バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―

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kyogokurowa

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「おいおい、さっきの啖呵はどうしたよ、あかりちゃ〜ん♪
私に鉛をぶち込みまくって、懺悔させるんじゃねーのかよ?」
「……くっ……!?」

間宮あかりの怒りと、ウィキッドの悪意が交錯する戦場は、銃撃と爆撃の二重奏が絶え間なく響き渡り、元々散らばっていた火神(ヒムカミ)の残滓に付け足す形で、爆炎と土煙が彩りを与えていた。

「最初だけは良かったんだけどさぁ。
こんな、へなちょこ射撃じゃ、ピンクチビ先輩も浮かばれないわぁ―――」

爆炎と土煙の先で、わざわざ神経を逆撫でするような言葉で語り掛けてくる、“アリア”の声色。

「黙って……!!」

視界は遮られてはいるものの、あかりは、研ぎ澄まされた聴覚と、培われた勘を頼りに、声のする方へと銃火を返す。
しかし、視界の向こう側では、ほぼ同時に、魔女が素早くステップを刻んで、大きく跳躍。
数発の弾丸は、その小さな体躯を掠めて肉を抉るも、痛みに慣れた魔女の動きを殺すには至らず。
立て続けに、宙に躍動中のウィキッドの胴体目掛けて、弾丸を射出していくも、多くの弾丸が的を外れ、辛うじて二発ほどが腹部に穴を穿つ程度。それだけでは、ウィキッドの活動を停止することは叶わない。

「はい、残念〜!!」
「っ!?」

お返しとばかりに投擲される三つの手榴弾。
あかりは瞬発的に、後方へと飛び退きつつ、引き金を引いて、三発。
それぞれが空中で手榴弾に直撃し、爆ぜる。
撃墜に成功するも、再び爆発によって生じた爆炎と土煙が、あかりの視界を遮り、ターゲットたる魔女はせせら嗤う。

「あーあー、こんな出来の悪いのが、私の後輩だったなんて、興醒めだわぁ」
「――るさい……」

アリアと同じ声色で、アリアの口調を模倣して、アリアに成り切って、挑発してくるウィキッドに、あかりは苛立ちを弾丸に乗せて、放つ。
しかし、その悉くは魔女を捉えることは出来ず、反撃の爆弾を見舞われては、防戦および回避に専念せざるを得なくなってしまう。
開戦当初こそ、正確無比な速射を繰り出す、あかりが全面的に圧していたのだが、時間が経つにつれて、戦況は一変。あかりの狙撃が、精密さを失うにつれ、自身が巻き込まれることも省みない爆撃を繰り出す、ウィキッドに趨勢が傾くようになった。

――それでは、何があかりの射撃の精度を狂わせているのか?

傍から見れば、あかりの視界を遮り、立ち込める爆炎と土煙―――それこそが原因であるようにも思える。
しかし、その実、間宮の術を解禁したあかりにとってみれば、感覚を研ぎ澄ますことで、視覚情報に頼らずとも、聴覚と気配から、相手の位置取りを察知することは、そう難しいことではない。
事実、狙撃の際は、ウィキッドのおおよその位置情報は把握できていた。

にもかかわらず、何故あかりの狙撃は、魔女を捉えきれないのだろうか?

「うえーん、ママぁ……、あかりの射撃が下手くそすぎて、私の仇取ってくれそうにないよーん」
「――うるさい……!!」

根本の原因は、あかりの内で蓄積されていく、怒りと苛立ちにあった。

アリアの姿と声を借りて―――
アリアの口調を真似て―――
アリアの人格を貶める言動を織り交ぜての―――

度重なる挑発の類によって、引き起こされた激情は、あかりの手元を狂わし、弾道を逸らさせ、結果として、ウィキッドの被弾率を激減させていったのである。

「先輩は、そんな事言わない!!」

バババァンッ!!

怒声と銃声が重なった刹那、放たれる弾丸。
しかし、それらもまたウィキッドの身体を貫くには至らず。

「下手くそで、出来損ないで、お馬鹿さんのあかり。
あんたさぁ、才能ないんだから、武偵なんて、さっさと辞めちゃえば〜?」

偽のアリアは、更なる罵りを口添えして、またしても両の手に爆弾を顕現―――更なる爆撃に邁進せんとする。

瞬間――

「――鷹捲っ!!」
「っ……!?」

突風が正面より突風が吹き抜けたかと思えば、弾丸に勝るとも劣らぬ速度で、砲弾に近い”何か”が肉薄。
寸前で、身を捻ることで直撃を避けるものの、先の突風によって、付近に立ち込めていた爆炎や土煙は、吹き飛び、視界は明瞭になった。
即座に振り返り、今しがた突き抜けた“何か”を捉えようとするも―――

ババババババァンッ!!

ウィキッドは、思考を巡らせる間もなく、鼓膜を殴打する銃声と銃火に晒された。

「……ごほっ……!!」

全身に風穴を空けられ、苦悶の声を漏らしたウィキッド。
銃撃の主は勿論、あかりだ。
鷹捲自体は躱されてしまったが、その余波によって齎された、晴れた視界、縮まった射程、捉えた魔女の隙―――。
そんな好機を、“間宮の継承者“が逃す筈もなく、間髪入れずに、銃弾を装填すると、血反吐を吐くウィキッドに、容赦なく銃弾を浴びせていく。

ババァンッ!!

「……ぐがっ……!!」

ババァンッ!!

一発、二発と弾着を重ねる度に、血飛沫が弾けて、ウィキッドの身体が後方に仰け反っていく。

ババァンッ!!
ババァンッ!!
ババァンッ!!

「ぐ……ぎあ……!!」

執拗に、且つ、無慈悲に浴びせられる弾丸の雨霰。
全身に風穴を穿たれては、そこから生じる灼熱の痛みに、呻きを漏らす、ウィキッド。
あかりは、尚も冷徹に、銃の引き金に指を掛け、更なる弾丸を見舞おうとする。

「ま、待って……!! 私を撃たないで、あかり!!」

唐突に片手を突き出し、制止を呼び掛ける、憧れの先輩の紛い物。
そんな彼女の姿に、ピタリと、引き金を引かんとするあかりの指が一瞬止まった。
贋物だということは十二分に理解している。
しかし、大好きな先輩と同じ容姿で、同じ声色で、同じ口調を以って、懇願されてしまっては、あかりとて、反射的に手を止めてしまうのは、無理からぬこと。

「きゃは――」

その一瞬の躊躇いを、魔女は逃さない。
刹那、手に持つ爆弾を、あかり目掛けて投擲。

「っ……!!」

あかりは、咄嗟に後方に跳んで、爆弾を回避。

どかんっ!!!

