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ドラゴンズ・ウィル(後編)

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ドラゴンズ・ウィル(後編) ◆76I1qTEuZw


前編から




 ◇


――手に入った『武器』は、狂戦士《ジグザグ》にとってやや不満の残る代物だった。
量こそ豊富にあったが、ケプラーもアラミド繊維も無い。鋼線もない。ピアノ線すらない。
さらにマイナーな特注品、まさに「そのため」だけに作られた強化繊維の類については語るまでもない。
一言で言えば、ありふれた裁縫用の糸しか見つからなかったのだ。
糸だけでなく、『プロのプレイヤーレベルで』使いものになる手袋なども見当たらない――ま、当然ではある。
ここは『ただの学校』なのだ。『首吊学園』ではないのだ。そんなものがある方がどうにかしている。

剣士が日本刀を探していたら、木刀しか手に入らなかった。
狙撃手が狙撃用ライフルを探していたら、小型拳銃しか見つからなかった。
分かりやすく例えるなら、それくらいの失望感である。

けれども――。
木刀で殴っても人は死ぬ。拳銃で撃っても人は死ぬ。
結果だけならどれも等価で等値。そして持てる技術も無駄にはなっていない。
同じように、木綿の糸を振るっても、ひとは、死ぬ。
それが曲弦糸《きょくげんし》というものだ。
それが曲弦師《きょくげんし》というものだ。
曲芸じみた極限の糸。極限まで鍛えられた綾取りの技。
それはオカルトでも、超能力でも、ましてや異星人の技術でもない、伝統ある戦闘技術の1つである。

当面の得物を手にした狂戦士は、そしてゆっくり歩き出す。
どうやら一連の騒ぎは、それぞれに優れた策士あるいは策師同士のぶつかり合いであったようだ。
まあ好きにすればいいと思う。好きにできるのなら、だが。

どうせ、策師《サク》では狂戦士《ジグザグ》を止められはしないのだ。


 ◇


水前寺邦博は駆けていた。
校舎の傍、窓の外を駆けながら、追っ手がしっかりついてきていることを確認する。
……いる。あの古泉一樹とかいう奴だ。
高須竜児と呼ばれていたもう1人は、島田美波と共にさっきの場所に残っているらしい。
空になった消火器で割った窓から飛び出す際、ついてこい、とドイツ語で叫んだのだが、
視界を奪われ動けなくなってしまったか、あるいは腰でも抜かしてしまったか。
彼女のことが心配でないと言ったら嘘になるが……しかし、きっとどうにかなるだろう。
見たところ高須竜児には躊躇いがあるし、美波はああ見えて芯は強い。手元にはレーダーもある。
多少の時間なら、きっと持ちこたえてくれる。
それより今は、より重大な脅威――背後の『自称・超能力者』をなんとかする方が先だ。

「ふははは、どうしたどうした、エセ超能力者クン! テレポートは出来ないのか? 空中浮遊は?
 電撃を放っておれの足を止めることは? まさかスプーンくらいは曲げられるのだろうな!?
 そんな使い物にならない一芸だけでは、TVのイカサマ特番からもお呼びがかからないぞ!」
「う……うるさいですよっ!」

背後から光の弾が飛んでくる。コンクリートの地面の上、前転するように転がって避ける。
標的を捉え損ねた破壊の光は、そのまま傍にあった花壇に突っ込み、それなりの規模の爆発を起こした。
土が吹き飛ぶ。咲き乱れる花々が宙を舞う。柵代わりに置かれていたレンガが砕け散る。
とてもではないが、生身で受けてみたくなる威力ではない。
けれども水前寺は怯えることなく、前転から流れるような動きで身を起こし、また走りだしながら挑発を続ける。

「ははは、当たらなければどうということはないのだよ、古泉クン!
 このおれを倒したいというのなら、もう少し強烈なモノを撃ってきたまえ! 出来るのならば、だがね!」

背中の方から鋭い舌打ちが聞こえる。猛然と追撃してくる気配を感じる。
言葉とは裏腹に、水前寺はあの『謎の光球』を軽視してはいなかった。
むしろ危険だと思っていればこそ、こうして挑発しながらの逃走、というリスクある手段を採っている。

かつて、水前寺は超能力の研究にハマっていたことがある。
今現在UFOに注いでいるのとほぼ同等の情熱でもって、徹底的な調査をしていた時期がある。
だから分かる。
いや、「分からない」ということがはっきりと「分かる」。
PKについてはESP以上に不明な点が多く、ゆえに古泉に何が出来て何が出来ないのか判断がつかない。
あんな『能力』は過去に調べたどんな事例にも当てはまらず、仮に『手品』だとしても種も仕掛けも分からない。
そして判断材料が無いから、希望的観測に身を委ねることもできない。
本当にあの光球しか撃てないのか? 他の技は? 連射性能は? 射程距離は? 疲労などはあるのか?
……分からない。ほとんど何も、分からない。
これは正直、かなりの恐怖である。特に水前寺のように、見かけ以上に理詰めで動いている人間にとっては。

