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丑三つ時(――苦死満つ刻――)

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丑三つ時(――苦死満つ刻――) ◆EA1tgeYbP.



 ――エリアD1。
 今となっては5つとなったこの閉ざされた世界の最西端の場所の一つ。
 そこに一人の男が立っている。

「ふむ……奇妙な物よな」
 この箱庭の最果て、内界と外界を隔てている真っ黒な「闇」を見上げつつ、男は小さく呟いた。
 この「壁」へとたどり着いた直後から色々試みた結果、これに強度はないことはわかっている。
 しかしだからといって、これを無理に突破しようというのもまた無謀な話といえるであろう。
 男は視線を己の手の中へと向ける。そこにはつい先ほど彼が引きちぎった草が数本ある。

「世界が切り取られるか……正直な話、わしにはそれがどんな物なのかはようわからんが――少なくともあの闇に飲まれては一巻の終わりであることは確かであろう」
 その手の中にある草は長さが不自然なほどに揃ってはいなかった。
 ある草の長さは男の中指さえ超えているというのに、別の草の長さは小指の半分にも満たない。
 しかしそれらの草の種類が違っているというわけではない。
 同じ種類の草の長さが不自然に違っている理由はただ一つ。それらの草がまちまちな長さで切られているからに他ならない。
 これらの草は「壁」とそうでない場所の境目に生えていた草を無作為に引きちぎった物だ。
 一本一本調べてみたところ、全ての草はこの「壁」より先が一切ない。

 つまりあの男が語った言葉に偽りはなく、この闇に飲まれてしまえばこの身とて跡形もなく消え果てしまうのであろう。

「ふっ、都合が良いわ」
 男は小さく口の端を歪ませた。

 もしもここにその男の風貌を知る者がいたのならば、全員が全員その男の名は甲賀弦之介と断じるであろう。
 しかし、それは誤りだ。
 なぜならばこの地において、甲賀弦之介は存在不適格者浅上藤乃によってすでにその生命を散らしている。

 ここに立ちたる男の名前は如月左衛門
 次期頭主たる甲賀弦之介に仕える者にして、数多いる甲賀の忍びの中においても十指に数えられる使い手。
 「泥の死仮面」と名づけられたる忍術。
 すなわち泥を用いて他者の顔を写し取り、その泥を使って写し取った顔そのままに己の顔かたちを変貌させし魔技によって、主君である甲賀弦之介そっくりに己の姿を変えたる男こそが彼である。

 当初の目的であった弦之介を生き残らせるという考えが実行不可能になった今、彼の新たな目的はただ一つ。
 この舞台より抜け出した後にも続く甲賀卍谷と伊賀鍔隠れの忍術勝負、その戦いをより優位に進めるためにただの帰還ではなく、己の忍術、泥の死仮面を封印し、この甲賀弦之介の風貌を保ちしがままに勝ち残ることこそ彼の目的。

 では優勝を狙う彼が何ゆえに人の集まりそうな舞台の中央、城下のエリアではなく、ここ舞台の端へと赴いたのであろうか。

 その理由の一つはただの確認のためである。
 そう、ただ一人生き残るそのときまで「誰もこの箱庭から逃げられない」事こそ大事なのだ。
 いかに他の者どもが殺し合い、どれほど如月左衛門が上手く立ち回ろうとも、夜明けまでのわずかな時間にこの舞台に存在する最大で58人もの参加者全てを殺し尽くすことは叶うまい。
 ならばこの地にいる幾人かは夜明けとともに弦之介がこの地で果てたことを知るであろう。
 その事実自体はこの風貌によってごまかすつもりゆえに構わぬが、その事実を知る者が彼と出会うこともなくこの箱庭から出て行くようなことがあれば問題だった。
 甲賀弦之介がこの地で死したという事実は甲賀の仲間以外には決して知られてはならぬ秘中の秘。
その事実を知るものは決して生かしては置けぬ。
 だが、こうして「壁」を確認することでその心配は杞憂に終わった。

 獲物どもは逃げられぬ。
 もはや何人たりとてこの地より生きては返さぬ。
 彼は決意を新たにする。

 ――そして。

「消えてなくなるか……お許しください弦之介様。拙者に思いつくのはこれが最善なのです」
 この果てまで赴いた最大の目的を果たすために如月左衛門はきびすを返す。
 彼がこの箱庭の果てがどのような物か調べにきた最大の目的、それは弦之介の遺体をどのようにするかということであった。
 そう、弦之介の死は何が何でも隠さねばならぬ。
 彼自身や弦之介のような異能のものが六十も集められしこの殺し合い。
 あるいは遺体の身の上を克明に知る者がいるかも知れぬ。
 あるいは伊賀の朧姫のように何らかの方法で異能を見破るすべを持つものがいるかも知れぬ。
 彼がそのような者どもに出会うというのならばともかく、ここに在りし弦之介の遺骸より真実がもれることがあるやも知れぬ。
 ならば弦之介の遺体は何らかの方法で始末をせねばならなかった。