と、爆弾が地面に着地するのと同時に、先程までのものよりも広範囲激しい爆炎と衝撃がまき散らされる。

どかんっ!!!

更に爆音の木霊が連続していき、辺り一面は瞬く間に、爆炎と煙によって覆われてしまう。

「……くっ……、ウィキッド……!!」

爆音は尚も続いているが、その発生源が徐々に遠のいていく。
この爆撃は、あかりの進行を牽制するためだけのものではなく、逃走の為の煙幕の役割も兼ねているのだろう。

「――逃がさない……!!」

あかりは、爆煙の中へと飛び込んで、逃走するウィキッドを追撃せんと、駆け出す。
炎と煙が視界を遮り、一寸先すらも見通すのは至難の業ではあるが、それでも飛来してくる爆弾を躱し、時に撃ち落としていく。
そして、投げ込まれる爆弾の方向、角度、タイミングから、投擲手の位置取りを推測すると―――

「そこっ!!」

あかりは、煙の向こう側に銃口を向け、引き金を引いた。

「――い”だい”っ!! い”だい”よぉ、ママぁあああああああああ!!」
「……っ!?」

銃声の木霊として返ってきたのは、大好きだった先輩の情けない悲鳴。

(……あの人、どこまでも、先輩を侮辱して……!!)

唇を嚙み締めると同時に、自分の頭に血が上り、カッと熱くなるのを感じる。
込み上げてくる激情を、引き金を引く力に変えて、容赦なく発砲を続ける。

「――あ“あ”あ“あああああああ、助けて、ママぁあああああ!!!
頭の悪い後輩が、私を虐めてくるよぉおおおお!!」

尚も、耳に飛び込んでくる、神経を逆撫でしてくるアリアの声。
その間も、爆炎は、絶えず生成されていく。
視界の向こうでは、あの悪女が、舌を出して嗤いながら、アリアを演じていることだろう。

「それ以上、アリア先輩を穢すなぁああああああああ!!」

気が付くと、自分自身でも驚くほどの怒号を張り上げ、激情に身を任せて銃火を乱射しながら、爆炎の中を駆け抜けていた。
もはや、狙いも、定めもあったものではない。
ただただ、怒りのままに、仇敵がいるであろう方角に弾丸を撒き散らしては、追走していく。

「――ひぃいいっ……!! 来ないで……、来ないでぇ……!!
……ママぁ……ママぁあああああっーー!!」

もう、うんざりだ。
可能であれば、自分の耳を千切って、聴覚を完全に遮断してしまうとさえ思った。

「あかりのくせにぃ……、あかりのくせにぃ……!!」

こんなにも、他人に対して、悪感情を抱いたのは、未だかつてなかった。
間宮の里を焼き討ちにされたときも、夾竹桃と再会したときでさえ、未だ冷静さを保つことが出来ていたのだと思う。

「――私に、こんな事して!!
絶対に、ママに言いつけてやるぅうう!!」

頭の中に灼熱を感じる。
もはや、何も考えることはできない。
ただ、感情に突き動かされるまま、銃の引き金を引いて、無我夢中に駆けていく。

「――ママぁ……ママぁ……!! 痛いよぉ……怖いよぉ!!」

駆けて、駆けて、炎と煙の中を突き進み―――

「――ママぁ……ママぁ……!! 何で助けてくれないのぉ!?」

駆けて、駆けて、茂みを突っ切り―――

「――ママぁ……ママぁ……!! お菓子買ってぇ!!」

駆けて、駆けて、ただひたすらに、銃を撃ち続けて―――
やがて、煙幕を突破して、視界が開けた場所へと辿り着くと―――

「――見つけた……!!」
「っ……!?」

目を見開き、自身を見据える、“アリア“の姿を認めた。

ババァンッ!!

すかさず、乾いた銃声を鳴らし、偽者の左脚と右脚に、一発ずつ弾丸を叩き込む。

「あ”っ……、がぁあっ……!!」

被弾した箇所から噴出する、紅色の花火。
“アリア“は苦痛に顔を歪めて、その場に倒れ込むが、銃の照準はそのまま。
一旦動きを殺すことは出来たが、超回復能力を保有しているが故、油断は許されない。
再び、立ち上がるような素振りを見せるようものなら、徹底的に銃弾を浴びせるつもりでいる。

「……あ”…が……、…り”ぃ……」

恐らく、先の炎煙越しの乱射によるものだろう。
偽のアリアの喉からは、血が垂れ出ており、銀色に煌めいていたはずの首輪が、紅く彩られている。
ヒューヒューと、苦しそうに呼吸する音が、彼女の口から漏れているのを耳で捉えつつ、あかりは銃口を向け続ける。

「その状態では、喋ることは出来ない……。
謝る気があるのなら、そのまま動かず、大人しくしてください」

冷酷且つ淡々と、言葉を紡いでいくあかり。
発声することが難しいのであれば、喉の損傷が回復するまで待つしかない。
幸いにして、ウィキッドは人智を超えた再生力を有している。
数分もすれば、その口から懺悔の言葉を吐き出すことが出来るだろう。

「……ま”っ……、…で……」

死刑執行人が如く、冷たく見下ろしてくる、あかり。
そんな彼女に対して、“アリア”は首を小さく左右に振り、先刻と同様に片手を突き出し、静止を呼びかけようとする。

バァン!!

「……ぎぃっ……!?」

瞬間、突き出された手の甲に赤黒い穴が穿たれた。
“アリア“は声にならない悲鳴をあげて、被弾した手を、もう片方の手で庇う。

「――動かないでって言いましたよね?
あたしは、あなたに、償い以外の言動は求めていないから…!!」

怨敵を前にした復讐の執行者―――今のあかりを言い表すなら、まさにそれに相応しかった。
少々天然なところこそあれど、人懐っこい笑顔の似合う、明朗快活な少女の姿は、ここにはない。

「……あ”……、が……」

そんなあかりの剣幕に圧倒されたのか、負傷した手を抑えながら、その場で静止する、“アリア“。
それでも、何かを伝えようと、懸命に言葉を紡がんとする。

―――不快だ。

あかりの手に握る銃が、震える。
憧れの先輩の面貌で、あえて惨めな姿を晒すそれは、あかりにとって不快以外の何ものではなかった。
故に、喉の傷が癒えるまでは、これを完全に黙らせるべく、更に圧をかけんとしたその時――。

「――首輪を狙って、あかりちゃん!!」

背後から響く叫び声に、振り返ると、そこにいたのは汗びっしょりのまま、肩で息をしている久美子であった。
非力ながらも、やはり戦局が気になったのであろう---息切れしつつも、あかり達の戦いを見届けんと、ここまで駆けつけてきたのが伺える。

