バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―

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kyogokurowa

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「……久美子っ!! 何処にいるの、久美子っ!!」

紅蓮に塗りたてられた森の中。
風の如く疾走する麗奈は、焦燥に駆られていた。

先のヴライによって投擲された、災害と言っても差し支えのない爆撃――。
それを至近距離で受けた彼女は、その華奢な身体の大部分を焼失させながら、猛烈な勢いで吹き飛ばされ、夜天の空を舞うこととなった。
幸いにも、頭部の完全焼失には至らなかったため、その命を繋ぎとめることが出来た。
吹き飛ばされた先で、時間の経過と共に、焼失した身体を再生させ、何とか動けるようにしてからは、久美子の捜索を行っている。
ちなみに、頭部を除く、全身のほとんどが消し飛んでしまった時、彼女の身に纏っていたドレスもまた、その大半が消失してしまっている。
故に、その後、身体の再生が行われても、ドレスの再生については叶わず――今駆け回っている麗奈は裸も同然の姿となっている。
地を踏み抜く度に、その豊満な胸を揺らしているが、生憎と彼女がそれを気にすることはない。

「――久美子…… 久美子……!!」

麗奈自身はかなりの距離を吹き飛ばされたはずだが、それでも、今自身が立つこの場所でも、一面が火炎に覆いつくされているのを鑑みるに、先の爆撃は相当に大規模なものだったのだろう。
だとすると、まだ近辺にいたであろう久美子の安否が危ぶまれる。
ものづくりの能力に目覚めたといっても、鬼の力を得た麗奈と違って、久美子は生身の人間なのだから。
故に、ひたすらに地を駆けて、彼女を探し回っていた。
近場からは、先の怪物によるものであろう咆哮と衝突音、爆音が木霊しているが、そちらに反応することはない。今は何よりも、久美子の安否が気掛かりなのだから。

ガサリ

「……っ!? 誰っ!?」

ふと燃える草陰から、何かが蠢く音がした。
咄嗟に足を止めて、その方向へと、鋭く視線を投げ掛ける麗奈。
背後の触手を蠢かせ、いざという時のために、臨戦体制を取る。

ガサガサ

しかし、草陰から、姿を現したのは――

「久美子っ!!」
「れ、麗奈っ!? あわわわわわ、ちょっと!?」

ふわりとした癖っぽい茶髪のボブカットに、御伽話に出てくるようやメイド服調のドレスを身に纏った、自分が探していた親友。
その姿を認めると、麗奈は飛び掛かる勢いで、彼女に抱き着いた。

「良かった……。本当に、良かった……!!」
「うん、ありがとう……。私も、麗奈が無事でいてくれて嬉しい」

裸も同然の姿で抱きつかれた久美子。
初めこそ困惑はした様子であったが、徐々に身を委ねていき、ハグを返してくれた。

――ああ、良かった……。無事でいてくれた……。

炎が取り巻く環境の中で、時が静止したかのように、抱擁をかわす二人。

――久美子がいてくれるから、私は勇気を出せる……。これからも、戦える……!!

久美子の鼓動が、久美子の温もりが、自分の肌に伝わってくる。
それだけでも、疲弊した自分の心を癒してくれるには充分であった。

ゾワリ

だが。

――あ、れ……?

親愛のハグを続けていくうちに、身震いとともに、言いようのない違和感に気付いた。
否、気付いてしまった――。

「……く、久美子?」
「うん? どうしたのー?」

果たして、自分が惹かれた、黄前久美子という少女からのスキンシップは、こんなにも遠慮がちで、よそよそしかっただろうか?

ゾワリ

こんなにも無情な声色で応えただろうか?

ゾワリ

こんなにも冷たい体温をしていただろうか?

ゾワリ

そして、何より――

ゾワリ
ゾワリ
ゾワリ

こんなにも血生臭い匂いを、発していただろうか?

ドクンドクン

違和感は徐々に、心臓の鼓動を早鐘のように打ち鳴らすものへと、変貌を遂げていく。


そんな折――

「……れ、麗奈……?」

ふと自分の背後から、聞き慣れた声が、耳に入ってきて、反射的に振り返る。

「な、何を……、何をしているの……?」

そこには、此方を呆然と見つめる、久美子の姿があった。

「――えっ……?」

瞬間、麗奈の世界が静止した。
目を見開いて、こちらを覗いているのは、紛うことなき久美子だ。
炎風の中に揺れる髪も、瞳も、面貌も、装うドレスも、その何もかもが、久美子のそれに違いなかった。

では、今自分が抱擁している、こちらの”久美子”は一体―――

「ばーか」

脳内で思考が錯綜する中、耳元で、嘲り笑うような声が聞こえた。

ゴォツン!!

刹那、重厚のある音とともに、首元に強い衝撃が走る。
不意の一撃によって、思わず上体を大きく仰け反らせると、

『首輪に強い衝撃が加わりました。違反行為として起爆します』

耳障りな警告アラームを背景とした、無機質な音声が、無慈悲に鳴り響いた。

「ぷっ――、きゃは……きゃはははははははははは!!
このクソ女、まんまと騙されてやんの、すっげー笑える!!」
「……は……? え……?」

口元を歪に歪ませ、ゲラゲラと哄笑を響かせる、“久美子”。
その光景を茫然と眺める、麗奈と、もう一人の久美子。
彼女達が、この警報が、麗奈の首に巻き付いた銀の枷から齎されていることを悟るのに、そう時間は掛からなかった。

「う、嘘……。嘘だよね……麗奈……」

麗奈が死んでしまう――。
無情に突き付けられた宣告に、久美子はふらふらした足取りで、麗奈に歩み寄らんとする。
その瞳は激しく揺れ動き、その唇もまた、戦慄くように震えている。

「麗奈は特別になるんでしょ……?
だったら、こんなとこで終わる訳――」
「来ないで!!」
「っ!?」

麗奈の声が鋭く響く。
その剣幕に気圧されたのか、久美子はビクリと身体を震わせて、その場で硬直した。

「ごめん、久美子……。
私が手伝えるのは、ここまでみたい……」

自身には、無惨から押し付けられた超常の力が備わっている。
故に、普通の人間にとって致死となる損傷を受けたとしても、再生はできる。
しかし、鬼の首魁たる無惨ですら、このゲームの枠組みに囚われていることを鑑みるに、この首輪には、そういった再生能力持ちの参加者ですらも、死に至らしめることが可能なのだろう。