 この場合最も簡単なのは新たに手にした刀を以って、身元が判別できぬよう弦之介を切り刻み、彼の顔をつぶすことだ。
 だが、彼が愚鈍であったが故に守ることさえ叶わなかった弦之介を、どうしてこれ以上辱めることができようか。
 だからといってこのまま埋葬するというのも論外である。
 どれほど上手く埋葬しようとも、犬のごとき嗅覚を持つものがいれば容易く遺骸は見つけられるであろう。そのような者がいないとは言い切れぬ以上、不確かなその案をとるわけにも行かぬ。
 ならばどうするべきか、しばし悩んだ如月左衛門は天啓を得た。

 そう、この闇に飲まれた者が全て消え去るというのであらば、埋葬方法としては上の分類であろう。跡形なき遺体より情報が漏れることもない、全てが闇と消えるのであれば、これ以上弦之介さまの骸を辱めることもない。

 そうして確かめた結果、間違いなくあの闇に飲まれたモノは消えうせる。
 かくして如月左衛門は弦之介の遺骸の元へと歩を進める。
 かの遺体の元までの距離はおおよそ5、6町程度。
 付近に目印こそはないものの、距離はわずかで未だわずかに残る死臭があるが故にその位置を見失うということもなく、彼は弦之介の遺体の元へと近付く――があとわずかというところで、不意に彼は足を止めた。

 弦之介の遺体のそばになにやら動く者がいる。

(……さいさきがいいわい)
 こうも容易く一匹目の獲物を見つけた喜びに、彼の美貌に似合わぬ凶悪な笑みをにい、と如月左衛門は浮かべた。


 ◇ ◇ ◇



「ちっ、この俺を差し置いて勝手に楽しみやがって」
 草原の只中、無残にも手足がちぎれ、うち捨てられていた死体を見つけ、不機嫌そうにガウルンは愚痴をこぼした。

 学園都市第三位「超電磁砲」御坂美琴
 零崎一賊の鬼子、人間失格零崎人識
 この二人との連戦をしのいだ彼が道を外れ、このエリアまでさまよって来たのには理由がある。
 彼がここまでやってきたのは、少し前にここまで来た如月左衛門と同様、死の気配を感じ取ってきたからに他ならない。
 傭兵として、テロリストとして、ガウルンが今まで奪ってきた命、接してきた死の量は優秀な忍びである如月左衛門さえ比較にならず、それ故にはるかに容易にこの地までたどり着いていた。
 病気のせいで残りの寿命があとわずかしかない彼は、この舞台にいる他の誰よりも自分の命を軽く見ている。そう、彼としては優勝や生き残りなどに興味はない。
彼はただこの殺し合いを楽しめればそれでいいのだ。
 その結果として彼自身を含め何がどうなろうとも知ったことではない。

 今だってそうだった。
 彼が死の気配を辿ってきたのはそこに争いがあると思ったからだ。
 やられたのがよほどの間抜けでもない限り、人と人とが争えば音はする、火器を使えば光が見える。
そうして周囲に異常を知らせれば、最初に出会った美琴のようにくだらない正義感から、そこに誘蛾のように引き寄せられるバカもいるだろう。
 そして彼はそいつらを相手に血生臭い遊びを楽しもう。

 ――そんな彼の思惑はあっさりと空振りに終わったのだった。

 よりにもよってここで殺されたのは、そのよほどの間抜けであったようだ。
 調べてみても周囲に争いの後もなく、残された物も何もない。どうやらこの馬鹿は反撃することさえ許されず、あっさりと文字通り全てを奪われたらしい。

「けっ、ご立派なカラダは見た目だけですってか? この役立たずが」
 ぺっ、と唾を遺体へと吐き捨て、腹立ち紛れにちぎれていた手を蹴っ飛ばすと、ガウルンはここから立ち去ろうとし――