そして、だからこその挑発だ。
相手の冷静さを奪い、選択の余地を奪う。あの光球を貶め、あの光球の使用に執着させる。
必死に逃げているように見せかけ、「なんとか後を追える程度の速度」で引っ張り続ける。
ここまでで既に「こちらはただ逃げるだけ」、という刷り込みはほぼ完了している。
それを逆手に取って、次の校舎の角を曲がったところで反転。反撃する算段に移る。
使用する武器は支給品の1つ、電気銃。射程5メートルの射出式スタンガン。
普通に撃てば古泉の『超能力』の方が遠くまで届くのだ、間合いに誘い込むにはこれくらいの策は要る。
ギリギリの綱渡りのような心理戦。
古泉もバカというわけではないし、水前寺の能力をもってしても、これは容易な戦いではなかった。

だから、水前寺もまた、この学校内にいる『もう1人』の存在を忘れていた。
すっかり、忘れていた。

出方が分からない以上は当面放置、と決めていた、スタンス不明・目的不明の少女のことを忘れていた。
名簿に載っていなかった『紫木一姫』という名を、失念していた。
彼らしくもない、ミスであった。

校舎の角が見えてくる。反転・逆襲しようと考えていたポイントが迫ってくる。
迷うことなくその影に飛び込んだ水前寺邦博は、そして、


 ◇


「……悪いな。俺も必死なんだ」

大事なことなので2回言いました。
……などといった野暮な突っ込みをするだけの余裕は、島田美波には無かった。
恐ろしい目つきをした男が、包丁を片手に近づいてくる。
既に人を10人くらい殺していそうな凶悪な面相の青年が、迫ってくる。
尻餅をついた格好の美波は、消火剤で汚れた床をそのまま後じさりすることしかできない。
普段の日常でこそ強気で勝気な美波だが、こんな『本当の殺し合い』など初めてのことなのだ。
所詮は召喚獣で殴り合っているだけの『試召戦争』の経験など、こんな時には何の役にも立ちはしない。

「い、いや、来ないで、ちょっと」
「命乞いを聞いてる余裕は、俺にもねえんだ……! 殺れる時に、殺っとかねえと、な……!」

高須竜児の唇から漏れた声は、地獄の底から響く悪鬼の呻きのよう。
ギラギラと輝く三白眼は、人間のものとは思えぬ邪悪さだ。
あまりの迫力に、完全に美波は呑まれてしまっていた。
逃げ出すことすら思いつかず、抵抗する術すら考えつかず、

「済まないが、あいつらを……あの3人を生き残らせるために、死んでくれ」
「…………はい?」

包丁を振りかぶりながら、青年が口にした言葉。
島田美波の思考は、一瞬停止して――

  次の瞬間、反転し、爆発した。

自分目掛けて振り下ろされた包丁を、手にした探知機で反射的に振り払う。
手の中からレーダーがすっぽ抜け、同時に弾き飛ばされた包丁が、やかましい音を立てて落下する。
そのまま美波は流れるような動作で敵の手首を取り、『明久いじめ』で熟達してしまった関節技に繋げる。
やや入りが甘い。手首の腱を少しばかり痛めつけたところで、振り払うように抜けられてしまった。
思わぬ反撃を食らった高須竜児は、驚いた様子で飛びずさる。

「な、何すんだおい! もう少しで手首がありえない方に曲がるとこだったぞ!?」
「それはウチのセリフよ! 何よその理由! そんな、そんな……!」

動揺する竜児に叫び返しながら、美波は肩を震わせる。
恐怖、ではない。怒り、だった。

島田美波にも、大切な人はいる。
バカの吉井明久にはどういう因果か完璧に惚れてしまっているし、恋敵の姫路瑞希は大事な親友だ。
それ以外のF組の仲間たちにも、この2人ほどではないにしても、共感と友情を感じている。
だから、高須竜児の気持ちは、ある意味で分からなくもない。
彼が挙げていた3つの名前が、殺したい相手でなく守りたい相手であったことは、今なら正しく理解できる。
残酷な椅子取りゲームを強いられて、「せめて誰か1人だけでも」と思いたくなるのも分かってしまう。
自分の保身を一切考えぬその献身には、尊敬の念すら抱いてしまう。美波にはとてもできないことだ。
けれど。