「だから、ここから先は……久美子一人で、頑張って……」
「嫌……嫌だよ……麗奈ぁ……」

泣きじゃくる久美子を見て、涙が溢れ出てくる。
本当は、触れ合いたい。抱きしめたい。
本当の久美子の温もりを感じ取りたい。
だけど、それは叶わない。
そんな事をしたら、首輪の爆発に、久美子を巻き込んでしまうかもしれないから。

「お願い……、私達の“いつも”を取り戻して……。
私は、久美子と一緒に、全国金を取りたい……絶対に……」

正直、死ぬのは、とても怖い。
だから、残される久美子に、願いと想いを託す。
託す事で、恐怖を紛らわす。

久美子は、涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら、強く頷いてくれた。
ソロオーディションの時もそうだった。
最後に私の後押しをしてくれるのは、久美子だ。
だから、覚悟も決められる。

「約束、だから……、裏切ったら、きっと殺すから……」

嗚咽交じりに、途切れ途切れになる言葉。
久美子は、その言葉にも強く頷いてくれる。
本当は別れたくない――そんな気持ちをグッと堪える。

「……それじゃあ、またね……」
「麗奈ぁっ!!」

未だ泣きじゃくる久美子を尻目に、麗奈は身体の向きを反転させると、ケラケラと嗤う久美子の姿を模した敵へと、飛び掛かる。
せめてもの、こいつだけは道連れにしてやろうと。

「あれれぇ? お涙頂戴の茶番劇はもうお終いなんですかぁ、高坂さぁん♪」

一連のやり取りを、ニタニタと眺めていた、もう一人の久美子。
その声色に嘲笑を滲ませると、自身の頭蓋に差し迫る、麗奈の貫手を、ひょい、と軽やかな身のこなしで躱した。
麗奈の突貫は、空を切るが、それは、あくまでも初撃に過ぎず。
己が敵の顔を睨み付けながら、身体を捻ると、背中から触手を射出。
狙うは、偽者の首元にて銀色に煌めく首輪一点のみ。

「――っ!? それは月彦の……!?」

偽久美子にとって、麗奈のその機転は、予想外だったようで、面食らった様子で、咄嗟に身体を捻る。
結果として、麗奈の触手も空を切ることとなり、間一髪で、事なきを得る。

「――きゃは……きゃははは……!! 無駄な悪あがきですよ、高坂さぁん♪」

不意の一撃をいなした、偽の久美子は、その表情を驚愕のものから一転。
醜悪に歪めながら、嘲りの言葉を紡いでくる。
そんな彼女を睨みつけたまま、麗奈は思う。

―――本当ムカつく、と。

何をどうやって久美子に化けているかは知らないが、この品性のない言動からして、この偽物の正体の見当はついている。
水口茉莉絵―――同じ無惨の毒牙にかかった犠牲者とはいえ、この女に対しては、憎しみの感情しか湧いて来ない。

何よりも―――

「というか、別にそこまで大して仲良くないんだろ、あんたら?
何せ、私が化けていることもろくに見抜くことも出来ず、外見だけでまんまと騙されちゃって、発情した猿みたいに抱きついてきたくらいだしさぁ。
身体だけを求め合う上辺だけの関係ってところかぁ?」

いくら焦っていたとはいえ、こんな女を、久美子と見誤ってしまったことが、悔しくて。
こんな女に、自分と久美子の絆を、穢されたことが、許せなかった。

「あんたなんかに――」

溢れ出る殺意に駆られるまま、麗奈は、その背から、もう一本の触手を射出せんとする。
狙うは、先と同じく茉莉絵の首輪。
残される久美子の為にも、こいつだけは絶対に仕留めなければならない。

刹那――。

ぼ ん っ!!

乾いた破裂音がタイムリットを告げて、高坂麗奈の生命活動は打ち切られることとなった。




「……れ…いな……?」

炸裂音と共に、戦火の中で散った、紅色の華。
親友の首輪が爆ぜたその瞬間を、目の当たりにして、久美子は呆然と立ち尽くしていた。

「おおー、死んだ死んだ」

今しがた麗奈と交戦していた偽久美子こと、ウィキッドは、まるで花火を鑑賞し終えた後のような気楽さで、ポツリ、と呟いた。
そのまま、放心状態の久美子を一瞥し、ニタリと口元を歪める。

(いやぁ、まさか、こんな面白いものが観れるとはなぁ……)

元々は、先の爆発で、離れ離れとなってしまったヴァイオレットを初めとした得物を捜していただけであった。
しかし、その途中、偶然にも麗奈を発見。
久美子の名前を呼び、必死に駆け回る、麗奈。
その何ともいじらしい姿から、二人の少女の美しい「絆」を感じ取った魔女は、胸を高鳴らせた。

――嗚呼、どうにかして、ぶっ壊してやりたい

そんな歪な欲望に駆られて、魔女は己が姿を、久美子に変貌させた。
そして、形こそ違えど、先に久美子に告げた友情測定テストを実施すべく、麗奈に接触したのであった。

「しかし、あんたらの絆とやらも、てんで大したことなかったよねぇ」

そして、結果はこの惨状。
ウィキッドの変身を見破れなかった麗奈は、それが命取りとなり、首輪の爆破と共に、その身体は分断。
虚ろな目を見開いたままの頭部と、首から下の胴体が、それぞれ血塗られた地面に転がっている。
鬼化によって齎された再生能力も、機能することはない。
高坂麗奈は、完全に絶命したのだ。

「あっでも、あんたは、さっき私の変身を見破れたんだから、あんたの友情パワーは本物だったかもね。うん、それは認めてあげる――」

ウィキッドは、うんうんと頷きながら、麗奈の生首と胴体を拾い上げて、久美子に見せつける。
久美子は、未だ呆然自失。
光の宿っていない瞳で、ただ麗奈だった肉塊を見つめたままだ。

「それに比べて、このクソ女ときたらさぁ……。
化けた私を見るなり、『久美子~!!』なんて馬鹿みたいに飛びついてきちゃって……。
ぷっ――くくくっ……しかも、よりにもよって、真っ裸で!!
きゃはははははは、節操無しにも程があるだろ!! 流石の私もちょっと引いちゃったわぁ」

