◇
「……ぁ……がぁ……」
黒緑から橙色へと塗り替えられた森の中。
岩永琴子は、燃え盛る倒木に、その半身を下敷きにされながら、懸命に酸素を求めていた。
岩永琴子は、燃え盛る倒木に、その半身を下敷きにされながら、懸命に酸素を求めていた。
琴子は、知恵の神。
この殺し合いに招かれた参加者の中でも、類稀なる頭脳を有している。
しかし、如何に比類なき頭脳や知識を有していたとしても、それを凌駕する暴力を前に、為す術なく蹂躙されてしまうのが、この殺し合いの常。
知恵の神である琴子であっても、例外には漏れず、ヴライが齎した爆風に吹き飛ばされてしまった。
この殺し合いに招かれた参加者の中でも、類稀なる頭脳を有している。
しかし、如何に比類なき頭脳や知識を有していたとしても、それを凌駕する暴力を前に、為す術なく蹂躙されてしまうのが、この殺し合いの常。
知恵の神である琴子であっても、例外には漏れず、ヴライが齎した爆風に吹き飛ばされてしまった。
(……万事休す……。今度こそ、ツキに見放されましたか……)
魔王ベルセリアとの邂逅時に、垣間見えた惨状を目の当たりにしていたので、予期はしていた。
前回は、たまたま運良く生き延びることはできたが、今後もあのレベルの災禍に直面することあれば、非力な自分など、命が幾つあっても足りないだろう、と。
前回は、たまたま運良く生き延びることはできたが、今後もあのレベルの災禍に直面することあれば、非力な自分など、命が幾つあっても足りないだろう、と。
爆風が飛来した方角から察するに、アレは恐らく、ヴライとあかり達の戦闘の余波。
あの出鱈目な火力は、彼女達の戦いが、先のベルセリアとの交戦に匹敵するレベルの激闘に昇華したが故のものだろうか。とにかく、その爆風は、茂みの中で息を潜めていた、琴子と久美子の身体を、容赦なく吹き飛ばした。
あの出鱈目な火力は、彼女達の戦いが、先のベルセリアとの交戦に匹敵するレベルの激闘に昇華したが故のものだろうか。とにかく、その爆風は、茂みの中で息を潜めていた、琴子と久美子の身体を、容赦なく吹き飛ばした。
更に、彼女の不運は重なった。地面に叩きつけられた琴子の真上に降り注いだのは、同じく吹き飛ばされた燃え盛る大木――。
自身に降りかかるそれを、素早く察知した琴子であったが、義足が破壊されている手前、逃れること叶わず、灼熱を帯びたその重量の下敷きになってしまう。
自身に降りかかるそれを、素早く察知した琴子であったが、義足が破壊されている手前、逃れること叶わず、灼熱を帯びたその重量の下敷きになってしまう。
苦痛に表情を歪めながら、顔を上げると、そこにいたのは、自分の惨状を目の当たりにして、あたふたとする久美子の姿。
彼女も近くに吹き飛ばされたようだが、運良く何か茂みなどがクッションになったのだろう―――メイド調のドレスが汚れてはいるものの、深傷は負っていないようだった。
そして、「だ、誰か助けを呼んでくるから!!」と彼女が背を向けて、走り去ってから今へと至る。
彼女も近くに吹き飛ばされたようだが、運良く何か茂みなどがクッションになったのだろう―――メイド調のドレスが汚れてはいるものの、深傷は負っていないようだった。
そして、「だ、誰か助けを呼んでくるから!!」と彼女が背を向けて、走り去ってから今へと至る。
―――切り捨てられた。
琴子は、そのように悟っているものの、久美子に対する怒りが湧くことはない。
彼女の立場及び目指すものを考慮すると、明確な彼女達の計画に賛同する意思表示しておらず且つ片足状態の自分を切り捨てるのは、損得勘定からしても当然の帰結とも言えるだろう。