「なんでそこで、諦めちゃってるのよ!
 助けたい人は、1人じゃないんでしょ! 何やってんのよアンタは! もっとしっかりしなさいよ!」

そう。
その諦めの早さが、美波には納得行かないのだった。
狐面の男たちが、圧倒的な力を持っているから?
狐面の男が、「1人しか助からない」と言ったから?
なるほど、確かに彼らに逆らうのは難しかろう。
現時点では、彼らの言葉を疑う理由もないだろう。
けれど、そこで「はいそうですか」とあっさり殺し合いに乗るのは、物分りが良すぎるのではないか。
せめてもうちょっと、ジタバタする時間があってもいいはずだ。
少しくらい「みんなで幸せなハッピーエンド」を夢見てみても、バチは当たらないはずだ。
それを、なんでそんな所で妥協しようとしているのだ。なんでそんなに早く諦めてしまっているのだ。

島田美波は思う。
高須竜児、お前はバカだ。
救いようのないバカだ。F組の誰よりもバカだ。
少なくともF組の連中なら、易々と『諦める』ことだけはしなかった!
どんなに絶望的な状況でも、どんなにつまらない矜持でも、どんなにバカげた理由でも!
みっともなく足掻いて、足掻いて、悪あがきして、決して最後まで『諦め』ようとはしなかった!

「仕方ないだろ! 俺はもう生きてたってしょうがないし、他に方法なんてねえんだから!」

糾弾を振り払うように、高須竜児が叫ぶ。
その釣りあがった目でこちらを睨みながら、腰に差していた拳銃を構える。
けれど何故だろう、もう美波にはちっとも怖くはなかった。
彼の目つきも、手にした凶器も、全く恐ろしいとは思えなかった。
逃げも隠れもせず堂々と、その薄い胸を張って相手に詰め寄る。

「誰が決めたのよ、そんなこと!」
「俺だよ! 俺自身がもう、あいつらに会わせる顔がねえんだよ!
 俺自身が、あいつらのためなら何でもするって決めたんだよ!」

高須竜児は駄々を捏ねるように叫ぶ。
いや、それはまさに駄々でしかなかったのかもしれない。
彼とその3人の少女たちとの間に、何があったのか美波は知らない。知りたいとも思わない。
けれども、彼の置かれたその状況が、普段は選ばない『諦める』という選択肢を強いていたのは明らかだった。
美波の姿すら眼に入っていない様子で、彼は叫ぶ。贖罪を求めるかのように叫び続ける。

「そりゃ俺だって、3人一緒に助かって欲しいよ! でも、だからこそなんじゃねえか!
 古泉が言ってた『涼宮ハルヒ』の話が本当で、『全部救う』ことが出来るとしても、一緒じゃねえか!
 それ以外の全部を、片っ端から殺していかなきゃ、その話だって…………って、ああ?!」
「??」

唐突に、声のトーンが変わる。美波は首を傾げる。
高須竜児の顔に浮かぶのは……驚き? 発見? 歓喜? 自嘲? 自責? 安堵?
最初はただひたすら怖いだけに思えた彼の顔から、ちゃんと表情が読み取れる。
そして彼は、頭を抱えて叫んだ。

「……あるじゃねえか、『みんな一緒に助かる可能性』が!
 なんで『古泉の案』だけに縛られてたんだよ! 何で思いつかなかったんだ俺は!」
「え、えーっと……高須、くん? 
 その、言ってることの意味、よく分からないんだけど……ウチにも分かるように、説明してくれる?」
「そうだよ! 『涼宮ハルヒ』の『能力』が本当なら、いくらでもアプローチの方法はあるはずじゃねえか!
 他にもやり方があるはずじゃねえか!
 なのに何で俺は包丁なんて握って人を襲おうとしてたんだよ。
 そもそも包丁は人を刺す道具じゃねえだろ、大河と泰子に美味いメシ作ってやるための道具だろ!
 ああしかしあいつどっかで腹減らしてるんじゃねえだろうな、畜生心配だ早くなんとかしてやらねえと……」
「……ええい話を聞けーーっ!」

ごすっ。
相手が拳銃を持っていることも、ついさっきまで命を狙っていたことも忘れ、思わず美波は鉄拳を叩き込む。
完全に油断していたのか、みぞおちにいい感じで突き刺さった。高須竜児は身体をくの字に折って咳き込む。

「ひ、ひでえっ……ぐふっ……。
 しょ、初対面の相手に、この仕打ち……。『手乗りタイガー』でもここまではしねえぞオイ!」
「フン。人を殺そうとしてた奴がよく言うわ。
 で? ちょっとは冷静になった?
 まだウチと『やりあう』つもり? もしそうなら、あと何発でも殴ってあげるけど?」