大声で爆笑するウィキッドに、ピクリと、久美子の肩が揺れ動いた。
その反応に、魔女は、さらに口角を吊り上げると――

「まぁ、こいつに関しては散々煮え湯を飲まされたからねぇ。ざまあねえわな」

麗奈の胴体を、引っ張り上げる。
そして、人形劇に用いられる人形のそれのように、吊り上げられた片腕部分を、自分の口へと近づけると――

ガブリ、と。

思い切り、歯を立てた。

「―――えっ……?」

思考が停止していた久美子は、眼前の光景に目を疑う。

ぐちゃり――
がぎ、ぼぎ、べぎ――
ぐじゅっぐじゅぐじゅぐじゅっ―――。

肉を引き裂き、骨を嚙み砕き、中身を咀嚼する湿った音が、久美子の鼓膜を刺激していく。

「何、やって……」

久美子は、思わず口を押さえた。
脳が理解を拒む。いや、本能が、それを拒絶した。
目の前の光景を信じたくなかったのだ。

ぐじゅっぐじゅぐじゅぐじゅっ―――。

久美子の姿を借りた魔女は、残酷な音を響かせながら、久美子に見せつけるようにして、肉片と鮮血を飛び散らかせながらの凄まじい勢いで、彼女の親友の亡骸を貪っていく。
やがて、胴体の四分の一ほど平らげたところで、ポイっとそれをゴミのように投げ棄てる。
そして、もう片方の手にある麗奈の生首を、久美子に見せつけるように掲げたかと思うと、その脳天目掛けて、手刀を叩き込んだ。

バギッ

頭蓋が割れる音と共に、端正な麗奈の顔が、縦方向に潰れた。
左右の眼球は、それぞれあらぬ方向へと飛び出し、鼻と口は、出来の悪い福笑いのようにひしゃげている。
ウィキッドは、脳漿が溢れでるその頭部に、思いっきり歯を立てた。

バリッガリッ――
ぐちゃっぐちゃぐちゃぐちゃっ――。

まるでデザートといわんばかりに、麗奈の顔面を咀嚼するウィキッド。

「―――あ……あぁ……」

久美子は、さらに血の気が引いていくのを感じた。
眼前の光景を、脳が正しく認識できていない。
否、理解することを拒絶していた。

ぐちゃっぐちゃぐちゃぐちゃっ――。

そんな久美子の心情などお構いなしに、魔女は食事を続ける。
高坂麗奈の残骸を、貪り続ける。

やがて――

「ぷはっ」

三分の一ほど顔面の面積を減らしたところで、ウィキッドが麗奈の頭部から口を離すと、今度はその食べかけの生首を、地面に転がる胴体の上に投げ棄てた。

「あ~不味かったぁ。
くたばった後もクソなあたり、実にこいつらしいわ」

オエオエと、わざとらしくえずきながら、口の周りに付着した血と脳漿を拭った後、ウィキッドは、その手に爆弾を顕現。
そのまま、ポイっと、麗奈の残骸に投げつけた。

ボンッ!!

麗奈だった肉塊が、爆炎と共に四散。
べチャリと飛び散った血肉が、久美子の顔を赤黒く染め上げた。

「……ぁ……」

「特別」になるために、ありったけの情熱を、トランペットに注ぎ込んだ親友の姿かたちはもう存在しない。
久美子の眼前に在るのは、グロテスクに変容した肉片と地面に付着した染みだけとなった。

「まぁ、結論としては、このクソ女は、あんたが友情を覚えるほどの価値はなかったってこと。
黄前さんも、友達はちゃんと選んだ方が良いですよ~、きゃははははははははっ」

飛び散った麗奈だったものの上を、びちゃびちゃと水溜まりで遊ぶ子供のように踏みにじりながら、魔女はくるりくるりと身体を回転させ、快悦のまま嗤ってみせる。

――あぁ、最高の気分だ!! 仲睦まじそうに見えていた女どもの絆を、否定してやった!!

高揚感に連動して、体内の臓物も興奮して跳ねているような快感が、全身を駆け巡っていく。

――嗚呼、堪んない……。私は、この瞬間が、堪らなく好きだ!!

狂気と狂喜に彩られた、血生臭い舞踏―――その様相はまさに、宇宙の塵で踊り狂う、コスモダンサーと言えよう。

「――めて……」

罵られながら、足蹴にされていく、親友だったもの。
放心状態で立ち尽くす久美子の唇から、微かに声が漏れる。

『悔しい…悔しくて死にそう』
『あんたは悔しくないわけ? 私は悔しい! めちゃくちゃ悔しい!』

彼女の脳裏に過るは、麗奈との記憶の断片。

『久美子って、性格悪いでしょ?』
『違う!これは愛の告白。』
『私、特別になりたいの。他の奴らと同じになりたくない。』

元々、うっすらと惹かれていたものはあった。
だけど、大吉山での「愛の告白」を経てから、自分は麗奈に引力を感じていると、改めて確信した。
そして、あれ以来、麗奈とは特別な関係になった。

「きゃははははははははっ―――」

それが壊されていく。穢されていく。
自分たちのことを、何も知らない赤の他人が、土足で踏み込んできて、嘲笑い、荒らしていく。
現実を逃避していた思考が、徐々にクリアになっていき、心の奥底から激情が込み上げてくる。

そして――

「――止めてよっ!!!」

久美子は、腹の底から声を絞り出し、目の前の魔女に吠えた。

「あ~?」

狂った舞踏をピタリと停止させ、ウィキッドは久美子を、睨みつける。
久美子は、その視線を正面から受けて立つと、ずかずかと魔女に詰め寄っていく。

「止めてよ!! 麗奈のことも、私達のことも、何も知らないくせに、勝手なことばっか言って!!
あんたなんかに、私たちの何が分かるっていうの!?
あんたみたいなクズに、麗奈のことを貶める権利なんてないっ!!」

ギロリと、こちらを凝視する魔女の双眸など気にも留めず、久美子は、ポカポカと己が偽物の胸元を叩いていく。

「今でも、これからも、私は、麗奈と友達になったことを、後悔することなんて絶対にない!!」

全身が震えている。
しかし、これは恐怖によるものではない。
胸の内から際限なく湧き出てくる怒りと悔しさが、久美子の身体を、熱く震わせているのだ。

「かっこ良くて、可愛くて、目標にまっすぐで、心に熱いものを持っていて、だけど、実はちょっと脆いところもあったりして―――私は、そんな麗奈と一緒にいることを誇りに思っているから!!」