故に、彼女が救援を引き連れてくることはない。
平たく言えば、今の状態はチェックメイト―――“詰み”の状態だ。
下半身の感覚を奪っている倒木の重量は、中学生に間違えられるような小柄な自身の力では、到底どうとなるものではない。
この地には、琴子が使役できるような魑魅魍魎の類もなく、ただ生きたまま焼かれる感覚を味わいながら、己が生命活動の停止を待つ他ない。
彼女の立場及び目指すものを考慮すると、明確な彼女達の計画に賛同する意思表示しておらず且つ片足状態の自分を切り捨てるのは、損得勘定からしても当然の帰結とも言えるだろう。
故に、彼女が救援を引き連れてくることはない。
平たく言えば、今の状態はチェックメイト―――“詰み”の状態だ。
下半身の感覚を奪っている倒木の重量は、中学生に間違えられるような小柄な自身の力では、到底どうとなるものではない。
この地には、琴子が使役できるような魑魅魍魎の類もなく、ただ生きたまま焼かれる感覚を味わいながら、己が生命活動の停止を待つ他ない。
(……ここに在る、『私』という虚構もまた、還るということになりますね……)
岩永琴子は、秩序の番人――。
故に、其処に秩序を崩すような虚構が存在すれば、それを虚構として還せなければならない。それが、一つ目一本足となった瞬間から、少女に課せられた義務であり、使命であり、呪いでもある。
故に、其処に秩序を崩すような虚構が存在すれば、それを虚構として還せなければならない。それが、一つ目一本足となった瞬間から、少女に課せられた義務であり、使命であり、呪いでもある。
――この殺し合いの参加者は、作られた存在である。
琴子が導き出した推理に基けば、今ここに在る己が存在は、虚構である。
故に、自身という虚構が消失したとしても、それ自体は在るべき形に還ることに過ぎず、「知恵の神」としては、嘆かわしいものとはなり得ない。
彼女は「正しさ」という楔に、縛られているのだから。
故に、自身という虚構が消失したとしても、それ自体は在るべき形に還ることに過ぎず、「知恵の神」としては、嘆かわしいものとはなり得ない。
彼女は「正しさ」という楔に、縛られているのだから。
「――岩永様っ!!」
「……ぁ……」
「……ぁ……」
走馬灯のように、己の思考に沈んでいた琴子であったが、彼女を呼ぶ声にその意識を現実へ戻す。
視線の先にいたのは、先程別れたヴァイオレット。
先程偽麗奈と交戦していた「臨也」と呼ばれていた、黒髪黒服の青年もまた、彼女に肩を貸されながら、傷ついた身体を引きずるように歩んでくる。
どうやら、先の爆風は、彼女達の戦闘にすらも、波及していたようだ。
視線の先にいたのは、先程別れたヴァイオレット。
先程偽麗奈と交戦していた「臨也」と呼ばれていた、黒髪黒服の青年もまた、彼女に肩を貸されながら、傷ついた身体を引きずるように歩んでくる。
どうやら、先の爆風は、彼女達の戦闘にすらも、波及していたようだ。
「岩永様、もう少しのご辛抱を……」
ヴァイオレットは、琴子の上に積みあがっていた大木を両手で掴んでみせる。
瞬間、燃え盛る火炎が、ヴァイオレットの手袋と内にある義手を焼いていくが、彼女はそれに構うことなく、全身全霊を以って、大木を持ち上げた。
そして、どうにか大木が浮いたタイミングで、臨也が琴子の腕を掴むと、その小柄な身体を引っ張り上げた。
瞬間、燃え盛る火炎が、ヴァイオレットの手袋と内にある義手を焼いていくが、彼女はそれに構うことなく、全身全霊を以って、大木を持ち上げた。
