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忍法 魔界転生(にんぽう しにびとがえし)

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忍法 魔界転生(にんぽう しにびとがえし) ◆76I1qTEuZw


―――――――――――――――――――――――
(一)

おおむね平坦な土地に、町並みがならぶばかりのこの箱庭には、ただひとつだけ険峻な山がそびえている。
山頂近くに天文台をもつその山は、そのおおきく広げた裾野に、いまだ人の手の入らぬ豊かな自然をかかえていた。
ふかい森がある。まばらな林がある。岩肌のむきだした荒い崖がある。
そして、背のたかい草のおいしげる、草原がある。
その、月さえ雲にかくされ、月明かりすら乏しき草の原を、音もなくかけぬける影があった。

そう。音もなく、である。
常人ならば、これほど密生した草原を進めば、いかに気をつけたところで草摺れの音をたてずにはおれぬであろう。
つま先すら見えぬかような闇夜ともなれば、尚更である。
しかしてこの影は、その避けえぬはずの音すらたてることなく、まさしく風のように草原を走っていたのである。
はてこれは幻か、それとも幽霊や妖怪変化のたぐいであろうか。
否。
幽霊にあらず、妖怪にあらず。幻にもあらず、しかしある意味において、それらさえも凌ぐ、不可思議なるものたち――
忍び、であった。

世に知られた忍びの修行のひとつに、しとどに濡らしたうすい和紙の上を、破かぬように歩く、というものがある。
言葉にすれば簡単なようだが、さてこれが実際にやるとなれば、なかなか容易なことではない。
人はただ歩くだけでも足裏の重心を動かさずにはおられぬゆえ、思わぬところで濡れ紙を引きつらせてしまうのである。
しかもこの歩法の鍛錬、歩いた次には走る、走った次には飛びはねる、と次々に要求は過酷になってゆく。
熟達のものともなると、濡れた和紙の上でおおいに剣舞を演じて皺ひとつ生じぬ、というのだから尋常ではない。
そうして磨き上げられた歩みは、薄紙すら破かぬのだから静謐にして確固たるもの。
これをきわめれば、足音ひとつ、草摺れの音ひとつたてることなくかけとおす、ということも可能になる道理である。

いまこうして草原をかけている男も、そうした凄まじき技を身につけた忍びのひとりであった。
名を、如月左衛門と言う。
甲賀の国は卍谷に封ぜられし、忍びの一員である。
いや、かの谷の忍びの衆においては、このていどの児戯を技と呼んでは、失笑をかうこと間違いあるまい。
あたりまえのように無音の疾走をつづけながら、彼は、その平凡すぎるほどに平凡な顔をひくつかせ、ふとひとりごちた。

「血のにおいが濃くなってきた。さては、屍もちかいか」

そう。この男、さきほどから何をあてにかけているかといえば、死臭を求めていたのである。
無論、如月左衛門に猟犬がごとき異常嗅覚がそなわっているわけではない。
あるいは甲賀伊賀の異形の忍びの中には、かような魔技を誇るものもいるのやもしれぬ。
が、少なくとも彼には、そんな心得はない。
とはいえ忍びにとっては、死は常に背中合わせ。生半可な武芸者や荒くれ者よりも、死に親しいところに生きている。
そのぶん、他のものよりその気配に勘づくのもはやかったという次第である。

如月左衛門は考える。
神社より始まりし自分は、その場においては誰とも出会うことがなかった。これは幸運である。
しかし六十名の中には、開始早々にして他の参加者と出会ってしまったものたちも、いたはずである。
そうして出会ってしまえば、そのいくらかは相争うことになったはずで、中にはすでに屍を晒しているものもいるはずだ。