悔しい。悔しい。悔しい。悔しい―――
激情に身を任せながら、久美子は言葉を紡いでいく。

「だから、私はあんたを絶対に許さない!!
大好きで”特別”だった麗奈を、私から奪って、否定したあんたを死んでも許さないから!!」
「あっそ」

瞬間、久美子はふわりと浮遊感を覚える。

ベチャリ

次に気付くと、肉片の上に仰向けに転がされていた。
久美子の視界には、興ざめした様子で、こちらを見下す自分の偽物の姿が映し出されている。

「じゃあ死ねよ」

氷のように冷たい声が、頭上から降り注ぐ。
偽物の手には、先程麗奈にぶつけた小型の爆弾が握られている。
麗奈を殺した憎き仇は、それを投擲しようと、振りかぶる。

(――麗奈、ごめん……)

必ず、この殺し合いを無かったことにする―――。
その誓いを守れないことを、久美子は心の中で彼女に謝罪し、死を覚悟した。

ダダダダダダダダダダダダッ―――

だが、久美子の耳に轟いたのは、自身の終焉を告げる爆音ではなく、どこからともなく響く掃射音であった。

「あぁんッ!?」
「えっ?」

瞬間、魔女が飛び退き、自身から離れていく姿を目の当たりにして、久美子は目を白黒させる。
何が起こった――? そんな疑問が脳裏を過った刹那、今度は浮遊感を覚え、風圧が身体を包み込んだ。

「黄前さん、大丈夫!?」
「あかりちゃん……?」

そして、久美子の視界に、心配そうな眼差しでこちらを覗き込んでくる、あかりの姿が収まる。
この時、彼女はようやく、自身が抱きかかえられていることに気付くのであった。




あかりから、一連の流れとシュカからの言伝を聞かされた後、カナメは、彼女と行動を共にし、行方知らずの仲間達の捜索のため、奔走していた。
程なくして、二人の“久美子”の姿を目にして、片側の“久美子”が、もう片方の“久美子”を転がして、悪意に満ちた表情で、その手に爆弾を顕現させたのを認めると、手に持つ銃口をそちらの“久美子”へと向けた。
その者の正体が、何らかの方法で他者に変身し、悪意を振り撒く魔女であると確信したからだ。

「ウィキッドぉおおおおおおおおっーーー!!」

怒号とともに、機関銃が火を噴いて、火神槌の担い手と、絶望の魔女による殺し合いの第三幕が幕を開けた。

「きゃはっ♪ 熱烈なラブコールありがとう、カナメ君!!
随分と私にご執心のようで、お姉さん、嬉しいよ!!」
「黙れっ!!」

銃口の先では、久美子に化けたウィキッドは口角を吊り上げつつ、バク転や側転を織り交ぜながら、弾幕を避けている。
余裕の表れなのか、時折回避の最中に軽口を挟んで、挑発してくるが、カナメが取り合うことはない。
ただひたすらに、眼前の悪意を排除すべく、鉛玉を撃ち込んでいく。
しかし、先の交戦で銃弾の雨を嫌というほど味わった魔女は、カナメの腕の動きと銃口の向きに、その意識を集中。
そこから射線を先読しつつ、鬼ならではの過剰強化された身体能力と反応速度を駆使して、銃弾を潜り抜けていく。

「っ……、くそがっ!」

銃弾が空だけを切り裂き、周囲に散らばった炎にただただ吸い込まれる中、カナメは忌々しげに吐き捨てる。

確かに、機関銃の掃射自体は強力無比なものではある。まともにその弾幕を浴びることあれば、如何に鬼の身に堕ちたものであろうと、無視できない脅威になりえる。
事実、先の戦闘では、臨也との連携の最中、機関銃の掃射を皮切りに、この憎き魔女を、あと一歩のところまで追いつめている。
しかし、機関銃の操り手はカナメ―――如何に度重なる修羅場を潜り抜けてきたとはいえ、その動体視力と身体能力は、人間の範疇を超えるものではなく、断罪の弾丸は、俊敏に四方八方跳び回る魔女を捉えることは叶わない。

「なあ――」

暫くの間、回避に専念して、苛立つと焦りで表情を歪めるカナメを、さながら檻の中の猛獣を愛でるかのように、嗜虐的な瞳で観賞を愉しんでいたウィキッド。
しかし、そろそろ観賞にも飽きてきたのか、その眼をすっと細めると、

「そろそろ、反撃するからさぁ。
いっぱい、いっぱい、痛がってくれよな♪」

そう宣言して、体勢を前のめりに倒したかと思うと、地面を思い切り蹴って跳躍。

「っ!?」

機関銃の銃口が、魔女の反転攻勢を捉えるよりも早く、その懐に潜り込む。

「ほーら、捕まえたぁ」

そして、カナメの腹部に肘打ちを食らわせ、その身体をくの字に折り曲げる。
機関銃は彼の手から放れ、彼が奏でていた銃撃のワルツは中断される。
さらに、がら空きになった彼の顎先に向けて、膝蹴りを一発。

「がっ……!?」

脳内に星が煌めくような衝撃を食らい、カナメは地面に倒れ伏す。
ウィキッドは、悶えるカナメの様相に、ぐにぃと口元を歪める。
そして、そのまま、彼の頭蓋を踏み砕くべく、足を振り上げる。

「駄目っ!!」

パ ァ ン !!

しかし、突如、銃声が響き渡ると、ギロチンのように振り下ろされんとしていた足は撃ち抜かれた。

「はぁ?」

ドクドクと流れ出る自身の血に、ウィキッドは呆けた声を上げる。
折角のお楽しみの時間に、水を刺された形となってしまった魔女は、先程までのハイテンションとは打って変わり、気怠そうに、振り上げていた足を引っ込める。
そして、銃弾が飛来した方角に視線を向けると、そこには横槍を入れてきたであろう白髪の小さな少女が、後方に控える久美子を庇うように佇んでいた。

「あなたが…、ウィキッド……」
「あん? だったら、何なんだよ、白髪チビ」

そう言えば、どさくさに紛れて、久美子を掻っ攫っていった奴がいたなと、ウィキッドは記憶の欠片から呼び起こしつつ、ドスの効いた声と共に、白い少女に睨みつける。
しかし、少女はウィキッドの威圧に臆することなく、その視線を受け止めると、静かに問いを紡いでいった。