そして、どうにか大木が浮いたタイミングで、臨也が琴子の腕を掴むと、その小柄な身体を引っ張り上げた。
「……っ!?」
引き揚げられて、露わになった琴子の半身。
その凄惨な姿を目の当たりにした臨也は眉を顰めて、大木を手放し駆け寄ったヴァイオレットもまた、悲痛に顔を歪めた。
可憐な少女の半身は、重圧にみっともなく押し潰された上に、焼き焦げ炭化していたのだ。
先までは、活力に満ちていたその瞳もまた、光を失いつつある。
その凄惨な姿を目の当たりにした臨也は眉を顰めて、大木を手放し駆け寄ったヴァイオレットもまた、悲痛に顔を歪めた。
可憐な少女の半身は、重圧にみっともなく押し潰された上に、焼き焦げ炭化していたのだ。
先までは、活力に満ちていたその瞳もまた、光を失いつつある。
「今手当を――」
「……い、え……――」
「……い、え……――」
慌てて琴子を抱き起こし、手当てを行おうとするヴァイオレットであったが、琴子はそれを遮るように、身体を捩らせると、懐からタブレットを取り出した。
「……こ、ちらを……、お、願いし、ます……」
「――これは……?」
「――これは……?」
震える手で差し出された端末には、この殺し合いを通じて、彼女が積み上げた知見と考察が内包されている。
ヴァイオレットにとって、電子タブレットなど未知の道具に他ならない。
故にその用途も分からなければ、琴子の意図も読み取れない部分があった。
しかし、嘆願するように此方を見つめる琴子の眼差しを無碍にはできず、琴子の手に重ねる様な形で、その端末を受け取った。
きっと、この一見無機質にも見える板には、命を張ってまで届けたい"想い"が籠っているのだろうと。
ヴァイオレットにとって、電子タブレットなど未知の道具に他ならない。
故にその用途も分からなければ、琴子の意図も読み取れない部分があった。
しかし、嘆願するように此方を見つめる琴子の眼差しを無碍にはできず、琴子の手に重ねる様な形で、その端末を受け取った。
きっと、この一見無機質にも見える板には、命を張ってまで届けたい"想い"が籠っているのだろうと。
「……感謝、します……」
タブレットを受け取ったヴァイオレットに、琴子は安堵のため息をついた。
バトンは託した――残された対主催を目指す集団が、このゲームという虚構を、虚構に還す為の、足掛かりとして役に立ててくれば、それに越したことはない。
結局のところ、琴子は、最後まで「秩序の番人」としての務めを貫かんとしていたのだ。
バトンは託した――残された対主催を目指す集団が、このゲームという虚構を、虚構に還す為の、足掛かりとして役に立ててくれば、それに越したことはない。
結局のところ、琴子は、最後まで「秩序の番人」としての務めを貫かんとしていたのだ。
「……あぁ――」
だが――。
「……九郎、先輩……」
「岩永様……?」
「岩永様……?」
「知恵の神」として、冷徹に自身の最期を俯瞰している一方。
相棒であり恋人でもある青年の姿を脳裏に浮かべる、「岩永琴子」という齢二十にも満たない少女の想いもまた存在していた。
相棒であり恋人でもある青年の姿を脳裏に浮かべる、「岩永琴子」という齢二十にも満たない少女の想いもまた存在していた。
病院で一目惚れをしたのを端に発し、再会後にしつこいくらいの猛アプローチをして、めでたく恋人関係となった九郎先輩。
琴子が「知恵の神」として様々な依頼をこなす際も、隣に立ちサポートをしてくれた彼は、この会場のどこで何をしているだろうか……?
琴子が「知恵の神」として様々な依頼をこなす際も、隣に立ちサポートをしてくれた彼は、この会場のどこで何をしているだろうか……?
