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西国三十三箇所 - (2008/08/15 (金) 12:12:41) のソース
&sizex(6){&bold(){西国三十三箇所}} 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ほか &sizex(5){&color(red){概略}} &bold(){西国三十三箇所}(さいごくさんじゅうさんかしょ)とは、和歌山県・奈良県・京都府・大阪府・兵庫県・滋賀県・岐阜県に跨る33ヵ所の観音霊場のこと。718年、長谷寺の開基、徳道上人によって始められたと伝えられる。その後一時廃れるが、永延2年(998)、花山法皇によって復興される。時代によって寺の出入りがあるものの、江戸時代に場所、順位が固定した。のち坂東三十三箇所、秩父三十四箇所が成立し、百箇所観音ができあがる。 &sizex(5){&color(red){三十三箇所一覧}} |No.|山号|山号の読み|寺院名|寺院名の読み|通称|所在地| |1|那智山|なちさん|青岸渡寺|せいがんとじ||和歌山県東牟婁郡那智勝浦町| |2|紀三井山|きみいさん|金剛宝寺|こんごうほうじ|紀三井寺|和歌山県和歌山市| |3|風猛山|ふうもうさん|粉河寺|こかわでら||和歌山県那賀郡粉河町| |4|槇尾山|まきのおさん|施福寺|せふくじ|槇尾寺|大阪府和泉市| |5|紫雲山|しうんざん|葛井寺|ふじいでら|藤井寺|大阪府藤井寺市| |6|壷坂山|つぼさかさん|南法華寺|みなみほっけじ|壷坂寺|奈良県高市郡高取町| |7|東光山|とうこうさん|龍蓋寺|りゅうがいじ|岡寺|奈良県高市郡明日香村| |8|豊山|ぶざん|長谷寺|はせでら||奈良県桜井市| |9|||興福寺南円堂|こうふくじなんえんどう||奈良県奈良市| |10|明星山|みょうじょうざん|[[三室戸寺]]|みむろとじ||京都府宇治市| |11|深雪山|みゆきやま|[[上醍醐寺>醍醐寺]]|かみだいごじ||京都府京都市伏見区| |12|岩間山|いわまさん|正法寺|しょうほうじ|岩間寺|滋賀県大津市| |13|石光山|せっこうざん|石山寺|いしやまでら||滋賀県大津市| |14|長等山|ながらさん|園城寺|おんじょうじ|三井寺|滋賀県大津市| |15|新那智山|しんなちさん|[[観音寺>泉涌寺]]|かんのんじ|[[今熊野観音寺>泉涌寺]]|京都府京都市東山区| |16|音羽山|おとわさん|清水寺|きよみずでら||京都府京都市東山区| |17|補陀落山|ふだらくさん|[[六波羅蜜寺]]|ろくはらみつじ||京都府京都市東山区| |18|紫雲山|しうんざん|[[頂法寺>六角堂]]|ちょうほうじ|[[六角堂]]|京都府京都市中京区| |19|霊麀山|れいゆうざん|[[行願寺>革堂]]|ぎょうがんじ|[[革堂]]|京都府京都市中京区| |20|西山|にしやま|[[善峯寺]]|よしみねでら||京都府京都市西京区| |21|菩提山|ぼだいさん|穴太寺|あなおじ||京都府亀岡市| |22|補陀洛山|ふだらくさん|総持寺|そうじじ||大阪府茨木市| |23|応頂山|おうちょうざん|勝尾寺|かつおうじ||大阪府箕面市| |24|紫雲山|しうんざん|中山寺|なかやまでら||兵庫県宝塚市| |25|御嶽山|みたけさん|清水寺|きよみずでら|播州清水寺|兵庫県加東郡社町| |26|法華山|ほっけさん|一乗寺|いちじょうじ||兵庫県加西市| |27|書寫山|しょしゃざん|圓教寺|えんきょうじ||兵庫県姫路市| |28|成相山|なりあいさん|成相寺|なりあいじ||京都府宮津市| |29|青葉山|あおばさん|松尾寺|まつのおでら||京都府舞鶴市| |30|厳金山|がんこんざん|宝厳寺|ほうごんじ|竹生島宝厳寺|滋賀県東浅井郡びわ町| |31|姨綺耶山|いきやさん|長命寺|ちょうめいじ||滋賀県近江八幡市| |32|繖山|きぬがさやま|観音正寺|かんのんしょうじ||滋賀県蒲生郡安土町| |33|谷汲山|たにぐみさん|華厳寺|けごんじ||岐阜県揖斐郡揖斐川町| &sizex(5){&color(red){観光情報}} 住所 京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町 電話番号 0771-22-5846(保津川下り、保津川遊船企業組合)、075-861-7444(トロッコ列車、嵯峨野観光鉄道株式会社) 075-861-0302(嵐山の鵜飼、嵐山通船株式会社)、075-872-0950(嵐山モンキーパーク) アクセス JR山陰本線(嵯峨野線)「嵯峨嵐山駅」下車、嵐電嵐山本線・阪急嵐山線「嵐山駅」下車、市バス「嵐山」「嵐山公園」下車 駐車場 徒歩圏内(約1~10分)に市営及び私営駐車場あり &sizex(5){&color(red){その他}} 平成16年(2004)第1回京都検定2級出題 「嵐山を流れる大堰川は、上流を保津川とも呼び、保津川下りでも知られているが、江戸時代初期にこの大堰川を開削し、保津峡を船で通れるようにした人物は誰か。」 平成17年(2005)第2回京都検定1級出題 「(前略)終点の嵐山駅で電車を降り、左手に向かうと大堰川に架かる( )橋に至る。(中略)大堰川は、河川開発事業に活躍した( )が慶長11年(1606)に開削、これにより丹波からの農産物や材木がより多く京の都へ運ばれるようになった。」 &sizex(5){&color(red){リンク}} 保津川下りオフィシャル http://www.hozugawakudari.jp/ 嵯峨野トロッコ列車オフィシャル http://www.sagano-kanko.co.jp/ 嵐山モンキーパークオフィシャル http://www.kmpi.co.jp/ ---- #amazon(text,image,490378200X)