「――どうして……、アリア先輩を殺したんですか……?」
「あぁ? お前、あのピンクチビの知り合い?」

ウィキッドが眉を吊り上げて、問いを返そうとしたその時、足元で未だ悶えていたカナメは、少女の方を向いて、「あ、あかり……」と呟いた。

「――あかり……?」

カナメの呟きを聞いたウィキッドは、再度少女の姿を凝視。
そして、彼女の制服が、アリアの着ていた制服と同じものであると認識すると、合点がいったとばかりに、声を張り上げた。

「あぁ、そっか、そっか、なるほど……!!
あんたが、間宮あかり!! ピンクチビの後輩ちゃんって訳かぁ!!
きゃはははははっ、こりゃあ良いわぁ!!」

そして、新たな玩具を見つけた子供の様に、その眼を爛々と輝かせる。

「それで、あんたが知りたいのは、私が、何であのピンクチビ――アリアを殺したか、だっけ?」

問い掛けるウィキッド。
しかし、あかりは応えることはなく、ただじっとウィキッドを睨みつけている。
ウィキッドは、その視線を心地良さそうに受け止めながら、「きゃはっ」と嗤うと――

「理由は単純で、あいつが、私の邪魔してきたから♪
私大嫌いなんだよねぇ……、ああいう無駄な正義感振りかざして、ああだこうだ言ってくるクソ生意気な馬鹿女はさぁ」

さも愉快そうに、喜色満面に、嘲るように言い放った。
対するあかりは、愉悦に満ちた魔女を見つめたまま、不動――しかし、その表情は、次第に強張っていく。
そんな彼女の反応を、魔女は愉しそうに観察しながら、さらに言葉を紡いでいく。

「くくくくっ……、しかし、あいつが、くたばる瞬間は傑作だったわぁ~!!
あー駄目だ、思い出しただけでも、腹が痛い……。
あいつが死に際にほざいた言葉、何だったと思う?」

ピシリ、ピシリ――

魔女が吐き出す言の葉が、あかりの心に、亀裂を生じさせていく。

――駄目……。これ以上、この人の悪意に耳を傾けてはいけない……。
――じゃないと、あたしが、あたしでいられなくなってしまう……。

あかりの本能がそのように警鐘を鳴らすも束の間。
魔女は更に言葉を重ねて、彼女に揺さぶりを掛ける。

「涙を流しながら、『……ママ……』だってさぁ!!
きゃはははははははっ!! おしめもとれてない、マザコンの分際で、正義の味方気取ってんじゃねえよ、ばーかっ!!!
いやぁ、あんたにも見せたかったわぁ!! 最高に笑えたから、あいつの無様な死に様!!」
「――っ!!」

ピキピキピキピキピキ――

あかりの中で、感情の激流が、溢れ出す。
それに圧される形で、心に亀裂が広がっていく。
やがて、亀裂が亀裂を呼び、内にある堤防が、遂に決壊しそうになった時――。

「……この、ゲス野郎――」

魔女の足元で、カナメが身体を起こし、憎悪に満ちた瞳で、ウィキッドを睨みつけると、

「やっぱり、お前みたいな奴は、生きてちゃいけねぇ……。
お前みたいな奴は、どこの世界にも、存在しちゃいけねえんだよ、ウィキッド !!」

その手に、黒に煌めく拳銃を顕現させ、魔女の急所たりえる首輪へと、銃口を向ける。

己が殺めた、罪なき者への、止め処ない冒涜--。
遺された者には、嬉々として悪意を振り撒く、悪鬼羅刹の如き所業--。
その吐き気を催す蛮行に、友人を殺害した外道の影を再度重ねて、激情に流されたまま、カナメはその引き金を引かんとする。

しかし――

「うるせぇよ」

ドゴォ!!

弾丸が射出される直前、ウィキッドは、素早くこれに反応。
結果、銃口より硝煙が吐き出されることはなく、鈍い音が木霊すると――。

「がはぁっ……!?」

カナメの身体は、缶蹴りの空き缶の如く、宙へと蹴り飛ばされてしまう。
そして、勢いそのまま、放物線を描きながら、燃える茂みの向こう側へと翔けていった。

「はぁ……、こっちは、楽しい、楽しいガールズトークに花咲かせてるんだから、邪魔すんじゃねえっつーの!!」

ウィキッドは、気怠そうにしながら、その手に、握り拳ほどのサイズの爆弾を顕現。
それを、カナメの吹き飛んでいった方向へと放り投げる。

どかん!!

「――カ、カナメさんっ……!?」

忽ち、茂みの向こう側から、爆炎と黒煙が立ち昇ると、あかりは、ハッと我に返る。
慌てて、カナメがいるであろう方角へ、駆けつけんとするも、その前に立ち塞がる影が一つ。

「しかし、『お前みたいな奴は、生きてちゃいけねぇ』か……、クククっ……」

自らが引き起こした爆炎には目もくれず、 “黄前久美子”の姿を借りた魔女は、薄らと口角を吊り上げながら、唇を噛み締めているあかりと相対する。

「きゃはははっ……!! なぁ、おい、あかりちゃんよぉ!!
あんたも、カナメ君と同じ意見なのかなぁ?」
「そこ、退いてくださいっ!!」

魔女の問い掛けに、あかりは応じることなく、突貫。
両手両脚を狙った銃撃を織り交ぜながら、地を蹴り上げる。
目的は殺害ではなく、あくまでも、眼前の脅威を無力化した上での、突破だ。

「私みたいなクソったれは、生きてる価値はない――だから、とっとと殺しちまった方が、世の為、人の為……ってかぁ?」

しかし、過剰強化された魔女の動体視力は、迫る弾丸の悉くを捕捉。
軽快なステップで、銃撃をひらりひらりと躱しながら、爆弾を次々と投擲。
爆撃のカーテンを以って、あかりの進路を阻むと、足を止めた彼女に、瞬く間に肉薄――その小さな頭蓋を穿たんと、貫手を放つ。

「……っ!!」

しかし、あかりも咄嗟に反応。
サイドステップを刻むと、風を切る刃と化した貫手は、右頬を裂くまでにとどまり、直撃には至らない。
空を穿った貫手を横目に、あかりは片手に握る銃を、魔女の脚部目掛けて、引き金を引く。

パァン!!

