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ドラゴンズ・ウィル(前編)

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ドラゴンズ・ウィル(前編) ◆76I1qTEuZw



――それは2度目の交渉だけあって、前よりもスムーズなものとなった。

薄暗い校舎の中、制服姿の青年2人は静かに向き合っていた。
片方の手には、物騒な光を放つ拳銃。
そして片方の手には――赤く輝く、光の球が載せられていた。

「……というわけで、僕の第一の希望は、彼女に首尾よく『絶望してもらう』ことです。
 そうすれば、『全てが無かったこと』にできる可能性も出てくるでしょう。
 何しろ彼女には、本人も気付いていない『神』の如き『能力』があるのですから」
「俺には、お前の言ってることの半分も理解できねぇよ……」

目の前の青年は、気の弱い者ならそれだけで腰を抜かしてしまいそうな鋭い眼光で睨みつけてくる。
鋭くつり上がった三白眼。威圧するようなキツい視線。
きっと地元では、さぞかし名のある不良少年だったに違いあるまい(と、古泉は判断している)。
確か、高須竜児、とか名乗っていただろうか。名前からして勇ましいものだ。

しかしそんな眼光に射られてもなお、古泉一樹の微笑みは揺らがない。
相手の視線が『武器』ならば、この微笑は古泉の『鎧』だ。そう簡単に破られたり崩されたりしない自信はある。
それに、踏んできた場数の種類が違う。
相手は百戦錬磨のヤンキー(であろう、と古泉は考えている)だとしても、所詮は街のケンカレベル。
対する古泉は、日々世界を守るため、《神人》との負けられない戦いを重ねてきた超能力戦士だ。
威圧だけで8割方の問題を解決できてしまうヤクザや不良とは、立っている世界そのものが違うのだ。

しかし世界が違うからこそ、助け舟を出してやる必要もあるだろう、とも思う。
やや芝居が掛かったオーバーリアクションで、古泉は軽く肩をすくめて見せ、説明を続ける。

「僕も流石に、いきなり全てを信じてもらえるとは思ってません。
 そこで、第二の希望です。ま、次善策とも言いますが」
「次善策?」
「ええ。つまり、僕自身を犠牲にしてでも全てを殺して『涼宮ハルヒ』を『優勝』させ、彼女を元の生活に帰す。
 彼女が『最後の1人』になるよう、他の残る全参加者を排除する。
 彼女さえ生き残ってくれれば、希望は繋がりますから。
 ……彼女の『能力』について納得できずとも、こちらは理解できるでしょう?」

古泉はそこで一旦言葉を切り、高須竜児の顔を覗き込んだ。

「なぜなら、貴方も同じ考えの持ち主なのですから」
「…………!!」
「えーっと、『逢坂大河』『川嶋亜美』『櫛枝実乃梨』――でしたっけ?
 ああ、盗み聞きする格好になってしまったことは謝ります。そんなつもりは無かったのですけどね。
 しかし、3名とは。
 涼宮さんの『能力』をアテにしている僕が言うのも何ですけど、貴方も相当な欲張りだ」

古泉の軽い挑発に、高須の拳銃が僅かに揺れる。怒りとも憤りとも取れる表情が浮かぶ。
とはいえ、無闇に発砲してきたりはしない。古泉の手元に浮かぶ光球への警戒は忘れていない。
その程度の理性は残している。
古泉の計算通り、暴走しないくらいのレベルで、動揺してくれている。ゆえに畳み掛ける。

「というわけで、どうでしょう。当面のところ、互いの利害は一致していると思うのですが。
 僕も貴方も、互いの大事な人を避けて参加者を減らしていく。
 その過程で涼宮さんが上手く絶望し、その『能力』でもって全てを『リセット』してくれれば、それが最善。
 僕も、貴方も、貴方の大事な3人のお嬢さんも、全て元の生活に帰ることができます」
「……全員……助かる……?」
「でも、なかなか涼宮さんが『能力』を発現してくれないようなら、僕も次善策を取らざるを得ません。
 つまり、彼女の『優勝』のために、残る全てを排除するわけです。
 その時に貴方が『誰』を選ぼうとするのか、大変興味がありますが……
 もしかしたら、その時には互いに敵同士になるのかもしれませんね。
 でも逆に言えば、そこまでは我々の道は交わりません。互いに協力することが可能です」