腰に手を当てて言い放った美波の言葉に、ようやく正気に返った竜児は苦笑を浮かべてみせる。
もうそんな意思はない。両手を挙げてそんなアピールをする。
美波の顔にも、つられたような微笑みが浮かぶ。
コイツにはまだまだ言い足りないことがあるし、殴り足りないし、まだ骨の1本も折っていない。
けれどまあ、この辺で許してやろうか、という気にもなってしまった。
そういえば、まともに名乗ってもいなかったっけ。まずはそこから、やり直しだ。

「じゃ、改めて、『はじめまして』。
 ウチは島田美波。名簿に名前は載ってなかったけど、本名よ」
「あ……『はじめまして』。高須、竜児だ」
「名前なら知ってるわよ。それで高須、今の話もうちょっと聞かせなさいよ。何よ『涼宮ハルヒの能力』って。
 ホントに『みんなが助かる方法』ってのがあるなら有難いけど、話が見えないってば」
「ああ、それはな――」


 ◇


――それは、高須竜児が口を開こうとした、その瞬間だった。

『ひうんひうんひうん』――と。
唸るような音が、廊下の空気を切り裂くように聞こえてきて――
『何か』が、視界の片隅で踊る。
廊下に撒き散らされたままの消火剤を巻き上げ、闇の中に無数の線《ライン》が踊る。
島田美波が事態を把握するまえに、咄嗟の判断で高須竜児が彼女の身体を突き飛ばし、そして、

「――そんなものは、ないですよ」

  ぶつん

と、突き出されたままの高須竜児の右手首が、宙を舞った。


 ◇


かくして狂戦士《ジグザグ》は舞台に上がる。

開演は終幕の始まり。
希望は絶望の母。
とりあえず目につくもの何もかも、ぜんぶジグザグにバラバラに切り刻んでおきましょう。


 ◇


「ダメですよ無駄ですよ意味ないですよ。信じる者は足元を掬われるですよ」

聞こえてきたのは、幼い声だった。
聞こえてきたのは、言い間違いなのかそうでないのか微妙に判断に迷う、そんな戯言だった。
咄嗟に振り返った高須竜児と島田美波は、声の印象にたがわぬ小柄な人影を見る。

小学生とも見間違いそうな体躯を、不思議な印象の黒い制服で包んでいる。
ひうんひうんひうん――とまた同じような音がして、少女の手元に『何か』が回収される。
いや、今度こそはっきり見えた。
それは、糸《ライン》だ。
何の変哲もない、ただの糸だ。
それが、高須竜児の右手首を切り落としたした凶器の正体。
ただの糸で人間の肉体を切断する――まるで漫画か何かのような超絶技を見せておきながら、

その少女は、柔らかく可憐に無邪気に微笑んだ。

「そんな素人がパッと思いつく『誰もが助かる方法』に、何の対策もされてないとでも思ってるんですか?
 これだけ入念な下準備を整えやがった『イベントの開催者』たちが、まるで想定もしていないとでも?
 下手な考え休んで煮たりです。
 グツグツのグダグダのドロドロです。希望的観測にも程があります。希望的過ぎて絶望的です」

竜児の腕の断面から、ボタボタと血液が流れる。とてもではないが、律儀にツッッコんでいる余裕はない。
咄嗟に左手で押さえても、まったく止まらない。
素人判断ながら、深刻な怪我であることを理解する。このまま失血死もありうることを覚悟する。
あるいはあの超絶技巧をもってキツく縛ったりしてくれれば、一瞬で止血もできるのかもしれないが……
少なくとも、目の前の少女はそんなつもりはないようだった。それどころか。

「それでもまあ、姫ちゃんは反論くらいはあるのかなーと期待してたんですが……本気でがっかりです。
 ここで何も言い返せなくなっちゃうようなら、そのプランに見込みなしです。期待値ゼロです。死ぬべきです」

ひうん。
ぶつり。
再度同じような唸りが響き、今度は竜児の左手首が落ちる。
怪我の数が倍になる。出血の速度が倍になる。あまりに簡単な数学の問題。
もう止血どころではない拳銃で反撃どころではない何も持つことができない。
左右対称、正確に鏡写しのようなダメージに、竜児は嫌でも理解する――これは実験台にされているな、と。
きっと多分、糸使いの少女は今すぐにでも自分をバラバラに出来るのだ。
自分の目を覚まさせてくれた島田という少女もろとも、一瞬で決着をつけることが出来るのだ。
それでもこうして小刻みに技を振るっているのは、彼女の練習を兼ねているのだろう。
糸を使った奇怪な殺人技の、微調整の的にされているのだろう。
普段使っているものとは違う糸だったとか、そんな理由で。