このまま、「私」という虚構が消えてしまうのであれば、せめてもの最後に―――
「……会いたい、ですね――」
「……っ!? 岩永様、しっかりして下さい!! 岩永様――」
「……っ!? 岩永様、しっかりして下さい!! 岩永様――」
心の臓の鼓動がいよいよ霞んでいくのを感じながら、琴子はぐたりとしたまま、天を仰いで、ポツリと呟いた。
琴子を抱えるヴァイオレットもまた、そのか細い声に、彼女の命の灯火が今にも消えかかっていることを悟り、涙を流しながら、必死に呼びかける。
しかし、琴子はそれに応えようとせず、ただ想いに浸る。
琴子を抱えるヴァイオレットもまた、そのか細い声に、彼女の命の灯火が今にも消えかかっていることを悟り、涙を流しながら、必死に呼びかける。
しかし、琴子はそれに応えようとせず、ただ想いに浸る。
―――九郎先輩に、会いたい
―――九郎先輩と、話したい
―――九郎先輩に、触れたい
―――九郎先輩と、話したい
―――九郎先輩に、触れたい
過剰なまでのスキンシップを取って、さも迷惑そうに反応する九郎先輩の顔を眺めて、ほくそ笑む―――そんな当たり前に行われていた何気のない日常が、今は無性に恋しい。
それが、驚異的な頭脳を基に、無慈悲且つ冷徹に調停を下してきた「おひいさま」の思考とはまた別に存在していた、「岩永琴子」という少女としての本音。
それが、驚異的な頭脳を基に、無慈悲且つ冷徹に調停を下してきた「おひいさま」の思考とはまた別に存在していた、「岩永琴子」という少女としての本音。
「……九郎先ぱ――」
そして、今一度、愛しき人の名前を紡ごうとしたその瞬間――
「岩永、様……」
岩永琴子の意識は、闇の中へと落ちてしまった。
目覚めることのない、永遠の闇の中へと。
目覚めることのない、永遠の闇の中へと。
◇
「――皆……」
覚醒した仮面の者(アクルトゥルカ)によって、猛火に彩られた森林帯。
あかりは、その中を、ただただ駆け抜けていく。
目指すは、先に離脱を余儀なくされてしまった戦場―――。
あかりは、その中を、ただただ駆け抜けていく。
目指すは、先に離脱を余儀なくされてしまった戦場―――。
本来、この戦地にて得た異能の力を以ってすれば、早々の帰還を果たすことも出来ただろう。
だが、先の激戦の反動で、その小さな身体に蓄積されていた力は枯渇――謂わば充電期間に突入している関係上、その背に、白い翼を顕現する事は叶わず。
己が二本の脚を以って、駆けつける他なかった。
だが、先の激戦の反動で、その小さな身体に蓄積されていた力は枯渇――謂わば充電期間に突入している関係上、その背に、白い翼を顕現する事は叶わず。
己が二本の脚を以って、駆けつける他なかった。
「お願い……、無事でいて……」
戦場へと引き返している道中で遭遇した、終末を彷彿させる大爆発は、あかりを戦慄させるに足るものであった。
先の戦場より生じたであろう、猛烈な爆風は、遠方に吹き飛ばされていた筈のあかりにも波及――あかり自身はどうにか踏み止まり、堪えることが出来たが、戦場に残してきた麗奈をはじめとした、仲間達を思うと、気が気ではなかった。
先の戦場より生じたであろう、猛烈な爆風は、遠方に吹き飛ばされていた筈のあかりにも波及――あかり自身はどうにか踏み止まり、堪えることが出来たが、戦場に残してきた麗奈をはじめとした、仲間達を思うと、気が気ではなかった。
更に、あかりが焦燥を覚える要因が、もう一つ――。
(……どうか、持ち堪えて、あたしの身体……!!)