古泉が持ちかけるのは、つまりは『相互不可侵協定』とでも呼ぶべき代物だった。
当面の間、古泉は高須が守りたい3人を攻撃しない。高須もまた、涼宮ハルヒを攻撃しない。
そんな約束の下に、それぞれ勝手に「それ以外の参加者」を減らしていく。
そうすれば、途中までは互いが互いの助けになる。
最初に屋上で遭遇した彼(そういえば名前も聞きそびれてしまった)の時より、1歩踏み込んだ内容だった。
果たして高須竜児は、少し悩んだ素振りを見せた後に、

「……1つ、質問いいか?」
「どうぞ」
「互いの『守りたい人』が生きている間は、それでもいいだろう。でも、もしも、だ。
 その『涼宮ハルヒ』って奴が、どこか知らない所で誰かに殺されたりしたら、お前はどうすんだ?」

ズバリ、聞いてきた。
それは古泉の策にとって、急所とも言える所。
高須竜児という男、どうやらただのチンピラでもないらしい。見かけよりも頭が回る。
しかし、古泉はその動揺を表に出さなかった。全く変わらぬ嘘臭いほどの完璧な笑みのまま、言い放った。

「考えていませんでした」
「か……考えていないって、おい、」
「そうですね、涼宮さんが亡くなってなおこの世界が残っているようであれば、『報復』でもしますか」

古泉一樹は、己の持つ整った容姿と、そこに浮かべる作り物めいた微笑の効果を良く知っている。
あざといほどに、理解している。
凄んでみせるばかりが脅しの手段ではないのだ。笑顔には、こういう使い方もあるのだ。
いつも通りの、淡々とした、穏やかさすら孕んだ声のまま、彼は噛んで含めるように丁寧に言葉を紡ぐ。

「涼宮さんを殺した犯人を、殺します。
 涼宮さんの重要性を聞いておきながら結果的に守れなかった高須くんを、殺します。
 高須くんが大事に思い守ろうとしていた3人も、高須くんへの罰として優先的に確実に無惨に殺します。
 そうやって全部殺した後は……その時点でまだ僕が生きているようなら、そのまま優勝してしまいましょうか。
 あまり気が進みませんが、僕の失態も含めた一部始終を、『機関』にも報告しなければならないでしょうから」
「…………ッ」
「そう考えるとこの『最悪のケース』でも、やることはほとんど変わりませんね。
 他の参加者を探して、排除する。ただその対象が無差別になるというだけ。
 最善・次善・最悪の3プランのどれでも、似たような仕事が必要になるわけです。
 そして『最悪』の事態に陥らない限り、高須くんの目的にとっても助けになるはずですよ。
 そちらとしても、殺さずに済ませたい人間が3人から4人に増えるだけ。大した差ではないでしょう?
 ……それで、お返事の方は、いかがなものでしょうか」

あえて明るく朗らかに、古泉一樹は高須竜児を誘惑する。
呼称もサラリと『貴方』から『高須くん』へ。
自然な形で距離を詰められた相手は、しばし迷った後に、結局は頷いたのだった。


 ◇


――惨劇の図書館を後にした狂戦士《ジグザグ》は、少しの逡巡の後、その進路を南へと向けた。
身を守り想いを果たすには、『武器』が必要だ。
質・量共に満たす『武器』は望むべくもないが、せめてそのどちらか一方だけでも満たしておきたい。
妥協にして妥当な要請。
堅実にして確実な希望。
『あの学園』ほどでなくても、『学校』であれば何かしら見つかることだろう。


 ◇


――慣れない車の運転も、しばらく続ければ上手くもなる。
会話をする余地も、生まれてくる。
当初のようなアクセルべた踏みではなく、徐行運転に移っていれば尚更のことだった。

「島田特派員。レーダーの反応は変わりないかね」
「まあ、変わらないわね。
 相変わらず学校の中に、『高須竜児』と『古泉一樹』。
 で、『むらさきなんとか』って子がゆっくり学校に近づいている。……この子の名前、何て読むのかしら」
「苗字は『ゆかりき』だろうな。下の名前は『いちひめ』か『かずき』か。紫木一姫。前者の可能性が高いな。
 ふむ、しかし両者はいまだ接触していないと見るべきか。相当慎重な性格らしい」

バギーを運転しながら、水前寺邦博は小さく頷く。
彼は先ほどから学校の周囲を探るように車を走らせている。ちょうどレーダーの有効範囲ギリギリのあたりだ。
走り出した時の勢いのままに突入するのか、と思っていた島田美波は、この慎重さにはやや面食らう。
けれど、それを直接言ったら相手を褒める形になってしまいそうで、彼女は強いて話題を逸らせてみた。