乾いた銃声が木霊すると、鉛の弾丸が一直線に射出され、魔女の脚部――脹脛へと命中。
着弾点より赤々とした火花と血飛沫を飛び散らせる。
だが、魔女は臆するどころか、むしろ、その口角を吊り上げる。

「お前、さっきから手足ばっか狙ってるけどさぁ―――」

そして、脚部に生じた風穴ををものともせず、地を蹴り上げたかと思うと、そのまま身体を一回転。

「もしかして、先輩の仇を取るつもりないの?」

問い掛けと同時に、遠心力を宿した損傷した側の右脚を、あかりの側頭部へと叩き込んだ。

「く……っ……!?」

バゴン!という鈍い音が、耳朶を打つと、あかりの小柄な身体は横転。
野球ボールのように、地面の上をバウンドするも、素早く受け身を取って、飛び起きるあかり。
間髪入れずに、ウィキッドは、手榴弾を振りかぶる。

「何だよ、折角ピンクチビ先輩を殺した奴が、目の前にいるってのに、憎いと思わないわけ? 殺してやりたいとも思わないわけ?」
「……。」
「あんたらってさぁ、先輩後輩ってだけで、実際はただそれだけの、薄っぺらい関係だったんだね〜。
いや、むしろ、パシリとかでこき使われてた感じ? だったら――」
「違うっ……!!」

嘲る声音と共に、投げつけられる爆弾。
あかりは、怒気を孕んだ叫びを上げて、弾丸を撃ち込み、これを迎撃。
空中で爆弾が炸裂していくと、爆音と爆炎が、周囲に広がり、熱風が、あかりとウィキッドの肌を撫でていく。

「あたしは、アリア先輩が好き……、大好きっ…!!
この想いだけは、絶対に否定させない……!!」
「ふーん、それで?」

銃弾と爆弾が交錯し、硝煙と爆炎が入り乱れる戦場で、二つの影が飛び交う。
少女の悪意と、少女の想いは、激しくぶつかり合う。

「――だから……、あたしからアリア先輩を奪った貴女のことは、決して許さない……!!」
「きゃははははっ……、だったら、私のこと、ちゃんと殺しに来いよ、チビ助ちゃんよぉ!!
ほらほら、あんたの大大大好きな先輩の無念を晴らせるチャンスなんだぞ!!」

爆撃と共に、投げかけられるは、ドス黒く、悪意に満ちた復讐への誘い―――。
傷だらけとなった、あかりの心を抉るように、ウィキッドは彼女の憎悪を煽っていく。
あかりは、その瞳を揺らしつつ、地を蹴り上げ、魔女の悪意と向き合う。

「ううん……あたしは、そんなこと…しない……。
だって、あたしは武偵で―――、そんなことは、アリア先輩も、きっと望まないから……!!」

あくまでも無力化を狙った射撃を繰り出しながら、自分に言い聞かせるかのように、言葉を紡いでいく、あかり。

――武偵法9条。
――武偵は如何なる状況に於いても その武偵活動中に人を殺害してはならない

如何に、異能の力を得たとしても、如何に、”人間らしさ”を失っても、間宮あかりは、武偵であり続けることを諦めていない。
如何に、ウィキッドに対する憎しみが込み上げてきても、その都度、憧れの先輩の後ろ姿が脳裏に過ぎっては、武偵としての矜持と信念が、あかりの理性を繋ぎとめていた。

ウィキッドは、鬼化に伴って、異常な回復能力を有していると聞き及んでいる。
先程、撃ち抜いた脚の傷が、既に塞がっているのを見るからに、その情報に間違いはないのだろう。
しかし、それでも、あかりは武偵として、急所になりえる箇所は狙わず、両手両脚のパーツへの照準に拘り、狙撃を行っていた。
間宮の家で磨いた狙撃術を駆使すれば、人体の各急所を撃ち抜くのは容易いのにも関わらず、だ。

「あっそ、随分とご立派な志を、お持ちなこったねぇ。
あそこで突っ立てるザコとは、大違いだわ。偉い偉い~♪」

そんな、あかりの覚悟を、嘲りを以って受け流した、ウィキッド。
地を跳ねて、くるりと宙を返りながら、その視線を、自身の遥か後方へと向けた。

「……!? ――ウィキッドっ……!!」

視線の先にいたのは、久美子。
魔女の悪意によって、自身の”特別”を奪われ、“絆”を蹂躙された少女。
久美子は、自身と同年代の二人の少女による、常人離れした闘争に対して、ただただ己が非力を痛感―――介入したくても介入できない現状に、なす術なく、傍観に徹していた。
しかし、唐突に自身に注がれた魔女の視線に、溢れかえる憎悪と殺意を込めた視線で、応えてみせる。

「きゃはははははっ、それじゃあさ、頑張るあかりちゃんに、ちょっとした、ご褒美♪」

怨恨だけで人を殺めることが出来るのであれば、即死になりえるであろう禍々しい視線を、心地よい風のように迎え入れた魔女は、その手に、それまでのものとは一回り大きな爆弾を顕現。

「これから面白いもの、見せてやんよー!!」

ニタリと口元を歪めながら、キャッチボールの要領で、久美子目掛けて、爆弾を投擲した。

「……っ!?」
「――黄前さんっ!!」

放物線を描きながら飛来する爆弾が、久美子の元に着弾する寸前―――。
あかりは、疾風の如き身のこなしで、久美子に飛びついては、彼女を庇うように抱え込んだ。

どかん!!

直後、爆弾が炸裂するも、二人はどうにか爆発に巻き込まれことはなく、事なきを得る。

「黄前さん、下がって……」
「あかりちゃん……」

起き上がった二人の眼前には、爆発の衝撃で舞い上がる土埃と煙。そして、その中から、近付いてくる一つの影。
視界がぼやつき、未だ、はっきりとした輪郭は確認はできない。
しかし、それが誰なのかは明らかで、あかりは、久美子を庇うように、立ち塞がると、銃口を、そのシルエットへと向けた。

「ねえ――」

しかし、煙から姿を現したのは、先程まで対峙していた“黄前久美子”の偽物などではなかった。

「――えっ……?」

思わず目を開く、あかり。
それも無理はない。何しろ彼女の眼前にいるのは―――

「どうして、私に銃を向けているの、あかり?」
「…ア、アリア……先輩……?」

鮮やかな緋色の長髪をツインテールで纏めた、小柄ながらも、美しさと可憐さを兼ね備えた、あかりが、誰よりも敬愛する、彼女の戦姉妹(アミカ)。
東京武偵高強襲科2年所属Sランク武偵、神崎・H・アリア――その人の姿に、違いなかったのだから。

「な、何で……どうして……? だ、だって……アリア先輩は……」
「ねえ、あかり。もう一度聞くわ。
どうして、私に銃を向けているの?」
「ち、違っ……、これはっ……!!」