――甲賀卍谷の忍び、如月左衛門は、その屍にこそ用がある。

如月左衛門がその自慢の変形(へんぎょう)の忍法を使うには、まず型となる他者の顔がなければならぬ。
術理だけを考えれば死人でなくとも良いはずだが、しかし実際、相手が協力的でもなければ、生者の面は取れぬだろう。
そしてこの殺しあいの場において、己が顔を泥中に伏してくれるほどの協力者は、まず得られまい。
ゆえに、如月左衛門はてっとり早く。戦いやぶれてうち捨てられた、敗者の骸を探さんとしたのであった。
十の名が伏せられた人別帖に、如月左衛門の名はない。
伊賀組にたいするこの利をいかすには、姿さえもいつわるのが最善、と判断してのことである。

はたしてどれほどの間、走った頃だったろうか。
如月左衛門は視界の隅に赤黒いものをみとめ、はたと立ちどまった。

「――やや、ここか。危うく通りすぎるところであった」

人の死体を探しにきてそれに気づかぬなど、本来であれば失態ではあったが、しかしこの場合は致し方あるまい。
なにしろ、薄闇に半ば沈みしその骸は、尋常なる人の形を留めてはいなかったのだから。
その惨状を理解した如月左衛門の眉が、おもわずゆがむ。
忍びとして様々な悲惨を見聞きしてきた彼ではあるが、その彼をして動揺せしめるほどの異状が、そこにあった。

両の足は、そのなかばからよじれ、まがり、そしてちぎれて飛んでいる。
傷口より噴きだし飛びちった血痕は、それがまだ犠牲者に息のあるうちに行われた蛮行であることを示していた。
腕もまた、ほぼ同様の有様。
ねじ切られた時に弾けたのであろう、死体からやや離れた所に転がっている。
さきほど彼が視野の片隅に収めた赤黒きものとは、実にこの、犠牲者の血にまみれし腕の断端であったのだ。
そして何より奇怪千万なのは、その首さえもがぐるりと半回転し、まるきり背中の方をむいてしまっていることである。

はたして、いかなる神秘の術によるものか。
それとも、ただただ剛力によりて強引にひねり、ねじ切ったものなのか。
かくなりては未知の殺人者の手掛かりも得ておこうかと、よりくわしく検分すべく、その死体に歩みよった如月左衛門は、

「――ああ!」

おもわず嗚咽のような声を漏らし、絶句した。
まさにその刹那、まるで彼の声にあわせたかのように、さあっ、と音もなく雲が流れ、煌々たる月があたりをてらしだす。
凄惨なる地獄絵図が、ひかりのなかに浮かびあがる。
信じられぬ、いや、信じたくもないものを目のあたりにした如月左衛門が、愕然のままにがくり、と膝をついた。
そこで絶命していたのは、誰あろう。

「ばかな……まさか、弦之介さまが……」

そう、さかさに向いた顔に、驚愕と無念の表情をうかべ、こと切れていたのは。
如月左衛門が、己の命を賭してでも救いださんと願っていた、
そして、その強さを絶対と信じてうたがうことのなかった、甲賀の若君、甲賀弦之介であった。――


―――――――――――――――――――――――
(二)

甲賀弦之介は、ひらたくいえば甲賀卍谷を率いる主家の跡つぎ、つまり次期頭首である。
否、弦之介の祖父たる甲賀弾正が斃れたいま、すでに彼はその若さで卍谷の首領の座にあるといってもよい。
そしてその身に流れる血統のみならず、その才覚、その技量ともに盟主たるに相応しい器の持ち主でもある。
当然にして伊賀との争闘に選ばれし十の精鋭にも含まれており、また、その中でも特に期待の戦力でもあったのだ。

何よりも甲賀弦之介を彼たらしめていたのは、その瞳術である。
もとは配下の盲目の忍者、室賀豹馬の技であったものを、師をも越える習熟を見せたものであった。
ただその目で敵を見すえただけで、瞳は金色の光を発し、敵が向けてきた害意をその敵自身に返してしまう。
かくして敵はその武器や術で自らを傷つけ、あるいは同士討ちを果たして倒れ伏すこととなる。
あらゆる攻撃を無効化し、それどころか、その攻撃が鋭ければ鋭いほど強烈な反撃となる、おそるべき魔眼!
かの瞳術を知るものが弦之介の無敵を信じたとしても、無理のないことであったろう。

しかしその、無敵の瞳術を持つはずの弦之介が――死んだ!
それも、この殺しあいが始まってほんの間もない、こんなにもはやい段階で!