「くく、悪いな。アンタ実は役に立ってくれたみてえだな」
 そのまま彼は足を止めた。

 闇の中、幽鬼のように、怨霊のように薄い気配に殺気をまとって、一人の男が立っている。

「おいおい……何の冗談だ、こりゃ」
 あまりに異様な光景に冷や汗を一滴流しながらガウルンは呟いた。
 なにせ目の前にいる男はガウルンの足元に転がっている死体と体格といい、顔かたちといいまさしく瓜二つだったのだ。

 それはまさしくこの無残に殺された男が幽霊として黄泉帰り、遺体を辱めたガウルンにその恨みを晴らさんとばかりに襲い掛からんというべき光景。

 肝の小さい者ならば、そのまま気を失っても不思議ではない怪異を前に、ガウルンは不敵に笑みを浮かべ――その次の瞬間、男は音もなく襲い掛かってきたのであった。


 ◇ ◇ ◇


(……殺す!)
 如月左衛門の心のうちが怒りと殺意に染めあげられる。

 弦之介の遺体のすぐそばに男の姿を見つけた如月左衛門が取った対応は「男の観察」であった。
 彼にとっての第一の使命、弦之介の顔を保ったままの生き残りと比べればやや比重は落ちるとはいえ、弦之介の仇を取ることも彼にとってはまた大事なのである。
 だが、その仇を見つけるための方法「伊賀の者ではない今の彼の顔を見知っている者を探す」という手段が遺体を見つけたものには無意味なのだ。

 いかな如月左衛門とて無慈悲な男ではない。仇に対してならば地獄の責苦にもなお勝る苦痛を味わあせてもなんら心は動きはせぬが、それ以外の無関係な者達くらいはせめて楽に死なせてやりたいと思う程度の情けは持っている。
 はたして月明かりに男を観察してみれば、負傷は首筋にすでに血の止まった浅い切り傷が一つきり、おまけにでいぱっくとやらも持っている。
 周囲を探る様子からも確実にあるはずの荷を探すというよりは、あるかないかもわからぬ何かを探すよう。
 ここに男への疑いは晴れ、不意を討った一閃でなるだけ楽に殺してやろうと彼が刀を抜いたそのときだった。

 あろうことか男は弦之介へと唾をはきかけ、その遺骸を足蹴にしたのだった。

 瞬時に怒りが燃え上がる。そしてその怒りの半分は彼自身へと向けられた物だった。
 またもや己は間違えた、せめて見つけるや否や襲い掛かっておれば、あのように弦之介さまの遺骸が辱められることなどなかったであろうに。

 燃え上がる怒りを胸に彼は男へと襲い掛かり、不意に円かに進む方向を変える。

「……ちっ!」
 わずかに遅れて響いた銃声と、男の舌打ち。

「甘いわ」
 小さく呟くと、横手に回っていた彼はそのまま男へと切りかかる。

 別に彼は男が短筒を隠し持っていたことを知っていたわけではない。だが、何か武器を隠し持っていることは男の体捌きや、わずかに開いていたでいぱっく。
そして開いた取り出し口の近くからほとんど離れなかった男の手などからほぼ確信していたのだ。
 そしてその場合、小刀の類であれば彼が突っ込んでくるのを見た瞬間にわずかでも攻撃を受けるのに優位な位置へと動くはず。
 だがそのような動きはみられず、ならば男が持ちたるは小型の飛び道具の類と当たりをつけていただけのこと。

 如月左衛門の袈裟懸けの斬撃を男は手にした短筒で受け止める。
が、相手の武器故に鍔迫り合いなど初めから考えていなかった如月左衛門の流れるように放った蹴りをかわすことはできず、男は衝撃によろめいた。