動揺と混乱が、あかりの身体を揺るがす。
こちらを鋭く、しかしまるで生気を感じさせない瞳で見据える、アリアの姿。
聞き慣れた声音、しかし、まるで感情の籠っていない声色に、彼女の戦妹(いもうと)は激しく狼狽し、思わず銃を引っ込めようとする。

「騙されないで、あかりちゃん!!
こいつは、あかりちゃんの先輩なんかじゃない!!」
「っ!!」

しかし、彼女の背後にいた久美子は、そんな、あかりを叱咤。
その声によって我に返ったあかりは、慌てて銃を構え直し、“アリア”へと向けた。
“アリア”は、そんなあかりをまじまじと観察すると、唐突に、ぐにゃり、と口角を吊り上げた。

「――つってなぁ!! きゃははは、どうよ、あかりちゃん。
大好きなアリア先輩と再会できた感想は?
健気に頑張る、とってもお馬鹿なあかりちゃんへの、私からのご褒美なんだけど、気に入ってくれたかぁ?」

冷静に考えてみれば、分かることだ。
先の二人の“久美子”を鑑みれば、ウィキッドが、他者に変身できるのは明らかで、アリアに化けることなど造作もないだろう。

(――しっかりして、あたし……。見た目に騙されちゃ駄目……。
黄前さんの言う通り、目の前のこの人は、アリア先輩じゃない……)

あかりは、自身にそう言い聞かせながら、眼前の存在を、無力化すべき脅威として、銃を構え続ける。

しかし--

「おいおい、手震えてんぞ、あかりちゃん」

偽物の嘲りの中で、あかりは、自身の手がガクガクと震えて、銃の照準が定まらないことを自覚する。

「きゃははははっ、やっぱ、あれか?
いくら偽物だって分かっていても、大好きな先輩には鉛玉撃ち込めないってかぁ?」

(――違う……。そんなのじゃない……)

ウィキッドの指摘は、的を外れている。
訓練などで、アリアに銃口を向ける機会は、多々あった。
今更になって、銃口を向けることに躊躇いなどはない。

では、何故手元がこんなにも乱れているのか?
それは、アリアを殺した張本人が、よりにもよって、アリアの姿を借りて、また悪意をまき散らしている--その事実に対して、激情が込み上げ、あかりの心を激しく揺さぶり続けているが故であった。

「――我慢ならないよね、あかりちゃん……。
こんな奴が、大切な人の姿で、好き放題してるのって--」
「……黄前さん……?」

自身の気持ちを代弁するかのような、久美子の言葉に、あかりは、思わず彼女の方へと視線をやる。
久美子は、その大きな瞳を涙で潤ませながら、キッと“アリア”を睨み付けた。

「さっきの人の言う通りだよ……。こいつは、麗奈と、あかりちゃんの先輩を殺した……。
それだけに飽き足らず、今度は死んだ人の姿まで勝手に使って、冒涜して……。
こんな奴は、生きてちゃいけない……!!」
「……高坂さんが……?」

その言葉を受けて、あかりは初めて、麗奈も魔女の悪意によって、亡き者にされたことを知った。
そして、理解した。
何故久美子がウィキッドに対して、ここまで憎悪を剥き出しにしているのかを。

「言ってくれるねぇ、黄前さん。
それじゃあ、どうする? 私を殺しちゃう?
っていうか、そんな事できるの? あんたみたいな、何も出来ないザコが?」

くつくつと嗤いながら、挑発の言葉を紡いでいく“アリア”。
悪意に満ちた問いかけに、久美子は更に険しい表情を浮かべ、唇を強く噛み締めると、ぶちりと一筋の血が滴り落ちた。
憎悪に装飾された形相で、ぷるぷると震える久美子の反応に、ウィキッドは、ますます楽しげに口角を吊り上げると、自らの後方―――麗奈の残骸がある場所に指を差す。

「きゃはははははっ、やれるものなら、やってみろよ。
そしたら、あそこに散らばってるゴミ屑も、少しは浮かばれるってもんだよ!!」

――ぶちりっ!!

瞬間、久美子の唇から、夥しい量の血が滴り落ちたかと思うと、彼女は勢いよく飛び出し、“アリア”の元へと駆け出した。

「う”う”あ”あ”あ”あ”あ“あ”あああああああああああーーーっ!!」

普段は金管楽器に注入する、肺活量と気管の強度を以て、金切り声のような咆哮を上げる久美子は、獣のような姿勢で、地を蹴り上げていく。
もはや理性などは、欠片も残っておらず、ただ眼前の魔女に、憎悪と殺意の全てを叩き付けんと突貫していた。

「きゃはっ――」

武器も持たずに、ただただ突進してくる生贄―――。
その哀れ極まりない姿に、“アリア”は口元を歪めてほくそ笑むと、青白い筋を浮かび上がらせた腕で、接近する久美子の心の臓を穿たんと、貫手の構えを取る。

だが――

ヒュン!!

突貫する久美子の背後より、疾風を伴った影が、飛来してきたかと思うと―――

「……があっ!?」

横殴りに、久美子を突き飛ばし―――

バババババァンッ!!

彼女が地面に叩きつけられるのとほぼ同時に、複数の弾丸が、"アリア"の身体に見舞われた。

「――が、は……っ」

途端に、仰向けに倒れる、偽りの肉体。
神崎・H・アリアを模した、美しい面貌は見るも無残に破壊され、三つの赤黒い空洞からは、ドクドクと鮮血を垂れ流し続けていた。
弾痕を穿たれたのは、額、右目、左目、喉、左胸――何れも人体の急所として、知られる箇所付近に一発ずつ。
喉を貫いた弾丸に至っては、後数ミリでも下にズレていれば、首輪をも作動させていただろう。

「――何、今の……?」

未だ何が起こったか理解できない久美子は、身を起こすと、前方に、自身の怒りの矛先であったはずの魔女が、無様に風穴を晒しながら、天を仰ぎ見ている光景が飛び込んで来た。
そして、その彼女の元へ、ゆっくりと銃に弾丸を充填しながら、歩んでいく影を視界に捉える。