「……黄前さん……?」
「首輪を狙って!! じゃないと、そいつは殺せない!!」

ウィキッドと同じく、鬼の力を得た親友の最期――。
それを目の当たりにしたからこそ、認知した、鬼に堕ちた者の殺し方を、久美子は反芻する。
だが、あかりとしても、首輪の作動こそが、現状ウィキッドを葬り去る唯一の手段であることは、実戦を通じて、認知していた。
しかし、あかりは、その手段を行使するつもりはない。

「――黄前さん、私はこの人に別の方法で償わせる……。だから――」

「あかりちゃんは、そんな奴が、心から謝罪すると思うの?
平然と他人を痛めつけて、弄んで、命を奪って……挙げ句の果てに、その人の人格まで汚すような奴が……!!」

「するか、しないかじゃないよ、黄前さん……!! させるの……!!
償いをする気がないのであれば、徹底的に風穴を空けて、分からせる……!!」

「私も、そいつを痛めつけて、苦しませることには、賛成だよ?
だけど、仮にそいつが、謝罪でもすれば、あかりちゃんは、そいつのやったことを許せるの……?
無罪放免で許せる訳……? あかりちゃんの大事な人を殺した、そいつを……!!」

「……っ……」

「少なくとも、私は、麗奈を奪ったこいつを絶対に許さない……!! 何があっても!!」

語気を荒げて、あかりの決意に異を唱える、久美子。
そんな久美子の剣幕に、あかりは思わず押し黙ってしまう。
久美子の言っていることは尤もだ。
仮に、ウィキッドから懺悔の言葉を引き出すことができたとしても、それで、あかりや久美子の心が晴れることは恐らくないだろう。

しかし、それでも――

「――武偵に、人は殺せない……」

『殺さない』ではなく、『殺せない』。
間宮あかりは、武偵であり続けるため、ウィキッドの首輪の作動を狙うことはない。

「それは、あかりちゃんのルールでしょ……!! 私に押し付けないで……!!
あかりちゃんのルールで裁いても、私は納得しないから!!」
「あたしは、黄前さんに、押し付けてなんか――」
「ううん、押し付けてるよ!!
あかりちゃんは、あかりちゃんの先輩のことも、麗奈のことも、一括りにして、あかりちゃんのルールで裁こうとしている」

しかし、久美子にとって、あかりの事情など、知ったことではない。
二人とも、魔女に対して、罰を与えるべきだという点では、一致はしている。
しかし、仮にあかりのやり方で、ウィキッドが、悔い改めることがあったとしても、受け入れるつもりは毛頭ない。
忌まわしき魔女への罰は、『死』以外にはありえないと確信しているからだ。

「――……。」

久美子の糾弾に、あかりは言葉を詰まらせた。
あかりは、武偵のまま、ウィキッドに激情をぶつけて、償わせるという道を選んだ。
しかし、その決意に至るにあたって、もう一人の被害者である久美子の心情を全く考慮に入れてなかったのは、事実であったからだ。

魔女の断罪を実行するのであれば、同じく、魔女の悪意に翻弄された者として、久美子の意思を無碍にすることはできない。
故に、あかりの内で固められていた決意は、揺るがされる。

「それに――」

言い淀むあかりに、久美子は更なる言葉を紡ぐ。
今尚も苦しそうに呼吸する偽者を指差して、あかりの決意を更に揺るがす、決定的な言葉を。

「あかりちゃんは、人は殺せないって言うけど、そいつは『人』なの……?」
「……っ!?」

自身の決意の根底を揺るがす指摘に、大きく目を見開く、あかり。
久美子は尚も、言葉を重ねていく。

「頭を撃っても、心臓を撃っても、死なない『鬼』なんだよ、あいつは……。
だから、あかりちゃんが言う『人』じゃない!!」
「――ぁ……」

久美子の言及に、あかりは、思い知らされる。
度重なるウィキッドの挑発により、頭に血が上り、冷静な思考を欠いていたため、失念していた。
そもそも、自分達の目の前にいる者は、姿形こそ、自分がよく知る人間であれど、その本質は、人間から逸脱してしまった存在―――つまり、武偵法の定める『人』には、そもそも該当しない可能性があることに。

「だから、例えあいつを殺しても、あかりちゃんは、ルールを破ることにはならないの!!
分かるでしょ!? あいつは、『人』じゃない、人間を食い物にする、化け物なの!!」

“特別”を奪われた少女は叫び、訴えかける。魔女への怒りを原動にして。
ウィキッドという存在は、既にあかりを縛る制約の対象外にあると。
故に、殺してしまえと。

「だから、首輪を狙って、あかりちゃん!!
あいつは、別に殺してしまっても、問題ないの!!」
「――あ、あたしは……」

殺害を促され、武偵の少女が握る銃は再び、揺れ動く。
ウィキッドを殺しても、武偵のままでいられる――そんな解釈をぶつけられたがため、己の内で抑えていたドス黒い感情が、再び湧き上がるのを感じた。
間宮の術を解禁した自分にとって、偽アリアの首輪を射抜くのは、造作もない。
故に殺せる―――そして、それを阻かんでいた制約はもはや存在しない。

「あかりちゃん、撃ってよ!! 殺してよ!! 
そいつが動けない、今のうちに!!」
「……あたしは――」

久美子に煽られるがまま、溢れ出る殺意が全身に染み渡っていくのを感じる。
しかし、同時に、それを拒む理性も、確かに存在していた。

もはや『人』ではなくなったからという理由で、『人』を辞めたものを殺めてしまって、本当に良いのだろうか、と。
それを行なってしまった時、果たして、アリア達は自分を肯定してくれるのだろうか、と。

(アリア先輩……、あたし、どうすれば……?)

感情と理性がせめぎ合い、あかりは銃を構えたまま、もう片方の手で頭を抱える。
苦悩するあかりに対して、久美子は、尚も喚いている。
殺して……、早く殺してよ、と。

その時だった―――。

バ ン !!

「…っ!?」
「きゃあ!?」

突如として一帯に閃光が弾けると、あかりと久美子の視界は、真っ白に染め上げられる。

ガサガサ

目が眩んだ二人が次に知覚したのは、茂みを搔き分ける音。

「――ウィキッドっ!!」

いち早く視覚を回復したあかりの目に飛び込んできたのは、偽のアリアが自分たちに背を向けて、遠ざかろうとしている姿。
偽りの武偵は、あかりと久美子が揉めている隙に、フラッシュバンを顕現。
間髪入れずに投げつけて、二人の視覚を奪ったたうえで、逃走を図ったのだ。
しかし、両足の損傷が尾を引いて、身体を引き摺るよう様な形での歩行となってしまい、二人の視力が回復しきる頃になっても、まだその背は捉えられていた。

「――殺して、あかりちゃん!!」
「逃がさない……!!」

バババァン!!