それは、現在進行で、自身に生じている異変。
ヴライの放った猛撃の質量に押し負けた結果、その身に焼き焦げた痕跡が刻まれてはいるが、それに伴う痛みを感じることがない。
一刻ほど全力疾走で駆け抜けていくが、息切れを起こすこともない。
ヴライの放った猛撃の質量に押し負けた結果、その身に焼き焦げた痕跡が刻まれてはいるが、それに伴う痛みを感じることがない。
一刻ほど全力疾走で駆け抜けていくが、息切れを起こすこともない。
痛覚に、疲労感――そういった、人を人たらしめる感覚が、欠落してきていることを、あかりは感じていた。
元より、あの隔絶された空間から帰還を果たした頃より、自身が“理”の外の存在となってしまった自覚はあった。
しかし、こうして『間宮あかり』という存在を構成していたものが、音もたてずに崩れていくのを実感すると、将来的に自分が自分以外のナニカに塗り替えられてしまうのではないかという危機感を抱かざるを得なかった。
元より、あの隔絶された空間から帰還を果たした頃より、自身が“理”の外の存在となってしまった自覚はあった。
しかし、こうして『間宮あかり』という存在を構成していたものが、音もたてずに崩れていくのを実感すると、将来的に自分が自分以外のナニカに塗り替えられてしまうのではないかという危機感を抱かざるを得なかった。
事実、あかりの懸念は正しかった。
今現在、ここに在る『間宮あかり』という存在は、死んだ情報の抜け殻に、僅かに残った情報残滓と別の情報残滓を縫い足したハリボテでしかない。
そして、先のヴライとの交戦により、多大な情報の出力を行なったことにより、彼女の内で進行していた乖離撹拌を促し、結果として、『間宮あかり』の情報残滓の一部が剥がれ落ちてしまった。
痛覚と疲労感の喪失は、その副産物である。
今現在、ここに在る『間宮あかり』という存在は、死んだ情報の抜け殻に、僅かに残った情報残滓と別の情報残滓を縫い足したハリボテでしかない。
そして、先のヴライとの交戦により、多大な情報の出力を行なったことにより、彼女の内で進行していた乖離撹拌を促し、結果として、『間宮あかり』の情報残滓の一部が剥がれ落ちてしまった。
痛覚と疲労感の喪失は、その副産物である。
あかりは、その仔細を、理解していない。
ただ、このままでは、自身の身に取り返しのつかないことになることだけは、直感していた。
ただ、このままでは、自身の身に取り返しのつかないことになることだけは、直感していた。
「……っ!? あれは……!?」
漠然とした不安と焦燥を抱えながら駆けていたあかりは、唐突に足を止めた。
その視界に、地面に倒れ伏せる人影を捉えたからだ。
その視界に、地面に倒れ伏せる人影を捉えたからだ。
「あのっ、大丈夫ですか!?」
「……ぐうぅ……、あ、あんたは……?」
「……ぐうぅ……、あ、あんたは……?」
あかりに抱え起こされたのは、黒の短髪の青年。
意識朧げながら、あかりに呼応する彼は、目立った外傷は見たらなかったが、身に纏う衣服の所々が焼け焦げており、先の猛火の余波を受けて、ここに吹き飛んできたであろうことが伺えた。
意識朧げながら、あかりに呼応する彼は、目立った外傷は見たらなかったが、身に纏う衣服の所々が焼け焦げており、先の猛火の余波を受けて、ここに吹き飛んできたであろうことが伺えた。
――メキメキッ
「っ!? 危ない!!」
「……なっ……!?」
「……なっ……!?」
自分達の頭上で燃えていた樹木が、突如、音を立てて倒壊し始め――あかりは、青年を抱えたまま咄嗟に飛び退いた。
ドサリ
先程まで自分達がいた場所に、倒れ伏す樹木。
間一髪、あかり達は難を逃れることが出来た。
間一髪、あかり達は難を逃れることが出来た。
「どうやら、あんたのおかげで命拾いしたようだな……。礼を言うぜ」
あかりに支えながら身を起こした青年は、燃え盛る森林の炎を背景にして、自分よりも遥かに小さな彼女に、向き合い頭を下げた。
「いえ、とにかく無事で良かったです。あの……、あなたは……?」
「ああっ、悪い。自己紹介がまだだったよな……。俺は、カナメ――スドウカナメだ」
「っ!?」