「がっ!?」
「……せいっ!」
 男の苦鳴とほぼ同時に彼は蹴りの勢いさえも利用して、逆袈裟に手にした刃を振り切った。

 闇夜にわずかに朱が混じる。
 一撃は浅く、わずかに男の肉を削いだのみ。

(浅いか……)
 あの一撃ではとどめはおろか、戦闘能力を奪うことさえ適わぬであろう。心の中で舌打ちながら、彼は振り切った勢いそのままに再び大きく横に飛ぶ。

 短筒使い相手に一箇所に留まる愚は犯さぬ。
 不規則に動き回りつつ、刃を振り上げ彼は再度男へと襲い掛かった。


 ◇ ◇ ◇


 闇に再び朱色が混じる。
 これでもう幾度目か、決定的な一撃こそはかろうじて避けつづけてはいるものの、ガウルンの腕や足には幾条もの傷跡が刻み込まれていた。

 ガウルンと如月左衛門。
 この箱庭にいるもの達にとっては、その目的といい、その腕前といい、害悪としかなりえない両者の争いは一方的なまでに後者の優位で進んでいた。

 ……本来、兵士として、工作員としての総合的な能力で見た場合、ガウルンの持つスキルは如月左衛門に劣るどころか彼を圧倒して余りある。だが、その総合的なスキルの大部分が今のこの戦いにおいては役に立たない物であった。
 例えば情報通信技術、例えば爆薬の知識、狙撃術。そして……AS操縦技術。
 それにたいして如月左衛門にそうしたことに関する知識などは一切ない。だが、それ故に彼は己の持ちたる才能の全てをより少ない分野へと注ぎ込んできたのだ。
 万能職と専門家。
 例え才能と経験で上回っていようとも、この場の戦闘においては上回っていたのは専門家のほうであった。

「ぐっ……!」
 また1つ新たな傷がガウルンに刻まれる。

「ったく、何を本気になってるんだ?」
 ガウルンの軽口を聞き流し、如月左衛門は静かに息を整えた。
 そのまま先のように襲いかかろうとして、ふとわずかばかりの仏心が彼の胸中に沸いたのであった。
 もちろん、男を見逃すつもりはない。だが、いかに男が弦之介を辱めた許しがたき存在であるとはいえ、その責の一部には如月左衛門の過失もある。
 彼が最初から弦之介の遺体を運んで箱庭の果てを確かめに行っておれば、先の蛮行は防ぎえた。そしてそうなしえなかったのは、偏にどうなるかわからぬ故に体力の無駄な損耗を嫌った己の怠惰にほかならぬ。

 ならばせめて眼前の男が死後迷うことなきように、己の殺される理由ぐらいは話してやってもいいであろう。
 彼はそう判断し、確実に短筒をかわせる程度の距離を取る。

「殺される理由が知りたいか?」
 静かに彼は語りかける。

「うぬが今足蹴にした男はな、名を如月左衛門といい、このわしの、甲賀弦之介の影武者にして忠臣よ。
わかるか? わしとそこのものの忠義を辱めた罪は重い。死して償え」
 そうして語る言葉は先に創りあげた偽りの物語。否、これはすでに偽りではない。
あの狐面の男を含めた全てのものにとっては以後、これが真となるべき物語。

「へえ……そりゃあ知らなかったとはいえ悪いことをしちまったみてえだな」
「謝る必要なぞないわ、冥府にて悔やめ」
 謝意の雰囲気をカケラも見せずに、にたにたと笑いながら言うガウルンに甘さを見せたことを無駄に思いながら、如月左衛門は問答無用と躍りかかった。

 例え一旦間合いを外そうが、ガウルンが狙いを定めるより先にその間合いを詰めることなど如月左衛門にとっては容易きこと。不規則なる円かの動きにて、ガウルンのそばへと近付いた如月左衛門は二度、三度と続け様に刃を振るう。

 ガウルンの持つ二つの武器、銛撃ち銃とデザートイーグルでは達人の振るう刃を受け止めきることは難しい、それでも重傷を負わずに済んでいるのは、目の前の相手に劣るとはいえ、ガウルンもまた超一流の兵士であることの証明といえた。
 とはいえ技量と装備で劣っているのだ。それに加えて、先ほどから刻み込まれている幾つもの傷。流血は体力を消耗させ、集中力を奪っていく。
 ――かくしていかなガウルンといえども限界は来た。

「クソがあっ!」
 ガウルンが地面に倒れこむ。

 ……直前に、上段からの一撃を何とか防ぎはしたものの、それで体勢が崩れたガウルンは続けての一閃、如月左衛門が横に振るった刃の一撃をそれまでのように避けきる事ができなかった。
 それでも何とか致命の一撃を避けたのは見事といえよう。しかし、その代償として地面に倒れ伏したのでは、決着をわずかに先送りにしたに過ぎない。

「……終わりだな」
 そして如月左衛門は刃を振りかぶる。が、それを振り下ろす直前に

「まだまだぁ!」
 ガウルンは隠し持っていたもう一つの武器、銛撃ち銃を発射する。

 ――だが甘い。
 止めもさしておらぬ相手に油断する如月左衛門ではない。わずかに体をひねると、ガウルンの起死回生の一発をかわし刃を振り下ろす。

 ざぐっ!