「……ところでさ。このレーダー、どういう仕組みなのかしら」
「うん? どういうことかな?」
「近くの参加者の名前と位置が分かるって、いったい何を感知してるのよ、これ」
「まあ、発信機でも仕込まれているんだろう。全参加者に」
「仕込むって……どこによ。服? それとも、このデイパック?」

何気なく発した問いが意外とシリアスな方面に向かいそうになって、美波はブルッと身を震わせた。
発信機。なるほど、言われてみればそうかもしれない。
彼女の学校にも、そういった機械に強い生徒は何人かいる。
そして、高校生にも扱えるレベルの機器でさえ、意外と小型化が可能だということも、知っている。
であれば、本職のプロであれば、素人が想像もつかないサイズに全機能を縮めてみせることだろう。
全員に与えられたデイパックとか、元から着ていた服の一部だとかに仕込まれていてもおかしくない。
……と、美波の想像力では、せいぜいそこまでに留まっていたのであるが。

「甘いな、島田特派員。その程度の仕掛けでは、服を脱がれたり荷物を捨てられたりしたら見失ってしまう。
 準備に時間が限られている状況ならそのような妥協もありえるが、この現状においては不適切だ」
「じゃ、どうするっていうのよ」
「外科手術で身体に埋め込む」

水前寺はあっさりした口調で、実に恐るべきことを言い出した。
ギョッとする美波をよそに、ハンドルを握ったまま彼は淡々と言葉を続ける。

「UFOによるアブダクション事件において、しばしばインプランテーションの存在が報告されている。
 何者かに誘拐されて、気がついた時には身体に奇妙な金属片が埋め込まれていた、といった話だな。
 UFOを追う研究者の間でもその真偽は意見が分かれているが、報告はかなりの数に上っている」
「あ、あぶだくしょん? いんぷらんてーしょん?」
「島田特派員は英語は苦手かね? 何故か日本ではこの手の単語はカタカナ英語からの流用が多い。
 『アブダクション』は日本語なら誘拐、独語では Entfuhrung、だったかな? ウムラウトがついたかもしれん。
 インプランテーションは――」
「それなら最初のuはウムラウトよ……ってウチが言ってるのはそうじゃなくって」

思わず律儀にツッコミかけて、島田美波は激しく頭を振った。
UFO? UFOって、空飛ぶ円盤のあの?
馬鹿馬鹿しい。
『試召戦争にも応用されているオカルトならばともかく』、今どきUFOだなんて阿呆らしいにも程がある。
美波はそう思ったが、しかし水前寺邦博は真顔だった。

「我々がこの『悪趣味な催し』に連れてこられた状況は、実にアブダクション事件と類似している。
 誘拐前後の記憶の曖昧さ。おそらくは圧倒的な距離の移動。開始時点の状況。
 明らかに常識を超えたレベルの『技術』が随所に使われていることは、島田特派員も理解しているはずだ。
 個人的に今までアブダクション事例はさほど重視していなかったのだが、こうなると勉強不足が悔やまれる」
「勉強不足、って……」
「それでも記憶にある限りでは、埋め込まれた物体が摘出された例もあったはずだ。
 ほとんどの場合、その素性は不明。おそらくは単体では何の意味もない装置あるいは物体なのだろう。
 機能としては、何らかの発信機であるという仮説が最も有力視されている。
 人間もよくやるだろう。研究のためとか言って、捕まえた動物に発信機を付けてまた放す、ということを。
 狙いはアレと同じだと言うんだな」
「…………」
「あの狐面の男の『上司』が地球外生命体だ、と断言する気はない。現時点ではそこまでの判断材料はない。
 ただ、今言ったような発想の下に、似たような技術が使われている可能性は高いだろうと思う。
 この競争を『管理』する者たちにとっても、念のため参加者の状況を把握する手段は用意したいだろうしな。
 ……とはいえその目的を考えれば、発見も除去も容易なことではないはずだ。実に頭の痛い話だな」

きっとその探知機は、監視用の情報を転用した副産物だ。そんな感じのことを水前寺は言い加えた。
美波は想像してしまう。
嫌というほどリアルに想像してしまう。
黒尽くめの男たち(メン・イン・ブラック)に誘拐される自分。
意識を失い、町外れに着陸した銀色の円盤に連れ込まれる自分。
服を剥がれて手術台に乗せられ、怪しげな金属片を埋め込まれる自分。
そうして何事もなかったかのように服を着せ直しながら、黒尽くめの男たちはこう呟くのだ――