「ああっ、悪い。自己紹介がまだだったよな……。俺は、カナメ――スドウカナメだ」
「っ!?」
カナメの名を聞いて、目を見開くあかり。
世界線の狭間にて邂逅した、異なる世界線からの迷い人シュカ。
その彼女の想い人も、この殺し合いに参加していると聞いてはいたが、まさか巡りに巡って、こんな形で対面を果たすことになろうとは――。
世界線の狭間にて邂逅した、異なる世界線からの迷い人シュカ。
その彼女の想い人も、この殺し合いに参加していると聞いてはいたが、まさか巡りに巡って、こんな形で対面を果たすことになろうとは――。
「そっか……、あなたが、カナメさん…なんですね……」
「……? もしかして、俺の事を知っているのか…?」
「あなたのことは、シュカさんから聞いてたから……」
「なるほどな、シュカと会っていたのか……」
「……? もしかして、俺の事を知っているのか…?」
「あなたのことは、シュカさんから聞いてたから……」
「なるほどな、シュカと会っていたのか……」
カナメは、得心がいったように頷くと、この殺し合いの最初の放送で、名前を呼ばれてしまった相方の姿を脳裏に浮かべた。
偶然にも、つい先程は、自分に対して何かを伝えようとする彼女の姿を、夢の世界で垣間見ていたところだった。
結局、夢の中のあいつは何を伝えたかったのだろうか――そんな疑問が、胸中に去来し、しみじみと物思いに耽んとするカナメに、あかりは言葉を続けた。
偶然にも、つい先程は、自分に対して何かを伝えようとする彼女の姿を、夢の世界で垣間見ていたところだった。
結局、夢の中のあいつは何を伝えたかったのだろうか――そんな疑問が、胸中に去来し、しみじみと物思いに耽んとするカナメに、あかりは言葉を続けた。
「はい…、でも、あたしが出会ったシュカさんは、この会場で亡くなったシュカさんではありません」
「……? どういう事だ……?」
「……? どういう事だ……?」
あかりの意味深な発言に、カナメは首を傾げる。
あかりのアメジスト色の瞳は、そんな彼をじっと見据える。
あかりのアメジスト色の瞳は、そんな彼をじっと見据える。
「お話しします、あたしが見たこと聞いたことの全てを――」
正直言うと、今はあまり悠長に言葉を交わす猶予はない。
しかし、託されてしまった以上、そして、その想いを知ってしまった以上、これを無碍にすることはできない。
しかし、託されてしまった以上、そして、その想いを知ってしまった以上、これを無碍にすることはできない。
故に、あかりは順を追って、伝えていく。
彼女自身のこれまでの経緯と、シュカとの邂逅と、そして、シュカから託されたその言伝を--。
彼女自身のこれまでの経緯と、シュカとの邂逅と、そして、シュカから託されたその言伝を--。
◇
「――すまん……。恩に着るぞ、早苗……」
根こそぎ抉られた樹木の残骸や、朽ち果てた緑に炎が散らばっている、荒廃した大地。
灰と土が、焼け焦げた空気の中にまだらに浮き沈みしている中で、ロクロウは、早苗に向かって深々と頭を下げた。
灰と土が、焼け焦げた空気の中にまだらに浮き沈みしている中で、ロクロウは、早苗に向かって深々と頭を下げた。
「俺としては、影打ちを譲ってくれた恩を返すつもりでいたのだが……。
まさか、また恩を重ねて受ける結果になるとはな……」
「……私は、その……」
まさか、また恩を重ねて受ける結果になるとはな……」
「……私は、その……」
ロクロウを前にして、俯いたまま、口籠る早苗。
先のやり取りにて、早苗は、封印されていた記憶の断片を取り戻し、思い出した。
幻想郷に残してきた、大切な家族に想いを綴った手紙の存在のことを―――。
その手紙を代筆してくれたのが、自動手記人形を名乗る心優しき少女であったことを―――。
幻想郷に残してきた、大切な家族に想いを綴った手紙の存在のことを―――。
その手紙を代筆してくれたのが、自動手記人形を名乗る心優しき少女であったことを―――。
それでは、その自動手記人形である彼女、ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンに対する疑念は、めでたく払拭されたのだろうか?