 しかし、刃が抉ったのはただの大地。
 撃つが早いかガウルンはそのまま身を翻して逃げていたのだ。

「ええい、見苦しい! 足掻けば黄泉路で迷おうぞ!」
 そのような不確かな体勢で忍びから逃げようとは片腹痛い。
 即座に追いつくと、彼は今度こそ無防備なその背中へと己の手にある刃を振るい――――

 ぴたり、とそれを中空にて静止させた。

 頭が止めようと思うより先に、体が全力で静止していた。
 その理由はただ一つ。
 彼が刃を振り下ろす直前に、振り返ったガウルンが刃からの盾にしようと構えたモノを見たからに他ならない。 
 男の手にしていたモノ、それは間近に倒れていた弦之介の遺骸であった。

「残念!」
 言葉とともにガウルンは如月左衛門に躍りかかる。

「くっ!」
 咄嗟に後ろに飛びながらも、如月左衛門の背中を冷たい物が走り抜ける。

 状況がまずい。
 体勢がまずい。

 一瞬、驚きに我を忘れて先手を許した。
 無理に刃を止めたせいで初動に勢いがない。
 せめてもの救いは男の第二の武器に次弾がないことであろうか。だが、その救いとてこの初弾をかわさねば意味がない!

 刹那の一瞬が一刻のように長く感じられる。
 男が選んだ攻撃は下方からの天を打ち抜かんばかりの一撃。この崩れた体勢ではとてもかわしきれぬような鋭い一撃。
 だがどうして諦めることなぞできようか。
 彼は必死にに後ろに飛び下がりつつも、大きく体をひねる。

 ――そして。

「はあっ!」
 ガウルンの一撃はわずかに掠めた程度。大きく突き上げるような一撃を放った彼は体勢が崩れているが故に追撃はない。
 危機をかわしえた安堵に息を吐きつつも、如月左衛門は一度大きく間合いを外そうとして、

不意に何かにぶつかった。

(……何!?) 
 何たる不思議か、いつのまにかそそりたつ壁が彼の側にできているではないか。
 かくしてようやく如月左衛門は気が付いたのだった。
 いつのまにか己が地に伏しているという事実に。

 ガウルンの突き上げるような一撃は外れたわけではなかった。
 彼の狙いは最初から顎。つまり頭蓋骨の付け根を支点としてテコの原理で脳を揺らすことを狙っていたに過ぎない。
 現代においては解明されているその技術とて、如月左衛門にとっては異能と変わらぬ魔性の技。
 そのダメージは数秒もあれば回復するとはいえ、今このときの数秒とは永遠に等しい。

 かくして。

「いやあ、惜しかったぜえ」
(……不覚!)
 心の臓に叩き込まれる衝撃に、甲賀の忍び如月左衛門の意識は底知れぬほど深い闇へと沈んだのであった。



 ◇ ◇ ◇


「む……ぐわぁ!?」
 目覚めると同時に胸に走った激痛に如月左衛門は苦鳴を漏らした。
 だが、その痛みゆえに一瞬で意識は覚醒する。そうして彼は思い出す。つい先ほどまで、己が何をしていたのかを。
「……わしはなぜ……ぐっ!」
「いよお、目がさめたかい?」
『わしは何故生きている?』そのような疑問を口にするのに先んじて、再度胸に走った激痛によって彼はようやく気がついた。
 胸の痛みは気を失う前に受けた一撃のみが原因ではなく、この男が今もこの身を足蹴にしているが故。
 あまりの雪辱に如月左衛門は身をよじろうとする。だが、この男はよほど上手く彼の重心を抑えているのか、踏まれている胸以外の総身をも走る痺れによって、その程度のことさえ叶わない。

「……貴様ぁ」
「そうそう、自己紹介が遅れたな。俺の事はガウルンと呼んでくれや」
「貴様ぁ」
「おいおい、聞こえなかったのか? ガウルンだってのガ・ウ・ル・ン」
「がっ!」
 そう軽く言いながらガウルンは足に力を込める。途端に走る激痛に如月左衛門は声をあげる。

「が、がウ……ル……ん」
「そうそう、あんまり間違えないでくれよ? 俺ってば繊細だからな?」
「があ……」
 痛みにうめきつつも如月左衛門は必死に頭を働かせていた。今一番の懸念はどうしてこの男は自分を生かしているのかという点だ。
 襲い掛かってきた相手をわざわざ助ける道理なぞ見当たらぬ。
 押し黙る彼にガウルンは声をかける。