……ふざけるな。
そこまで考えて、竜児の心の奥に、怒りが灯る。

せっかく自分の過ちに気づいたというのに、こんな所でただ殺されてたまるか。
こんな所で、意味もなく死んでたまるか。
そんな殺され方、してたまるか。
大体、両手が無くなっっちゃったら、掃除も料理もできねえじゃねえか。
お前に責任が取れるのか。ここまで血を撒き散らして汚しまくっておいて、お前にちゃんと掃除できるのか。
ああくそっ、そういえば消火器をぶっ放した馬鹿もいたんだった。綺麗にすんの大変だぞ、これ。
既にだいぶ血を流してしまったのかもしれない。
頭がクラクラする。思考が纏まらない。意味のないことを考えている気がする。

でも、だから、だったのかもしれない。
不意に竜児は気がついた。
ああ、なんかどっかで見た気がしたと思ったら、島田美波の雰囲気は、逢坂大河に似ていたんだ。
ぺったんこの胸だけでなく、怒った時に見せる素顔の雰囲気が、ほんのちょっとだけ似ていたんだ。
そう思って見ないと気付かない程だし、似てないところの方が遥かに多いし、でも、だから。

彼はチラリと背後を振り返る。
ポニーテールの彼女は蒼白な顔のまま、そこにへたり込んでいた。
竜児は、心を決める。

「……おい、島田。立てるか」
「立てるか、って……そりゃ、なんとか動ける、けど、でもアンタ、いっぱい血が出て、」
「お前は、逃げろ。
 古泉と、水前寺って奴があれからどうなったかわからねえ。
 けど、お前だけでも、ここを脱出しろ。脱出して、先に繋げ。お前まで諦めんな」
「……逃がすと思うんですか? というか、逃げられるとでも?
 この《ジグザグ》から? 武器もないのに? 両手もなくなってるのに? 笑わせないで下さいです」

ひうん。
威嚇するように、また糸が鳴る。
いや、それは威嚇ではなく予備動作。
よく見ればいつの間にか、糸が竜児を十重二十重に取り巻いている。
少女のほんの指先1つで、自分が無数の輪切りにされることを正確に理解する。
抵抗する手段はほとんど存在せず、ジタバタする時間すら残されていない。
高須竜児にとっての椅子取りゲーム、悪趣味極まりない『バトルロワイヤル』は、きっともうここで終わりだ。
無念だ。悔しい。諦めたくない。
まだ大河にも実乃梨にも亜美にも会ってない。
遺していくことになる泰子とインコちゃんも心配だ。自分が居なくなったら誰があいつらのメシを用意するのだ。
想いばかりが次から次へと溢れだしてきて、でも竜児はどこまでも無力で、思わず泣きだしそうになる。

だけど。

まだ、『武器』はある。
まだ、『何もかも諦める』には早い。
望まずにして生まれ持ってしまった、最後の武器。
残酷な神様からの、嫌がらせじみた強烈なギフト。
高須竜児の根深いコンプレックスの源であり、恨みこそすれ感謝などしたことのない、自らの身体的特徴。
過去にも何度か『利用』したことはあったが、しかし、福男レースや生徒会選挙の時の比ではない真剣さで。

彼は今、生まれて初めて心の底から願う。
名前も生死も分からない、ヤクザ丸出しな親父よ、俺に力を貸してくれ、と。
一生にたった一度でいい、アンタから受け継いでしまったこの『目』に、想いを通す力を与えてくれ、と。
そして彼は、文字通り手も足も出ない状況の中。

「俺の『目』を……見ろおおおおおおっ!!」

――ただ視線だけで相手を呪い殺さん、とばかりに、両目に渾身の気合を込め、敵を睨みつける!

「ひっ……!
 り……竜……!?」

その『目』を直視してしまった糸使いの少女が、見えない手に押されたかのように尻餅をつく。
百戦錬磨の『本物の殺人者』が、『ただ目つきの悪いだけの高校生』に気圧される。圧倒される。
竜、という呟きは、果たして幻でも見たものか。それとも、その迫力を評したものか。

生み出せたのは一瞬の隙。
竜児の気迫に背を押されるように、弾かれるように美波が立ち上がり、駆け出していく。
既に破られていた窓から、そのまま飛び出していく。
折りしも近づいてくる、バギーのエンジン音。まるで美波を迎えに来たかのようなタイミング。
そちらを振り向きもせず、竜児は叫んだ。