答えは、否―――。彼女が、冷徹な殺人鬼の表情で、諸悪の根源たるオシュトルと、殺し合いの進め方について画策している情景は、脳内に刷り込まれたままだ。
早苗の中に、その記憶が存在する限りは、ロクロウに対しても、警戒を怠るわけにはいかない。
だが、ロクロウが一連の喧騒の中で、早苗がいくら隙をみせたとしても、殺めようとするような素振りは見せなかったのも、また事実。
それに、彼が早苗に示していた誠意に、偽りがあるとも思えなかった。
つまるところ、現在はロクロウとヴァイオレット―――それぞれに対して、相反する記憶が混在している状況となっている。
答えは、否―――。彼女が、冷徹な殺人鬼の表情で、諸悪の根源たるオシュトルと、殺し合いの進め方について画策している情景は、脳内に刷り込まれたままだ。
早苗の中に、その記憶が存在する限りは、ロクロウに対しても、警戒を怠るわけにはいかない。
だが、ロクロウが一連の喧騒の中で、早苗がいくら隙をみせたとしても、殺めようとするような素振りは見せなかったのも、また事実。
それに、彼が早苗に示していた誠意に、偽りがあるとも思えなかった。
つまるところ、現在はロクロウとヴァイオレット―――それぞれに対して、相反する記憶が混在している状況となっている。
そんな折に、発生したのが、先の大災厄―――。
完全解放された『仮面の者』が齎した紅蓮の爆風を前にして、早苗は咄嗟にロクロウに飛びついた上、夜天へと舞い上がった。
結果として、ロクロウは、早苗の機転により、事なきを得たのであった。
完全解放された『仮面の者』が齎した紅蓮の爆風を前にして、早苗は咄嗟にロクロウに飛びついた上、夜天へと舞い上がった。
結果として、ロクロウは、早苗の機転により、事なきを得たのであった。
「……私は、まだロクロウさん達を完全に信用したわけではありません……。
もう頭の中でぐちゃぐちゃになっちゃって、何が正しくて、何が間違っているのか分かんないんですよ―――」
「早苗……」
もう頭の中でぐちゃぐちゃになっちゃって、何が正しくて、何が間違っているのか分かんないんですよ―――」
「早苗……」
並び立てることで露になる、時系列の綻びと、皆の行動の矛盾。
それに直面してしまった今、自身の記憶そのものに対しても、疑念を持つようになっている。
もしかすると、何者かの悪意によって、自分の頭は弄られ、踊らされてしまっているのではないか―――そう考えてしまうと、もはや何ものに対しても、信用ができなくなってしまう。
それに直面してしまった今、自身の記憶そのものに対しても、疑念を持つようになっている。
もしかすると、何者かの悪意によって、自分の頭は弄られ、踊らされてしまっているのではないか―――そう考えてしまうと、もはや何ものに対しても、信用ができなくなってしまう。
「だけど、それでも……。私は、ロクロウさん達を信じたい……。
信じさせてほしいんですよ……」
信じさせてほしいんですよ……」
故に、早苗は、縋りたい。
ロクロウの誠実さに。ヴァイオレットの優しさに。
例えそれが、『悪意』の裏返しの『善意』だったとしても、それを信じ、縋りたいのだ。
そうでもしないと、自分の存在そのものが、瓦解しかねないから――。
ロクロウの誠実さに。ヴァイオレットの優しさに。
例えそれが、『悪意』の裏返しの『善意』だったとしても、それを信じ、縋りたいのだ。
そうでもしないと、自分の存在そのものが、瓦解しかねないから――。
「あぁ、分かった。今はそれだけで十分だ」
信用するには足らない、だけど、信じたい―――。
早苗の抱く複雑な心境を、ロクロウも感じ取ったのだろう。