  こいつ、ほんと胸ないな、と。

「――貧相で悪かったわねっ!」
「どうした島田特派員、唐突に叫んだりして」

どうやらリアルに想像しすぎたあまり、妄想が根深いコンプレックスの方向に大暴走してしまったらしい。
美波は赤面しつつも咳払い。改めて周囲を見回す。
見覚えのある街並みだった。学校の周りを一周して、また同じ所に戻ってきたようだ。

「にしても、あんた、何でドイツ語分かるのよ。ウチみたいに帰国子女ってわけでもないんでしょ?」
「大して分かりはしないぞ? 語彙も貧弱だし、文法も怪しいものだ。
 ドイツ語独特のウムラウトの発音もスムーズにはできん。
 それでも辞書さえ手元にあれば、大概なんとかなりそうではあるがね」
「ふつーの人は、辞書だけあったって何ともならないわよ」

謙遜とは程遠い水前寺の言葉に、美波は頬を膨らませる。
真面目な話、日本におけるドイツ語普及率の低さは、彼女にとっては深刻な問題である。
センター試験ではドイツ語も選べるというのに、学校で取れる外国語は実質英語のみ。
日本語も苦手、英語もダメな彼女にとっては、世の人全てが水前寺並みなら言うことないのだが。

「大抵の海外文献や動画は英語さえ押さえていれば理解できるが、たまに他の言語を要するものがある。
 他人の翻訳を通していたのでは、重要な見落としが発生する恐れもあるからな。自分で調べた方がいい。
 UFOの目撃事件は大半は英語圏での出来事だが、ドイツ語文化圏で発生した事例もないわけではない。
 そういったものを調べているうちに、あれくらいは自然に、な」
「またUFO? ……ってか、その程度であんなに喋れるようになる奴なんていないってば」
「インド・ヨーロッパ語族の言語など、どれも大して変わらん。基本さえ押さえれば大意は伝わる。
 それにな、英語とドイツ語が分かれば、周辺地域の他の言語も大抵分かるようになる。オランダ語とかな」
「嘘よ。そんな簡単なもんじゃないって」
「いいや、簡単だとも。
 例えば『ありがとう』は、英語だと『サンキュー(Thank you)』、ドイツ語では『ダンケシェーン(Danke schon)』。
 そしてオランダ語では『ダンキュー(Dank u)』だ。ほら、両方知ってればほとんど分かる」
「……人を馬鹿にしてるわね、それ」

溜息を吐きつつ、美波はようやくにして理解する。
この水前寺邦博という男、桁違いに『優秀』なのだ。おそろしい程に『優秀』なのだ。
一を聞けば十を知るその優秀さゆえに、かえって『普通の人』の感覚が理解できない。
彼にとっては「あたりまえ」過ぎて、「なぜ他の人には出来ないのか」が理解できない。
きっと学校の成績も良いのだろう。何をやらせてもそつなくこなしてしまうのだろう。
この異常なハイテンションも、ナンセンス極まりないUFO趣味も、そうして有り余ったエネルギーの暴走なのだ。
そういえば彼女の通う、成績でクラス分けされたあの高校でも、F組に次いで奇人変人が多いのはA組だった。
最高成績を誇る、A組だった。
彼女は少しだけ、彼の才能に嫉妬する。
せめて彼の能力の半分でもあれば、成績最下位のF組なんて屈辱は免れられただろうに――
ああでも、もしそうだったら、あのバカな『彼』と同じクラスには居れなかったか。なかなか難しいところだ。

「島田特派員。ところでレーダーの様子はどうかね」
「相変わらずよ。……あ、『紫なんとか』が学校の敷地に入ったわね。こっちとは反対側の、裏門の方から」
「そうか。未だ動きがないとなると……ここは1つ、正面から行ってみるしかないか」
「だ、大丈夫なの?」

水前寺がハンドルを切る。バギーの進路を、学校の正門へと向ける。
慎重に様子を窺っていたかと思えば、この急な真っ向勝負だ。美波でなくとも不安になるところだが。

「リスクはある。だがそこに踏み込まなければ得られない真実もある。
 ジャーナリストの端くれとして、それくらいは弁えておきたまえ島田特派員」
「だから、ジャーナリストじゃないって……もう……」