戦いが長きに渡っていれば、あるいは弦之介といえども疲労を覚えるやもしれぬ。隙も生じるやもしれぬ。
ゆえに例えば、戦場が消滅せんとする三昼夜の果てに弦之介が討ち果たされる可能性は、考えなかったわけでもない。
むしろそのような展開を危惧すればこそ、如月左衛門も己が命を投げうってこれを助ける必要を感じたのであった。
しかし、これは。まさかこのような所で、このような結末に至ろうとは――!

「かくなる上は――」

もはや、ぴくり、とも動かぬ弦之介の死体を見おろし、如月左衛門はひび割れた声を漏らした。
如月左衛門が掲げた誓いは、はや脆くも崩れさった。
当初に思いえがいた方針は、もはや何の意味もなく、屑芥のごとき無価値な代物になりはてた。
そも、こんなにも近くに居たのである。
荷物をあらためる間すら惜しみ、弦之介を探して奔走していれば、あるいは合流できていたやもしれぬ。
いや、出会えたかもしれぬ、というだけに留まらない。
出会えていれば、弦之介に対する凶行を、防ぎえたのかもしれないし――
最悪、その身を盾に弦之介の身代わりとなり、弦之介を守りぬけたやもしれぬのだ。
如月左衛門の心中に吹きあれる後悔の嵐、その思いはいかほどか。
果たして彼は、ねじまがった弦之介の頭部を本来あるべき姿へと戻すと、血を吐くような自責の声を上げたのであった。

「かくなる上は――この如月左衛門、ひとり生きていても甲斐はなし。――」

流れる雲がふたたび月を隠し、沈鬱なる如月左衛門の表情も、もはや陰となりて見えない。
ただ、感情の色なき声のみが、茫洋たる草原にかすかに響く。

「主君と定めた者すら守れなかった、この如月左衛門は、ここにてその命に、幕を引こう。――」

自らの破滅を望む声を挙げたかと思うと、彼は草原の中、泥土の中にその顔面からひれふした。
血こそ出ていないようすではあったが、すでに何らかの形で自らを害した後だったのか。
それとも、自らの罪を責めるあまり、泥土にての窒息という、苦痛に満ちた死をあえて望んだものか。
そのまま如月左衛門の身体は、その動きをすっかり止めてしまっていた。

風がやんだ。
あたりはぶきみなまでに静まりかえっている。
やがて、数分、いや、十数分ほども過ぎた頃であったろうか。
月を隠した雲はゆっくりと通り過ぎ、ただ静けさにみちた草原に、燦(さん)、と月光がさす。

と――
もはや二度と動かぬものとも見えた、ふたつの身体のうち、片方がムクリ、と起きあがったではないか!
悠然と周囲を見まわすその顔、その姿は、決して平々凡々たる如月左衛門のものではない。
長い睫毛が憂愁の色を醸し出す、瑞々しい若さあふれる美青年。
その姿、その体格、その髪型は、そう、まさしくは。

「ここにて果てしは、甲賀弦之介にあらず。甲賀弦之介の代わりに命を捧げし忠臣、如月左衛門なり。
 我、甲賀弦之介は、かくて健在なり。――」

甲賀弦之介そのものの容姿の人物は、甲賀弦之介そのものの声色にて、確かめるかのようにつぶやいた。
その身には腕も足も綺麗にそろっており、もちろん頸の骨が折れているようなこともない。
五体満足そのものの姿で、甲賀弦之介は、ふたたびこの地に立ちあがったのだ。

生者と死者を、入れ替える!
人ひとりを生贄に、人ひとりを黄泉路より引き戻し、さらにはその身に刻まれし傷すら、跡形もなく癒す!
これが如月左衛門の忍法だとでもいうのか。
世には何度死しても蘇る、不死鳥がごとき忍者もいるが、それとてあくまで、己ひとりの身についてのこと。
ここまでくると、もはや忍法の域すら超え、奇跡にすら等しい所業である。
果たしてそのようなこと、さしもの異形の忍びたちにも、できうるものであろうか――?