久美子の号令に呼応するかのように、あかりの銃口が火を噴いた。

「……がはぁ……!!」

弾丸は全てその背中に着弾。
三点の赤黒い穴が穿たれると、”アリア”は、前のめりに倒れた。

「……ぁ……が……」

満身創痍となった、”アリア”。
しかし、それでも懸命に身を捩らせて、芋虫のように地を這い、尚も逃走を試みる。

「――まだ、そんな……!!」

尚も、憧れの先輩の姿で、醜態を披露せんとするその様に、あかりは再び、頭に血が上る感覚を覚えた。
怒りのままに、更に弾丸を叩きこむべく、銃の照準を、その背中に定める。
だが、そんな彼女の照準を遮る様に、一つの影が飛び出すと、一直線に”アリア”の元へと駆け出した。

「うああああああああああああああああああ!!」
「黄前さん……!?」

烈火の如き咆哮を上げながら、"アリア"の元に辿り着いた、久美子。
ふわりとした髪を揺らしながら、その両手を振り上げる。
両の手に握られているのは、漬物石くらいのサイズの岩。
勢いそのままに、それを、偽のアリアの後頭部へと叩きつけた。

ガゴン!!

「……がぁ……」

鈍い音と共に、偽のアリアの頭が地面に叩きつけられる。
そして、その身体が、びくんと大きく痙攣したかと思うと、それっきり動かなくなった。

「……はあっ! はあっ!」

完全に沈黙した"アリア"。
久美子は、荒れた自分の呼吸を整えると、血痕が付着した岩を、再び頭上に振り上げる。
狙うは、眼下の悪魔の首元に巻かれている、銀色の首枷―――これを作動させれば、麗奈の仇を討てる。

「待って、黄前さん!!」
「っ……!? 放してよ、あかりちゃん!!」

だが、振り下ろさんとしてたその腕は、寸前で、あかりの手によって引き止められる。
久美子は、キッとあかりを睨みつけて、自らの復讐を阻んだその腕を振り払わんとする。
しかし、あかりも譲らない。

「やっぱり、駄目……!!
例え、相手が人じゃなくなったとしても、殺すのだけは違う……」

結局、あかりは、ウィキッドへの不殺を選択した。
度重なるアリアへの侮辱で、あかり自身も、ウィキットに対しては、間違いなく憎悪を募らせている。
しかし、それでも、あかりは、敬愛するアリアの戦姉妹として、一線を越えることは避けた。
もしも、アリアが同じ状況に陥ったら、どんな決断をするのか―――それを考えたうえでの答えだった。

「いい加減にしてよ!! それは、あかりちゃんのルールでしょ!?
そんなの、私に押し付けないでよ!!」

しかし、そんな決断は、久美子にとって、無為なものでしかない。
久美子は、あかりの手を強引に振り払おうともがき、あかりは、それを制圧しようと身を乗り出す。

その瞬間―――

「はいはい、二人とも、喧嘩しないのー」

パンパンと手を叩く音と、聞き慣れた声が、響いた。
ハッと我に返った久美子とあかりが振り返ると、茂みの向こう側から、歩み寄って来る人影があった。

「「――えっ?」」

その姿を目の当たりにして、二人は言葉を失った。
それも無理はない。
何しろ、二人の眼前に現れたのは―――。

「……どうして……?」

緋色と白を基調とした制服を身に纏い、ピンク色のツインテールの長髪を靡かせた―――

「ア、 アリア先輩……?」

自分達の眼下で沈黙している、『神崎・H・アリア』。
その人と、まったく同じ容姿をしていたのだから―――。

「きゃははは、何が何だか分からないって顔をしてるねえ、お二人さん」

同じ空間に、死んだはずのアリアが二人存在するという異常事態。
久美子とあかりは、混乱の極みに立たされ、唖然とする他ない。
そんな二人の反応を見て、その“アリア”は愉快そうに、口角を吊り上げる。

「まぁまぁ折角だし、種明かししてやんよ♪」

ケラケラと嗤いながら、懐から取り出されて、二人の前に掲げられたそれは、一本の杖。

「こいつは、『へんげのつえ』。
死んだピンクチビからパクったもんなんだけど、これが中々便利でさぁ。
こいつを使えば、あっという間に、他人に変身することができるんだよねぇ」

まるで、自慢の玩具をひけらかす子供の様に。
“アリア”は、『へんげのつえ』をクルクルと弄びながら、その効果を説明する。

「当然、変身を解除することだってできる、あっという間にね」

こんな風にね、と。
“アリア”は、その手に持った『へんげのつえ』を、自らの頭へと翳した。
瞬間、煙の様なものが“アリア”の全身を包み込み、その姿を覆い隠してしまう。
そして、数秒後――その煙は晴れて、再びその場に姿を現したのだが……。

「これが、本来の私―――」

そこにいたのは、アリアと似ても似つかない、別人。
薄い茶色の髪はボサボサで、無駄にはだけた制服とミリタリーベストを身に纏い、獰猛且つ好戦的な笑みを張り付かせている少女。

「アンタらが、憎くて憎くて仕方ないと思っていた、楽士ウィキッドの本来の姿ってわけよ。
宜しくねー!!」
「――待ってよ……」
「くすっ――、どうしたんですかぁ、間宮さん?」

ウィキッドの“種明かし”を、呆然と聞いていたあかりは問いかける。
顔を強張らせ、声を震わせながら。

「あなたが、ウィキッドだとしたら……。
こっちの“アリア先輩”は、一体……」

チラリと見下ろしたのは、動かなくなった“アリア”――。
アリアだけではない。久美子もまた、事の重大さを認識したようで、青ざめた顔で、「あ…ぁ…」と呻き声を上げていた。

動揺する二人を、ウィキッドはニヤニヤと眺めると、これが答えだと言わんばかりに、倒れ伏せる“アリア”に向けて、杖を振り下ろし、変身の解除を実行。
忽ち、“アリア”は煙に包まれるも、数秒の後、そこから本来の姿を露わにした。

「……そ、んな……」

露わになった、その人物の姿を目の当たりにして、あかりは言葉を失う。
予感はしていた――。
しかし、実際に現実を突きつけられると、あかりは絶望に打ちひしがれ、膝から崩れ落ちた。
そんな彼女に対して、魔女は口元を歪める。

