシュトルゥウウウウウッ!!』

咆哮と共に、怪獣の腕が振り下ろされた火の星が、天からの鉄槌の如く、地上へと降り注がれる。

瞬間、大地は激震とともに、紅蓮に塗り替えられたのであった。





仮面(アクルカ)。
その昔、ヤマトを脅かした一連の大災厄から国を護るために、創造されたという超常の兵器。
以降は、帝からその功績を讃えられ、ヤマトの守護を託された武士のみ与えられる習わしとなっている。
仮面を装着した者は、「仮面の者(アクルトゥルカ)」とうたわれ、その身体能力、火力並びに治癒能力を大幅に引き上げる事ができる。
そして、その真価を発揮するのは、完全解放の時――。
これは、男の「仮面の者」に限った話ではあるが、己が魂魄を捧げ、『根源』より力を引き出すことで、自らを巨獣へと変貌させ、神に近しい力を得ることが出来る。
その力を以てすれば、街一つを消し飛ばすことは造作もないだろう。

オシュトル。ミカヅチ。ムネチカ。ヴライ――。
四人の仮面の者(アクルトゥルカ)は、皆己が仮面を装着した状態のまま、この殺し合いに招かれている。
本来であれば、女性のムネチカを除く三人においては、完全解放が可能であったが、それに伴う圧倒的な出力は、ゲームバランスを崩壊させかないと危惧した主催者は、彼らの仮面に細工(ストッパー)を施し、その機能を封印することにした。
したがって、本来であれば、彼らが巨獣化して、出鱈目な火力を振るうことは叶わなかった。

『――何ですか、これ……?』

では、何故ヴライは主催に施された制限を突破し、完全解放に至ったのだろうか?
時は、第二回放送前、ヴライが、ムーンブルク城にてシドーと交戦した頃まで遡る。

『貴様……』
『帝より賜わりし仮面に何をした!』

破壊の化身が齎した衝撃波によって、仮面に亀裂が生じた瞬間。
一見すると、単純にヴライの仮面に損傷を与え、崩壊の種を植え付けたように見える。
だが、その実、破壊の波動は、仮面の外装だけには留まらず、内部にも浸透――結果として、主催者が施した制限装置にも損傷を与えた。
そして、度重なる"窮死覚醒"―――『根源』への過剰なるアクセスを機に、その損壊は拡がっていくと、やがて、仮面に施された枷は、完全に機能しなくなった。

『滅セヨ、オシュトルゥウウウウウッ!!』

結果として、ヴライは仮面の力を完全解放。
巨大化した肉体に比例する形で増幅された火力に、"窮死覚醒"によるブーストが上乗せされると、E-5、E-6の二エリアに跨る広大な爆撃が引き起こされた。

そして、ヴライを除く十二名の参加者は、爆風を浴びる。
呆然と爆炎に飲まれてしまう者、為す術なく吹き飛ばされる者、他者を庇い立てる者―――その一撃は、参加者達の命運を分かつに、余りある威力であり、瞬く間に、戦場を紅蓮一色に染め上げた。

たった一撃――。
しかし、あまりにも理不尽すぎる一撃――。
それによって、十三の駒が点在していた盤面は、覆されてしまったのだ。

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