―――――――――――――――――――――――
(三)

もちろん、左様なことはできるはずもない。
が、しかし、ある意味においては、まさにそのとおりのことを、この男はなしとげたのであった。

生きて立っている甲賀弦之介の足元には、いまだ倒れたまま起きあがらぬ、もうひとつの肉体がころがっている。
腕も足も欠けたその青年は、こちらもまた、間違いなく甲賀弦之介。
ここにいたはずの如月左衛門は霞のごとくきえうせて、かわりに、生者と死者、ふたりの甲賀弦之介がそこにある。
手足の欠損と折れた頸以外、全て寸分たがわぬ同じ姿が、そこにある。

そう、ここに立っているのは、実に如月左衛門その人であり。
これこそが如月左衛門の忍法、おどろくべきメーキャップ術である。
ならした泥中に死人の顔をうずめ、精巧なる型をとり、その型にこんどは、己の顔をはめこむ。
そうして数分もすれば、如月左衛門の顔は、まさに型をとられたものの容貌と化しているのだ。
同時に髪型から体型から、すべてその人物とおなじ姿となるというのだから、これはもう変装の域を踏みこえている。
そしてこれに卓越した声帯模写の技をくみあわせることによって、如月左衛門はまさに他人そのものに身を転じるのだ。

とはいえ、通常この技、騙し欺くために使うもの。
捕らえ、もしくは倒した敵の姿に扮し、敵地に潜入し、あるいは敵の不意を突く。それが本来の用途であり目的である。
だから敵対者、あるいは無関係の他者になりすますことこそあれど、身内に姿をいつわることなどまずありえない。
ではなぜ、如月左衛門はかような真似をしたのか――?

「こちら側における果しあい、そしてあちら側に戻りてよりの両門争闘。
 伊賀方に弦之介さまの罷(まか)りしことを悟られるのは、いかにもまずいよってな」

それは、やはり本来の意義通り、騙し欺くためのものであった。ただし、常とは違うかたちで。
つまりは、一番の宿敵とさだめし伊賀鍔隠れ衆との、死闘を見こしての深慮遠謀である。
甲賀弦之介のおそるべき瞳術は、すでに伊賀方にもひろく知れわたっている。敵方も最大の警戒をおいている風がある。
弦之介の存在そのものが、伊賀の攻勢を封じる抑止力となっていたのだ。

この先の戦いをいかに進めるとしても、この甲賀弦之介の名がもつ威圧はすてがたい。
たとえハッタリに過ぎずとも、「甲賀弦之介いまだ健在なり」と思い込ませることができれば、有利に事をすすめられる。
おそらくそれは、如月左衛門の変幻自在の変装術と引き換えにするだけの価値さえも孕んでいるのだ。

そう――すでに彼が口にしたとおり。
如月左衛門は、ここに、自らの存在を殺したのである。

ここに散りしは甲賀弦之介にあらず。ここで敗れしは甲賀弦之介にあらず。
甲賀弦之介の姿をいつわっていた影武者、如月左衛門なり。
主催たる狐面の男たちをも見事に欺きとおし、自分こそ甲賀弦之介だと思い込ませることに成功した、如月左衛門なり。

――かような嘘を、さいごまで貫き通さん、ときめたのである。

かくして如月左衛門のこれよりの道行は、かつての目的を廃し、新たなる目標を得たことになる。
すなわち、甲賀弦之介の姿かたちを保ったままでの、生存。
そしてたった一本垂らされし蜘蛛の糸を掴んでの、生還である。
みごと甲賀卍谷の衆の所に帰りついた暁には、同志たちに苦い真相を語らざるを得なくなるであろうが――
その針のむしろがごとき報告も、また己の責務と信じ、如月左衛門は、あえて最後のひとりを目指すことを選んだのだ。