「あーあー、カナメ君も可哀想にねぇ」

スドウカナメは、手脚や背中に穴を穿たれ、倒れたまま――。
うつ伏せで、その表情を伺うことはできないが、微動だにすることもなく、その活動を停止していた。




「――い”だい”っ!! い”だい”よぉ、ママぁあああああああああ!!」

銃撃と爆撃が交差する戦場にて。
この会場で殺害したSランク武偵の姿を借りた魔女は、身体に幾つもの弾痕を刻まれながら、憎悪に駆られる後輩武偵の追撃を、捌いていた。
弾丸が身体を貫き、灼熱の痛みが生じる度に、馬鹿みたいな悲鳴を上げるが、実際にはこれしきの痛みで、魔女の心が折れることはない。
あくまでも、憎悪に駆られる後輩武偵を、揶揄うために、泣き喚いているに過ぎない。

(さぁて、どうしてやろうかなぁ)

頭の悪いマザコン女を演じながらも、魔女は、新しく見出した玩具をどのように虐めてやろうか、ほくそ笑む。
再三揶揄った甲斐もあり、あかりは既に激昂状態で、冷静さを欠いている。
他への注意力が散漫している今だからこそ、何かしらのトラップを仕掛ければ、安易に引っ掛かってくれるだろう。

(おっ、あそこに転がってんのは―――)

地面に倒れ伏せているカナメを発見したのは、そんな時であった。
先程蹴り飛ばした上、適当に爆撃を見舞ってやったが、どうやら原型は留めていたようだ。
炎煙の向こう側にいる、あかりを牽制しつつ、瞬時に首根っこを掴んで、これを回収。

「うぅ……」

尚も続く、あかりとの攻防にて、ウィキッドが高速で翔び交うことで、身体を激しく揺らされると、カナメは、呻き声を上げながら、苦し気に表情を歪める。
爆撃の影響で身体はズタボロとなり、意識を失ってはいるものの、どうやら、死んではないらしい。

「――ひぃいいっ……!! 来ないで……、来ないでぇ……!!
……ママぁ……ママぁあああああっーー!!」

あかりへの挑発を行いつつも、ウィキッドは、たった今生捕りにしたカナメをどのように有効活用するか思考を巡らした末、ふと思いつく。
『へんげのつえ』を利用しての、悪魔のような発想を。

これまでは、撹乱や不意打ちのため、自身に対して再三利用してきたが、付属していた説明書によれば、そもそも変身の対象は、限定されたものではなかった。
であれば、他者に対しても、問題なく行使できるはずだと、杖を取り出し、カナメに振ると、その姿は忽ちアリアへと変貌。
結果として、炎と煙に塗れた、夜天の森の中で、死んだはずのピンク髪の少女が、自分と同じ姿の少女を抱えながら、跳んで駆け回るという奇妙な光景が、展開されることとなった。

「――ママぁ……ママぁ……!! お菓子買ってぇ!!」

その後もウィキッドは、挑発を繰り返して、あかりを誘導。
頃合いを見計らうと、口止めの意味も込めて、変身したカナメの喉の肉を抉り取る。
カナメが、痛覚とともに意識を強制的に覚醒したのを確認すると、放り捨てた。
憤怒に染め上げられた、あかりが猛追する戦場の中へと―――。




「――と、まあこんな感じで、私はカナメ君をピンクチビに変身させて、あんたらの前に差し出した訳よ。
いやぁ、まさか、こんなにも上手くハマってくれるとは思ってなかったわぁ」

物言わなくなったカナメを前にして、ウィキッドは、自身が仕掛けた悪意の全容を、悠々と語った。
明らかとなった残酷な現実に、久美子は、呆然と立ち尽くし、あかりは地面にへたり込んだまま。
魔女は、そんな二人に、悪意に満ちた眼差しを向けながら、更なる追い討ちをかける。

「それで、気分はどうよ、お二人さん?
罪のない人間を、よってたかってリンチして、ぶっ殺した気分はさぁ~?」
「ち、違う……、これは、貴女が仕組んだから――」
「違わねえよ。確かに舞台を整えてやったのは、私だけどさ。
実行したのは、あんたらな訳。あんたらがカナメを殺したってのは、揺るぎない事実なんだよ」
「そ、それは……」

声を震わせながら、否定する久美子。
しかし、ウィキッドが、そんな久美子の言葉を遮り、再び現実を叩きつけると、言葉を詰まらせた。

「あたしが……、カナメさんを……。あたしが……――」

一方、あかりは、地面にへたり込んだまま。
呆然とした表情で、同じ言葉を何度も呟いている。
それはさながら、壊れかけのレコーダーのようで、その表情からは、先程までの鬼気迫るものはなくなり、ただ無気力と絶望が支配していた。

「わ、私は、中身が入れ替わってたなんて、知らなくて……。
でも、あかりちゃんが、その人のことを貴方だと、決めつけていたから……、そ、それで、わ、私……私は―――」

久美子は、尚も、声を震わせながらも、必死に弁明の言葉を紡ぎ出す。
自分の名前を出された瞬間、ピクリと、あかりの肩が、小さく震えた。

「おいおい、ここにきて、責任転嫁かよ。
再三、そいつに殺せ殺せって嗾けた上、トドメの一撃を加えたくせによぉ。
それを棚上げして、自分は悪くないってか? はッ、中々良い性格してんじゃねえか、黄前さん」
「そ、それは……!! そ、そもそも、貴女が麗奈を殺したから―――」
「はぁ~? 高坂麗奈が殺されたから、赤の他人を殺しても許されるって言いたいのか、あんたは?
随分と都合の良い話じゃねえか」
「わ、私は、そんなつもりじゃ……!!」

久美子は、必死に弁解の言葉を口にしようとするが、思考が定まらない。
混乱と、絶望が、久美子の思考を泥沼へと引きずり込んでゆく。

「まぁ、結果だけ見れば、あんたらは、罪悪人でもない、善良な他人を殺しちゃったって訳。
その気があったかどうかは、問題じゃないんだよ。結局のところ―――」
「ち、違う……。わ、私……、私は悪くな―――」
「あんたらは、私と同じ穴の狢―――人殺しって訳だぁ!!」

ウィキッドは、久美子の弁明をぴしゃりと遮った。
さも愉快そうに、グサリと、決定的且つ鋭利な事実を突き刺して。

「……っ!!」

瞬間、久美子の目がギョッとしたように、大きく見開かれると。

「い、嫌あああああああああああああああああああ!!」

耳を塞ぎ、絶叫。
そして、脱兎の如く、明後日の方向へと駆け出した。
まさに、自分が犯してしまった過ちから、目を背けるようにして。

「あーあー、逃げちまったよ、あのヘタレ」

ウィキッドは、やれやれといった感じで、遠のいていく久美子の背中を見送る。
過剰強化された脚力を以ってすれば、すぐにでも追いつくことは出来るが、それをしようとは思わない。
あの玩具では散々遊びつくしたから。
今はあれにトドメを刺すよりかは、目の前に転がっている、もう一つの玩具で遊ぶほうが、愉しそうだったから。