それ以上、深く追及することはせず、ただ静かに頷きを返したのであった。
早苗の抱く複雑な心境を、ロクロウも感じ取ったのだろう。
それ以上、深く追及することはせず、ただ静かに頷きを返したのであった。
◇
「――ハァハァ……」
仮面の力を完全解放した闘神によって、炎獄と化した森林の中。
息を乱しながら、燃え盛る木々を掻い潜り、ひたすらに駆ける影が一つ。
息を乱しながら、燃え盛る木々を掻い潜り、ひたすらに駆ける影が一つ。
「――ごめん……。ごめんね、岩永さん……」
久美子の脳裏に過ぎるは、大木に下敷きにされたまま、自分を見やる琴子の姿。
死地に晒されてしまった彼女が、自分に向けていた、その表情--。
憎悪や怨恨も込められず、絶望も悲哀も宿さず、ただただ真っ直ぐ、涼しげに久美子へと投げかけられていた、その眼差し――。
人一倍に共感性に富んでいるが故に、久美子は察した―――琴子は、自分を査定し、きっと彼女のことを切り捨てるということを悟っていたのだろうと。
死地に晒されてしまった彼女が、自分に向けていた、その表情--。
憎悪や怨恨も込められず、絶望も悲哀も宿さず、ただただ真っ直ぐ、涼しげに久美子へと投げかけられていた、その眼差し――。
人一倍に共感性に富んでいるが故に、久美子は察した―――琴子は、自分を査定し、きっと彼女のことを切り捨てるということを悟っていたのだろうと。
黄前久美子という人間に対する、ある種の「諦め」が含まれた、そんな視線と向き合うのが、どうしても怖くて、久美子は、彼女に背を向けて逃げ出した。
「救援を呼ぶ」など、都合の良い建前を口実としたが、その気は全くなく、単純に逃げ出した。
琴子の予期していた通り、久美子は彼女を見捨てたのである。
見殺しにしたと言っても過言ではない。
「救援を呼ぶ」など、都合の良い建前を口実としたが、その気は全くなく、単純に逃げ出した。
琴子の予期していた通り、久美子は彼女を見捨てたのである。
見殺しにしたと言っても過言ではない。
「――だって……だって、仕方ないでしょ!!
私一人の力じゃどうにもならないし……、皆の為にも、無理はできない……!!」
私一人の力じゃどうにもならないし……、皆の為にも、無理はできない……!!」
琴子は、久美子達の目指す理想に対しては慎重な姿勢を貫いていたとはいえ、決して、彼女に死んで欲しいと思ってはいなかった。
好き好んで、切り捨てたわけでもない。
状況が状況だっただけに、やむを得ず、そうせざるをえなかったのだと、自分に言い聞かせる。
好き好んで、切り捨てたわけでもない。
状況が状況だっただけに、やむを得ず、そうせざるをえなかったのだと、自分に言い聞かせる。
それに―――
「だけど、きっと必ず、岩永さんのことも、『無かったこと』にしてあげるから……!!」
麗奈と定めた理想さえ実現すれば、琴子の犠牲も、自分が背負うべき十字架も、全て『最初から無かったこと』に出来る。
それが、この殺し合いに巻き込まれてしまった参加者――まだ生きている者、死んでしまった者を問わず、全てを救済できる唯一の手段であると縋る。
そして、それを全うせんとする責務を以って、溢れ出る罪悪感を誤魔化した。
それが、この殺し合いに巻き込まれてしまった参加者――まだ生きている者、死んでしまった者を問わず、全てを救済できる唯一の手段であると縋る。
そして、それを全うせんとする責務を以って、溢れ出る罪悪感を誤魔化した。
「あっ…!?」
ひたすらに駆けていた久美子の足が、不意に止まったのは、その視界に、彼女の“特別”が飛び込んだ時であった。
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