無論、この虚飾は次の日の出とともに最初の危機を迎えることになる。
つまり日に四度、大音声で読みあげられるという、狐面の男による脱落者の発表である。
おそらくここで、甲賀弦之介の名は呼ばれてしまう。伊賀方に、彼の死を知られてしまう。
――が、しかしそれもまた構うまい、とも彼は思う。
甲賀弦之介が死んだと思えばこそ、伊賀の者どもの気も緩むであろう。
その後に死んだはずの甲賀弦之介が平然と歩いておれば、驚愕もするであろう。
そして忍びと忍びの果しあいにおいて、その一瞬の隙は敵を討ち取る絶好の好機となる。
仮にその好機を活かせぬ状況になりても、改めて先に考えた偽りの筋書きを語り、弦之介として威圧してやればよい。
そしてありもせぬ瞳術に怯えさせ、自縄自縛に陥ったところを討ち取ってみせよう。

「それにこの姿でいれば、弦之介さまを討った仇もまた見抜けようというものよ。
 じぶんが殺したはずの死人と再度あいまみえて、動揺せぬものもおらぬであろうし、な」

改めて弦之介の死体を仔細に検分してみれば、その身に刻まれた傷痕はなんとも不可解なものであった。
たんに剛力でもってねじり切ったのであれば、おなじく剛力によりて掴まれた手の型が残されておるはず。
そう思ってみたのだが、しかしそのような跡はまったく見あたらないのだ。
一切触れずしてねじまげた、そのように判断するほかない。
ゆえに如月左衛門は、これを未知の、不可解の術による超常の技とあたりをつけた。
しかして、かようなる絶技の持ち主は、伊賀方の十人の選手の中にも断じていなかった。
彼我のおかれた状況をかんがみれば、伊賀鍔隠れ衆とて、手持ちの強者を温存する余裕はなかったろう。
もちろん、甲賀卍谷の中にも、このような術の遣い手は思いあたらない。

「つまりは、このいまのおれの顔を見てしっている、甲賀でも伊賀でもなき者こそ、弦之介さまの仇というわけだ」

伊賀との骨肉相食む争いとはまた別に、甲賀弦之介の仇は取らねばならぬ。報復は、なされねばならぬ。
なのにここには、その手掛かりひとつないのであったが、いま、かすかな道筋が敷かれたのであった。
すなわち、甲賀伊賀の忍び以外で、弦之介に扮する如月左衛門を見て、驚きを滲ませたもの――、
あるいは、その名を言いあてたもの――、さもなくば、既知のものに遭遇したような反応をみせたもの――、
それこそが、甲賀弦之介を殺めし敵である。
すみやかに、討ち果たさねばなるまい。

もっとも、これが容易ならざる道であることは、左衛門自身もよく分かっている。
如月左衛門の忍法では、対象の容姿は写せても、その忍法までは写し取れない。無敵の瞳術は、演じられない。
これより先は、弦之介の瞳術もなく、また自慢の変形もなく、ただ己の腕ひとつで生き延びていく必要がある。
もとより闘争向きの忍法をそなえていない分、剣術や体術には長けていた彼ではある。
それでも、不安を覚えずにはいられない。
なんとなれば、忍法を封じたその状態で伊賀の忍びのみならず、弦之介をも倒せし凶手をも屠らねばならないのである。
かの瞳術をも打ち破ったような相手に、いかにすれば勝ちを収められるのか。未だ妙案はない。

「その意味では、ここに背嚢が残されていたのは幸いであった。
 最初に与えられたまきびしのみでは、打てる手も限られるでな」

惨劇の現場に残された荷物はふたつ。
片方は弦之介のものであろうと推測して、はて、さらにひとつここにあるのは、どういったいきさつによるものか。
あるいは弦之介の瞳術は不完全ながらも効果を発揮して、手傷を負った敵はほうほうのていで逃げ出したのやもしれぬ。
いささか真相からは外れていたものの、如月左衛門はそんな風に考えた。