呆れはしても、結局のところ水前寺邦博の行動力にはかなわないのだった。


 ◇


――狂戦士《ジグザグ》は静かに侵入を果たしていた。
狂戦士に隠密行動のスキルはない。なにせ『たった1つの特技』の他は、全くの落ちこぼれだったのだ。
けれどだからこそ、自分の限界は弁えている。
けれどだからこそ、真の意味で慎重に振舞うことが出来る。
狂戦士が『師匠』と慕う青年が聞いたら、喜ぶか呆れるかしそうな逆接と逆説。
無能であればこそ有能。
才無きゆえの才覚。
それはおそらく、策士あるいは策師たちにこそ最も効果的な、盲点であった。

 ◇

「で、さっきから聞こえていた車の音が、とうとうこちらにやってきたわけですが……どうしましょうかね」
「乗っているのは2人か。……予め言っておこう、見える範囲には俺の知り合いはいない」
「こちらもです。片方は女の子のようですが、少なくとも涼宮さんではないようですね」

学校の敷地内に入ってくるバギーの動きは、古泉一樹と高須竜児も捉えていた。
何しろ相手はエンジン音を立てずにはおられない大型の乗り物である。速度が出る分、隠密性は劣る。

「我々のように『ヤる気』になった者同士が組んでいる可能性はゼロではありませんが、まあ考えにくいですね。
 となると、僕たちと『同盟』あるいは『相互不可侵協定』を結べるような相手ではないでしょう」
「……どうするんだ?」
「僕たちがバラバラに襲い掛かったら2対1ですが、一緒に襲い掛かれば2対2です。
 ここはひとまず、2人で力を合わせて『排除』するのが賢いやり方でしょうね」

迷う高須竜児に、古泉一樹は無駄にさわやかに微笑んで見せた。
その笑みがかえって警戒心を煽るだろうことは理解していたが、しかし答えは既に決まっていたようなものだ。

「まあいいか。それでいこう。で、作戦は?」
「そうですね。高須くんがその怖い顔を活かして囮役。彼らの真正面に立って注意を惹きつける。
 そして僕が本命としてこっそり忍び寄って、背後から3人もろともに攻撃する、というのでどうでしょう?」
「ふざけるな」


 ◇


水前寺邦博の行動は、実に堂々としたものだった。
バギーのまま正門からまっすぐ入っていって、そのままドリフト気味に正面玄関に横付けする。
素早くエンジンを切り、キーを抜いて迷うことなく校舎の中に。
島田美波も慌ててその後を追う。
明かりの灯っていない深夜の学校は不気味な影を落としていたが、躊躇っている余裕はなかった。

「島田特派員、レーダーを見せてくれたまえ」
「あ、うん」

水前寺の言葉に、美波は手の中の端末を掲げてみせる。
表示画面の中では、いつの間にか2人の男性名を示す光点が2手に分かれて動き出していた。
第三の人物、『紫木一姫』の名前も、彼らとは別個の動きを見せている。
水前寺は正面玄関入り口近くに掲示されていた校内の案内図を見上げ、小さく頷く。

「ふむ。大体分かった。ということは……コイツが要るかもしれんな」

周囲を見回し、廊下の片隅にあった「あるもの」を担ぎ上げる水前寺。
どうするのだろう、と思って見ていると、なんとも無造作にデイパックの中に放り込んでしまった。
なるほど確かに、このカバンに入れれば持ち運べるのだろうが……意図を図りかねた美波は首を傾げる。

「それ、何につかう気よ?」
「ちょっとした保険だ。相手方の性格が読みきれない分、出たとこ勝負になるのは致し方ない。
 が……それでも手札は多いに越したことはないからな」
「意味が分からないんだけど」

美波の文句も、水前寺の耳には届いていないようだった。
何度か彼女の手元のレーダーと校内案内図とを見比べた後に、確固たる足取りで歩き出す。

「ではまず、その島田特派員が見たという『高須竜児』君との接触といこうか。
 幸い、と言っていいのかどうか、今現在彼は1人きりだ。
 ……ああ、こちらの読みでは、出会った途端に襲われるようなことはあるまい。
 とはいえ、何があるかは分からんからな。最悪の場合、君も自分の身は自分で守る心構えはしておきたまえ」


 ◇


――狂戦士《ジグザグ》は校内の気配を探っていた。
落ちこぼれの狂戦士にその手のセンスはあまり無かったが、しかし実のところセンスなど不要なのだった。
何しろ、どいつもこいつも素人臭い。
元から校舎にいた2人の男たちは、それぞれに足音を忍ばせている「つもり」のようだ。
けれど彼らが警戒しているのは車で乗り付けてきた2人組に対してだけで、狂戦士には背中が丸見えだ。
その車で来た2人組の方は、もう気配を消す意思すらない。2人で五月蝿く喋りながら歩いている。
そもそも大きな音を立てるバギーに乗ってきた時点で、「見つけて下さい」と大声で言っているようなものだ。