「……黄前…、さん……」

取り残されたあかりは、尚も地面にへたり込んだまま。
ぼんやりとした眼差しで、久美子が駆けていった方向を見つめている。
その双眸は、まるで現実を直視することを拒むかのように虚ろで、その瞳に光はない。

「カナメ君も無念だったろうねぇ。味方だと思っていた相手、護ろうとしていた相手にボッコボコにされてさぁ。
カナメ君、射的の的にされた時も、あんたに必死に呼びかけてたよぉ。
だけど、あんたは聞く耳もたずで……。くっくっく……、あの時のカナメ君、どんな気持ちだったんだろうなぁ?」

呆然自失のあかりの胸倉を掴み上げて、魔女はその耳元に囁きかける。
瞬間、ビクリと、その小さな身体が揺れた。

「――う…ぁ……」

あかりの中で蠢くは、カナメに対する罪悪感と自責の念。

振り返ってみれば、カナメが化けていたアリアには、不審な点が多々あった。
喉の傷が、明らかに弾痕によるものではなかったし、超人的な傷の回復が、これっぽちも見受けられなかった。
そして、何より、偽アリアの処遇について、あかりと久美子の意見がぶつかった際、隙を見計らって、投擲したのが殺傷能力のない、フラッシュバンであったことも、あかり達を害さないよう、配慮があったように見て取れた。
自分さえ冷静さを保っていれば、それらの不審な点を見抜いて、気付いていたはず。
カナメが死ぬことには、ならなかったのだ。

「確か、あんたら『武偵』ってさぁ、人殺しちゃいけなかったんだよね?
だから、ピンクチビの仇である私にでさえ、殺し無しでの制裁に拘っていたんだよなぁ――」

失意に沈む、あかりの双瞼に映るは、悪意と嘲りに満ちた、歪みきった笑顔。
明らかに、これからあかりを甚振ろうとしている、サディスティックで醜悪な意志が、ありありと見て取れたが、あかりに抗う気力はもはやなかった。

「だけど、結局人殺しちゃったよねぇ、あかりちゃんは!!
きゃははは、あれだけ頑なに人殺しはしないって言ってたくせに、ざまあねえな!!」
「――……。」
「なぁなぁ、あれだけ拘っていた『武偵の掟』とやらを破って、護ろうとしていた味方もぶっ殺す羽目になってさぁ。今、どんな気持ちよぉ?」

ウィキッドは、あかりの細い首をミシミシと締め上げながら、ゲラゲラと哄笑した。

「……か、はぁ……」

あかりは、その圧迫に、苦しげな声を漏らすが、抵抗する素振りはなく、ただ一言、掠れた声で呟く。

「――ご、めん……なさい……」
「きゃははははは、結局、懺悔をするのはてめえの方だったな!!
謝っても、死んだやつは、戻ってこねえよ!! 死んで詫びろよ、クソチビ!!」

絶望と、自責と、後悔の色に染まった、あかりの表情。
満足したものを鑑賞できた魔女は、あかりの首を絞める手に、更なる力を込めて、終わらせにかかろうとする。

(ごめんなさい、カナメさん。
あたしが、もっとしっかりしていれば――)

徐々に霞んでゆく視界。
あかりは、ただひたすらに、心の中で謝罪の言葉を繰り返していく。

(ごめんなさい、アリア先輩、志乃ちゃん、高千穂さん。
あたし、もう『武偵』じゃなくなっちゃった――)

武偵としての矜持は、完全に砕け散り、武偵として生きる道は絶たれてしまった。
もはや、何のために、この殺し合いで生き抜いていくべきか、わからなくなってしまった。

(ごめんなさい、アンジュさん、ミカヅチさん、カタリナさん。
折角、命を繋いでもらったのに――)

生きる意味を失ってしまったが故、あかりには、現在の窮状から脱そうという意思は残されていない。
ただ、漠然と自分という存在が、消えていくのを感じるだけ。

(ごめんなさい、シアリーズさん。
あなたに託された約束、果たせそうにないです――)

あかりは、その瞼を閉ざして、自身の終焉を受け入れようとした―――

バ ァ ン !!

「……っ!?」

その矢先、突如として鳴り響いた銃声が、あかりの鼓膜を揺さぶった。
同時に、あかりの首を絞めていたウィキッドの手が離れ、その身体が地面に投げ出される。

「な……に……?」

突然の事態に、目を白黒させるあかり。

「てめえ―――」

一方で、ウィキッドはというと、側頭部から血を垂れ流しながら、戦慄の眼差しを、銃声の響いた方向へ向けている。
あかりもまた、その視線の先を追う。

「あ……あぁ……」

その正体を認めて、あかりは、思わず声を漏らした。
しかし、それも無理からぬこと。

何しろ、そこにいたのは―――

「ぜぇ……はぁ……」

つい先程まで、自身の手で沈められていたはずの青年―――。

「……カナメさん……」

肩で息をしながら、銃を構えて佇むカナメの姿であったのだから。




『――と、まあこんな感じで、私はカナメ君をピンクチビに変身させて、あんたらの前に差し出した訳よ。
いやぁ、まさか、こんなにも上手くハマってくれるとは思ってなかったわぁ』

暗がりで、何も見えない世界の中で、薄らと声だけが聴こえてくる。
この声は、間違えねえ。
忘れもしない、魔理沙やStorkを殺した、あのクソッタレの声だ。

『――カナメ君も無念だったろうねぇ。味方だと思っていた相手、護ろうとしていた相手にボッコボコにされてさぁ。
カナメ君、射的の的にされた時も、あんたに必死に呼びかけてたよぉ。
だけど、あんたは聞く耳もたずで……。くっくっく……、あの時のカナメ君、どんな気持ちだったんだろうなぁ?』

あぁ…、こっちは最悪の気分だったぜ。
気が付いたら、知らない女の子の姿に、変えられちまって―――。
訳わかんねえ内に、あかりに撃たれちまって―――。
呼び掛けようにも、喉が抉れてるせいで、声は出ねえわ、また撃たれるわで、散々だった。
それもこれも、全部てめえの手回しだったわけか、ウィキッド……!!