「いけぇ! 島田ぁ! 大河を、みんなを、頼…………!!」

そこから先は、言葉にならなかった。
我に返った少女が慌てて糸を『引いた』のだろう、身体がバラバラに崩れていくのを感じる。
ジグザグに、視界が崩れていく。
喉が、首が、胸が、全てジグザグに引き裂かれて、声が声にならない。
赤い飛沫を撒き散らしながら、細切れの肉片に成り果てながら、

それでも彼は、最後の最期に、竜となったのだった。



 ◇


――水前寺邦博の挑発に散々掻き回された挙句、電気銃によるショックで一時はKOされた古泉一樹が、
なんとか歩ける程度にまで回復し、元の廊下まで戻ってきた時には、全てが終わっていた。

「これは……高須くん、ですか……」

無惨な血溜まりと化した『かつての同盟相手』を見下ろしながら、古泉一樹は溜息をついた。
まあ、彼はやはりこの程度だったのだろう。
最初っから、さほどの期待はなかった。そこまで使える相手とも思っていなかった。
だから大して惜しくもないのだが、しかしこうなってしまうと、一抹の哀れみを覚えずにはいられない。
ご苦労様でした、とねぎらいの言葉をかけ、彼は改めて向き直る。

高須竜児の屍の向こうに、見知らぬ少女が立っていた。

小学生ほどにも見える、しかし制服姿の少女だった。その手になにやら箱のようなものを持っている。
そういえばあの箱は、島田とかいう女の子が持っていたものではなかったか。
逃げる際に落としていったものを、先に拾われたらしい。

「さて……それで、彼を殺したのは、貴方ですね?」
「ええ。姫ちゃんがやりました。
 なんだか『みんなを救うんだ』とか何とか、ヌルいことを言ってたんで。思わず切り刻んじゃったです。
 最後の一睨みには、驚いちゃいましたけどね。
 どっかの『呪い名』とかに所属しててもおかしくないレベルの『邪眼』ですよ、あれ」

小柄な少女はつまらなそうに言い捨てる。
その口調、その表情から、古泉は事の次第を理解する。
なるほど。僕の与えた『涼宮さんの情報』から、高須くんは『そちらの希望』に流されてしまいましたか。
ここに居たはずの『もう1人の女の子』の影響でもあったのでしょうか。
最後に『何か』をして、島田とかいう女の子は上手く逃がしたけれど、彼自身は討たれてしまった。
古泉一樹は、そんな風に推測する。

「で……その『姫ちゃん』は、この僕のことはどうするおつもりでしょう?
 何をどうやったのかは見当もつきませんが、高須くんのように切り刻むおつもりですか? それとも?」
「そうですね。そうしてもいいかなーとは思ってますよ。
 そこの彼のように、期待と希望を取り違えるような困ったちゃんならば、ですけど」

なるほど。古泉は内心呟く。
狂戦士であっても戦闘狂ではなく、策師でなくとも策は弄する。そんな少女だと彼は判断する。
ならば、交渉は可能だ。ならば、こちらの言葉も通じる。

「ヌルいと言われそうですが、僕もまた、皆が共に救われる『かもしれない』可能性を1つ知っています。
 ただし、それが現実問題として厳しいことも、理解しています。
 なので僕の狙いは、現時点では両天秤。途中までは道筋は一緒ですから、進路がブレる恐れもありません」
「両天秤、ですか」
「どちらのケースでも、『とある1人の参加者』を守ることが僕の前提条件となります。
 ですから、『とある1人の参加者』を除いた、他の者たちを殺していくのが一番手っ取り早い」
「姫ちゃんもですよ。
 師匠――あ、名簿に『師匠』って書いてある人じゃないですけど――を守りたいだけです」
「ならば簡単ですね。
 僕たちには、『同盟』の余地があります。『相互不可侵協定』を結ぶ余地があります。
 たとえ貴方の『能力』……いや、『技術』ですか? それが圧倒的だとしても、得るものはあるはずです」

――それは3度目の交渉だけあって、実に滑らかなものだった。
スラスラとスムーズに、同盟交渉まで持ちかけてから、彼は大事な一言を忘れていたことに気がついた。
改めて胡散臭いほどにさわやかな笑みを浮かべ、恭しく腰を曲げて、こう言い加えた。