……もう少し狂戦士に他のスキルがあれば、他に気付いたこともあったろう。
車でいきなり玄関に横付けした意味とか。学校周囲を何周もした意味とか。大胆かつ迅速な侵入の意味とか。
一定以上のスピードで動く目標を狙撃するのは、腕のいいプロでもなかなか難しい。
降車の際に生じる僅かな隙は、「直接バギーをつけられる」広い玄関の真正面に停車することでフォロー。
必要になるかもしれない逃走経路は、周囲を回って入念に観察し、既にいくつかアタリをつけている。
そしてイニシアチブを取って一気に動くことで、相手方にトラップ等を用意する時間を与えない。
――こういった侵入者側の狙いを、狂戦士は読みきれなかった。襲撃に対する警戒を、理解できなかった。

けれども。
結果から言えば、そんなことは別に読みきる必要すらないものだった。
狂戦士は自らの進路上に他の人物が居ないことだけを確認し、校内を進む。
そして辿り着く。狂戦士《ジグザグ》にとっての『武器庫』に。病蜘蛛《ジグザグ》にとってのみの『武器庫』に。

部屋の扉の上には、そっけない字体で『家庭科実習室』とのみ掲示されていた。


 ◇


結局、古泉の立てた作戦に従うことになった。

「――動くなよ。変な動きをしたら、撃つ」

けれど遭遇は、古泉一樹の想定よりも遥かに早かった。
2人で予定していた待ち伏せポイントに着くよりも前に、標的の方から近づいてきてしまったのだ。
あの口先だけの優男め。何が「僕を信じてください」だ。高須竜児は心の中で舌打ちする。

右手には、試し撃ちすらする余裕のなかった拳銃・グロック26。
左手には、ここに来る前に給湯室を覗いて、手に入れてきたばかりの包丁。
1人で2人の動きを抑えるにはいささか頼りない装備だったが、泣き言を言っても仕方ない。
彼は1階の廊下の真ん中に立つ2人に、精一杯の殺気を込めた凶眼を向ける。

そこにいたのは、男と女の2人組だった。
どちらも学生なのか、制服姿。竜児の視線に怯える少女を、背の高い眼鏡の男が庇うように立っている。
どちらも、少なくとも見える範囲には武装はない。
女の子の方は、何かよく分からない箱のようなものを手にしているが、武器のようには見えない。
と、前に立つ男の方が、口を開いた。

「動いたら撃つ、か。
 しかし君は、たとえ動かなくとも撃つ気でいるのではないのかね?
 ならば我々としては、せめてもの抵抗をしたくなる所なのだが」
「……これから少し質問をする。その返答次第では、撃たないでもない……ぞ」

慣れない脅迫に、竜児は声がひっくり返りそうになるのを苦労して押さえ込む。
そう。こんなことは実は彼のガラではないのだ。
生まれ持った目つきの悪さで誤解されやすいし、実際、古泉一樹はすっかり勘違いしていたようではある。
けれど実際には、高須竜児という人物は、暴力や脅迫とは無縁の生活を送ってきたのだ。
あくまで真面目な学生として、品行公正な高校生として日々を送ってきたのだ。
だから、こういう時に何をどう言えば効果的なのか、全く分からない。
結局、ストレートな質問しかできない。

「質問、ね。
 よかろう、言うだけ言ってみたまえ」
「次に挙げる名前で、会ったことのある者はいるか?
 川嶋亜美。櫛枝実乃梨。逢坂……大河」

ビクリ、と少女の肩が震える。眼の奥に動揺の色が浮かぶ。
明らかに「知っている名前」と直面した者の反応。しかし彼女を庇う男の方は、動じない。

「どれも我々はまだ『会っていない』名前だな」
「……嘘は許さねえぞ……?」
「本当だとも。とはいえ、真偽を確認する手段は君にもないと思うがね。
 参加者の名前を知る方法は、直接出会うばかりではない……とだけ言っておこうか」

あまり使いたくない神からのギフト、その凶悪な面相で必死に凄んで見せても、眼鏡の男は動じない。
まるで古泉一樹と会話していた時のような、手ごたえの無さ。
このままでは場の主導権を奪われる――そう感じた竜児は、慌てて次の問いに移る。
別行動中の古泉は……まだ到着する様子はない。もう少し時間稼ぎを続ける必要があるようだ。