「あ、あかりちゃん……?」

久美子は、その影の正体があかりであると認識して、その名を呟く。
それに呼応するようにして、白髪の少女は久美子の方へと、チラリと一瞥するが、

「――っ!?」

その横顔を見て、久美子は思わず絶句―――憎悪で燃え滾っていた久美子の心は、驚愕と困惑によって塗り替えられた。

それも無理からぬこと。
間宮あかりが、本来どんな女の子だったのかは、久美子には分からない。
しかし、彼女から見た、間宮あかりという少女は、この殺人ゲームによって、心身ともにすり減らされた影響か、口数は少なく、大半の時は、沈痛な面持ちを浮かべていた。
この殺し合いに同じく苛まれてきた久美子も、自身と同学年である少女が抱いていたであろう、陰鬱な心情は痛い程に理解し、共感を覚えていた。

しかし、そういった、あかりへの印象も、今しがた垣間見せた面貌によって、塗り替えられた。
それまでの弱々しい先入観があったからこそ、その変貌ぶりは、より強烈に久美子の心に刻み込まれ、ぞっ…と、怖気すらも走らせたのである。

「……。」

武偵の少女が、己が先輩の姿をした魔女へと、歩み寄っていく。
彼女が歩を進めていく度、ぐにゃり、ぐにゃり……と、空気が歪んでいく錯覚を、久美子は憶えた。
それ程までに、あかりが形成している面貌は、おどろおどろしく、見るものに畏怖と威圧を与えるものであった。

「きゃはははははははははっ、良い面構えになったじゃねえか、チビ助っ!!」

あかりが残り数歩の所まで接近すると、"アリア"は勢いよく飛び起き、愉快そうに嗤いながら、相対する。
撃ち抜かれてしまった箇所は、超常の治癒能力によって、既に塞がりつつあった。

「――本当に、頭撃たれても死なないんですね……」

「うん、まぁ、気に食わねえ奴から押し付けられたのは癪だし、クソみてえなデメリットはあるけど、この特性自体は気に入ってるぜぇ。
お陰で一杯一杯楽しいもの見れてるからなぁ!!」

「そう、それなら良かった」

「あぁ?」

爆弾を片手に臨戦体制を取るウィキッドに、あかりは、ぽつりと呟く。
訝しむウィキッドに、あかりは、その表情を崩さないまま―――

バババァンッ!!

目にも止まらぬ早業で、三発もの銃弾を発砲。
狙いは、ウィキッドの眉間、右胸、左胸の三点。
コンマ秒にも満たない世界にて、撃ち抜かれた速射であったが、魔女は咄嗟に反応。
サイドステップで弾丸を回避しようとするも、如何せん、超至近距離での発砲―――完全には避けきれず、一発が右肺を貫いた。

「あなたは、どれだけ痛めつけても死なない……。
つまり、殺さずに、償わせることができる―――それが分かっただけでも、良かったってことです」

「――がほっ、ごほぉっ……!! 『償わせる』だぁ……!?」

血反吐を吐きつつも、魔女は、依然として、不敵な笑みを返す。
刃物のように尖った、その鋭い視線を向けられても、あかりは表情を一切変えることなく、銃口を、ウィキッドへと向ける。

「あたしは、あなたの口から、謝罪の言葉を聞きたい―――」

ババババァンッ!!

一切の躊躇いなく、放たれる弾丸。
嗤う魔女の胴体に吸い寄せられるように、四発の銃弾が迫る。

「あなたが殺してきた人達、あなたに大切な人を奪われた人達―――」

ウィキッドは身体を捻りつつ、右後方へと跳ねることで、それらを躱さんと試みる。
しかし、あかりは、そこでは止まらない。

ババァンッ!!

「――っ!?」

更に続けざまに二発発砲すると、見事に、空中で身を捻っていたウィキッドに着弾。
一発目は、右耳を血飛沫と共に弾き飛ばし、もう一発は、額に再び紅色の穴を穿った。
着地する、偽りの“アリア”。ドクドクと、額からは夥しい血が垂れ流され、顔面は紅色に染められるが、それでもペロリと口の周りの血を舐めとると、眼光はより鋭いものへと昇華させ、あかりと対峙する。

「あなたの悪意に蹂躙された全ての人達に、謝ってくれるまで―――」

先と同じ、見る者の背筋を凍らせるような形相を張りつかせて。
静かに、冷たく、それでいて、確かな怒りを滲ませた口調で、武偵の少女は宣告する。

「あたしは、あなたの身体に風穴を空け続けるから……!!」

間宮あかりは、武偵であり続けることを、諦めていない。
武偵を諦めることは、母との約束を裏切ることになるから――。
そして、いなくなってしまった、かけがえのない人達との繋がりを、断ち切ることになってしまうと考えたから――。

その一方で、己が内でマグマのごとく煮えたぎる憎悪と憤怒を、抑えることも止めた。
自分からアリアを奪って、あまつさえ彼女を侮辱し、そして、その姿を模倣して、彼女の尊厳を貶めることを、平然とやってのける、眼前の魔女。
鬼化の影響で、超常の再生能力を得た彼女は、急所を穿たれたとしても、致命傷にはなりえないようで、恐らくは、首輪を作動させない限り、絶命に至る事はないだろう。
対峙する上では厄介極まりない特性ではあるが、今回に限っては、この不死性については却って都合が良かった。

-――感情の赴くまま、ありったけの弾丸を撃ち込んで、徹底的に痛みを分からせた上で、心を折る。

それが、ウィキッドに対して下した決断。
間宮あかりという少女は、この殺し合いの会場にて、初めて、誰かに対して明確な害意を露わにしたのであった。

「――く、くくっ……。あぁ、良いぜ、上等だよ……」

怒りに震える銃口を向けられながらも、魔女は、なお嗤い続ける。
突きつけられた宣告を、むしろ、楽しんでいるかのような態度で、前傾の構えをとると――

「やれるもんならやってみろよっ、クソチビッ!!」

両の手に爆弾を顕現させるや否や、あかりに向けて、跳躍。
刹那―――銃声と爆音が、ほぼ同時に轟くのを皮切りに、間宮あかりと水口茉莉絵による闘争劇は、激化の一途を辿ることとなった。

前話 次話
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― 投下順 戦刃幻夢 ―君臨する白―

前話 キャラクター 次話
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― 高坂麗奈 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― 黄前久美子 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― 岩永琴子 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― 間宮あかり 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― ロクロウ・ランゲツ 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― 折原臨也 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―) オシュトル 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― カナメ 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― クオン 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― 東風谷早苗 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― ウィキッド 戦刃幻夢 ―君臨する白―
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で― ヴライ 戦刃幻夢 ―君臨する白―
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