「あ、申し遅れました。
 僕の名前は古泉一樹。しがない『超能力者』、です」



【高須竜児@とらドラ! 死亡】


【E-2/学校/黎明】

【古泉一樹@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労(小)、電撃による軽い痺れ(いずれ回復する)
[装備]:
[道具]:デイパック、不明支給品1~3
[思考]:
1.涼宮ハルヒを絶望させ、彼女の力を作動させる。手段は問わない。
2.仮に会場内でハルヒの能力が発動しないとしても、彼女だけでも優勝させて帰す。
3.万が一ハルヒが死亡した場合、全ての参加者に『報復』し、『組織』への報告のために優勝・帰還する。
4.目の前の少女(紫木一姫)と、少なくとも「相互不可侵協定」は結びたい。同行も考える?
[備考]
 カマドウマ空間の時のように能力は使えますが、威力が大分抑えられているようです。

【紫木一姫@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:澄百合学園の制服@戯言シリーズ、裁縫用の糸(大量)@現地調達、レーダー(電力消費小)
[道具]:デイパック、支給品一式、シュヴァルツの水鉄砲@キノの旅、ナイフピストル@キノの旅(4/4発)
[思考・状況]
1:いーちゃんを生き残りにするため、他の参加者を殺してゆく。
2:目の前にいる古泉一樹との交渉に乗る? 古泉一樹も殺しておく? 逃げた連中を追って始末する?
[備考]
 登場時期はヒトクイマジカル開始直前より。 
 現地調達の「裁縫用の糸」は、曲弦糸の技を使うにあたって多少の不備があるようです。

[備考]
 高須竜児の死体の傍に、
 デイパック、支給品一式、グロック26(10+1/10)、包丁@現地調達、消火器(空っぽ)@現地調達
 がそれぞれ転がっています。

【裁縫用の糸(大量)@現地調達】
 学校の家庭科実習室で紫木一姫が確保した、ごくありふれた裁縫用の糸。
 色や太さは様々だが、いずれも本来は戦闘への応用を想定していないため、曲弦糸の技にはやや不向き。
 量だけはたっぷり余裕をもって確保している。

【包丁@現地調達】
 何の変哲もない包丁。
 学校の職員用の給湯室にあったものを、高須竜児が確保した。

【消火器@現地調達】
 水前寺邦博が「念のため」学校の正面玄関付近で確保しておいたもの。
 粉末の消火剤をガス圧で撒き散らすタイプ。
 簡単な目潰しになる他、金属製の本体も重量と強度があり、窓を割るくらいの仕事は簡単にこなせる。
 中身を使いきり、そのまま現場に投棄していったが、学校内を探せば同タイプの消火器はいくらでもある。


 ◇


――1台のバギーが、学校から逃げるように飛び出していた。
運転手は予め目星をつけておいた道を通って、進路を北へ。
地図の上には記されていない、幹線道路を離れたやや細めの道である。

ハンドルを握る水前寺邦博は、無言だった。
助手席に座る島田美波も、無言だった。

……あれからのことを、少し確認しよう。
古泉一樹を引きつけ、上手いこと電気銃で無力化した水前寺は、そのまま停車したバギーの所に向かった。
痺れて倒れた古泉は、その場に放置。縛ったりしているヒマはなかったし、何よりも時間が大事だった。
バギーもデイパックに入れて持ってきておけばよかった、と気付いたのはその時になってのこと。
それでも急いでエンジンをかけ、校舎の外を大回りして、元いた廊下の傍へと戻ってみれば、あのザマである。
窓越しに高須竜児がバラバラになる姿を見ていながら、島田美波を回収して逃げるのが精一杯だった。
そして今、こうして追撃を恐れ、少しでも距離を置こうと逃げている。ただ、逃げている。

水前寺は悔やむ。
何よりも痛恨のミスは、『紫木一姫』という危険人物の存在を軽視したことだ。
情報は少なかった。判断材料は乏しかった。
けれど、レーダーで捉えたその動きから、きっと慎重な人物なのだろう、と決め付けてしまっていたのだ。
しかし生き延びた島田美波の証言によれば、彼女が振るった武器は、なんと『糸』。
そう思ってレーダー上の彼女の動きと校内案内図を(記憶の中で)照らし合わせてみれば、
確かに家庭科実習室のある辺りを目指して動いていた。確固たる足取りで、家庭科実習室を目指していた。
なんてことはない。
それまでの慎重さは、『武器』の確保を優先していたという、ただそれだけの意味しかなかったのだ。
だから『武器』さえ入手すれば、行動パターンは変わる。劇的なまでに変化する。
そこから先の変化は、水前寺にも読みきれるものではない。