「じゃ、じゃあ次の質問だ。これも嘘なら許さねえから」
「余計な前置きはいらんよ」
「お前たちは……この『椅子取りゲーム』、積極的に頑張るつもりなのか? それとも……」

少し言葉に迷ってしまった。
『殺し合い』とはっきり言うのは気が引けた。『殺して回る気か』、と問うのも躊躇われた。
少し語尾が震えてしまったかもしれない。そうして精一杯の強がりで銃口を向ける竜児に対し、眼鏡の男は、

「そういう『君たち』は、『積極的に頑張る』つもりのようだな。まったく、嫌な予感ばかり当たるものだ」
「……!?」
「出てきたまえ。そこに隠れているのは分かっている」

竜児から視線を外し、背後を振り返った。
暗い廊下の向こう側。2人のいる向こう側。
悪戯を見つかった子供のような表情で頭を掻く、一見頼りなさそうな印象の青年が、そこにいた。

「いやぁ、参りましたね。どうしてバレたのでしょう。」
「何、これだけ露骨に時間稼ぎをされては、誰にでも分かろうというものだよ。
 我々が近づくのに合わせて2手に分かれ、別々の方向から接近……挟撃狙いというところか。
 これはとても、平和裏に交渉しようという態度ではないよ。
 先ほどまでの彼のように、銃を向けるだけに留めておけば『疑心暗鬼の末の用心』で済ませられたものを」
「ちょっ、水前寺、アンタそこまで分かってて!?」
「そうでない可能性を期待していたのだがな。しかし、期待と予想は違うものだ。
 『リスクはある』と予め言っておいたはずだぞ、島田特派員?」

水前寺、と呼ばれた眼鏡の男と、島田、と呼ばれた少女が古泉の前で言い合っている。
そういやあの子、背丈は人並みなのに胸は大河級の哀れ乳だな、ってそんなことを考えている場合ではなく。
ふと気がつけば、すっかり竜児は蚊帳の外だ。
そして、そんな状況に少しだけホッとしている自分に気付き、彼はブンブンと頭を振る。
何を安心しているんだ。「あの3人」のためにそれ以外全てを蹴落とすと決めたんじゃないか。
そんな竜児の葛藤を知ってか知らずか、目の前の険悪な会話は続いていく。

「ふむ、水前寺邦博さんと、島田さんですか。島田さんは『名簿に名前のない10人』の中のお1人ですね。
 見たところ『ここに来る前からの知り合い』というわけでもなさそうですが、だいぶ仲がよろしいようで」
「ちょっ、誰がコイツなんかと!」
「なるほど、名簿の名前を全て覚えているのか。それに制服が違えばまず違う学校と見て良いだろう。
 どうやらこちらは、それなりに優秀な軍師殿のようだな」
「隠しても仕方ありませんし、自己紹介でもさせて頂きましょう。
 そちらに居るのは、高須竜児くん。見ての通り数々の伝説を持つ、恐るべきヤンキー青年です。
 そして、この僕は――」

ひとに勝手なプロフィール付け加えてんじゃねえよ、てか名前を明かしちゃっていいのかよ――
と、つっこみかけて、すぐに竜児は気がつく。あの嫌みったらしい笑顔と語りには、覚えがある。
そうだ、古泉は場の主導権を取り戻そうとしているのだ。
この水前寺という男から。自分と最初に遭遇した時のように。
果たして古泉は、不穏なまでに温和な笑みを浮かべたまま、その左手に赤い光球を出現させながら、

「僕は、古泉一樹。見ての通り、『超能力者』です」

あまりに突飛な一言と、あまりに突飛な光球の出現。
夜の廊下に下りる、一瞬の沈黙。
思考停止に陥るこの数秒の間こそが古泉一樹の狙いだったのだろう。攻勢に転じるチャンスなのだろう。
そう判断した竜児は、この機にすぐさま襲い掛かろうとして、

「 お っ く れ っ て る ぅ ――――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― っ ! ! 」

次の瞬間に耳朶を打った、鼓膜が破れそうなほどの大声に、思わずたたらを踏んだ。
深夜の廊下に、反響がいつまでも木霊する。三半規管まで激しく揺すられている気がする。
誰もが唖然とする中、水前寺ひとり、マシンガンのようにまくしたてる。