「で? お前さんの名前はなんていったっけ?」
「もう忘れたか。……くっ、わ、わしの名は甲賀弦之介よ」
「ああ、そうそう、そうだった。確か一度名乗ってくれていたなあ。くっくっ悪かったねえ……如月左衛門君?」
「な!? 何を……?」
 不意に呼ばれた本名に彼は思わず声を荒げる。
 己の忍術は解けてはおらぬ。このような男に見覚えなぞない以上、彼の変装がばれる理由がどこにあろうか。

「如月左衛門はうぬが唾を吐きかけ、足蹴にした男の名よ! わしのことではないわ!」
「だってさ~。 くくく、どうするよ弦之介? お前の名前取られちまったぜ?」
「な!?」
 笑いながらガウルンが取り出したのは、紛れもない甲賀弦之介の生首。ぽたぽたと滴り落ちる鮮血は首を切り落とすという蛮行が行われたのが、つい今しがたであるということの何よりの証。

「貴様! よくも我が忠臣を……!」
「おいおい、だーかーら嘘はいけないぜ。如月左衛門君?」
 なおも偽りを貫き通さんとする彼の心に不安が沸き起こる。
 何故にこの男はこうも自分の嘘を見破れるのだ?
 いやそればかりではない、此度の人物帖には載ってはおらぬはずの自分が何故に正体がばれるのだ?
 あるいはもしや……この男は妖のさとりのごとく人の心を読む異能でも持ちたるのか?
 ならば……どうすればよいというのだ?

 外見とは裏腹に如月左衛門の内心は恐怖と混乱に揺れていた。

 もちろん言うまでもなく、ガウルンにも彼の持ち物にも人の心が読める異能などは備わってはいない。
 だが、歴戦の傭兵として、凶悪なテロリストとして、そして何より極悪なるサディストとして無数の人間に対して拷問や尋問を行い、
人の嘘を見破るすべに長けてきたガウルンには異能とまでは行かずともそれに近い技能はある。
 如月左衛門とて甲賀の忍び、嘘をつくときには眉一つとて動かさぬ。
 ……だが、それでは足りぬのだ。
 意識せずとも動く眼球のわずかな動き、不随意筋の緊張、わずかの鼓動の加速。そのようなところから真実は漏れ出す。

 ――種を明かせばこういうことだ。

 最初の会話、如月左衛門と対峙した時の彼の嘘はただの無視できる違和感だった。

 それはそうだ、いかなガウルンとはいえ、月明かりの下で触れてもいない相手の嘘がわかるほどではない。

 だがそれが無視できなくなったのは遺体を盾にしたときである。
 忠実な部下を馬鹿にされたことで怒るところまではいい。だがもしも、本当にこの遺体がただの影武者であったというのであれば、それを守るために、しかもただ死体の欠損を守るというだけのために己の好機をどぶに捨て、なおかつ致命的な隙を作るのはどう考えてもおかしい。

 そして、尋問してみれば外面的には素人にしては満点レベルの無表情もプロフェッショナルのガウルンにしてみればバレバレな嘘。

 相手の名前が如月左衛門とわかったのだって、名簿に載っていない名前をわざわざ述べるのはおかしいという推測半分でかまをかけた結果、見事に相手が引っかかったに過ぎない。


「で? もう一度聞くぜ。お前の名前は何だって?」
「…………」
 あまりの口惜しさに唇をかみ破る。つう、と赤い血が流れ落ちるのにも頓着せずに如月左衛門は沈黙を貫く。
 あえて男が尋ねる以上、嘘を見破ることはできても心の中までは読めはしまいと判断してのことである。
 そんな彼の様子をみて、ガウルンはやれやれと首を振った。

「いやあ困った困った」
「…………」
「困ったなあ、弦之介」
「……!?」
 ガウルンが不意に呟いた言葉に目線を上げる。
 見れば片手に生首を携えたまま、いつのまにか先までは己の手にあった刀、ふらんべるじぇをガウルンは持っている。

「なあ、弦之介。一体なんでこいつは返事をしてくれないんだと思う? ああ、なるほどなるほどそういうことか……
え? どういうことかわかりやすく見せてやってくれって? しょうがないな」

 ざぐっ

「なっ……!?」
 思わず如月左衛門は声をあげていた。
 何を思ったのか、ガウルンはいきなり手にした刀で弦之介の片耳を切り落としたのだ。

「ガウルン! 貴様ぁ、何を!」
「うんうん、そうかあ。なるほど耳がないならオレの質問が聞こえないから返事ができなくてもおかしくはないか。
……え? 片耳がなくなっても音は聞こえるって?」
 おどけた口調で不吉極まりないことを言うガウルンにぞっとしたものを彼は感じる。