「……あいつ……高須はさ」

何の前置きもなく、ぼそり、と美波は呟いた。
街灯も乏しい暗い道、伏せられたその表情は窺えない。水前寺は無言で彼女の言葉の続きを待つ。

「ウチが名前を聞いた3人を、殺そうとしてたんじゃなくて……守ろうとしてた」
「そうか」
「自分はどうなってもいいから、って。間違ってはいたけど、真剣だった」
「そうか」
「でも、ウチが叱り付けたら、ちゃんと分かってくれた。最後にはちゃんと、目を覚ましてくれた」
「そうか」
「ウチは……でも、何もできないで……ただ、見てる、ことしかっ……ウチ、はっ……!」
「そうか」

少しの沈黙。
バギーのエンジン音に、美波がしゃくりあげる小さな泣き声が重なる。
たっぷりの時間を置いて、今度は水前寺から口を開く。

「それで……島田特派員はどうしたいのかね。これから、どうするつもりかね」
「それ、は……」

泣きたい時に泣いておくことは大事なことだ。無理に溜め込めば心が折れる。
けれど、いつまでもただ泣いてばかりはいられない。
そっけなくも前向きなその問いに、美波は顔を上げる。涙を溜めた眼に、決意の光が灯る。

「ウチは、高須が言った『あの3人』を探したい」
「探してどうする」
「ごめんなさい、って謝る。そして、ありがとう、って。
 高須は最期に、『大河を、みんなを頼む』って言ったのよ。だから」

逢坂大河。櫛枝実乃梨川嶋亜美
彼女たちと高須竜児がどんな関係にあったのか、推測することは難しい。
彼が言い残した『頼む』という一言も、あまりに曖昧過ぎて何を意図していたのかよく分からない。
けれど。
彼女たちにも、せめて高須竜児の最期の様子くらいは、知る権利があるはずだ。

「いいだろう。島田特派員がそう望むのならば、このおれも少しは付き合おう」
「いいの?」
「どの道、他にアテもない。他に何か『やるべきこと』が見つかるまでは、人探しというのもいいだろう。
 それにその高須という奴、我がSOS団の特派員を守ってくれたのなら、おれにとっても恩人だ。
 『よかった探し表』に『よかったマーク』を10枚ほど貼り付けてやりたいところだが、今はそれもできんしな」

ぶっきらぼうな物言いだし最後は意味不明だったが、それは水前寺独特の感謝の仕方だったのかもしれない。
ただ『SOS団』、というふざけた呼称に再度抗議しようとして、美波はふと、まったく関係のないことを思い出す。
どういう弾みか、もう1つ、重要なことを思い出す。

「ああ、それから」
「ん? まだ何かあるのかね?」
「高須が言い残したことで、気になることがあるの。
 こっちについても、できれば調べる……いや、探しておきたい、かな?
 元は古泉の言ってたことらしいし、あの紫木って子は、『無駄だ』って決め付けてたけど」

そこで言葉を切って、島田美波は夜空を見上げる。
高須竜児が最後に見出した希望。最期に託した希望。その名は。


  「『涼宮ハルヒ』。『みんなが揃って助かる方法』の、カギになるかもしれない存在、だって」




【D-2/市街地/黎明】

【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康、シズのバギーを運転中
[装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック!
[道具]:デイパック、支給品一式、シズのバギー@キノの旅、不明支給品0~1
[思考・状況]
基本:島田特派員と共に精一杯情報を集め、平和的に園原へと帰還する。
1:学校から退避。危険人物『紫木一姫』からひとまず距離を置く。
2:当面は島田美波に付き合って、人探し。
3:間接的な情報ながら、『涼宮ハルヒ』に興味。


【島田美波@バカとテストと召喚獣】
[状態]:健康、服が消火剤で汚れている、涙、シズのバギーの助手席に搭乗中
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考・状況]
基本:水前寺邦博と行動。吉井明久、姫路瑞希、逢坂大河、川嶋亜美、櫛枝実乃梨と合流したい。
1:逢坂大河、川嶋亜美、櫛枝実乃梨の三人を探して高須竜児の最期の様子を伝え、感謝と謝罪をする。
2:竜児の言葉を信じ、「全員を救えるかもしれない涼宮ハルヒ」を探す?
[備考]
 『涼宮ハルヒ』の存在がどういう形で『全員を救う』ことに繋がるのか、一切の情報を持っていません。


【電気銃@フルメタル・パニック!】
 『フルメタル・パニック!』長編5巻にて、千鳥かなめが使用した護身用の武器。
 拳銃のような形とサイズの、中近距離用のスタンガン。
 引き金を引くとコードのついた電極が射出され、標的に刺さると同時に高圧電流を流し込む仕組み。
 射程は5メートル。2発まで撃てるが、再装填は出来ない使い捨ての品である。
 この種の非殺傷兵器としてはテーザー社のものが有名だが、具体的なメーカー名までは明言されていない。




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