『――確か、あんたら『武偵』ってさぁ、人殺しちゃいけなかったんだよね?
だから、ピンクチビの仇である私にでさえ、殺し無しでの制裁に拘っていたんだよなぁ――』

『なぁなぁ、あれだけ拘っていた『武偵の掟』とやらを破って、護ろうとしていた味方もぶっ殺す羽目になってさぁ。今、どんな気持ちよぉ?』

……クソっ、あかりの奴、そんな事情があったのかよ……。
ウィキッドの野郎、それを把握したうえで、あかりに俺を撃たせたのか、あいつを追い詰めるために。

『――ご、めん……なさい……』

駄目だ、あかり。
そんな奴の言うことに、耳を貸すな。
あの久美子って子も、俺に手をかけたことに耐えられず、去っちまったようだが、お前達が負い目を感じる必要はないんだ……。

――っ!! クソっ、身体が動かねえ……。
第一、俺はまだここにいる……。 死んじゃいねえんだよ……。

『きゃははははは、結局、懺悔をするのはてめえの方だったな!!
謝っても、死んだやつは、戻ってこねえよ!! 死んで詫びろよ、クソチビ!!』

黙って聞いてりゃ、あいつ……、勝手に人を殺したことにしやがって……。
畜生っ、動け……!! 動けよ、俺の身体……!!
すぐそこには、魔理沙達を殺した仇がいて―――。
てめえを、助けてくれた女の子が、泣いているんだぞ。
なのに、なんで身体が動かねえんだ……!! 動け……動いてくれよ!!

魔理沙、Stork、フレンダ、霊夢―――。
俺は、ここに来てからもずっと、助けられてばっかで、結局誰も護れちゃいねえ……。
そんなのはもう御免なんだよ!!

だから―――

動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け―――

(動きやがれ、須藤要ッ―――!!!)

バ ァ ン !!

瞬間、渇いた音を知覚したと同時に、俺の暗闇に染まっていた視界が、急に開けた。

「てめえ―――」
「あ……あぁ……」

視界に飛び込んできたのは、側頭部から血を垂れ流し、こちらを睨みつける水口と、まるで幽霊を目の当たりにしたような、驚愕の表情を浮かべる、あかりの姿。
そして、二人の視線を遮るように立ち上る硝煙から、俺はようやく、無意識の内に、ウィキッドの頭を撃ち抜いたを悟った。

「ぜぇ……はぁ……」
「……カナメさん……」

呼吸が苦しい。視界がぼやけて、全身が痛え―――。
察するに、あかりのピンチはどうにか凌げたみたいだが、これで終わるわけにはいかねえ。
ボロボロの身体を引き摺りながら、俺は這うようにして、ウィキッドににじり寄っていく。

「何で、まだ生きて―――」

未だに、信じられないといった様子で、狼狽えていたウィキッドの足元に辿り着くと、俺は片方の手で、その足首を掴んだ。
そして、ギョッとした様子で頭上から見下ろしてくる、あいつの首元―――正確には首輪を目掛けて、もう片方の手に握る拳銃を向けて―――

バ ァ ン !!

引き金を、引き絞った。

「――んの、死に損ないがぁあああああああああーーー!!!」

ふわりと身体が浮く感覚と共に、俺はウィキッドの放った蹴りによって、真上へと吹っ飛ばされていた。

嗚呼、しくじった―――。
引き金を引いた瞬間、ウィキッドは、めちゃくちゃ焦った様子で、上体を反らして、首輪への着弾を躱しやがった。
そして、怒鳴りながら、俺のことを蹴り上げてきやがった。

(ははっ……)

宙に舞い、上下が逆転した視界の中で、俺は水口を嗤ってやった。
俺みたいな死にかけに、殺されかけたのが、余程悔しかったんだろうな―――顔を真っ赤にして、怒号を飛ばしながら、俺を睨みつけてくるあいつは、とても滑稽に映った。

結果として、俺は、あいつに引導を渡すことは出来なかった。
だけど、勝ち誇ってやりたい放題していた、あいつの鼻っ柱をへし折ってやれただけでも、スカッとする。
最後にもう一つ。ブチぎれ状態のあいつを、更に煽ってやろうと思って、俺はボロボロの声帯を震わせて、言葉を紡ぎだす。

「ざ――」

あいつは、怒りのままに、その手に手榴弾を顕現させた。

「ま”――」

そのまま勢いよく、手榴弾のピンを引くと。

「ぁ”――」

野球選手のように、腕を大きく振り被って。

「み”――」

地面に墜落していく、俺を目掛けて、投げつけてきた。

「ろ”!!」

ド カ ン ! !

爆音が鼓膜を震わせると、俺の視界は、爆炎に塗り潰された。




「―――ぜぇ……ぜぇ……。
雑魚が、調子に乗りやがって……」
「……カ、カナメさん……」

肩で息をして、怒りで身を震わせる、ウィキッド。
爆撃を胸部に受けて、焼き焦げた匂いを漂わせながら、夜天を仰ぐ形で、地面に横たわるカナメ。
先程まで失意と絶望に沈んでいた、あかりは、眼前で発生した予想だにしない展開を前に、呆然と立ち尽くしていた。

自分たちのせいで死んだと思っていたカナメが、実は生きていて―――
自分の窮地を救おうと、ボロボロの身体で、再び立ち上がってくれた―――
だけど、たった今、屍になり果ててしまった―――

「あ、あたしは……、また……」

そこまで、理解した時、あかりの目には再び涙が溢れ出していた。
救えなかった―――、また、救えなかった―――、と。
咄嗟に動くことが出来なかった自分の失態に、胸が張り裂けんばかりの不甲斐なさと、罪悪感を覚えて。

「―――ぁ”……」
「えっ?」

その時、ピクリと、カナメの右手が微かに動いたことに、あかりは思わず、素っ頓狂な声を漏らす。
そして、それに気づいたのは、彼女だけではなくて―――。

「いい加減、しぶてえんだよ! ゴキブリ野郎がぁ!!」

激昂したウィキッドは、ずかずかとカナメの元へと歩み寄っていくと、完全にその息の根を止めるべく、頭蓋目掛けて、大股でその足を振り上げんとした。
ギロチンの如く、これが振り下ろされれば、カナメの頭は果実のように潰れることになるだろう。

刹那―――。

「駄目ぇええええええっーーー!!!」
「なっ……!?」

白い閃光が迸ると同時に、その光は、ウィキッドの身体に衝突。
まるで、巨大なダンプカーに撥ねられたかのような凄まじい衝撃に、ウィキッドのか細い体躯は、砲弾のように吹き飛んだ。
勢いよく、宙に弾き出されたウィキッドは、一瞬、何が起こったか分からず、目を白黒させていた。
しかし、天地が逆転した視界の中―――猛スピードで自身に迫りくる、白い影を目視して、ようやく状況を悟る。