「よ、よせ!」
「え? 名前も知らない誰かが何か言ったか?」
 とぼけた口調でそう言うと、ガウルンは弦之介の残ったもう片方の耳に刃を当てる。

「う、ぐう……」
 如月左衛門は必死に頭を働かせる。
 甲賀の里の未来のためにどうすることが最善なのか。
 ――そして

「わ、わかった! 話す! わしの名前は如月左衛門じゃ」
 結局彼は折れたのだった。
 少なくとも相手の名前やその風貌から判断すると相手は渡来人。ならば他の者に比べればまだ、忍術争いとは関係なかろうと判断してのことである。
それに、それに弦之介の遺体も大事ではあるがただ一人の生き残りをかけたこの争い、何か理由があって相手もこの身を生かしたのであろうが、下手に機嫌を損ねれば我が身もあっさり殺されかねない。
 例え泥をすすって生きることとなろうとも彼は決して死ねぬのだ。

「おお~よくできました」

 ざぐっ

「きさ……がっ!」
「ガウルンだっての、忘れんなって」
 真実を述べたにも関わらず、弦之介の耳を切り落としたガウルンに文句をつけようとして、痛みにうめく。

「な……何故じゃ?」
「ん~? いやあ、あんまり返事が遅いからちょっとむかついてちやって、な。次からは気をつけようぜ?」
「ぐ、うううう」
 ぎしぎしと如月左衛門は歯軋りをする。
 そんな彼には取り合わず、ガウルンはもっとも大事な質問を彼へと投げかける。

「で? お前の本当の顔ってのはどんなんなんだ? みせてみろよ、ええ?」
「な、何故!? きさ、いやガウルン! 御主は一体どこまで知っておるのだ!?」
 彼にとっての秘中の秘。泥の死仮面のことをあっさりと聞かれて思わず彼は声をあげた。途端にガウルンの足に力が入るが、今回ばかりはその痛みさえ気にならない。
 そのままねめつけるもガウルンの痛痒さえ感じるふうはない。

「がああああぁぁぁ……」
 これで一体幾度か、自分は何を間違えた。
 答えの出せぬ迷宮に彼の思考は入り込んでいた。

 実のところ両者の間には完全な誤解がある。
 その誤解の最大の原因はガウルンと如月左衛門二人の生きている時代が違うことだ。
 確かにガウルンの生きている時代であっても人に恨まれている金持ちや政治家本人、あるいはその身内などに影武者を用意することは無いとはいえない。
 だが、外国と比べるとはるかに平和ボケしたあの国の人間が、影武者を本人そっくりに整形させるところまで行くだろうか?
 答えは九割以上NOである。
 そして逆に残りの一割未満、わずかばかりいる日本においてもそれだけのことを可能とするような権力や金持ちはガウルンは把握している。そしてその中に甲賀弦之介という名前はなかった。
 ただ一つありえた例外の可能性が一卵性双生児の影武者というものであったが、それにしては苗字が違う。

 よってガウルンはこう考えたのだ。

 この男は何かしら変装道具を持っていると。

 しかしこの場合、一つ問題になることがある。それはガウルンが元々持っていた銃やらナイフが全て奪われていたという点だ。
 死体を傷つけるのを嫌った点から考えても、男、いや如月左衛門の甲賀弦之介に対する忠義は本物。
 それが運良く、彼に変装するための道具を最初から支給されていたなどは……そこまで主催者とやらも甘くはないだろう。
 だがここに、その矛盾を解消する考えが一つだけある。
 ガウルン自身がそうであったように、服はもちろんのこともう一つだけ彼は道具を持ち込むことに成功している。そう、義足である。
 ならば目の前の男も同じであるとガウルンは考えたのだ。
 義手、義足、あるいは義眼。それらの中に何か変装のための道具を仕込んでいたのだろうと彼は考えたのだ。
 だからこそ。

「……うおっ」
 足元の美丈夫の顔があっという間にのっぺりと特徴なき男に変わった瞬間、ガウルンは思わず声をあげていた。

「どういう理屈だい、そりゃ……」
「くっ……」
 正体を明かせといった直後のその問いに、先ほどまでと同じく嘘を暴くことが目的だと判断した如月左衛門は悔しげに顔を歪めながらも正直に己の忍術について話した。