「遅いぞ遅すぎるぞ遅刻にも程があるぞ古泉一樹! 超能力だと!? 今どき超能力者だと!? ハッ!!
 登場が半年ほど遅いぞ今どきそんなことを言っても常識が疑われるだけだぞぶっちゃけ阿呆丸出しだぞ!
 まさかその手の上にあるチンケなモノが『僕の自慢の超能力』だとか何とか言い出す気ではあるまいな?
 百歩譲って異星人の超技術までは要求しないから、せめて『心霊現象です』くらいの言い訳はしてみたまえ!
 ああいやだいやだいやだ、大体君たちは超能力についてどの程度のことを知っているというのだ? ええ?」
「なっ……!?」
「日本語では大抵一緒くたに『超能力』の一言だが、1900年代前半には既にESPとPKとに大別されている。
 テレパスや未来視など超感覚を意味するESPと、念動力など物理現象を伴うサイコキノ(PK)だ。
 君のその『手品』は、もし万が一にも『本物』だとすればおそらくPKの一種ということになるのか?!
 が、しかし! PKに関する報告はESPのそれと比べても圧倒的に信頼性が低く胡散臭いものばかり!
 はっきり言ってその9割以上は単なるイカサマ! 種も仕掛けもある悪質な詐欺師の手品に過ぎない!
 つまるところ古泉一樹くん、君のその名乗りもほとんど『私はペテン師です』という自白に近いものなのだ!
 その無駄に光っている物が何なのか興味が無いわけではないがね、下らん『手品』はもううんざりなのだよ」 
「ぼ、僕が、ペテン師ですって……?」

ぎりっ。歯軋りの音が聞こえる。高須竜児は2人の敵の向こうに信じ難いものを見る。
……古泉一樹の、あの余裕たっぷりの笑顔が、崩れかけていた。
よほど大事な「何か」を侮辱されたのだろうか、半笑いの顔の奥に、確かに本気の怒りが覗いていた。
そのまま古泉は叫ぶ。彼らしくもなく上ずった声で、竜児を叱り付けるように叫ぶ。

「高須くん! やりますよ、合わせて下さい!」
「お、おう!」
「ああ、それから2人とも」

古泉が赤い光球を振りかぶる。竜児も慌てて右手の拳銃を構え直す。
前後から明確な殺気をぶつけられて、怯えて震える少女を傍にして、しかし水前寺1人は悠々と。

「古泉くんも高須くんも、挟み撃ちで攻撃する際には、互いの射線上に立たないよう気をつけたまえ。
 そもそも挟撃なんて手段を選ばざるをえなかったのは、背中から討たれる可能性を潰すためだろうに。
 信頼しきれぬパートナーを前にして、無用心にも程がある」
「「!!」」

間に標的を挟んだまま、思わず2人の視線が交錯する。
即席タッグゆえの不信と疑心暗鬼に火種を放り込まれ、思考が停止する。
ハッ、と気付いた時には、もう遅い。
水前寺の腕はいつの間にかそのデイパックの中に突っ込まれており、
真っ赤に塗られた金属光沢放つ円筒形の物体が出現しており、慌てて銃を構え直した時にはすでに、

「島田特派員! ××××××!」
「え? ×××? ××××!!」

学校のどこかで確保してきたのであろう、消火器から吹き出した消火剤が、視界を真っ白に染め上げていた。
むせ返るような霧の中、英語でも日本語でもない言葉で、2人が何か怒鳴りあっている。
何か重たいモノがガラスに叩き付けられる音がする。きっと消火器のボディで窓を叩き割ったのだ。
そうだ、ここは1階。廊下の両端から挟んでいても、窓の外に出れば、そのまま逃げ道になる!
鋭い舌打ちと共に、赤い光が弾ける。古泉が闇雲に『超能力』を『投げた』のか、白い霧が微かに晴れる。
上がる悲鳴。窓の外を走り去っていく挑発的な笑い声。古泉が窓を開け、飛び出して追っていく気配……。

その全てを、高須竜児は黙って見送ることしかできなかった。
ゆっくりと晴れていく視界の中、いつの間にかじっとりと湿っていた手に包丁と拳銃を握り直し、問いかける。

「……で、お前は逃げないのか?」
「ひっ……」

尻餅をついた格好で、島田と呼ばれていた少女がとり残されていた。
高須竜児は、ゆっくりと彼女に歩み寄る。
手にしていた拳銃を腰のベルトに挟み込み、包丁を逆手に持ち直す。
少女1人が相手なら、モデルガンを手にしたことすらない拳銃に頼るより、コッチの方が確実だ。

「悪いな。俺も、必死なんだ」



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