ふたつのうち片方は、水筒や地図といった共通支給の品々のほかには、ただ説明書が一枚あるきりであった。
白金の腕輪、というから、これは弦之介の背嚢に相違あるまい。形状外見ともに、死体の傍にあった腕輪と一致する。
血をぬぐった腕輪を己の腕にしかとはめると、彼は続いてもうひとつの荷物から抜き出した武器を手にとる。

「ふむ――これはまた変わった刀よな。
 『ふらんべるじぇ』……南蛮人の武器であろうか。しかし、いまはありがたい」

それは、炎を思わせる刀身をそなえた、奇妙な白い刀、いや剣であった。
どうやら金属ではないようだが、さて、では何でできているかと問われれば答えに窮す。ただ不可解の材質と言うほかない。
その波うつ刀身は、しかし伊達は酔狂ではあるまい。如月左衛門はすぐにその本質を見抜く。
そう、これは鋭い刃をこのように配置することによって、斬られたものの傷口を、さらにひろげる工夫なのだ。
柄が長いゆえ、両手で振るってもよし。また多少重くはあるものの、片手打ちにても振るえるであろう。
重さよりも鋭さでもって敵を斬るその剣は、実に、日本刀とさほど変わりない使い勝手なのだった。

片腕には、白金の腕輪。
懐には、投げれば飛び道具、撒けば足止めともなる、まきびし。
そして手のうちには、この波うつ刀。
背嚢内のほかの荷物もひととおり調べあげると、ひとつにまとめて肩にかついだ。
瞳術もない。不可思議の忍法もない。
頼れるものは己の身のこなしと、これらの武器。
そしてこればかりは泥の死仮面とは別個に身につけた、千変万化の声帯模写術。
決して楽な道行とはいえぬが、しかし絶望にも自暴自棄にもまだはやかろう。十分に勝算はある。
そう信じる彼が、この期におよんで、なおもおそれるものは、たったひとつ。

「……しかしこうなってしまうと、伊賀の朧姫にだけは出くわすわけにはゆかぬであろうな。
 弦之介さまのこの顔が、いっしゅんにて崩れてしまうがゆえ」

何としても持ち帰らねばならぬ弦之介の顔を、ひとめ見ただけで崩してしまうであろう、おそるべきもうひとつの魔眼。
怨敵たる、そして甲賀弦之介の許婚たる、伊賀鍔隠れ衆が頭目、朧の破幻の術ばかりであった。――


【D-1/草原/一日目・黎明】
【如月左衛門@甲賀忍法帖】
[状態]:健康。甲賀弦之介の顔。
[装備]:フランベルジェ@とある魔術の禁書目録、マキビシ(20/20)@甲賀忍法帖、白金の腕輪@バカとテストと召喚獣
[道具]:デイパック、支給品一式×3、不明支給品0~2(本人確認済み)
[思考・状況]
基本:自らを甲賀弦之介と偽り、甲賀弦之介の顔のまま生還する。同時に、弦之介の仇を討つ。
1:朧と遭遇してしまわないよう注意しつつ、最後の1人を目指して生き残りを図る。
2:弦之介の仇に警戒&復讐心。甲賀・伊賀の忍び以外で「弦之介の顔」を見知っている者がいたら要注意。


[備考]:
深夜の時間帯には甲賀弦之介の死体の所に居た浅上藤乃は、
少なくとも黎明のこの時間帯には、ここから見える範囲には居ないようです。
浅上藤乃が残していったデイパックは、如月左衛門が回収しました。


【フランベルジェ@とある魔術の禁書目録】
元は浅上藤乃の支給品。
天草式十字凄教の教皇代理、建宮斎字の武器。
波打つ刃を持つ、全長180センチを越える両刃の剣。
金属製では無いようだが、材質は不明。ちなみに真っ白。





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