「そういう風に最初から正直に話してくれりゃあいいんだ」
 にたにたと内心の驚きをおくびにも出さずに、ガウルンは言う。

(ジャパニーズ・ニンジャってやつか……おいおいマジかよ。きいたことないぜ)
 だが、聞いた話におそらく嘘はない。
 そして術といっても特異体質のような物、道具と違ってガウルンにそれを扱うすべはない。

(さーて、どうするかねえ)
 考え込むガウルンに下から声がかけられた。

「もうよかろう! わしの話せることは全部話した。その首を返してくれい」

 その懸命な様子を見て、ガウルンの胸の内は決まったのだった。

「ダメだ。くっくっそんな顔するなって。俺だって鬼じゃない。頼みを聞いてくれたら返してやるよ」
「頼みだと?」
「ああ、その前に一ついいことを教えてやろう。オレは実は重い病気で長くないんだ。だから別に優勝できなくったってかまわないのさ」
「……それを信じろと?」
「おいおい、信じてくれないのか? 傷つくねえ……なあ弦之介?」
「よ、よせ! 信じる! 信じるから弦之介さまの遺体を傷つけるのはやめてくれ!」
 ふざけた調子で弦之介の生首を取り出そうとするガウルンを如月左衛門は慌てて止める。
 今は己の顔なのだ。あの顔に下手な傷でもつけられたときには甲賀弦之介健在なり、という偽りに真実味がなくなってしまおう。

「いや、わかってくれるかありがたい」
「……で? 頼み事とはなんなのだ?」
「何、二人かあるいは三人か……ご自慢の忍術で化けて欲しい相手がいるだけさ」
「……その程度のことならば」
 返事を聞き、ガウルンは彼の上から足をどけた。

「いやあ話が早くて助かるぜ」
「くっ……それで誰に化ければよいというのだ?」
「ああ、相良宗介千鳥かなめ。それから……あるやつの知り合いだな。さあいくぜ」
 おら、とガウルンは身を起こした如月左衛門の背中を軽く蹴飛ばし、彼の先を歩かせる。その顔には凶悪にして不吉な笑みが浮かんでいる。

 くっくっくっ……カシムに襲われるかなめちゃんや逆にかなめちゃんに襲われて絶望の表情を浮かべるカシム、少しでも速く見てみたいもんだぜ。
 それにあの人を小馬鹿にしてくれたあのガキ。あいつだって自分の知り合いに裏切られた時にはこれ以上ない素敵な顔をしてくれるに違いないぜ。

 くっくっくっくっくっくっ  
 ぎゃっははははっは

「ま、待て!」
「なんだあ?」
「せめて弦之介さまのむくろだけでも運ばせてはもらえぬか?」
「めんどくせえなあ……ちっ、さっさとしろよ?」
「ありがたい」


【D-1/草原/一日目・黎明】



【如月左衛門@甲賀忍法帖】
[状態]:胸部に打撲。 ガウルンに対して警戒、怒り、殺意
[装備]:マキビシ(20/20)@甲賀忍法帖、白金の腕輪@バカとテストと召喚獣
[道具]:デイパック、弦之介の首なし死体
[思考・状況]
基本:自らを甲賀弦之介と偽り、甲賀弦之介の顔のまま生還する。同時に、弦之介の仇を討つ。
1:当面はガウルンに従いつつも反撃の機会をうかがう
2:弦之介の生首は何が何でもこれ以上傷つけずに取り戻す
3:弦之介の仇に警戒&復讐心。甲賀・伊賀の忍び以外で「弦之介の顔」を見知っている者がいたら要注意

[備考]
※ガウルンの言った自分は優勝狙いではないとの言葉に半信半疑
※少なくともガウルンが仇ではないと確信しています
※遺体をデイパックで運べることに気がつきました

【ガウルン@フルメタル・パニック!】 】
[状態]:膵臓癌 首から浅い出血(すでに塞がっている)、全身に多数の切り傷、体力消耗(中)
[装備]:銛撃ち銃(残り銛数2/5) IMI デザートイーグル44Magnumモデル(残弾7/8+1)
[道具]:デイパック、支給品一式 ×4、フランベルジェ@とある魔術の禁書目録、甲賀弦之介の生首
[思考・状況]
基本:どいつもこいつも皆殺し
1:カシム(宗介)とガキ(人識)は絶対に自分が殺す
2:かなめとガキの知り合いを探す
3:かなめやがきの知り合いは半殺しにして如月左衛門に顔を奪わせる
4:それが片付いたら如月左衛門を切り捨てる

[備考]
※如月左衛門の忍術について知りました
※両者の世界観にわずかに違和感を感じています


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