「なっ……!? てめえ、その力―――」

それは背中に光の翼を生やした、あかりだった。
ヴライとの激闘で枯渇していたリソースが回復し、カナメの危機を前に、再びその力を解放せしめたのだ。

「ああああぁああああああ!!!」

気合の咆哮と共に、あかりは両の手の掌を突き出すと、巨大な光弾をウィキッド目掛けて、解き放つ。
慌てて、空中で体勢を立て直すウィキッドだったが、時既に遅し。
光の槍の如く、猛然と突き進んだ光弾は、ウィキッドを捉えると、勢いそのまま、彼女の華奢な身体を圧し出していく。
その圧倒的な質量と熱量は、魔女の肉体を容赦なく焼き削っていき、彼女の腰にぶら下げられていた『へんげのつえ』は、バキバキと音を立て、砕け散った。

「がっ……、ぐっ……!!
てめえええ、間宮あかりぃいいいいいいっ―――!!!」

抵抗も虚しく、全身を光に包まれたウィキッドは、怒号を響かせると、そのまま、空の彼方へと吹き飛ばされていった。

「……カナメさん……!!」

夜空を渡る流星のように、彼方へと消えたウィキッド。
その行方を見届けることなく、あかりはすぐさま、地面に横たわるカナメの元へと舞い戻ると、既に虫の息である彼を抱き起したのであった。




「……ひっぐ……、カナメさん……」

気が付くと、カナメの目の前には、あかりの顔があった。
酷い顔であった。涙と鼻水でグシャグシャになっており、折角の愛らしい顔が台無しになっている。
ウィキッドがいないということは、あかりが、どうにかしたということなのだろうか……。

「―――ぁ”……、ぁ………」
「……カナメさん……、ごめんなさい……、あ、あたしのせいで……」

微かに息はあるが、今にも消え入りそうな声で呻く、カナメ。
そんなカナメの弱弱しい姿に、あかりの目から止めどなく涙が溢れていく。

元はと言えば、自分がウィキッドの策略に嵌り、浅はかにもカナメに弾丸を撃ち込んでしまったことが、事の発端だった。
そんな自分の浅はかな行動の結果、カナメは死に瀕してしまっている。
自分が殺したも同然だと、止めどない後悔と罪悪感だけが、蜷局のように、あかりの心を締め付けていた。

「―――ぁ”……、が……り”……」

ひたすらに泣きじゃくる、あかりを見て、カナメは思った。
このままいくと、こいつは、自分のことを、いつまでも引き摺るんだろうな、と―――。
故に、カナメはズタボロになった声帯を震わせて、彼女に話し掛ける。

「カナメさん……?」

―――カナメが、声を絞り出して、何かを伝えようとしている。

あかりは、涙でぐしょぐしょになった顔を拭いながら、カナメの言葉を聞き取ろうとした。
そんな、あかりに対して、カナメは弱弱しくも、優しい微笑みを向けて――。

「……――」

絞り出すような声で、たった一言だけ、懸命に紡ぎ出す。

ありがとな、と―――。

本音を言えば、投げ掛けたい言葉は、たくさんあった。
最後に自分に致命傷を与えたのは、ウィキッドだ。自分を殺したのは、お前じゃないので、気にするな―――だとか。
まだ、戦場の何処かにいるであろう仲間達を頼む―――だとか。
このクソゲームを潰して、自分達の無念を晴らしてほしい―――だとか。

だけど、損壊した喉では多くを語れることも叶わず。
最終的にカナメが紡ぎ出したのは、自分の窮地を救ってくれた上、シュカの言伝を伝えてくれた、心優しい武偵の少女に対する、感謝の気持ちであった。

「カナメさん……」

あまりにも、か細くて、聞き取りづらく、不明瞭な声――。
しかし、恨み言でもなく、無念の言葉でもなく、ただ純粋に自分に対する謝意を紡いだその言葉には、純然たる想いが込められており、あかりの心を揺さぶった。
せめてものの謝意は、エールとなって、あかりの心に巣食っていた、後悔と罪悪感の鎖を、優しく解きほぐしてくれた。

「――あたし、頑張るから……。絶対、頑張るから……!!」

紡ぎ出された言の葉に込められた、温かな心遣い――。
その意図を汲んだあかりが、涙で濡れた顔を更にくしゃくしゃに歪めて、嗚咽を堪えながらも頷くと、カナメは、目を細める。

(――あぁ……、しっかりな……)

目の前で決意を固める少女に、カナメは心の中でエールを送る。
瞬間、強烈な眠気と共に、これまでの記憶が、ゆっくりと脳裏を駆け巡った。

(―――これが、走馬灯ってやつか……)

生と死の狭間の中で、掘り返された、己が軌跡―――。
振り返ってみると、Dゲームに巻き込まれてしまったあの日からは、激動の日々を歩んできたのだと痛感させられる。

ゲームに巻き込まれて早々、着ぐるみ野郎に、追い掛け回されたり―――。
植物園と化したホテルに、閉じ込められたり―――。
唐突に現れた、ランキング一位の最強プレイヤーに、拉致られたり―――。
反吐の出るクソ野郎に、友人を惨殺されたり―――。

何度も何度も、殺されかけ、何度も何度も、理不尽に翻弄されてきたか思ったら、また別のクソゲーに参加させられて、こっちでも、これでもかというくらいに、理不尽な目に合わされてきた。

本当に碌でもない日々であった。

だけど―――


『――愛してる……。例え、どんなに離れてしまっても、私達はずっと一緒……。
だって、私達は、最高の【家族】だから』


(ははっ……、クソったれな出来事ばっかだったけど、あいつらと出会えたことだけは、悪くなかったかもな……)

あかりから伝え聞いた、別世界のシュカの伝言を思い出すと、カナメは心の内で苦笑した。
あかりがいる手前、伝えられた時は、正直、胸の中がムズ痒くて堪らなかった。

だけど、悪い気はしなかった。

(――後は任せたぜ、レイン、リュージ……)

まだ会場の何処かにいるであろう、仲間たちに想いを馳せて、スドウカナメは、強烈な眠気に身を任し、その意識を手放したのであった。


前話 次話
戦刃幻夢 ―君臨する白― 投下順 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―

前話 キャラクター 次話
戦刃幻夢 ―君臨する白― 高坂麗奈 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― 黄前久美子 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― 岩永琴子 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― 間宮あかり 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― ロクロウ・ランゲツ 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― 折原臨也 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白―) オシュトル 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― カナメ 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― クオン 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― 東風谷早苗 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― ウィキッド 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
戦刃幻夢 ―君臨する白― ヴライ 戦刃幻夢 ―死闘の果てに―
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